1982年、クラシック三冠達成。
1983年、世界を塗り替えた皇帝、月桂冠を頂く。
1984年、秋の決戦、天皇賞にて2頭の3冠馬、相対す。
日本競馬の全てを塗り替えた馬
日本で初めて牝馬でありながらクラシック三冠を獲った競走馬
日本産駒で唯一、凱旋門の頂きへ登りつめた皇帝
5つの冠を頂く、シンザンを超えた馬
葦毛の皇帝、ガイウスネロ
これは現代にまで色濃く影響を残し続ける皇帝の足跡の一つである。
ミスターシービーにとって、彼女はシンザンに並ぶ憧れだった。
クラシック3冠、欧州の壁を打ち破り凱旋門を堂々と取った葦毛の皇帝、唯一無二の月桂冠を頂くウマ娘。
ガイウスネロ
現在の日本、いや世界最強の座に君臨する彼女が長い休養をあけて秋の天皇賞へ出走を表明したとき、私の心はどうしようもなく燃え上がった。しかしその直後の積極的なレースへの参加を控えるという実質的な引退宣言を聞いた時、まるで地面が崩れさるような感覚に襲われた。
どのようなウマ娘でも遅かれ早かれレースを引退する。知ってはいたしシンザンの引退でその悲しみを覚えたが、しかしながら此度はそれ以上の衝撃を私にもたらした。
「シービー、練習に気が入ってないが体調が優れてないのか?」
「大丈夫だよトレーナー、少し悩み事があるだけさ」
練習の最中でも考え事をしてしまい、トレーナーに心配をかけてしまう。しっかりしないとと思うものの、どうしてもふっ切ることができない。その後も練習に身が入らず、結局2日ほど休む事となってしまう。秋天まであと少しなのに…
次の日、気分転換に街まで繰り出したものの、ふと考えるのはガイウスネロの引退の事だけ。適当なお店に入っても何も買う気が沸かず、そのままお店を出る事を何度も繰り返した。今はカフェのオープンテラスで珈琲を注文したものの、口をつけずに考え耽ってしまう。
「秋天、回避しようかな…」
ポツリと、ふと思った事をこぼしてしまう。
「ほう、3冠の偉業を成し遂げた者が逃げるとな?」
左から投げつけられたその言葉に私は思わず振り向く。そこには開いた本を片手に優雅にカップを傾けている方耳に月桂冠を頂いた葦毛のウマ娘がいた。
「ガ、ガイウスネロ…」
「そういう汝は、ミスターシービー」
そう言うとガイウスネロはパタンと本を閉じ席を立ってこちらへと歩み、私の対面に座る。
「い、いつから…居たのですか…?」
「汝が珈琲を片手に席に座るより遥か前だが?」
「そ、そうですか…」
つい顔を伏せてしまう。学年が違うので学園では遠巻きに見ることはあっても、こうして間近で見ると迫力の大きさに慄いてしまう。彼女に気づかなかった恥ずかしさもあるが。
「して、汝はいかように天皇賞から逃げる事を考えるのか。いや言わずともわかる。余の事であろう」
「っ!」
伏せた顔を上げ、彼女の自信と威厳に満ちた顔を見る。
「余は他者の顔色で物事の7割はわかる。汝は余が実質的な引退宣言を致した事で頭を悩ませておろう?」
「…はい、あなたの走りはまだまだこれからのはずです。なんでレースへの参加を控えるなんて…」
「ふむ…」
私の問いに彼女は少し考える仕草をし、ふっと笑みをこぼした。
「ならば、その問いは天皇賞で汝が余に勝てば答えよう」
「えっ…!」
「何故?という顔をするか。単純よ、些事だからだ」
「些事!?あなたの引退が些事!?」
思わず立ち上がり、彼女の方に身を乗り出す。それでも彼女は自信に満ちた笑みを崩すことはない。
「左様、なぜなら汝、いや天皇賞で余に挑む全ての挑戦者を迎え撃つ。それ以外の物事がこれに勝ることは無い」
「なっ…」
そう彼女は言いきると立ちあがり、こちらに背を向ける。同時に彼女から感じる威圧感が桁違いなものへ変わる。
「汝が余へのあこがれを抱いているのはわかった。しかして憧れはその背に向ける物。汝は何者ぞ!?汝は偉業を成し遂げた者であろう!その手で追わぬか!余の挑戦者であるというなら!」
振り向いた横顔から放たれたそれは叱咤激励だった。それを受けた私の心はカッと熱く燃え上がった。
そうだ、私は―――!
「勝ちます。私は、ミスターシービーは!あなたに勝ちます!」
「そうか」
やって見せろ、三冠バ、とガイウスネロは歩きだす。
私もすぐに席を立ち、学園へと走りだす。一分一秒が惜しかった。
凱旋門バに勝つ。確かに、それ以外は些事となっていた。
ガイウスネロ 主な勝ち鞍
1982年
皐月賞
東京優駿
菊花賞
1983年
天皇賞(春)
凱旋門賞