勇者にはなれない   作:高円寺南口

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57 湖の乙女

 酋長曰く、せっかくだから場所を変えようとのことだった。

 どこへ行くんですかと訊くも、「行けばわかる」としか言われなかった。要領を得ないというか、俺にもまずメシ食わせるのが礼儀じゃないのかと思ったが、逆らったところで詮がないので、大人しく従うことにした。

 

 そんな訳で、俺とドロシーは、ウッドエルフの酋長と、従者の男に連れられるがまま、さらなる森の深部へと向かっている。

 ちなみに酋長の名は、オラシオンと言うらしい。従者の男の名は、ヴェルギリウス。

 

「ドロシーはどうやってここへ?」

「うにゃ……貴方の反応がなくなったことにはすぐ気付いて、ポチョムキンと一緒に慌てて追いかけたんだけど……結局見つかって。話を聞けば、貴方に危害を加えるつもりはないって言うじゃない。すったもんだの末、今に至る」

 

 こう見えて意外と「細けぇこたぁいいんだよ!!」の性分な彼女らしく、だいぶざっくりした説明だったが、まあそれはいい。

 

 ドロシーは、緑色の球形の果実に、葦のストローを刺して、中身をチュパチュパすすっていた。何だと訊いたら、「トロピカルココナッツレインボージュース」だと言われた。若い女子はどうしていつの時代も、頭が悪くなりそうな名前の飲み物が好きなんかねと思ったが、大人しく黙っておいた。

 

「悪い。完全に油断してた……迷惑かけたな」

「別に……まあ持ちつ持たれつってことで」

 

 ぞぞぞとストローを啜る音が聞こえる。

 

 もう……そういう照れ隠しがたまらなく愛おしいのッ! とでも言えばよかったのかも知れないが、キモさ余って憎さ百倍なのでやめておいた。ウザさ千倍、腹立たしさ万倍まである。

 

「そういやドロシー……まさか、魔眼のことは話してないだろうな?」

「話すワケないじゃん。これ以上話ややこしくしてどうすんのよ。それに、私はまだここにいるエルフたちを完全に信用したワケじゃないし」

「……その割には、出されたメシ完食してたような」

「うっさいな。毎日毎日ボルシチばっかり食わされてたら、いい加減他のモノ食べたくなるわよ」

 

 さすが腹ペコペコリーヌで鳴らしたお嬢さんだ。そんなに食欲旺盛なのに、どうして身体の発育はよろしくないんでしょうかね。パラメータの振り方間違ってるんでは……

 

 橋を渡り、滝が見える場所にまで行ったとき、不意に酋長改めオラシオンが口を開いた。

 

「ニケ。お前はどこでその指輪を手に入れた?」

 

 俺はちらりと、自分の左手の薬指に目をやる。

 下手にごまかす意味も無いので、正直に答えることにした。

 

「自分にもわからないんですよ。というのも、これは母親から譲り受けたものなんです。母は俺にこの指輪を託した後、すぐに亡くなったので……母はこれを大切な人に預かったと言ってましたが、詳細はわかりかねますね」

「……そうか。ならば、お前はそれが、我々一族にとって重要な意味を持つ指輪であることも知るまい」

 

 俺が小首を傾げると、オラシオンは歩みを止め、従者を促す。

 従者ことヴェルギリウスは、畏まって姿勢を正し、俺に視線を向けた。

 

「ニケ。お前が持つ指輪は、『賢者の指輪』と言ってな。現代では失われた、ミスリルという特殊な金属を加工して作られた指輪で……ダークマターという魔族が用意した魔石を使用している。その昔――と言っても、お前ら人間からすると遙かいにしえの時代、エルフとドワーフ、そして魔族の協力によって生み出されたモノなんだ」

「魔族の協力?」

「ああ。お前ら人間が、中つ国に定住するよりずっと昔、魔族はこの地にも住んでいたんだ。ドワーフが細工し、エルフが魔力を込めたものを光の指輪。魔族が魔力を込めたものを、闇の指輪という」

 

 突然の通告に、俺は眉をひそめる。

 

「……本当か? そんな歴史、聞いたこともないんだが」

「そりゃそうだろう。お前ら人間は、寿命が短いのを良いことに、都合の悪い歴史はすぐに忘却の彼方へ葬り去る。後に残ったのは、ひどくねじ曲げられた虚無だけだ」

 

 ぐうの音もでなかったので、何も言えなかった。一瞬、自分のことを指摘されたのかと思ったまである。

 ヴェルギリウスが「話を戻すぞ」と言った。

 

「賢者の指輪は全部で七つあった。光の指輪が四つ、闇の指輪が三つ。種族間の話し合いにより、光の指輪はエルフとドワーフが二つずつ、闇の指輪は魔族が有することとなった。その後、人間の中つ国への入植が始まると、魔族はアウストラシアへと移り住む。したがって、中つ国には光の指輪四つのみが残った。やがてそれらは、全て人間の手によって強奪された」

 

 いきなり算数の問題みたいな話をされて、少々頭がこんがらがる。

 タカシくんは右手に光の指輪を四つ、左手に闇の指輪を三つはめて、こう言いました。

 チェケラッチョ!

 

 斜め上に脱線する俺をよそに、ドロシーが言った。

 

「まるでオリヴィエの歌に出てくる一節みたいな話ね。『エルフは光を、魔族は闇を、ドワーフは工芸を、獣人族は交易をこの世界にもたらした。そして人間は、それらすべてを略奪した』……でも、一体どうして?」

「指輪の持つ、強大な力を欲したのさ。人間は集めた指輪を砕き、武器を作った。それが聖剣だ」

「……え?」

 

 我知らず、俺とドロシーは互いに顔を見合わせる。知ってはいけない真実を知らされたような、居心地の悪さを覚える。

 

「……クロノアが持つブリュンヒルデや、騎士王が持つダーインスレイヴは、元をたどれば賢者の指輪から作られた。そういうことかしら?」

「そうだ。かくして、中つ国には四つの聖剣が生まれた。ドロシーの言った二本に加え、アロンダイトとライキリ。その四つだ」

 

 前者はご存じローランが有していた剣で、彼の死と共に行方不明に。

 後者は西方のシャンバラが有していたが、シャンバラがアイゼンルートに滅ぼされると共に行方不明になったと言われている。

 

「もっとも、賢者の指輪が持つ強大な魔力は、土台人間が耐えられる代物ではない。一度握れば、精神を侵食され、意識はダークサイドへと導かれる。早い話が、人間には過ぎたるチカラということだ」

「おいおい。それじゃ聖剣って言うより、魔剣って言った方が正しいじゃないか」

「そのとおりだよ、ニケ。ゆえに、聖剣は神聖なるがゆえに使い手を選ぶと、人間は後世に語り継いだ。物は言い様とでも言うのか……聖剣の持つ負の側面には、一切目を瞑ってな」

 

 魔法は人間にとって過ぎたる技術であるというのは、魔術士の世界では通説だが……聖剣の持つ特異性が魔力に起因しているのなら、ヴェルギリウスの言うことは、あながち間違いだと断定できない。

 

「なるほど。聖剣が教団の手によって管理されていた歴史を踏まえると、否定はできないか……」

「教団が歴史を改竄したってコト?」

「おそらく、な……なあヴェルギリウス。俺たち人間の歴史では、聖剣は全部で七つあるという伝承があるんだが、それは?」

「憶測だが、賢者の指輪が七つあるという伝承が、ねじ曲がった形で後世に伝わったのではないか。魔族が去ると共に、中つ国から消えた三つの指輪の行方は、誰にもわからない。それが真相だ」

「ねえ……ちょっと待って」

 

 ドロシーが口を挟んだ。

 

「数が合わなくない? 聖剣に形を変えたのが四つ、魔族が持って行ったのが三つ……賢者の指輪が全部で七つなら、ニケが持ってる指輪は何だっていうの?」

 

 言われてみれば、ごもっともな指摘だった。

 仲間外れが一つ。Check it out.

 

「ニセモノなんだろ。後世の誰かが似せて作ったとか。第一、これがホンモノの賢者の指輪なら、俺の精神はとっくに汚染されてる。寝るときも風呂入るときも、便所に行くときすら一蓮托生なのに」

「要る? そのカミングアウト。もうとっくに汚染されてるとしか……」

「あ?」

「ドロシー。お主の言うことはもっともだ」

 

 もっとも? それは俺が不潔だという意味でファイナルアンサー?

 アホな冗談はさておき、オラシオンは至って真剣な表情で、俺の指元を見つめた。

 

「だから、それを確かめるために、汝らをここにいざなった」

 

 すると、オラシオンは目を瞑り、虚空に右手をかざし、理解不能な言語で詠唱を始める。それが空間魔法であるのに気付くのに、大して時間はかからなかった。

 

 <門>(ゲート)

 突如として空間が捻れて、穴が開き、その先に別世界が映る。ノルン式転移術とは異なり、魔法陣もなしに空間と空間を繋ぐとは、一体どういう技術なんかね。

 

「飛び込め」

 

 えぇ……魔力酔いしないだろうなと思ったが、残念ながら拒否権はなさそうだ。

 ためらいもなく、<門>(ゲート)へと踏み入ったドロシーの後を追い、俺もまた<門>(ゲート)へと飛び込んだ。

 

 

    *

 

 

 眩しい光に照らされて、目を凝らした先に、開けた湖が映る。

 

 湖はこの世のものとは思えないほどに青く美しく、どこまでも透き通っていた。

 基調は紺碧なのだが、見る角度によって明るくなったり鮮やかになったり、あるいはくすんだりして、青と言うよりエメラルドに変化したりする。きっと季節や時間帯によっても、色合いは絶妙に変わってくるのだろう。

 

 ちょうど湖の形をくりぬいたように空が広がっていて、久方ぶりに太陽の光をまともに浴びたような気がする。

 湖上には赤い睡蓮が咲き誇っていて、水面が波打っては、陽の光できらきらと輝いていた。

 

 ふと視線を左の方に転じると、細い滝が、何層にもわたる苔生した岩の階段を滑り降りていた。光の加減で、ほんのりと虹が架かっているようにも見えた。

 

「へえ……この森の中に、こんなに美しい場所があったなんてね」

「ラーの湖という。特殊な結界を施しているから、外からは認知できない造りになっている」

「幻術ってこと?」

「いや、幻術とは違う」

 

 ヴェルギリウスに代わり、俺はドロシーに言った。

 

「幻術は観測者の意識に働きかけるのみで、観測対象それ自体には干渉しない。この湖の周囲だけを、他の空間と断絶させているとなれば、幻術の範疇を超えている。固有結界の創造、つまりは空間魔法と召喚魔法の複合的応用だろう」

「ふーん……ようわからんけど、ものすごく面倒臭そうなことしてるってのはわかった」

 

 二人のエルフが、こちらへと近づいてくる。一人は老人で、一方は小さな女の子だ。女の子は樫の木でできたステッキらしきものを大事そうに抱えている。

 

 老人と女の子がその場に膝を着き、恭しく頭を下げると、オラシオンが「楽にせよ」と言った。彼女は二人に歩み寄ると、老人と二・三言交わし、女の子の頬にそっと触れた。

 

「姉のように上手く振る舞う必要はない。そなたはそなたの為すべきことを為せ」

 

 そして、彼女は微笑を浮べた。

 すると、カチンコチンに萎縮していた女の子の表情が、少し和らいだ。オラシオンは生まれてこの方、喜怒哀楽を前世に置き忘れてきたような鉄仮面エルフだと思っていたから、意外な印象を覚える。

 ヴェルギリウスもまた微笑ましい表情を浮べて、俺に言った。

 

「彼女はエルマ。まだ幼いが、代々『湖の乙女』の巫女としての役割を担ってきた、リャナンシー一族の末裔なんだ」

「湖の乙女?」

「エルフにとっての守護精霊とでも言うべき存在だ。乙女は太古から我々エルフの歴史を見守り、遠く未来を見通すことができる。彼女は巫女として、湖の乙女と交信し、神託を授かることのできる唯一の存在なんだ」

 

 ふーん……ようわからんけど、かの高名な勇者シリウスの仲間で人類への反逆者、ハーシェル・リャナンシーと同じファミリーネームなのは何か意味があるのかと思ったが、詳細を尋ねるより早く、女の子が俺の方に近寄ってきた。

 

「あ、あなたがニケさんですね……私はエルマと申します。向こうにいるのは私のおじいちゃんで、ソロンと言います……あっ、自己紹介なんてどうでもいいですよね。い、至らぬ点もあるかと思いますが、よろしくおねがいします……」

 

 おそらく、初めて人間と接するからだろう。エルマは終始緊張した面持ちだった。

 どこか既視感を覚えるエメラルドの美しい瞳に、中性的な整った顔立ち。ただ、全体的に幼く、まだ成熟していないような印象を受ける。人間で言うなら十歳前後、エルフで言うなら……夢から醒めそうなので止めておこう。

 

 エルマはぺこりと頭を下げると、ステッキを片手に湖へと足を踏み入れる。膝下まで水が届く位置まで進むと、彼女は厳かに舞い始めた。

 

 どうやら、湖の乙女とやらとの交信が始まったらしい。

 一々踊らないとコミュニケーションしてくれないとか、ずいぶん舐めた野郎だな、引きこもり時代の俺ですら相手にそこまで求めなかったぞと思ったが、黙って見届けることにした。

 

 後方腕組み仁王立ち勢として、エルマの踊りをまじまじと眺めていると、この日のために頑張って練習してきたんだろうなあ、年配の連中には口やかましく指導されて大変だったんだろうなあ、人間社会に生まれていればもっと別の生き方だってあっただろうにと、色んな情念が浮かんでは消えていって、不意に目頭が熱くなった。

 

 ったく、年は取りたくないもんだねえ……自分より若い子が必死で頑張っている姿を見ると、こんなに心が揺り動かされちまうなんて……

 

 まるで娘を見守るオヤジのような心境で、エルマの様子を繁々と観察していると、彼女は上空に掲げた樫のステッキを、すっと胸元に下ろした。

 そして、俺を見る。

 

「湖の乙女の許しが出ました……ニケさん。こちらへどうぞ」

 

 促されて、俺もまた湖の中へと入っていく。

 エルマの隣に進むと、彼女はささやくような声音で、「指輪を取り、湖の上へ落としてください」と言った。

 これ外すの、いつ以来だっけ……などと思いつつ、俺は言われるがままに、指輪を湖に落とす。ぽちゃりと、波紋が立つ音がした。

 

 すると突然、水面に浮かんだ指輪を中心に、激しい奔流が巻き起こり、飛沫が散って視界を奪われた。

 

 なんだなんだと動揺する俺をよそに、エルマはメテオラ語らしき言語で交信を続ける。

 俺には一切聞こえていないが、彼女には聞こえているらしく、その証拠に、三、四度と会話らしきやり取りがあった後、あれほど荒ぶっていた水のうねりが、にわかに静まった。

 

 そして、遠く湖の中心から、光の玉のようなものが現れた。

 

 《おお! 乙女が自ら姿をお示しになられるとは……》

 

 後方で、エルフのじいさんやヴェルギリウスが動揺している声が聞こえた。

 どうやらただ事ではないらしい。昔絵本で見たような精霊の顕現に、しばし思考を忘れた。

 

 やがて、エルマが祈るような姿勢から、俺へと視線を転じた。

 

「乙女から回答がありました。これは、紛れもなく賢者の指輪に相違ないと。その昔、魔族が造った闇の指輪だそうです」

 

 一同に動揺が走る。

 ある者は驚き、ある者は静かに黙し、またある者は諦観めいた表情を浮べていた。

 

「――ただし」

 

 エルマが言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()と、乙女はそう仰っています」

 

 俺は瞬きを止めたまま、エルマをじっと見つめる。

 

「あってはならない? どういうことだ?」

「この時代、この世界において、存在することが不自然であり、理に反すると――」

「……よくわからんな。なら、どうして俺はこんなものを……」

「いえ、違います」

 

 腑に落ちない様子の俺を見て、エルマが首を横に振った。

 

「指輪のことではありません。乙女が本来、ここにあるべきものではないと仰っているのは――」

 

 エルマは透き通った声色で、はっきりと告げた。

 

「ニケさん。あなたのことです」

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