勇者にはなれない   作:高円寺南口

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第5章 ダーク・ヘッジス編
56 深い森


 思えば最近、太陽の光をほとんど浴びていない。

 

 別に冒険者をやめてプロの引きこもりとしてカムバックを果たした訳ではなく、あの日以来、俺の本当の人格は心の奥のずっと奥の方の深い闇に閉ざされて、半ば永久的に癒えることのない傷を負ったまま、出口のない迷路を彷徨っているという何言ってんのかよくわからないメランコリックなナルシシズムに浸っている訳でもない。

 

 本当に浴びてないのだ。物理的に。

 

 巨大樹の根がまるで血管のように、苔むした大地を覆い尽くし、見上げた先に空はない。

 鬱蒼と茂った枝葉が視界を埋め、ほんのわずかな隙間を縫って、申し訳程度の光が射し込むだけ。

 

 ほの暗い。

 

 初めは綺麗だなと感動すら覚えた、グローワームが放つ星空のようなターコイズブルーの輝きにも、さしたる感慨を抱かなくなった。

 

 葉擦れの音が聞こえる。

 生まれてこの方見たこともないような黒い怪鳥が、低音のけったいな鳴き声を発して、枝から枝へと飛び立つのが見えた。

 猿の奇声みたいな声が、どこからともなく、止んだと思ったら再び、一定の周期でこだましている。

 

 ふと左の方角を見れば、俺の背丈の半分くらいはありそうなデカいカマキリがのしのし歩いていた。玉虫色のトカゲが予期せぬ闖入者を警戒するような顔付きで、妙にかさの高い巨大キノコの上でじっとこちらを見ている。

 何だよお前。

 ふと、服にムカデのような節足動物が張り付いているのに気付いた。

 

 ……。

 地獄かな、ここは?

 

「おーい……誰かァ。誰かいませんかー? いたら返事をしてくれえええーーーーーー!! うおおおおーーーーーーい!!!」

「ここにいるわよ」

 

 後ろからゴツンとワンドで頭を叩かれる。

 振り返ると、ポチョムキンにまたがったドロシーがいた。

 

「急に意味不明な大声発しないでよ。ポチョムキンがびっくりするじゃない」

 

 ドロシーが呆れたような顔をしている。

 

「悪い。世界にたった一人取り残されたような気分になってね」

「あっそ」

「ドロシー。背中に蛇が這ってるぞ」

 

 ドロシーが右下に目をやると、おはようコンニチハ。チロチロと舌を出している黄色い蛇と目が合った。

 

「…………」

 

 ドロシーは眉間に皺を寄せる。無言で蛇を掴むと、グルグルと振り回して、ぽいっと草むらに投げ捨てた。

 そして何事もなかったかのように、ポチョムキンと共に奥へと進み始めた。

 

「行きましょう」

 

 俺的には「きゃーーっ!!」、「怖い! 助けてニケ!!」的なのを期待していたのだが、全然全くそんな素振りは見せてくれそうにもない。

 

 そういやコイツはネウストリアにいたとき、人里離れた森の奥に一人で暮らしてたんだったな。人の心の律動が読める魔眼の副作用だかで、大勢の人間に紛れると気が滅入るらしい。

 まあ都会の軟弱者よろしく、毛虫だの蛇だのに一々驚いてるようでは、田舎でまったりスローライフなんぞできんからな。たくましいことで。

 

 俺たちが、ガラテアの国境線を越えて、さらにその先に位置する広大な樹海ダーク・ヘッジスに入って、すでに5日が経過した。

 

 当初の予定では一週間ほどで森を抜けられる腹づもりだったが、途中俺が嵐のような下痢ピーに見舞われるなどのトラブルなどもあり、それも少し怪しくなってきた。進めど進めど、より深い所に入っているんだろうなという印象しかなく、出口に近づいているという感触はまるでない。

 

 一応、太陽の高度や苔の生え具合などから、進路が逸れていないことを都度確認はしているものの、確証はない。 

 まっすぐ歩いているつもりでも、気付けば進路を大きく逸れている。人間の感覚なんて、所詮その程度でしかないからな。人生もまた然り。

 

 三十分ほどエッチラオッチラ歩くと、小川の見える開けた場所に出た。

 

「今日はここで休憩にしましょうか」

 

 うなずき、俺はそそくさと野営の準備を始める。

 旅に出てから半年以上が経過し、ソロキャンパーぶりが板についてきたせいか、野営にもずいぶん手慣れてきたこの俺である。手短に周囲の枝葉をかき集めて火を起こすと、続いて料理の支度に取りかかる。

 本日のメインディッシュは、ビーツにニンジン、タマネギ、セロリに、月桂樹・ディルシード・ローリエのハーブをじっくりコトコト煮込んで、仕上げにイカルガで手に入れた岩塩を一つまみ。ボルシチの完成である。

 

 驚くなかれ、これで5日連続5度目のボルシチである。

 

 ちなみに3日目はさすがにウンザリしてきたので、その辺で摘み取ったキノコをぶち込んでアレンジしたら、翌日俺が腹を下した。お粗末!

 

 料理が完成した頃合いに、結界を張り終えたドロシーが戻ってきた。

 この辺り、男女の役割が逆転しているような気がしないでもないが、まあこれはこれで……

 

 ドロシーはハットを外し、石の上に腰掛け、無言でスープをすする。旨いとも不味いとも、さすがに飽きたとも言わない。

 「どうして……どうして何も言ってくれないのよ!」とにわかに主婦目線になる俺であったが、そこは腹ペコペコリーヌのドロシーさんのこと。

 

 5日連続5度目のボルシチの仕打ちを与えておいて、文句を言われないだけ万倍マシだと思い、大人しくポチョムキンに餌を与えることにした。

 

「はあー…………こんなんじゃ、スピカ荒原を突っ切った方がよかったかな」

 

 別に悪意はないのだろうが、本音がこぼれていた。

 俺はポチョムキンのたてがみを撫でながら、天を見上げる。鬱蒼と茂る枝葉の合間から、星の瞬きがおやすみコンバンワしていた。

 

「どうかね。そっちを選んでたら、今頃二人とも墓の下だった可能性もあるぞ」

「まあね」

 

 まるで熟年夫婦のような短いレスポンス。

 沈黙に気まずさを感じなくなったのは、心の距離が縮まったせいか。まあ、お互いそんなことを気遣うタイプでもないんだが。

 

「エフタルには、ムセイオンっていう学堂があってな」

「おん?」

「ファラオの方針で、太古から身分、種族を問わず、万国の英哲俊士を招集したことから、学問が大いに隆盛したんだ」

「ああ……あそこは元々獣人族が治める国だものね」

「そういう背景もあって、東洋や西洋では、宗教上の理由などから到底受け入れられなかった研究の類いが、こぞってエフタルに集まったんだ。アウトローが最後に流れ着く場所。ラストエグザイル。結果、独自の学問が発展したという。つまり――」

 

 スプーンをピッと立てて、俺は言った。

 

「魔眼に関する研究も、見つかるかもしれない」

 

 ドロシーはふむ、と目を瞑って渋い顔でうなずく。

 

「まあ、それくらい私も考えてたけど」

 

 スッテンコロリン派手に崩れ落ちると、俺は何事もなかったかのように、ゴリゴリ薬草をすり鉢ですり潰し始めた。こういう時は、ハーブでキメるに限る。

 

「何してんの?」

 

 夕食を食べ終えたドロシーが、膝の上に顔をのせて、所在なげな視線でこちらを見てくる。

 

「採集したハーブを調合して、少し気持ちよくなれるお薬を作ろうと思ってな」

「気持ちよく?」

「要は魔力を一時的に増幅させる薬だよ。ちょっとしたハイな気持ちになって、全能感を得られる」

「なんかヤバくない? その薬……」

 

 ヤバいかヤバくないかで言えば、ヤバいんだろうな。この手の薬は効能が強烈であればあるほど、それに比例して中毒性も増す。

 その昔、西方の戦士たちは、戦いに臨むにあたって、痛覚を鈍らせるために、この手のオクスリを常習的に服用していたそうな。嘘かホントか知らんけど、東洋人が西洋人を、北方人と同様もしくはそれ以上の野蛮人と揶揄するのも、むべなるかなという所。

 

「冗談だよ。俺にそんなもん作れる技量も知識もない。今作ってるのは、虫除けの薬だよ」

「なんだ、びっくりさせないでよ……」

「ペパーミントオイルだ。昨日道中でたまたまミントを採集できたからな……こうやってすり潰したミントの葉に、たっぷりオリーブオイルをかけて……あとは弱火でぐつぐつ煮込む」

 

 ドロシーは興味を持ったのか、腰を上げ、鍋の方へ近寄る。

 ツンとした爽やかな香りが、周囲を包んだ。

 

「これが虫除けになるの? いい匂いとしか感じないけど」

「ああ。人間にとっては心地よい香りでも、虫はコイツが苦手みたいでな。たぶん、匂いがきつすぎるんだと思う」

 

 たぶん、綺麗なものには近づきたくないんだろう。

 我等は醜いが故に、それを畏れ――人間界のインセクトこと、ニケさんからの貴重なメッセージだ。誰が虫だって? 無視すんなよ。ブーンブーン。

 

「ふーん……じゃあこのオイルをお肌に塗っておけば、自然な虫除けになるって訳か。香水代わりにもなっていいわね」

「ああ。あと、虫刺されが気になるときはいつでも言ってくれよ。ドクダミをアルコールに浸した自家製かゆみ止めを鞄に常備してある。下手に掻きむしって炎症でも起こすとひどいことになるからな」

「詳しいのね。薬師みたい」

「まあ……一応、かーちゃんが元薬師だったからな。ハーフエルフだったこともあって、ハーブとかやたら詳しかったんだよ」

 

 ぱちぱちと焚火の炎が爆ぜる。辺りからは凜々と鈴のような虫の音が聞こえた。

 

「ハーフエルフって……え? そうだったの?」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてないわよ……ってことはあなた、混血種だったの」

「4分の1はね。つっても4分の3は人間なんだから、ほとんど人間だろ。都会じゃ色々面倒くさいから、人間で通してきたけど」

「むむむ……意外というか何というか……」

「話戻すけど、俺の薬の知識が、妙に生活臭のするおばあちゃんの知恵袋的な方面に偏ってるのは、大部分が母親の影響だよ。火傷に効く軟膏とか、切り傷の化膿を防ぐ塗り薬とか色々持ってるから、お前も興味あるなら今度教えてやるよ」

「ああうん……ありがとう」

 

 ドロシーは俺の隣にしゃがみ込んだまま、すーっと大きく深呼吸した。

 

「ミントの香りって落ち着くわよね。今まであんまり意識したことなかったけど……何て言うのかな。なんか……懐かしい感じがする」

「記憶と嗅覚は、密接なつながりがあるって聞いたことあるぜ。案外、そういう引き出しはお前が記憶を取り戻す上で、重要な手がかりなんじゃないか」

「うん……そうかもね」

 

 ドロシーは「水浴びしてくるわ」と言って、その場から立ち上がる。

 「俺も一緒に行っていい?」と5日目連続5度目の台詞を吐きそうになったが、頑張って我慢した。後には虫の鳴き声だけが残る。おまけに猿の雄叫びみたいな声も聞こえてきた。

 ついに大自然にまで己のスケベ心を非難されるようになるとは……ニケ、恐ろしい子。どこまで成長すれば気が済むの……

 

 後片付けでもすっかと、腰を上げたまさにその刹那だった。一瞬の出来事。

 気付けば口元を塞がれ、背後から声が射す。

 

《貴様ら、ここで何をしている?》

 

 何と言ったのかはわからない。東洋の言語系統でないことは確かだ。

 首元には、鋭利な匕首を突きつけられていたが、すぐに意識が朦朧とし始める。

 

 きっと、口元に当てられた布きれには、薬が塗りこまれていたに違いない。

 何一つ抵抗できないまま、やがて視界が闇に墜ちた。

 

 

    *

 

 

 ハッとして目覚めたとき、自分は檻の中にいるのだと悟った。

 檻?

 

 そう檻だ。木組みの鳥籠みたいな囲いの中に、俺はいた。

 両腕には手錠が嵌められている。そっと魔力を込めて見るも、反応はない。案の定、魔力の循環を制御する術式が施されていた。

 

 おぼろげに周囲を見渡してみる。

 辺りは薄暗く、右側前方に松明の炎が揺らめいてるのが見えた。同時に人影も。

 

 おそらく見張りだろう。

 どこからともなく、奇天烈な猿の雄叫びみたいな声がこだまして、その人物と目が合った。やはりというか、予想通り人間ではなかった。

 

 鋭く尖った耳に、翡翠の瞳。

 エルフだ。

 

 耳馴染みのない音の羅列を発した後、彼は「そういやそうだった」と言う顔をし、気を取り直して、俺に近づいてもう一度言った。

 

「目が覚めたか?」

 

 今度は俺でもわかる言語だった。メテオラ語の系統だ。

 

「生身の人間を見るのは、百年ぶりなものでな……失礼した。俺が何を言ってるか、わかるか?」

 

 俺はこくりとうなずいた。そしてそれ以上、何も言わなかった。頭が未だぼんやりとしていて、適切な言葉が浮かばなかったと言った方が正しいのかもしれない。

 夢うつつな意識をリアルタイムにチューニングしている最中、再び奇天烈な猿の悲鳴のような声が聞こえた。

 

「なあ」

 

 俺は言った。

 

「この森に入ってから、ずっと気になってたんだが……ありゃ何だ? 猿か?」

「猿じゃない。あれは鳥だ」

「鳥?」

「モンキーバードと言う」

 

 それはほとんど猿なんじゃないかと思ったが、結局何も言わなかった。エルフなりのユーモアだったとすれば、申し訳ないことをしたと思う。

 

「仲間はどうしたと、訊かないのか?」

 

 顔を上げると同時、エルフの男と目が合う。

 

「言えば、もし彼女が無事だったとき、俺たちに余計な情報を与えてしまうからか? 人間にしては、存外冷静なんだな。もしくは怯えているだけか」

 

 別に何も言ってないだろ、勝手に話進めんなと言いたかったが、結局何も言わなかった。申し訳ないが、初対面のくせに馴れ馴れしい野郎には、決して心を開かないと決めているのだ。

 なお、相手が妙齢の淑女であれば、この限りではない。

 

 エルフの男は、じろじろと俺をなめ回すように見ていたが、そのうち焦点が一つに定まった。何やら俺の手元をじっと見ている。

 俺の魔導具でもある、左の人差し指に嵌めている指輪が、どうやら気になっているらしい。

 

 やがて、男がため息をつき、檻の扉をガチャガチャいじった。

 

「出ろ」

 

 扉が開き、男が俺に槍を突きつけて言う。

 そして手錠の鍵を解いた。

 

「お前が目覚めたら、連行しろと奥方に言われている。お前の仲間もそこにいる」

 

 

     *

 

 

 男に導かれるがまま、薄暗い牢屋を出て、螺旋状の階段を下り、外に出る。そこでようやく、俺は自分が大樹の中にいたのだということを理解した。

 大樹?

 

 そう大樹だ。

 馬鹿でかい大樹の幹をくりぬいて、内部を居住できるように施工した、巨大な木の家だ。一体どういう建築技術なのかさっぱりわからんが、おとぎ話にでも出てきそうな妖精の家みたいな所に、俺は捕らえられていたらしい。

 

「こっちだ。付いてこい」

 

 男に従い、大樹を囲むように組まれた足場を進んでいく。生まれてこの方見たこともないような大樹があちこちに林立しており、枝と枝の間に梯子や、小さなツリーハウスがあるのが視認できた。

 

 ふと空を見上げると、鬱蒼とした木々の枝葉で埋め尽くされており、合間を縫うように木漏れ日が射していた。陰気と言うべきか、幻想的と言うべきか、判断の難しいロケーションではある。しかしどういう訳か心地よく感じるのは、たぶん俺が日陰者のせいだろう。

 

 どうやらここは、ウッドエルフの里と見て間違いないようだ。

 

 エルフの中でも純血種とされる連中で、遡ること四百年前、一次東征後に勃発した「ハーシェルの叛乱」以降、他種族との交わりを一切絶ち、ダーク・ヘッジスに引きこもることを決めた連中の末裔である。

 つまり、俺からすると偉大なる引きこもりの先輩方でもあるのだが、内心は厄介な連中に目を付けられたなと舌打ちしたい気分だった。

 

 実を言うと、連中の祖先――叛乱の盟主であったハーシェル・リャナンシーは、元々は勇者シリウスの仲間の一人だった。

 シリウスが生きていた時代――つまり、四百年前の時代、エルフは人間に対して最も友好な種族であり、第一支援者としての地位を確立していた。

 

 それが一次東征終結後、両者は次第にいがみ合い、決裂するに至った。そして勃発したのが「ハーシェルの叛乱」である。

 人間はエルフが戦争に協力する見返りに、国家としての独立など、様々な権利を約束していたが、そのほとんどを反故にされたのが原因と言われている。

 

 この叛乱を鎮めたのが、同じくシリウスの仲間の一人であった、大戦士アレクであるのは、東洋ではあまりに有名な話だ。アレクとハーシェルは、恋仲であったという逸話も含めて。

 

 そういった歴史的背景から、ウッドエルフはおそらく、未だに人間を忌み嫌っている。

 おそらく、と言ったのは、本当の所、連中がどう思ってるかなんて誰にもわからないからだ。

 

 知るとすれば、人間社会の中に溶け込んでいるエルフたちの情報を頼りにするしかないが、彼等の多くは純血種の閉鎖的な傾向に嫌気が刺して、集落を飛び出してきた「はぐれエルフ」ないし、その子孫だから、情報には当然バイアスがかかる。

 

 だから、彼等がいくら「本家」のことを石頭だのなんだの揶揄しようと、連中の言うことを鵜呑みにするのはフェアじゃないというのが俺の意見だ。石頭にも石頭にならざるを得なかった理由があるはずであり、一方的に嫌悪感情を募らせているのは、むしろ人間の方ではないかという気さえする。

 四百年の断絶は、それほどにまで重いということだ。

 

 まあこれ、全部ハーフエルフだった母ちゃんの受け売りなんだけどな……

 

 男に連れられ、木組みの長い吊り橋を渡る。

 

 橋の下からは、小川のせせらぎが聞こえた。一歩踏み出すたびに震動が下半身に伝わり、恐る恐る進んでいくと、不意に下の方から、「クケケケ……」と、まるで俺の笑い声のような鳴き声が聞こえた。

 虫だろうか?

 はては俺の前世かなと、戸惑った表情を浮べていると、エルフの男が「あれはカエルだ」と教えてくれた。

 

「ファントムフロッグという」

「ファントム?」

「業の深い人間が転生した姿だという伝承がある。だからああやって、常に不気味な声を発しているんだ。エルフの世界では、誰かを呪わずには生きられない業を背負った、哀しい生きものの象徴として扱われることが多い」

 

 なるほど、つまりは俺の来世の姿か……恥の多い半生を少しは悔い改めるべきだなと自戒の念をこめていると、目的の場所に着いた。

 

 樹齢何万年と言われても納得してしまいそうな、ひときわ巨大な大樹の中に入り、螺旋状の階段を上っていくと、開けた場所に出た。

 

「奥方。(くだん)の人間をお連れしました」

 

 赤い絨毯が敷かれた先、階段を三段上った所に、玉座があった。薔薇の蔓のようなものが幾重にも絡み合った、洒落た椅子だった。座り心地は至って悪そうだが。

 

「ご苦労」

 

 エルフの酋長(しゅうちょう)らしき女性は、翡翠の瞳を大きく見開いて、俺をじっと見た。

 

 純度の高いエメラルドのような、美しい瞳だった。編み込まれた白髪は腰元まで届きそうなほどに長く、頭部の黄金のティアラと、胸元の銀のネックレスが目を引く。

 エルフらしく真っ白なローブに身を包み、触れればすぐに壊れてしまいそうな華奢な身体とは対照的に、芯の強さと言うか、近寄りがたい独特なオーラが流れており、妖艶というか、オカルティックでエキゾチックでオリエンタルな女性だった。要するにミステリアス。

 

 やがて、彼女は俺から目を逸らし、斜め四十五度の方角に首を向けた。

 

「ドロシー。そなたの仲間で間違いないか」

「ん?!」

 

 すると、テーブルでメシをかき込んでいた挙動不審かつ見覚えのある小さなシルエットが、すっくと立ち上がった。

 

「ニケ?! よかった……無事だったのね!」

 

 口元には食べかすが付いていた。言葉と行動が釣り合っていない。

 存外のんびりしていて拍子抜けしたが、まあ何だ。お前こそ元気そうで良かったよと思いつつ、俺は目を細める。

 

「あ、いやその、これは……お腹が空いて……うん。ここにいるエルフたちは、私たちに危害を加えるつもりはないそうよ。最初は見逃すつもりだったのだけれど、少し気になることがあって、ここへ連行したって」

「気になること?」

 

 ドロシーがうなずく。

 タイミングを合わせたかのように、酋長が玉座から立ち上がり、俺へと歩み寄った。

 

「ニケ。そなたが身につけている、左手の指輪について、話を聞かせてもらいたい」

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