勇者にはなれない   作:高円寺南口

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52 騎士王からのいざない

 野次馬根性よろしく、ドロシーと共に港へ出向いた俺であったが、結論から言うと、その日は結局、総主教の顔を拝むことはできなかった。

 

 偶然出くわした我等が事情通、モヒーニキの話によると、混乱を避けるために、港に現れるというフェイクニュースをあえて流し、その間に陸路でブラン城に向かったのではないか、とのことだった。

 

 なるほど、ガラテアは熱心なイリヤ教徒が多いことで有名な国だ。ガラテア国民の多くは、ネウストリアからの移民の末裔であることは以前にも触れたとおり。歴史用語で言うところの、西方植民である。

 つまり、古からの土着民が国民の大半を占めるノルカ・ソルカやザクソンとは、少々勝手が違う。地理的には西部に位置しながらも、お国柄が保守的で極東に近いのは、こうした歴史的背景が関係している。

 

「しっかし、この人の多さにはうんざりするな……みんな暇なんかね。十年前からほとんど見た目が変わらない、恐れ多くも麗しい総主教サマを見たいって気持ちはわかるけどよ」

「まあそう言うなよニケ。大陸じゃ数百年ぶりの公会議なんだ。歴史が動く瞬間を、みんなこの目で見たくて仕方ねえのさ。まして、預言者たる総主教様自らお出ましとなれば、これを拝まずに死ねるかって話だ」

「そりゃ、じいちゃんばあちゃん世代の話だろ。俺らの世代からすれば、預言者だの何だの言われても、正直ピンと来ない」

「おい、滅多な事言うんじゃねえよ……危なっかしいなお前は」

 

 モヒーニキは慌てて俺の口を塞いだが、正直お前だってそう思ってるんだろというのが本音だった。

 

 第一総主教が神の預言者なら、どうして神のまにまに決行された二次東征が失敗に終わったんですかね。小さい頃、親父にそうぼやいたら、「うるせえ! 神だって間違えることくらいあるんだよ!」って怒られたっけ。その諭し方もどうかと思うが……

 

 神は死んだ。もしくは、休暇取ってバカンスに出かけたまま、行方不明になった。

 それでよくないか?

 

「それよりニケ。あの女の子何なんだよ。お前のコレか? コレ」

 

 モヒーニキが小指を立てて茶化してくるので、俺はやれやれとため息をついた。

 シードロちゃんは、そういうのとは、ちょっと違うんだよなあ……

 

 芋洗うほどの雑踏を引き返し、骨折れ損のくたびれもうけ。

 

 こんな日は温泉にでもどっぷり浸かるに限ると思い、カムイの店に戻ると、アツコサンが慌てた様子で俺に駆け寄る。何でも、ギルドから呼び出しがあったという。

 ギルドはギルドでも、石工ギルドではなく、クラインの方だ。

 

 ドロシーを連れて、至急本館まで来いとのことだった。

 

 

   *

 

 

 成功報酬の支払いは明日にでも手続きしようと考えていたのだが、向こうから催促してくるとは、一体どういう風の吹き回しだ。どうにも解せんなと思いつつ、来いと言われた以上は行くしかない。財布を握りしめられてる方はいつだって立場が弱いからね。

 

 茶をしばく暇もなく、麓の本館に向かうと、入口を塞ぐようにやたら豪勢な馬車が止まっていた。

 どこの趣味の悪い金持ちだよクソがと車輪を蹴り飛ばしたい衝動に駆られたが、不意に紫煙の香りが鼻腔をくすぐる。見覚えのある白髪の後ろ姿に、正直嫌な予感しかしなかった。

 

 奥にいた女性――毎度お馴染みいつもお世話になっております受付のお姉さんが、俺とドロシーの姿に気付いてこちらに手を振った。

 

「あらら、ずいぶん遅かったわねえ」

「さーせん、外出先から戻って知ったもんで」

「ふーん。ひとまず、二人ともこないだの討伐はお疲れ様でした。紹介するわね、こちらは――」

「結構です。存じ上げておりますので。こう見えて、僕たちとっても仲良しなんです。ねえ――」

 

 そう言うと、俺は傍らで煙草をくゆらす男をじっと見た。

 

「ギルドマスター。トラヴィス・クリーヴァーさん」

 

 名を呼ばれると、彼は煙草をピンと指で弾き、ブーツのつま先でもみ消した。そして、いつもの人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 

「久しぶりだねぇ。会いたかったよ、ゴクツブシ」

 

 俺は悟ったような顔でうなずき、そして言った。

 

「もう帰っていい?」

「早ぇよ。まだ要件も言ってないだろ」

「どうせロクな用事じゃないんだろ」

「騎士王がお前に会いたいんだと。デートのお誘いだ」

「嘘つけ」

「いいから乗れよ。こんな所で立ち話も何だ、話は車中でしよう」

「嫌だと言ったら? 俺は騎士王よりゴライアスが好きなんだと言ったら?」

「面倒くさいなコイツ……ほれ、相棒はもう乗ってるぜ」

 

 トラヴィスが親指を立てて背中の方を指すので、見ると確かにドロシーが馬車に乗り込んで、かじかんだ両手を吐息で温めていた。

 目が合うと、彼女は言った。

 

「どうせ拒否権なんてないのよ。あきらめなさい」

 

 俺は両肩をすくめ、やれやれと嘆息した。

 

 

   *

 

 

 車輪の軋みでガタガタと揺れる車内で、俺は窓の外で移りゆく町並みをじっと見つめていた。心境はさながら、憲兵に逮捕されて護送されている罪人の気分である。

 

「いやー、こんな偶然もあるんだねえ。まさか、お前ら二人がいつの間にか結託してたなんて」

 

 開口一番、トラヴィスがいやに大仰な口調でそう言った。

 俺は両目を細めて、ついでに口元も細める。

 

「白々しいにも程があるだろ、オッサン……」

「え? 何のこと?」

「とぼけんな。お前やクロノアが影でコソコソやってたのは、こちとらわかってんだよ」

「え? 何のこと?」

 

 俺はクソデカため息をついた。

 

「まあ問いただすなら、結果より過程の方じゃないかしら」

 

 ドロシーが口を開いた。

 馭者が用意してくれた茶菓子のクッキーを一つまみ。ムシャムシャと小動物のように頬張っておられた。

 態度のでけぇ罪人ですね……

 

「ニケと私のこれまでの経緯を総合すると、貴方やクロノアは、私たち二人を引き合わせようとしていたとしか思えないのよね。まあ、それ自体は別にいいのよ……目的を同じとする者同士、バラバラに泳がせるよりは一緒にまとめといた方が、貴方たちからすれば都合が良いだろうし。

 問題は、その手段よ。どうして、こんな回りくどいやり方を選んだのかしら? コソコソ裏で手を回して、まるで誰かに見つかることを恐れていたようにすら映るけれど」

「…………」

「答えないってことは、これからその答え合わせをするってことでいいのかしら? 貴方がこうして直々に来てるってことは、城で待ってるのは騎士王だけじゃないんでしょ」

 

 トラヴィスはなお答えなかった。

 懐の煙草に手を伸ばそうとしたが、ドロシーさんのジト目を察して、右手を所在なげに首の後ろに回し、観念したように言った。

 

「今日召集をかけたのは、勇者じゃなくて騎士王。それは事実だ……イカルガの件で礼が言いたいんだと。とりあえず連れてこいとしか言われてないから、俺も詳しくは知らん」

「奥歯に物が挟まったような言い方だね。奥歯だけでなく、前歯にも挟まってるようにお見受けするが」

 

 俺がニンマリ笑うと、トラヴィスが鼻で笑った。

 

「楽しそうだな、お前」

「愉悦だよ。自覚がなくとも、魂というものは本能的に愉悦を追い求める」

「悪いな、喋りたくてもこれ以上は喋られないんだよ。俺はもう、無職のツケにも寛容なギルドのバーテンダーは卒業して、今や勇者の仲間の看板背負う立場になっちまったんだ」

「寛容とは一体? 先生怒らないから、説明してみなさい」

「散々タダ酒飲ませてやっただろうが」

「ならばバーテンダーではなく詐欺師の間違いでは? 一体何をどう勘定したら、ツケが100万にも膨れ上がるのかね。ソロバンの弾き方から勉強し直してきた方がいいんじゃないの」

「利子という言葉をご存じかな? あと迷惑料」

「ガキの言い合いみたいなのはどうでもいいからさ……つまりトラヴィス、貴方は本当に騎士王の小間使いとしてやって来たってこと?」

 

 ドロシーがそう言うと、トラヴィスは彼女の目を一瞥して、小さくため息をついた。

 

「さっきからそう言ってんだろ。少なくとも俺とクロノアの中では、このタイミングでお前らに会うつもりなんざなかった」

「痛くて仕方ない腹探られるもんな」

「悪意のある言い方をするなら、まあゴクツブシの言うとおりだよ」

「ふーん……天下のギルドマスターさんと言え、騎士王の前ではただのおべっか使いか……」

「しゃーねえだろ。アイツ腹曲げると面倒くさいんだよ」

「普段ヘラヘラしてる人間ほど、実は結構根に持つタイプだったりするもんねえ」

「わかってらっしゃる。女の話は女にするに限るね」

「アリシアとは違うって?」

「安心しろ。そこまでは言ってない」

「でも何だろ。アリシアの実家にお世話になったからかなあ」

「それ俺も人伝に聞いたんだが、マジなの?」

「マジよ。彼女のおじいちゃんにも会ってきた。ノルカ・ソルカの生ける伝説なんでしょ。案外普通のおじいちゃんだったけど」

「普通てお前……今は亡き幻狼隊の首領、ロイド・ローウェルと言えば、ノルカ・ソルカじゃそれはそれは……泣く子も黙る恐ろしい武人で有名だったんだぞ」

「二次東征で活躍したんだっけ? 何か凄かったって話は聞いた」

「まあ……とんでもねえジジイだったことは確かだよ。俺もこの目で見たからな……人を滅多に褒めない副船長が、『アレはバケモンだ。同じ人間と思うな』って言ってたから」

 

 二人の会話に割り込むタイミングを完全に見失った俺は、一人虚しく紅茶を啜るほかなかった。

 心なしか、いつもより酸っぱい味がしたね……

 

「なあ。副船長って誰?」

「ん? 何だゴクツブシ、お前もたまには人間に興味持つのか」

「アンタこそ、俺の友達が壁しかいないとでも思ってるのか?」

「いや、他にも草木とか花とか、路傍の石とか……」

「やめろ。俺が悪かった」

 

 トラヴィスは乾いた声で笑った。

 懐の煙草に手を伸ばそうとしたが、ドロシーさんのジト目を察して、右手を所在なげに首の後ろに回した。

 

「俺が二次東征に駆り出されてたって話、お前にしたことあるっけ?」

「したとも言えるし、していないとも言える」

「どっちだよ。南洋の哲学問答みたいな答え方すんな」

「悪いね。瑣末な話は酒と一緒に抜けちまうのさ」

「そうか……じゃあ、俺が当時海賊だったことも知らんわな」

「海賊? アンタが?」

「そうよ」

 

 ドロシーが言い足した。

 

「ネウストリア王家に私掠免許を与えられた政府公認海賊、カルヴァドス海賊団って聞いたことない?」

「カルヴァドスって……最後の海賊とか言われた伝説の――」

「そう。トラヴィスはそこの一味だったのよ」

「一味つっても、しがない航海士でしかなかったけどな」

 

 トラヴィスはそう言って、紅茶を啜った。

 おいおいマジかよ……そうか、それで戦後は陸に干されて、昼は商人、夜はストライダーとかいうクソダサ職業にジョブチェンジしたのか……

 

「あれ、でも……カルヴァドスは二次東征に従軍して、確か全滅したんじゃ」

「ああ。だから俺は数少ない生き残り。ちなみにお前がさっき聞いた副船長もまだ生きてる。それ以外は大体死んだ」

「そうか……いや、カルヴァドスってロゼッタのガキんちょの間では有名というか、ピカレスク的な人気があったから……全滅したって聞いて結構ショックだったの覚えてるよ。まさか生き残りがいたとは……」

「お前が驚くのも無理はねえさ。俺だって、あの時くたばってた方がいっそ楽だったって、今でもたまに思うよ」

「そうか……じゃあ明日にでも」

「何でだよ。掌返すの早すぎだろ」

 

 ドロシーがふふっと笑った。

 俺的には一時間後でなく明日にした時点で十分譲歩したつもりだったのだが、上手く伝わらなかったらしい。ディスコミュニケーション。

 

 一方、トラヴィスは眉間に指先をあて、「クソ、煙草吸いたい……」とぼやいていた。どうやら、密室でかつレディーの前では吸わないのがコイツの流儀らしい。

 

「で、副船長はどこいったの? まだ生きてるんだろ」

「ああ、今は呑気に……ってあれ。お前、たぶん会ってるんじゃねえか」

「会ってる? いつだよ」

「いや。覚えてないんなら、別にいいけど……」

「ねえ、アリシアやゴライアスもここに来てるの?」

「来てるよ。つっても、ゴライアスは国王陛下の護衛に付いてるから、俺たちとは別行動だが」

「ふーん……勇者に勇者の仲間に総主教に、アヴァロニアの七王が揃い踏みとは、これから一体何が始まるのかしらねえ」

 

 ドロシーがクッキーをつまみながら言った。

 それはたぶん俺の分だと思うのだが、姫様のご機嫌を損ねるのもいかがかと思い、大人しく黙っておくこととした。

 

「さあねえ。皆で新春かくし芸大会でもやるんじゃねえか」

 

 しゃあしゃあとそう言ってのけたトラヴィスを見て、「白々しい……」とドロシーがすねたような顔を浮かべた。

 

 俺的にはゴライアスに会えないのが寂しかったが、こればかりは致し方ない。会えない寂しさが二人の情念を育むのだ。

 それはまるで空から舞い落ちる雪のように……触れればそっと消えてしまう、淡く切ないすれ違い……

 

「てかさ。ニケって騎士王と接点あったの?」

「ああ……ドロシーと会う前に、この街で一度だけ」

 

 詳細は面倒臭いので説明しなかった。てかあんなんどうやって説明するよ。巻き込まれた俺が一番摩訶不思議アドベンチャーだよ。

 

「会ったのって夜?」

 

 質問の意図をはかりかねて、ドロシーの目をちらりと見る。断じていかがわしいことはしていないはずなのだが、妙にそわそわ挙動不審。

 ふっ。これだから、モテる男はつらいぜ……

 

「言われてみれば夜だったけど、それが何か問題でも?」

 

 図らずも質問を質問で返してくる奴は大抵胡散臭いという鉄則に従う形となってしまったが、ドロシーはうつむき、「やっぱりか……」と漏らした。やっぱり?

 

「騎士王って、日中は人前に姿を現さないことで有名なのよね」

「……吸血鬼の末裔だからか?」

「うん。伝承によると、吸血鬼って太陽の光に弱いらしいから。割と本気でそう疑ってる人もいるとかいないとか……」

「何だよそのホラー……」

「そんなモン嘘に決まってるだろ。わかっててわざとやってんだよ。アイツはそういうとこあるからな」

 

 トラヴィスが呆れたように言った。

 確かに……なんかそういうの好きそうだもんな。子供っぽいんだか、子供っぽく振る舞っているんだか、未だに腹の底が読めない人物ではある。

 

 紅茶に一口つけてから、俺は言った。

 

「民衆はそういうゴシップが好きだからな……毒をもって毒を制す。仮にアイツが吸血鬼だったら、俺たち人間は魔族を倒すために魔族を総大将に立てたってことになる。いくら何でも、コイツは笑えねえ冗談だ」

「……同感だな」

 

 トラヴィスは珍しく俺の発言に同調すると、静かに紅茶を啜った。

 馬車は石橋を渡り、間もなくブラン城の城門をくぐった。

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