禪院直哉となって三年くらい経った頃。
禪院家に双子の女の子が産まれた。
呪術師にとって双子は凶兆だの、女だからまだ良かっただのという、およそ新たな命を祝福するものとはかけ離れた内容が聞こえてくる。
今時点、呪力や術式の有無すら分かっていない状態でこれなのだから、双子の姉ーー真希が天与呪縛であることが判明したら、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。
第一、こういうことは、子どもには聞こえないように、もっとこそこそと話すものなのだろうが、この家でそんな配慮はない。
事実に即していれば、非があるのはあくまでも言われる側。実力があればぶちのめして黙らせればいいが、この家では大抵、そうやって罵られているのは非力な女性か、術式を持たない男衆ーー躯倶留隊の人間だ。
そして、頭のてっぺんから足の先まで禪院家の思想に染まっている彼ら彼女らはそれを甘んじて受け入れている。
禪院家という閉鎖的な世界・環境で生涯過ごさなければならない故に身につけた処世術。
俺も禪院直哉ではなく、躯倶留隊のだれかになっていれば、同じようなことをしていたかもしれないので、彼らのことを非難できるわけもないが。
とはいえ、何事にも例外はあるもので。
うちにも半年程前まで約一名、例外が服を着て歩いているような人がいた。
その人はもう出て行ってしまったわけだが、出ていくにあたり、一悶着あった。
その一悶着で
なんとも自分勝手極まる理由で喧嘩を売り、そして敗れた。それも完膚なきまでに。
それもそのはず、相手はあの
不幸中の幸いと言えたのは、向こうに殺すつもりがサラサラなかったことと、親父が殺し合い? の仲裁をしたこと。
とはいえ、もちろん、タダではない。
最終的に手切金といくつかの呪具を渡すこと、追手は差し向けないということで、この一件は禪院甚爾がこれまでの腹いせとして禪院扇を闇討ちし、忌庫から呪具を盗んで、出奔したということになった。
向こうとしても、別に自分の評価がどうなろうが知ったことではなかったのだろう。
軽く了承し、金と呪具を受け取った足で禪院家から出て行った。
なぜ、そんなことを知っているかというと、俺も偶然その場に居合わせたからだ。
居合わせたと言っても、なにかしたわけでも、されたわけでもなく、かといって俺がその場に着いた時は、ボコられた後だったわけだから、肝心の禪院甚爾の化け物っぷりは拝めなかった。
次会うとしたら、
まぁ、本音を言えば、出来れば会いたくないし、闘うなんてもっての外だが、俺の目的のためには、避けては通れない道だ。
理想的なのは、先に排除することなんだけども、無理ゲーだし、排除できたら、それはそれでデメリットが大きいので、そっとしておくしかない。
……物語としてのウェイトが重すぎんよ、パパ黒……。
禪院家に双子の姉妹。真希と真依が誕生してから一年が経った頃。
今のところ、二人は母親の愛情を受けて、育てられている。
果たして、その『愛情』が一般的に親が子に向けるものかといえば、ちょっと怪しいけど。
俺は俺で子ども大好き人間なので、二人には定期的に会いに行っている。
周りの大人から何か言われるからとも思ったが、憑依してから四年。およそ呪術師らしからぬ言動をしていた結果、変な奴として認識されたのか、みんな『またか……』ぐらいのリアクションしかしない。
だからといって避けられているわけでもなく、特定の人間(叔父とか)を除いて、男女問わず、評価は悪くない……というか、結構良いみたいだ。
親しき仲にも礼儀あり。
禪院家の人間性はさておき、俺としては、必要最低限の礼儀を守っているだけなのだが、それが好感を持たれる理由らしい。
この調子だと、仮に死にかけても、身内にトドメをさされるなんていう惨めな死に方にはならなさそうだ。ある意味、これでフラグが一つ折れたかもしれない。
「あだっ!?」
ーーと、そこまで考えたところで、頭部に衝撃が走った。
鈍器で殴られたかのような衝撃。
その実、俺の頭部を襲ったのは鈍器にも匹敵ーー否、鈍器よりも危険な『拳』の一撃だった。
「身が入ってないぞ。放っておくと考え込むのが悪い癖だな。お前は」
「稽古中に考え事してたんは俺が悪かったんやけど、その前に声かけてくれへん?」
「声をかけても気づいた試しがないがな」
そう言われてはぐうの音も出ない。出ないのだが……こうもポンポン殴られるのもなぁ。
「そんなら、せめて呪力篭めるんはやめてや。背ぇ伸びんようなったら、
頭をさすりながら、俺に拳骨を落とした相手である禪院甚壱にジト目を向けると、当の本人は特に気にすることもなく、ふんと鼻を鳴らす。
「そんなことを気にしてどうする。チビでも呪術師はできるぞ」
禪院甚壱。禪院家の特別一級術師の一人であり、この間、禪院家を出奔した禪院甚爾の兄。
筋骨隆々な肉体と、腰のあたりまで伸びた黒髪に無精髭を生やした、野生的な『漢』って感じの男だ。
筋肉がゴツいせいで身体が大きく見えることと、口数の少なさが相まって、年下から見ると威圧的に見えて正直怖い。俺もちょっと怖かった。
しかし、実際のところは口下手なだけで、面倒見の良いおじさんだった。
修行に付き合ってほしいと頼んだら、普通に付き合ってくれたし、言い方はともかく、ちゃんと助言もしてくれる。鍛錬が終わったら差し入れもしてくれるし。
躯倶留隊の人たちと話す時も、甚壱くんだけ悪口を言われているのを聞いたことがない。
そう考えると、禪院家の中ではまともな方なんだろう。憑依前はさておき、今の俺にとって禪院甚壱という人間は良い人の部類に入る。
裏を返せば、その比較的まともだと思える人間も本質的には『禪院』の人間であったことを考えると、やはり俺一人変わったところで、禪院家崩壊は免れないだろう。
「それはそれ。これはこれって言うやん? やっぱ強い呪術師って言うんはかっこええ方がええやろ? それに当主がかっこええ方がみんなも鼻が高いやろ?」
「……格好を気にする前に、術式をモノにするんだな。相伝とはいえ、今のままだと当主どころか、『炳』も厳しいぞ」
甚壱くんの言う通り、俺はまだ術式をモノに出来ていない。
使えないことはないものの、現当主である親父や本家禪院直哉のようにノータイムで術式を行使できない。動きを作るのに一秒から三秒程度時間がかかる。
これでもかなり早くなった方だが、実戦でそのロスは致命的だ。特に投射呪法の強みが相手を速度で潰すことである以上、一々、準備時間があっては話にならない。
「そやな。甚壱くんの言う通り、早いとこ術式、モノにせんとな。ってことで、今日もお願い」
両手を合わせて、全力で愛想を振りまき、語尾にハートマークがつきそうな勢いでそう言うと、甚壱くんはもの凄い気味が悪そうな顔を浮かべる。他の人達もそうだが、なんでそんな顔をするのか。
中身を知っているならさておき、他の人から見れば、まだ小学生の子どもが甘えてきているだけにしか見えないから、そこまで変には見えないと思うんだけど。
三年経つとはいえ、やっぱり生意気クソガキ時代の直哉のイメージが抜けないんだろうか。
「……加減はせんぞ」
「もちろん。いつも通りで頼むわ」
そう言って、構えを取る。
今時点で手加減をしていない甚壱くんに敵うわけがないが、いずれは越えなければならない相手だし、なにより目指すのは五条悟を超える最速の呪術師。今のうちから無理しておかないと、後が辛いどころじゃなくなる。
とはいえ、ただボコボコにされるつもりはない。勝てないまでも、一発くらいはいいのをぶちかましてやる。
この十分後。禪院甚壱に担がれるボロ雑巾みたいになった直哉が目撃されたという。
時系列大丈夫かなと思いつつ、パパ黒出奔、真希・真依誕生。直哉の関西弁も合ってるかはわかりませんが、さすがに標準語で話すのもあれなので、本家通り、関西弁で行きます。
甚壱が良いおじさんっぽいのは、直哉の性格が本編より良いことと禪院の人間だからです。それ以外の場合はお察し。
本編で出せなさそうな設定
今の直哉が甚壱のことをくん呼びしているのは、おじさん呼びで怒られ、甚壱さん呼びでキモがられた結果です。他にも相手次第で、さん呼び、くん呼び、ちゃん呼びは使い分けます。