イカルガ鉱山は別名「神々の傷跡」とも呼ばれており、縦坑の深さは最大で300メルトにも達すると言われている。
螺旋状の鉱床は、俯瞰して見るとまるで巨大隕石が落ちたかのようで、よくもまあここまで掘り下げたモノだと感心する。同じ露天掘りの鉱床でも、レーヴ鉱床より規模がさらに一回り大きく、さながら巨大な砦といった印象を受ける。
もっとも、四半世紀ほど前に、鉱山の地下に大規模な空洞が見つかったことで、露天掘りは中止され、坑道を掘り下げての採掘に切り替わっていたそうなのだが。
「ふむ……」
鉱山を見下ろせる見晴らしのいいポイントで、俺は地面に這いつくばっていた。
恥の多い己の半生を悔い改め、大自然に土下座をしていたのではない。千里眼を行使していたのだ。
「見張りが四、五人ってところか。さすがに洞窟の中の様子まではわからんね。覚悟はしてたが、こりゃ敵情を探るのに、骨が折れそうだぜ……」
俺がそうぼやくと、隣で突っ立っていたドロシーが言った。
「ニケは透視とか使えないの?」
「使える訳ないだろ。俺は魔術士であっても、超能力者じゃない」
「そう。使えそうな顔してたから」
どんな顔だよ……
ちなみに使いたいって本気で思って、本気で修行してみたことはあります。透視ができれば、女風呂を覗き放題だからね! ヒーハー!
「俺自身が透明になることならできるかもしれんが……」
「何それ、どういうこと?」
むろん社会的な意味でだよと答えたかったが、そんなアホなことを言うと、ポカリ☆と頭を叩かれそうだったのでやめておいた。
「空間を歪曲させて、光を巧みに調節して……不可視化には成功したんだが、一つ重大な欠陥があることに気付いてな」
「何?」
「俺からも相手が見えない」
「ダメじゃん」
そんなことはない。本当に「見えていなかった」のはお前の方なんだという、メタファー的な意味では大成功だと思うよ。いや大失敗だよ馬鹿野郎。
術を解除すると、俺はふーっと大きく息を吐き出した。
「あーダメだ、偏頭痛がする……俺、昔からどうも千里眼は苦手なんだよなあ……」
「わかる。私も索敵系は、神経削るから苦手意識あるわ」
HAHAHA……でしょうね。削るより削らす側だもんね。なんかそんな顔してるよ。
「しゃーない。使い魔を走らせましょう」
すると、ドロシーはワンドを正面に向けて、詠唱を始めた。すると、フクロウが一羽、中空で散開して、坑道目がけて飛んでいった。
「
「大人しくして。集中できないから」
大人しくしろと言われたので、大人しくする。暇なので、小指でハナクソをほじることにした。
「しっかし、山賊どもも、何が楽しくてこんな所をねぐらに選んだのかねえ……中は意外と快適だったりするのかな。暗闇ってのは、意外と居心地よかったりするからな。余計な物を見ずに済む。何なら一生引き籠もっていたいくらいだ。見えてるモノを見落とせるのも、立派な能力の一つだって、俺思うんだよね――」
「私、大人しくしろって言ったよね?」
三分が経過した。
ドロシーがぱちりと目を開け、「捉えた」と呟く。
「
「お」
ドロシーの双眸と両耳の近くに、菱形の魔法陣が展開する。俺にはよくわからんが、彼女には見えているらしい。
「俺も
「は? 嫌よ。勝手に入ってこないで」
拒絶された。
ちなみに
お手々を握って、ぎゅっとすると、あら不思議! 俺の感覚は俺のモノ、貴様の感覚も俺のモノってなるスグレモノよ。
「そうか。俺と一緒にトゥギャザーは、そんなに嫌か……」
「嫌とかじゃなくて、
俺クラスになると、むしろそのムズムズが心地よいんだがな……ああっ! 私、支配されてるッ! こんな、どこの馬の骨かわからないような下賤な男に! 的なのがね……
わかるかな? わからんだろうなあ。わかったら終わりだと思います。
「それに
「ああ。有名なローレンツの実験か」
そうなのだ。
一口にコネクトと言っても、お手々とお手々を握れば、誰でも彼でも簡単に感覚をシェアできる訳ではない。仮に接続できたとしても、相手がキャッチしてる情報の、2~3割程度しかシンクロできないことの方が多い。
ところがどっこい、相手が夫や妻、恋人に親友の場合だと、シンクロ率が6~7割くらいまで上昇し、さらには接続された側の不快感も軽減するということが、ローレンツという魔術士の実験で明らかにされている。
ちなみに、双子でかつ同じ環境で育った場合は、シンクロ率が9割を記録した一方、双子であっても養子に出されるなど、異なる環境で育った場合は、シンクロ率が3割にも届かなかったという面白いデータもある。
さて肝心の原因だが、正直な所はっきりしない。
魔力の波長や育った環境だの、ローレンツのオッサンは論文中で主張しているが、そうだとするなら、生まれ持ったオドや魔力の波長は後天的に変化するという論にも結びつき、個人的には納得しかねる。
まあアレだ。
愛の力は、理屈じゃ説明できないってことでいいんじゃないかな……何でもかんでも、つまびらかにすればいいってモンじゃないのサ……
「残念だな。自慢じゃないが、俺は友達が少ないんでな……過去に同じ魔術士同士でちゃんとシンクロできたのは師匠くらいだったから、試しに一度やってみたかったんだが」
「師匠? あなた、師匠がいたの?」
「いたよ。もう死んだけど」
俺は言った。
「二次東征に行ったきり、帰ってこないんだ。生きてて頼りをよこさないような人じゃないから、まあ……亡くなったんだろうな。きっと」
「ふーん……そうなんだ」
ドロシーはそれ以上何も言わなかった。
積もる話もあるせいか、なんか唐突に師匠に会いたくなったな……まあ、仮に生きてた所で、今さら合わす顔もないんだが。
「……繋がった。男が一人、二人……見張りの連中とは明らかに身なりが違うわね。幹部ってとこかしら……」
「ホウ」と思って顔を向けると、ドロシーが顔の前に人差し指を立てる。
調子こいてまたペラペラ喋ると、いい加減「私が何で怒ってるのかわかる?」と、女子特有の無慈悲な面構えでジャッジメントクロスされそうなので、ここは様子見に徹しよう。
「……退屈だなあ。一体いつまでこんなこと続けなきゃいけないんだよ。四の五の言うな、我慢しろ……」
「どうしたんだドロシー。心の声が漏れ出てるぞ」
「違うわよ! 貴方には聞こえないから、声に出して伝えてあげてるんでしょ!」
ドロシーがプンスカと怒り、俺は思わず苦笑を浮かべる。
「悪い。冗談だよ」
「もう! 調子狂うなあ……えーと。何々」
気を取り直し、ドロシーが再度アクセスを試みる。
「……俺もリブローと一緒にメシの調達に行きたかったぜ。ずっとこんな所にいると、気が狂いそうだ。ガラテアに行きたい。色町で女を抱き……抱きたい。がはははは……北国の女はいいぜえ。美人揃いだし、ケツがたまん……ねえんだ。後ろから腰をつかんで強引に犯すのが……くそっ! このゲスども……男ってどうしてこうも、くだらない連中ばかり……!」
ドロシーは顔を紅潮させて、ガシガシ雪の塊を蹴っていた。面白いやっちゃな。
やがて冷静になったのか、ため息にも近い深呼吸の音が聞こえた。
「ごめんなさい……つい」
「いや、気にするな。続けてくれ」
ドロシーはうなずき、気を取り直して、会話のトレースを続けた。
「騎士王のいぬ間に洗濯ってな……売れるだけ売りさばいて、さっさとずらかりたいモンだ。麓の村で妙な動きがあるようだし……妙な動き? ああ。発掘隊と思しき連中がこの村に集結してるらしい。たぶんカトブレスからだろう。発掘隊? 討伐隊じゃなくてか? ああ。手下曰く、まともに武装してる奴がいないし、一向に動き出す気配がないって……。何だそりゃ。遠足にでも来たのか? 何考えてんだよ。いや、俺に聞かれても……」
ふむ。どうやら、俺たちの動きは探られていたようだ。
しかしどういう訳か、意図せず相手の警戒心を逸らすことに成功してしまったらしい。
のらりくらりしてたことにも、一応意味があったということか……逸らしてる方向がだいぶ斜め上だが……
「それより聞いたか? 親方が、いいクスリを手に入れたらしいぜ。クスリ? ああ。最高にハイになれるクスリらしいぜ。おいおいマジかよ、今夜はお楽しみだな……」
その後はどうでもいい話題が続いた。
とりあえず、話し込んでいる二人は、ネウストリア語こそ使っていたが、北方人特有の訛りが散見されることから、奴らは事前の情報どおり、ノルカ・ソルカから湧いてきた山賊である可能性が高い。
冬場のどさくさに紛れて鉱山を占拠し、火事場泥棒的に魔石をくすねて、騎士王が勘付いた頃にはスタコラサッサ。やがては極東の連中にでも、取れ高を売りさばく魂胆なのだろう。ふむ。
しかし、最高にハイになれるおクスリねえ……
お世辞にも柄の良い連中とは言えなさそうだ。厄介な事に巻き込まれなきゃいいが……
*
結局その日のほとんどは、索敵やマッピングといった準備作業に費やした。
俺は人間はおろか動物にさえ愛されない罪深き存在なので、使い魔との契約は結んでいない。情けない話ではあるが、向いてないものは向いてないのだからしょうがない。
言っただろ。共同作業は苦手だって。
使い魔こそ使役できないが、地属性の魔法は得意なので、自作ゴーレム君(小型リモート式・視覚共有ネットワーク搭載)を作り出して、ピコピコ坑道内で動かしては、ちまちま地図を書き出す作業を、延々繰り返していた。
言っただろ。ソロ活動は得意だって。
その甲斐あってか、山賊のアジトの大まかな構造が浮かび上がってきた。
奴らがねぐらとして使っている坑道を降りていった先には、大きな空洞が広がっており、地下水が流れ、天井からは鍾乳石が垂下している。
想像していた以上に広い、というのが正直な感想だ。試みにゴーレム君と触覚を共有してみたが、外部よりもずっと暖かい。真冬の寒さもしのげる訳だ。
間取りも驚きの八部屋、焚火で豪快吊るし肉! みんなでワイワイ盛り上がれるパーティールームを備え、外は天然の冷凍庫。
寝床や最低限の料理道具も用意されており、全国の山賊・盗賊さん寄ってらっしゃい見てらっしゃいの優良物件である。
アホな冗談はさておき、魔力泉の暴走で鉱山が閉鎖される以前に、当時の発掘隊が拠点として使っていたものを、装い新たに再利用しているのだと思う。
山賊どもが一から拵えたにしては手が込みすぎだし、そう考えるのが自然だ。
日中は魔石の発掘作業に精を出し、日没後はみんなでワイワイパーリナイ☆♪
定期的に魔石の運び出し、食料の調達を手分けしながら行っている、というのが連中の日常みたいだ。
おいおい、ロゼッタにいた頃の俺より仕事してんじゃねえか。山賊のくせに生意気な……
「ねえ。終わった?」
「いや。もうちょっと待って」
「凝り性ねえ。もう日が暮れるわよ」
「いや。もうちょっと待って」
「さっきからそれしか言ってないわよ」
「いや。もうちょっと待って」
「……」
後ろから軽く舌打ちの音が聞こえたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。その程度の揺さぶりに動揺する俺ではない。
ドロシーは途中から索敵作業に飽きたようで、ゴーレム君の操作に夢中になっている俺をよそに、お袋さんが用意してくれたピロシキをムシャムシャ頬張ったり、読書に勤しんだり、あくびをするなどしていた。
それにも飽きると、使い魔の黒猫を出して、「うりうり~」と鼻をいじったり、「ニャ~♪」と声を出すなど、やりたい放題のご様子。
ったく、参りますなァ。うちの姫様の奔放っぷりには……
「おっしゃ。撤収するぞ。山小屋まで引き返そう」
「ニャ?」
「ニャじゃねえよ、ニャじゃ……」
「ねえ。ニケは猫派、犬派どっちなの?」
「昔は猫派だったが、今は完全犬派だな」
「犬? なんか意外……てか、途中で宗旨替えした理由は何なのよ」
「色々あって一周して戻ってきた結果、素直が一番という境地に達した。わが身世にふるながめせしまに、そう感じるようになってしまったのさ」
「どういう意味?」
「俺自身が奇々怪々な代物になってしまった分、余計にそう感じるということだ」
「……なんか哀しいね……」
ドロシーが両目を細めて虚な表情を浮かべる。
猫がにゃあんと可愛らしく鳴いて、ドロシーのほっぺたをなめていた。
いいよなお前は、いつだって自由で。
*
山の中腹に位置する山小屋は、その昔採掘が盛んだった頃に、坑夫たちの休憩場所として設けられたものらしい。
閉山と共に廃屋と化していたのだが、親父さんたち村の有志が、俺たち発掘隊のために突貫工事で手直しをしてくれたため、内部は想像以上に快適だった。外の寒さがほとんど気にならない。
おまけに寝具や椅子も新調されていて、暖炉用の薪や、水や食料もキッチリ備蓄しているのが素晴らしい。あの個性的な家族に囲まれて、絶えず板挟みになりながら年を重ねてきた匠の気遣いが、随所に感じられた。親父さんの苦労がしのばれる。
天窓を見上げると、夜空に青白い満月が浮かんでいるのが見えた。
暖炉に火を付けていると、外で結界を張る作業をしていたドロシーが戻ってきた。戻ってくるや、炎魔法を使って、早速紅茶をいれてくれた。
ありがてえ、ありがてえ……
温かい紅茶を口に運ぶと、かじかんだ身体がじんわりと弛緩していく。
ロッキングチェアーに身を預けてまぶたを閉じると、本日の疲れが解き放たれて宙に浮かび上がり、魂が星へと帰っていくような心地がした。
ニケ。お前、消えるのか……?
「それで。明日はどうするつもりなの?」
帽子を外し、ベッドの上に腰掛けたドロシーが髪を櫛で梳かしながらそう言った。
「仕事が終わったのに、まーた仕事の話か……君も好きだねえ」
「いや、そういうんじゃなくて……あそこまで熱心に調べてたんだから、何か策があるのかと思って。なんて言うかさ、あなたって結構慎重なのね。実力行使でちゃっちゃと終わらせればいいのに」
つまり、小細工など弄さず、正面からカチコミ掛ければええやんってことか……
それは圧倒的強者だからこそ許される戦術なんだよなあ。俺には無理なんだよなあ。でもドロシーやトルフィンの前では圧倒的強者で通ってるから、余計に話がややこしくなってるんだよなあ。
「獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと言う……油断は大敵。闇雲に踏み込むなんて愚の骨頂だ。慎重に行くべきと俺は考える」
しゃあしゃあとそんな風に言ってみせると、ドロシーは「ほーん」と言った。
まるでハナクソでもほじりそうな勢いの「ほーん」であった。
「……できることなら」
俺は言った。
「皆殺しというやり方は取りたくないんだ。強硬的な手段に出て、藪蛇になれば最悪だしな」
「藪蛇? どういうこと?」
「これは俺の勘だが、あいつらはたぶん、あいつら自身の意志であそこに居座ってる訳じゃない。背後で糸を引いてる連中がいる」
「え? それって……黒幕がいるってこと?」
「ああ。この厳寒期に、好き好んで鉱山を占拠するなんて、まともに考えたら不自然だと思わないか? それも、あの騎士王に目を付けられてる鉱山に……連中がよっぽどの馬鹿じゃなければ、誰かに指図されてると考えるのが自然だ」
「まあ……一理あるかな」
「だろ? だからこそ、ここは慎重に行くべきだと俺は思うぜ。後ろに何が控えてるかわからん以上、なおさら石橋を叩くべきだ」
「まさか、連中を生かしたまま捕まえて、真相でも吐かせるつもり?」
「それは向こうの出方次第だな」
「物好きねえ……所詮仕事なんだから、そこまでやる義理は無いと思うけど。まあ、好きにしたら」
ドロシーは紅茶の残りを飲み干すと、指先で宙をなぞるような動作をして、言の葉を結んだ。
「清廉なる水よ。霧となりて、我を包み隠したもう」
すると、ドロシーのベッドの周囲が霧で覆われる。俺からは一切、彼女の姿が見えなくなった。
「この程度の初級魔術で詠唱とは、珍しいね。お得意のウイッチクラフトはどうした?」
「……アレ、あんま好きじゃないのよ」
「好きじゃない? どういうこと?」
「魔術として、不自然な感じがするから」
ドロシーは努めて冷淡な声音で、そう言った。
「じゃあ、私はもう寝るね。一応言っとくけど……近づいたら、命はないと思いなさい」
生々しい衣擦れの音がする。どうやら寝間着に着替えてるらしい。
「今夜は寒いから、一緒に寝ていい?」的な展開を期待していた俺としては、何とも非情な宣告である。
もうちょっとこう、異性とのエッチ・スケッチ・ワンタッチなイベントの一つや二つ、僕に恵んでくれてもいいんじゃないですかね神様。
現実とは、かくも冷たきものなり……
「まだ寝るには早いだろ。せっかくの機会だし、俺の話を聞いてくれないか」
「壁にでも話してれば?」
「つれないこと言うなよ……そうだな、たまには昔の話でもしようか。俺の初恋は師匠だった。初めて会ったのは十二歳の秋で……忘れもしない。紅葉が綺麗な季節だった。母親の旧友で、はるばる南洋からやって来た所を――」
「…………。あなたの師匠って、女性だったの?」
「当然だ。俺が野郎に教えを請う訳がない」
「……ロイドさんには教えてもらってたじゃない」
「アレは例外中の例外だよ……社交的な理由と言いますか。そもそも教わってたのは魔術じゃなくて武術だし」
「ふーん……しかし、初恋の人が先生ってねぇ……」
「興味あるのか?」
「ないわよ。ないけど、その……年の差とかさ。あるじゃん」
「年齢なんて関係ないだろ。恋はいつだってnon stop dancing……第一それを言うなら、師匠は人間じゃなくてエルフだから、俺と会ったとき、すでに126歳だったぞ」
「確かにそこまで離れてると、どうでもよくなるか……それで? お付き合いを前提に、弟子入りさせてくださいとか言ったの?」
「すごいなお前。何でわかったんだ」
「嘘でしょ。冗談で言ったのに……」
「ドロシーは、師匠とかいないのか?」
外の風で、二重窓がカタカタと揺れる。暖炉の薪がぱちぱちと音を立てて爆ぜた。
沈黙のあと、ドロシーが言った。
「いると思う……ケド」
ケドって……ん? どういうこと?
あーわかった。もう一人の自分が、脳内で「お前の本気はそんなものなのか? ニケ」とか話しかけてくる感じのヤツだろ? またの名をイマジナリーマスターと言いましてね……
俺も昔よくやってたわ。「やれやれ。お前はいつだって簡単そうに言いやがる」とか呟いたり、「うるさい。お前は俺の何なんだよ!」とか、たまに反発したりしてね……いやー懐かしい。
「私の話はいいでしょ。あーもう、与太話はここまでで十分だから……今日はもう寝るからね。おやすみ」
アホなことを考えてるうちに、ドロシーに会話を打ち切られる。
しかしコイツ、あんまし自分のこと話さないな……
隠してると言うよりは、言い憚っているような印象を受けるのが気にかかる。
まあ俺も自己開示に関しては、人のこと言えた義理じゃないけどな。自慢じゃないが、エルでさえちゃんと打ち解けるまで一年掛かったから。
さすがに掛かりすぎだって? やれやれ、これだから陽の者は……だからお前らは嫌いなんだよ。一体いつから、お前の常識が世界の常識だと錯覚していた?
天窓から星明かりが射し込む。
暖炉で揺らめく炎をじっと見つめていると、いつの間にやらまどろんで、俺の意識もまた闇の中へと落ちていった。