ロジック15の彼女と宇宙船『D.Q.O』の旅路 作:un_sousaku
グノーシア汚染対策会議二日目。いつもより少し早く起きて朝支度を終えた。
肩に当たって跳ねた右側の髪が直らないけど、まあいいや。今日は大事な用があるのだ。
私はこの時間、船内でもっともアツいスポット、食堂へと向けて足取りを弾ませた。
宇宙空間を漂うD.Q.O.船内は、地球時代の自然環境にならったグリニッジ標準時刻を基準に明暗が制御されている。朝食時の食堂は地上の朝を思わせる明るい光に満ちていて特に気持ちがいい。
足を踏み入れると、入り口の近くですぐに私の姿を見つけてくれた人がいた。
「フロル、おはよう」
「おー! おはようセツ!」
自然とお互いに歩み寄る速度も上がる。
この船内ではこうして朝また会えるのは特別なことだから。
「わたし、朝の食堂でセツに会うの初めて!」
「……ああ。朝はあんまり、ね……ただ、今日は、一人でいたくなくて」
「どうしたの?」
「昨日、夕里子がシァメン星系の
「うわあー、キッツ」
「そして……ついに昨夜は……夢に……豚人が……」
言葉がとぎれとぎれになり、セツはみるみる元気を失ってゆく。
これまでセツのいろんな表情を見てきたけど、青ざめて口を押さえている姿は初めてかもしれない。夕里子が語るシァメン星系の豚人の話はめちゃくちゃ怖いから、無理もないな……セツが気の毒だ。
「あー、でもでも、セツ。角度を変えて考えてみようよ。夕里子はどこかで豚人の話を知って〝うわあー、豚人めっちゃこわ。この身的にマジ無理〟って思ったから、怖い話として私達に話してくれたってことでしょ? あの夕里子がだよ? かわいくない?」
「……なるほど」
「うん。シァメンの豚人は怖いけど、〝夕里子が〟かわいい話なんだよね、あれは。そう考えたら、もう嫌な夢見なくて済みそうじゃない?」
「……ふふっ、確かにそうだね。ありがとう。君にはいつも助けられてばかりだ」
「いやあ、そんなことないよ。私だっていつもセツに助けられてばっかり!」
「せっかくだから、情報交換しておこう」
口頭で情報を交わす。
私は今回が42回目のループ。セツにとっては76回目のループだそうだ。お互いに乗員だと分かった瞬間、胸に湧き上がる喜びから何度もハイタッチしてしまった。
信頼したい相手を信頼できるのは、この船の中で何よりも幸せなこと。それをわたしたちは心の奥底から知っている。
「おっ、君たちなにしてんの? 僕も混ぜてよ!」
通りすがりのコメットが私達の間にヒョイと顔を覗かせた。
特に意味はないが、三人で何度もハイタッチしてぴょんぴょん飛び跳ねた。
「そうだ! コメット朝ごはんこれからだよね。何食べるの?」
「んー、今朝はマルの気分だな!」
『マル?』
私とセツの声が唱和した。
コメットがオーダーし、フードプリンターから出てきたそれは、どう見ても完全完璧な白い球体だ……。
お皿の上でコロコロと転がりかける球体を、コメットはさも慣れた手付きでバランスを取りながらテーブルへと運んでゆく。
「なんだよなんだよ、そんなに見つめちゃってサ」
「だってあまりにも、丸で……」
「うん。丸、だね……」
「だからマルだろ? 僕の故郷の料理はムリだってLeViがゆーからみんなに合わせてフツーの朝ごはんにしてんの! 食べたいなら一口やるけどさあ。あとは自分でもらってきなよ!」
コメットはテーブルにお皿を置くと、こちらが食べたいとも食べたくないとも言っていないのに球体をブチンと手でちぎり取り、私達の口へとポイポイ放り込んだ。
なんだろうこれは……無味無臭でモキュモキュと……いや、噛んでいると、かすかに発酵食品のような風味を感じる。
「あーあ、せめてスパイスだけでも出してくんないかなー。でもまー、プレーンなマルもいいよな!」
コメットは頬を膨らませて文句をたれつつも、丸をちぎってはパクパク食べていた。
「やっぱマルはうまいよなー。もう一口いる?」
「うん……コメット大丈夫。ありがとう。また後でね!」
私は謎の物体を頬張るコメットに別れを告げ、セツの手を引いてそそくさとテーブルを離れた。
「セツ、セツ。聞いて」
食堂を奥へと進みながら、私はセツに耳打ちした。
前回、41回目のループ時に「ジナは朝ごはんにおみそ汁と目刺しを食べた」という情報が銀の鍵に刻まれたこと。みんなの食生活を観察すれば、もっと情報が集まるかもしれないと考えたこと。一日目だと不自然だから、あえて二日目の今日を狙って食堂へリサーチにきたことを打ち明け、改めて「セツも一緒にどう?」と誘う。
「……それは全く考えてもみなかった。すごいよフロル。やっぱり君と居ると、自分にはない発想が出てきて助かる。早速取り掛かろう」
向こうを見ると、しげみちとジナが同じテーブル席に着いている。
ちょっと行ってみよう。
「おはようございまーす。セツとフロルの〝突撃となりの朝ごはん〟でーす」
「よっ、おはようさん! ふたりとも元気だな!」
「セツ、フロル、おはよう。今日もまた、会えたね」
ジナが微笑みを浮かべ目を細めた。
「ジナは何を食べているの?」
「おみそ汁と、卵焼き」
これが噂のおみそ汁か。汁はわかる。スープのことだ。ミソはわからない。ジナの器に入っていたおみそ汁は確実にヤバいドブ色をしていた。だけど黄色いふわふわの卵焼きはとても美味しそう!
それよりも、問題なのはジナのお向かいにいるしげみちのお皿だ。
……完全完璧な白い立方体が乗っている。
「しげみち、突然だけど、今からそのお料理の名前当てていい?」
セツ、と隣に視線を送れば、キリとした眼差しと力強い頷きが返ってくる。
「せーの」
『シカク』
うん。ゆび指す仕草も声も完璧に揃った。
「あー、うん、惜しいな! ほぼ正解。ほぼほぼ正解だな! これは豆腐って言うんよ。でもまあ三文字だし、イントネーションも同じだからな! 正解だわ! ふたりとも、グッジョブ‼」
しげみちは親指を立てて褒めてくれた。
「しげみち。冷や奴とお豆腐のおみそ汁と納豆だと、色々食べているようで大豆しか食べていないことになると思う……」
ジナが唱えたのはまるで呪文のようだったけど、眉をひそめる様子からして、しげみちを気遣っているのだろう。
私がシカクを見つめていると、「食べたことないん?」としげみちに首を傾げられた。
「ないなあ。どんな味がするの?」
そうして興味本位で私とセツで一口ずついただいたのだけど、丸と同じく、シカクも無味だった。……いや、かすかに草の味がするような? けれどそれを確かめる間もなく、シカクだかトウフだかは一瞬にしてグズグズと崩れ、喉の奥へと流れていった。
うーん、よその星系の食文化は非常に興味深い……。
「よーォ、朝からお揃いで」
セツと顔を見合わせてトウフの食感に難しい顔をしていると、爽やかな朝に最も似合わない人物の声が聞こえてきた。
振り向くと、トレーに湯気立つ器を乗せて沙明が立っている。
「おはよう……。え、なんで? 赤ちゃんのご飯じゃん」
「うん。それは赤ちゃんのご飯だ。私でもわかる」
セツが引いてる。まあ私も引いてるけど。
彼の器には、もはや形状を成していないゲルだがゾルだかが詰まっていた。
「ウェウェウェウェイ、中華粥と杏仁豆腐だよフツーだろ⁉ 知らねーのォ⁉」
「いや、どう見ても宇宙標準の〝赤ちゃんのご飯〟だ」
セツの言葉に合わせて私もうんうん頷く。
「違ェッつの! なんならセツ、確かめてみるか? なァに、俺が口移して食べさせてやるから遠慮するなって!」
キモッチワル……と、喉元まで出かかったが流石に失礼すぎるのでぐっとこらえた。
変なことを言って議論で目をつけられたくもないし……などと私が思っている間に仕事の早いセツは沙明を腕で締め上げているのであった。いいぞ。
「ギブギブ‼」
沙明はゲッホゲッホと咳をして、言葉ひとつ残すこと無くヨロヨロと立ち去っていった。
まああの人の場合これ以上なにも喋らないほうがスペースデブリにならずに済んでいいんじゃないだろうか。
「セツー、これどうする? あの人が口つけてたら最悪だったけどまだ大丈夫そうだし、食べちゃう?」
「そうだね。元は合成材料とはいえ貴重な資源だ。いただこう」
カウンターからスプーンとお皿を取ってきて、わたしたちは沙明の残していったご飯を頂戴することにした。
確かめた結果、やっぱり見た目も味も赤ちゃんのご飯そのものでお腹に優しい感じだったけど、アンニンドウフと呼ばれていた付け合わせは甘く冷たくさっぱりしていて美味しかった。
セツはアンニンドウフをいたく気に入って、ひとくちひとくち顔をほころばせて食べている。私は見ているだけで幸せな気持ちになってきて、自分の分もどうぞと差し出した。
乗員の中にはご飯を食べる習慣のない人もいる。食堂ですべての人に会えるわけじゃない。メインコンソールに集まれば今日も誰かがいなくなったという悲しい報告を受けるのだろうけど……美味しそうにスプーンを口へと運ぶセツを眺めて微笑む、このささやかな時間を大事にしたいから、嫌な考えはできるだけ頭の隅に追いやろうと努めて過ごした。
メインコンソールへと繋がる通路を行く。
セツと自分の足音が時折重なったり離れたりして聞こえる。
乗員15名。グノーシア3体。エンジニア、ドクター、AC主義者各1名、バグなし。
昨日、一日目にコールドスリープしたのは夕里子。
情報の不足するなか議論は錯綜するわ雑談は挟まるわで大変な票割れを起こした。
三票を投じられた彼女の敗因は、ひとえにシァメン星系の
加えて、昨夜セツが豚人の悪夢を見たのは、最近のループでたびたび豚人の話を聞かされ無理が極まって夕里子に一票を投じた結果、彼女をコールドスリープさせてしまった罪悪感が原因ではないかと私は睨んでいる。
……最近わかってきたことだけど、セツってちょっとそういうところがあるなと思う。
両サイドに青く光の灯るゲートを潜り、開けた空間に到着すると、すでにいつもの顔ぶれが揃っていた。
私、セツ、SQ、ラキオ、ジナ、しげみち、ステラ、レムナン、シピ、コメット、ククルシカ、ジョナス……オトメが、いない。
あの子は議論の場に遅れてくるような子じゃない。
「セツ様、フロル様。……昨夜、オトメ様の生体反応が失くなりました」
ステラは悲しそうに眉を寄せている。私達はただ言葉無く、頷いた。
「……じゃあ、始めようか。敵を――」
「待ちなよ。まだ揃ってないンじゃないの?」
セツの言葉をラキオの張りのある声が制した。
「んー、沙明がまだ来てないのよねー。どっかで見なかったかニャ?」
続けてSQが首をかしげた。
今朝食堂で見かけたと報告したが、その後、誰も彼の姿を見ていないようだ。
……まー、んー、まー、んー!
だいぶ悪いことをしてしまった自覚はあるけれど、どうしようか……。
隣のセツを見れば気まずそうに視線を反らしている。
これで議論を欠席した沙明のコールドスリープが決まろうものなら、夕里子の件に続いてセツがどんな悪夢にうなされるかわからないぞ。んー……ここは私がいっとくか!
「あの、まだ集合時間前でしょう? わたしたち、探して連れてきます。実は今朝、食堂で沙明にヘッドロックかけたうえ朝食を横取りしてしまって。それでどっかいっちゃったのかもしれない」
「おやおやおや、おやおやおや意味が解らないな本当にわからないな随分と酷いことをするんだね? 君たちがどんな意図を持って加害に及んだのか、はたまた三人で結託して何を企んでいるのかも判らないのにわざわざ猶予を与えるメリットがどこにあるンだい」
ラキオが虫を見るような眼差しでセツと私を責め立てる。
少し離れた席から援護してくれたのはシピだった。
「ラキオ、まーそうカリカリするなって。時間前なのは事実だしさ。誰だって仲が良けりゃー喧嘩することくれーあるだろ?」
カリカリは猫のご飯だけで十分、とのシピの穏やかな主張に何名かが同意を示し、私達は沙明を説得しに行くことになった。
LeViによれば、彼は船内前方東側の共同寝室に居るとのことだった。
共同寝室の入り口は静かでほの暗い。
セツに、どうする? と指で合図をすると、戸惑いの表情で首を横に振った。
私も彼のことは苦手だけど、セツはものすっごーく彼のことが苦手だし、逆に彼はものすっごーくセツのことを気に入っている。なんとかセツが嫌な思いをしなくて済むよう立ち回りたい。
私は二、三歩奥へと進み、ひとつ息を吸って声を張った。
「沙明、いる?」
ゴン、と、鈍い音がした。「いる」の合図だろうか。
程なくしてカプセルルームから降りてきた彼は無表情で、この場所の暗さも相まってどこを見ているのかわからない。
「あー、えと」
「ナニしてた」
一瞥もくれずにスタスタと歩き出した彼の後ろに続き、私とセツもメインコンソールへの道を急いだ。
ひええ、こわ。めっちゃ怒っているのでは。「いる?」じゃなくて「ごめんなさい」を先に言った方が良かったかな。もうこれ今更なにか声かけられる雰囲気じゃないぞ。
メインコンソールへ立ち入ると、十名十通りの視線がこちらに向けられた。ラキオの眼差しはひときわ厳しい。他にも複雑な表情を浮かべている人がちらほらいる。
ここを出るときは思い思いにバラけていたみんなの距離は縮まっており、すでに議論が始まっているような雰囲気だった。
「いま君たち三人をまとめて
ラキオが顎を上げこちらを睨んだ。威圧と軽蔑の念が色濃く滲んでいる。
ククルシカは、それも仕方がないのかもといった様子で私達から視線を反らした。
冷凍? 私達が?
せっかくセツと二人で乗員として情報を集められそうなループなのに。
でもこういうときにすぐ抵抗を示すのはかえって怪しまれるんだ。私はこれまで41回のループでそういう失敗を何度もしてきた。
ぐっと口をつぐみ、今は耐えるしかない。
「あ、あの……」
消え入りそうな声で物申したのは、レムナンだ。
「ラキオ、さん。でも……このままだと、何も、情報が集まらない、ような気も……」
レムナンの言葉を受け、一理あるといったようにSQとコメットがそれぞれ考えこむ仕草をした。
ジナが小さく手を上げる。
「私も同感。まだみんなのこと、よく分からないから」
ステラは事の成り行きを見守るようにみんなをまんべんなく見渡している。
少しの沈黙のあと、この船の船長、ジョナスが口を開いた。
「フフ、情報不足、か。あまり焦らさないでくれよ。名乗り出る頃合いだぞ、エンジニア?」
凍った空気を割るように明るく手を上げたのはSQだ。
「はいはーい、SQちゃん実はエンジニアなのです! グノーシア発見しちゃうZE!」
「待て待てい! エンジニアはオレだけだぜ? SQは怪しいぜコイツぁ!」
(しげみちの嘘に気付いた・・・)
(しげみちの嘘に気付いた・・・)
(しげみちの嘘に気付いた・・・)
(しげみちの嘘に気付いた・・・)
(しげみちの嘘に気付いた・・・)
(しげみちの嘘に気付いた・・・)
視線が…………
一挙にしげみちへと集中した。
「……おっ? なんだっ?」
当のしげみちはキョロキョロとあたりを見回している。
「……だーれもしゃべらんのな。このまんまじゃキツいわ。次行こうぜ、次!」
しげみちがコールドスリープしました
議論終了後は近くの部屋の人と二人一組で戻るのが通例だ。
頭の後ろで腕組みをして意気揚々と歩くコメットとは対象的に、私はハチャメチャにぐったりしていた。
「へっへっへ、思ったより早く決着ついちったね~。フロルもラキオに目つけられて災難だったなー」
「いやもう焦った~。しげみちには悪いけど、正直助かったわ……」
「あとウソつきは、ふたりか、さんにんだな! 誰がウソついてるかまだわかんないけど今日のとこはいい仕事したんだし、ひとっ風呂浴びて休もうぜ」
「うん。そうだね」
みんなしげみちに投票してるのにラキオだけは私に票入れてたなあ。明日も追及されそうで気が重い……。
「やほー、フロルおつかれー!」
「ドゥフ」
SQが後ろから軽くタックルかましてきたので私はドゥフになった。SQとペアで帰るジナも静かに横へと並ぶ。
「ねねね、夜まで時間ありすぎるし女子会しねっ?」
私の肩に腕を乗っけてSQが言う。誰が疑わしいか……それぞれに思惑はあるだろうけど、議論を引きずって空気を重たくしないのはSQのいいところだと思う。
「さっきコメットとジナが話してた……んー、なんだっけ」
「みたらし団子」
「ああ、マルのハナシ?」
「そそ、食堂でスイーツパーティしようZE!」
また丸‼
「え、なになに? どういう話?」
私はコメットとジナの顔を交互に見た。
「二人がいない間、フロルとセツは僕のマルをちょっと食べただけで別に不審じゃなかったぜってハナシしてたんだよ」
「そそ。コメットとしげみちがラキオに反論してたんだけどラキオめっちゃ機嫌悪くて怖かったよ~ブルブルブル」
しげみち……庇ってくれてたのか……なんかもう、ほんとごめん。
「でさー、ラキオがフンイキ悪くするからしばらく雑談してたんだけど、みんなマル食べたことないっていうんだよ! ウマいのにさあ!」
「マルは……私の故郷の、お団子に似ているかもしれない」
「はー、それで食べ比べのスイーツパーティか。いいねえ!」
ちょうど乗員のみんなの食情報を集めているところだし、それでなくとも楽しそうなので私も乗っかってみることにした。
「でも、美味しくないと嫌……かな」
ジナが困ったように言う。
うーん、船内のご飯は合成材料で賄われているからどうしても天然物と比べて味が劣るし、あのフードプリンターがいつ時代のものかわからないけど精度が微妙でさらに質が落ちるんだよねえ。
私もどうせならおいしいものが食べたい……。
「んー……せめて、自分たちで作る?」
『それだ!』
私の提案に三名が乗っかった。
――で。それがどうしてこんな騒ぎになってしまったのか。
いま、乗員の大多数が食堂に集結している。
あの後、食堂でお料理は可能かとステラに相談したら、一緒にいたククルシカがなにかひらめいたと私達の手をグイグイ引いて、そのままジョナスの元へと導かれた。ククルシカがシュバッ、ピピピ、ビロビロ、と活海老のようにリアクションを示すと、ジョナスは「ふむ、悪くない」と一言。突然張り切りだして乗員を集め、何やら重たい荷物を運び出して、上を下への大騒ぎ。
ステラは船内放送で確かこう言っていた。
『食堂で餅つき大会をします』と――。
「フロル‼」
血相を変えてセツが近づいてきた。
「あれ! この間格納庫で見た拷問器具でしょう⁉ どういうことなの⁉」
格納庫? 拷問器具……? 全く身に覚えがなかった。そもそも私はセツと格納庫に行ったことがない。
「スイーツを作る道具だよ。これからみんなで作るの」
「臼と杵」
ジナが隣で頷いた。
「えっ、あのとき〝信じられない、最悪〟って二人で……あれっ? ……また私は失敗したのかな……」
セツは何か考え込んでしまった。
「スイーツ? ……人肉をすりつぶすわけではない?」と、ブツブツつぶやいている。
うん。よくわかんないけど、たぶん私はいつか別のループでセツと格納庫へ行くことになるんだろうな。スイーツを作る道具だって知っていても、黙っておこう。その方がおもしろいから。
〝臼〟と呼ばれる大きな器に、合成材料の粉や、粉や、粉や粉が加えられてゆく。それだけで一部の乗員から「おー」と感嘆の声が上がった。
千年前の宇宙ではご飯は各々が作るものだったそうだけど、今ではお料理は趣味でやるものだ。初めて見る人も多いのかもしれない。
そうそう、お餅をお料理するにあたり火傷しないように材料を捏ねる〝杵〟という道具があるんだけど、これがどうかしているんじゃないかってほど重たかった。
お餅つきを始める前に興味本位でみんなで触ったりしていたんだけど、セツが羽のごとく軽々持ち上げた一方で、SQなんかは重すぎてバランス取れずに尻もちついてたし、シピは「猫よりちょい重いか?」と言い、沙明は「マジだわ子ザル並みじゃん俺パース」と早々に力仕事から離脱宣言していた。
……そういえばすっかりいつもの調子に戻っているようだけど今朝のはなんだったんだろう。普通に二度寝して寝坊かな。まあこのままでは申し訳ないので、明日以降の議論で沙明が疑われてたら庇っておこうかね。
ジョナスが「諸君、危ないからむやみにブルーシート内に立ち入らないように!」と注意を促している。いつになく活き活きしているなあ。
ジョナスとシピとレムナンが着ている、あの民族衣装はなんだろう。
「あの服なに?」と私が声を発したら、ジナが「ハッピ」と教えてくれた。
へえ、ハッピか。ハッピーみたいで縁起がいいね!
「こういうのは、得意なので……」と、重たい杵を器用に扱い、ハッピ姿のレムナンがぐいぐい粉を潰してゆく。ときどき、同じくハッピ姿のシピが手水を注した。
はじめは穏やかな光景だったが、次第にレムナンの表情が険しくなり、やがては親の仇と言わんばかりに粉を叩き潰してゆく!
「ふふっ、ふふふふっ……謝れ! 謝れ‼ 今まで僕を侮ってきたこと! その目ッ! 全部、全部ッ‼」
「おいおい、アブネーって」
シピが静止しても止まらない。バーサーカーと化したレムナンがベッタンベッタンと餅をついている‼
「諸君、レムナンを取り押さえたまえ!」
「いや無理だろオッサン! ヤバすぎて近づけねェって!」
シピが機転を利かせ、「よっと」とレムナンの足元に手水を撒いた。
レムナンはつるりと滑って足が天へ、頭が地へとド派手にすっ転び、ついでに杵から伸びていた餅を被る羽目になった。
「ははっ、悪ぃ。頭打ってちったぁ冷静になったか?」
シピが二つの意味ですっかり伸びた、餅まみれのレムナンを覗き込んでいる。
「は、はぃぃ……」
目を回したレムナンもどうにか正気を取り戻したようだ。
……思いがけず闇深さが垣間見えてしまったが本件は未来の自分に託すとしよう。闇深すぎるので。
レムナンがかなり丁寧に粉を潰し混ぜてくれたので、あとは乗員で順番にお餅つき。みんな初めてにしては上手だと船長ジョナスからのお墨付きをいただいた。
こうしてみんなでひとつのことをしていると、この中の誰かが敵だなんて信じられないな。そういえばラキオはどうしているだろう。自分の意志で混ざりたくないならしょうがないけど、ここにいないのは残念だな。しげみちや、オトメや夕里子もいたら、きっともっと楽しい。
そう思いながら眺めたセツの華麗な高速餅つきは、まるでセツ自身も日頃の言いに知れないあれこれを晴らしているかのように感じられて、私の目に特に鮮やかに映った。
「やれやれ騒がしいな……君たち一体何をしているンだい?」
おっと、噂をすれば影が差すとはこのことだ。
食堂の入り口から音もなく現れたのは……うん、足音などするはずもない。生まれたままの姿のラキオだった。
「シャワー室まで馬鹿騒ぎが響いていたよ。……はン、まさか僕を除け者にして談合を練ろうって訳じゃないよね。まあ君達がいくら団子になって談合を練ろうともまともな結論を導き出せるとは思わない。無駄な行為と言わざるを得ないね、全く……」
「ラキオ、団子じゃなくて、お餅」
ジナがいつになくはっきりとした口調でラキオを諭した。
「……ってか裸キオ、服着た方がよくNE?」
「ラキオ様、その雄姿では、風邪をひいてしまいます」
「フルモンティで転ぶと怪我すっぞ」
「ん? 餅が食いたいのか? 取っておいてやるから服着てこいよ」
子どものように注意されたラキオはしばらく訝しげにこちらを見ていたが、餅まみれのレムナンも着替えが必要ということで「はい行きますよラキオさん」と促され、仏頂面のまま小さなお尻をぷりぷりさせ一時退場していった。
さとうじょうゆ。きなこ。ダイコンおろしじょうゆ。
ジナのおすすめの食べ方だそうだ。
コメットは食べ比べ用にフードプリンターでまた謎の丸を生成した。
これがまた……お餅つきの間にみんなでつまんでみたものの、あまり評価がよろしくなく……。
〝丸〟とは一体どこの星系のどんな食べ物なのか。皆目検討がつかないままなのだけど、ひょいと口に含んだシピが「味はフロマージュブラン、食感はカチョカヴァロに近いか?」と謎の言葉を発し「足りねーのは、うま味と甘みと酸味。ははっ、つまり全部だな!」と、言うやいなや、薄く伸ばしたお餅に調味料を足したトマトソースを塗り、スライスした丸を乗せて焼いて〝餅ピザ〟なるものを作ってくれた。
みんな食堂のあちこちで、うまいうまいとお餅を食べている。
本当に美味しいの! もちもちしていて、あったかくて、ふわふわで。
表面をこんがりきつね色に焼いたジナおすすめのさとうじょうゆ餅は、香ばしくてじゅわっと甘じょっぱくて最高。
シピの餅ピザは、パリッと焼けたところの歯ごたえともっちりとした食感にトマトソースや丸の深みある味がプラスされていて最高。
服を着て再び食堂に現れたラキオの前にコト、とお餅の載ったお皿が置かれた。
食べて、と、ジナが促す。張り合うようにシピが餅ピザのお皿を隣に置いて「これもいけるぜ」とラキオに勧めた。
ラキオとは背中合わせに位置する席にいた私は、シートに膝立ちし身を乗り出して様子を観察することにした。
パーティーなのだし、お行儀の悪さには目を瞑ってほしい。だって気になりすぎるでしょ。ラキオがお餅を食べるかもしれないよ?
周りも同じ考えのようで、都会の星系にあるホログラムサファリショウのようにみんなお餅をつっつきながらラキオの様子を窺っている。
ラキオは怪訝そうな顔をしながらも、その手にしっかりとフォークを握っていた。
さとうじょうゆ餅にグイとフォークを立てる。一瞬、お皿から持ち上がってボトリと落ちた。
ラキオの表情が一層難しさを増し、じりじりと苛立ちのオーラが発せられる。
「す、すみません……あの、大きすぎる、のでは……」
ラキオのお隣のレムナンが言う通り、ジナのお餅は特大だった。
向こうの席から優美な足取りでククルシカがやってきた。
ラキオに向けて挨拶するようにニコッと笑うと、右手にナイフを、左手にフォークを取って、無駄のない美しい動きでお餅を小さく切ってゆく。
さとうじょうゆでツヤツヤ光るお餅のかけらをフォークに乗せ、ラキオの口元にすいっと差し出し、「これなら食べられるよ」と言うように、もうひとつ笑顔を振る舞った。
ラキオは一旦のけぞってお餅を凝視したが、諸々天秤にかけた結果探求心が優ったのか、不本意そうではありつつも、やがて観念したように口を開いてパクリとお餅を食べた。
不思議そうな面持ちで、右へ左へ視線を泳がせては口を動かしている。
「えー、ラキオ、楽ちんじゃん。食べさせてもらってずるくね?」
SQが言うとククルシカは笑顔でチョイチョイと手招きし、SQにも一口お餅を食べさせた。
笑顔を振り撒くククルシカの隣で、味わっているのかはたまた飲み込み時がわからないのか、ラキオはいつまでもモゴモゴとお餅を咀嚼していて、ニコニコとモゴモゴの対比がとてもシュールだった。
「フロル様、セツ様」
不意にステラの声がしてテーブルの方へと向き直ると、突然パチっと強い光が浴びせられた。
眩しさに目をパチクリさせてステラを見れば、穏やかに笑う彼女はなにやらレンズのはめ込まれた見慣れない装置を手にしている。
「ふふふ、ジョナス様の――地球時代のコレクションです。貴重な品ですが、今日は特別にとお許しを頂きました。一瞬の風景を切り取って、手に取れる形で未来へと残せるんですよ」
装置がブブブと不器用そうな音を立てて紙を吐き出しはじめた。
「いつか――素敵な殿方と、これで思い出を残すのが私の小さな夢なんです」
差し出されたので受け取って確かめたけれど、手の中にすっぽりと収まってしまうような本当に小さな紙切れだ。なんにも書いていなければ、液晶というわけでもないらしい。
「大切に、しばらく持っていてください。きっと驚きます」
笑顔を残してステラが去ってゆく。セツと顔を見合わせてお互い小首を傾げたけれど、この紙切れはひとまず私の上着のポケットに仕舞っておくことにした。
地上ならば日の傾く時刻。少し特別な日だっただけに、なんだか寂しい。
現実に引き戻されれば、今はグノーシア汚染に曝された緊急事態で、さらには私とセツは怪談じみた繰り返しの日々の真っ最中だ。
ループの謎が解けないならば、いっそ明日が来なかったらいい。誰も犠牲にならず、誰もコールドスリープせずに済んだら……。
そんなことを考えていたところに、セツがポツリと「こんな日ばかりならいいのに」なんて漏らしたものだから、私はじわりと涙腺が緩んでしまった。
なにか返事をするべきかとも思ったけれど、ロジックが15しかない私はうまく言葉にできなくて、セツの独り言を聞こえなかった振りして餅ピザの最後のひと掛けを口へと運んだ。
議論三日目。なんと犠牲者なし! 乗員の中に守護天使がいるのだろう。
状況的に真エンジニア確定のSQによる報告では、ジョナスは人間だそうだ。
本来なら人間優勢の喜ばしい状況のはずなのだけど、議論は恐ろしいほどに紛糾していた。
張り詰めた空気がメインコンソールに満ち、乗員同士のにらみ合いが続いている。
「ねー、なんでお餅はスイーツなんて流れになってんの? お餅はマルとおんなじでご飯じゃんか!」
「同感……コメットの言う通り、お餅は、ご飯。お団子がスイーツ……」
「ははっ、餅についちゃ、そう考えといたほうがいいだろうな。餅つきだけに」
「おいおいお前ら、なにボンヤリしてんだよ? シピ様の有り難い餅ピザにヘイコラ従っとけって」
「ああ同感だ。私も餅は主食だと信じている。比較の問題ではあるが」
「ジョナス様。そのようにお餅を主食視するのは早計に過ぎませんか?」
「だよねー。さっすがステラ、説得力ハンパないっス!」
ククルシカもにっこりと頷いている。「お餅はスイーツだ」と言っている。あれはそういう目だろう。
「そうだね、私はククルシカに賛成だ。お餅はスイーツ。皆、私の判断を信じるならばククルシカに賛同してくれないか」
「本当に、皆さんは、お餅をご飯だと……信じてるんですか? なら、僕はもう……何も言えません」
「ご飯‼」
「スイーツ‼」
えええ。どうしよう。正直困るって……。
5対5。私がどっちかについたら角が立つじゃん……。
ラキオ。ラキオなんか言ってくれないかな~。
わたし逆の陣営に着いて人数揃えるからさあ。
てかこれなんの話してるんだっけ? もうさっぱりわかんないんだけど。
顔をしかめたラキオがフゥとため息をひとつ。
「やれやれ、気付かないかな……お餅が主食かおやつか定義しようとする、この流れ自体が作為的だろう」
おっ、いいぞ! ラキオ! もっと言ってラキオ‼
「……そうか。ラキオ、昨日なんだかんだ言って餅ピザも砂糖醤油餅も食べてたもんな……気に入ったんだな……」
「シピ、キミ煩いよ。慣れないものを口にして僕はお腹が痛いンだ。こと、お餅に至っては仕方ない。いや怒ってなどいないよ? 冷静かつ理性的に、僕は僕の腹痛を受け入れるつもりさ。しかしよくもこの僕をハメてくれたものだね」
ダメだ。もうだめだ。この宇宙はお餅に支配されてしまった。私がなにか言わなきゃ。
「あのさー! みなさーん! 今はほら、グノーシアを探さないと、ねっ?」
「お餅に関心を向けるのはいいアイデアだと思います」
ス~~~テ~~~ラ~~~~~~~。
「ふン。この問題を一挙に解決するため君たちにも理解できそうな手を教えてあげるよ」
ラキオが口元を抑えつつ、なんとも具合が悪そうに乗員の輪の中央へと歩み進んだ。
「簡単さ、イートフェチをひとり残らず冷凍睡眠させればいい」
振り向きざまに放たれたラキオの一言は、それはもう脳内で鐘が鳴り響くほどの重みを伴っていた。なにせ先程までの話の流れとの温度差がすごい。
その発言はイートフェチ、つまりラキオ以外の全員を震え上がらせ、全会一致(本人除く)でラキオのコールドスリープが決まったのであった……。
ラキオがコールドスリープしました
議論四日目。メインコンソール。
非常に残念だけど、昨夜ステラが犠牲になってしまった……。
SQの報告によるとククルシカは人間で間違いないらしい。ジョナスもすでに人間だと報告が出てるから、私から見て怪しいのはシピ、コメット、ジナ、レムナン、沙明かな。
情報がなくて全然絞り込めないな。なんだこれは。
「敵を見つけだす前に、ひとついいかな」
セツが軽く手を上げて皆に先立ち発言した。
「お餅の話は無しにしよう」
乗員一同、みな一様に頷いた。が、私にはどうしてもひとつだけ確認しておきたいことがある。
「あの、でもごめんコメット、結局あの丸ってなんだったの?」
「んー? マルはマルだろ?」
哲学かなあ?
「あれってさ、フードプリンターが〝丸〟って言われて、そんな食べ物ないけどとりあえずリクエスト通りに生成したなにかじゃないの? あのねごめんね。誰も知らない、フードプリンターも認識できない食べ物を好むコメットはもしかしたら人間じゃないかもって思うんだよね」
私の指摘に、心外だとコメットも声を上げた。
「それ言ったら他人の朝メシ横取りしてたフロルとセツも大概アヤシーだろー⁉」
「では私は赤ちゃんのご飯を食べようとしていた沙明を疑うことにしよう。それで何か見えてくることがあるかもしれないからね」
「はぁぁ~~⁉ セツ、お前ッ、なに矛先こっちに向けてきてんだよ中華粥はベーシック・ブレックファストだっつの!」
「和食派に、悪い人はいないと思う……」
「うむ、同感だな」
「猫好きにも悪いやつぁーいねーぜ」
ククルシカも同意するようにうんうん頷いている。
「SQちゃん食べたいし太りたくなーい」
「食べられるものが、出てくるだけで、奇跡……ですよ……」
「……もうひとついいかな」
セツがまた手を上げて皆の視線を集めた。
「ご飯の話は禁止にしよう」
乗員一同、みな一様に深く頷いた。
「あ、あの、ところで、皆さん。実は、二日前にも……言おうと、したんですが……」
レムナンがおずおずと発言し、注目を浴びる。
「僕は、グノーシア汚染される訳がないんです。停泊したとき、船から、一歩も外に出てませんから……」
「ああ、レムナンも船にいたな。外に出てた奴がグノーシア化したんだろ? 俺も居残り組だ。出航までずっと部屋で爆睡してたぜ」
セツはひとつ頷いて、レムナンとシピの顔を交互に眺めた。
「リスクを承知で名乗り出てくれてありがとう。正直、このタイミングで留守番が明らかになるとは思わなかったよ」
それは私も思った。
「では……改めて。誰かを疑わなければいけないのなら、確率から見て、沙明を疑うべきだと思う」
セツは本気で赤ちゃんのご飯を朝食に食べる人はおかしいと考えているようだ。
気持ちはわかるけど、数日前の申し訳無さをここで晴らさせてもらおう。
「うーん、セツの言うことも一理あるんだけど、私はまだ沙明のことがよくわからないんだよね」
私が否定すると、今度はコメットからセツへと鋭利な視線が飛び、一気に議論が加速した。
「へっへへへ、アヤシーのはセツかな。君、なーんかウソ臭いんだよね」
「セツには迷いがある……。それは、私も感じていることだ」
「お前ら、セツを疑うの禁止な。コイツは俺のお気に入りだぜ?」
「ジナ? 全然しゃべんねーけど、調子悪ぃのか?」
「ぼ、僕も、ジナさんは、どうなんだろうって……」
「私が疑われてるの? ……そう」
「よりにもよってジナを疑うとか、そりゃ無いだろ。俺、ジナのこと信じてるから」
ククルシカは「もしかしたら、コメットが怪しいのかも……」と、気がかりそうな素振りを見せている。
「おおぅ、コメット疑っちゃう? んじゃSQちゃんも乗っとこっかな」
「……コメット、コメットね。確かに不審かな」
「あー。なるほどねェ。んじゃここはコメットの味方しとくわ」
「フロルさん……を、変だとは、思ってません。でも……僕なりに、誰を疑うべきか考えたら。フロルさん……なんです」
「フロルの様子が変なのは、俺も心配してんだよ」
「フロル、気にすんなよ? 俺はお前の味方だ。OK?」
なんだろうか、この感じ。いつもどおりの議論をしているのに、なんか変なような。
私はしばらく宙を見つめて拭いきれない違和感の正体について考えていたのだけど、ふと我に返ると、乗員の皆さんの視線はすでに一点へと集中していた。
ぽかんと口を開いたコメットが問いかける。
「キミさー、なんで全員かばうの?」
沙明はバツの悪さをごまかすように頭につけたゴーグルに手をかけた。
「なんでって? そりゃ人間が疑われてっからですけど? グノーシアがアレでアレなんだろ。俺様間違えてねーけど。ァンダスタァン?」
『ええええええええ⁉』
「やー、もうイイわ。餅うまかったし。どうせあと俺だけだし勝てる気もしませんしィ? ……ハッ。まあ、悪くねーパーリィーだったんじゃねェの」
そんなことがありますか、と。
人間一同絶句してしまった。
この船最後のグノーシア自らが、ベエと舌を出して幕引きを促す。
「んじゃ、これにてお開きっつーことで! お疲れ、人間。達者で生きろよ‼」
沙明がコールドスリープしました
全てのグノーシアが凍結しました
結果を表示します
【生存】
フロル セツ ジナ SQ(エンジニア) シピ(留守番) コメット ジョナス(守護天使) ククルシカ レムナン(留守番)
【コールドスリープ】
夕里子(ドクター) しげみち ラキオ
【消滅】
オトメ ステラ(AC主義者)
【グノーシア】
ラキオ しげみち 沙明
「セツー。銀の鍵、なんにも刻まれなかったね。なんか、大騒ぎにしちゃってごめんね」
「そういうこともあるさ。でも……ふふっ、面白かったよ。ありがとう、フロル」
「いえいえ、お礼を言われるようなことは何も!」
この四日間をぼんやりと振り返る。
そういえばステラから渡された紙切れは一体何だったんだろう。
私はポケットに手を突っ込んで、あの紙を取り出した。
「う、うおおおああああ! セツ‼ 見てこれ‼」
小さな紙切れには、食堂で振り返った〝あの瞬間〟のセツと私の姿が写っていた。
「なんで⁉ え、すごくない? ホログラムじゃなくてちゃんと触れる紙なのがすごくない⁉ そんな発想ある⁉」
押し付けるように渡すと、セツも赤い目を見開いて裏表を確かめた。
「これどうする? どっちが持っとく? 一枚しかないよジャンケンする? わかる?」
「ああ、うん、ジャンケン! でも待って! 君の星はどう? 手の形はどうしたらいい? 掛け声は?」
「じゃあ、ええと、オーソドックスにカエル、ヘビ、なめくじで!」
「……⁉ わからない‼」
「セツ、時間ないよ! せーの!」
『ジャンケン――――――――』
あの紙は、たぶんセツが77回目のループへ持っていったんだと思う。
きっと今でも、ポケットの中に。
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Congratulations on first anniversary!
Thank you for reading. Love you!