勇者にはなれない   作:高円寺南口

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41 Re:邂逅

「付き合ってた?」

「うん。恋人だったんでしょ」

 

 ハハッ、それなと一瞬同意しかけたが、おい待て。何でそうなる。

 

 えぇ?!

 

 どうして……あっ! 別れ方とか言ったからか! 

 いや確かに最悪な別れ方はしたけど、それは男女のニュアンスとかでは決してなくて……あ~もう、言葉って難しいよお!

 

「お。ウワサをすれば元カノが帰ってきましたね」

 

 顔を上げると、キンキン水を手にしたアリシアさんがいた。

 おいちょっと……もう少しタイミング読めよ。俺の心臓までキンキンに冷えるところだったじゃねーか……

 

「ロロ、あんた……なんか近くね?」

 

 目を細め、不機嫌にも見える表情で、アリシアがそう言った。

 

「そう? さっきまではもっと近かったんだけどな~。ね? ニケくん」

「あ、はい……そうっすね」

「ねえ、さっきからどうしてそんな敬語使うの? 私ニケくんより年下だよ。もっとフレンドリーにいこうよ~」

「いやその、仮にも騎士王たる陛下に対して、そのような振る舞いは……」

「私がいいって言ってるから、いいの! 普段アリィにもやってるように、私にも接して」

「善処します」

「ちなみに私のことはロロって読んでね。ロローナだから、ロロ。アリィしかり、クロちゃんしかり、親しい人はみんなそう呼んでるの!」

「クロちゃん?」

「クロノアのこと。知ってるでしょ?」

「ああ、それはもちろん……」

 

 クロノアはちゃん付けするなら、クロちゃんって言うより、ノアちゃんって感じだけどな……とかナントカ、どうでもいいこだわりを披露してる場合ではなかった。

 完全に乗せられてるやんけ。

 

 案の定、正面のアリシアさんはゴミを検分するような目つきで、俺を見下していた。月は無慈悲な夜の魔王……

 

「年下の女の子にデレデレしやがって。キモッ」

 

 アリシアは振り返り、奥のカウンターの方へ消えていった。

 騎士王がニマニマした表情で、俺の方を見てくる。

 

「作戦成功。あれは完全に妬いてますねえ……ぐふふふ」

「……」

「でもよかったじゃん。あっちはまだその気あるよ。アリィって、本心と真逆の反応取っちゃうような所あるから……本当はまだ、ニケくんのこと想ってる可能性が高いと思うな。ヨリ戻せるんじゃない? ニケくんにその気があれば、だけど」

「…………」

 

 俺は両の親指でこめかみをグリグリし、内心頭を抱えた。

 

 おい~違うんだよロロ~。アイツの言葉は文字通りの「キモッ」で、言葉に裏とかないんだよ~。それ以上でも以下でもないんだよ~。

 アリシアもアリシアで、何で騎士王の邪推を裏付けるようなリアクションばっかり取るんだよ~。もっと俺のこと、空気みたいな扱いしてくれよ~。

 

 もういい。とりあえず、話題を変えよう……

 

「なあ、アリシアはどうしてガラテアに? 今色々忙しい時期だと思うんだが」

「ああうん、まさにそれ。仕事で来てたのよ。アリシアは北方人だからね……こっちの言葉もしゃべろうと思えばしゃべれるから、勇者絡みでのガラテアとの調整は、彼女に一任されてるんだ」

「え? アイツ北方人なの?」

「出身はノルカ・ソルカだよ。元カレなのに知らなかったの?」

「え? まあ……アイツ自分のこととか話さんし」

「あ~。アリィは苦労人だからね……話したくない過去もたくさんあるんだと思う。まあ、聞くと意外と話してくれたりするんだけど」

「……アリシアとは付き合い長いのか?」

「長いっちゃ長いよ。アリシアのおじいちゃんが、昔ノルカ・ソルカの軍のお偉いさんだったからね。二次東征でもバリバリ前線張ってた、北じゃ結構有名な人で……昔は隣国つながりで交流も盛んだったから、パーティーだのなんだので、幼い頃から顔合わす機会は多かったかな」

 

 遠くのカウンターで、おっさんみたいに腰に手を当て、キンキン水をお代わりしているアリシアの後ろ姿が、視界の先でちらつく。

 なぜだろう。アイツが透明な水を飲んでいると、ウオッカにしか見えない……

 

「久しぶりに会った時は、ホントびっくりしたな~。まさか、あの時のアリィなのって? 見た目は相変わらず綺麗なままだったけど、雰囲気がずいぶん変わっててさ……まあ十年近く会ってなかったから、変わってて当然なんだけど。お花みたいに可憐だった少女が、しばらく見ない間にトゲだらけのヤンキーみたくなってて、結構衝撃だったなあ……しかもどういう訳か神官になってるし」

「ヤンキーって……今日びあんまり聞かんぞ」

「そう? 東部や南部の人間は、北部の人間のこと、そう言って揶揄するんじゃないの? またの名を戦闘民族とかナントカ」

「……。後半の部分は否定しない」

 

 てか、アリシアって元々は結構良いとこのお嬢さんだったんだな……ふーん。

 それがどうしてあんな鬼畜神官に……時の流れは無情だねえ。人のこと言えた義理じゃないけど。

 

「クロノアやトラヴィスとも、仲良いのか?」

「仲良いって言われるとヘンな感じするけど、良い方なんじゃない? なんだかんだ、十年近く騎士王やってますから、付き合いはそれなりにねえ……。クロちゃんに至っては、もうほとんど幼馴染みみたいなモノだから」

「ああ……共に聖剣に選ばれし者だもんな。聖剣チルドレン」

「何それ~。ヘンなくくり方しないでよ~」

 

 騎士王はクスクスと笑い、壁に立てかけていた「きゅぴきゅぴルンル~ン♪」な鞘を取った。

 

「おお。言われて飛び出て、ダーインスレイヴ……」

「ほう。さすが、ダーくんは有名人だねえ」

「……ダーくん?」

「ダーインスレイヴだから、ダーくん。可愛いでしょ」

「……可愛いかどうかはさておき。なんか、知ってるのと形が違うような」

「ああ、公演のときにみんなが持ってるヤツのこと? あのギザギザは第二形態だから」

「第二形態? どういうこと?」

「ダーくんは本気出せば出すほど、トランスフォームしていくんだよ。縦横無尽の変幻自在、剣の定義すらも凌駕する――それこそが、聖剣ダーインスレイヴの特性なのだ……」

 

 ほーん……第二形態ってことは、あと何回か変身を残してるってことか? 私、気になります!

 

 ちなみにダーインスレイヴに限った話ではなく、聖剣はすべて固有アビリティとでも言うべき、その剣にしかない特性を備えていると聞く。ゆえに、聖剣なのである。

 

「聖剣って全部で七本あるんだっけか」

「教団の伝承だとそうなってるけど、正確な所はわかんないね。うち人類が所有しているのは、四本だけだし」

「三本だろ。ローランのシリウスは、行方不明になったから」

「ああそっか、そうだね……まあそれを言ったら、西方のライキリも行方不明だけど。シャンバラが滅ぼされたから」

「ありゃ絶対、アイゼンルートがくすねてんだろ。『今時、まだ剣とか使ってんの?』とか真顔で言ってきそうな連中だけど、聖剣なら話は別じゃないか」

「ふふふ……仮にそうだとしても、聖剣は使い手を選ぶから、持ってるだけじゃ無意味だけどね。選ばれざる者が無理に扱おうとすれば、必ず災いが降りかかるって言われてるし」

「災い?」

「うん。神に選ばれざる者が装備すると、天罰が下されるんだよ。我が眠りを妨げるのは貴様か……ってね」

「ホントか? それもう、聖剣じゃなくて魔剣じゃん」

「なら試してみる?」

 

 騎士王は笑顔を浮かべて、俺にダーインスレイヴの柄を差し出した。

 禍々しい妖気が……フオオオオ! と言いたいところだが、見た目は至って普通の剣だった。鍔の部分が、翼を広げているような独特な形でオシャレくらいしか、コメントの仕様がない。

 

「やめとくわ。触らぬ神に祟り無しって言うし」

「賢明だね。ダーくんは聖剣の中でも気位が高いことで有名だから。私以外には心開いてくれないんだよね~。まあそこが可愛いんだけど」

 

 気位が高い……要はウホウホオラつきマンってことか。今頃不本意にデコられまくっていじけてるんだろうな、たぶん。

 

 しかしどうせ罰を与えられるなら、クロノアが持ってるブリュンヒルデの方がいいな……あっちは戦乙女が剣の名前の由来になっていることもあって、擬人化するなら大人のお姉さんって感じだし。

 弄ばれるのはウホウホオラつきマンより、大人のお姉さんの方が断然いいからな。むしろ弄ばれたいまである。

 

「ロロ。もういいでしょ。そろそろ行きましょう」

 

 顔を上げると、水も滴るいい女のアリシアさんがいた。

 呼んでますよ、アリシアさん! 呼ばれた騎士王は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 

「えぇ~、いいじゃん! もうちょっとくらい」

「そこの何某に対する延長サービスは、オプションにございませんので」

「いいじゃんいいじゃん! アリィだって、本当はニケくんともっと話したいくせに!」

「あぁ? 話すことなんかねえよ」

「ふんだ。話したいことは、二人きりの時に全部話したんだ……どうせ私は仲間外れなんだ……」

「アンタが時折見せる、その謎の独占欲は何なのよ……」

 

 八重歯をちらつかせては、ぷんすかしてる騎士王の右腕を無造作に掴むと、アリシアはいとも容易く、彼女をするりと肩に担いだ。

 いや、米俵じゃないんだから……それ騎士王ですよ、アリシアさん。なんというパワー系神官……

 

「おら、帰るぞ。湯冷めするから、温かいお召し物にお着替えなすって」

「嫌じゃ~! 離さんか~、この狼藉者が~!」

 

 騎士王は聖剣の鞘で、アリシアの背中をベシベシ叩いていたが、アリシアは全くダメージを受けていないようだった。

 二人が更衣室ののれんをくぐろうとしたとき、俺は言った。

 

「アリィ」

「誰がアリィじゃ」

「色々大変な時期だと思うけど、まあ無理しないようにな」

 

 彼女が振り返り、自然と目が合う。

 

「頑張れ」

「…………」

 

 五秒ぐらいの沈黙が流れたあと、アリシアは無言で振り返った。

 振り返ると同時、回転ドアみたいに、今度は担がれた騎士王と目が合う。

 

 この元カレ感漂う、神妙な気遣い……どうよ!!

 案の定、騎士王は口を丸くし、「おお……やるやんけ」みたいな表情をしていた。

 

 二秒後、二人の姿が見えなくなって、俺は大きく息を吐き出す。

 

 ……。

 またつまらぬ嘘を重ねてしまった……

 

 

    *

 

 

 二日後。

 

 俺はカムイに連れられて、イカルガ鉱山に出発すべく、石工ギルド本館に向かっていた。アツコサンからは、見送りにあたって、人妻チャージ(励ましの言葉とお弁当の差し入れ)をいただき、身も心も装備も準備万端である。

 ちなみにイカルガまでは竜車での移動になるため、ポチョムキンはカムイとアツコサンに預けて、しばらくの間世話をお願いすることとした。

 

 小雪舞う中、カムイと共にギルド本館前の広場に到着すると、すでに大勢の人間やらドワーフやら蜥蜴人やらでにぎわっていた。

 二十人……いや三十人くらいはいるだろうか。中々の大所帯だ。

 

 カムイに案内されて、今回の派遣隊の隊長を務める、トルフィンというドワーフの毛深いおっさんに挨拶する。

 

「おお! お前がニケか! 竜退治の経験がある、凄腕の魔術士なんだって? カムイもまた、とんでもないヤツ連れてきたな~。嬉しいぜ~!」

 

 そして激しく抱擁された。

 おっさん、これ抱擁って言うより羽交い締めなんでは……しかもなんか匂う……ムゴゴゴ……

 

「せっかくだから、みんなにも紹介しとくか……おいみんな、忙しいとこ悪い! ちょっと集まってくれ! お待ちかねのスーパースターの登場だ!!」

 

 スーパースターって、またご大層な……と思っていると、それまで荷物の積載やらで慌ただしく動いていた周囲のメンバーが、途端に居住まいを正し、一斉に俺の方に向き直った。

 その視線に、遠慮というか、若干の緊張を感じる。

 

 ……ん?

 

「ここに控えおりますわ~……トランシルヴェスタの悪竜退治にて、名を馳せた豪傑! 竜殺しの異名を持つ、天才魔法使い! ニケにございますゥ~~~!! 彼が来てくれたからには、鉱山のチンピラどもなど恐るるに足らず! みんな、大船に乗ったつもりで安心してくれい!!」

 

 トルフィンが口上を終えると、そこかしこで「うおおおお!!」と歓声が上がった。

 

「頼りにしてるぞニケェ!!」

「あんまり強そうには見えんが……」

「馬鹿野郎、能ある鷹は爪を隠すんだよ」

「お前が来るって聞いたから、人を雇う手間が省けたぜ! あんがとな!」

「俺たちの命、お前に預けたぜええええ!」

「よっ、男前! 憎いね大統領!」

「言うほど男前か?」

 

 様々な声が入り交じる中、俺は目を糸のように細めて、無言のまま微笑をたたえていた。

 が、内心は完全に凍り付いていた。

 

 は? 

 ちょま……え? どういうこと? 命を預ける? 何それ、つまり山賊退治は、俺一人で受け持つってことなのか?

 

 慌ててカムイの方を見ると、彼はふっと笑って、グッとサムズアップした。

 

 えぇ?!

 

 おい~! 違うよ違うよそうじゃない、いくら何でも話盛りすぎ~! 

 まるで一人で竜退治を成し遂げたかのような英雄(ヒーロー)扱いは、さすがに分不相応っていうか、どうしてこうなった……

 

 ああ~!! そういえば俺、アツコサンには調子こいてイキり散らして、ほとんど自分の手柄みたいに喋ってたわ……

 つまり、カムイはそれを全部又聞きして……

 

 うおーん! まさかこんな風に、過去の自分が今の自分を殺しに来るなんて!

 

 舞い落ちる雪のように、真っ白な心で天を仰ぐ俺の肩を、トルフィンがポンポンと叩いた。

 

「ガハハ! まあいくらお前が天下無双の魔術士って言っても、さすがに一人じゃ荷が重いと思ってな……余計なお世話かもしれんが、お前のサポートができそうな魔法使いを、俺の方で雇っといた。どうせタッグ組むなら、同業者の方がやりやすいだろ? ついでだから、紹介しとくぜ」

 

 お、おっさん……!

 藁にもすがる思いで目を輝かせる俺をよそに、トルフィンが彼方に向かって叫んだ。

 

「お嬢ちゃん! こっち来な!」

 

 その時、向こうの馬車の近くで佇んでいた、背丈の小さな魔法使いがこちらへと歩き出す。

 女魔法使いの象徴ともいえる、つばの大きなハット。漆黒のドレスに、毛皮のマント。手にしたワンドに埋め込まれた紅い宝石が、鈍い光を反射する。

 

「こんにちは。私は魔法使いドロシー」

 

 両肩にかかる紅い髪が風になびくと、見覚えのある魔法少女は、ハットのつばを指で押し上げて、俺にこう言った。

 

「よろしくね。()()()()使()()さん――」

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