天を舞う大嵐、英雄とならん   作:桐谷 アキト

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今回このサブタイトルにしたのは、嵐が激昂し第二形態を解禁したからです。別に体力的に追い込まれていると言うわけでもないのですが、このUSJの戦いってオールマイトがいてくれたから助かっただけで、彼が来なかったら全員鏖殺コースもあり得たと思うんです。
ですから、オールマイトがいない今、嵐が最後の砦であるため、命をかけて生徒達を守るために戦うからこそ、このタイトルがふさわしいと思いました。




17話 嵐の中に燃える命

 

その日、多くの人間がソレを目にした。

 

 

雄英高校———その敷地内で校舎から離れたUSJというドーム施設、その上空に突如黒雲が発生した。

 

白い雲が僅かにあるだけの、青い空が広がる快晴の天気だったが、暗雲が立ち込め始めUSJ上空を中心に激しく渦を巻きながら広範囲に広がり、青空を瞬く間に呑み込んだのだ。

 

昼間だと言うのに、空は墨を落としたかのようにすっかり暗い闇に呑まれ、その漆黒が空を見上げる人々の不安を増幅させる。

 

そして、湿気を含んだ重たい風が吹き始め、ポツポツと雨も降り始めたのだ。

それらは次第に勢いを増していき、暴風となり木々を揺らし、豪雨となって地面をたちまち黒く染め上げていった。

 

突然の天候の急変——嵐の襲来に、校舎やその他の訓練場にいた生徒達、雄英高校近辺に住んでいる住民達は誰もが困惑と不安、恐怖をその表情に浮かべていた。

 

渦を巻く不吉な妖雲に空は呑み込まれ、暴風が吹き荒れ、豪雨が降り注ぎ、雷鳴が鳴り響き、稲妻が駆け抜ける。

 

突如出現した嵐は、まるで誰かの怒りに呼応するかのように激しく荒れ狂っていた。

 

 

そして、激しい風雨と雷鳴の音に人々が不安と恐怖に震える中、

 

 

 

 

ガアアァァァ—————————ァアッッ‼︎‼︎

 

 

 

 

どこかで、龍の咆哮が轟いた気がした。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

噴水広場を中心に暴風が吹き荒れる中、一人の嘲笑が響く。その声の主は、死柄木弔。

彼は吹き荒れる暴風に多少揺らぎながらも、嵐の発言を嘲笑う。

 

「ハ、ハハ、ハハハハ‼︎俺らを斬り捨てるって、ずいぶんと大きく出たなぁクソガキっ‼︎お前なんかに俺らが、脳無が倒せるかよっ‼︎」

 

それは虚勢か。はたまた、本心からの嘲笑か。

死柄木は嵐が自分達を斬り捨てるという発言が、子供の正義感からきたものだと思っているようだ。

嵐の気迫に、吹き荒れる暴風に一瞬驚きはすれど、所詮は学生。戦闘経験は少ないはずだと、

その根拠を彼は笑いながら指摘した。

 

「大体、そんな傷だらけのお前に何が出来るんだよ。チンピラ程度にそうなってちゃあ、脳無に勝とうなんて夢のまた夢だぜ」

 

嵐の純白の戦闘服に広がる鮮血の痕。それが死柄木には飛ばされた先でチンピラに大量の傷を負わされながらもなんとか倒したように見えており、チンピラ程度にギリギリなら、オールマイト並みの強さを誇る脳無に敵うはずがないと彼の蛮勇を嘲笑ったのだ。

だが、これは傷ではない。全て敵達の返り血によるもの。容赦なく敵を血祭りに上げた彼の容赦の無さが窺えるものだ。

それに死柄木は気づかなかったが、黒霧は気づく。

 

「………いえ、アレは傷ではありません。死柄木弔、彼のあの血痕は全て返り血です。どうやら、あの少年はチンピラ達を容赦なく血祭りにあげたようです」

「は?おいおい、マジかよ。まだ子供だろ?よくそんな残酷なことができるなぁ」

「恐らくは事実でしょう。それに彼は他の生徒達よりも優秀であり、既に金の卵ではなく若鳥と評すべき存在。他の生徒と同じようにみてはいけません」

「へぇ、成程強いんだなぁ。最近の子供は凄いよ。まぁ、それでも脳無には敵わないだろう」

 

そう言うと死柄木は未だに地面に転がって微動だにしない脳無へと振り向きながら、声を荒げる。

 

「おい、脳無いつまで寝てやがるっ‼︎とっとと起きてあの白髪のガキを殺せ‼︎」

「………!」

 

死柄木の命令に今まで地面に倒れ沈黙していた脳無がピクリと反応して勢い良く身を起こす。

そして、切り落とされた自分の両腕に視線を向けながら力を込めると、あろうことか両腕の切断面の肉が盛り上がったのだ。

盛り上がった肉からは筋繊維が、骨が生え伸びていき、嵐が斬り落とす前となんら変わらない剛腕へと再生した。

その様子を見て、嵐は忌々しそうに吐き捨てる。

 

「腕を切り落とした時、何の反応も見せねぇからまさかとは思ったが……テメェ、やっぱ再生持ちか」

 

違和感はあった。

嵐が両腕を斬り落とした時、脳無は眉一つ動かさずに無表情のままだったのだ。それはまるでロボットのように無機質なものであり、痛覚がないのではないかと思ったほど。

痛覚が鈍いのは再生の能力を有する者に共通しており、彼らも多かれ少なかれ痛覚が常人より鈍い事が多い。巴や嵐もその例だ。といっても、痛覚が他より鈍いだけであって、この脳無のように全く感じないというわけではないが。

 

その後も顎を蹴り上げて地面に転がしたのだが、立ち上がることすらせずにそのまま寝転がっていた。

そして、今、死柄木の命令で初めて動き、無表情のまま肉体を再生させた。それを見て、嵐はいよいよ確信したのだ。

あの脳無という大男に個人の意志や感情はなく、人間をやめた怪物に成り下がっていると。その確信を肯定するかのように、死柄木が自慢げに話す。

 

「超再生だよ。脳無はオールマイトの100%にも耐えられるように改造された超高性能サンドバッグなのさ‼︎さぁ、脳無‼︎そこのガキを殺せっ‼︎‼︎」

「………っ!」

 

脳無は死柄木の命令に、四つん這いの状態になるとその直後四肢で地面を砕くほどの剛力を以て凄まじい速度で嵐へと肉迫する。その剛腕で握り拳を作り、目の前の嵐を殴り潰さんと拳を振り上げた。

だが、

 

「《天嵐羽衣》」

 

嵐が小さく一言呟けば、嵐を守るように暴風が結界の如く吹き荒れたのだ。直後、展開された暴風の防御壁と剛腕の一撃が轟音を伴ってぶつかる。

 

「ハハッ、そんなチンケな風で防げるかよっ‼︎脳無っ、そのまま叩き潰し…………はっ?」

 

死柄木はその暴風の防御ごと脳無が嵐を殴り潰す未来でも期待していたのか、ニタニタと手の下で不気味に笑っていたものの、次の瞬間には驚愕へと変わっていた。

それは、目の前の光景が彼の予想とは真逆のものだったから。

 

「おい、何やってんだよ脳無っ‼︎何でお前のパンチが力負けして()()()()()()()ッッ‼︎⁉︎」

 

彼の言葉通り、暴風の防御壁に打ち付けられた脳無の拳は吹き荒れる暴風によって拳の先端から徐々に削岩機に触れてしまったが如く削られ、ググッと押されつつあったのだ。

脳無は右手が手首まで削られたところで、左腕も振り上げて防御壁を殴りつける。確かな剛力を以て振るわれたそれは、しかし、砕くことはなく、逆に右手の末路を辿るかのように同じく削られつつあった。

嵐はそれを紅い眼光で静かに睨むと、ゆらりと動き《天嵐羽衣》を解除した瞬間、左の扇を振るった。

 

「《狂飆・雲薙ぎ》」

 

直後、防御壁が消えたことでつんのめる脳無の全身を圧倒的なまでの暴風が殴りつけて脳無の巨体を大きく吹き飛ばした。

 

「「は?」」

 

自分達の真上を通り過ぎ、彼らから離れた地面を何度もバウンドして転がる脳無が信じられなかったのか、死柄木と黒霧がそんな間抜けた声をハモらせる中、嵐は脳無に向けて静かに歩き出す。

 

「人間態で出せるほぼ最大出力の《天嵐羽衣》に対し、テメェは吹き飛ばずにあろうことか殴りつけた。

…‥…あぁ、確かにテメェのパワーはオールマイト並みで対オールマイト用に調整された改造人間ってのはよく分かった。テメェはそれだけのパワーで先生を殴ったんだなっ」

 

確かにこれだけのパワーで殴られれば、パワーに秀でていない相澤では一たまりもないだろう。

だからこそ、本当に危なかった。もしも嵐が救けに来るのが僅かにでも遅れれば、確実に相澤の頭は握り潰されていただろうし、直前に襲い掛かろうとしていた蛙吹も死んでいたはずだ。

その事実を再認識し、彼の怒りが更に膨れ上がる。怒りの炎が燃え上がり、鼓動が早く打ち自身の身体能力が更に上昇していく。

 

「ここにいる奴らは誰も死なせねぇ‼︎‼︎全員俺が護りきるっ‼︎‼︎」

 

過去の悲劇を繰り返さないために、嵐はここにいる全員を最後まで護り抜く意志を確かにし高まる気炎のままに吼える。

そして、嵐が更に怒り睨む視線の先にいる死柄木は、嵐の殺気に満ちた眼光に明らかに怯えながらも、首をガリガリと掻きむしりながら苛立ちの声を上げていた。

 

「な、なんだよっ‼︎いくら若鳥といえ、学生相手に脳無が吹っ飛ばされただとっ…‼︎⁉︎そんなこと、あるわけがねぇっ‼︎」

 

血が滲んでも尚、掻きむしり現実を否定しようとする死柄木の隣で、彼が苛立っていたおかげで幾分か冷静さを取り戻せた黒霧は小声で彼を落ち着かせる。

 

「死柄木弔、まだ終わりではありません。確かに脳無が吹き飛ばされたのは驚きですが、あの脳無は超再生だけでなく、ショック吸収の個性も持つ対オールマイト用に調整された者、そう簡単にやられることはないでしょう」

 

黒霧の言葉に死柄木は掻きむしる手をぴたりと止めると、深呼吸を繰り返して落ち着かせると歪んだ笑みを浮かべる。

 

「あ、ああ、そうだよな。あの脳無は()()がくれたんだ。そこらの学生に負けるほどやわにできてない。おい、脳無とっとと立てよっ、まだ終わりじゃねぇだろっ‼︎とっとと起きて、あのガキを今度こそ殺せっ‼︎‼︎

調子乗ったガキに敵の恐ろしさを教えてやれっ‼︎‼︎」

 

脳無は死柄木の言葉に応え、何事もなかったかのように立ち上がると、万全だという風に腕を回しながら、嵐に向けて再び接近する。

嵐はそれに対し、剣と扇を持った両腕を大きく広げると、脳無に向けて歩きながら呟いた。

 

「《天嵐ノ舞(てんらんのまい)》———行くぞ」

 

直後、嵐は鋭い牙を剥き出しにし怒り狂う本能が突き動かすままに天に向かって大きく吼えた。

 

 

 

ガアアァァァ—————————ァアッッ‼︎‼︎

 

 

 

地鳴りを伴い、大気をビリビリと震動させ、USJの巨大なドームすら揺るがせるほどの威力を秘めた咆哮をあげると、嵐もまた脳無を滅ぼさんと地面を踏み砕きながら暴風を纏って飛翔する。

 

 

 

そして、遂に感情のない殺戮兵器である化け物と、厄災の力を振るう怪物が激突する。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

USJの出入り口前の広場、嵐と脳無が激闘を繰り広げ始めた一方で、激戦区を大きく迂回して移動していた耳郎、八百万、上鳴が元々広場にいた者達の元へと合流した。

 

「皆大丈夫っ⁉︎」

「響香ちゃんっ‼︎それに百ちゃんも上鳴ちゃんも‼︎三人とも無事でよかったわ」

「私達は大丈夫だけど、先生達が……」

 

広場に集まるクラスメイト達に誰一人怪我人がいないことに耳郎達は安堵するも、うつ伏せに寝かされている13号と寝かされたままピクリとも動かない相澤のボロボロな姿に彼女達の表情がこわばる。

 

「な、何だよ相澤先生のこの傷、ボロボロじゃねぇかっ⁉︎」

「多分、あの脳味噌の敵の仕業、だよね?」

「う、うん、相澤先生はほぼ一撃でやられたんだ」

「「っっ」」

 

実際にその場を見ていた緑谷の言葉に二人が驚く傍らで、八百万はすぐに真剣な表情を浮かべると、二人に駆け寄りながら委員長より託された役目を果たす為に嵐と脳無の激闘を見て驚き慌てるクラスメイト達に素早く指示を出していく。

 

「皆さん、落ち着いてください‼︎あの敵は八雲さんが相手をしてくれています。ですから、私達は私達でできることをやりましょうっ‼︎

瀬呂さん、砂藤さん、緑谷さん、峰田さんは周囲の警戒を行なってください‼︎耳郎さん、障子さんは個性で散らばっている皆さんの補足をっ‼︎‼︎麗日さん、芦戸さん、蛙吹さんは私が今から応急処置の道具を創造しますので、指示通りに手当をお願いします‼︎では、皆さん行動を開始してくださいっ‼︎‼︎」

『……了解っ‼︎‼︎』

 

素早く的確な指示を出していく八百万の姿に、耳郎と上鳴以外はすぐに驚いたものの、すぐに表情を引き締めると、八百万の指示にすんなりと従い各々が役割を果たす為に行動を開始する。

八百万は相澤と13号の間に片膝をつくと、躊躇なく戦闘服の胸元を大胆に開き、応急処置に必要な道具の創造を始め、救命に全力を尽くす。

 

そして、ドーム内の索敵を任された耳郎と障子は階段手前まで移動して耳郎はプラグを地面に突き刺して、障子は目や耳を複製して索敵を開始する。各々が動く中、障子は索敵をしつつも耳郎に尋ねる。

 

「………耳郎、八雲は勝てると思うか?あの敵に」

 

障子の視線の先には、熾烈な激闘を繰り広げる嵐の姿がある。遠くから見ただけでもあの脳無とやらが圧倒的な力を秘めていることは理解できる故に、嵐の身を案じていたのだ。しかし、そんな障子の心配そうな問いかけに耳郎は迷うことなくはっきりと断言する。

 

「大丈夫。あいつなら勝てるよ。だから、あいつの事、障子も信じてあげてよ」

 

耳郎の信頼に満ちた言葉に障子は目を見張ると、次の瞬間には小さく笑みを浮かべた。

 

「……ああ、そうだな。ならば、俺も信じよう。俺が、俺達が皆信頼を託すリーダーの勝利を」

「うんっ‼︎」

 

耳郎が満足げに頷く中、救命にあたる八百万が声を張り上げる。

 

「皆さんどうか八雲さんを信じてくださいっ‼︎八雲さんならあの敵にも勝てますっ‼︎‼︎ですから、彼が戻ってきた時に、安心できるように誰一人死なせないようにすること、それが私達が今できることですっ‼︎‼︎」

 

最初こそ嵐が行くことに反対していた彼女だったが、嵐の実力や誰よりも大きい信頼を寄せる耳郎の言葉に、彼の勝利を信じようと思えたからこそ出た言葉。

彼女の声は、広場に響き未だ不安に囚われていたクラスメイト達の心を鼓舞させた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

互いが互いを殺す為に飛び出し二つの影が交差した瞬間に、お互いが素早く得物を振るう。

脳無は黒い剛腕を。嵐は暴風纏う黒刀を。

 

お互い地面を砕くほどの力強い踏み込みで全身に力を巡らせ、脳無は巨体と怪力にものを言わせた渾身の剛拳を、嵐は暴風を纏わせ加速させた黒刀を振り抜き激突させる。

轟音を鳴らして両者の得物が激突した瞬間、壮絶な衝撃波が巻き起こり周囲へと放たれた。

凄まじい衝撃波がドーム内を駆け抜け、湖の水面を波立たせ、木々を引き抜かんとする。

二人の激突地点から、少し離れた場所にいた死柄木達にもその暴風は吹き付けており、彼らを容易く吹き飛ばし強制的に距離を取らせる。

そうして、始まるのは打撃と斬撃の凄まじい応酬だ。

 

「ゼェアアァァァァァァァァァァァァッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」

「ッッ‼︎」

 

嵐が雄叫びを上げながら剣扇をさながら舞を踊るかのように振るい、脳無が無言のまま剛拳のラッシュを放つ。毎秒数回檄音を奏でるその応酬はぶつかる度に周囲に衝撃波を放った。

そして、嵐由来の素材で作られた為か黒刀と白扇は彼の怒りに呼応して、黒刀は黄金の波紋を輝かせ、白扇は山吹色の模様を真紅へと変えて妖しく輝かせており、彼は黄金と真紅、二つの残光を従えながら剣扇を振るいオールマイト用に調整された脳無と真正面から渡り合った。

 

《天嵐ノ舞》

 

それは風、水、剣術に鉄扇術、体術、そして、能楽の舞踊を織り交ぜた剣扇一体の戦闘用にアレンジされた舞踊であり、嵐と師匠巴が完成させた、彼オリジナルの彼だけの複合武術だ。

彼が有する全ての技の根幹にある基本戦術であり、この舞があって初めて嵐の戦いは成立する。

嵐はこの舞を以て、己の闘争心を表現する。

時に優雅に、時に苛烈に。

武術に存在しない型、存在する型、彼が今まで培った経験の全てを結集して昇華させた戦闘舞踊を以て、天衣無縫の剣扇を振るうのだ。

そして、その舞を以て嵐はオールマイト並みの強さに調整された脳無と凄まじい死闘を繰り広げている。

 

「な、なんだよっ‼︎おいっ、脳無なに遊んでやがるっ‼︎‼︎なんでそんな棒切れ二本へし折れねぇんだっ‼︎‼︎何でテメェが脳無と互角に渡り合えてるんだよっ‼︎⁉︎」

 

あの脳無と互角の激闘を繰り広げる嵐の存在に死柄木が苛立ちつつ驚愕の声を上げる。

一発一発が致命傷級の拳の連打を嵐が真っ向から打ち返している事実が信じられなかったのだ。しかも、時折腹や顔面に拳が当たってはいるものの嵐は全く怯まずに雄叫びを上げながら反撃してくるのだ。

そして、叫ぶ死柄木の傍で黒霧は一見冷静そうであったものの、その内心では動揺していた。

 

(なんだあの青年はっ⁉︎学生の身だというのにどうしてあれだけ戦える⁉︎いや、そもそもあの脳無と互角に渡り合うなどオールマイトでない限りは、不可能なはずっ‼︎‼︎それを可能にしている彼のあの個性はなんだっ⁉︎)

 

黒霧もまた嵐のあの桁外れな強さに驚愕を禁じ得なかった。あの脳無がオールマイト用に調整された個体であることは確認済みで、そのパワーも申し分ないものだった。

だが、目の前ではオールマイトではなくまだ学生の身であるはずの嵐が互角に渡り合っており、それを可能にする個性の正体が全く分からなかった。

しかし、外野が何かを叫び、考えたところで状況は何も変わるはずもなく、二人の壮絶な激闘はそのまま続いた。

 

「《凶槍・空穿ち》ッッ‼︎‼︎」

 

数十合打ち合ったところで、嵐は腕を引き暴風を纏わせた黒刀を弓のように引き絞ると鋭い刺突を見舞う。

渦巻く風の槍は脳無の右腕を肩ごと根本から吹き飛ばす。しかし、それは数秒とたたずに直ぐに再生してしまう。

だが、それでも嵐は攻撃の手を緩めない。

 

「《凶槌・風爆衝》ッッ‼︎‼︎」

 

今度は扇に纏わせた風を圧縮し、形成した暴風の大槌を鳩尾に突き出す。先程の応酬よりも凄まじい打撃音が脳無の肉体から響き、超至近距離で戦う嵐の耳に乾いた音が連続で聞こえ、脳無の巨体が僅かに揺らぐ。

 

先程の二人の会話で脳無にはショック吸収という打撃の影響を軽減する個性もある事は認識済み。だが、そんなこと知ったことじゃない。

 

(衝撃を吸収しちまうのなら、吸収できねぇ程の威力を叩き込めばいい話だろうがっ‼︎‼︎)

 

ショック吸収などというござかしい小細工。そんなもの上からねじ伏せればいいだけの話。

そして、それを可能にするだけの破壊力が嵐にはある。

 

《狂飆・雲薙ぎ》でその吸収できる上限はある程度把握できた。ならば、その風力を維持して圧倒すればいいだけの話だ。

元々、加減などするつもりはない。彼らを殺すつもりで嵐は戦っている。彼らは嵐を激怒させた。大切な者達を傷つけた。それだけで、嵐には彼らを蹂躙する理由になり得る。

 

肋骨が全て砕かれ、内臓にも少なからず影響があったであろう脳無は僅かに揺らいだのだ。その僅かな一瞬を、嵐は見逃さない。

 

「《惨華・狂咲き》ィィッッ‼︎‼︎」

 

続いて、嵐は剣扇を振るい百を超える風の斬撃を一呼吸の間に放つ。

風を纏わせるだけでなく、彼の怪力も加わったことで脳無の知覚をも超えた神速で振るわれた斬撃は脳無に防御の隙も与えずにザザザザザザザンッと連続した斬撃音を伴って彼の全身を斬り刻む。

全身から鮮血を噴き出した脳無は身体内部の再生を行うのと同時に、全身の裂傷に視線を向けて再生を並行しつつ顔を上げて気づく。

 

———どういうわけか、目の前から嵐の姿が消えていた。

 

「……っ?」

 

直後、感じたのは両肩から先の喪失感。

そして、視界の端を舞う自分の両腕を見て脳無は何事かと首を傾げていたのだ。

答えは至極単純。嵐が暴風で自分の体を浮かせながら、尻尾を地面に打ち付けて、脳無の視界から強引に外れ背後に回り込んで両腕を斬り落としただけの話だ。

更にその直後、両足の感覚が突如なくなり、脳無は視線が急激に落ちる。

いつのまにか両腕だけでなく両足も太腿から先が斬り落とされており、支えを失った巨体が地面へと落ちようとしていたのだ。

しかし、地面に身体が接する直前、脳無の首に嵐の尻尾が巻きつきその巨体を持ち上げた。

 

「タダで寝かせるわけがねぇだろっ‼︎‼︎このままぶっ潰してやるっ‼︎‼︎」

 

そう叫ぶや、嵐は風を纏って飛び上がると、勢い良く身を回転させながら、脳無の巨体をモグラ叩きをするかのように地面に何度も叩きつけていく。

地面が砕けるほどの叩きつけを連続で受けた脳無は、相変わらず無表情だったが心なしか苛立っているように見えた。

 

「……っ!」

「ッッ、チィッ‼︎」

 

脳無は四肢の再生を済ませると首に巻きつく尻尾をすかさず掴む。反応が遅れた嵐はすかさずつかむ両腕を切り落とそうとするも、それよりも先に脳無が地面を踏みしめながら、お返しと言わんばかりに勢いよく嵐を地面へと叩きつけた。

 

「グッ、ハッ」

 

地面が捲れ上がるほどの強烈な叩きつけは、受け身を取ってもなお全身に響き、流石の嵐でも思わず苦悶の声をあげる。

そして、鈍痛に呻く嵐の腹部を脳無が勢いよく踏みつけながら、両拳を振り上げるのを嵐は見た。

 

「ッッ⁉︎」

 

まずいと思った時には既に遅く、嵐の顔面に剛拳のラッシュが降り注ぐ。凄まじい轟音を伴う打撃の乱打は余波で地面に何度も亀裂を入れるほどだ。

それを見た死柄木は腕を大きく広げながら、哄笑をする。

 

「そうだよなぁ、お前が負けるわけねぇよなっ‼︎‼︎いいぞ脳無っ‼︎そのままミンチになるまで殴り続けろっ‼︎‼︎」

 

死柄木の哄笑が響く中、嵐が拳のラッシュに呑まれている姿に、二人の戦いを固唾を飲んで見守っていたクラスメイト達が思わず息を呑む。

 

「お、おい大丈夫なのかよあれぇっ⁉︎」

「や、八雲君っ……!」

「あ、あんなのくらい続けたらいくらあいつでもっ……」

 

峰田、麗日、砂藤が恐怖に引き攣った声を上げる。相澤がたった一撃であれほどの重傷を負ったのだ。いくら頑丈な嵐といえどその連打など、想像するだけで恐ろしいだろう。

 

「八雲っ……」

「………っ」

 

障子と耳郎も拳を握りしめながらも、他の者達とは違い信じるように見守る中、不意に脳無の両腕が止まる。

 

『ッッ⁉︎』

 

何事かと見れば、脳無の両手首を嵐が掴んでいたのだ。彼はずっと耐え続けていたのだ。ラッシュを受ける直前、間一髪で嵐は両腕を交差させての防御に成功しており、今の今までずっと受け止め続けていたのだ。

絶え間なく続く豪雨が如き剛拳の乱打に、彼は全身に鈍痛が広がっていたものの、それでも持ち前の頑丈さで耐え抜き、見事腕を止めることに成功した。

動きが止まった一瞬、嵐はすかさずに顎門を開き、咆哮と共に白い閃光を放つ。

 

キイィアァァァァ—————————ァアッッ‼︎‼︎

 

鋭い咆哮と共に放たれた白い閃光のように見えたそれは、超高圧縮された高圧水流だ。

嵐の体内にある特殊な内臓器官『嵐気胞』に貯められ超高密度に圧縮された水をブレスとして解き放ったのだ。

放たれた水流は脳無の腹部に直撃し、彼の巨体を削りながら呑み込み天井スレスレまで打ち上げる。

やがて、ブレスが切れ露わになった脳無は上半身の前面が大きく抉られており、抉られた筋肉や内臓が露出していた。顔も尖った口が半分ほど削られている。

 

破壊的な威力を秘める嵐の水流ブレスは大地を大きく削れるほどなのだが、流石はオールマイト並みに調整された怪物。その頑強すぎる筋肉の鎧が上半身を大きく抉る程度にとどめたようだ。

そして、再生を行いながら、落ちてくる脳無だったが、そこに二度目の水流が襲いかかった。

立ち上がった嵐が再び顎門を開いて、脳無に向けて連射したのだ。

今度は両腕をクロスして耐えようとした脳無だったが、その防御を嘲笑うかのように脳無の両腕が粉々に粉砕し千切られるも、次こそ脳無の身体を完全に穿った。

 

脳無の身体を水流が突き抜けて、その背後ドームの天井の壁すらも貫いてドームの一部を完全に破壊した。空いた穴からは黒く染まった荒天が覗いている。

胴体に大きな風穴を開けた脳無はぼろ切れのように宙を舞うと死柄木の手前の地面をバウンドして彼の目の前に転がる。

 

「な、なんだよあいつっ!風だけじゃねぇのかよっ⁉︎なんで水も使えんだよっ⁉︎パワーも速度もオールマイト並みだし、あんなんチートじゃねぇかっ‼︎‼︎くそっくそくそくそ、ふざけんなぁぁっ‼︎‼︎」

 

彼を圧倒していたと思っていた脳無が、彼の思わぬ反撃によりボロ雑巾のように転がる姿を目にし、首を血が出てもなおガリガリと掻きむしりながら、苛立ちと憎悪のままに叫ぶ。

そうして苛立ち八つ当たりするように叫び散らす死柄木を見る嵐は、冷めた口調で呟いた。

 

「…………最初から思っていたが、テメェガキだな」

「………あぁ?」

 

冷ややかな声でそう侮辱された死柄木は掻きむしる手をピタリと止めて、低い声を上げる。

ともすれば、怖気すら感じるであろうその声を前に嵐は呆れた表情を浮かべる。

 

「精神年齢がガキつってんだよ、この大馬鹿が。そこに転がってる木偶の坊をまるで買ってもらったばかりの玩具を見せつけるかのように自慢し、しかも、自分の思い通りに行かなきゃ癇癪起こして八つ当たりの逆ギレ。それが精神年齢がガキの子供大人と言わねぇでなんて言えばいいんだ?」

「このっ、ガキがっ、言わせておけばぁっ‼︎‼︎」

 

嵐の明らかな侮辱に死柄木は怒りにわなわなと身を震わせながら、殺気に満ちた視線を向ける。だが、嵐にとってはそんなもの、そこらのチンピラと同じ程度であり、大したものでは無い。

そして、死柄木は目の前に転がる脳無に視線を向けると苛立ちのままに叫ぶ。

 

「おい脳無っ、さっさと立てっ‼︎‼︎まだ戦えるだろっ‼︎早く立ってあのガキをとっとと殺せッッ‼︎‼︎」

「………っ」

 

死柄木の言葉に脳無の身体がピクリと反応する。そして、脳無の傷口からボコと肉が盛り上がると数秒もしないうちに元通りに再生してしまったのだ。

嵐のこれまでの蹂躙を意に介さずにむくりと立ち上がる脳無に、死柄木は苛立ちを一転させ子供のように無邪気に笑った。

 

「は、ははっ、そう、そうだよ。そうだよなっ‼︎‼︎先生がくれた脳無が、お前なんかに壊されるわけがないんだっ‼︎‼︎脳無は俺達の切り札なんだっ‼︎それが、たかだか学生一人に潰されるわけがないっ‼︎‼︎いくらお前が強くても、限界があるお前と比べて脳無は無限に戦えるっ‼︎‼︎お前は自分が勝ったように言ってるけどな、限界のあるお前じゃ勝てないんだよっ‼︎‼︎」

 

脳無の強さを信じきっているからだろうか、脳無が再び立ち上がったことに歓喜に身を震わせている死柄木は脳無へと再び命令する。

 

「さぁ行けっ脳無っ‼︎‼︎どれだけ再生してもいいっ‼︎‼︎あのガキを殺すまで絶対に動きを止めるなっ‼︎‼︎そうすれば、このゲーム俺達の勝ちだっ‼︎‼︎」

 

死柄木の歓喜の命令に従い、脳無は両足に力を込めて再び飛び出した。

嵐は迫る脳無を静かに睨みながら、独り言のように呟く。

 

「膂力、速度、強度は確かに申し分ねぇ。だが、それを使いこなす為の技術が全くねぇな。ただただ力任せに暴れてるだけだ。『武』を全く使いこなせてねぇ。だから」

 

既に目の前まで迫っている脳無が彼の頭めがけて拳を振り下ろす。だが、それを嵐は決して早くはない緩やかな動きで躱すと、

 

「もう見切れる」

 

すれ違いざまに嵐は黒刀を振り上げて右腕を容易く斬り飛ばした。続けて、振り返りながら振るわれた残った片腕も白扇で呆気なく斬り落とすと、更に風を纏った尻尾の薙ぎ払いが脳無の脇腹を打ち据えて大きく吹き飛ばしたのだ。

 

「で、誰が勝てないって?」

「……は………?」

 

最小限の動作で脳無の両腕が斬り飛ばされ吹き飛ばされた事に、彼の理解が追いついていないのか間抜けた声をあげて固まってしまう。

そんな彼に対して、そう言い放った嵐は答えることすらできない死柄木に振り向くと、次は彼を潰そうと足に力を込めるも、視界に影が落ちるのを見てそちらへと振り向く。

見れば、既に再生を済ませた脳無がそこにはいて、先程と同じように嵐に拳を振りかぶっていた。死柄木の命令通り、嵐を殺すまで動きを止めないつもりなのだろう。

だが、

 

「………もう見切ったって言ったはずだ」

 

嵐は脳無を一瞥し呆れるように言い放つと、無造作に扇を振り上げる。

扇からは《狂飆・雲薙ぎ》による暴風が放たれ、脳無を容易く吹き飛ばしたのだ。再び宙を舞う脳無に嵐は剣扇を構えながら飛翔し脳無に接近する。

 

「《飛翼・風斬羽———六連》」

 

疾風の如き速度で飛翔しながら敵と交差した瞬間に斬りつける技を嵐は空中で停止し再び飛び出す事で六連続繰り出す。

風が爆ぜる音が6度響き、脳無の身体が右腕、左腕、両脚と斬り飛ばされ、胴体、背中に二筋ずつの裂創が刻まれ、最後に胴体を斬り裂かれ上半身と下半身が別れた。

身体を六つに切り分けられた脳無は地面へとバラバラに落ちていく。再生するにしても胴体を泣き別れされては、しばらく時間はかかるだろう。出来なければそのまま死ねばいい。

そして、脳無がバラバラに斬り裂かれた光景に今度こそ死柄木の顔が恐怖に染まった。

 

「な、なんだよテメェっ‼︎なんなんだよっそのふざけた強さはぁっ‼︎オールマイトでもねぇテメェみてぇなガキがどうして脳無を圧倒できるんだよっ‼︎‼︎ふざけんなよっ、このチートのバケモノがぁっ‼︎‼︎」

「………………」

 

恐怖に怯えながらも恨みがましそうな目を向けてそう叫ぶ死柄木に、嵐は無言で視線を向けると、次の瞬間には死柄木の目の前に移動し、そのまま両脚を斬っていた。

 

「ぎ、あぁぁぁぁぁ⁉︎⁉︎」

「死柄木弔っ⁉︎グハァッ⁉︎」

 

斬り落とされはしなかったものの、太腿を深く斬られており鮮血が噴き出す。両脚を切られた激痛に地面を転がりながら悲鳴を上げる死柄木に、黒霧が慌てて近寄ろうとするも、嵐の回し蹴りがちょうど彼の首周りの金属のガードに当たり彼を蹴り飛ばす。

嵐が最初に一撃見舞った時は靄にあたりすり抜けてしまったが、彼の『危ない』という発言や服を着ていることから実体がある事に彼は気づいており、そこを狙ったのだ。

そして、地面を転がる黒霧に嵐が白扇を向けて構えた。すると、黒霧を風が包み込み拘束したのだ。

 

「《空絶(くうぜつ)風縛牢(ふうばくろう)》。テメェはそこで大人しくしてろ」

「ぐっ、動けんっ」

 

黒霧を風が包みこんで牢屋のようにして彼の肉体を圧迫する。圧し潰され肉体が軋む痛みに黒霧は靄を広げられずワープが出来なくなっていた。

黒霧を完全拘束した嵐は自身の眼前でいまだに苦痛に喘ぐ死柄木を見下ろす。

 

「ぐっ、あぁぁぁぁっっ‼︎‼︎このっ、バケモンがぁぁ‼︎」

 

血が溢れる両脚を抑えながら悶絶する死柄木は、殺気に血走った瞳を嵐に向けていた。

嵐は睨む死柄木を睥睨すると、足を振り上げ右肘を踏み砕いた。

バギィッと嫌な音がして、死柄木の右肘が砕かれる。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっ⁉︎」

 

ドーム内に死柄木の絶叫が木霊する。しかし、それだけでは終わらない。今度は左肘に尻尾が巻き付き、ぐしゃりと握り潰した。その次は、頭部を数度地面に亀裂ができるほどの威力で踏みつけていく。

 

「ぎぃ、あぁぁぁぁぁっ⁉︎や、やめっっ、ぐがっ、がはっ⁉︎げばっ⁉︎ごはっ⁉︎」

 

再び襲いかかった激痛に死柄木は悲鳴を上げながら、やめろと言おうとしていたものの続いた激痛に悲鳴しか上げられなくなる。

その光景にクラスメイト達はかつて耳郎達が抱いていたように、嵐に対して恐怖の感情を抱いてしまっていた。

彼らの反応など知らない嵐は最後に胸を踏みつけて抑えると、荒い呼吸を繰り返す死柄木を見下ろしながら殺意に満ちた眼光を向け口を開いた。

 

「因果応報だ。テメェは脳無に命じて、相澤先生をあんなにボロボロにした。テメェがやった事だ。だったら、テメェ自身に跳ね返っても文句は言えねぇだろ?」

「……ひっ…ぁあ……」

 

死柄木の喉から引き攣った悲鳴が零れた。

嵐の殺意に満ちた紅い眼光や彼自身が放つ気迫に、死柄木の本能が呑まれ彼に本能的恐怖を抱く。恐怖により震え始めた死柄木に嵐は怒りが滲む口調で静かに告げる。

 

「本来なら、テメェはこの後警察に引き渡して尋問し背後関係を吐かせるのが道理だ。だが、そんなことは俺にはどうでもいい。今ここでテメェらは全員俺が殺す。テメェらは俺の縄張りに入って好き勝手し、俺の大切な仲間達を傷つけた。…………テメェらは俺の逆鱗に触れた。それが、テメェらが今ここで滅ぶ理由だ」

「………っっ‼︎⁉︎」

 

縄張りに入り、大切な者達を傷つけた。

たったそれだけ、されど嵐にとっては彼らを滅ぼす為の十分な理由になり得るのだ。

それは、『人間』の理屈ではなく、生態系、弱肉強食の世界の枠組みすら超越した別次元にいる絶対的存在である『龍』の本能によるもの。

嵐はヒーローを目指す人間の理性ではなく、怒り狂う嵐龍の本能のままに彼らを殺そうとしているのだ。

 

死柄木はその理由を知らずとも、自分を見下ろす紅い瞳から、彼が本気で自分たちを殺そうとしている事を理解してしまった。

それは黒霧も同様であり、彼は焦った声をあげて身を捩らせる。

 

「死柄木、弔っ……ぐぁぁっ‼︎」

「黒霧っ!」

「大人しくしてろって言ったよなぁ?テメェから先に死にてぇか?」

「ぐっ、おぉぉっ⁉︎」

 

声をあげて身を捩らせた黒霧は直後、苦悶の声を上げる。嵐が風の圧力を強めたからだ。死柄木が思わず彼の名を呼ぶ中、嵐の冷酷な声音が淡々と響き、黒霧の悲鳴も響く。

しかし、黒霧は苦痛に悶えながらも絞り出すように声をあげた。

 

「ぐっ、わ、私は、死柄木弔を守る者っ‼︎彼を殺すのならば、私から先に殺せっ‼︎‼︎」

「……………」

 

死柄木を守ろうとするために我が身を差し出す黒霧に嵐はしばらく彼を無言で見ていたが、やがて、

 

「くだらねぇ」

 

心底つまらなそうに、吐き捨てた。

 

「あんな人の尊厳を踏み躙るような愚物を嬉々として使うテメェらに人の心が残っているとはな。なぁ、テメェらはどうしてあんなのを平気で使えるんだ?テメェらは人の命をなんだと思ってるんだ?何が楽しいんだ?何が面白いんだ?あぁ別に答えなくていいぞ。聞いたところで、俺の期待する答えが返ってくるわけねぇからな」

 

そう一人で自己完結した嵐は、死柄木へと視線を戻しながら、はっきりと告げた。

 

「もう時間も惜しい。とっとと終わらせるか」

 

そういうと、徐に嵐は深く息を吸い込み始めると顎門を開く。そこには水が圧縮されており、真下にいる死柄木には渦を巻く白い波濤がはっきりと見えた。 

バカでも理解できる。嵐はあの脳無を穿ったブレスをこの超至近距離で放ち死柄木の頭を消し飛ばそうとしているのだ。

 

「………くそっ‼︎このっ、離せっ‼︎‼︎クソっ‼︎クソぉぉっ‼︎‼︎」

 

確実に殺される。

迫る死の恐怖に、自分を見下ろす塵芥でも見るような紅い瞳に、死柄木はぞわりと背筋に寒気が走り恐怖に慄きながら、必死に身を捩らせ逃げようとするものの嵐の踏み付けは全く緩まない。

 

「くそっくそくそくそっ‼︎ふざけんなよっこのバケモンがっ‼︎‼︎初手からデスゲーやらせやがって‼︎‼︎こんな理不尽あってたまるかっ‼︎‼︎くそっ、お前らが嫌いだっ‼︎ヒーローも、この社会も何もかもが嫌いだっ‼︎‼︎失せろっ‼︎消えろっ‼︎死ねっ‼︎死ねっ‼︎‼︎全部全部死にやがれぇぇぇぇぇぇ‼︎‼︎‼︎」

 

苦し紛れの抵抗とでもいうべきか、死柄木は必死に身を捩らせながら、憎しみに満ちた叫び声を上げ、嵐を殺気が宿る眼光で睨む。だが、そんなもの無駄な抵抗にすぎず、嵐を止めることはできない。

 

その様子を遠くから見ていたクラスメイト達は嵐が敵とは言え人殺しをやろうとしていることに青ざめながら、慌てて声をあげて彼を止めようとする。耳郎と障子、緑谷に至っては叫びながら既に飛び出していた。

しかし、それでも彼らが嵐に辿り着くよりも先にブレスは放たれるだろう。

 

「———消えろ」

「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎‼︎‼︎」

 

そして、死柄木の慟哭が響く中、彼を完全に消し飛ばすべくブレスを解き放とうとした瞬間、バシャと水音が聞こえ腐ったような異臭が漂う。

 

「……?なんだ?」

 

嵐は突如感じたソレにブレスを中断させて訝しむようにそちらを睨む。見れば、中空に黒い汚泥のような水が浮いており、バシャバシャと噴き出ていたのだ。

死柄木達にも意識を向けながら、一切の警戒心を緩めず瞬きすらせずに水の動きに注視していると、突如そこから漆黒の炎が噴き出したのだ。しかも、その炎の矛先は死柄木を踏みつける嵐に向いていた。

 

「っっ‼︎‼︎」

 

嵐はすぐに死柄木から飛び退いて大きく距離をとる。

 

「チッ、新手かっ」

 

剣扇を構えて憎らしげにつぶやくと、黒い汚泥を睨みつけ警戒する。黒炎が外れたことを察したか知らないが、嵐が警戒する先で水の中から何者かが姿を現した。

 

現れたのは、一人の女だ。

 

まず見えたのは、黒に赤い炎を模した紋様が刻まれている黒赤の耳のない狐面と、嵐の髪とは違い、色素が抜け落ちたかのような白い長髪と本物の狐耳。

面から覗く瞳は、血のような真紅で禍々しく輝いている。

続いて水の中から伸びるのは瞳同様紅い鉤爪の生えた両腕だ。両腕は二の腕から先が白く、二の腕から肩にかけては黒い皮膚に覆われている。

更に現れたのは、豊満な肉体を包む白を基調とした巫女服のような格好。

靴などの類は履いておらず、袴に似た腰巻きから覗く脚は腕と同様膝から下が白く、太腿は黒い。爪先には紅い鉤爪が備わっている。

面の下は分からないが、服の間から覗く皮膚は二の腕と膝から先以外は例外なく漆黒色であり、全身に真紅の紋様が浮かんでいた。

 

そして、最後に最も特徴的なのが姿を見せる。それは髪と同じ白色で、先端部分が鉤爪と同じ真紅色の毛皮の()()()()()()()だった。

 

「尾が……九本……だと………?」

 

嵐は全貌を見せた新たな敵に、目を見開き僅かに動揺する。

狐の尻尾を持つ個性は別におかしくはない。だが、肝心なのは本数だ。なぜ、彼女に九本の尻尾がある?偶然か、あるいは………

 

彼女の姿に動揺する嵐をよそに、その女は死柄木達を守る様に立つと、彼らへと視線を向けた。

 

『死柄木、黒霧、どうやら手酷くやられたようだな』

 

変声機でも使っているのか彼女の声は機械音声の無機質なものであった。死柄木はその場から起き上がることすらできず、倒れたまま途切れ途切れに声を出す。

 

「ぐっ……は、白妖(はくよう)……なんで、お前が、ここに?」

()()()から万が一に備えて様子を見てきてほしいと言われたのだ。初めは静観するつもりだったが、状況を見るからに君が危なそうだったからな、こうして介入した次第だ』

「………正直、助かったぜ。あと一瞬遅けりゃ、俺は殺されてたよ」

『そうか。間に合って何よりだな。それで黒霧、君はその牢から抜け出せないのか?』

 

白妖。そう呼ばれた彼女は、淡々と無機質な口調で僅かに安堵すると、風で拘束されたままの黒霧へと声をかけた。

黒霧は苦しそうにしながら詫びる。

 

「すみません。私では、ここから抜け出すのは難しい」

『君が抜け出せないほどの風の牢か。なるほど、それはさぞかし強固なんだろう。確かに君では脱出は不可能だな。いいだろう、私が手助けしよう』

 

そう言って彼女は右腕を翳して風牢に手を差し込む。吹き荒れる暴風が彼女の手を弾こうとするも、構わずに強引に中に手を差し込んだ彼女は、内側から黒炎と()()()()()()を放って《空絶・風縛牢》を喰い破ったのだ。

風の牢獄が破られ霧散したことに、嵐は目を見開いて驚愕をあらわにする。

 

(俺の《風縛牢》を破りやがったっ‼︎⁉︎)

 

嵐の《空絶・風縛牢》はいわば、吹き荒れる風で対象を包み込んで拘束する技。使い方次第では、捕らえた敵を風圧で圧壊することも可能であり、吹き荒れる風で内外両面からの攻撃を弾くことで、脱出不可の牢獄にする技。

かなりの強度で構築した風牢を、彼女は破いた。ソレができる事自体並大抵の存在じゃない。嵐は一気に警戒レベルを引き上げると、緊張が混じる声音で静かに尋ねる。

 

「テメェは……何者だ…?」

 

問いかけられた女は、嵐へと向き直るとあっさりと名乗った。

 

『私の名は白妖。敵連合に属し、黒霧とは対となる、死柄木弔の敵を排除する爪牙だ。見たところ、君が脳無をも圧倒し死柄木達を追い詰めたようだな』

「だとしたら、どうする?」

 

一切警戒を緩めない嵐は緊張が滲む声音のままそう尋ね返した。

 

『なに、簡単だ。死柄木の脅威である君を殺すだけの話だ。ちょうど、脳無も再生し終わった様だしな。二人がかりで君を殺そう』

 

その言葉の直後、白妖の隣に黒い影が着地する。その影は——脳無だ。先程胴体をぶった斬ったはずなのに、肉体は繋がっており、四肢も元に戻っている。

 

「チッ……あれでも再生するのかよっ」

『あの脳無をここまで追い詰めたのだ。君は自分の強さに自信を持っていいだろう。あんなこと出来るものなどプロ含めて五人といないだろうな』

 

彼女の掛け値なしの賞賛に嵐はおどけて喜ぶそぶりすら見せずに、険しい表情で冷や汗を流しながら、冷静に状況を分析する。

 

(あの女……総合的な強さは、脳無より上だな)

 

白妖。その実力は不明だが、外見や発せられる気配からオールマイト並みと言われていた脳無よりも総合的に強いと嵐は判断する。

明らかにあの脳無よりも格上なのは間違いないだろう。

嵐が警戒心をあらわにし、一切の隙を見せない構えを取る中、白妖は後ろにいる二人に告げる。

 

『死柄木、黒霧。君達は休んでいるといい、あの青年は、私と脳無が始末しよう』

「……あぁ……そうさせてもらうぜ。しっかり殺せよ」

「白妖、お気をつけを。あの青年、強さは間違いなくオールマイトに近しいレベルです」

『分かっているさ。私がしっかりと殺そう』

 

そう言って彼女は両手を広げると鉤爪から赤黒い血を放出しながら、凝縮させて二振りの赤黒い小太刀を作り出し構えをとったのだ。

 

(明らかに小太刀の扱いになれている構えだ。しかも、黒炎だけでなく血も操作できるのか。くそっ、マジで脳無より厄介じゃねぇか)

 

嵐は内心で思わず毒づく。

あの血を凝固させた小太刀が彼女のスタイルだとするならば、彼女は武術に精通していることが窺える。

脳無よりも格上の彼女が確かな武術も備えているのならば、間違いなく強敵だ。

ソレに加えて、完全復活を遂げた脳無まで加わっている。まさしく最悪の展開だ。

 

(……単純計算でオールマイト二人と戦わなくちゃいけねぇ。くそっ、やるしかねぇのか?)

 

オールマイトや他の教師達がいない今、この二人を同時に相手できるのは自分しかいない。

そして、自分が敗北してしまえばここにいる仲間達にも彼らの暴力が向くだろう。抗えるほどの実力がない彼らではただ鏖殺されるだけだ。

それは、それだけは、なんとしてでも避けなくちゃいけない。

 

(………俺は、今度こそ護れるようにこの力を使いこなす訓練をしてきた……)

 

嵐の中で葛藤が生まれる。

それは、己の全力をここで使うか否かということ。

己の全力を解き放てば、この二人を凌駕できる可能性が生まれる。しかし、クラスメイト達の目がある中で、この個性を解放した時、彼らは一体どんな反応をするのだろうか。

きっとあの時と同じで怪物を見るように怯えるだろう。その反応を想像してしまい嵐は僅かに躊躇してしまった。

だが、その躊躇いを2度3度頭を振って追い払う。

 

(いやっ、やるしかねぇ。オールマイトもいない今、俺が倒れたら誰がアイツらを護るんだっ‼︎⁉︎そもそも何のために俺は力を使いこなそうとしているっ⁉︎)

 

自分は何が為にこの厄災の力を振るうのか。

決まっている。殺してしまった姉に報いる為であり、今度こそ大切な者達を護る為だ。護る為に、嵐はこの力を使いこなすと決めたのだ。

 

(恐れられてもいいっ‼︎この場にいるあいつらが一人でも傷つけられることの方が俺には耐えられねぇっ‼︎‼︎)

 

自分の背後には護るべきクラスメイト達や負傷している先生達がいる。誰一人死なせないと嵐は誓ったはずだ。

護る為ならば自分はいくらでも恐れられてもいい。元々、恐れられるのには慣れている身だ。恐れられるよりも、彼らが全員無事に生き延びる方が大事なことだ。

 

だったら、もう躊躇する理由はない。

 

「ふ——っ、は——っ」

 

一度目を閉じて深呼吸を繰り返した嵐は、静かに瞳を開く。爛々と輝く紅い眼光が自分が排除すべき敵をはっきりと睨みつけていた。

 

『ッッほう、来るか』

 

何かを感じたのだろう、白妖が興味深そうに頷いた。その視線に対し、嵐は剣扇を仕舞うと両腕を大きく広げながら腰を低く落として呟く。

 

「外への影響も鑑みるとやるにしても5分ってところか、早々にケリをつけるぞ」

 

彼の言葉に呼応し彼の周囲を暴風が吹き荒れる。空間そのものを揺るがすほどに荒れ狂う暴風の中心で嵐の肉体が次第に肥大化を始めており、彼は牙を剥き出しにし叫ぶ。

 

「《嵐龍変(らんりゅうへん)——っ‼︎」

『ッッ‼︎』

 

完全に力を解放しようとした瞬間、後方から巨大な破壊音が響いたのだ。

変化を中断し風も多少弱めると嵐はそちらへと振り返る。白妖や脳無も何事かとそちらへと視線を向けた。

視線の先、噴水広場に続く階段の上の広場、この施設の出入り口がある辺りから濛々と土煙が上がっていたのだ。そして、その、土煙の中から一人の男が姿を現した。

 

 

 

『皆本当によく頑張った‼︎‼︎』

 

 

 

それは、生徒達の多くが待ち望んでいた希望。

 

 

 

『もう大丈夫だ‼︎‼︎』

 

 

 

最強にして最高のヒーロー。

 

 

 

『何故って?』

 

 

 

日本が世界に誇る『平和の象徴』を冠する偉大なるトップヒーロー。

 

 

 

『私が来たッッ‼︎‼︎』

 

 

 

オールマイトが、そこにいた。

 

 

 




死柄木間一髪で助かりましたね。
いやー嵐君容赦なくて怖っ。まぁ古龍をブチギレさせたのでこうなっても仕方なかったんですかね。
そして、最後にオールマイト並みの敵の増援が来たのと、同時に遂にオールマイトが来てくれたという敵味方共に強力すぎる増援が来て、とんでも無い展開になったところで次回に持ち越しです。
一応、USJは後2話ほどで終わらせる予定です。

あと、個人的に思ったんですが脳無は頭を潰さない限りは、何しても死なないんですかね?今作では胴体ぶった切っても時間さえあれば再生できるようにはしていたんですけど、『黒』色の脳無の再生力がどこまで作用するかが詳しい線引きがわからなくて、私個人の見解で書かせていただきました。





嵐のイメージCV誰がいいと思いますか?

  • 小野大輔
  • 諏訪部順一
  • 細谷佳正
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