「…ほぇ?」
「ありゃ…?」
扉を開けると、そこは入学時学校見学で見たトレーナー室であった。
だけどボクがびっくりしたのはそこじゃない。そのトレーナー室には僕がいた。
暇そうにパイプ椅子でくつろいでいる僕がいたのだ。
ぱっと見僕とどこも違いがわからない僕が……いや、よく見たら違う。
ボクよりも体が、アスリートとしての肉体が完成しているように見える…
「君は…僕?」
「君こそ…ボク?」
互いに同じ言葉を聞いてしまうけど、ボクはなんとなく確信があった。
この目の前の僕は……未来のボクだ
多分未来のボクも気がついたのだろう。何か納得したような顔をしている。
「あ〜もしかして過去の僕?」
「そっちこそ、君。未来のボクだよね?」
やっぱり向こうの僕もわかってた。
…ってこれってどういう事?タイムスリップ?未来視?それともボクの妄想?
ボクは頭を悩ませるけど、目の前の僕はそうじゃなかった。
「なるほど〜。つまり無敗の三冠バであるこのテイオー様に過去のボクが助けを求めて来たってわけだね!!わははー!!」
未来の僕が偉そうにない胸を張って……って!?
「無敗の三冠バ!!?」
「そうだぞ。ワガハイは1度も負けずにクラシック三冠どころか春シニア、秋シニア三冠をとった無敵のテイオー様だぞぉ!!」
そう未来の僕はふふんとボクに告げる。
聞く人が聞けば嘘のような話。無敗でクラシック、シニアの三冠をとるウマ娘なんて物語の中でしか聞いたことがない。だけどボクにはわかる。ボクだからこそ、目の前の自分が嘘を言っていない事を。
この精神はボクと変わらないように見えるけど肉体が完成しているこの僕はそんな夢物語を達成したのだ
ボクの羨望の視線に気がついたのか、未来の僕はさらに自慢げに告げてくる。
「しかも、つい先日URAファイナルズも優勝し、桐生院とミークとの因縁に決着をつけたのだー!!」
…URAファイナルズ?
「ちょ、ちょっと待ってよ未来の僕」
僕は聞き慣れない単語を聞き、自慢げに語り続ける未来の僕の言葉を止める
すると未来の僕は、ニコニコと笑いながら応じてくれた。
「ん〜?なんぞよ?」
「URAファイナルズって…何?」
未来の僕が固まる
ニコニコとしていた表情がまるで石像みたいに固まっちゃった
ちょっと面白いけど、続けてボクは未来の僕に質問を続けてみた。
「ミークってだれ?」
「ほぇ!?」
「桐生院ってなに?」
「うぇ!?」
未来の僕が次々に表情を変えていく。
そして最後にはポカンと口を開けて惚けていた…なんかアホっぽい
あ、動いた
「ちょ、ちょっと待ってよ!!URAファイナルズだよ!入学式の時に理事長が言ってたじゃん!!」
「言ってないけど」
「ミークだよ?あのハッピーミークだよ!?同級生でどこにでも走れる万能ウマ娘の!トレーナーのライバルで友達の桐生院の担当ウマ娘の!!」
「…?」
「うっそぉ…」
未来の僕が頭を抱えている。
だってしょうがないじゃないか、URAファイナルズもハッピーミークも桐生院も聞いたことがない。
それに…
「トレーナーが付いてるんだね。てっきり一人かと思っちゃってたよ。やっぱりトレーナーって必要なんだね」
ぽつりと僕はつぶやいた
「……え?」
すると未来の僕は愕然とした表情で、信じられないものを見るかのような目でボクを見て来た
……何だよぉ
「え、ちょ…ボク…トレーナーいないの?」
「…?そうだけど…?」
ボクはそう返事を返すけど、僕の視線は変わらない
そんな目で見るなよぉ
君もボクなら気持ちわかるでしょ?
そしたら未来の僕が突然、ボクの肩を掴んで揺さぶり始めた。
「だ、だ、だめだよ!!トレーナーがいないと勝てないよ!!」
「え?でも無敵のテイオーなら…」
「トレーナーあっての無敵のテイオー様なの!!」
未来の僕がガタガタと揺らしてくる。
うわわわわ、そんなに揺らさないでよ
「やだ!やだ!!僕じゃないボクが負けるなんて許せない〜!!僕は無敵のテイオー様だぞー!!」
そう言って未来の僕が駄々っ子のように、バタバタと床に寝そべり手足をばたつかせ始めた。
…
……これが未来の僕なのかぁ
なんか気持ちがガックシと落ちた気分になっちゃうよ…
でも、これでクラシックシニア三冠で無敗なんだよね……
それを認識してしまうとボクは、なんかそんな未来の自分の姿に、落胆と希望を混ぜ込んだような視線で未来の自分を見るしかなかった……
あ、シニアが終わってるってことは3年経ってるってことだから…
3年たってもこの体型かぁ…
数分後
未来の自分を落ち着かせ、二人で自身の経歴を話して見たところ、一つのことがわかった。
どうやら、この未来の僕がいる世界は、少しボクのいる世界と違うらしい。
この未来の僕は入学後すぐに専属トレーナーと出会い、契約して共に切磋琢磨し、トゥインクルシリーズを走り抜いたらしい。
そしてその間にトレーナーの友人にしてライバルの桐生院葵という、こっちの世界にはないと思う名門トレーナー一族である桐生院家の一人娘とその愛バであるハッピーミークという向こうでは僕の同級生であるウマ娘と戦っていたらしい。
ボクとしては、ほぇ…としか言いようがない
URAファイナルズもハッピーミークも聞いたことがない。それにボクの入学式はそんなトレーナーと出会いすらしなかった。
その事を未来の僕に言うと、全てが終わってしまったかのような絶望した表情で床に倒れ伏せてしまった。
ぐったりしているその姿は、しなびたナマコのような、力のない姿だった。
「そんなにトレーナーって必要なの?」
ボクは今にも気絶しそうなほど青い顔の僕に聞いてみた。
正直トレーナーなんて、日程やトレーニンングメニューさえ作ってくれれば誰でもいいと思っているボクとしては、同じ存在である未来の僕がここまで絶望していることが奇妙に見えていた。
すると未来の僕は突然起き上がり、きりりとした表情で僕に人差し指を突きつけてきた。
「ぜ〜〜〜〜〜たいっ!!必要!!」
大声で僕はそう言うと僕を叱るように話を続ける
「トレーナーが僕のために必死にトレーニングメニューを作ってくれたから、僕はここまで強くなったの!」
「それってトレーナーなら誰でも…」
「ちっっっっがう!!僕のトレーナーが僕のためだけに僕だけをみて作ったトレーニングメニューだからこそいいの!!」
「…??それってボクのトレーナーなら当然なんじゃ…」
「当然じゃない!!」
ボクの疑問を遮るように僕は言い切る。その表情はどこか怒っているようにも見えるが、ボクの知るどのボクとも違う表情だった。
僕は言う
「僕が信じた、僕を信じる人のトレーニングだからこそ、僕はそのトレーニングを必死で取り組むことができる。トレーナーが僕の夢を信じ、ともに目指しているから、僕は夢をつかめた。三冠…いや、どのレースでも一人で勝てるほど、ターフの戦いは甘くない。トレーナーが僕を信じて、僕がトレーナーを信じていたから、僕は無敗の三冠バ、無敵のテイオー様なんだよ!」
僕はそうボクに言い放った。その言葉は嘘偽りがなく、僕の確信を持った心からの言葉だった。
ボクは目の前の僕を精神年齢は同じだけど肉体が完成したボクだと思っていた。
だけど違う、それだけではない。
この僕は、共に同じ夢を歩む人を見つけれたのだ。
だから僕はあんな…あんな何かを、夢を、トレーナーを信じている表情をして僕を怒ったのだ。
僕だけじゃない、共に夢を追った人を侮辱するような言葉を吐いた僕に怒ったのだ。
それが同じ存在だからこそ、ボクは僕を理解できた。
だけど……
「う〜ん…何と無くわかるけど、今の僕にはわからないや」
そう、ボクはその信念をまだ実感できない。
僕が間違った事を言っていないのはわかる。だけどそれをボクは心から信じることができていなかった。
それはそうだ、なぜならボクは体験していないからだ。
はたしてその僕の信念が、ボクに適用されるのか…それで僕が強くなれるのかわからない
「うーん…」
僕が頭を抱えて悩み始める。
…まぁ仕方がない事だ。
おんなじボクとはいえ、色々と違うことはお互いの話でなんとなくわかった。
だが、それを僕は納得がいかなかったらしい
「なら…」
「なら…?」
「なら、勝負だ!!」
そう僕が言った時、周囲の光景が一瞬にして変わった。
トレーナー室からトレセン学園の練習用ターフへと、いつの間にかボクと僕は瞬間移動していた。
変わったのは光景だけではない。
服も変わっている。
ボクの服装は、寝間着から体操服に、そして未来の僕の服装は勝負服へと変わっていた。
その服装は赤を基調とした、ヘソ出しどころか腹出しの活発な冒険者風、まるで不死鳥を思わせるような勝負服であった。
これが、この未来の僕の勝負服なのか…
「じゃあ、スタートは『位置について、ヨーイ…ドン!』でいいよねボク」
僕がレース前の準備運動をしながらそう言ってニヤリと笑う
その表情はすでに勝ちを確信とした生意気な笑みであり….ボクを完全に舐めきった笑みだ
…あったまきた
たとえ未来のボクとはいえ、そんな笑みを向けられたらボクも黙ってはいないよ
「へ、へへ〜ん。ここでボクが勝ったら、僕が無敵のテイオー様だね」
ボクも同じく準備運動をしながらお返しにニヤリと笑い僕に視線を向ける。
だけど、僕はポカンと口を開けていた。
まるで何を言っているのかわからないかのように
「…?勝てないよ?」
「そんなのやってみないと…」
「勝てないよ?」
僕の疑問符が耳に入る。その声は僕が何を言おうが声色が変わらない。まるで当たり前のことを言っているように言葉を続ける
「だって僕は無敵のテイオー様だよ?」
僕が言い聞かせるようにボクに語りかける。
当然のことを教えるように…
「え…あ…」
何…この僕…本当にボクなの?
そんな考えが頭に浮かぶ。
この目の前の僕は負けを考えてもいない。
それどころか負けるはずがないと確信している。
もしかした『負ける』という事柄が頭の辞書にないのかもしれない
これが…これが、トレーナーと共にトゥインクルシリーズを走り抜き無敗であった僕なのか。
「じゃあ、始めよう…準備はいいよねボク」
そう言って僕が…いや無敵の帝王が構える。
ああ…嫌でもわかる。ボクだから…自分だからこそ分かる。
目の前の僕はボクの肉体としての一つの完成形だ。精神年齢は同じぐらいだけど、体はボクの極地の一つだ。
絶対負ける。
カイチョーと模擬レースをする前と同じ感覚がボクを襲う
絶対に負けるレース
結果がわかりきったレース
…だけど
「まけても吠え面かかないでね!」
ボクはそう言い、僕と同じように構えた
ここで逃げたら、ボクは無敵のテイオーになることはできない。
ここで諦めたら、ボクはトゥインクルシリーズを夢を走り抜けることができない
ボクは絶対にカイチョーのようなウマ娘になるんだ!!!
そう意気込み、ボクは正面を見てスタートの合図を待つ。
すると、クスリと横から笑い声が聞こえた
ふと、横を、未来の僕を見る
未来の僕は笑ってきた。
まるで何かを思い出すかのように、懐かしむように笑っていた。
「うんうん。それでこそ、ボクだよ」
無敵の三冠バはそう言い、スタートの合図を声にするために息を吸い込む。
相手は、カイチョーと同じ…もしかしたらカイチョーを超えるかもしれないベテランウマ娘。
対して僕はまだデビューも決まっていなくて、本格化も始まっていないウマ娘。
「位置について」
下バ評は考えるまでもないだろう。
だけれど…
だけれど……!!
「ヨーイ」
ボクは勝つ!!
「ドン!!」
ボクはその声を聞くと共に、足を踏み出し…
「むぎゃ!!」
白い部屋の壁にぶつかった
周囲を見渡すと、そこにはボクしかおらず、無敵の三冠バの姿はない。
いざ勝負と、戦おうとした瞬間ハシゴを外されたようなこのモヤモヤとした気分
ボクはぶつけた頭を涙目で押さえながら、このモヤモヤを発散する意味も兼ねて叫ぶしかなかった
「わけわかんないよー!!!」