勇者にはなれない   作:高円寺南口

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51 風雲急を告げる

 カトブレスに戻り、ギルドで任務の完了報告だの何だの、面倒な事務的手続きを済ませると、俺は大きく背伸びをした。

 冬場は肩だの腰だのが凝ってしょうがない。もっとも、暦の上ではすでに春なんだが。

 

「さてと……ほんじゃま、カムイの店に向かうか」

「カムイ?」

 

 ドロシーが小首を傾げる。

 

「そういやドロシーには詳しく話してなかったか……俺は元々、石工ギルドのカムイという男に雇われていたんだ。イカルガの発掘には、そいつの代理で出向いてたワケ。要は下請けだよ、下請け」

「ふーん……カムイね。なーんか聞き覚えあるような……」

 

 カラフルな木組みの家々が軒を連ねる石畳の道を歩き、起伏の緩やかな坂を上っては下り、上っては下る。吹く風は穏やかで、ほんの少しだけ花の匂いを孕んでいた。

 春が訪れたせいか、人の往来は増え、慌ただしくなった町並みは、以前より活気を取り戻したように感じられた。

 

 石工ギルドの紋章の下に、小さくカムイの魔道具店と書かれた看板。

 扉を開けると、新聞を読んでいたアツコサンとばったり目が合った。

 

「お……おお~! 誰かと思えば、ニケじゃない。なによもう~、全然連絡よこさないし、心配してたんだぞ!」

 

 筆不精なのは今に限った話ではないので、「ウェヒヒヒ……」と毎度お馴染み取り繕うような気持ち悪い笑みを浮かべておいた。

 存在しないことで存在感を発揮する行為に無上の喜びを見出している、少し変わった生き物なのだ。

 

 にわかに騒がしくなったのを察したのか、奥の工房からカムイが姿を現し、優しく微笑んだ。

 

「ニケ……帰ってきたのか」

 

 むくつけき男同士の熱い抱擁を交わすと、ぐっと互いの手を握り合う。

 雪解けのメルヘンな街で、僕と握手!

 

「無事山賊退治を終えて、政府に発掘許可を正式に申請したところまでは、ギルド本部から伝え聞いてたんだが……中々帰ってこないから、アツコサンと一緒に心配してたんだ」

「いやまあ、後始末とか色々あって……はい」

「ところでニケ、さっきから気になってたんだけど、そこの女の子は?」

「ああ、紹介するよ。彼女は――」

 

 そこまで言ったところで、アツコサンが「え?! ドロシーちゃんじゃない!」と声を上げる。

 なんじゃらホイホイ、「知り合いなんですか?」と俺が問うと、アツコサンはこくこくとうなずいた。

 

「魔導具を探しに、よく店に来てたからねえ。人形さんみたいに可愛らしい子だから、一度見たら忘れないわよそりゃ……も~う、水臭いんだからドロシーちゃんったら。挨拶が遅れちゃってごめんね」

「ああ、はい……どうも。お久しぶりで」

「うん? 髪型変えたの?」

 

 アツコサンが娘を捕まえたみたいにドロシーの髪をいじったりして、キャッキャウフフと花を咲かせている。ドロシーは存外こういうのが苦手なのか、「お、おう……照れるぜ」みたいな顔を浮かべていた。

 

 ドロシーは俺より早くカトブレスを拠点に活動していたから、どうやらその頃に知り合った仲らしい。

 

「それでニケ、どうしてドロシーと一緒に?」

 

 カムイに問われて、俺はざっとこれまでの経緯を伝える。

 むろん、ドロシーの魔眼のことや、虚飾と欺瞞に満ちた俺の人生については伏せておいたが。

 

「ほえ~……それで結託したってワケかあ。私らが共通の知り合いだなんて、まさかこんな偶然もあるのねえ」

「なるほど。ガラテアから陸路で西方に向かうとなれば、野盗や魔物の巣窟であるスピカ荒原を突っ切るか、エルフの縄張りである鬱蒼とした森林地帯、ダーク・ヘッジスを迂回するかの二択だからなあ……いずれにせよ、一人より二人の方が心強い旅路であることは間違いないよ」

「そこでカムイ……一つお願いがあって。イカルガで上等なラピスラズリを手に入れてな。せっかくだから、俺に魔導具を作ってほしいんだけど……」

 

 そう言うと、俺はケツから……じゃなかった。鞄から蒼い魔石を取り出し、カムイに手渡す。

 カムイは頭にかけていたゴーグルを下ろし、ほうほうと言った調子で、魔石を眺めた。

 

「こいつは……驚いたね。極めて純度の高いラピスラズリだ。色合い、透明度、光沢……どれを取ってもトリプルAランク。最近のマーケットじゃ、まずお目にかかることはできない一品だよ」

「うんうん。さすがイカルガ鉱山ブランドねえ……ひょっとして、魔力泉の暴走が鉱物の生成に何らかの影響を及ぼしてるのかしら」

 

 アツコサンも興味津々といった様子で、魔石を観察していた。

 

「ニケこれ、市場に流せば1200万レイくらいは値がつくわよ」

「1200万レイって、フランに換算すると……」

「ざっと300万」

 

 ドロシーが補足すると、俺のお目々が点になった。

 

 さ、300万……竜退治三回分……そりゃあ、トルフィンも後生大事に懐で温めるわな……懐という名のケツで……

 

 ていうか、トルフィンも当然、魔石の値打ちには気付いていたはずだよな。それをあっさり俺に譲ってくれるとは……なんとまあ、気前のいいことで。さすがドワーフ。人間ならこうはいかない。

 俺が逆の立場なら、もっと値打ちの低いジャンクを恩着せがましく押しつける自信がある。

 

「売って、旅の資金にする手もあると思うけど、どうする? ニケはもう魔導具一つ持ってるんでしょ」

「ああ……」

 

 言われて、俺は自分の右手の薬指に目を落とす。銀色の指輪に嵌め込まれた魔石が、白い光を反射していた。

 

「不思議な指輪よねえ、それ。何回見ても、今まで見たことのない魔石だし。お母さんの形見なんだっけ?」

 

 俺はうなずいた。

 実際、所有している俺もこの指輪の魔石が何なのか把握してない。したがって、この魔導具の効能も知らない。

 というのも、この指輪を譲り受けた一週間後に、母さんは帰らぬ人となってしまったからだ。

 

「サブとして、もう一個増やしたいとは考えてたんだ。今の魔術界隈は、魔導具複数個持つのが当たり前になってるみたいだし」

「といっても、このクラスの魔石のコアだと、サブにしておくのはもったいないレベルだが……サブの主張が強すぎると、メインと競合する可能性もあるし」

「ん、どういうこと?」

「魔石の組み合わせには、相性があるんだ。力の強すぎる魔石同士を掛け合わせると、互いの良さを打ち消し合って、術者にかえって不利益に働くケースが多い」

「つまり、闇雲に高価な魔導具を揃えればいいという話ではないと?」

「そのとおり」

 

 カムイの脇で、すかさずアツコサンが補足する。

 

「言ってみれば、人間関係と同じよ。個性の強い人間ってのは、互いに譲れない信念を持ってるから、どうしてもぶつかり合っちゃうでしょ。魔石も然り。力関係や役割分担をはっきりさせておかないと、船頭多くして船山に上る――なーんてことになりかねないのよ」

 

 なるほど、つまり音楽性の違いにより解散する可能性があるということか……さすがロックだぜ。石だけに。ごめん何でもない。

 

「俺の魔石は得体が知れんから、相性も出たとこ勝負ってワケか……」

「そうだね。でもラピスラズリは、相手に合わせるような所がある魔石だから、大丈夫じゃないかな。だから重宝される訳だし」

 

 俺は笑った。

 

「なんだ、本当に人間みたいに言うんだな」

「実際そうだからね。リスクを気にするのなら、コアを二つに分けて、魔導具を二つ作ることもできるけど。君とドロシーで分け合えばいい」

 

 カムイにそう言われて、俺はドロシーを一瞥する。

 彼女は両肩をすくめてみせた。

 

「私はいいわ……ワンドとペンダントで、用は足りてるし。三つ目も色々試してはみたけど、最終的には要らないという結論に達した」

「そうそう、ドロシーちゃんの魔石って凄いのよ! 最高級のスノーサファイアに、バイカラートルマリン! 特に後者は世界に数個とも言われる超希少価値よ! 一体どこで手に入れたのっても教えてくれないし~」

 

 ドロシーの言葉を半ば遮るように、アツコサンが怒濤のムーブをかました。

 

 ドロシーは「いやまあ……昔世話になった人がくれて」と適当にはぐらかしていたが、実際知らないのだろう。

 ある日目が覚めたら、記憶と引き換えに自分が最強ステータス・最強装備だったって、お前は物語の主人公か何かなの?

 

「ほんじゃ、俺専用で作ってもらうけどいい?」

「好きにすれば。個人的には、相手に合わせるっていうラピスラズリの特徴が癪に障るのよ。あなたには自分の主張がないのって、イライラする」

 

 またぞろドロシーさんが、顔に似合わずパンクな発言をかましていた。

 コイツは本当に、骨の髄までロックだぜ……と感心する反面、本当は俺とのお揃いが恥ずかしかったんだよなと、内心悦に浸り、ほくそ笑む俺であった。

 

「じゃあ頼むよカムイ。余った外核は譲るから、その分安くしてもらえると助かる……」

「ははは……他人行儀だな。俺とお前の仲じゃないか。金のことは気にしなくていい。いつまでに仕上げればいい?」

「そうだな、一週間以内であれば」

「任せとけ。超特急でやるよ」

 

 不意に、赤ん坊の泣き声が聞こえた。そこで俺はようやく、一番大事なことを忘れていたのに気付いた。

 

「わあ……」

 

 アツコサンが生まれて間もない赤ん坊を抱えて戻ってきて、ドロシーが感嘆の声を上げる。アツコサンがよしよ~しと揺すってあげると、ぐずっていた赤ん坊の表情が和らいでいった。

 

「二週間前に生まれてね。これほどの安産は珍しいってマーガレットさんに褒められるくらい、穏やかな出産だったわ」

「ほえー……男の子、ですよね?」

「うん! ばっちし希望通り! 名前はプックルって言うの!」

 

 プックル……個人的にはボロンゴかゲレゲレの方がいい気がしたが、人様のご家庭のネーミングセンスに口出しすべきではない。

 

 ドロシーはプックルちゃんのほっぺたをツンツンしながら、「ぷにぷに……」とよくわからんことをのたまっていた。

 ちょっとお嬢さん! 新種のスライムじゃないんですよ。

 

「せっかくだから、ニケも抱いてみる?」

 

 そう言われて、赤ん坊の手を取ると、どういう訳か「びえ~~~ん!!!」と泣き出した。ぱっと離すと、すっと泣き止み、そっと触れると、わっと泣き出す。そのやり取りが三回続いた。

 

 あからさまなその態度に、三人が笑い出す。

 

「おっかし~。なんか嫌われちゃったみたいだねえ、ニケ……」

「生まれて間もない赤子は感覚が限定されているが故に、高度にソフィスティケートされた俺の御魂にただならぬ何かを感じ取ってしまうんでしょうね……」

「何ワケのわかんないこと言ってるのよ。どう、ドロシーちゃんも抱いてみる?」

 

「まだ首が座ってないから、気をつけてね~」とアツコサンに促され、ドロシーは恐る恐るといった調子で、赤ん坊を引き受ける。

 抱いた瞬間、ドロシーと目が合うと、プックルはにんまり微笑んだ。

 

「……かわいい」

 

 ドロシーの何気ない一言に、カムイとアツコサンも笑い、和やかな空気に包まれる。

 俺一人だけが、その空気から排除されていた。まるで俺の上空からのみ、豪雨が降り注いでるかのような気分だ。

 

「あらら~、ニケの時とはえらい違いだねえ。ドロシーちゃんのこと気に入っちゃったかな~」

「これはいけませんねえ、奥さん。この子は天性の女たらしかもしれない。今のうちからしっかり教育しておかねばなりません」

「何ワケのわかんないこと言ってるのよ。そんなに悔しかった?」

 

 ふとプックルと目が合うと、ヤツはどういう訳か、ふんと鼻を鳴らすような笑い方をした。

 

 おのれ小童めが……スケベそうな顔しやがって……

 将来お前が大人になったら、おじさんが絶対いじめてやるからな!

 

「ん? なんだか外が騒がしいわね……」

 

 アツコサンがそう言ったので、窓の外へ視線を移す。港の方へ向けて慌ただしく走り出す子供たちの姿が見え、遠くから歓声が聞こえた。

 

「ああ、そういや今日だったか……勇者さまが来られる日」

「ん? 勇者さま?」

 

 カムイがうなずいた。

 

「俺も最近知った話なんだけど……ロゼッタから勇者様一向が来られるそうなんだ。それだけじゃない。ネウストリア国王を筆頭に、アヴァロニア諸国の首脳がこのカトブレスの地に集うらしい」

「お偉いさんが一堂集結? ってことは――」

「ああ」

 

 俺とドロシーの目を見て、カムイが言った。

 

「第三次東征が、ついに開戦する。出陣式だよ。東洋諸国決起に際し、イリヤ教団総主教、かのネフェル3世もご来訪されるとの噂だ――」

 

 

  ***

 

 

 同日同時刻、カトブレス、ブラン城貴賓室――

 

「ふぁあああああ~っ! にしても長ぇなオイ……もうかれこれ二時間は待ってるんだが」

 

 長卓の下座に座った大男が、背中をボリボリ掻きながらそう愚痴った。

 南部の山岳地帯の民俗衣装でもある二本の角が特徴的な兜を被り、口元には胸元まで届きそうな髭をたくわえ、いかにも退屈そうな顔を浮かべている。

 

 何より特筆すべきは、その屈強な体つきだ。

 身丈も身幅も、列席する他の諸侯の軽く倍はあり、彼一人でテーブルの三席分くらいは占めていると言っても過言ではない。

 

「まあそうぼやくな、イシルドア。気長に待つのも首班たる者の責務の一つであろう。聖下は心お優しい御方だ……きっと今頃、民衆の声に応えているのではないか」

 

 斜向かいからそう諫めたのは、アルルの統領ことバルザックだ。

 相変わらず、頭部はテカテカと潔いくらいにハゲている。朝方たっぷり、温泉にでも浸かってきたのだろう。

 

 南部の山岳地帯を治める、ザクソンの統領イシルドアは、ふーっと鼻息を吐き出す。

 彼にしてはささいな仕草であったかもしれないが、長卓に置かれた燭台が彼の鼻息で揺れていた。

 

「ってもよォ、俺はバルザックのじいさんと違って、気が短くてねえ……アンタだってそうだろう? ドラクロワ。お互い戦争に向けて仕事は山積みなのに、急な指令で遠路はるばるやって来て、大変だよなァ」

 

 イシルドアの向かいに座るドラクロワは、トランシルヴェスタの統領だ。

 八の字に口ひげをたくわえ、竜の鱗をモチーフにした軍服を身に纏う彼は、バルザックの士官学校時代の後輩で、以来知己として交わってきた仲でもある。

 

 なるほどイシルドアが言ったとおり、各国の首府からカトブレスまでの距離は、ドラクロワの居城アラドが一番遠い。

 

「イシルドア。騎士王の御前であるぞ」

 

 よく通る声で、ドラクロワが言った。

 

「貴公の歯に衣着せぬ物言いは、友としては爽快だが、時と場所をわきまえよ。騎士王は我々の同輩であると共に、我々のリーダーでもあるのだ。頂点を敬えぬ組織に、未来はない」

「か~っ! 相変わらず堅物だねェ……イモばっか掘ってないで、いい加減少しは女遊びでも覚えたらどうだ」

「それを言うなら、貴公こそ穴掘りにばかり励んでないで、一国の王たる者の気品を身につけよ」

 

 アヴァロニアの穀倉地帯と呼ばれ、農業大国であるトランシルヴェスタと、鉱山開発を国家事業の中心に据えている資源大国のザクソン。

 互いの長所をなじり合う、毎度お馴染みの不毛なやり取りではあったが、今日は珍しく、そこに割って入る人物がいた。

 

「トランシルヴェスタ公の仰るとおりですわ」

 

 ドラクロワの斜向かい、イシルドアの隣に鎮座する女性がパチリと扇子を閉じ、唐突に口を開いた。

 

「前々から常々思っていましたが、ザクソン公。そなたの粗野な振る舞いは、一国の王として、アヴァロニア諸国に列する者としての自覚が欠けていますわ。いくらドワーフとは言え、相応の良識と品格を備えていただけませんこと?」

 

 やけに、ドワーフの部分を強調する物言いだった。

 

 随所に宝石をちりばめた瀟洒なドレスに身を纏う妙齢の美姫こそ、アンブロワーズ領を束ねるエスメラルダだった。アヴァロニアでは知らぬ者のいない、名門エスメラルダ家第三十九代目当主である。

 ちなみにブロンドをクルクルと複雑な塔のように巻いているのは、彼女の趣味というより、家の伝統である。

 

 彼女の日頃の高圧的な振る舞いは、衆目の知るところであったので、敵に回すと分が悪い。真面目に受け答えするより、風のように流すのが対応としては正しい。

 イシルドアとて、そのことは弁えていた。

 

「はあ……なんかすんません」

 

 頭をボリボリ掻きながら、鼻息交じりにそう零したイシルドア。

 彼としては十分な謝意を示したつもりだったが、その無骨な反応が、エスメラルダの癇にさわった。

 

「マリア!!」

 

 大声を発するとほぼ同時、貴賓室の扉が開いて、一人のメイドが入ってきた。

 

「紅茶を替えてくださる? 隣に座る男の鼻息で、少し冷めてしまいましたわ」

 

 メイドは「ただちに」と殺戮を忠実にこなす機械のような音声を発して、カップを下げた。そして部屋を後にする。イシルドアはあさっての方向を眺めながら、「おぉ……おっかな」と呟いた。

 

 ものの三十秒程度でメイドが持ってきた熱い紅茶を口に付けると、エスメラルダが吐息を零した。

 

「この席は少々窮屈ですわねえ……誰とは言いませんけれど、右隣に座る無駄に図体ばかりデカくて中身の詰まっていない男のせいで……」

 

 すると、彼女はちらりと視線を左に流した。口元には微かな愉悦が浮かんでいる。

 

「騎士王。替わっていただけないかしら?」

 

 その一言が何を意味するかは、今晩の晩飯何にしようかなと考え始めたイシルドアを除いて、皆が察していた。

 年若くかつ同性である騎士王に対して、エスメラルダが快くない印象を抱いていたのは明白だった。事実、彼女は事あるごとに騎士王の施策や方針に対して難癖つけていた。ガラテアがノルカ・ソルカから買収したイカルガ鉱床を巡る領土問題などはその最たる例である。

 

 さらに言えば、今日の座席は、最奥の角席にイリヤ教団総主教が腰掛けるのは当然のこととして、向かって左奥の席から順に右、左と左上位で座っていく席順になっている。

 席順とは、すなわち東洋諸国内での序列。

 アヴァロニアの最高君主たるネウストリア国王が一番目に座り、次いで臣下筆頭の騎士王……あとはその時々で変わるが、末席にトランシルヴェスタ公が座るのは永らくの定番となっている。

 

 つまり、ナンバースリーに座するエスメラルダが、ナンバーツーの騎士王に「席を替われ」と告げたのは、「小娘のお前には分不相応だから、私にその地位を譲れ」と言ったも当然であった。

 これにはもちろん、歴代で最も多く騎士王を輩出した名門エスメラルダ家の意地とプライドもあったのだろう。ていうかそれしかない。

 

 なんかやべえなこの雰囲気……と思ったバルザックは、左隣のドラクロワを足でけしかける。お前、さっき「騎士王の御前であるぞ」とか言ってただろ。同じ事言えよとの念を込めて。

 

 しかし、ドラクロワは動じなかった。

 彼は顔の前で両手を組み、「見ざる聞かざる言わざる」のポーズを貫いていた。悲しい哉、これがかれこれ二百年は騎士王を輩出せず、最下位の地位に安寧を見出しつつある田舎の領主の処世術か……とバルザックは虚しい気持ちに駆られた。

 だが、理解できなくもない。

 

 というのも、トランシルヴェスタはアンブロワーズと隣国ということもあって、昔から散々嫌がらせのような無理難題をふっかけられては屈したという哀しい歴史があるのだ。アンブロワーズの領土がいやに東西に長いのは、通行税で儲けたいという思惑の下、トランシルヴェスタの領土をちょっとずつちょっとずつ分捕っていったからに他ならない。

 

 長年の辛酸の末、生き抜くためには大人しく子分面しておくのが得策という最適解を見出した、トランシルヴェスタの立場には、バルザックとて同情するものがある。

 にしてもなァ……

 

 聖下も陛下も、頼むから早く来てくれ。こういうのは上の立場の人間から言わんことには、どうにもならねえよ……

 

 ああ、こういう時にユッテナイネンのオヤジ*1がいてくれたらなあ……あのオヤジは色々とメチャクチャだったけど、面倒な役回りはきちんと引き受けて、もめ事は鶴の一声でまとめる長者の気質があった……それに比べて最近の若いモンは。

 ホント惜しい男を亡くしたなァ……とバルザックが現実逃避という名の思い出巡りに心を馳せたとき、騎士王が不意に言った。

 

「ふふーん♪ わがまま言ったらダメだよ、メイちゃん。今日は自由席じゃないんだから」

 

 焼き肉がいいか……いややっぱカトブレスだとシーフード食いてえなと未だ逡巡しているイシルドアを除いて、その場にいた全員が凍り付いた。

 

 今、なんと……

 

「ななな……誰がメイちゃんですって! 私をその名で呼んで良いのは、血を分けたお母様とお父様の他には、天上天下ネウストリア国王陛下唯一人のみですわよ!」

「いーじゃん別に~。お互い結構長い付き合いなんだからさ。仲良くしようよ~。あ、私のことはロロって呼んでいいから!」

「そういう問題じゃなくて……ああもう! マリア!!」

 

 すぐさま、扉が開いて先ほどと同じメイドが馳せ参じた。

 

「お花を摘みに参ります! 付いてきて!」

 

 口元を扇子で隠しても大声で丸わかりだし、第一アンブロワーズのお嬢はメイドがいないと一人で便所にも行けないのかとバルザックは思ったが、まあそんなことはどうでもいい。

 転じた視線の先、騎士王ことロローナは、にへらと笑っていた。

 

「悪いねえ、妙な空気にしちゃって」

「いえ。騎士王こそアンブロワーズ公には常日頃手を焼いていることでしょう。心中、お察しいたします」

 

 しゃあしゃあとそう言ってのけたドラクロワを見て、バルザックはコイツ、こういう時だけはホント調子良いな……と白目を浮かべた。

 鬼の居ぬ間に洗濯ということであろうか、ドラクロワは、

 

「おい、イシルドア。いい加減晩飯のことを考えるのはやめろ」

「え? 何でわかったんだ」

「お前がそういう顔をしているときは、メシのことを考えてる時だと相場は決まってるんだ」

 

 と、イシルドアと謎のやり取りをしていた。何だかんだ言いつつ、こいつらは仲が良いらしい。

 

「ねえ、バルザックさん」

 

 話しかけられて、バルザックは騎士王に目を向ける。

 

「後で時間があるときでいいんだけど……数ヶ月前にアルルが解決したアルヴァ・ユリアの竜退治のこと。詳しく聞かせてもらっていいかな?」

 

 俺じゃなくて、隣の調子の良い、どうにもきな臭い事件だからお前も一枚噛んでくれと泣きついてきたひげ面の男に聞いてくれと言いたかったが、待てよ。これは騎士王の腹を探るいいチャンスかもしれない。

 

 あの事件は、間違いなく裏で教団が糸を引いている。

 ガイラルが上げてきた報告から考えるに、限りなく黒に近い灰色なのか、完全に黒なのかの二択だ。

 

 散々トラヴィスにけしかけられていたことでもある。騎士王をこちら側に引き込むのか引き込まないのか、カマをかけるにはいい機会だろう……

 

「ええ。よろしいですよ……私もその件で、閣下に伝えたいことがございます」

 

 その時だった。不意に部屋の扉が開く。

 

 ずいぶん早いお花摘みだなとバルザックは一瞬感心しかけたが、現れたのはエスメラルダではなく、屈強な大男だった。獅子を象った勇壮な兜に、腰に佩いた長剣。

 はて、どこかで見覚えがあるような……

 

 彼は一堂に向けて礼をすると、外で控える人物に告げた。

 

「陛下、こちらでございます」

「うむ。ご苦労であった、ゴライアス。外で待っておれ」

 

 恭しく頭を下げたゴライアスと引き換えに、現れたのはネウストリア国王その人であった。

 バルザックを始め、一同がすばやく席を立つ。

 

「こうして皆で集まるのは、いつ以来かのう……皆、元気そうで安心した」

「はっ。陛下こそ、ご壮健で何よりです」

 

 調子の良い男ことドラクロワが口火を切ると、銘々が再会の言葉を述べる。

 ネウストリア国王が席に着くと、イシルドアがハナクソをほじってから言った。

 

「それでよお、オヤジ。こうしてみんなが集まったってことは――」

「オヤジはよさんか。エスメラルダが怒りおるぞ……おや。エスメラルダはいずこに?」

「ションベン行ったみたいだぜ。長いから、うんこの方かもしれん」

「……そうか」

 

 ネウストリア国王は、末席の方へ目を移してから呟いた。

 

「ノルカ・ソルカは欠席か?」

「うん。国内情勢的に、それどころじゃないみたい」

 

 騎士王が応じると、ネウストリア国王は小刻みに何度かうなずいた。

 

「無念だな。戦わずとも、顔だけでも見せてくれればよかったのだが……」

 

 本当にそう思っているのかいないのか、釈然としない面持ちで彼は呟いた。わざとそういう演技をしているんじゃないかという疑念すら湧いてくる。

 

 やがて、彼が「騎士王。そなたから頼む」と言った。ロローナは席を立ち、皆の顔を見回した。

 

「ようこそガラテアの王都、北の白都カトブレスへ! ってみんなを歓待したいところなんだけど、残念ながらそうはいかないんだよねえ……みんなに急遽集まってもらったのは……はい! イシルドアさん、答えて!」

「お、オウ……俺か? 聖下まで来るっつーんだから、そりゃあ第三次東征の開戦だろう?」

「正解! ですが、それだけなら出陣式やるからヨロシク~♪ の一言で済んだワケです。わざわざ事前にコソコソ示し合わせて、集まる機会を設けたのは~……」

 

 騎士王は、にこりと笑って一同に告げた。

 

「御上の方針に、大幅な変更が生じたからです♪」

 

 バルザックはロローナの屈託のない笑顔を見つめて、内心やれやれとため息をついた。

 胸騒ぎがする。嫌な予感がする。形容しがたい違和感を覚える。

 

 お花摘みに出かけたエスメラルダは、このまま帰ってこない方がよさそうだなと、彼は思った。

*1
先代騎士王。旧ノルカ・ソルカ統領

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