ロジック15の彼女と宇宙船『D.Q.O』の旅路   作:un_sousaku

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Nomal ED Party is over

「おィ」

 

「なあ!」

 

 不意に顔を覗き込まれ肩が跳ねた。

 

「……ああ。びっくりした」

 

 現実に引き戻された私は瞬きをして改めて声の主を確認する。

 ルゥアン星系グノーシア騒動の生き残りとしてこの船に乗り合わせた15人――いや、14人になってしまったんだっけな――の、うちのひとりである彼、沙明は、強い語気の割りには苛立った風でもなく、私が腰掛けている席のテーブルに手をついてこちらを見ていた。

 生存と出会いを記念した祝賀パーティーは大いに盛り上がった。

 冗長かつ意味不明なジョナスの締めの挨拶が終わらぬ間に乗員たちの手によって早々と片付けは済んでしまったが、ああして手を動かしていた方が気が紛れてよかったのかもしれない。

 やることの無くなった今、私は考え事がつきなくて、まだ全てが夢のようで、夢であってほしいような気もして……。

 食堂の一席に座り込んでから、もうどれくらい経っただろう。

 

「アッハ、すっげェな。んなボーッとできるもんかね。さっきからずっと声掛けてたんすけど」

「……みんなは」

「とっくに解散してるっつの。他の連中はそっとしとけっつってたけどな。俺に言わせりゃ、んなもん上っ面だけお綺麗に取り繕った無関心だわ。放置プレイがお好みかは聞いてみなきゃわかんねーだろ。なァ?」

 眉をしかめ髪をかきあげるしぐさには妙な実感がこもっていた。

 もしかしたら、幼き日の沙明に心当たるものがあるのかもしれない。

「で、ドッチ。ひとりで居んのか? 俺ァどっちでもいーですケドねェ」

 

 どっちでもいいと述べる割には無遠慮に隣に腰掛けふんぞり返る。

 私の感傷に付き合ってくれる気があるんだ。

 ちらと垣間見えた優しさは、別のループの〝彼〟とどうしようもなく重なって、こちらもつい甘えが顔を出す。

 

「ひ、ひとりにしないで……」

 

 絞り出すように一言述べると、沙明は「ん」と言って、ほんの少しだけ私に距離を近づけ座り直した。

 

「ううううゔ~~~~~~! セヅゥーーーーー」

 

 号泣だった。

 

「ほんっとになんにも覚えてないの⁉ セツのこと。誰も? ねえ無理なんだけど!」

 

 胸ぐらをつかまんばかりの勢いで詰め寄ると「ええェ……いやだから知らねェって、マジで」とドン引きされた。

 

「わたしが! ロジック15しか無いから間違えちゃったのかなあ……他にもっといい方法があったんじゃないの?」

 

 どうせ沙明にはなんにもわからないだろうからやけっぱちだ。全部口に出してぶちまけることにした。

 嗚咽が混じり、声が詰まる。

 

「もっと、もっともっとループを重ねればよかったのかなあ。わたし、もっとセツに伝えたいことがあった。もっともっと、一緒にいたかった! ねえどうすればよかったの? こんなのってないよ。セツに……」

 

 

 セツに、会いたい。

 

 

 胸の内にあるシンプルでいちばん大切な思いを口にしたら、もうほんとうにダメになってしまった。

 全身の力が抜け、とめどなく涙が溢れ、どうしようもなくて、机に突っ伏すしかなかった。鼻の奥が痛い。喉が痙攣しては、ときおり「ひっく」と勝手に声が漏れる。

 ふいに、私の髪に温かい手が触れた。

 

「会いたいならいつか会える――つってたのはジナだったか? ……ハッ、どうだかなァ。無駄に期待して過ごすのも残酷じゃねェの」

 

 人がかけてくれた希望の言葉をわざわざ打ち砕きながら、温かい手はどこまでも優しく、ゆっくりと私の頭を往復している。 

 

「誰を残してきたのか知らねーけど。ルゥアンはあのザマで、俺らが生き残ったのもたまたま。仕方ねェじゃん」

 

 

「生きてるヤツが生きてくしかねェだろ」

 

 

 低く、噛みしめるようなつぶやきは、はたして私だけに向けられたものだったろうか。

 沙明はどうやら私がルゥアンで誰かと離れ離れになってしまったと解釈したようだった。実際はそうじゃない。だけどセツのことを忘れてしまったはずの彼の言葉は、セツを失った私の胸に確かに響いた。

 いつかの宇宙で聞いた、彼の昔話を思い出す。

 大切なものを失い、後悔を抱えてでも〝生きる〟と決めて歩んできた人が今まさに隣にいることを、とても心強く思う。

 生きていくしかない。それはそう。ほんとうにそう。

 それが絶望、希望、どちらに聞こえたとしても、お構いなしに明日はやってくる。

 あたたかい沙明の手。

 少し落ち着いた私は、机に突っ伏したまま、ひとつ頷く。

 分かればいい、と言うように、沙明の手が私の背を軽く叩いた。

 

 

 ふと意識を取り戻し顔を上げたら真っ暗だった。

 どこ? 誘導灯のほのかな光を見てここが食堂だと気づく。

 いつの間にか肩にかけられていた毛布がするりと落ちた。

 あれっ? 空間転移は?

 自室に戻れとアナウンスが流れなかった?

 ってか、となり誰!

 両手で目をこすり暗闇のなか顔を近づけて確かめる。

 腕組みをして首を傾け、スウスウと寝息を立てているのは……なんだ沙明か……。

 目の前のテーブルには、メガネとゴーグルが揃えて置いてあった。

 やっぱりメガネをしていないと人相が違うな……一瞬知らない人かと思った。

 細い目が閉じて、なにも警戒していない無防備な顔。猫みたいだ。

 ずいぶん昔、私がドクターで、彼のコールドスリープに立ち合ったループでも、同じことを思ったっけ。

 ……だんだん思い出してきたぞ。

 そうだ。この船にグノーシアは存在しない。それから、セツも……。

 行き先が定まらないどころか、どの星系に向かうべきか、どこにどう報告を上げたものかと乗員の意見がまとまらない今、毎夜の空間転移も当面はないとの話だった。

 

「セツ……」

 

 泣き疲れて、そのまま寝ちゃったんだな、私。

 ポーン、と耳馴染みのある音が鳴り、控えめな緑色の光が灯る。

 

『フロル様、お部屋まで案内しましょうか?』

「LeVi、ありがとう。どうしようかな……」

 

 眠りが深そうな沙明を起こすのも気が引けるけど。

 

『お二人で、個室で眠られます?』

「えっ! いやいやいや、何言ってんの……」

『……ふふっ、擬知体(ぎちたい)は乗員のみなさまの恋路を阻害いたしません』

「いやいやいや、いやいやいや……」

『恋……なんてすてきなんでしょう。憧れますわ……』

「まってまってまってLeVi、ちょっと落ち着こっか!」

 

 私も落ち着こう。

 恋……? LeViが何を言っているのか全くわからないのだけど、グノーシア対策不要の船内はこうもユルいものなのか。

 私は一ループ平均三~四日、二百ループでざっと二年ほどの日々をD.Q.O.の乗員として過ごした。いつだって夜は不安と恐れと孤独と狂気に(さいな)まれる時間だったはずだ。グノーシア汚染対策上、部屋の外で、誰かと過ごすことなど許されなかった。それが突然このノリである。

 そりゃ、これまでいろんなトラブルがあった。沙明と私も何度か事故っているし、特別な思いがないわけではないが、私がみんなに対して抱いているのは諸々まとめて「戦友」に近い気持ちだと思う。そしてその記憶のどれもこれも全部別の宇宙のお話だ。

 ここでの私とみんなはまだたかだか数日の付き合いなんだから、私の中にしか存在しない二年間を持ち出して、勝手に恋だなんて言えないよ。

 もう一度沙明の寝顔を覗く。

 暗闇に目が慣れてきたのか、身長の割に小さな顔の輪郭や細い目や額に溢れる前髪がさっきよりうんとはっきりして感じられた。

 ……ほらなんか恋とか言われたから変な感じになるじゃんLeViー……。

 妙な緊張感が体を走り、鼓動が高まる。

 

「……ね、沙明。起きて」

 

 おそるおそる背中を二度叩いた。

 

「んー? んァー……」

 

 体を起こし、こちらを見る。

 

「付き合わせちゃってごめん。部屋、戻ろう。沙明は共同寝室だっけ」

「そうだけど。別によくね。ここで」

「ええー……」

「ひとりヤダっつったのアンタじゃん。なんもしねェよ。寝みぃし」

 

 細い目は、開いているのか閉じているのかよくわからない。

 彼は首を左右に動かし、軽く肩を回している。

 

「寝室行ったら確実にヤる」

「ここでいいです」

 

 私がかぶせ気味にお断りすると、沙明は眠気に虚ろったままベンチに落ちた毛布を拾って、わたしたち二人の膝にかけ直した。

 

「肩貸せ」

 

 おもむろに頭を寄せてくる。

 

「手ェ貸すわ」

 

 毛布をかけたその下で、私の手に、眠たげな体温を帯びた手が重なった。

 いつもだったら体で返せとか言いそうなこの人だけど。

 貸し借り無しにしてくれたのかな。

 なんだか胸が詰まるな。

 

「…………ありがと」

 

 私も沙明の方に頭を寄せて、今日はこのまま眠ることにした。

 目を閉じると、じわ、と瞼に涙がにじむ。

 

 宇宙の片隅を放浪する生き残りの寄せ集め。

 半身を失ったような痛みは、まだ到底消えそうにないけど。

 たとえこれまでのすべてを知っているのが私だけだとしても、やっぱりこのメンバーと出会えて良かったと思う。

 私は確かにループを抜けたんだ。

 セツが、私に明日をくれたんだ。

 いつかのジナの言葉を思い出す。

 

「失ったものを悲しむより、ただ喜べばいいのかな」

 

 なんで疑問形なんだろうって、あのときは思ったけど、今ならわかるよ。

 寝て覚めて、明日がやってくるのは切ないけれど素晴らしいことだ。

 だって私の明日は、セツがくれたものだから。

 私は生きていかなくちゃならない。たとえセツのいない世界でも。

 

 

 あの日々は私だけの思い出。

 これからループの無い世界で〝必ず来る明日〟を重ねて、もっとみんなを知れたらいいな。

 この手に鍵が無くたって、私はみんなと仲良くなりたい。

 そしてそれぞれの目的地へと向かって。手を振ってまた会おうと笑い合えたら。

 

 

 セツ。私の大切な相棒。

 いつか、夢で逢えたら報告するよ。

 この宇宙の、みんなのこと。わたしのこと。

 

 その時まで、またね。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

翌朝、朝食を取りに来たしげみち(おじいちゃんは早起き)から    

「どういうことなん」と涙目で問い詰められたし暫く腫れ物扱いされた。

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