勇者にはなれない   作:高円寺南口

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43 ローウェル・ファミリー

「はい! みんなそろって、お手を拝借! いただきまーす!!」

 

 母親のやたらテンション高い声に合わせて、子供たちが元気よく「いただきまーす!!」と応じる。

 そして一斉に目の前のメシをガツガツ掻き込み始めた。卓に並べられたおかずが恐ろしい勢いではけていく。

 

「ニケの兄ちゃん、その卵焼きもらっていい?」

「おう。食えよ」

「やりぃ♪」

「あー! ずるいぞワーニャ、お前だけ!」

「ずるくないですゥー、これは俺のモンですゥー」

「うるせーよこせ! 三本の弓の誓いを忘れたか!」

「それを言うならミーチャ、ボクだってもらう権利あるよねー」

「それとこれとは話が別だ! ワーニャにアリョーシャよ、兄より優れた弟など存在しないッ! 貴様らに年功序列の重みを、今日ここで教えてやるッ!!」

「こら! 三人とも行儀悪いからやめなさい!」

 

 祖父に父母、長男・次男・三男と今やすっかりお馴染みになった大家族の食卓風景ではあるが、最初は驚きがあった。軽いカルチャーショックと言ってもいい。

 

 そもそも居酒屋の一人息子である俺は、大人数で食卓を囲む習慣が家庭内でほとんどなかった。

 親父も母さんも、夜は接客に忙しくて自分のメシどころではなかったし、親父は大抵昼過ぎまで寝てる生活習慣だったから、三人揃ってメシを食うとなると、祝い事の席くらいしかなかった。

 

 そのせいか、「メシは家族一同顔を合わせて、ワイワイガヤガヤ食べるものである」という共通認識が当たり前のように敷かれていることに、新鮮な驚きがあった。

 お恥ずかしながら、自分の家庭の常識は、世の中の非常識だったんだなと、この年になって初めて知ったのだ。

 

「あら、おかわりいる?」

 

 ミソスープを飲み干すと、はす向かいに座るお袋さんが声をかけてくれた。

 澄んだパープルの瞳に、整った顔立ち。長くさらさらな銀髪に、優しい口元。

 

 一言でいうと、お袋さんは美人だ。

 四十を過ぎてなお、これほどの美しさを保っているというのだから、若い頃は超がつくほどの、典型的な北方美人であったことが察せられる。

 

「ニケさんって、やっぱりミソスープが好きなのね。うちのお父さんと一緒だわ」

 

 お袋さんがスープをよそいつつ、そう言う。

「俺が好きなのはミソスープではなく貴方ですよ。結婚してください」と言いたかったが、そこで親父さんを挟んで、角の家長席に座るジジイと不意に目が合った。

 

「何じゃ。こっち見るな」

 

 見るなと言われたので、見ない。

 お袋さんに視線を戻すと、彼女が可笑しそうに笑った。

 

「ミソスープって、この辺りじゃあまり見ない食べ物でしょ。元々は西洋のシャンバラってお国のソウルフードだったらしくて。お父さんが若くてつよーい拳闘士だったころ、シャンバラの知り合いから教わって、それ以来ずーっと飲み続けてきたんだって!」

「へえ……ってことは、自家製なんですねコレ」

「そう! 大豆から丹精込めて作った、お父さん自家製のミソです!」

 

 言われて、俺は再度ジジイの方を見る。

 あんた……意外とマメなんだな。豆だけに。

 

「ノンナ、あんまし余計なこと話すな……ところでアレン。そろそろ動くのか?」

 

 ジジイはアレンこと親父さんの方を見ながら、ミソスープをすすった。

 

「ああ。天候も落ち着いてきたし、ニケとドロシー、トルフィンを交えて、近々自警団の連中と方針を固めようかと」

 

 親父さんの言葉に、俺は小さくうなずく。

 

 俺たちがこの村に来て、すでに一週間が経った。

 発掘隊をいつまでも手持ち無沙汰にしておく訳にはいかないので、ドロシーにも確認のうえ、村の自警団を束ねる親父さんに掛け合い、山賊退治へと動き出すことにしたのだ。

 

 幸い、ここ最近は山賊による盗みの被害もないそうだ。

 ちなみにトルフィンは、「まだ一ヶ月くらいのんびりしててもいいんだがなあ。なんつって! ガハハ!」と言っていた。

 おっさん……

 

「ふん。結局この村の人間は、一丁前に文句は言うくせに、肝心な所はいつも他人任せか」

 

 妙にトゲのあるその言い草に、普段温厚な親父さんが、珍しく眉根を寄せた。

 

「そんな言い方はないだろ。これは村のみんなで決めたことだ。鉱山が再び栄えることで、この村もかつての活気を取り戻すことができる。そのためには協力を惜しまない――そういう話だったはずだ」

「金も払わず、命も危険にさらさず、阿呆みたいに口開いて、誰かが解決してくれるのを待っているのを他人任せと言わずして、何と言うのだ?」

「そうは言ってもなあ親父。鉱山が閉山になってから、みんなの生活は苦しくなる一方で、腕利きの冒険者を雇う余裕なんかありゃしない。まして、こんな田舎の村の自警団じゃ、自分たちの身を守るのが精一杯で、山賊連中を打ち負かす力もない……。

 わかるだろ? 俺たちは所詮、持たざる者なんだよ。限られた選択肢の中で、できることをやるしかなかった……それを怠慢だと言うのは、持てる側の人間の傲慢じゃないかな。少なくとも、俺はそう思うよ」

「……ふん」

 

 ジジイは表情を変えず、ミソスープを啜る。

 

 むう。

 どうも話の流れから察するに、イカルガ鉱山の再開を巡って、この村で一悶着あったみたいだな……

 

 妙に重苦しい沈黙が流れる中、お袋さんがぽつりとこぼした。

 

「あの子がいたらねえ……」

 

 その一言に、ジジイと親父さんが会話を止める。

 

()()()()がここにいてくれたら、たかが山賊ごとき、一人で簡単に追い払って、ぜーんぶ解決してくれたのにね」

 

 緊張が走る。おかずの争奪戦でぎゃあぎゃあ騒いでいる子供達の声が、少し遠のいた。

 

 え? アリシアって……おいまさか……

 

 俺の疑問を叩き潰すかのように、ジジイが拳で床をどついた。その場に居合わせた全員が背筋を立てる。さすがの子供達も、この時ばかりは沈黙した。

 

「……ワシの前で、あいつの名前を出すな」

 

 動作とは対照的に、低く、寂しげにも響いたその声。

 ジジイはすぐに席を立ち、奥の居間へと姿を消した。

 

 

     *

 

 

 ジジイが消えてから、俺はお袋さんに事の真相を問うた。

 案の定、アリシアとはやはり、あのアリシアだった。

 

 正式名称、アリシア・ローウェル。

 

 イリヤ教団の司祭であり、勇者クロノアの仲間に選ばれ、騎士王ロローナの前では俺と元カノ元カレの関係にされている、稀代のおっぱい魔人だ。

 自慢じゃないが、彼女とは裸の付き合いもしたことがある。嘘は言ってない。

 

「そう、ニケさんはロゼッタの生まれだったのね……なら、知っててもおかしくはないわ。なんたって、世界を救ってくれるあの勇者さまの仲間に選ばれるほど、頑張ったんだから。こないだ手紙で教えてくれたのよ」

 

 お袋さんは嬉しそうに、そう語ってくれた。

 その長く銀色の髪と、アメジストのような眼差しは、言われてみれば娘に瓜二つだ。あとおっぱい。

 

「あの子はうちで最初にできた子だから、お父さんすごく可愛がってね……小さい頃から、しょっちゅう連れ回しては、自分と一緒に修行させてたわ。実際、筋も良かったんだと思う。『アリシアは優秀な拳闘士になるぞ。ワシの跡を継ぐのはアイツしかいない』って、お父さん嬉しそうに語ってたから。アリシアもでアリシアで、お父さんにすごく懐いてて……『わたしもおじいちゃんみたいに、つよくなりたい!』って、目を輝かせながら言ってたわ。でもね……」

 

 そこまで喋って、お袋さんはうつむいた。

 

「その幸せは、長くは続かなかった」

 

 事の発端は、二次東征の勃発だった。

 ジジイは当時、国軍の「幻狼隊(フェンリル)」とかいう特殊部隊(スペツナズ)のリーダーだったらしい。

 

 時の騎士王はノルカ・ソルカ国王、マロノフ・ユッテナイネン。

 王が東征の総司令官を任されていたという背景もあり、軍団の象徴的存在として古くから名を馳せてきた幻狼隊には、大きな期待が寄せられていた。

 

 ジジイが軍人だったということもあり、当時ローウェル家はノルカ・ソルカの首府であるハバネロフスクに居を構えていたらしいのだが、毎日毎日、お偉方が挨拶に来たりやらパーティーへの出席やらで、てんやわんやだったとお袋さんは語った。

 ちなみにアリシアとロローナが初めて出会ったのも、この辺りの出来事らしい。

 

 そして時は巡り、戦争の火蓋が切って落とされた訳だが――

 

「初めのうちはよかったのよ。まるで火の玉みたいに、向かうところ敵なしの快進撃で……まさにノルカ・ソルカここにありって感じでね。やっぱり北国は強いなあって、色んな国から称賛されて、私もこの国の人間として、鼻が高かったわ」

 

 そうなのだ。

 実際、ノルカ・ソルカはめちゃくちゃ強かった。開戦初期の勝利のほとんどは、彼らの働きによって為されたものだと言っても過言ではない。

 

 強さの理由は、彼等の祖先にある。

 

 ノルカ・ソルカ人は、古代に東洋沿海部を派手に侵略して回った海上の民、「ヴァリャーグ」と呼ばれる武装集団の末裔と言われている。

 さらに言えば、約束の地であるアウストラシアからの渡来人を祖先とするネウストリアら極東諸国とは異なり、元々東洋に住み着いていた狩猟民族の血が色濃く受け継がれているのだ。

 

 そんな歴史的経緯もあってか、東洋人の中では、北方人イコール戦争にめっちゃ強い野蛮人……じゃなかった。歴戦の強兵というイメージが、遺伝子レベルで刷り込まれている。

 

 実際、ゆうに二メルトを超える筋骨隆々の大男たちが、ハルバードだの大剣だのを振り回して、魔法や弓矢を物ともせず、脇目も振らずに突撃してくるのだから、こんなモンまともに組み合って勝てる訳がない。

 東部や南部の人間が、たまらず脳筋だの狂戦士(バーサーカー)だのヤンキーだの揶揄したくなるのも、むべなるかなという所である。

 

 ジジイはそんな大男たちを統率し、東征軍の勝利に大いに尽力したと言う。

 例の一度の会戦で三百撃破とかいう、破天荒というより、前衛職でこのキル数は単純に頭おかしいとしか思えない荒業を成し遂げ、ローランに一目置かれたのも、この頃の話である。

 

「『うちのおじいちゃんが英雄になった!』って、アリシアが喜んでたの、私よく覚えてるわ……。無事に帰って来てくれたらそれでいいって思ってた私や旦那と違って、あの子は一途に、誰よりお父さんの強さを信頼してたのよ。『むしろ当然の結果。エッヘン!』って感じでね。まあそれだけ、ずっと近くで見てきたってことなんでしょうね……」

 

 さっきから思ってたが、どうも少女時代のアリシアは、俺の知ってるアリシアと全くイメージが違うようだ。純真でおじいちゃん思いの女の子にしか聞こえない。

 

 それが、どうしてああなった……真っ直ぐに育ったのは、今となってはおっぱいぐらいじゃないですかね。

 

「今思えば、きっとあの頃からもう、色んな事がおかしくなり始める予兆はあったのかもね……ここから先の話は、省略してもいい? ニケさんも東洋人なら、知ってるでしょう。この国の人間としては、語るに辛いことばかりで……」

 

 俺はうなずいた。

 

 周知のとおり、東征軍はここから坂を転げ落ちるように敗戦が続く。魔王軍の反撃攻勢が強まり、各国の足並みも乱れ、地獄の沼をのたうち回るような厭戦状態に突入する。

 結論から言うと、ノルカ・ソルカは全軍撤退後、敗戦の責任を全て押しつけられる形となった。

 

 これについては、「総司令官の地位にあったのだから、敗北した以上は当然の帰結」、「実際、時の騎士王の戦術は突撃一辺倒で、戦略もへったくれもなかった。田舎の不良同士の喧嘩ではないのだから、あんな阿呆が頂点にいる時点で負けは決まっていた」と賛同する声もある一方で、「ノルカ・ソルカをスケープゴートにして、責任を逃れようとする他国の策略」、「理不尽極まりない。ノルカ・ソルカがいなければ、もっとひどいことになっていた。出席するだけで満足してた他国の連中が、どのツラ下げて彼等を批判するのか」との反論もあり、賛否両論入り乱れて、未だに決着がついていないのが現状だ。

 

 そりゃそうだろう。失敗に理由が一つしかないなんて、そんなことあってたまるかよ。

 

 全部俺が悪いなんて発想は、見方を変えれば、俺は悪くねえと同等もしくはそれ以上に無責任で傲慢な考え方だ。失敗のプロである俺が言うんだから間違いない。

 この場合、どちらの主張にも一理あるとしか言い様がない。

 

 けれど人間の集団心理とは往々にして複雑怪奇で、いつの時代もわかりやすい批判対象を求めたがる。

 

 俺たちの顔に泥を塗り、何年にも渡る努力を水泡に帰したクソ野郎は誰だと、叫ばずにはいられないのだ。誰でもいいから徹底的に糾弾して断罪して、己の正義の正しさを確認しないことには気が済まない生き物なのである。

 

 結果として吊し上げられたノルカ・ソルカを、運が悪かった、誰かが犠牲にならなければ収拾がつかなかったと、わかったような言葉で片付けてしまうのが正しいのかどうか、俺にはわからない。

 

 ただ、一つだけ確かなことがあるとすれば、こんな結末では、前線で命を賭して戦い続けた兵士たちは、誰一人として報われなかった――ということだ。

 

「お父さん、ああいう性格だから、多くは語らなかったけど……戦場から帰ってきてしばらくは、心ここにあらずって感じが続いて……ほとんど別人に見えたわ。そりゃそうよね。身も心も削って、仲間だってたくさん失って。それでも勝利を信じて戦い続けてきたのに、戻ってきて浴びせられた言葉が、『よくものうのうと生きて帰って来られたな』だもの。そんなの……そんなのって、あんまりよね……」

 

 ジジイは人一倍責任を背負い込むタイプに見えるから、なおのこと思う所はたくさんあっただろう。俺たちは一体何のために戦ってきたんだという彼の思いを想像するだけで、胸が潰れそうになる。

 

 そしてそれは、孫娘においても同様だったに違いない。

 

「今思えば、その頃だと思う。アリシアが、お父さんの意志を継ぐって決めたのは……言葉にしたことはなかったけれど、たぶんそう……似てるのよ、あの二人って。家族にすら弱い部分を見せないっていうか。いつも、肝心なことは言葉にしてくれないの」

 

 クスっと笑って、お袋さんはそう言った。

 その仕草はどこか達観したようでもあり、それでいて哀しげにも映った。

 

 その後ジジイは負傷を理由に退役し、下野する道を選んだ。

 それに伴ってローウェル家は首府ハバネロフスクを離れ、ジジイの故郷でもあるイカルガへ移り住むことになった。

 

 それから二年後のことだ。アリシアが、村を出ると言い出したのは。

 

 諸国を旅して、拳闘士としてさらに一回り技術を磨き、行く行くは勇者の仲間に加わり、魔王を倒す一翼を担いたい――

 親父さんとお袋さんは、同じ屋根の下で暮らしてきた自分の娘のことだけあって、薄々その意志を察していたから、ここは寂しい思いをこらえて、快く送り出してあげようと考えていたのだが、一つ問題が起きた。

 

 ジジイが反対したのだ。

 

「お父さん、『ふざけるな! 勝手に決めて、そんなのワシは認めんぞ!』って、ものすごーく怒ってさ……挙げ句の果てに、『お前も結局、故国を見捨てるんだな』とまで言っちゃって。さすがにアリシアも、カチンと来たんでしょうね。『うるさいジジイ! いつまでも子供扱いすんな! アンタに私の何がわかるのよ!』、って大喧嘩が始まって……実際、殴り合いにまで行く寸前だったのよ。あの二人が本気で喧嘩始めたら、家の一つや二つ簡単に消し飛ぶから、家族みんなで必死になだめて……

 でも最後にアリシア、『アンタは戦争から帰って来て変わった。もう、私の知ってるおじいちゃんはここにはいない』って、とどめ刺しちゃったんだよね……はあ……」

 

 身振り手振りで必死に説明するお袋さんの様子から、事態は本当に深刻だったんだろうなと推察できた。

 初めて聞いた俺ですら、絵面を想起しただけで胃がキリキリしてくる。

 

 なんつーか、お互い今言われて一番ムカつく台詞ランキング第一位を、ここぞの場面で的確に繰り出してくる辺りは流石と言うか……急所を見定めるのは得意なんだね。さすが拳闘士。

 ホントアンタら、似たもの同士なのね……

 

 結果どうなったんですかという俺の問いに、お袋さんはためらうような沈黙を挟んでから、応じた。

 

「追い出しちゃったの。師範代の地位も取り上げて、『お前にうちの流派を名乗る資格はない。もう二度と帰ってくるな』って……お父さん、そう言っちゃったの」

 

 腑に落ちた。

 ならば当然、奴とよく似た孫娘の回答はこうだろう。

 

「わかった。アンタにはもう頼らない。私は私の足で、私の道を行かせてもらう」

 

 そして彼女は神官になったのだ。

 

 いや、何がどういう経緯で、アリシアがネウストリアに辿り着き、神官にジョブチェンジしようと考えたのかは、俺だってよくわからないし、おそらく永遠に明かされることのない謎だが、とにかくお袋さん曰く、それ以来一度も彼女の姿を見ていないのだという。

 

 たまに手紙が送られてくるものの、

 

「ザクソンのカポエイラ流を訪ねた。ザコしかいなかった」

「アンブロワーズに行った。胸くそ悪い国だ。お母さんはくれぐれもあんな所行かないように」

「神官の試験に受かる。白魔法始めて三ヶ月なのに。どうなってんのかしら」

「アタラクシアの修道院に入った。聖職者ってのはクズしかいない職業なのか? 白に交われば黒くなる。一つ勉強になった」

「ロゼッタに配属になった。勇者のツラでも拝んでくるとしよう。お母さん、サイン欲しい?」

 

 等々、まるでオッサンの手記のような、簡潔な文章しか綴られておらず、詳細はわからないのだという。

 

「たぶん心配させたくないのよ。でも、長々書き連ねるのは恥ずかしくて、意地張って……根は優しい子だから。生きてるってこと報告してくれるだけで、私は十分有り難いんだけどね」

 

 根は優しいの部分は大いに疑問だが、これで概ね事情は把握できた。

 最後に、俺はお袋さんに尋ねた。

 

「その手紙、おじいさんは見てないんですよね?」

 

 軒先の氷柱から雫が滴り落ち、囲炉裏の熾火が音を立てる。

 お袋さんが、こくりとうなずいた。

 

 「晴れて勇者の仲間になったことくらい、伝えてあげてもいいんじゃないですか」などと、余計な言葉は口にしなかった。居候の分際で、人の家庭の事情にあれこれ口出しすべきではない。いずれクロノアが決起すれば、嫌でも知ることになるだろう。

 遅かれ早かれの違いが、あの男に何らかの影響を及ぼすとは思えない。

 

 いや……たぶん違うな。もうとっくに知ってるんじゃないか。

 

 たかが一週間ほどの付き合いではあるが、俺は俺なりにロイドという人間を観察してきた。どうにもこうにも、あの男はあえて偏屈なジジイとして振る舞っている嫌いがある。根拠はないが、確信はあった。

 

 なぜなら俺とジジイは、本質的にはよく似たタイプの人間だからだ。出力されるものに違いこそあれど、たぶん根底には同じ川が流れてる。認めたくないと思っているのが、何よりの証拠だろう。

 

 しかし――だからと言って、俺に何ができると言うのだ?

 

 永久凍土のように凝り固まったジジイの心を溶かす仕事など、悪いが報酬に含まれていない。お断りである。

 第一、似た者同士だから分かり合えるほど、世の中単純じゃない。似た者同士だからこそ、互いに譲れない部分だって生まれるのさ。どこぞの祖父と孫みたいにね。

 

 ったく、大人しく後方師匠ヅラしとけばいいものを、訳の分からんジジイだぜ……

 

 ごちそうさまでしたと言い残すと、俺は静かに席を立った。

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