勇者にはなれない   作:高円寺南口

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54 こたえあわせ(まちがいさがし)

「教団が……? どういうことだ?」

 

 俺がそう言うと、トラヴィスがテーブルのグラスの中にワインを注いだ。

 「お? 俺にくれるの? 気が利くねえ」と言いたいところだったが、奴はそのままグラスを口元に運んだ。

 

「先日バルザックから最終報告書が上がってきてな……トランシルヴェスタの竜退治に加わってたお前なら、当然知ってるはずだ。討伐したドラゴンが、魔眼に近しい力を有していて、それによって討伐隊が苦戦させられたことを」

「もちろん」

「結論から言うぜ。あの地に悪竜が現れたのは、魔力泉の暴走による偶然の結果なんかじゃない。教団の手によって生み出されたんだ。教団が実験動物として玩具にしていたドラゴンが暴走した結果、あの村は惨劇に見舞われた。それが事の真相だと俺たちは踏んでいる」

 

 俺は口元に手を当て、窓の外に目をやる。

 

「……いや、まさか。いくら何でも、そんな……」

「まあ、それが普通の反応だよね」

 

 騎士王が口を開いた。

 

「私だって、バルザックさんから聞いたときは、絵空事としか思えなかったもの。教団があの村を拠点に、バスティヴァル山脈で怪しげな実験を繰り返してたなんて……けど、そう考えると腑に落ちる部分が多いのも事実なの」

「ちょっと待て」

 

 俺が口を挟んだ。

 

「陛下……ロローナは、この件について知らなかったのか? お前は教団側の人間じゃないのか?」

「表向きはね」

 

 椅子に腰掛けて両脚を組み、騎士王が微笑を浮べた。

 

「表向きは体制側の人間だけど、本音の部分ではクロちゃんたちの仲間だよ」

「いや、そのクロちゃん含めて体制側の人間にしか見えないって話をしてるんだが。教団の神官サマが、堂々とこの場にいらっしゃるじゃねえか」

 

 そう言って俺がアリシアの方を見ると、彼女はフンという顔をした。

 

「私ゃ、ただの駒よ。体の良い密偵というか……えーと、どう説明したらいいのかしら」

「つまり、アヴァロニアは一枚岩ではないということです」

 

 クロノアが補足した。

 

「イリヤ教団が主導権を握っているとはいえ、七王は各々の思惑を抱えて、その御旗の下に集っているに過ぎない。中には、今の体制に疑問を持っている者もいる」

 

 言われて、ふむと俺はうなずく。

 

「たとえば、アルル公のバルザックとかな」

「そうです。仮にこれを派閥と言うなら、ロローナを含め僕たちはバルザック派に属している」

「へえ。その心は?」

「アヴァロニアを教団の軛から解き放ち、現体制を刷新する」

 

 思い切ったその発言に、俺もドロシーも返す言葉を見失う。

 予想はしていたが、その枠を越えてきたと言うか、何と言うか……

 

「おいおい。教団あってこその、ネウストリアだろ。そのネウストリアから選ばれている勇者ご一行サマが、そんな過激な思想をお持ちだったとは……」

「心配ない。このことは、すでにネウストリア国王陛下の耳にも入っている」

 

 ゴライアスが言った。

 

「今の教団が信用できない、と言うのは国王陛下のご意志でもある。といっても、あくまで国王陛下自身のご意志に過ぎず、当然ネウストリア政府自体が反教団の一色に染まっている訳ではない。そういう背景もあって、自ら動くのではなく、アルル公に本件を一任しているというのが実態だ」

「……騎士王とアルル以外の諸侯は、このことを把握しているのか?」

「アルル公の知己でもあらせられるトランシルヴェスタ公以外には、まだ。下手に話を広げると、機密が漏れる懸念もあってな」

「ねえちょっと、話が飛躍しすぎてて付いていけないんだけど……」

 

 口を開いたのは、ドロシーだ。

 彼女は皆の方を見渡しながら、続けた。

 

「貴方たちは表向きこそ教団に従っているけれど、内心でその支配を快く思っていないことは十分わかったわ。でも、その理由は何なの? 教団を切り捨てて、明確に敵とみなすまでの理由がわからないんだけれど」

「当然の疑問だな。そこで、話は竜退治の件に戻る」

 

 トラヴィスが言った。

 

「まず、悪竜の被害を受けたとされるアルバ・ユリアは、不自然なくらいに村が徹底的に破壊されていた。ゴクツブシも、現地で妙に思わなかったか?」

「まあ、言われてみれば……悪天候もあって、気にする者は少なかったが」

「報告書によると、家屋は大部分が潰され、生存者はおろか、人の形を保った死体一つすら見つからなかったらしい。近隣の村々にも調査を行ったが、逃亡者は一人も見つからなかったそうだ」

「それって、つまり……どういうこと?」

 

 ドロシーが疑問を口にする。

 トラヴィスは胸元から煙草を取り出し、「少しいいか」と言って、火を付けた。吐き出した煙が、テラスからの風に流されて消えていく。

 

「いくらドラゴンが暴れ回ったとはいえ、逃げおおせた奴が一人もいないなんて、どう考えたって不自然だろ。つまり、ドラゴンが異常なほど真面目で掃除好きだったか、あるいは……」

「お片付けした連中が別にいるってことだな」

 

 俺がそう呟くと、トラヴィスはニッと笑い、ドロシーは唇を甘噛みした。

 

「嘘でしょ? そんな……」

「口が割れるとマズい証拠でもあったんかね。たとえば、村の中に手引きした者がいたとか」

「おそらくな。金貨でも握らせて、教団からよしなに便宜を図るよう頼まれてた村人はいたと思うよ」

「だとしても、行商人すら寄りつかないような田舎だったしな。いくら手引きするっても、どうやって人目に付かずに――」

 

 そこまで言ったところで、俺は瞬きを止めた。

 

「そうか。教会か――」

「ご明察」

 

 トラヴィスは口から離した煙草の先を、ピッと俺に向けた。

 

「教団の関係者を装えば、見知らぬ顔であっても、村人は不自然に思わない」

「その仮定を裏付けるために、教団内部を秘密裏に調査したところ、あの村はここ一年で五回も司祭が入れ替わってることがわかったわ。そのどさくさに紛れて、田舎に赴任する司祭が必要だとは思えない物資が色々動いてる。鎮静剤とか、スクロールとか……さすがに背後の人の動きまでは追えなかったけど。まあ追えないってことは、暗部が水面下で動いてたんでしょうね」

 

 アリシアがそう言うと、俺は細い目を浮べた。

 

「お前、そういう知的な仕事もできたんだな……てっきり人を殴るのが専門かと思ってたよ」

「ああ? アンタ私を何だと思ってるのよ」

 

 俺はあえてクールに無表情を装ったまま、小指でハナクソをほじる。

 

「言われてみれば、あの村には潜むのに打ってつけなカタコンベがあったっけな……いざとなれば、村ごと消し去る算段は整えていたということか。だからこそ、事が起きても、口封じのために迅速に動けた。逆に言えば、そこまでしなければならないほどの、超重要機密事項を扱っていたということか」

「さすが、悪人の心の機微を理解するのは上手ね」

「善人は不得意だけどな。やかましいわ」

 

 アリシアのからかいに、騎士王とトラヴィスがくっくと笑う。

 やがてトラヴィスが手元のワイングラスをゆらゆらと揺らし、一口つけた。

 

「だがそうやって、あとはドラゴンを処分するだけで事件を完全に隠蔽できたと思っていた教団にも、一つだけ手落ちがあった。それが――」

「ジギスムント」

 

 俺の答えに、トラヴィスがうなずく。

 

「アルバ・ユリアの自警団長であり、たまたま村を出ていたあの男が迅速に動いたことで、事件が明るみに出て、教団は方針を変えざるを得なくなった……前後をまとめると、そういうこったね」

「ほえー。じゃあその人に聞けば、教団黒幕説を裏付ける証拠だって、もっと――」

「いや、できない」

 

 俺はかぶりを振った。

 

「ジギスムントはもう死んだ。おそらく、殺された……トラヴィスたちの推理が正しいのなら、教団の手によって」

 

 ドロシーが瞬きを止める。

 

「……え」

「ニケの言うとおりよ。ここまで辿り着くのがもう少し早ければ、保護するなり何なり手は打てたんでしょうけど……暗部に一歩先を行かれたって感じね」

 

 アリシアがポンとドロシーの肩に手を置く。

 彼女は悄然とした面持ちでうつむいた。

 

「だが、ジギスムントは亡くなる前に一つ、俺たちに重要な手がかりを残してくれていた。勤務日誌だ」

 

 トラヴィスの言葉に、俺は顔を上げて奴を見る。

 

「勤務日誌?」

「奴はえらく筆まめなオッサンだったみたいでな。村の自警団長として、日々の記録を克明に残していた。何かの証拠になるかもしれないからと言って、ギルドに預けていたことが、死後明らかになってな……そこから、驚くべき事実が浮かび上がってきたよ。

 教団の関係者を名乗る馬車の出入りが、最近妙に多いこと。村の狩人から、山で不審な連中を目撃したとの情報が寄せられていたこと。ドラゴンを見かける機会が少なくなって、村人から不安の声が上がっていたこと……そういうのが、根掘り葉掘り出てきた」

「なるほど……お前らが教団に不審を抱く理由は大体わかった。叩けば叩くほどに埃が出てくるのなら、疑うのも無理はない。だが――」

 

 俺は一同を見渡し、そして告げた。

 

「教団の目的は何なんだ? お前らも知ってのとおり、教団の教義だと魔族は人類に仇なす絶対悪だ。コソコソ田舎の山奥に隠れて、自らの掲げた信念に背いてまで、奴らは一体何を成し遂げようとしてるんだ?」

 

 その言葉に、皆が一様に押し黙る。

 張り詰めた緊張の糸を断ち切るかのように、クロノアが口を開いた。

 

「おそらく……教団の上層部は、魔眼の力を欲している。彼らは人造的に、魔眼の力を開発しようと企んでいるのでしょう」

 

 

    ✳︎

 

 

「……魔眼の力を? おいおい、冗談はよしてくれよ。その力を頼りに、世界征服でもするってのか?」

 

 想像の斜め上どころか、一周回って背後から奇襲を仕掛けてくるかのような、あり得べからざる推測。

 半ば冗談かと思い、おどけた調子でそう言ってみせるも、彼方のクロノアは至って真剣な面持ちだった。

 

「最終的に人間がその力を自在に操るのが目的なら、あながちその想像も夢物語ではないのでしょうね」

「そんなバカな……」

「ニケくん。シラを切るのはよそうよ。君もドロシーちゃんも、イカルガで見たはずだよ。討伐した人狼が魔眼を宿していたこと――君たちは知ってるはず」

 

 騎士王が俺の目をまっすぐ捉えて、やがて言った。

 

「君たちがこれまで口外しなかったのは、あの人狼の正体は、人間が暴走し、変異した結果だという可能性を捨てきれなかったから……違う?」

 

 俺は心中でため息をつく。コイツはまた……どうしてそのことを? 

 ただの揺さぶりではないのだろう。ある程度の真実は知り得ている……まさかとは思うが、ドロシーが魔眼を有していることまで把握しているのか?

 

 いずれにせよ、ここはシラを切るしかない。

 コイツが今日俺とドロシーをここに呼んだ真の目的が真相を質すことなら、なおさらシラを切り通すしかない。

 慎重になれ。その手札を開示するには、まだ早すぎる。

 

「なぜお前がそれを知っている?」

「質問に質問で返すのはやめなよ。怪しく見えるぞ♪」

「いいから答えろ」

「……トルフィンの報告書にそう書いてた。これで満足?」

 

 あのオッサン……あれだけ外には漏らすなって、言ったのに……

 テキトーなオヤジを装っていたのは芝居で、その実騎士王から密命された、体の良い監視者だったんじゃないかと疑いたくなるくらいだ。

 まあいい……冷静に考えて、俺しか見ていないドロシーの秘密を、騎士王が知っているはずがないのだから。

 

「……わかった。なら、こちらとて隠す意味もない」

 

 俺は言った。

 

「俺の推測だと、討伐した人狼は、外部から突然湧いてきたものじゃない。人間が何らかのトリガーをきっかけに変異した、成れの果てだと思ってる」

「ふーん、やっぱりね。アルバ・ユリアの件といい、教団が裏で糸引いてるのは間違いなさそうだね」

「? イカルガの事件と、教団は無関係なんじゃ……?」

「んな訳ないよ。だってあの鉱山をノルカ・ソルカから接収するよう、私に圧力をかけてきたのは、他ならぬ教団だもの」

「ちょ……は? どういうことよロロ」

 

 俺やドロシーが言うより早く、アリシアが驚いていたことに、俺は驚いた。

 しかし、知らされていなかったのは、どうやら彼女だけではないようだ。

 

「私も初耳だな」

「右に同じく」

 

 ゴライアスとトラヴィスが、相次いで同調の意を示す。

 最後の一人となったクロノアが、騎士王の目を見て言った。

 

「ロローナ。どういうことか、説明してもらえますか?」

 

 騎士王は両腕を組み、八重歯を見せて微笑した。

 

「やだなあ、みんな……そんな問い詰めなくてもいいじゃん。第一種機密事項で一切の口外禁止って脅されたら、さすがの私だって大人しく黙るよ」

「第一種機密事項? またエラく信用されてんだな」

「そりゃね。ちまたじゃ教団の犬、教団の傀儡として史上最年少で騎士王の座に就いたと言われてる私ですから」

「誇るとこじゃねえけどな」

 

 トラヴィスが煙草をふかしながら苦笑するのを見て、ロローナも鼻で笑った。

 

「最初に話があったのは、半年くらい前だったかな。まあ、教団の仰せのままに鉱山を買収したまではいいんだけど……神領扱いで一切の立ち入りを禁止するとか言うじゃん。相変わらず理由は説明しないんだなと思いつつ言うとおりにしてたら、山賊が勝手に占拠したとか情報が上がってきて……さすがのロロちゃんも、こりゃーヘンだなと思いましたよ」

「すまん。どの辺が?」

 

 独特な語り口調に気が行って、話が頭に入ってこなかった俺は、改めて彼女にそう問うた。

 ロローナはチッチッと人差し指を左右に揺らす。

 

「女のカン。教団はここを第二のアルバ・ユリアにする気だなって、そう思ったのサ☆」

 

 彼女は続けた。

 

「ちょうどその辺りにアルバ・ユリアに関する一連の情報も入ってきてね……バスティヴァル山脈とイカルガ鉱山の共通点が、大規模な魔力泉の湧出地となれば、こりゃ単なる偶然で済ませていい話かなと私も勘ぐったワケです」

 

 トラヴィスが煙草の火を灰皿に落とし、頭を抱える。

 

「お前、そういうことはもっと早く言えよ……」

「確証があればそうしたよ。でもないなら、こちらから確証を得るしかない。だから私は、ギルドを介して現地を探らせる道を選んだ……幸い、ガラテアにはクラインで名を馳せた魔術士が滞在してるって話を、アリィから聞いてたからね」

「……それって、私のこと?」

 

 ドロシーがそう尋ねると、騎士王は両手を合わせて天使のように微笑んだ。

 

「そのとおり! いやーまさか、おまけでニケ君まで付いてくるとは思ってなかったんだけどね! 私の見立てだと、どうせ山賊を装った教団員が悪さでも企んでるんだろうと踏んでたんだけど、まさかこんな展開になるとは思ってなくてさ! ホントごめんね! でも万一こういうこともあると思ったから、信頼できる実力者を付けたんだけどさ!」

 

 怒濤の開き直りにポカンとしているドロシーの肩に、アリシアがぽんと手を置く。

「ごめん、まさかこうなるとは思ってなかった……」と消え入るような声が聞こえたことから、彼女にそういう意図はなかったのだろう。

 

 俺は大きく息を吐き出し、コキ……と手首を鳴らした。

 

「過ぎたことはもういいさ……だが、そこまでわかってたってことは、教団が山賊に渡りを付けた証拠もちゃんと押さえたんだろうな?」

「もちろん」

 

 ロローナはうなずいた。

 

「部下を使って、仲介人を務めた男を抑えて吐かせた。仲介人の仲介人の仲介人くらいまでいたらしいから、相当骨が折れたみたいだけどね……イカルガ鉱山を一定期間、力ずくで占拠してほしい――教団の暗部を名乗る人物から、そういう話を持ちかけられたのが、事の発端」

「占拠? 何のために?」

 

 ドロシーの疑問に、騎士王がふふっと小悪魔めいた笑みを作った。

 

「そんなの決まってるじゃん。ヒントはさっき、ニケ君が言ったとおりだよ」

 

 その言葉に、ドロシーは眉をしかめていたが、やがて憑きものが落ちたかのように、ハッとした表情を浮べた。

 

「魔眼の力を手に入れるための、人体実験……?」

「そのとおり♥」

 

 騎士王がうなずいた。

 

「要はモルモットが欲しかったんだよ、教団は。だから、身元が怪しい山賊なんかを使った。アルバ・ユリアの時と比べて、なりふり構わぬようになってきてるのは、向こうにも何か急いでる理由があるんだろうね……」

「なるほど。アルバ・ユリアとイカルガ。これら二つの事件を総合的に勘案すると、クロノアの言ったことも理解できなくはないか。だが……」

 

 俺は再度大きく息を吐き出し、コキ……と手首を鳴らした。

 

「何でそんな重要なことを俺たちに――」

「それは私が魔眼を使えることと、何か関係あるのかしら?」

 

 一瞬、息が止まった。息だけでなく、瞬きや脈拍や便意や心臓の鼓動すら、止まったような気がした。

 

 え? ドロシー、おま……

 

 制止するより早く、彼女の双眸が、紅く妖しく燃えるように輝いた。

 

「人間である私がこの力を顕現できることと、クロノアの仮定には何かつながりがあるの? 長いのよ話が、さっきから。教団が何を企もうが、私もニケも知ったこっちゃない。私たちに必要なことだけを簡潔に話して」

 

 誰もが呆気に取られた表情を浮べる中、唯一人俺だけが無情なる心で天井を仰いでいた。仰ぎすぎてこのまま天井を突き抜けて、大気圏まで突入できそうな勢いだ。

 

 この子ったら、もう……どれだけロックな生き様をすれば気が済むの!!

 

 やがて、何が可笑しいのやら、騎士王が声を出して笑い出した。

 

「ぷっ……くくく……ははははっ!! は~……サイコー。ドロシーちゃんったらマジサイコーだわ……くくくっ……」

 

 サイコー? サイコの間違いでは? なにわろてんねん。

 狂ったように腹を抱えて笑っている騎士王とは対照的に、クロノアパーティは妙に沈着な態度を保っていた。おや……?

 

「参ったな。想定の範囲内ではあったが、まさかホントに……」

「想定の範囲内? どういうことよトラヴィス」

「御前試合の時ですよ」

 

 ドロシーの疑問に、クロノアが割って入った。

 

「ゴライアスにとどめを刺そうとした時の事です。あのとき貴方は、魔眼のような力を用いて、周囲の人々から魔力をかき集めていた。特にアリシアとゴライアスの両名は、誰より近くでそれを見ていた」

「ああ、言われてみれば……そう。それで察してたってワケか」

「むろん、可能性の一つとしてですが……ニケさん。勘の良い貴方のことだ。貴方も気付いていたのでしょう?」

 

 クロノアの言葉に、俺は「まあな」と悟り顔で首肯した。

 むろん俺も気付いていたぜと言いたい所だったが、全然気付いていなかった。イカルガでドロシーの力を目の当たりにしてもなお、そんなことは及びもしなかったぜ……

 

 鈍いのは色恋沙汰だけじゃなかったとか、もはや救いようがないのではこの天パ……

 

「けれど、感謝しますよドロシー。貴方が自身の秘密を開示してくれたおかげで、僕の推論はより確信に近づいた」

「確信?」

「ええ。僕は貴方の失われた記憶の中に、一連の謎を解く重要な手がかりがあると睨んでいたんです」

 

 クロノアが、俺とドロシーを相互に見ながら、言った。

 

「貴方がいつどこで、どうやってその力を宿したのか……僕にはアルバ・ユリアから始まる教団の動きと、貴方の過去に、なにがしかの繋がりがあるように思えてならないんです」

「貴方が私とニケを結びつけようとしていたのも、結局そこなの? 元天才魔術士としての経歴を持つニケなら、私の力になってくれるだろうって」

「ええ。仰るとおりです、ドロシー」

「……ふーん」

 

 ドロシーは魔眼の力を解き、まじまじと俺の方を見てきた。

 何だよ。そんな目で俺を見るなよ。確かに、いつもの控えめなクロノアきゅんと比べて、妙に前のめりだなとは感じるが……

 

「繋がりって言ってもな……気持ちは分かるが、時系列がチグハグじゃねえか。人間でありながら魔眼の力を宿しているドロシーは、いわば教団が血眼になって追い求めている理想形でもある訳だろ。んが、教団はイカルガでの人狼の暴走を見る限り、まだその力を完全に手に入れたとは言い難い。一方、ドロシーは二年前にトラヴィスに拾われた。この二つの因果を繋げるには、さすがに無理がねえか。齟齬が多すぎる。切り離して考えるべき事柄だと、俺は思うぜ」

「……まあ、それはそうかもしれませんが……」

 

 歯切れの悪い言葉。

 うつむき加減にそう零したクロノアの肩に、アリシアが手を置き、俺たちの方を見て言った。

 

「とにかく! 私たちは当面、三次東征に集中する必要がある。教団の化けの皮を剥がすのはその後……ニケとドロシーは、予定通りエフタルに向かい、アルス・ノトリアを手に入れてちょうだい。そこでドロシーの記憶が戻れば御の字よ」

 

 俺は両腕を組み、フムと口元に手を当てた。

 

「相変わらず何の見返りもなしに、人様を顎で使うのが上手い女だね」

「うっさいな。だから包み隠さず、裏の部分まで話してやったでしょうが」

「機密を打ち明けることで、引くに引けなくしたの間違いでは?」

「第一、自由に泳がせてやってるだけ有り難いと思いなさいよ。アンタはともかく、ドロシーは本来三次東征をやり合う上で重要な戦力だったんだから。それを、クロノアがどういう思いで――」

「まあまあ。言い合いはよさないか」

 

 すわ天の声かと思い、振り向くとそこには我等がゴライアスがいた。

 

「ドロシーの力が教団に発覚したときのリスクを考えると、当面は彼等の影響力が薄い中西部に身を潜めておいた方が安全だろう。そういう考え方もできる」

「だな。ゴライアスがそう言うなら仕方ない」

「おいコラ。対応の違いが露骨すぎんだろ」

 

 俺の移り身の早さに不審がるアリシアをよそに、ドロシーがスタスタと俺の前を横切り、クロノアの前に立った。

 

「ひとまず、共同戦線成立ってことでいいのかしら?」

 

 そう言って、彼女は手のひらを差し出す。

 「不可侵条約の方が適切では?」と言った俺の向こう脛に、アリシアがすかさず蹴りを入れてきて、俺はその場に悶絶する。

 

 ゴライアスが笑い、トラヴィスが呆れたように煙草をふかし、騎士王は両脚を組んで愉悦の表情を浮かべている。

 

 開け放たれたテラスの窓からは、夕日が射し、夜の匂いを纏った風が吹き込んできた。

 

 クロノアはわずかに瞬きを止めた後、差し出された手を取る。

 そして、微笑をたたえてうなずいた。

 

「ええ。よろしくお願いします」

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