勇者にはなれない   作:高円寺南口

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44 Hello again

 それから数日は何事もなく過ぎた。

 強いて言うなら、何を思ったのかジジイが急に「氣」の使い方を教えてやると言い出したことくらいか。

 「座禅で精神が研ぎ澄まされてきたから、そろそろ教えてやってもよかろう」というのが奴の言い分だったが、俺としてはそんなの嬉しくも何ともない。てかやめろ。このままだとマジで弟子になりかねんだろ。

 お互い、「氣」の使い方より、気の遣い方を学ぶべきなのでは……

 

 言っても聞かないジジイであることは承知しているので、しぶしぶ「氣」の使い方を教えてもらうことになった俺だったが、いざやってみるとこれが意外に面白い。

 

 そもそも「氣」とは、体内に流れる肉体的・精神的エネルギーの総称で、人間は日常生活において本来有しているエネルギーの二割程度しか消費しておらず、その他の部分は閉ざされている状態が常なのだという。

 惜しみない鍛錬によって、その他の部分を開放し、通常ではあり得ないパワーを生み出すのが、「氣」という戦闘技術らしいのだ。

 

 この考え方を応用すると、「俺まだ本気出してねえから」は、誰にとってもあてはまる真実となる。だって普段は、二割程度の力しか使ってないのだから。

 長い人生の貴重な言い訳の一つとして、是非ストックさせていただくことにした。

 

 「氣」という戦闘技術は、トルファンで発祥し、その後南洋や西洋に広まったらしい。今は無きシャンバラとか、たぶんその辺だ。

 

「人体にはエネルギーが集まり、出入りを繰り返す箇所が七つある。頭頂、額、喉、胸、鳩尾、丹田、尾骨……これをトルファンでは『チャクラ』と呼んでいて――」と、ジジイがもっともらしい蘊蓄を垂れていたが、大して興味がなかったので、適当に聞き流していた。

 どうしてキンタマはチャクラになれなかったのか、その悲劇の半生についてずっと考えていた。反省はしてる。

 

 ジジイに言われるがまま、修行に励む俺だったが、最初は中々上手くいかなかった。

 見えない力を具現化する作業は、魔法で散々やってきたから、こんなんお茶の子さいさいやんけと思っていたが、想像よりずっと難しかった。

 

 考えてみれば、魔法は内側のオドと外側のマナを調律する作業があるのに対し、「氣」はナマのエネルギーをそのままアウトプットする。

 どおりで勝手が違うわけだ。

 同じ酒でも、味わいがロックと水割りくらい違う。違いがわからないとか抜かす小僧は、ママのミルクでも飲んでな……悪いがガキはお呼びじゃないんでね。

 

 「えい!」からの「あれぇ……おかしいなあ? プンスカ」を何百回と繰り返し、あまりの進捗の無さに、俺はひょっとして怪しい宗教にでもつかまったのかと疑念を抱き始めた頃、偶然ではあるが、素手で薪をたたき割ることに成功した。

 

「それじゃよ、ニケ!」

 

 そう言って、破顔したジジイの表情は何とも印象的だった。このジジイもこういう無邪気な笑い方ができるんだなと、意外に思った。

 

 ジジイはそれから上機嫌で、「ワシが宮仕えをしとった頃はなあ……庭で修行をしておったら、勢い余って宮殿の植栽をぶっ壊してしもうて。ふふっ……姫様が珍しく、オカンムリだったわ。温厚な姫様をここまで怒らせたのは貴方が初めてだと執事に言われてしもうてのう……」と昔語りを始めた。

 

「姫様?」

「先代騎士王の妃じゃよ。もっとも、当時は嫁入りしとらんかったから、まだ第一王女じゃったが」

「ん? てことは、先代は婿入りしたってことなんですか?」

「ノルカ・ソルカは、代々世襲制を取っておらんからのう。元々四つのデカい豪族が連合して、一つの政権となった歴史があって……王が死ぬと、四大氏族がそれぞれ王選の候補者を立てて、選ばれた者が先代王の娘と結婚する――というのが、古くからの習わしなんじゃよ」

「王選って、選挙でもするんですか?」

「いや。早い話が殴り合いじゃ。一番強い奴が王になる。それだけよ」

 

 なんじゃその天下一武闘会……

 ちなみに候補者は、必ずしも血縁者である必要はなく、氏族に与する勇猛な男なら誰でもいいらしい。たとえば俺みたいな、どこの馬の骨かわからん奴でも、四大氏族のいずれかの推薦を取り付けることができれば、王選に出馬できるシステムなんだと。

 

「へえ……じゃあロイドさん。あなたも若い頃、王選に名乗りを上げて、今は亡き先代と、姫様を巡って拳を交わした――なーんてことがあったり?」

 

 茶化した風にそう言ってみせると、ジジイは瞬きを止めたのち、ハハッと鼻で笑った。

 

「どうかのう……昔のことすぎて、もう忘れてしもうたわ」

 

 俺もまた笑みを浮かべつつ、内心「とぼけやがってこのジジイ」と思っていた。 

 このぶきっちょなジジイにも、青臭い時代には恋と友情のラブロマンスがあったのかと思うと、己の半生の無味乾燥さに死にたくなってきた。俺が一体何をしたって言うんだ。

 うん。何もしてこなかったからだね。わかってるんだよそんなことは。こん畜生。

 

「姫様はまだ、ご健在なんですか?」

「いや。だいぶ前に死んでもうたよ」

 

 ジジイは遠くの雲一つない空を見つめたまま、やがて言った。

 

「二次東征の直前に、病でな……妃といい、先代といい、腹立たしいことにどいつもこいつも、ワシを置いてさっさとくたばりおるわ……少しは残された方の気持ちも、考えてほしいもんじゃて」

 

 言い回しこそいつものジジイのそれだったが、語気には鋭さを欠き、神妙な空気が流れる。「あたしゃ湿っぽいのは嫌いでねえ……」とか言いたかったが、なんかそんな雰囲気でもない。

 

 そうこうしているうちに、ジジイが「そろそろ休憩は終わりにするか」とその場から立ち上がる。

 アッハイ……え? まだやるの?

 

 あとはいかに安定して、力を発揮できるようになるかが重要だとジジイは言った。

 奴曰く、そこが一番難しくて、何十年修行を積んでも、答えに辿り着けない部分でもあるらしい。

 

 なぜなら、「氣」という不確かな力は、使用者の体力や精神状態に大きく左右され、同じ人間でも置かれた状況で大きく力が変動してしまうからだ。

 ハマれば会心の一撃を連発するほど強いが、判断を誤れば即座に死に至る恐れもある――装備は極力軽装にして、身一つで立ち向かうスタイルであるから、なおさらその傾向が強い。

 

 捨て身の精神の有無。伸るか反るか。

 そこが武具を頼りにする重装の戦士との大きな違いだ、とジジイは言った。

 

 まあそんな感じで、俺とジジイの修行は今日まで続いている。

 むろん一日中修行に励んでいる訳ではなく、暇を見つけては親父さんの農作業を手伝ったり、子供達の相手をしたりしてる。

 

 あれ? 俺は一体この村に何をしにきたんだっけ……と思ったことは一度や二度ではない。いやホント何しに来たんだ。強くなることが、いつの間にか手段から目的にすり替わっていた戦士のような、時の無情さを覚える。

 最近は宿屋の姉ちゃんを初めとした村人たちに「お弟子さん」と親しみを込めて呼ばれるようにまでなった。おかしい。こんなはずでは……

 

 ロゼッタで無職に励んでいた頃、俺は自分のことを、割と明確な意志を有しているタイプだと思っていた。

 ところが世界に出てみると、そんなことは全然なくて、むしろ流されるがままに流されているような気がして、俺の自我なんて世界の前ではハナクソ程度の価値しかなかったんだなと、良くも悪くも開き直ってはいる。

 

 

 ピロリ~ロリ♪ ピロリロリロ~!!

 

 

 頼まれた農作業をサボり、一人メランコリックで散文的な感傷に浸っていたところを、素っ頓狂な音がして現実に呼び戻される。

 

 オカリナ? 

 いや実を言うと、それまでも誰かが丘の上でオカリナ吹いてんなという意識は頭の片隅にあったのだが、淀みない演奏だったので、特に気にも留めていなかった。

 ところがここに来て、「型にはまった音楽などクソだ」と言わんばかりの、大地揺り動かす魂のオーバードライブである。

 

 どうせミーチャかワーニャ辺りがふざけてやってるんだろう、しゃーねーなクソガキと思いつつ、音がした方に近づくと、そこには意外な人物がいた。

 

 ドロシーだ。

 

 

    *

 

 

 白銀の丘の上、俺は偶然ドロシーと出会った。

 彼女の視線がこちらを向き、自然と目が合う。

 

「…………」

 

 ドロシーはくわえたオカリナを離すと、それをサッと背中に隠した。

 沈黙が流れる。一陣の風が吹いて、頬の冷たさを知った。

 

「……音楽、好きなのか?」

「え? いや……別に嫌いではないけど」

「そうか。じゃあ俺と一緒にロックやろうぜ。こう見えてリュートの演奏には自信があるんだ。ボーカルはお前でいい。どうだ? 俺と一緒に、虚飾と欺瞞に満ちたこの世界を、真っ白に塗り替えようぜ」

「は? やらないし塗り替えないわよ。ていうかロックって何?」

 

 でしょうね。君はロックなんか聴かないだろうからね。

 

 外角低めの渾身のボケを、真っ直ぐに綺麗にはじき返された悲哀を噛みしめつつ、「すまん。俺は疲れると意味不明なことを口走る癖があるんだ……隣、いいか?」とドロシーに尋ね、許可も得ずに彼女の隣に腰を下ろした。

 

「それにしても、音楽の嗜みがあったとは……驚いたよ。誰かに教わったのか?」

「まあ……たぶん」

 

 たぶん? いいねえ、その切り返しもまたロックだ!

 

「ねえニケ。あなた、ロゼッタの出身なんでしょ。トルフィンから聞いたわ」

「聞いたって言うより、アイツが勝手に喋ったんだろ。そしてアイツは喋ったことすら忘れている。アレはそういうオッサンだ」

「まあ、それはそれで間違ってないんだけど……ロゼッタの人間なら、私のこと知ってるでしょ?」

 

 知ってるも何も、「俺はお前のファンクラブ会員第九号、キモさ余って憎さ百倍こと漆黒の弾丸(ダークネス・ブレット)ニケだぞ」と勝ち誇りたかったが、さすがに気持ち悪いのでやめておいた。

 

「もちろん。クラインの魔法使いランクでずっと一位だったことも、御前試合のことも、勇者の仲間を辞退したことも知ってる」

「……そう。ひとまず礼を言っておくわ。ありがとう。知っててずっと、黙っていてくれたのよね」

「お互いの素性に深入りしないのが、冒険者の暗黙のルールだからな。ま、バレたところで、バレる相手がアイツらじゃ害もないと思うが」

「確かに」

 

 ドロシーはくすっと笑った。

 

「ねえ、一つ訊いていい? あなた、ドラゴンを仕留めるほどの腕を持ちながら、どうしてロゼッタにいた頃はギルドに登録していなかったの? 名前すら聞いたことなかったわ」

 

 厳密に言うと、全くの無名ではなかったんだが。

 ワシはその昔、天才と持て囃されてた時代もあってのう……輝きはほんの一瞬でしたけどね。さながら超新星爆発(スーパーノヴァ)の如く、砕け散りましたけどね。

 

 まあその辺は説明するの面倒くさいから、適当にごまかしておこう……

 

「膝に矢を受けてしまってな……しばらくは、魔術士をやめていたんだ」

「しばらくって、どれくらい?」

「五、六年くらいかな」

「ふーん……じゃあ、知らなくても仕方ないか。私がロゼッタに初めて来たの、二年前だし」

「箒で来たのか?」

「ホウキ?」

「ごめん。何でもない」

 

 箒星と箒を掛けた俺の高度なボケに、ドロシーは納得したようなしてないような、微妙な表情を浮かべる。

 

 しかしまあ何だ、改めてこうやって近くで見てみると、何だか年相応の可愛らしい女の子にしか見えない。意外と言えば意外だし、当たり前と言えば当たり前の話だった。

 うん。さっきから何を言っとるんだ俺は……。

 

「あ、そうだ。ドロシーお前、アリシアとは仲良いのか?」

「どうだろ。クロノアやトラヴィスほど、ビジネスライクな付き合いってカンジではなかったけど……色々親身になってくれたのは事実だし」

「親身? それは金のアリシアさんか? それともブラック?」

「ブラックってなによ」

「外向けの綺麗なアリシアさんか、内向けのキレたナイフのアリシアさんかってこと」

「ああ……ああって、納得しちゃったな私……。どっちなんだろね。私にはあんまり厳しいこと言わなかったから。『なんかあったら相談してね』とか、『一人が寂しくなったら、いつでも私のところに来なさい』とか、とにかく優しくて……面倒見が良いって言うのかな。何で特定の人にしかその優しさを使わないのか、私にはよくわかんないけど」

 

 えぇ……おいおいマジか。

 相手によって態度変えるとか、大人として恥ずべき行為だと思います。誰に対してもスタンスを変えない俺を、少しは見習ってほしいものだ。

 まあ俺は、誰にも相手にされないが故に公平なんだけどな。妬み嫉み僻みと、一抹の寂しさだけが友達だから仕方ない。

 

「そっか……実はな。俺が今世話になってるローウェル家。アリシアの実家なんだよ」

「え?! そうなの?」

「俺もびっくりしたんだけど……何かどうもそうらしくて」

「言われてみれば、アリシア・ローウェルって。ほえー……世間って、存外狭いものなのねえ」

 

 ドロシーはかじかむ手を吐息で暖めながら、そうこぼした。

 俺はボリボリと後頭部をかく。

 

「それと……悪いな。なんか、グダグダになっちまって」

「ん?」

「クエストのこと。サクッと終わらすつもりだったんだが、まあ色々あって……」

「ああ。どうせ四月までは、カトブレスから身動き取れないだろうなと思ってたから、別に……西方に用事があってね。クエストを引き受けたのは、言い方悪いけど、雪解けまでの暇つぶしというか……割の良い依頼ではあったから」

 

 ドロシーはこちらに向き直り、俺の目を真っ直ぐ見て言った。

 

「私、アルス・ノトリアを探してるのよ」

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