天を舞う大嵐、英雄とならん   作:桐谷 アキト

20 / 29

今回でUSJ編は終了ですっ‼︎‼︎


20話 前へ進む

 

 

 

嵐が目を覚ましてしばらくして、看護師や医師が病室に来て嵐の全身検査を行った。

隅から隅まで精密検査を終え検査結果を見た医師は、驚愕を隠し切れておらず信じられないものを見たかのように震える声で呟く。

 

「…………信じられない。まさか、一晩でここまで回復してしまうなんて……昨夜のこともそうですが、本当に奇跡ですね……」

 

驚愕する医者曰く本来ならば嵐はまず助かる見込みがなかったらしい。

右腕欠損、右眼球損傷、胸部に風穴、全身に火傷に裂傷。どれか一つとっても重傷確定の傷が複数ある上に、手術室に運ばれた時点で既に致死量を超えた血を流していたそうだ。

更に付け加えると、嵐の体内にはどの毒よりも強力な致死性の猛毒が大量に入っていたらしく、一滴でも体内に入れば細胞が壊死していくほどの強力な毒が嵐を蝕んでいたそうだ。

この時点で一般人、いやプロヒーローであっても既に手の施しようがないほどの状態だったのだが、幸いにも嵐の特殊な個性のおかげで、瀬戸際のところで何時間も踏ん張ってはいた。しかし、それでも大量に血を流し続け現在進行形で身体が弱っていたせいで嵐は医師達の奮闘虚しく、ちょうど日付が変わる頃に一度心臓が止まったらしい。

 

医師達が全力を尽くして蘇生処置を施したものの、何時間経っても心臓は動かないため、彼の死亡時刻を記録しようとした時、奇跡が起きた。

 

手術台に寝かされている嵐の身体がAEDを当てたように一度跳ねたのだ。

それから、嵐の肌が勝手に黒い鱗へと変化して胸部が黄金に輝いたのだ。

そこからはもう驚愕の連続だったそうだ。突然嵐の心臓が鼓動を再開させたかと思えば、胸部の輝きを起点に全身の鱗の隙間から黄金の輝きが溢れ、鳩尾に空いていたはずの風穴が徐々に小さくなり数分後には完全に塞がっていたのだから。他の傷も同様であり、流血がとまり傷が塞がって小さくなりつつあった。体内に残る毒素も少しずつだが確実に解毒を行い回復し始めていたのだ。

何時間にも及ぶ手術でも手の施しようがなかったというのに、嵐自身の肉体が勝手に蘇生を始めたのだ。

 

まさしく、奇跡だった。

 

それからは、右腕や右目は欠損した状態のままで、全身の傷も最低限塞がりまだ痛々しい跡が残る程であり、更には体内に蔓延る毒もまだ完全には抜けきっていないものの死には至らないレベルにまで解毒されている為、後は目を覚ますのを待つだけだと今朝方に病室に移された。

しかし、医師達は目覚めるかどうかもわからず、植物状態もありえると覚悟していた為、わずか数時間で目覚めるのは予想外だったらしい。

話を聞いて沈黙した嵐を他所に医師は看護師に包帯を付け替えさせながら続ける。

 

「旭さんからは八雲さんは腕や脚がなくなっても2、3日で生え変わるほどの高い再生能力を有していると聞いています」

「ええ、そうです。ですが、右腕は見ての通りで、右目もまだ見えていません。明らかに普段よりも再生速度が格段に遅いです。これってもしかして毒が関係してますか?」

 

包帯が取られ、露わになった嵐の右顔面は、痛々しい大きな傷跡が残っており右目が赤い血で濁っているように見えた。しかし、これでも傷はあの時よりも小さくなっているのだ。

そして、嵐の再生能力ならば、肉体の欠損ならば2、3日で治る。腕ならもう数割は生えているだろうし、目であってもぼんやりと見えてもいいはず。しかし、右腕はまだ再生を始めてすらいなくて、右目も視界が真っ暗だった。

そして、身体に痺れが残っており満足に動かせないことから、白妖の強力な毒のせいで再生にも影響が出ているのではないかと推測した嵐がそう尋ねたのだ。医師はその問いかけに首肯する。

 

「恐らくはそうでしょう。体内に残る毒が抜けきっておらず、そちらの解毒を身体が優先しているからかもしれません。これは私の予想ですが、解毒が完了したら、肉体の再生も始まるでしょう」

「………そうですか、では毒が完全に抜け切るのはいつぐらいか分かりますか?」

 

今度は医師達と反対側に座る巴がそう尋ねた。医師は難しい顔をしながら答える。

 

「……これまでの解毒スピードから判断すると、一週間はかかるでしょう。ですが、予想外の高い再生力に加えて、これからは食事を取れることを考えればもっと早く回復されるかもしれませんね。とはいえ、毒の後遺症で身体はまだ満足に動かせないはずですから、一週間は車椅子生活になるでしょう」

「………そうですか。はい、分かりました」

 

医師から一通りの説明を聞いた巴は深く息をついて安堵する。まだ後遺症が残っているものの、それでも嵐の体調がこれ以上悪くはならないことに安堵したのだ。

嵐も安堵したような表情を浮かべると、小さく呟いた。

 

「………今回ばかりは、嵐龍(お前)に救われたな」

 

今まで感謝するどころか嫌っていたが、こうして一命を取り留めれたのはこの個性のおかげなので、嵐は生まれて初めてこの怪物の個性に感謝した。

そう礼を言った嵐は医師に尋ねる。

 

「………それで、いつ俺は学校に通えますか?」

「………うーん、完全に歩けるようになってからだと来週になりますが、車椅子での登校なら、三日後くらいですかね」

「………明日に退院することは、できませんか?」

 

自分でも無理な頼みをしているというのは分かっている。だが、それでも嵐はクラスメイトに早く自分の口で無事を伝えたかったのだ。

そんな想いに気づいてか定かではないが、医師は優しく微笑んで答える。

 

「…………明日もう一度検査して決めましょう。八雲さんの回復力ですと、もしかしたら明日の退院も可能かもしれませんからね。今日はゆっくり休んでてください」

「………そう、ですか。はい、わかりました」

「救急隊員から聞きましたが、クラスメイトの皆さんはとても落ち込んでいたそうです。よっぽど心配されてたんでしょうね。そして、貴方自身もクラスメイトの皆様を大切にされているようですね」

「…………」

 

面白そうに言った医師の言葉に嵐は若干照れ臭そうに顔を背けた。しかし、その耳が赤くなっていたから、照れは全く隠せていなかったが。それを見た医師や看護師、巴が揃って笑みを浮かべた。

 

そして、しばらくして全身に巻いていた包帯の取り替えの処置が終わった後、医師も診察や必要事項を伝え終えた。

 

「では、八雲さん、今日はゆっくり休んでてください。明日、また検査しましょう」

「はい。ありがとうございます。本当に助かりました」

「本当にありがとうございます」

 

嵐は上体を起こすと医師達に深く頭を下げ、巴も椅子から立ち上がると嵐同様に深く頭を下げて感謝の意を示す。

しかし、医師達は当然のように首を横に振る。

 

「いえいえ、私共は何もできませんでした。貴方が自分自身の力で助かったんですよ」

 

自分達では嵐を救うことができなかった。嵐が一命を取り留めたのは、嵐自身の力だと言って、医師達はそのまま病室を後にした。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

医師達が病室を去った後、嵐は遅めの昼食をとっていたのだが、まだ体が痺れ満足に動かせない為、巴の補助で食べさせてもらって丁度食べ終わった頃、病室の扉がノックされた。

 

「やぁ!八雲君‼︎」

「失礼するよ、八雲少年」

「入るわね。八雲君」

「入るぞ」

 

許可を受けて入ってきたのは、四人。

声をかけてきたのは白い珍獣ー雄英高校校長の根津と黄色いスーツの筋骨隆々の大男ーオールマイト、そして、長い黒髪にスーツ越しにでも凹凸のはっきりとした肢体がわかる見事なプロポーションの眼鏡をかけた女性だ。

 

「校長先生にオールマイト、それにミッドナイト先生…」

 

スーツ姿の女性は雄英で近代ヒーロー美術史を担当しているプロヒーローであり、普段は超極薄タイツという過激なコスチュームを着ているのだが、流石にこう言った場ではスーツらしい。

ただ、スコスチューム姿ではSM嬢のような印象があったが、スーツ姿だとバリバリのキャリアウーマンのようだ。嵐はその感想を素直に口にした。

 

「スーツ姿もよくお似合いですね」

「ふふ、ありがとう」

 

惜しまない賞賛にミッドナイトは妖艶に微笑む。そして、最後に入ってきた人物に嵐は振り向くと、少し戸惑いながらも尋ねた。

 

「えーと、相澤先生であってますよね?」

「まぁこんな見た目だからな。ともかく、お前が無事でよかったよ」

 

最後に入ってきた男性。黒一色の格好に顔面と両腕を包帯でぐるぐる巻きにした半ミイラ状態の男は、あろうことか相澤だったのだ。

嵐は雰囲気と匂いで何となく気づいていた。まぁ、あれだけの怪我だったのだ。これだけの包帯を巻かれていても納得できる。

 

「八雲少年。これフルーツの缶詰とゼリーの詰め合わせね。後で食べてね」

「おぉ、ありがとうございます。オールマイト。巴さん冷蔵庫に入れといて」

「ええ」

 

オールマイトが胸の前で見舞い品が入った袋を抱えるてる姿が少しシュールで、それをみた嵐がすこし笑いながらも礼を言って巴に頼んで冷蔵庫に入れてもらう。

受け取った巴は冷蔵庫に見舞品を入れた後、オールマイト達に軽く頭を下げる。

 

「初めまして、雄英高校の皆様方。私は嵐様の付き人の旭巴です。嵐様がお世話になっています」

「ご丁寧にありがとうございます。僕は校長の根津です。こちらがオールマイトに、ミッドナイト、担任の相澤です。今回は八雲君のことで話をしに来ました」

「先生方すみません。椅子が足りないんで、今頼んで持ってきてもらいます。ですから、それまではお手数ですが「いや、その必要はないよ」…え?」

 

巴が会釈して自己紹介して根津達が自分達もお辞儀を返す中、嵐がナースコールを手に取りながら話していたら、根津がそれを遮る。

そして、他の三人に視線を向けて一度頷き合うと、

 

「ちょっ……⁉︎」

 

突然、四人が揃って嵐に深々と頭を下げたのだ。

 

「申し訳なかった。私達の失態のせいで、君に酷い怪我を負わせてしまった。守るべき君を戦わせて、大怪我を負わせたこと本当に申し訳ない」

 

代表して話す根津の言葉に嵐は明らかにあわてて動揺する。

 

「あ、頭を上げてくださいっ‼︎今回の件は仕方ない部分が大きかったんですっ。態々先生達が謝ることなんて一つもっ」

「いや、謝るべきなんだよ私達は。八雲少年、あの場には本来なら最初から私もいるはずだった。ただ、事件に何個も首を突っ込んで時間ギリギリまで活動してしまい、授業に出られなかった私の落ち度があの事件を引き起こしたんだ」

「それに、私達は敵の襲撃が起きることは予測していたんだ。前に昼休みに警報が鳴った件は覚えているかい?」

 

マスコミが校内に侵入したあの事件。忘れるわけがない。なぜなら、嵐はあの事件で今回の敵の襲撃を予感したのだから。

 

「はい、勿論です。アレはマスコミを扇動した敵の仕業だと俺は考えていました。ですから、近いうちに襲撃が来ると俺自身も備えていました」

「………そうか、君も僕達と同じく備えていたってわけだね。うん、その通りだ。僕達もあの事件が敵の宣戦布告だと考えていた。そして、彼らの目的がオールマイトであることも予想はしていたのさ」

「私の存在が敵の抑止力になり得ていて、同時に対抗策でもあった。だというのに、私は……」

「1番の被害者である八雲君を前に、これは言い訳にしかならないかもしれないけど、どうかオールマイトだけを責めないであげて。私達全員の認識が甘かったから、今回の事件が起きてしまったの。だから、本当にごめんなさい」

「……………」

 

根津、オールマイト、ミッドナイトの三人がそう言って再び四人揃って頭を下げる姿に嵐は静かな表情のまま押し黙る。

巴は何か言いたげそうで表情に怒りに歪んでいたものの、主人である嵐が何も言わないことから、彼の様子を窺うように静観する。

 

(………確かに話の筋は通っている)

 

嵐は彼らの説明に納得()していた。

確かに守るべき生徒を守れずに大怪我を負わせたことや、その根本的な原因が根津を始めた教師陣の認識の甘さ、それらが運悪く噛み合わさり嵐が死にかけるという事態を招いた。

だからこその謝罪というのも分かる。だが、それでもだ。

 

「………一応、謝罪は受け取ります。ですが、俺個人としては貴方達を責めるつもりはありません」

「八雲少年……」

「今回ばかりは相手が悪かったと思います。雄英のシステムを潜り抜けることができるワープを持つ黒霧、オールマイト並みの力を持つ脳無。主犯格の死柄木弔。その他にもチンピラとはいえ百数十名の敵。外との通信が絶たれ隔絶されたUSJ。相澤先生と13号先生が戦闘不能にされた。敵の戦力と、襲われた場所、俺達の状況その全てが悪すぎました」

 

今回は仕方なかった。嵐の下した結論はそれだった。プロ2名がやられてしまうほどに敵が強力すぎたのもあったし、完全に隔絶された場所で襲撃を受けたことで完全に後手に回らざるを得なかったのだ。

そんな最悪の状況だったからこそ、

 

「誰かが無茶をしなければいけなかった。そして、あの場でオールマイトが来るまでに脳無達主力とまともに渡り合えることができたのは俺だけです。だからこそ、俺が戦った。

事実、俺は脳無に善戦できていたし黒霧と死柄木を追い詰めれていました。あのまま行けば俺は三人を捕縛……いや、殺すこともできた。ですが……」

 

そう、それは叶わなかった。なぜなら、

 

「紅葉姉……いえ、今は白妖と呼ばれてる彼女が増援として来たから、俺はこんな無様を晒し、更には奴等を取り逃がしてしまった。彼女が来なければ、こんな事にはならなかった」

『…………』

 

嵐は顔を俯かせて深い後悔が滲む表情のまま呻くようにそう呟く。その後悔の証拠に、布団が強く握られ震えているほどだった。

白妖が現れてから全てが狂った。そう言わざるを得なかった。白妖が単純に強いのもあったし、それ以上に彼女が死んだはずの姉紅葉だったからこそ、嵐は戦うことが出来ずにあんな無様を晒してしまったのだ。

嵐を中心に重苦しい空気が広がる中、ミッドナイトが悲しみを堪えるように呟く。

 

「………じゃあ、本当に白妖という敵は、紅葉ちゃんだったのね」

「………はい。死体を改造したと言っていました。俺も顔をはっきりと見ましたし、見間違えるはずがありません」

「………そう、八雲君辛かったわね」

 

目の端に涙をうかばせながら彼女が嵐の頭を撫でながら優しく労う。嵐はその慰めに暗い表情のまま答えた。

 

「…‥ありがとうございます。そういえば、先生が紅葉姉の担任でしたね」

「ええ、個性的なA組の面子を纏めてくれた頼れる子だった。きっとあの子なら一層優しくて、立派なヒーローになると確信すらしてたわ」

「そう、でしたか……」

 

ミッドナイトはかつての紅葉の担任でもあり、他の教員よりも彼女個人への思い入れは一層強かった。だから、嵐ほどではないものの彼女の死体が改造され敵として人殺しに使われている事実は辛かったのだろう。

そして、一瞬会話が途切れた時、今度は今までずっと沈黙していた相澤が彼に尋ねる。

 

「八雲、助けられた身としては色々と言いたくはないが、あえて聞こう。お前はなぜあの時、敵を捕縛ではなく抹殺しようとした?」

「…………」

 

包帯と黒髪の奥から覗く鋭い眼光と放たれた言葉に嵐は真剣な表情のまま沈黙する。そして、返事を待たずに相澤は続け嵐が行った所業を突きつける。

 

「お前は再生するからと言って脳無を容赦なく切り刻み、主犯の死柄木を超至近距離のブレスで消し飛ばそうとしたな。ヒーローとはいえ敵を殺すのは御法度だ。それをお前は十分に分かっていたはずだ。だが、お前は躊躇いなく殺そうとした。他のチンピラ共もそうだ。お前がいた山岳ゾーンの敵達は他よりも特に怪我が酷かった。殆どが血を流しすぎていて中には命が危うかった奴等もいたそうだ」

 

キツイ相澤の言葉に隣に座るミッドナイトとオールマイトがちょっと慌てながら止めようとする。

 

「………ちょっと、相澤君今そのことは……」

「あ、相澤君、今の彼にそれはちょっと……」

「いえ、今話すべきです。あの時、13号と共に生徒達を守るよう頼んだ俺にも非はある。だが、それでもだ。八雲、お前の一連の行動は俺達を守る為とは言えやり過ぎだ。プロヒーローとしても、教師としても絶対に誉められたものじゃない。怒りのままに暴れれば何も残らないぞ」

「…………」

 

キツイ口調で咎めるように放たれた言葉に嵐は暫しの沈黙を浮かべると、やがて静かに口を開いた。

 

「…………確かに、あの時の俺の行動がヒーローらしからぬものだったのは認めます。そのせいで耳郎達を怖がらせたのは本当だし、死柄木を殺そうとしたのも否定はしません。ですが、俺は最初から奴等を生かして帰すつもりはありませんでした」

「………何故だ?」

「……奴等が俺の大切な人達を傷つけたからです。クラスメイト達に不安と恐怖を与え、殺そうとしたこと。先生達が殺されかけたこと。それらが俺にはどうしても許せませんでした」

 

それは嵐の嘘偽りのない本心だ。

友を恐怖に陥れたから、先生達を傷つけ殺そうとしたから。己の『大切』を傷つけたから。嵐は龍の本能に身を委ね彼らを殺そうとしたのだ。

 

「……だから、殺そうとしたのか?」

「勝手な言い分なのは分かっています。『人間』の理屈に照らし合わせれば外れた考えでしょう。ですが、それを差し引いたとしても俺はあの場で奴等を殺すべきだと判断しました。それだけ、奴等が危険な存在だと感じたからです」

「……八雲少年、そう思った理由を聞かせてもらってもいいかい?」

 

怒りが滲む口調で言い放った嵐の発言を聞き、オールマイトが険しい表情を浮かべてそう尋ねる。同じく敵の主力と戦ったものとして、嵐の見解を聞きたいのだろう。

だから、嵐は己の推測を話し始める。

 

「主犯の死柄木弔。彼ははっきり言って精神がガキのいわゆる子供大人です。チュートリアルやチート、クソゲー、まるでゲームを遊んでいるかのような発言が多々あり、そのほかにも脳無を買ってもらったばかりの玩具のように自慢していたり、自分が不利になれば露骨に癇癪を立てる。雄英襲撃という大それた事件を起こした割には、あまりにも子供染みていました」

「……そうか、やはり君もそう感じたわけか」

 

オールマイトも彼の意見には概ね同意だ。死柄木弔は一言で言えば子供大人だ。『もっともらしい稚拙な暴論』や『自分の所有物を自慢する』、思い通りになると思っている単純な思考から直接対峙したオールマイトも同じ結論を出していたのだ。

しかし、そこで嵐の推測は終わらなかった。

 

「はい。そして、俺が危険だと思った理由はまさしくそれです。子供大人ということは、裏を返せば成長する余地があると言うことです」

「……確かに、そうだね。生徒らと同じだ。もしも優秀な指導者がいればその主犯はこれから成長してしまうだろうね」

「その通りです。そして、残念なことに、死柄木には既に指導者がいるでしょう」

『ッッ⁉︎』

 

嵐の推測に教師四人だけでなく巴すらも驚愕する。嵐は彼らの驚愕を前にそのまま続ける。

 

「戦闘中奴は『先生』という単語を何度も口にしていました。しかも、脳無はその先生がくれた切り札とも。そして、白妖も『あの方』の命令で来たと言っていました。だから、彼には既に指導者がいて、今回の襲撃はその先生とやらが考えたのではないかと思います。

そして、それだけのことを思いつき実行させる程です。恐らく、その先生とやらは相当危険な敵です。その敵がこれから死柄木を育てるのならば、確実に危険な存在になりうる。だから、俺はそうなる前に殺すべきだと判断しました」

『……………』

 

嵐の推測を聞いた彼らは一様に沈黙する。

彼から聞かされた死柄木の背後にいる先生という存在。確かに嵐の話ならば、死柄木が稚拙なのも、それに反して用意周到に仕組まれたこの事件にも納得がいく。

詳しい理由や目的などははっきりとしていないものの、それでも嵐よりもたらされたこの情報は大きな価値があった。顎に手を当てて考え込んでいた根津は自分の中で考えをまとめると、嵐に礼を言う。

 

「八雲君情報ありがとう。その情報はこれからにかならず活かすよ」

「そうしてくれるとありがたいです」

 

嵐は根津にそう返した。そして、一通り話を聞いた相澤は静かに口を開く。

 

「とりあえず、お前の言い分はわかった。今回ばかりは事態が事態だから咎めはしないが、これからは気をつけろ。俺も、お前を除籍にはしたくない」

「はい、気をつけます」

「……少し言いすぎたが、これは公的な意見だ。こっからは俺の個人的な感想を話すよ」

「……え?」

 

意外な一言に驚く嵐に相澤は真剣な表情のままはっきりと言った。

 

「正直に言うとな、あの時お前が来てくれて助かった。あのままだと頭を握りつぶされていただろうからな。それに俺や13号の代わりに生徒達を守ってくれたこともだ。お前がいなかったら、被害はもっと酷いものになっていただろう。だから、俺個人としてはお前に感謝しているよ」

「………先生」

 

軽く頭を下げて礼を言う相澤に嵐が未だ驚く中、オールマイトも礼を言う。

 

「私からも礼を言わせてほしい。私がくるまでよく持ち堪えてくれた。君のおかげで私も間に合えたんだ」

「………オールマイトまで」

「八雲君、君は誇っていいよ。君はオールマイトが来るまで誰一人として死なせなかった。その後も………辛いことがあったのはわかる。ただ、それでも君が戦ってくれたからこそ誰も死ななかったんだ。不甲斐ない僕達に代わってクラスメイト達を守ってくれたこと、本当にありがとう」

「………………」

 

次々に贈られた感謝の言葉に嵐が何とも言えないような表情を浮かべていると、根津が話題を変えた。

 

「それと今回の治療費や入院費のことだけどそれは勿論、こちらで全額負担させてもらうのさ。当然、これからの治療費や通院費もだよ。あと再生するとはいえ暫くは体の不自由が続くだろうから、そちらのサポートもさせてもらうよ」

「何から何まですみません」

「いいんだよ。それに、お金で補うつもりではないけど慰謝料もきっちり払わせてもらうよ‼︎」

 

治療費などの負担をしてくれることに感謝した嵐だったが、続く根津の慰謝料の話題を聞くとギョッと少し青ざめた表情を浮かべ、少し慌てふためく。

 

「い、いや、慰謝料なんて、治療費負担してもらえるだけで十分ですよ」

「十分じゃないんだよ。これは僕達雄英高校が君の安全を確保すると言う義務を果たせなかったことの損害賠償と言うわけさ。でも、高校生である君がやりとりするのは難しいから保護者の旭さんに頼むつもりだよ」

「いやいや大丈夫ですって。確かに怪我はしましたが、そこまでする必要は「嵐様、ここは素直に受け取っておくべきですよ」巴さん……」

 

納得いく理由を聞いてもなお渋る嵐に、今まで静観していた巴が初めて割り込んできた。振り向けば、巴は穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「こう言った誠意はちゃんと受け取っておくべきです。でないと、相手側に恥をかかせてしまいますよ」

「だけど……」

「学校側にも面子というものがあります。ですから、ここは素直に受け取っておきましょう」

「彼女のいう通りさ。是非とも受け取ってほしい」

 

巴にも言われ、更に根津にも真剣な口調で言われた嵐は少しの思考ののち、渋々それを了承した。

 

「………わかりました。慰謝料は受け取ります。金額は巴さんと相談してください」

「うん、そうさせてもらうよ」

 

慰謝料に関しても話がついてひと段落がついた後、相澤が次の話題を切り出した。

 

「話は変わるが、八雲。お前、完全回復にはどれくらいかかる?」

 

担任として嵐の回復状況を把握しておきたいのだろう。嵐は隠すことなく怪我の状態を答えた。

 

「体内にまだ毒が残っているのでそちらの解毒に恐らくは一週間前後かかり、右手と目の再生はその後になるらしいので、早く見積もっても来週には完全復帰できるはずです。ですが、峠は越えたのでもっと早まるかもしれません。

あと、毒のせいで体が痺れていて満足に動かせないのでしばらくは車椅子生活とのことらしいです。それで、車椅子での復帰なら早くても三日かかるとか。退院の段取りは明日もう一度検査して判断するそうですよ」

「そうか……その程度で済むとは、つくづくお前の個性は常識はずれだな」

「まあ、個性が個性ですしね……」

 

若干戦慄する相澤に嵐は肩をすくめながら笑ってそう返した。自分でもぶっ飛んでいる個性だなと常日頃から思っている。

相澤は嵐の怪我の状況を聞くと、一人納得するように頷いた。

 

「それなら、お前も出れるか」

「?何にですか?」

「雄英体育祭によ。もう二週間だしね」

「あぁ、そういえばもうそんな時期でしたか」

 

ミッドナイトの補足に嵐も納得する。

『雄英体育祭』。

名前だけ聞けばそれはどこの高校でもありふれた体育祭に聴こえるだろう。だが、雄英高校のそれはレベルが格段に違う。

雄英高校の体育祭は日本の一大ビックイベントの一つなのだ。

かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂していたが、個性の発現とともにそれは衰退していき、規模も人口も縮小し形骸化してしまった。そんなかつてのオリンピックに代わるのが、雄英体育祭なのだ。

 

全国のトップヒーローも多くが観に来る。

それはなぜか?

スカウト目的の為だ。

この体育祭でヒーロー達から注目されて指名を受ければ、経験値や話題性を獲得することができ将来が拓けるわけだ。名のあるヒーロー事務所にスカウトされればそれだけ獲得できるものも大きい。姉の紅葉も大手のプロヒーローにスカウトされて、活躍していたぐらいだ。

だが、

 

「開催するのは大丈夫なんですか?マスコミとかに何か言われません?」

 

そういう疑問が浮かんでしまう。

敵の襲撃を受けたばかりなのに、そんな一大イベントを果たしてやっていいものかどうか。やるにしても日にちを延期したりするべきではないだろうか?そんな疑問に相澤は頷く。

 

「お前の言いたいこともわかる。だが、逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示すんだ。警備は例年の5倍に強化するつもりだそうだ。何より、雄英の体育祭はお前ら生徒にとって最大のチャンス。敵ごときで中止していい催しじゃねぇ」

「今回僕達はその件での君の意思確認を取りに来たのもあるんだ。いくら何でも君の意見を聞かずに不参加にするわけにはいかないからね」

「ああなるほど。そういう事でしたか。ええ、それなら出れるなら出たいですね」

「君ならそういうと思ったよ。ただ、どうしても懸念が残ってしまうんだ……」

「懸念?」

 

そう不安な言葉を言って言い淀む根津に嵐が疑問を浮かべる。一体、自分が体育祭に出る事でどんな懸念が発生するのかと。その疑問に相澤が答える。

 

「……俺個人の考えとしては今回ばかりはお前には出てほしくない。理由は、お前が敵連合の目的の一つにされていると判断したからだ」

「それは、どういう?」

「お前が生きのびた。それが理由だ」

「ッッ⁉︎」

 

相澤の言葉に嵐が目を見開く中、相澤は話を続ける。

 

「白妖……敵連合はオールマイトは殺せずとも、お前の事は確実に殺したと思っているはずだ。生徒であるお前が死ねば、俺達雄英高校にとっては責任問題諸々で大ダメージになるからな。しかし、彼女らの思惑に反してお前は生き延びた。

ニュースでは生徒が一人重傷ということで生死は明らかにしていない。だが、お前が生き延び雄英体育祭に出れば、テレビ中継されてるのもあって生存はどうしても知られる。そしたら、敵連合は何が何でもお前を殺しにかかるかもしれない。次の襲撃の場所、時間も分からないまま、命が狙われている状況がある以上、お前の生存をまだ公にはしたくないというのが俺の本音だ」

「とはいえ、その後の事も考えれば稼げる時間は1、2ヶ月程度だ。その間に私達は出来るだけ八雲少年の身を守れる方法を一つでも多く考えるつもりだったんだ」

「………そういう事ですか…」

 

相澤、オールマイトの説明に最初は戸惑っていた嵐も彼らの懸念に納得を示す。確かに彼らのいう通りだ。

殺したと思っていた生徒が、何事もないように生きていれば驚くだろうし、次こそ確実に殺しに来る可能性だって高い。

それを避けるためにも、体育祭には出ずに生死を不明にしたまま時間を稼ぎ、嵐を守る方法を一つでも多く考える。確かに理には適っている。

だが、そうだとしてもだ…………

 

「…………それでも、俺は体育祭に出たいです。俺がヒーローになる為に必要な事ですから」

 

嵐の意志は変わらない。

自分が最も早くヒーローになる為には雄英体育祭に出て、プロの目に留まることが必須。年に一回、計3回しかないチャンスの一回をみすみす見逃していいはずがない。

そして、その嵐の意志表明に相澤は予想通りと言わんばかりに頷く。

 

「分かった。なら、出場の方向で話を進めよう。でだ、こっからが俺が最も聞きたいことだ」

 

視線を鋭くした彼の様子に嵐は少し不安を感じながらも恐る恐ると尋ねる。

 

「……何でしょうか?」

 

そして、相澤は静かに残酷な問いを投げかけた。

 

「お前の生存が公になったとして、もしもだ、もし再び敵連合と戦うことになった時………お前は、白妖と、姉ともう一度戦えるか?」

「……え………?」

 

あまりにも残酷な問いかけに嵐は一瞬ヒュッと呼吸が詰まったような感覚を覚えて、その直後には瞳が恐怖に揺れ、体が震え始めた。

嵐は唇を震わせながら問い返す。

 

「それ、は…どう、…いう……」

「そのままの意味だ。お前は自分を殺しに来る姉と戦えるか戦えないか、どっちなのかを聞いているんだ」

「…………っっ」

 

容赦なく突きつけられる言葉に嵐が大きく目を見開き動揺する中、ミッドナイトとオールマイトが相澤に怒りを露わにする。

 

「ちょっと‼︎相澤君いい加減にしなさいっ‼︎今の彼にそんな事聞くのはあまりにも残酷だわっ‼︎家族なのよっ⁉︎貴方もそれは知っているでしょっ⁉︎」

「相澤君その件は私達で話し合ってから彼に聞くべきだと言ったはずじゃないか‼︎回復しきってない彼にその話は今はまだすべきじゃないっ‼︎」

「……………」

 

ミッドナイト、オールマイトが嵐の心を気遣いそういう中、根津だけは無言で静観を続けていた。そして、二人から叱られた相澤はそのまま続ける。

 

「残酷なのは重々承知です。ですが、敵がいつ来るか分からない以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「覚悟……って……」

「無論、姉と戦う覚悟だ。

八雲、白妖は確実にお前を殺しに来るだろう。姉と同じ力、姿でだ。その時、お前が躊躇すればまた斬り刻まれるだけになるぞ。そうして確実にお前を殺せば、次は誰にその矛先が向く?

お前の後ろにいる奴らだ。クラスメイトで彼女と渡り合える奴はいない。それにあの毒も厄介だ。解毒剤がない以上、お前のような特殊な個性でない限り、一度受ければ確実に死ぬ」

「ッッ……ぁっ、……先生……俺は……」

 

嵐が何とか言葉を吐き出そうとするも途切れ途切れで全く話せていない。それが彼の心の葛藤を示しているようだった。

相澤は彼を追い込むようになおも続ける。

 

「情けない話だが、彼女と戦える実力を持つものはお前含めて数えるほどしかいないだろう。

プロでもそうはいない。単純に強すぎるというのもあるが、あの毒が危険すぎる。分かるか?現状では、あの毒を受けて生き延びて耐性を獲得したお前が最も戦える可能性があるんだ。

お前は強い。既にトップ10にいてもおかしくないほどで、それも俺が知る限りじゃ()()()()()()()N()o().() ()1()()()()二人のうちの一人だと思っているぐらいだ。だから、もしも敵連合と戦う時が来れば、お前には俺達プロと共に戦ってもらう必要がある。その時に躊躇してしまったら、多くの命が失われることになるだろう」

 

容赦なく突きつけられる仮定された残酷な未来。それは確かにありうる可能性の一つであり、最も濃厚な敗北した後の未来の話だ。

それを今彼に話すのはあまりにも酷だ。

だが、相澤はそれをはっきりと嵐に突きつけたのだ。例え、彼が傷心し絶望していたとしてもだ。

 

「………分かって、ます。そんなことはっ!…あの、紅葉姉とまともに戦える人は、少ないのもっ………俺が、戦わなくちゃいけないのもっ……でもっ…でもっ」

 

顔を俯かせながら、手を、声を振るわせながら苦しげに呻いた嵐は、顔を上げて涙が滲む悲痛な眼差しを相澤に向ける。

 

「……また、俺に姉を殺せって言うんですかっ⁉︎……俺のせいで死んで、化け物にされたあの人をっ…‥また、俺が傷つけて、殺すんですかっ⁉︎」

「……………」

「そんなのっ…できないっ。…俺は、あの人とは戦えないっ」

 

ただでさえ一度殺してしまった大事な姉を、もう一度殺さなければならない。

その事実をはっきりと認識してしまった嵐が首を横に何度も振りながら、告げた悲哀に満ちた言葉に相澤が何も答えず、傍で聞いているミッドナイトやオールマイト達が悲しげな表情を浮かべる中、思わぬ人物が言葉を発した。

 

「嵐様」

 

巴だ。

彼女は徐に口を開くと、真剣な表情を浮かべながら話し始めた。

 

「私は、貴方様の従者として、また師匠として、無礼を承知の上で、少々厳しい言葉を言わせてもらいます」

「……巴、さん?」

 

何を言っているのか分からない嵐が戸惑う中、巴は瞳を鋭くしながらはっきりと告げる。

 

「立ちなさい。前を向いて、戦いなさい。

今、貴方様にできるのはそれだけです。立ち上がって、再び紅葉お嬢様と戦わなくてはいけません。あの方を殺す為にではありません。………あの方を救う為に戦いなさい」

「ッッ」

 

巴の発言に嵐が目を見開く中、巴は叱るような口調で続ける。

 

「貴方はお嬢様の想いを継ぎ、お嬢様の想いに報いるためにヒーローを目指しておられています。だからこそ、貴方様は尚更お嬢様と再び戦わなくてはいけないのです。

紅葉お嬢様はきっと苦しんでおられます。命をかけて貴方様を救って命を全うしたにもかかわらず、下劣な悪意によって化け物にされ望まぬ事を強いられている。お嬢様の心を代弁するわけではありませぬが、きっと苦しんでおられる事でしょう」

「それは、そうかもしれない。だけどっ、紅葉姉はっ……俺のせいでっ、死んだんだぞっ……だから、死体を利用されたっ。俺がああならなかったら、白妖は生まれなかったっ!」

 

怒りのままに叫ぶ嵐に巴は静かに頷き肯定する。その通りだ。嵐があの日、暴走して紅葉を殺さなければ、敵に死体を利用されることもなく白妖も生まれることはなかった。

全ては嵐が彼女を殺したからこそ始まってしまったことだ。

 

「……ええ、確かにそうかもしれません。あの事件があったから、お嬢様の遺体は利用され白妖が生まれてしまった。えぇ、確かに、それは否定のしようがない事実でしょう。

………ですが、だからこそです。だからこそ、お嬢様を救う為に戦わなくてはいけないのです。お嬢様の想いを、お嬢様の愛を、お嬢様の誇りを、これ以上穢さない為に」

「……〜〜ッッ‼︎」

 

彼女の言葉に嵐は何かを堪えるように唇をかみしめて、涙をとめどなく流す中、彼女は一転して慈愛を感じさせるような優しげな微笑みを浮かべると嵐の左手を両手で優しく取った。

 

「大丈夫です。貴方は一人ではありません。この巴がついております。私、旭巴は貴方様の従者です。主君の意志に従い、貴方様の剣となり盾となりましょう。

ですから、共にお嬢様を救けませんか?」

「〜〜っっ、っゔっ、……つっ……‼︎」

 

そう優しく告げられた言葉に嵐は涙を流し嗚咽に肩を震わせる。

しかし、その涙は後悔や罪悪感のソレではない。

 

前進の、再起の為の涙だ。

また、その涙は、言葉に表せないほどの感謝の証でもある。

 

きっと、彼一人ではこうはならなかった。

深い絶望に心を閉ざして、もう彼女と戦おうとも、彼女を救けようとも思えなかっただろう。いや、そもそも何かをしようとする気すら湧かなかったかもしれない。

だが、巴がいてくれた。彼女が他ならぬ嵐の心を奮い立たせてくれた。

 

幼い頃からずっと自分を支えてくれたから。

自分に道を示してくれていた彼女だからこそ、嵐の心に響いたのだ。

そして、嵐は自分の左手を握る巴の手を握り返すと、

 

「…………ああっ‼︎」

 

顔を上げて確かに頷いたのだ。

その表情にはまだ悲痛さが残ってはいたものの、それ以上に決意に満ちた力強さがあった。

目も同じだ。先程までは恐怖や悲しみで埋め尽くされていたはずなのに、今となっては強い意志の光が宿っていた。

 

 

 

———姉を救けるという強い意志が。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

巴に励まされ見事立ち直った嵐だったが、その一連の事を相澤達に見られていたことに今更ながらに気づき、顔を赤くして気恥ずかしそうにする。

 

「……………その、お見苦しい所をお見せしました」

「いや、気にするな」

 

謝罪する嵐に相澤が心なしか少し優しい声音でそう言う。

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

根津もやんわりと言ってくれて、オールマイトも嬉しそうにうんうんと頷いている。そして、ミッドナイトは、

 

「若い主人と従者の頼もしい主従関係っ!……いいっ、いいわっ‼︎とても良いっ‼︎」

 

なぜか恍惚とした表情を浮かべ、体をくねらせながら、そんなことを言っていた。訳が分からず嵐は困惑しながら

相澤に尋ねる。

 

「あの、ミッドナイト先生はどうしたんですか?」

「あぁ気にすんな。あの人は青春好きなだけだから」

「はぁ……」

 

何とも言えない表情を浮かべる嵐に、相澤は軽く頭を下げた。

 

「それはそうと、八雲きつい言い方をしてすまなかったな」

「え…?」

「辛いのは分かる。だが、お前はここで終わっていい人間じゃないからな、どうしても立ち直ってもらいたかったんだ。だから、キツイ言い方にはなったが荒療治をした。……よく、立ち直ってくれた」

「先生……」

 

包帯の奥から覗く相澤の瞳に優しさが込められていたことに嵐は少し驚いたように呟く。

相澤はただ厳しい言い方をしただけではなかったのだ。嵐を無理矢理にでも立ち直らせる為に、あんな無情な言い方をした。

彼がここで終わっていい人間ではないと心底思っているから。

彼自身が嵐がヒーローになることを期待しているから。

そんな想いが伝わったのだろう。嵐はくすりと笑みを浮かべた。

 

「………いえ、ありがとうございます。それに」

 

そして嵐は巴へと振り向きながら言う。

 

「巴さんもありがとう。俺には勿体ない従者だとつくづく思うよ」

「いいえ、そんなこと。私はすべきことを言ったまでですよ」

「それでもだ。巴さんが優秀な従者であることには変わらない。だから、力を貸してくれ。今度こそ紅葉姉を救ける為に」

 

嵐の頼みに巴もクスリと微笑むと右手を胸に添えながら軽く恭しく頭を下げる。

 

「ご下命のままに。この巴、どこまでも貴方様の力となりましょう」

「ああ」

 

巴に頷き、再び相澤に振り向くと嵐は力強く宣言する。

 

「先生、俺は戦います。紅葉姉を救ける為に。もうこれ以上紅葉姉の誇りを傷つけない為に」

 

そう宣言する彼の顔には、多少は暗さが残ってはいたものの、普段の凛々しいソレに戻っていた。

 

「………そうか、分かった。だが、決して無理はするなよ。俺達もお前を守る為に動くつもりだ。………ただ、実家には伝えるのか?」

「…………」

 

相澤の質問に嵐は思わず無言になる。

姉紅葉の死体が利用され人外の化け物にされた事実を彼女の生家でもある出雲本家に伝えるべきか否か。

雄英は嵐の判断を聞くべきだと思い、今はまだその情報は伏せているのだ。

そして、彼の問いかけに嵐は少し思考したのちに静かに首を横に振った。

 

「…………すみません。伏せておいてください」

「いいのか?出雲家、お前の両親の力を借りれるのは大きいぞ?」

「それでもです。自分達の娘が化け物に改造されているなんて、知らない方がいい。特に青葉姉には絶対に知られたくない」

「…………」

 

嵐はそれを良しとはしなかった。

態々伝える必要はないし、伝えて傷つけるぐらいならば自分が動いてどうにかするべきだと判断した。

特にもう一人の姉、紅葉の双子の妹である青葉には知られたくない。あの凄惨な事件を目の当たりにしてしまった彼女にこれ以上傷を与えたくないから。

 

「これは俺の我儘です。勝手なことを言ってるのもわかっています。ですが、お願いします。まだ明かさないでください」

 

我儘だと分かりながらもそれでなお秘匿することを求め頭を下げる嵐に、相澤は静かに頷く。

 

「…………分かった。お前の意思を尊重しよう」

「………ありがとうございます」

 

そして、相澤は根津とオールマイトへと視線を向けると一度頷くと嵐達に再び振り向いた。

 

「じゃあ、今日のところはこれで帰る。治療に専念してしっかり休めよ」

「八雲君また学校でね」

「八雲少年しっかり休んでね」

「八雲君しっかり養生するといいのさ!」

「はい、今日はわざわざ見舞いに来てくれてありがとうございます。ですが……」

 

見舞いに来てくれたことに礼を言った嵐だったが、オールマイトと根津に視線を向けて二人を引き止めた。

 

「オールマイト、根津校長。二人は残ってもらっていいですか?まだ貴方達二人には聞きたいことがあるので」

「嵐様?」

 

嵐の真剣な様子に巴が首を傾げる中、呼び止められた二人は彼が言わんとしてることを察して真剣な表情を浮かべ、根津が相澤とミッドナイトに言った。

 

「相澤君、香山君。君達は先に学校に戻ってくれ。僕達は彼と話すことがある」

「……分かりました」

「ええ」

 

相澤とミッドナイトは根津の言葉にすんなりと了承するとそのまま病室を出ていった。そして、病室に残った根津とオールマイトは嵐へと向き直る。

 

「八雲少年、君の聞きたいことはわかっているよ。私の身体についてのことだよね」

「ええ、その通りです。ちょうどいい機会ですので、ここで聞かせてもらいます。それと、巴さんには同席させてもらいます。いざという時の場合に備えて、俺の護衛である彼女には雄英教員同様に情報は共有しておきたいので」

「………分かった。君の言うことも正しい。まぁ元々、彼女にも明かすつもりだったから私は構わないよ」

「オールマイトがいいのなら、私は何も言わないさ」

 

オールマイト、根津両名から巴も同席させてもらうことの承認を得た嵐は未だに状況が飲み込めていない巴へと振り向く。

 

「巴さん、今から聞く話は決して誰にも口外するな」

「嵐様、それは……」

「この話はヒーロー界そのものに影響を与えかねないほどの話だ。最悪、士気にも関わる程のな。広まれば世間は混乱するだろう。だからこそ、決して他言するな。いいな?」

「………御意」

 

真剣な口調で紡がれた言葉に巴は素直に従い恭しく頭を下げる。そして、巴に口外禁止を言い渡した嵐はオールマイトへと向き直り頷いた。

 

「オールマイト、話してくださって構いませんよ」

「……では、まず話す前にこれを見てほしい」

 

そう言うや否やオールマイトの身体からどういうわけか蒸気が発生して彼の体を覆い尽くして数秒もしないうちに晴れて顕になった彼の姿は———大きくかけ離れていた。

あれほど筋骨隆々であった姿は大きく萎み、骨と皮しか残っていないと思わせるほどのやつれた姿だった。

 

「…………」

「……なっ…」

 

露わになったオールマイトの姿に嵐は少し険しい表情を浮かべ、巴は目を見開いて絶句している。

そして、変わり果てた姿を晒したオールマイトは、静かに語り出す。

 

「これが今の私の本当の姿なんだ。八雲少年、君が気付いた通り、私はもう以前のようには戦えないほどに弱ってしまったんだ」

「…………」

 

オールマイトはスーツの上から左脇腹に触れると自分の身体の状態を話していく。

 

「6年前……ある敵との戦いで重傷を負ってしまったね。呼吸器官半壊、胃袋全摘、度重なる手術と後遺症で憔悴してしまってね。

私のヒーローとしての活動限界は1日約3時間程度ほどだったんだ」

「だった?」

 

嵐はオールマイトの言葉に疑問を浮かべすぐさま問う。だった、と言うことは昔の話だ。今は違うと言うこと。つまり、今はもっと短く……

 

「その通りだ。私の活動限界は早まってしまったんだよ。昨日の脳無との戦いでね。‥‥今は、1時間半程度かな」

「「……っっ‼︎」」

 

あの誰よりも強く、誰よりも偉大なNo. 1ヒーローオールマイトが1日1時間半しかヒーロー活動ができない。その余りの短ささに嵐と巴は驚愕を隠せなかった。

 

「……治療に専念すれば変わるんですか?」

「‥‥分からない。もしかしたら良くなるかもしれないし、ならないかもしれない。でも、それはできないんだ。人々を笑顔で救い出す平和の象徴は、怪我で倒れてはいけないんだ」

「……オールマイト……」

 

自分の身を厭わずに誰かの為に戦い続けるオールマイトの姿勢に嵐は胸が締め付けられる想いになってしまった。

 

(‥‥貴方は、それほどボロボロであってもなお……平和の象徴であり続けるんですね……)

 

自分自身の身体がどれだけ限界であっても、助けを求める誰かの為に戦い続け、その人を安心させる為に無理を押し通して笑い続ける。

自分こそが、平和の象徴なのだから。そう言う理由でだ。

そんな彼の意志の強さに嵐は驚愕するとともに、悲痛さすら感じてしまった。

 

(‥‥多分、これがこの人の在り方なんだろう。俺じゃあ、この人を変えることはできない……)

 

誰かの為に無茶を平然とできる彼の考えを正すことは、自分にはできない、そう思ってしまった。

 

「…………」

 

そんな冷静な思考ができる一方で、巴は未だに動揺したままだった。とはいえ、無理もないだろう。あの絶対的な存在であるオールマイトが人知れず弱っていたなんて、彼の強さを知るもの達からすれば衝撃以外の何者でもない。

 

「………この事実を知っているのは、他には誰ですか?」

「知っているのは、雄英の教師陣と後はプロに二人、警察に一人って所かな。世間には公表しないように頼んでいるからね。知る人は少ないよ。生徒では君と緑谷少年が知っている」

「………緑谷もですか?」

「うん、彼とは去年に知り合って偶然見られてしまったんだ」

「なるほど。そう言うことですか」

 

嵐はそう納得を示すものの、内心では緑谷が知っていることはわかっていた。

彼の個性がオールマイトから授けられたものだという結論づけているが故にだ。だが、ここで流石に個性の話まではするつもりはない。

それ以上は、流石に二人きりの時に尋ねるべきだと理解していた。

 

「…………話は分かりました。オールマイト、話してくれてありがとうございます。この話は他言しないことを改めて誓います」

「………私も、嵐様に誓ってこの話は口外しないことを誓います」

 

嵐だけでなく、冷静さを取り戻した巴も二人揃って改めて秘密にすることを誓った。

 

「うん、二人ともありがとう」

 

二人にオールマイトが表情を綻ばせる中、嵐がオールマイトへと左手を伸ばして拳を突き出す。

 

「オールマイト、俺はもっと強くなります。もう誰にも悲しい思いはさせたくない。紅葉姉は俺が必ず救い出します。そして、貴方自身も守れるぐらいに俺は、強くなります」

「———八雲少年……」

 

嵐の力強い宣言にオールマイトは窪んだ眼窩の奥で目を見張った。

彼がこう言うことは薄々だが勘付いていた。誰よりも優しく、家族を目の前で失ってしまったからこそ失う痛みを知っている彼ならば、自分の身体の話をしたときに、このように返すことも。

 

でも、彼は先日に姉に関する残酷な事実を知ったばかりで心はズタボロなはずだ。

相澤にキツく言われ、巴に叱咤激励されたことで立ち直ることができたものの、それでも傷が完全に癒えたわけじゃない。

だというのに、今の彼の表情は頼もしかった。無理をしてる様子もなく、抱え込んでいる様子もない。

そんな彼の様子に心が強い立派な子だとオールマイトは密かに思うと、自分も右手を伸ばして拳をコツンとぶつけ笑みを浮かべた。

 

「うん、君ならもっと強くなれるだろう。でも、無茶はしないようにな?私も君の将来は楽しみにしているんだ」

「ブーメランですよオールマイト。お互い無茶しないようにしましょう」

「はは、手厳しいね」

 

お互いそう言って笑い合った。

 

一度は姉の事実を前に絶望し心が折れた。だが、姉をこれ以上苦しめない為に嵐は決心する。

 

(紅葉姉、たとえ貴女が俺を恨んでいたのだとしても、貴女は俺が救い出す。俺が、貴女の苦しみを終わらせるから……)

 

あの時自分は守られてるだけで、最後には暴走してしまい自分の手で彼女の未来を奪ってしまった。

 

 

その結果、あのような結果を招いてしまったのは、もうどうしようもできない。何もできないどころか、自分が奪ってしまったのだ。

だからこそ、自分は前を向いて進まなくてはいけない。後悔したところで、姉が戻ってくるわけではないのだから。

 

 

彼女の想いを継いだ自分だからこそ、望まぬ悪行を強いられている彼女の苦しみを終わらせなければいけない。

 

 

例え彼女が嵐を憎んでいたのだとしても、救うことを望んでいなくても、必ず救い出す。

 

 

それこそが、自分がヒーローになる為の第一歩だと思ったから。

 

 





嵐立ち直るのが早すぎじゃないかって?………彼、メンタルが強いし巴と相澤の言葉が響いたとしか言えませんね。

そして、巴の「ご下命のままに」、宝具カードボイスでもあるそれを合わせることができてよかったですっ‼︎

次回からは体育祭編に突入しますっ‼︎

嵐のイメージCV誰がいいと思いますか?

  • 小野大輔
  • 諏訪部順一
  • 細谷佳正
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。