テテテーテテイオー   作:haguruma03

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テテテーテ

助かったといえばいいのやらなんとやら

ボクはホッと一息をつきながら座り込んだ。

 

確かに三冠バである『湿度』の僕と勝負できなかったのは残念で仕方がない。

だけど、もしあのまま勝負していたら……

………ううぅ、これ以上考えるのはやめておこう…

 

でも、まぁ、それは置いておいて…

 

ボクはそう思い、視線を扉に向けた。

 

そこには最初は3つあったはずの扉が一つしかない。

 

『スピカ』

 

そう書かれた扉は、ボクが開けるのを待つかのようにそこに存在していた。

 

 

それにしても『スピカ』とはなんだろう?

 

『専属』は専属トレーナーがついた無敵の僕だった。

 

『湿度』はなんかジメッとした雰囲気を時折醸し出す僕だった。

 

なら『スピカ』は…キラキラした星みたいな雰囲気を出せる僕…?

 

「いや、さすがにそれはないかなぁ…」

 

ボクはそう独り言を言うがもちろん返答はないし、答えは見つからない。

 

ならその答えはどう見つけるか。

 

それはいたって簡単。

 

「じゃ、開けよっかな」

 

ボクはそう言い、床から立ち上がり、『スピカ』のドアノブを握った。

 

『専属』の僕はボクの夢の果てであり、そのためには共に夢へとかける人が必要だと教えてくれた

 

『湿度』の僕は夢の途中で走れなくなっても、共に寄り添ってくれる人がいるならそれは終わりではないと言った。

 

なら、『スピカ』の僕は、何をボクに示してくれるのだろう…?

 

ボクはそんな事を考えながら、ドアを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

鼻腔を擽るのは芝の匂い。

少し寒さを感じさせる肌寒さ。

 

「…あれ?」

 

そんな夜のトレセン学園の練習場、ターフの上にボクは一人ポツンと立っていた。

空には月と星々が光っており、練習場を照らす大型照明がなければ、ここは真っ暗だっただろう。

 

 

それにしても…前と違って未来の僕がいない。

あたりを見渡してもいるのはボクだけであった。

 

まさかだけど…

すでにお星様になっている僕…とか言わないよね……?

 

そんな嫌な予感にボクは背筋を震わせる。

 

死んだ僕とか見たくないし

もしそうならどうやって会話すればいいのさ!

 

そんな事をボクは思い、どうしようかと頭を悩ませて……

 

 

ザッ

 

そんな音を立ててボクの横を風が通り抜けた。

 

いや、風じゃない。

横を誰かが走り抜けた。

 

ボクの目の前で一人のウマ娘が走る。

 

鹿毛のポニーテールをたなびかせ、しっかりとした肉つきの肉体を動かし、僕とは違う実直な走りでその少女は走っていく

 

 

ボクは…ボクはその姿に見て動きが止まってしまった

ボクは見惚れてしまっていた。

 

風を切りかけていく彼女。

 

白のベースカラーに青のアシンメトリーデザイン

何処かの皇族を思わせるような王子様のような勝負服をきたその子は気持ちよさそうに走っている。

 

その走りは全力の走りではない。軽い運動のようなランニング。

 

だけど

その走りは逞しく。

その速さは美しく。

その脚は強い思いを背負っているようで力強い。

 

 

そしてそんな力強さを感じさせる彼女の後ろ姿に…

ボクは見覚えを…既視感を感じた。

 

その既視感は、ボクの夢であり、ボクの目指す場所でもある………

 

 

「会長…?」

 

 

ポロリとボクの口から無意識に言葉が溢れる。

 

目の前の彼女は会長と勝負服も体型も違う。

 

だけれども、ボクは彼女の後ろ姿に、誰かの夢を背負い、夢を見せる皇帝の後ろ姿を感じたのだ。

 

 

そんな声が聞こえたのだろうか

走っていた彼女の耳がピクリと動くと、彼女はゆっくりとスピードを落とし立ち止まり、ボクの方向に振り返る。

 

 

「…あれぇ?なんで僕がいるの?」

 

 

僕がいた。

惚けた顔をして、ボクをみて驚いている僕がいた。

 

今まで会ってきた僕のなかで、誰よりも皇帝に近い僕が、帝王がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

数分後

 

 

「ほぇ…それはまたすっごいねぇ。」

 

「え…あっと…うん」

 

「それにしても話を聞く限り色々と大変だったねボク」

 

「えっと…はい…?」

 

「なに僕なのに僕に対して緊張してるのさ〜」

 

「き、緊張なんてしてないよ!」

 

「本当ぉ〜?」

 

ボクたちはターフの脇、芝生の上で一緒に座り、ボクはこの夢で今まであった話を一通り、『スピカ』の僕に話し終え、交流する。

 

興味深そうに、時には相槌を打ちながらボクの話を聞き終えた『スピカ』の僕は、ボクにニコリと笑いながら語りかけてくる……んだけど、どうにも調子が狂い、歯切れの悪い返事しかボクは返すことができなかった。

 

理由は自覚している。

なんというか…目の前のボクが僕じゃないように見えるのだ。

確かに今までの僕達もそうだった。

だけれど『専属』のボクも『湿度』のボクもどこかその精神性や精神年齢はボクとほとんど同じか似通っていた。

 

だけどこの『スピカ』のボクは、そう…うん、なんというか大人だ。

確かに、自分で言うのも恥ずかしいけれど、ボクと同じ、天真爛漫さや元気さみたいな普段の僕を『スピカ』の僕から感じることができる。

 

だけれども、この僕からはそれに加えて、『湿度』の僕のような色気的な意味ではなく精神的に大人というか、なんというか精神的に今のボクよりも格段に成長しているのではないかという雰囲気を感じるのだ。

 

でなければ、会長を『皇帝』を夢見ているこのボクが、この僕を『皇帝』と見間違うはずがない。

 

つまり…そうなのだ

この僕は…

この『スピカ』の僕は

 

今まで会ってきた僕の中でもっとも『会長』に、理想に近い自分なんだ。

 

 

 

なら…

 

「ねぇ…未来の僕」

 

ボクは、僕に聞く事にした。

 

「なんだい?ボク?」

 

僕が返事をしてくれる。

一見ボクと変わらない僕。

だけどこの僕は夢への答えを知っている。

ボクは意を決して口を開く。

 

彼女なら…『スピカ』の僕なら

 

どうやったら『皇帝』のような帝王になれるか知っているはずだから

それを聞かなければとボクは聞かずにはいられなかった。

 

「ねぇ…ねぇ、教えてよ!」

「ぴぇ!」

 

ボクが突然僕に詰め寄った事で『スピカ』の僕が悲鳴をあげる

だけどそんなの知ったことじゃない。

ボクは僕に対してまくし立てた

 

「どうやったら、君みたいな僕になれるの!?」

「『専属』の僕みたいに一緒に夢へと掛けられる専属トレーナーを見つけて無敵の九冠バになったらいいの!?」

「それとも、『湿度』の僕みたいに、夢を叶えて走れなくなっても、隣にいてくれる人がいたらなれるの!?」

 

『スピカ』の僕は理想だ

理想だから、夢だから、一体どんな生き方を、走り方をしてきて『皇帝』のような『帝王』になれたのか

 

ボクは知りたい…!

 

「一体どんな道を走ってきたの?一体どうやって無敵の三冠バになれたの!?ねぇ、教えてよ!僕!!」

 

ボクはすがるように『スピカ』の僕の肩を掴んで揺さぶる。

夢の到達点が目の前にいるからボクの心は熱くなり、『スピカ』の僕の走ってきた人生が聞きたくなり、答えを知りたいがために心臓がバクバク言う。

 

自分でも今の自分が『掛かっている』のはわかる。

今のボクはいつもの普通のボクではないのも分かっている。

 

だけど、なぜこうも急ぐように縋るように、ボクが『スピカ』の僕に対して焦るように答えを求めているのか、自分でもわからない。

 

だけど、ここで聞かなければならないと、ボクの心が言っている気がした。

 

そんなボクの意思が通じたのかはわからない。

『スピカ』の僕は、自分の肩を掴むボクをじっと見つめた後…

 

 

「イタっ!」

 

パチンとボクの額に痛みが走り、衝動的にボクは額を押さえ、僕から少し距離をとった

 

『スピカ』の僕が指をデコピンの形にしながら、ふふんと『専属』の僕のような生意気そうな表情をしている。

 

うぅ…なんでデコピンなんてするのさ!

 

「痛いじゃないか!」

 

ボクがそういい頬を膨らませて怒るけど、『スピカ』のボクは可笑しそうにクスクスと笑った

 

「ごめんごめん。だけど君がそんなに詰め寄るのが悪いんだよ。僕だって驚いちゃうじゃないか」

 

『スピカ』のボクはそういい、自身の隣をポンポンと叩いた。

その仕草は隣に座る事を促してきた『湿度』の僕と一緒であり、『スピカ』の僕もまた同じ存在であることがわかる。

 

そんな仕草にちょっと不服だけどボクはもう一度、『スピカ』の僕の横に腰掛けた。

 

すると『スピカ』の僕が空を見上げた。

ボクもつられて空を見上げる。

 

そこは満天の星空が広がっていた。

月や星々がきらめき、真っ暗な夜空を彩っている。

現実ならこんな大型照明に照らされた場所でこんなに綺麗な星空が見えることはない。

故にこの星空は夢であり、ボクの記憶から流用された星空なのだろう。

 

確かにこんな夜空を、小さな頃にママの職場で、一緒に走る練習をして、ママ相手に勝負して、負けてクタクタになった時に見上げた覚えがある。

 

それと同じぐらい綺麗…ってそりゃ同じに決まってる

夢はこの夢を見ているボクが知っている事しか映像化されないのだから。

あの夜空を記憶の片隅から引っ張ってきているのだろう。

 

 

 

「僕にはさ…専属トレーナーはいないよ」

 

隣から僕の声が聞こえた。

その言葉に驚く。

『専属』も『湿度』も専属トレーナーがいたから、いないとは思わなかった

 

「それは…1人でトゥインクル・シリーズを走り抜けたって事?」

 

「まさか、僕はスピカのみんなとトゥインクル・シリーズを走り抜けたよ」

 

ボクの疑問に『スピカ』の僕は優しい声で否定した。

スピカの……みんな?

 

「スピカのみんなって…」

 

「スピカってのはね、チームの事なんだ」

 

『スピカ』の僕は楽しそうに語り始めた

 

「僕にマックイーン、トレーナー、スペちゃん、スズカ、ゴルシにウオッカにスカーレット、この8人でチーム『スピカ』」

 

「それは、チームで走っているってこと?」

 

「そうだよ」

 

「でもそれだと、同じチームで戦うことになるんじゃ…」

 

「そう、だからチームの皆は仲間でライバル。競い合って高め合ってるんだ。そうやって僕はここまで走ってきたよ」

 

そう語る『スピカ』の僕はとても楽しそうで、信念が強い心がこもった声だった。

 

だけど、この声色…どこかで聞いたことが………あ、そっか

 

ボクはそんな僕の声色で気がついた。

 

ボクはこんな声色に似たものをすでに2回聞いている

この声色は、さっきまでの『専属』や『湿度』の僕たちが『トレーナー』について語っていた時の声色だ。

 

そっか、この僕にとっての『スピカ』は『専属』や『湿度』の僕にとっての『トレーナー』なんだ。

 

一人じゃない、誰かと、またはみんなと夢に向けて走り、ともに寄り添ってきたのだとわかる。

 

『専属』の時は、疑惑の目で見てしまったけど、さすがに3回続けば僕も納得できる。

 

夢に…三冠バになるためには、一人ではだめなのだと。

誰かと一緒に………

 

 

「まぁ、三冠バにはなれなかったけどね」

 

 

………………

……………………え?

 

ひゅっと心が寒くなる。

信じられない言葉が耳に入った気がする。

 

今の言葉が嘘だと幻聴だと思いたい。

だけどボクの耳は確かにその言葉を聞いてしまっていた。

 

ボクは呆然としながら隣に目を向ける。

 

「うん、さっき君は『一体どうやって無敵の無敗の三冠バになれたの』って聞いたよね」

 

そう目の前の理想に最も近い僕は、いや理想に最も近いとボクが思っていたウマ娘は言った。

 

「僕は無敵でもなく無敗でもない、三冠も取れなかったからそれについて教えれないや」

 

そう語る僕は、どこか悲しそうな悔しそうな表情をしていた。

 

「嘘だ……」

 

「本当だよ」

 

ボクの疑問に『スピカ』の僕が答える。

だけど、ボクだからわかる。嘘は言っていない。

 

だからこそボクは信じられない。

なぜこのボクが負けて、三冠が取れなかったのかが

夢がやぶれてしまったのか

 

「な、なんで…?」

 

ボクがそう聞くと、僕は恥ずかしそうに頬を指で掻きながら答えてくれた

 

「実は…三回骨折しちゃったんだ」

 

「こっ…せつ……?」

 

骨折。

ウマ娘達が恐れ怖がるものの一つ。

一回なってしまっただけで選手生命が途切れることもあり、途切れなかったとしても多大な時間の療養期間と辛いリハビリが待っている。

 

それを…3回も……?

 

怖い。

ボクなら…ボクなら心が折れるかもしれないし考えたくもない

 

だけどそんな未来を、この未来の僕は歩んできたのだ。

つまりその未来の僕が歩んだ道は、過去のボクも歩む可能性があるということで…

 

「だから…負けて引退したの……?」

 

喉が恐怖で乾くのがわかる。

それでもボクは僕に聞いた。

 

無敵の三冠バになれず、骨折で引退。

それは、ボクの夢の終焉だから、聞かざるを得なかった。

 

『湿度』の僕と同じように、この僕も引退したとボクは思って………

 

 

「……え?」

 

『スピカ』のボクはポカンと口を開けて惚けていた。

 

……え?

 

その表情はもう2回も見ている

『専属』や『湿度』の僕が突飛な事を言われた時にする表情だ。

 

…え?どういうこと?

 

そんなボクの表情に合点がいったような顔で、『スピカ』の僕はボクに教えてくれる。

 

「なるほどね、まぁ確かにボクのいうように引退しようかと思ったけど、さっき言ったじゃないか。僕はスピカのみんなとトゥインクル・シリーズを走り抜けたってね」

 

君はおっちょこちょいだなぁ、だなんて言いながら僕はボクに言った。

 

「確かに僕は一回心が折れたよ。でも僕は諦めなかった。諦めなかったんだよ」

 

『スピカ』の僕はそうは言い、ウインクをする。

 

その表情に暗い影や絶望は感じない。

夢破れたはずなのにその顔は前を向いている。

 

3回もの骨折というボクなら心が折れるかもしれない事柄。

 

だけど、この僕はそれすらも超えてここにいる。

 

無敗は消え。

三冠も逃し。

三度の骨折を超えて、目の前の彼女はここにいる。

 

…信じられない

……信じられなかった

 

「……んで」

 

「ん?どうしたの?」

 

僕が微笑みながら聞いてくる。

一つも暗さを感じないその表情で。

 

信じられない。ありえない。

 

なんで……なんで!!

 

「なんで!そんなふうになれるのさ!!」

 

ボクは僕に対して叫んだ。

叫ばざるを得なかった

 

「無敗にもなれなかったんだよ!?三冠にもなれなかったんだよ!?それに3回も骨折したんだよ!!」

 

ボクは拳を握り込み、僕に訴えかける。

 

無敵の三冠バになれなかった。それに加えて3回も骨折した。

夢破れ、三回も選手生命を殺す可能性のある大怪我をした。

普通なら諦めるはずだ。諦めざるを得ないはずだ。

 

でも、目の前の『スピカ』の僕はトゥインクルシリーズを走り抜けたのだ。

そして…

 

「なんで…なんでそれなのに、『皇帝』みたいになれなかったはずなのに、そんなに『皇帝』みたいになれるのさ!!」

 

ボクの声が夜のターフに響く。

 

この『スピカ』の僕は、今まで見てきた3人の僕の中で最もカイチョーに『皇帝』に近い僕だった。

 

信じられない。分からない

夢破れているはずなのに、憧れの『皇帝』になれなかったはずなのに

どうやって3回も骨折から復活できたのか。

どうしてこうも『皇帝』に近いのか

まったくボクには分からなかった。

 

ポタリと音がした。

続いてその音が続いていく。

 

何かと思うと、視界が潤んでいるのにやっと気がついた。

ボクの瞳から涙が溢れていた。

頬を伝う涙が地面を濡らしていく。

 

分からないだけでボクが泣くことはないはずなのに、ボクの瞳からなぜか涙が溢れていた。

 

その涙はボクの胸中から溢れ出る感情によって誘発されているのがわかる

 

なんで?どうして?

なんで君は諦めなかったの?

どうして夢破れたのに『皇帝』みたいになれているの?

 

そんな嫉妬とも疑問とも…救いを求めるかのようなボクにも分からない感情が溢れてくる。

 

わからない。

わけがわからない……

 

 

「ほら、落ち着いて…ゆっくり深呼吸して」

 

突然ボクは抱きしめられた。

そして、落ち着かせるように背中をポンポンと叩かれる。

 

「……うん」

 

ボクはぐずりながらも息を吸い、感情を落ち着かせる

 

息を吸うごとに、暴れていた感情が少しずつ落ち着いていく。

4、5回息を吐いた時には溢れていたボクの感情は少しまともに戻っていた。

 

ボクが落ち着いたのを認識した『スピカ』のボクが笑った

 

「自分を慰めるなんて、僕初めてだよ」

 

そんな僕に対してボクも小さく笑う

 

「ボクも、僕に慰められるなんて初めてだよ」

 

そう言って二人してクスクスと笑う。

 

 

そして笑い終えると、『スピカ』の僕は言った

 

「ボクが『皇帝』みたいって言われるのは嬉しいけど実感ないなぁ…」

 

「最初君を見た時、ボク見間違えたんだけど……」

 

「え!本当!?」

 

「本当」

 

「それは嬉しいなぁ」

 

そう言って喜ぶ『スピカ』の僕を見ながらボクは訪ねた

 

「ねぇ…聞かせてよ。なんで夢が破れてたはずなのに諦めなかったの?」

 

静かな夜の芝の上を、今度は落ち着いた口調のボクの疑問が響いていく。

その疑問に対して、『スピカ』の僕は何かを思い出すような懐かしむような表情で、そしてはっきりとした信念を心に持って『スピカ』の僕は答えてくれた。

 

「周りのみんなが僕に希望をくれたってのもあるし、夢が破れてなかったからだよ」

 

「…え?」

 

思わずボクは聞き返す。

だって彼女は…

 

「無敵にも三冠にもなれなかったんでしょ?夢は全部破れて…」

 

「それも夢だろうけど、本当にそれだけだったの?」

 

僕がボクの言葉を遮り聞いてくる。

 

「ボクは誰になりたかったの?」

 

その問いにボクは答える

 

「それは…ボクは『皇帝』に…」

 

「そう『皇帝』みたいになりたかったはず」

 

「…でもそれは無敵の三冠バになれなかったから」

 

「『皇帝』は無敵の三冠バだから『皇帝』なの?それなら『専属』の僕は『皇帝』だった?」

 

「……いや、『専属』の僕は強いけど『皇帝』じゃない」

 

「そう『皇帝』は、ボク達が憧れるウマ娘は、誰かの夢を背負い、夢を見せるからボクたちは憧れたんだ」

 

『スピカ』の僕は、ボクに優しく言い聞かせるように言葉を紡いだ。

 

その言葉を聞き、僕の脳裏に一つの映像が浮かび上がる。

 

テレビに映された1つのレース。そこにはボクの視線を捕らえて離さない『皇帝』の姿があった。その走りに、その力強さに、ボクは憧れたのだ。こんなウマ娘になりたいと思ったのだ。

 

その時、ボクは『皇帝』の戦績を知らなかった。ママにこのウマ娘は『会長』だと教えて貰うまで『皇帝』について何も知らなかった。

 

そっか…

ボクの心に一つの答えが浮かぶ。

それに気がついたのか『スピカ』のボクは答え合わせをするように答えを教えてくれた

 

「あの日…小さなボク達は、カイチョーを見てこんなウマ娘になりたいと憧れた。だからそんな『誰かの夢を背負い、夢を見せる』ウマ娘になりたいという夢は、無敵の三冠バになれなかったボクでも終わってない」

「そしてそれを応援してくれる人が、諦めないでと心配してくれる人がいてくれるから、僕は諦めなかったんだよ」

 

『スピカ』の僕はそう言い優しく微笑む

 

その表情から、彼女が今まで掛けてきた人生の重みと、仲間達への信頼を感じることができる。

 

 

そうだ、ボクは会長みたいになりたいと思った。

だけれど、それは戦績だけじゃない。

その姿にも憧れたのだ。

 

 

 

だから……ボクの夢もまた、『スピカ』の僕のように終わっていないのだ

 

 

……

………?

……あ、そっか

 

 

「そういうことかぁ〜」

ボクは『それ』に気がつき思わず天を仰いだ。

 

今の言葉は、『スピカ』の僕が教えてくれた答えだけじゃない。

この夢と僕について理解……いや、思い出したから思わず溢れた言葉だった。

 

 

夢を思い通りにできない。

それはそうだ、完全に覚醒してなかったのだから

 

なんでレースが始まった瞬間元の白い部屋に戻るのか

そりゃあ、そうだよ。

 

トレセン学園の生徒達が行うレース中の競い合いなんて、まだボクは体験したことがない。

トップアスリートの勝負中の動きを間近で見るなんて『皇帝』しかボクはまだ知らない。

 

 

夢はこの夢を見ているボクが知っている事しか映像化されないのだから。

最初の一歩に躓いたボクがまだ知らない事は、夢で映像化されない。

 

 

 

 

だけれど、そんな謎解きみたいなことなんてどうでもいいや

 

今大事なのは、ボクがこれからどうするかだ。

どう夢へと駆けていくのか。

夢を諦めないでいられるのか。

 

それが一番大事なんだ。

 

僕は立ち上がり、うーっと声をあげ伸びをする。

やっと目が覚めたような、迷いを振り切ったような気持ちのいい感覚がする。

 

 

「もう行くの?」

 

『スピカ』の僕が聞いてくる。

その表情から、彼女がボクを理解していることは理解できた。

 

やっぱりボク同士だから大体のことはお互いに理解できるみたい

 

「うん、ボクはもう行くよ。これ以上待たせちゃうとみんなを困らせちゃうや」

 

「そうだね。あんなことしたから、起きたらいっぱい怒られるだろうけど頑張ってね僕」

 

そういうと『スピカ』のボクはいたずらっ子のように笑った。

 

そんな言葉にボクは、ちょっと気分が落ちて……って!!

 

「え、もしかしてボクの記憶わかるの!?」

 

思わずボクが聞くと、僕は答えた

 

「多分君の夢が覚め始めたせいだと思うけど…少しおぼろげに君の記憶を把握できるよ」

 

「えぇー!!やめてよぉ!」

 

「大丈夫大丈夫。ほとんど見えないから」

 

「……本当?」

 

「……引き出しの裏のあれは…ちょっと恥ずかしいけど」

 

「ねぇー!!」

 

ボクが怒り僕の事を捕まえようと走るが、僕はすぐに起き上がり走り逃げ始めた。

 

ボクは必死に走り、『スピカ』の僕はゆっくりとスピードを上げて逃げて行く。

 

 

「ねぇ!!ちょっと聞きたいんだけど!」

 

目の前を走り逃げる僕が聞いてくる。

『スピカ』の僕のスピードが、走り方が軽いランニングフォームから、どんどんアスリートのような走り方に変わって行き速くなって行く。

 

…たぶん、これが最後の会話になるだろう。

 

「なに!?」

 

ボクは全力疾走し、息を荒げながら返答する。

そんなボクを後ろを振り返りながら見て、『スピカ』のボクはニヤリと笑い、最後の質問をボクにぶつけた

 

「君のママの名前を教えて!!」

 

その質問の意図はわからない。

理由を問うほど息に余裕がない

だけれど、答えないという選択肢はボクにはなかった。

 

ぐんぐんとスピードを上げる僕に対して、ボクは全力で走り、その答えを叫び…

 

 

「むぎゅ!!」

 

 

白い部屋の壁にぶつかった。

 

 

最後のボクの答えが『スピカ』の僕に届いたかはわからない。

だけど、最後の瞬間

 

彼女の表情が、なにか面白いことを聞いたかのように変化したのは確かだった。

 

 

 

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