勇者にはなれない   作:高円寺南口

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6 役者は揃った

 一週間後、御前試合を観戦すべく、俺は貴族街の魔法アカデミーへと赴いた。

 ここに出向くのは……あの時以来か。

 

 どうにも憂鬱な気分のまま、重い足取りで現地に向かうと、すでに大勢の人だかりができていた。

 酒を片手に、今日の試合について語っている。中にはどちらが勝つか賭け勝負に興じている気丈な連中もいるようだ。

 

 全くもって、いい見せモンだ。

 カーニバってフェスティバって最高にハイになってやがる上層市民どもを目の当たりにして、早くも帰りたい衝動に駆られている俺だったが、そこでようやくお目当ての人物を見つけた。

 

「ニケ、こっちこっち!」

 

 エルもまた俺の姿に気づき、大きく手を振る。

 なんか迷子になった子供の気分だな……

 

 実を言うと、一人ぼっちで観戦するのが嫌だったので、あらかじめエルに根回しをしておいたのだ。ぼっちで「アイツ……一体何者なんだ?」とか実況しても、虚しいだけだしな。お前が何者だって話だよ。

 

「中々悪くない席だろ。ギルドの伝手で手に入れたんだ」

 

 エルの話によると、商工ギルドに加盟している事業者は、マスターの手配で最前列の席を確保してもらっているらしい。まあコネだな、コネ。

 

 ぼっちが世界で最も忌み嫌う言葉の一つだよ。選ばれしぼっちは、孤高を極めすぎた余り、輪廻の輪からも外されているからな。

 それゆえコネとか縁とかパイプとかいうカードと、すこぶる相性が悪い。出された瞬間、体中の穴という穴から血を噴き出して、憤死するレベル。

 

「あのマスターは大した御仁だよ。それまで職種別に縦割りだったギルドに横串を差して、そつなくまとめている。富裕層の多くは彼のギルドにこぞって投資しているし、今じゃ国にも多大な影響力を有しているとの噂だ」

 

 でしょうね。

 根回しとか交渉とか二枚舌とか三枚舌とか、クソ得意そうだもんな。何だって金にするのが玉に傷だが。

 俺? 妬み嫉み恨み、その場しのぎに事なかれ、責任転嫁に批判炎上、速攻帰宅が得意だよ。みんな仲良くしてくれよな!

 

 ふと、うちの居酒屋は招待されていたんだろうかとの疑念が脳裏をよぎった。

 

 ギルドに加盟している以上、一応話は行ってるんだろうが……親父は昔から、町内の会合だのに顔出して、周囲にヨロシクすんのが大嫌いなタイプだからなあ……。母さんが生きてた頃は、その手の付き合いは全部母さんに丸投げしてたし。

 母さんがいない今となっては、もはや幽霊加盟店と化して、事実上ハブられているのが容易に察せられる。

 

 やべえ、俺の天性のぼっち気質は、親父譲りだったのか……改めて考えてみると、なんか地味にショックだわ……

 

 いや待てよ、俺のじいちゃんも結構頑固というか我が道を行くタイプだったな……

 おいどうなってんだよウチの家系。周囲からは、度々太陽みたいな人だと言われていた母さんの血をもってしても打ち消せなかったとか、業が深すぎるだろ。

 

 さしずめ俺は、ぼっち界隈のサラブレットないし、ヴィンテージもののぼっちってとこか。

 HAHAHA……死にたい。

 

 この呪われし血は俺をもって末代にすべきだなと密かに決意を固めていると、エルが俺の分の麦酒(ルービー)を買ってきてくれた。

 くゥー、旨い! じゃなかった。さすが、気が利く。

 

 最前列の席ということもあり、見晴らしはバツグンだ。

 フェンスを挟んで演習場(スタディオン)の中心、つまりゴライアスとドロシーが戦う場所までは、100メルト以上の距離がある。遠いといえば、少し遠いな……

 

「ああ、ドロシーが条件をつけたんだよ」

 

 エルが麦酒を飲みつつ、言った。

 

「自分の魔法が観客に被害を及ぼさないよう、客との間には十分な距離を取り、保安措置を講ずること。さもないと、自分は勝負に応じないってゴネたそうでな。そんで、この演習場を借りることになったらしい」

 

 確かに、武器による近接格闘を主体とした、攻撃的前衛の戦士とは違い、攻撃的後衛である魔法使いにとって、周囲への安全配慮は勝敗を分かつ重要な要素だ。

 放った魔法が相手にかわされた場合、対象の延長線上に観客がいては、巻き込む恐れがあるうえ、一々そんな可能性を考慮していては試合に集中できない。

 

 対等な勝負を望むなら、対等なフィールドを用意しろと言うのは、ごもっともな主張である。

 

「おいニケ……見ろよ、あれがゴライアスだ」

 

 獅子を象った勇壮な兜に、ドラゴンの鱗にも匹敵する堅さを誇る黒鉄(クロガネ)の鎧。

 一体どうやって振り回すんだと疑問を覚えるほどに、刃渡りの長い戦斧(バトルアックス)……何より特徴的なのは、奴のガタイだ。

 

 身長はゆうに2メルトに迫り、筋骨隆々。どれだけ傷ついても、再び立ち上がるというタフネスを感じさせる。

 

「あれが片手斧? おいおい正気かよ、俺は両手でも無理だぞ」

「普通ならな。それができるから、アイツはバケモンなんだ」

 

 エルが嬉々として語った。

 

「ゴライアスは、俺の店にも足繁く通ってくれていてな。あのガタイのせいで近寄りがたい雰囲気はあるが、話してみると、これが意外と礼儀正しい奴なんだ。戦士たちの間では、ゴライアスこそが、勇者の背中を任せるにふさわしい器だって、もっぱらの評判だよ」

 

 ほーん……ただ有能なだけじゃなく、人望もあるってタイプか。

 

 はっきり言おう。俺がこの世で一番嫌いなタイプだ。

 一人になった瞬間、罵詈雑言と共にモノに当たり散らすくらいの畜生ぶりを発揮してくれないと、到底納得できない。

 

 そこで不意に、周囲がざわつく。

 

 何事かと視線をやると、フェンスを挟んだ前方に、クロノアの姿があった。バトルフィールドにより近い、貴賓席に向かう所らしい。

 彼の隣には、神官のアリシアがいた。

 

「ん? 何でアリシアが」

「ああ、何でも今日の試合の審判を頼まれたらしいぜ。もしものことがあったときに、ヒーラーの彼女は打ってつけだろうって」

 

 目を細め、俺はしげしげとアリシアを眺めた。

 

 黙っていると、口元のほくろが妙に艶っぽい。そして相変わらず見事なおっぱいだが、超一流の実力を誇る二人の戦いをジャッジする立場を任されるとはね。

 たかが街の一神官にしては、ずいぶんな待遇ですこと……

 

「勇者さまだ!」

「きゃ~! こっち向いて~!」

「かっけー……あれが聖剣ブリュンヒルデか……」

 

 人々の歓声に、足を止め、笑顔で応えるクロノア。背中には真っ黒な刀身が特徴的な、いつもの聖剣を背負っている。

 ローランと共に聖剣アロンダイトが行方不明となった今、アヴァロニアに残された貴重な二つの聖剣のうちの一つだ。

 

 ふと、その後ろに立つアリシアと目が合った。目が合うと、彼女はにっこり笑って、こちらに向けて小さく手を振った。

 ズキュゥーーーーン!!

 

(あかん、惚れてまう……)

 

 なんてなる訳がなかった。アホか。

 

 周囲からは「うおおおおおお!!」、「アリシアさ~ん♥」、「最高や!!」と、野郎どもの歓喜の声が上がっていたが、残念だなお前ら。アレは誰かに向けてやっているように見えて、その実誰のためのものでもないんだよ。

 ホント怖いよね女って。怖いからこれ以上は何も語らないけど。

 

 やっぱ男は、硬派に黙ってゴライアスだよな……

 野獣のような無骨な面構えがまた……相変わらずいいカラダしてやがるぜ。たまんねえな。

 

 なんか色々間違ってるけど、今さら正す気もない。そもそも間違っていると言えば、ここまで生き長らえたことが間違いだからな俺の場合。

 たぶん酒のせいだ。そういうことにしといてくれ。

 

「魔法使いはまだなのか?」

「そうみたいだな。開始までまだ時間はあるし、直に姿を見せるだろう」

 

 勝負に備え、静かに闘志をたぎらせるゴライアスを見ながら、俺はその相手となる人物について考える。

 

 魔法使い、ドロシー。

 

 一年くらい前に彗星の如く現れ、以後クラインの魔法使いランクで一度も一位を譲ったことがない人物だ。数十年に一人の逸材と謳われ、ネウストリアじゃ天才魔術士として広く名声を博していながら、人前に姿を見せたことは皆無。

 まだ十代という噂もあれば、よぼよぼのBABAAだという説もある。マスターが創り出した、架空の存在Xなのではないかと疑う者もいるほどだ。

 

 俺としては、色気たっぷりの二十代の大人のお姉さんであれば、feel so good. 

 何も言うことはないのだが……

 

「エル。ドロシーってのは、魔法アカデミーの関係者じゃないんだよな?」

「ああ。外部からネウストリアに渡ってきた魔法使いらしいぜ」

「ふーん……なら、少しは期待できそうだな」

 

 そう呟いて、俺は残りの麦酒をちびちびと飲んだ。

 隣からはエルの視線を感じたが、彼は黙し、結局何も言わなかった。

 

 

    *

 

 

 それから三十分近くが経過した。

 勇者に戦士、審判の神官に主催の商人と、役者は揃っていた。

 ただ一人、魔法使いを除いて。

 

 すでに定刻を過ぎたというのに、一向に姿を見せない彼女に、さすがの観衆も痺れを切らしたのか、ガヤガヤと騒ぎ始めた。

 

「まったく何やってんだ、ドロシーは……」

「大方ゴライアスにびびって、尻尾巻いて逃げたんだろうよ」

「バーロウ。こうやって相手を焦らすのも戦略の内なんだよ。すでに戦いは始まってんのさ」

 

 様々な憶測が目まぐるしく飛び交う中、一人勇者だけは平然としていた。

 クロノアは貴賓席に腰掛け、両手を顔の前で組んでいた。その灰色の瞳に何が映っているのか、俺には知る由もない。

 

 さらに十分が過ぎる。観客の不満がいよいよピークに達しようとした瞬間、それは突然やって来た。

 空間に稲妻のような亀裂が走り、唸るような重低音と共に黒い奔流が巻き起こる。

 

「なんだなんだ?!」

「ドロシーか? ついにアイツが来たのか?!」

「ヒィーハァーーーッ!! 真打ち登場ってか! 待たせやがって!」

 

 機械仕掛けの時計の盤面のような、複雑な魔法陣が地面に浮かび上がる。徐々に露わになる人影。間違いない。

 

 <門>(ゲート)。ノルン式転移魔法の一種だ。

 

 転移が完了すると、何事もなかったかのように、大きくひび割れた空間が元に戻って、その中心に佇む人物の姿が明らかになる。

 

「え……うそ、マジかよ……」

「おいおい、ホントにあれがドロシーなのか? ありゃどう見ても……」

 

 女魔法使いの象徴ともいえる、つばの大きなハット。紺と紫を基調としたドレスに、漆黒のマント。

 何より特筆すべきは、それを身に纏うのが、おそらくクロノアより幼いであろう、年端のいかぬ少女だったということだ――――

 

「遅れてごめんなさい。<門>を開くのに少し手間取ってしまって」

 

 手にしたワンド。先端に埋め込まれた紅い宝石が、鋭い光を反射する。

 両肩にかかる紅い髪が風になびくと、魔法少女ドロシーは、ハットのつばを指で押し上げて、こう言った。

 

「こんにちは。私が魔法使いドロシーよ」

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