ロジック15の彼女と宇宙船『D.Q.O』の旅路   作:un_sousaku

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Loop145 おやすみなさい、良い夢を

 船内の廊下に足音が響く。

 歩いているときの靴の音は、テンポが一定で考え事が捗るなと思う。

 

 ええと、乗員が10名でしょ。グノーシア汚染者は3名。バグなし。AC主義者1名。

 昨日、一日目。コールドスリープしたジナは人間だった。

 私の対抗ドクターだった夕里子が夜に襲われちゃったってことは……夕里子はAC主義者ってことかな。

 じゃあ、エンジニアのオトメとシピは、どっちかが絶対に黒!

 

 グノーシアは残り二名。私はどうもセツが雄弁すぎると思って投票したんだけど、奮わなかったなあ。

 これ、セツがグノーシアだったら今夜絶対狙われるやつじゃん? 二日目や三日目で消えたくはないなー。あー、守護天使守ってくれないかなあ。

 

 ラキオ……ラキオが守護天使だったらいいのに! ラキオなら怪しいエンジニアより私のこと守ってくれそうじゃない? 「残ってるドクターは怪しい」そういう場面で、あえての逆張りをしてくれるのがラキオのいいところなんじゃないかな。それでほら、犠牲者ゼロ、ラキオの中で私が白確定したら、かばってもらえるのでは⁉

 

 でもなー、神頼みしてらんないし……これわたし的に結構不利だなー。今日の議論が有効だったのかどうかでだいぶ話が変わってくるんだけど……。

 そうだ。いいことを思いついた。

 

 私は足を止めて踵を返す。

 

「ねえ患者さん。最近、夢見はどうですか?」

 

 後ろを歩いていた沙明は上着のポケットに手をつっこみ、“不機嫌”のラベルを大きく貼り付けた顔をして、歩く姿は星間ギャングばりのガラの悪さだ。

 

「あァ? 夢ってか、まず現実が最ッ悪だわ! 土下座までしたってのによォ……」

 うわあ、この感じは人間っぽいなー。今回はグノーシア勢の圧勝かも。

 

「世間話ならもうちょいマシに振れや!」

 沙明が捨て台詞を吐きながら横をすり抜けてゆく。私はひとつ肩をすくめると、二、三歩あゆみを早めて彼の隣に並んだ。

 

「“世間話ならもうちょいマシに振れ”ってさあ、ちょっとおもしろいからキミの遺言としてポッドに刻んでいい?」

「……ハッ、好きにしろ」

 

 コールドスリープ室の扉に触れると、中のひんやりした空気が一気に吹き出して髪が揺れた。室内はそう狭くないけれど、ポッドが密集していてなんとなく圧が強い。

 

「準備しておいてね」

 

 ひとこと指示して私も手を動かしに掛かる。旧式のデスクに旧式のモニター。まずは空いているポッドのナンバーを指定。該当ナンバーのポッドをラックから引き出して蓋を開け、予備動作を開始。……ああ、一応『コールドスリープポッド稼動手順書』にも目を通しておこう。昨日も見たけどなにか間違いがあったらいけない。

 

「……ワッツ?」

「うん?」

 

 急な問いかけに彼の方を見たら、視線がぶつかってお互いに固まってしまった。

 

「……だから、脱いで。準備」

「ヒュウッ! なんだお前かわいいとこあんじゃん。そういうつもりならはじめからそう言えよ。ンーフー?」

 

 いやいやいや艶っぽい声色で歩み寄ってくるな顔が近い!

 ジャケットの前を開けようとするな!!

 

「ちがうちがう……あっ、もしかして沙明って、長期冷凍睡眠非経験者(ストレート)?」

「ア?  いや、ガキの頃、病気だか怪我だかで入りましたけど?」

「それはたぶん医療用ポッドだわ……」

 

 長期冷凍睡眠(コールドスリープ)は遠方の惑星への移動時や緊急時に用いられる方法で、その冷凍期間は場合によっては百年単位にも及ぶ。

 だけど星系それぞれに環境も文化も全く違うから、ときどきこういう『識別年齢』と『暦』のズレがほとんどない長期冷凍睡眠非経験者、通称“ストレート”の人がいるんだ。

 

「ええと、薄着になって凍るの。装飾品はNGね。凍傷しちゃう。持ち物は……まあいいやまとめておいて。ポッド内にケースがついてるんだけど、入れるのにコツがいるの。なんかジナ曰く旧式みたいで……。スリープスタートする前に私が入れとくね」

「……へいへい」

 

 沙明が素直に服に手をかけはじめたので、私はなんとなくサッと目を反らして手元の稼働手順書に視線を落とした。昨日コールドスリープしたジナは女の子だから良かったけど、メンズは気まずいなあ……。

 

「ブーツ脱いで。ベルトは外してね。下は脱がなくていいよ」

「慣れたもんだな」

「わたし、ハンダン星系出身なの。汚染壊滅のときは別の星系に逃れて助かったけど。まだ赤ちゃんだったから、汚染リスク回避のために十四歳までは培養ポッドや冷凍ポッドを往復してたよ。ざっと三百年かかった」

「……へェ」

 

 まあいつものことだけど、私の話なんて興味ないんだろうなって返事だ。

 シャラシャラとさりげない金属音が鳴る。悪くない音だけど、小さな舌打ちが聞こえなければもっと良かった。

 

「なに? ほんとガラ悪いなあ」

「外れねェんだよ」

 

 私は持っていた手順書を粗雑にデスクへ置いて沙明に近づいた。

 日頃ジャケット一枚の彼は、上半身を露わにし、ゴーグルやゴテゴテのネックレスやブーツが取っ払われてシンプルな出で立ちとなっている。

 

「自分でつけたんでしょうに……」

「これは日頃外さねェんだっつの」

 

 背中側に回って、しゃがんでとお願いする。

 自分の髪がこぼれて顔にかかるのがうっとおしくて耳にかけた。

 男の子らしい硬い線の首筋。うっすらと、規則正しく縦に並ぶ背中の骨。襟足にかかる毛束を避け細い金色のネックレスをつまんで、ああこれは確かに外しにくいかもと思いながら指先でそっと留め具を回した。

 

「……なァ。コールドスリープしたらよ……どうなるんだろうな」

「どうかなあ。沙明がほんとに人間で、運良く船内の汚染リスクをゼロに持っていけたら……いつかは出られるんじゃない? でも、うーん……ルゥアンやこの船について報告あげなきゃ近隣星系にも降りられないだろうし、軍からの調査も入るだろうし、もしかしたら数ヶ月とか……最悪、数年掛かったりするのかもね」

 

「……セックスしね?」

「……ええ? とつぜんだなあキミは。……しないよ」

 

 これが145回目のループだけど、いまだかつてない直球かつ雑なお誘い(セクハラ)であった。いつもならチャラかったりカッコつけてたり弱ってたりするのにさ。

 チリ、とネックレスが外れる。私はそれを大事に手繰ってまとめ、取れたよ、と声をかけた。

 ……しかし、反応がない。

 

「沙明?」

 

 名前を呼んで顔を覗き込むと、さっきまでの態度の悪さはどこへやら、膝立ちの彼は血の気の引いた顔で呆然としていた。

 

「どしたの?」

「……普通に怖ェ」

 

 ああさっきのは“弱ってた”パターンのお誘いだったか。

 自分の感覚とは随分温度差があったみたいだ。

 私は沙明の正面に回って、少しでも安心できるようにとその手を握ってやった。

 

「……大丈夫だよ。こわくない。私は何回もしてる。オトメもヒヤッとして気持ちいいって言ってたじゃん」

「オトメんなこと言ってたか?」

 

 しくじった。それは別の宇宙の話だった。

 

「……汚染が制圧できなかったら、どーなるんだろうな」

 

 その声のトーンはいつになく深刻で、私はただ言葉を失って視線を彷徨わせるしかなかった。

 そもそも“これから”なんて私に聞かないでほしい。グノーシア汚染を制圧できてもできなくても、出口を見つけない限り私とセツのループは続く。今の私には“未来”なんてないのに。

 

「あのさあ、沙明。起こってもいないこと考えるの、やめよ?」

 

 悲しみと、少しの抗議を込めて。沙明の不安気な目をしっかり見つめてそう述べた。

 

「悪ィ……」

 

 返事が上滑りして空気に溶けてく。やっぱ今回のこの人、人間なんだろうな。

 私は握っていた彼の手を解いて、さっき外したネックレスを押し付けるように渡してやった。気まずい沈黙だけが部屋を流れてゆく。

 

「……ヤメだヤメ! マジ悪かった。俺様らしくもねェ」

 

 突然、沙明は何か吹っ切れた様子ですっくと立ち上がった。すぐに彼の手が伸びてきて、私も引っ張り上げられる。

 

「お前も、んな顔すんなよ。美人が台無しだぜ?」

 

 不敵な笑みを浮かべて彼が言う。美人かどうかは知らないが、そこそこ酷い顔をしていたのだろうか。私は両の手で自分のほっぺをもちもちとこねた。

 

「ヘイ、フロル。いっこ頼みてぇコトあんだけどさ」

「なに?」

 

「俺の里、クッソ辺境なんだわ。船からじゃ到底通信は入らねェ。人間でもグノーシアでもこの際いいわ、お前は死ぬ気で生き延びろよ。んで、どっかの星系に降りたら、なんか俺の持ち物ひとつ送ってやってくれや。母親あたりは流石に泣いてるかもしれねー。“No worries”って一言添えてくれ」

「……わかった。がんばるよ」

「ヒュゥ、そうこなくっちゃなァ!」

 

「ゴーグルでいい?」

「トゥー・バッド。母親イイ顔しねェのよ……」

 

「メガネ」

「ヤメロ。目覚めたときに俺が困んだろ」

 

 絶対にわかりやすい、一発で沙明だと伝わるアイテムだと思ったんだけどな。

 

「んじゃ、コレ」

 手渡されたのは、さっき外した金のネックレスだ。

 

「惑星アースラ。そんだけで届くわ……頼んだぜ」

 私は手のなかで鈍く輝くチェーンをまじまじと見た。

 

「さてと、おとなしくオネンネするとしますかね」

 

 沙明は目を伏してメガネを外すと、丁寧に左右のつるを畳み、まとめた服の上に優しく置いた。およそソファに足を乗せていた人の行動には見えないし、明るく振る舞っていてもやっぱり半分くらいは、このコールドスリープが自分の「死」になると覚悟しているのかもしれない。

 怖い、よね。わかるよ。すっかり慣れちゃった私のほうがおかしいんだと思う。

 

 沙明は髪をかきあげて辺りを見回している。スタスタと歩いてポッドに近づき、腰を屈めて、何かを手探りで探しているようだ。あれは、何をしているんだろう。

 ガン、と鈍い音が響くのと「デッ!」と虫の潰れたような声が上がったのは同時だった。

 ポッドの縁で脛を打ったらしい。申し訳ないんだけどあんまりにも鈍臭くてブーッと吹き出してしまう。

 

「え、いまのなに? そんなことある?」

「メガネ外すとなんも見えねーんだよ!」

「えっ! そういうものなの!?」

 

 メガネって単なるアクセサリーじゃなかったのか!

 

「それならそうと、もっと早く言いなよ!」

 

 私は慌ててポッドに近づき、彼の手を取った。

 ここが縁。右足、左足。……うまく導いてポッドに座らせたけど、握っている沙明の手が少し震えているのに気がついてしまって、どうしてあげたらいいのかわからない。手が、離せない。

 

「……なァ、ダセェこと言ってイイか? これやっぱ普通に怖ェわ」

「うーん、どうしたら怖くなくなる?」

「アンタが熱いベーゼのひとつもくれりゃ、治るかもしれねェな」

「ええぇー……」

 

 ちょっと情をかければこれなんだからどうしようもない人だ。……でもまあ、このループ、この宇宙の沙明と顔を合わせるのは今が最後だろうし、『一生のお願い』として聞き入れてやってもいいかねえ。

 フゥ、と短い溜め息をもって「しょうがなしだ」の意を伝える。私は彼のほっぺに軽くキスをした。

 

「んだよ、シケてんなァ」

 したらしたで調子に乗って口元をトントンと指差すんだもんなあ。呆れて笑っちゃう。

 

「しないよ。するわけないじゃん。そんな恋人みたいなこと」

「んじゃ、今なりゃイイだろ? お前やっぱいい女じゃねェの。俺とヤんのと空間転移が始まんのとドッチが早いか賭けようや。 ン?」

「ねえ棺桶みたいなポッドに片足どころか両足突っ込んでる人がなに言ってるの?」

「最後だから言ってんだよ……」

 

 真剣な声とともに繋いでいた手に力が込められた。目が合っている状態に耐えられなくて私は苦笑いを落とす。

 

「……ばか。最後とかいわないで。全部終わったら、ちゃんと解凍してもらえるって」

 

 沙明の指が私の頬を撫で、耳のふちをなぞり、髪をかき分けて頭の後ろへとまわった。

 

「ソレじゃ返事になってねェわ……」

 

 返事、とは? 私はなんの返事を求められていたのだろうか。

 はて、と思い返しているうちにゆるりと影が揺れた。

 吐息の掛かる距離。

 この部屋が寒いからだろうか。合わさった唇は随分熱く感じた。

 

 顔が近いな。こんなに間近でこの人の目を見たのははじめてだ。

 黄色に薄いグレーのかかった、小さな瞳。心細そうに光が揺れている。

 まだ眠りたくないとお願いするみたいに、沙明はいつまでも私を見ていた。

 

「……沙明。また、会おうね。約束」

 

 どうにか安心して眠ってほしくてそう告げる。

 ループすればきっと私はこの宇宙から消えてしまう。キミが目覚めたときには私のことなんて覚えてないかも。そして私が次にキミに会う宇宙だってやっぱりキミは私のことなんて覚えていなくて、また“はじめまして”からやり直しなんだけどさ。

 

「ヒュウ、ゴキゲンだなァ! そりゃオーケーサインと受け取るぜ!」

 そう言って両の手をヒラヒラさせ満面の笑みを披露する彼を、私はとても嬉しく思った。

 

「今度はましな世間話、用意しておくから」

「夢見はどうですか? ってまた聞けよ。ま、この分じゃ悪い夢見ねーだろ」

 

 無理はしてなさそうに見える。すっかり普段の調子を取り戻したみたい。

 果たせなさそうな約束でも、こういうときは役に立つね。

 

「俺が起きなかったらお前が最後のラヴァーだわ」

 

 快適なベッドに寝転ぶかのような余裕の態度でポッドに収まったのを確認して、私は立ち上がり、蓋に手をかけた。

 

「調子いいなあ。腕下げて。閉めるよ」

 

「なあフロル」

 なに? と、彼を見やった。

 

「オヤスミ」

 目を細めて笑っている。

 私もにっこり微笑んで「おやすみなさい、良い夢を」とさよならした。

 

 

 

 

 

 

 コールドスリープ処置が無事に済み、部屋はすっかり静かになった。

 

 私はいま、雰囲気で入れ忘れてしまった彼の衣類をどうしようかと思案している。

 

 今ならまだ間に合うからコールドスリープを止めて中に入れてもいいけど、どんな顔で会ったらいいのかわからないぞ。困ったなあ。

 

 彼の服の上に行儀よく座っていた黄色いメガネを手に取る。

 

 つるを伸ばしてみた。これがないと目が見えないと言っていたけど、電子装置はついてなさそうだ。

 

 いつも彼がしているように耳にかけてみる。

 

 

 

 

 視界がぼやけて、なんにも見えない。

 

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