突然だが俺はゲームの世界へ転生することになった。
詳しい経緯は書かない。
神様だのなんだのよくある理由だからである。
とにかく俺はこれから異世界転生するわけだ。
剣と魔法のRPG世界にである。
ファンタジーの世界に憧れがなかったと言えば嘘になる。
俺にも空想世界で自由に生きることを想像し、現実逃避した過去があるそこらに五万といるオタクの一人だったのだから。
転生特典として、成人までに死んだら自動でやり直せる時間巻き戻し能力を手に入れていた。
最近のゲームはプレイしたことがないから何をしたらいいのかも何が起こるのかもまったくわからないが、ほそぼそとでも生活できればいいと思っている。
とりあえずの目標はゲームの主人公にかかわらないでゲームの世界を楽しむって感じかな。
どこかの田舎に住みながら畑を耕して、偶にモンスターを倒したりしながら暮らす。そんな生活がいいかな……。
牧場物語的な牧歌的なイメージしかこの時はなかった。
「おめでとうございます! 男の子ですよ」
転生してすぐ、名前も知らない女の股ぐらから俺は生まれた。
母親は少しきつい目をした金髪の美人のようだった。
生まれてすぐに目が見えるのは転生特典か? 神様も憎いことをする。
「ああっ、アンディー良かったわ。男の子よ」
「……そうだな」
父親は暗そうな顔をした男前。名前はアンディーと言うらしい。
無理やり作ったような笑みを浮かべ女に感謝を伝えている。
「マリー……その、よく頑張ったな……。産んでくれて……よかったよ」
「ええ、あなたとの子供だもんこれから家族三人でいっぱい幸せになりましょうね」
母親はマリーか……。
ちなみにではあるが、この時俺はちゃんと泣き声をあげて泣いていた。
条件反射ってやつかな。
耐えようと思えばなんとか耐えれそうだったが生まれてすぐ両親を不安にさせてはいけない。子供ながらに配慮して生まれたんだ。
近くにいた婆さんが俺の体を抱き上げ濡れ頭巾で体を吹いている間、母親は嬉しそうに父親であるアンディーに話しかけていた。
赤ん坊からやり直しである。
この時の俺は人生をやり直せることへの、たとえそれがゲームの世界だとしても、わずかながらの希望や興奮といったものがあった。誰もが一度は人生をやり直したいと思うのだ。それが現実になったからには当然のことだった。
両親の見た目からしてそう悪い容姿になることはないだろう。
前世の記憶があるチート状態で生まれたからには、よほどサボらない限り人生は安泰になるはずだ。
頑張ろう。
そう思った。
生まれてから10日ほどは幸せだった。お乳も十分貰えたし……。
13日目くらいかな両親が口論していることが多くなったのは……。
この時はまだこれからの人生を良くしようといった希望を持っていた。だから俺は両親の喧嘩を止めるために泣いて気をそらせようとしたんだ。そしてそれは成功はした。気をそらせるという一点においてはではあるが。
「こんな時に泣くんじゃないクソガキがっ!!!」
初めて母親に頭を潰されたのもこの時だった。
激痛とともに頭に指がめり込んでいく感覚、抵抗するすべすらないまま目玉が圧迫され飛び出したのが最後の記憶となり俺は死んだ。
「おめでとうございます! 男の子ですよ」
俺は生まれた。転生特典による時間巻き戻し能力が働いたんだ。
俺の孤独の戦いが始まった。
「ああっ、アンディー良かったわ。男の子よ」
満面の笑顔で話しやがってこの糞女が。とは思ったものの、赤ん坊にはどうしようも出来なかった。できることは前回の失敗を犯さないことだ。すなわち両親の喧嘩中に泣かないということである。
赤ん坊になるのは初めて……いや、2回目だから勝手がわからなかった。
本能的に出来ることが出来ないというのもつらい所だ。
よく考えたら喧嘩中に赤ん坊泣いてたら死んでるわ。
きっと他所の家もそう。
たぶん絶対……。
10日目くらいまではやはりまともだ。
アンディーの帰りが遅くなっているのは気になるが、まだマリーは落ち着いている。
そこから段々と雲行きが怪しくなっていった。
「最近、帰りが遅いけど何してるの? 前までこんな事なかったけど」
「仕事だよ。国の制度が変わったからそれに合わせて色々変えていかなくちゃいけなくなったんだ。落ち着くまではしばらくこうなる」
「しばらくっていつまでよ」
「しばらくはしばらくだ」
どうやらこの女はアンディーの浮気を疑っているらしい。
だが今回は喧嘩中に泣いたりはしない。
夫婦仲は二人で解決を図ってもらうことにする。
前回良かれとしてやったことは、夫婦の喧嘩に口を挟むような野暮な行いだったのだ。
案の定、喧嘩している時に泣かなければ頭をつぶされることはなかった。
生まれてから30日目。
二人は顔を合わせるたびに口論するようになった。
マリーは一人でいるとき暗い顔をしブツブツと何か呟いていることが多くなっている。
アンディーは帰ってこなくなることも多くなった。
よくない傾向である。
俺はお乳を貰えなくなっていた。
機嫌が良さそうな時に泣いて食事をねだって生きながらえて来たが、最近はいつも暗い顔をしている。
泣いて食事をねだってみるか? 流石に赤ん坊でも二日食事抜きは無理だ。
俺は祈りながら泣き声を上げた。
「おぎゃーおぎゃー(お乳をちょうだいお乳をちょうだい)」
マリーは泣き声に気づきこちらに歩いてくる。
手には包丁を持っていた。
いかん!!!
「おぎゃ!!! お………ひっぐ………………」
泣き止むから待って、泣き止むからまって。
マリーは虚空を見ながらこちらに歩み寄ってきている。
急に泣き止む形になったから引き付けおこしたみたいになってしまってしまったが大丈夫だ。
僕は大丈夫ですよみたいな顔を作るんだ。今すぐ。
「どうしたの……? お腹………空いたの………かな?」
反応がいつもより大人しいぞ……。
手に包丁を持っていること以外は正常な反応なのか?
ギリ行けるか?
もう一度泣いてみるか?
ワンチャンかけ――
「どうしたっ!!! なんか言えやっ!!!!」
マリーは包丁を持った手を高く振り上げると、躊躇なく振り落とした。
何度も何度も繰り返し俺の体を突き刺し、俺は死んだ。
「おめでとうございます! 男の子ですよ」
「ああっ、アンディー良かったわ。男の子よ」
良くねえよ。
無理じゃん。こんなの。どうしたらいいんだ。
あれから何度も時間は巻き戻った。
なんどやっても夫婦仲は悪化し俺は殺されてしまう。
赤ん坊だから何もできない。殺されるサイクルを止めれない。
地獄である。
しかし悲観してばかりではいられない。
俺が本当の赤ん坊だったら死んで終わりだが、死に戻りスキル付きの転生者である。
前世の知識を駆使すればこの窮地も切り抜けることが出来るはずなのだ。
何かあるはずだ。
俺にできることが。
糞を垂れ流すことと乳を要求すること以外で何かできることがあるはずなんだ。
「おめでとうございます! 男の子ですよ」
更に数度死んだが俺は悟った。
これまでの失敗は俺が受け身になりすぎていたから発生したんだと。
赤ん坊ながら、できることを放棄していた。
赤ん坊の一番の武器。
そう、笑顔だ。
赤ん坊の笑顔には人を癒す力がある。
赤ん坊の笑顔で家族をまとめる。それしかない。
戦いが始まった。
「ばぶう! キャッキャッ!」
「ばぁぶう? キャッキャッ!」
上目遣いで媚びるように笑み! 上目遣いで媚びるように笑み!
今までやらなかった可愛さを前面に押し出す媚びた行為。
こういったことが出来るようにならないと赤ん坊として一人前とは言えないんだな。
自分のことながら一皮むけた気がした。
俺はやれる!
「あいつと同じ顔で笑うなああああああああああああああ!!!
頭を潰されるのは5度目か。
無理だこれ。
俺は死んだ。
「おめでとうございます! 男の子ですよ」
また始まった。
産婆さん何もおめでたくないですよ。
「ああっ、アンディー良かったわ。男の子よ」
この糞女。生き残れたらマジで殺してやるから覚悟しておけよ。
人を殺そうと思う殺意が俺の中にあるとは思わなかった。
絶対に生き残ってやる。そして殺してやる。
何か情報があるはずだ。
生き残るための情報が。
どこかに――。
50回目
「ああっ、アンディー良かったわ。男の子よ」
まだだ。なにか見落としがあるんだ。
絶対この女を殺してやる。今まで殺された分倍返しだ。
ぜったいに許さない。
泣き叫んで許しを請われようが関係ない殺してやる。
バラバラにして豚の餌にしてやる!!!
100回目
「ああっ、アンディー良かったわ。男の子よ」
どこかになにかあるはずなんだ。
それじゃなきゃこんなの転生の意味がない。
なにか見落としがあるんだ。
生き残るための手段がどこかに……。
200回目
「ああっ、アンディー良かったわ。男の子よ」
わかった。わかったから。俺が悪かった。
俺が悪かったからもう許してくれ……。
もう堪忍してくれ。
300回目
「ああっ、アンディー良かったわ。男の子よ」
……。
もう生き返りたくない。
せめて終わりにしてくれ。
「ああっ、アンディー良かったわ。男の子よ」
28918回目
「ああっ、アンディー良かったわ。男の子よ」
俺は生まれた。
2秒待って右手を上げる。これでアンディーの返事が若干遅れるから……。
「……そうだな」
アンディーが無理やり作ったような笑みを浮かべマリーに感謝を伝える。
少し遅れたか……。
アンディの鼻を掻く動作が発生しなかったから今回は失敗だな。
俺は右手に力を入れ死ぬ準備を始める。
10分ほど右手に力を入れ続けると指先に魔力が発生し始めた。
大体10000回死んだ辺りで魔力の存在を発見した。
自分の生命エネルギーを空間に作用させる神秘の力である。
そのまま力を入れ続けると指の先が燃えるように熱くなってくる。
赤ん坊だからなのかチャージに時間がかかるが、もういいだろう。
自然な動作で自分の頭に指を添えると魔力を爆発させる。
頭が吹き飛ぶ感覚と共に俺は死んだ。
5769858回目
「ああっ、アンディー良かったわ。男の子よ」
俺を抱くマリーの腕、その動脈に向け魔力のメスを放つ。
背中に集めた魔力によるゼロ距離からの攻撃である。
攻撃と同時に、ものすごいスピードで壁に向けて投げられる。マリーが攻撃を受けるとまず距離を取ろうとする習性があることは、これまでの経験から熟知していた。
もちろん壁にぶつかればこのまま死ぬことになる。
俺は掌に魔力を集めると壁に向けて放った。
壁に魔力がぶつかると小さな穴が出来る。
赤子一人くらいなら通れる穴だ。
この穴を通ることによって投げられたスピードを殺すことなく距離を開けることが出来る。ちなみにこの方法以外は、ベッドから起き上がったマリーに即座に頭をつぶされる結果が待っている。
壁を通り抜けることによってできた3秒の時間。
この時間で術式を構築しなければいけない。
やれる。
俺はやれる。
3秒後、壁が吹き飛びマリーが現れた。
「なんだあああああああ!!!! てめえええええええええええ!!!!」
「ふん。言っても分かるまい。阿婆擦れめ」
この部屋はすでに貴様を殺すキリングフィールドとなったことを知れ。
マリーが一歩足を踏み入れた瞬間に13の属性魔法を組み合わせた2000種にも及ぶトラップが発動する。
これで貴様を殺すことが出来るとは思えんが、今回はその効果を調べさせて貰おう。
幾重にも組み合わせ――
5769859回目
「ああっ、アンディー良かったわ。男の子よ」
何っ!!!
いつ死んだ?
くそ、こいつまだ何か隠していやがるのか?
2019210199回目
「ああっ、アンディー良かったわ。男の子よ」
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
殺して……