ここから本編です。
昼間の三人組――酔っ払いの禿げ、豚足のトカゲ目、デカいスキンヘッドは路地裏でやけ酒を浴びていた。禿げもスキンヘッドも同じじゃね? とかいう野暮なツッコミはなしでお願いします。
「親分、なんであんなにあっさりと退いたでヤンスか! アイツは金貨を持ってたんでヤンスよ!?」
トカゲ目の男――ゲレオンは納得いかないと、禿げのガインに詰め寄る。その様子をスキンヘッドは壁に寄りかかりながら不安げに見つめていた。
「まさか親分、あの金髪の女にビビっちまったでヤンスか?」
挑発的な態度をとるゲレオン。それに対して、ガインは眉間にシワを寄せて睨み返す。
「ああ、その通りさ。俺はビビっちまった……。だがそれは、あの女にじゃねえ。男の方にだよ」
「あぁ? あの変な喋り方のガキでヤンスか?」
ゲレオンは首を傾げる。何故、その名前が出てくるのか。だいたいあの旅人を狙うと決めたのはガインであるから、余計に意味が分からなかった。
「俺も最初はただの世間知らずだと思っていた。だから近づいたんだ。けどよ、あの金貨を見た時にビビッときたんだよ」
「どういうことでヤンスか?」
ゲレオンはますます分からないというように首を振る。それに構わず、ガインは続けた。
「これは酒場で偶々耳に入った噂なんだがよ、隣町で開かれた武闘大会は知っているか?」
「も、勿論でヤンス」
突然の質問にゲレオンは戸惑いながら頷く。
隣町――シュラハトの武闘大会は、この領地の恒例行事のようなものだ。年に一度開催される大会で、賞金も金貨三枚と高額なため、腕に覚えがある者が挙って参加する。
かと言って、この三人組とは縁遠いものであるのは間違いなく、ゲレオンは何故ガインがその話を持ち出したのか理解できなかった。
「それがどうしたんでヤンスか? どうせ今年も、騎士団の連中が優勝したんでヤンスよね?」
ゲレオンは鼻で笑う。
この男は騎士団が嫌いだった。彼らの武は確かに優れているかもしれないが、あのふんぞり返った態度がいけ好かない。誰かあの高慢な鼻をへし折ってくれと常に考えているような男であった。
「違うんだ。今回の武闘大会、優勝したのは飛び入り参加の剣士だったらしい」
と言っても、優勝候補の騎士団長さまは領主の娘が家出したとかなんとかで不参加だったが、と後にガインは付け足す。
「……つまり、あのガキがその剣士じゃないかって言いたいんでヤンスか?」
「ああ。実際に金貨をこの目で見るまでは俺だってそんなこと思わなかったさ。けどよ、その剣士もちょうど黒髪黒目だったって噂だし、もう怖くなっちまってよ」
最初、ゲレオンはガインが出任せで自分を怖がらせようとしているのではないかと疑った。しかし、彼の青褪めた顔を見て、冗談は言っていないようだと認める。
「た、偶々でヤンスよ。あんな優男が、まさか……」
「そ、そうだよな! 金貨なんか俺も初めて見たもんだから、ちっと動揺してたのかもしんねぇ」
二人は顔を見合わせて、ぎこちなく何度も相槌を打つ。すっかり酔いは醒めてしまっていた。
「あっ」
その時、ずっと壁に寄りかかって無言を貫いていたクールなスキンヘッドが初めて声を上げた。
彼は普段から寡黙な人物で、滅多に喋ることはない。なんせガインとゲレオンでも、彼の名前すら知らないほどだった。
そんな彼が珍しく声を上げた。一体何事かと思えば、スキンヘッドは道の曲がり角に何やら熱い視線を注いでいる。二人の視線も、自然とそちらに向けられる。
そこには一人の少年が月明かりの下に佇んでいた。その瞬間、三人は息を呑む。まるで心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に襲われたのだ。
「やあ、さっきぶりでござるな」
少年は軽薄な笑みを浮かべて、気さくに手を振ってきた。三人組は身体が強張って、その場から動くことができない。
ゆっくりと少年は歩み寄ってくる。
「お、お前は……!?」
「先程渡しそびれたんで、探したでござるよ」
そう言って、少年が懐に手を入れる。
――殺される、三人組の脳裏には最悪がよぎる。懐から何を取り出すつもりなのかは知らないが、この剣士はきっと俺たちに報復に来たのだと。
「ほれ」
少年が何か投げた。それは放物線を描いて、ガインの足元に落ちる。
「……なんだ、コレ」
ガインが恐る恐る手を伸ばして拾い上げると、それは金色のコイン――金貨であった。
「金がいるのでござろう?」
「……は?」
呆気にとられるガイン。いや、ガインだけではない。ゲレオンもスキンヘッドも、この旅人が何がしたいのか理解できなかった。
「では、拙者はこれにて失礼するでござる」
「ま、待ってくれ!」
この場を去ろうとする少年の背中を、ガインは咄嗟に引き止める。
「どうしてこんなことを? 兄ちゃんに一文の得もあるとは思えねえ」
「拙者は旅の者。そのような大金を持っていても仕方がないでござるよ。……ああ、そうだ。これを機にあんな真似はやめるのでござるよ?」
楓は目を細くして、優しく微笑む。それは根っからの善人が見せる表情だった。
……しかし、悲しいことに、彼ら三人組は善人にはなれなかった。
「チッ、同情しやがって……」
ガインが吐き捨てる。彼は同情が何よりも嫌いであった。あの憐れみの眼差しほど自分を惨めに感じさせるものはない。
昔からガインは頭がよく切れる男だった。洞察力に特別長けていて、だからこそ強請り三人組のリーダー的ポジションに収まっている。
「金貨一枚……確かに大金だがよ、俺たちは三人組だからなあ。一ヶ月足らずで使っちまうかも知れん。そうすると、強請りから足を洗うのは難しいかもなあ」
「えっ!?」
ガインのあまりの厚かましさに、仲間であるはずのゲレオンまでも驚いた。金貨一枚も貰っておきながら、ガインは更にこの旅人から金品を巻き上げるつもりなのだ。
これには子分のゲレオンも絶句してしまう。
「兄ちゃんよぉ……わりぃんだが、もうちょっとばかし恵んではくれねえか? そうすりゃ、こんなことキッパリと辞めれるんだが」
勿論、何も考えなしにこのような身の程知らずな発言をガインはしたわけではない。
まずガインは、この旅人が金貨の価値を正しく理解していないことを見抜いた。彼が並外れた実力を持つ剣士だったことは想定外だったが、町に慣れないお上りさんという事実は変わらない。この男は市場に詳しくないから、こうも簡単に金貨を譲ろうとしたのだろう。
そして、彼が本当に大会の優勝者であると仮定すると、その賞金が金貨三枚であるからして、まだまだ金をせびれるとガインは判断したのだ。
「すまんが、それは無理でござるな」
「そこをなんとか! こんなあくどい真似は二度としないって誓うからよぉ!」
「むぅ……そうは言われても、拙者はもう金を持っていないでござるよ」
困ったように頭を掻く楓。ガインはその言葉を嘘だと思った。もう持ってないよと言って、この場をやり過ごそうとしているに違いない、と。
実際は本当に彼の手持ちは僅かな路銀と刀のみだったのだけど。
しかし、そんなことをガインが知る由もなく、彼はならばとアプローチの仕方を変える。
「その腰に差した剣……相当な業物と見たぜ。なあ、そいつを俺に譲ってはくれねえかなぁ? 町の治安をよくするためだと思ってよ!」
常人ならば、このような不躾な頼みはまともに取り合わないだろう。だが楓は常軌を逸したお人好しであった。「むむむ……。いや、でも流石に刀は……」と難しい顔をして悩んでいる。
それを目にしたガインは、勝ちを確信した笑みを浮かべた。彼の異名は『口八丁』。刀は既に貰ったようなものだった。
◇
「随分と、腰の辺りが軽くなったでござるな」
宿へ戻る最中、楓は夜道を歩きながら独りごちた。あの後、ガインが地団駄を踏んで、「欲しい欲しい、その剣欲しい〜〜っ!」と駄々をこねたために根負けした楓は刀を譲ってしまったのだ。
まさかあの男がそこまで刀を欲しがるなんて思いも寄らず、楓はしばらく面くらってしまった。
「新しい剣を見繕う必要があるでござるな」
とりあえず、明日は武具屋へ行こうと決める。
この世界では武器は消耗品として扱われる。どんな名工が鍛え上げた最高級の刃でも、魔物の爪牙の前には耐えられないからだ。
故に武具屋は前世の自動販売機のように何処にでもあり、並みの剣なら安価で手に入る。そういうわけで、武器に関して楓はあまり心配していなかった。
そんなことを考えていると、楓は宿屋の前まで来ていた。
「ただいま戻ったでござるよー」
「おかえりなさいませ」
扉を開けるなり、ダンディなおっさんが出迎えてくれた。彼はこの宿の主人で、名をセバスというらしい。
「お客さまのお部屋は二階になっております」
「かたじけない」
セバスの案内に従い、楓は二階に上がる。木製の階段はギシギシと悲鳴を上げた。
「こちらがお客様の部屋になります」
そう言って、セバスがドアを開けた。そこは四畳半ほどの狭い空間だった。ベッドの他に机があり、窓にはカーテンがついている。
「それでは、何か御用の際は私をお呼びください」
恭しく一礼をして、セバスは去って行く。その背中を見送ったあと、楓は室内を見回した。
「思ったより綺麗でござるな。流石はエリン殿の行きつけの宿」
床板にホコリは見当たらない。恐らく毎日掃除をしているのだろう。隅の方にも埃一つ落ちていない。
「……さて、さっさと休むでござるか」
楓は荷物を部屋の片隅に置くと、すぐに横になった。
「今日は色々とあったでござるなあ」
瞼を降ろして、今日の出来事を振り返る。二十年もの間山籠りをしていた楓にとって、この町の全てが新鮮に映っていた。
それ故にかなり疲労していた楓は、すぐに眠りに落ちたのだった。
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翌朝、というよりは既に昼下がり。楓は男女の言い争う声で目を覚ました。
「んむぅ……痴情のもつれでござるかぁ?」
寝ぼけ眼を擦りながら、身体を起こす。そのまま楓は、朝っぱらから(昼である)往来のど真ん中で口喧嘩をしている不届き者に一言物申してやろうと、窓際に近づいた。
しかし、楓は半分眠っていた。
「おろ?」
気づけば楓は宙に放り出されていた。
風を感じ、どうやら窓から身を乗り出し過ぎたせいらしいと気づいた頃にはもう遅い。重力に従って落下する中、楓は自分の失敗に苦笑いした。
◇
これは、楓が寝ぼけて転落事故を起こす少し前のこと。
「ふわぁ……昨日はよく眠れなかったわ」
大きな欠伸をしながら、エリーゼは宿屋から出た。陽はもう高い位置にある。
昨晩は興奮してなかなか寝付つことができず、普段早起きなエリーゼにしては珍しく正午まで寝過ごしてしまった。これには宿屋のダンディなおっさんもにっこり。
熱狂的な大和かぶれの彼女にとって、生サムライは少し刺激が強すぎたようだ。
ともかく、本当は町案内もしたかったのだけど、カエデといては心臓が幾つあっても足りないと思ったエリーゼは、一人町へ繰り出すことにしたのである。
「こんなところにおられましたか! 探しましたぞ、エリーゼ様!」
「えっ?」
突然声をかけられ、エリーゼは振り返る。
そこには立派なプレートアーマーに身を包んだ騎士が立っていた。兜を被っているため顔は見えないが、この熊のような大柄な男にエリーゼは見覚えがあった。
「き、騎士団長!? そんな、どうしてこの町に……」
その屈強な騎士の名はアルスラン。領主直属の騎士団をまとめあげる男であり、その腕っぷしの強さはこの領地と言わず、王国中に轟いていた。その実力は間違いなく、この国の三本の指に入るだろう。
そんな彼が何故ここに居るのかと、エリーゼは驚きを隠せない。
「私はエリゴール卿の命により、貴女様を迎えに上がったのです」
「……嫌よ、私はあんな家には戻らないわ!」
エリーゼは強い拒絶の言葉を発し、半歩下がる。
「我儘なお嬢様のことですから、そう駄々をこねると思っておりましたよ」
アルスランは困ったものだと息を吐いた。
それが合図になったのか。カチャカチャと金属の擦れる音が鳴らしながら、路地から四人の鎧姿の男達が姿を現す。その手には捕縛用の縄が握られていた。
「エリゴール卿も心配しておられる。多少荒っぽくとも、我々に付いてきていただきますよ」
有無を言わせぬ口調で、アルスランは言う。その言葉を聞き、エリーゼは奥歯を噛み締めた。
アルスランがエリーゼの手を掴もうとする。聡明な彼女は理解した。四方をアルスランの手下の騎士に囲まれてしまい、逃亡は不可能。抵抗はもはや、無意味であると。
しかし、その手が彼女に届くことはなかった。
空から何かが凄まじい勢いで飛来した。それは一直線にアルスランの元へと向かい、その頭装備を弾き飛ばした。
人だ、空から降ってきたのは、あろうことか人間だった。アルスランの兜を吹き飛ばした後、その人間はエリーゼのことを守るように、その前方に華麗に着地を決めた。
「――怪我はないでござるか?」
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