・全編岐阜弁です。書いた人が岐阜弁のネイティヴなのでやってみたかった一発ネタ。なので読みにくいかもですがフィーリングで読んでくだされば…。
・アプリとシングレと史実のミックス、なのでちょっとだけキタハラの話が出てきます。タマもいるよ。
【pixiv】https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16521883
「はい、いらっしゃい、よおみえたね」
「これ、うちのモーニングのメニューやわ。ホットかアイスに、食事はこっちから色々選べるでね」
「サンドでいいんかね? どれになさる? ミックスね、はいはい。おぉい、モーニング、ホット、サンド、ミックス!」
――はぁい。
「はい? メニュー多いですねって? えへへ、そうやろ。まあ自慢やないけどうちのモーニングはメニューも量も多いでね。サンドにもサラダとゆで卵と果物がつきますから」
「壁の写真? ああ、やっぱりそうやろうと思っとったわ。お客さんも
「はい、これやわ。写真撮ってってくれてもいいでね。これはねえ、あの娘がカサマツから中央に移るってなったときに、まあささやかやけど壮行会みたいなもんをね、やらしてもらったんやわ。こっからちょっと行ったところの中華料理屋。すぐそこやお? あとで行ってみるといいわ。そんでハヤシさん、ああそこの中華やっとる人やわ、ハヤシさんだけやあらへんくて、この辺で店やっとる人はみんなそれぞれご飯作って持ってって、あの娘に食べてもらったんやわ。まあよお食べてくれたよ」
「はぁい、モーニング、ミックスサンド、お待ちどおさま。あら、取材の方? オグリちゃんの?」
「ああそうや、遠くからみえたんやわ。ああ、これ、うちの家内です」
「
「えへへ、そうやったっけ? え? はいはい、なんですって? ああ、そうそう、よおわかったね、この端っこに映っとるのがキタハラくんやわ。キタハラくんも立派やわ、このあと自分も中央に行くんやって言って猛勉強して、ほんとに行ってまうんやから大したもんやて」
「なに言っとるのあんた、キタハラさんはもともと優秀な方やないの。カサマツやったらみんな知っとる名うてのトレーナーさんやったんやから。やけどこれ、写真撮るとき、自分は端でいいなんて言うんやもん。謙虚な人やわ」
「まあそうやね、キタハラくんはカサマツでもよおやっとったな。そんであの娘がまだカサマツにおったときはキタハラくん、毎週のようにあの娘連れて来てくれたわ。土曜日曜にね、うちは月曜休みやでさ。ほら、トレセン学園が休みの日でもふたりで朝から練習しとったんやわ。えらいもんやて。寮やから休みの日でも食事は出るやろ? やけど朝から練習しとるもんであの娘昼まで待てへんかったんやわ。だいたいいっつも九時とか一〇時とかかな、それくらいのころに来てくれたんやわ、練習の合間にね。うちはモーニング十二時までやっとるで」
「オグリちゃんがあんまり美味しそうに食べてくれるから、もっと色々食べてもらわなあかんってうちの人も張り切ってまって、それでこんだけメニューも増えたんですよ」
「そらそうやわ。この辺はみんなそうやで。まああの娘にはよお食べてもらわなあかんって思って、それでモーニングのメニューも増えたんやわ。定食、カレー、そば、うどん、ナポリタン、オムライス、なんでもやっとるよ。あとで訊いてまわるといいですよ」
「うふふ、そうやわ。オグリちゃん、『コーヒー一杯でこんなについてくるなんてすごいな、キタハラ』なんて目えきらきらさせて言っとったもんやわ。やけど、記者さんも知っとると思うけど、オグリちゃんはほんとよお食べるやない? あれはまあふつうのウマ娘やあらへんね。まあほら、わたしらも商売のあることやでね、さすがにかなへんわ。やでキタハラさんがあとからこっそりその分たくさん払ってくれとったんやわ。この辺やとみんなそうやったと思いますよ。あの頃はキタハラさんも大変やったね、財布空っぽやわって言って笑っとったわ、あはは」
「お前余計なこと言わんでいいて。だいたいウマ娘は体が資本やもん、食べれるなら食べんとあかんわ。ああそうや、キタハラくんはもともとうちに来てくれとったんですよ。ほらキタハラくんも独り身やったで、まあ料理なんかもよおしいへんのやろおね、朝、うちや他の喫茶店寄ってモーニング頼んで新聞読んで、そんでそのままトレセン学園向かうってふうやったね。なあんかさ、当時はくすぶっとるようにみえたよね。やけどあの娘と出会ってからは違ったわ。全然違ったわ。目つきからして違ったもん」
「はあ、あんたはまぁた知ったような口きいてまうであかんわ。あ、そうやそうや、うどんって言えば、ほら、いつかオグリちゃん、小柄のかわいらしいウマ娘のお嬢さん連れて来てくれたやん? あれは嬉しかったわあ。そんでその娘がうちのおにぎりとうどん食べてってくれてね。ほら、あんた、あの娘なんて名前やったっけ?」
「なにが『小柄のかわいらしいお嬢さん』やて、お前。あれは『白い稲妻』タマモクロスやわ、西の怪物やて。天皇賞もジャパンカップも大したもんやったで? やで、あの娘が連れてきてうちの店入ってきたときはたまげてまったわ。腰抜かすところやったわ。だって新聞でもテレビでもよお見とったんやもん」
「ああそうやったわ、『タマ』ちゃんやったわ、オグリちゃんそう呼んどった。でもあの娘、はきはきしとって礼儀正しくていい娘やったわあ。あんたやってえっらいにこにこしとったよ? いや、この人ね、うちのはうどんの出汁も関西風やで大丈夫やと思うけど口に合うやろうかとか、名古屋のきしめんやって大阪の方からすると『からい』って言うもんやしどうかなあ、とか言って心配しとるの。やけどそのタマちゃんが『おっちゃん、おうどん美味しかったです』って言ってくれたもんで、まあそれからしばらく大変やったよ。この人、まあ舞いあがってまって、麺も手打ちやら自家製やらにした方がいいんやないかって言って。あんたさぁ、モーニング凝るのはいいけど、うちは喫茶店やお、って何度も言わなあかへんかったもんね」
「えへへ、そうやったっけ?」
「そうやてまったくもう。まあ、やけど嬉しかったわあ。オグリちゃん、またあのタマちゃんも連れて来てくれると嬉しいけど……ほら、オグリちゃんも生まれはここやあらへんやん? どこやったっけ? 北海道やないかしら?」
「ちがうてお前、北海道はスペシャルウィークやて。あの娘はヤマガタ郡やわ」
「あら、ヤマガタ郡やったかしら……まあ岐阜は岐阜でもヤマガタやと、こっからはちょっとあるしね。え? ほらやっぱり生まれは北海道やん! 記者さんの方がよお知っとるわ」
「あれえ、そうやったっけ?」
「それでほら、そのスペシャルウィークって娘もきっとそうやったんやろうって思うけど、オグリちゃんはひとりでカサマツのトレセン学園の寮に入って、それで今度はひとりで東京のね、中央に行くんやもん。大丈夫かしらって思っとったんやわ。勝手にね。こんなの勝手なことやってことはわたしらだってわかってますよ? でもね、寂しいんやないかって。やで、しばらく経ってそのタマちゃん連れてきてくれたときは嬉しかったわあ。ほらわたしなんかはあんたらが言っとるようなレースやとかなんやってことはあんまわからへんけど、その大阪の子でもなんでも、オグリちゃんにお友達できたんやったら良かったなって。また連れて来てくれるといいんやけど」
「……まあそらそうやね」
「あ、記者さんやったら知っとると思うけど、オグリちゃんはね、まあかわいいとこあるんやわ。あの娘、なぁんかぼんやりしとるっていうか、まあなに考えとるかわからんとこあるやろ? 口達者な方でもないしね。やけど、笑うとまあこれがかわいいんやわ。それにねえ、ちょっと抜けとるところもあって。あ、これはいつかうちでおにぎり食べとったときなんやけどね、あの娘ひとりごとみたいに言ったんやわ、『でえたらぼっちに感謝しないとな』って。なんのことやって思って聞いてみたら、ほら、あのね、この辺やとそういうシーエムがあるんですよ、海苔のね。『むかしむかしでえたらぼっちが田植えを真似て海苔を作りはじめたんだとさ』ってやつやわ。それでオグリちゃん、真に受けてまっとったんやね。かわいいわあ」
「
「あはは、あれはおもろかったねえ。わたしはレースのこととかわからへんけど、テレビで見とって手え叩いて笑ってまったもん。あのゴールドシップって娘、好きやわあ」
「笑いごとやあらへんわ。でもまあ、あのゴールドシップも末脚は大したもんやね。どこもかしこも話題にしとったもん。やけど、ああいう娘が活躍できるのも、あの娘があってのことやわ。実力があってのことやね。ただの
「それはそうやけどさあ、あんたはまぁたえらそうなこと言って。あのねえ記者さん、オグリちゃんがまだこっちにおったときにね、カサマツのレースであの娘が走るって日にはこの辺の人みいんな応援に行ったもんですよ。うちみたいなのはほら、飲食の仕事があることやで休めえへんけど、それでもここで常連さんとテレビ見て応援するんやわ。それで、さっきこの人が言っとったようにキタハラさんが休みの日にオグリちゃん連れてきてくれるとね、どっから聞きつけたんかわからへんけど、近所の人やら常連さんやら、この辺の人がみいんな集まってきて、オグリちゃんのこと見とるんやわ。たくさん食べるとこをね。あんたやってカウンターからにこにこしてオグリちゃん見とったで? オグリちゃんはアイドルやったわ。わたしらなんかミーハーみたいなもんやもん」
「えへへ、そうやったっけ?」
「えへへ、やないて、そうやったって。まあ、あの頃は良かったね。おかげでうちもずいぶん繁盛したわ」
「まあ、そうやったなあ。キタハラくんも中央行ってまって寂しくなってまったけど、カサマツもまたもうちょっと頑張ってくれるといいわなあ」
「それはほんとにそうやけどねえ」
「ああ、そうや。ねえ、記者さん、フジマサマーチって知っとる? いま高知で走っとる娘やわ。あの娘も実はもともとカサマツなんやお。知っとるかな?」
「なにを言っとるのあんた、記者さんやったら知っとるに決まっとるわ」
「フジマサマーチもさ、大変やったわ。あの娘と競っとったんやもん。色々あったわ。でも、いまでも走り続けとるってことはえらいことやおね」
「えらいに決まっとるわ。マーチちゃんは見た感じほら
「わかった、わかった。まあ盆か正月やな。いやまったく、
「まぁた
「ああ、そうやったね、これはいかへんかったわ」
「ほんとやて。オグリちゃんの話をしんとあかんて」
「……まあ、でもあの娘も良いときも悪いときもあったよね」
「うん……そうやね、まあ悪いときもあったわね」
「まあ、私らなんかにはわからへんですけど、きっとあの娘もえらい思いをしとったんでしょう、あの頃はね」
「そうやね」
「あの頃は、そうや、報道の仕方もあんまよくあらへんかったわ。あることないこと書いて、あんなのはあかへんて」
「それはそうかもしれへんけど、まぁたあんたはそんなこと言って。仕事のあることやでね、誰にしたって。いや、ね、うちの人はお酒飲めば泣き上戸なんやけど、あの頃は大変だったんですよ。お酒飲めば大の男がめそめそ泣いて。あの娘がかわいそうやわ、心配やわ、キタハラくんはなにをしとるんや、ちゃんとあの娘の面倒見たらなあかんって、なんべんも言うんやおね、この人は。そんなんキタハラさんやってできることとできへんことがあるもんやし、ましてやあんたなんかが泣いたって仕方あらへんてって言ってもあかんかったもんね、この人は。大変やったわ」
「えへへ、そうやったっけ?」
「そうやてほんと。まあでも、
「まあでも、それでさ、あの有マ記念、あれはえらかったね」
「あれはえらかったわ。これも常連さん集まってうちでテレビで見とったんですけどね、ほら、あの中山のレース場。この人なんかもうあかへんかったわ。途中からびいびい泣いてまって」
「あれは実況があかんわ。ほら、なんやったっけ、あのアナウンサー、名前が出てこおへんであかんけど、あの人も途中から鼻啜っとるんやもん。『最後の力くらべがはじまります』って言ってさあ。あれはあかへんわ、泣かせるわ」
「いや、あの人も立派やったよ? そうや、それで『オグリ一着、オグリ一着』やったよね。そのあといろいろ見たし、あんたらなんかはなんやかんや言うけども、わたしなんかはやっぱりあれはあの人の実況が一番やったと思うけどね」
「やけど、それから『右手を挙げた』ってずっと言っとったやろ、あの人? あの娘が挙げとったの左手やったのに。ねえ記者さん、そうですよね?」
「はあ、なぁにを言っとるのあんた。知ったようなこと言って。右手やとか左手やとか、そんなんあとから新聞やとかテレビやとかで見ただけやんか。あんたやってそのときはぼろぼろ泣いて、顔もよお上げへんようになっとったやんか。右手も左手もあらへんかったて。いや、ね、そうなんですよ。その日はこの人も常連さんもみいんな抱きあって泣いとったわ。わたしなんか、やっぱり男の人は弱いわって思ったもん、あはは」
「いや、そうやけどさ……あのときばっかりは仕方あらへんて」
「……うん、まあそうやね、あのときばっかりは仕方あらへんね。わたしも涙出たもん」
「……うん、そらそうやわ」
「やけど、まあオグリちゃんのそれからの活躍のことはそら記者さんの方が詳しいやろうと思います。あはは、記者さん、さすがに若そうにみえることあるね、うちのモーニングもよお食べてくださって。あはは……やで、わたしらなんかが話せることはこのくらいかもしれへんわ。オグリちゃん、元気にやっとるって聞いとるもんでね、いいんやけど」
「ん、ああそうや、そういえばさ、この前あの娘ユーアールエーのシーエム出とったやろ?」
「あんたはいきなりなんなの、まったく」
「あれポスター作っとらへんのかな? 記者さん、知っとります? カサマツのときのはね、この辺やと結構回ってくるもんで、あの娘のもああやって壁にも貼ってとっといとるんやけど、中央のはなかなか手に入らんくてね」
「あ、あのシーエムはよくできとったね。オグリちゃん、ちょっとどっか遠いとこ見とって……」
「あれは良かったわ。まぁあの娘の良いところがよお出とるよね」
「まあそうやね。みいんなオグリちゃん好きやでね。ああ、記者さん、もしオグリちゃんに今度会ったらよろしく伝えといてください。うちなんかカサマツのしがない喫茶店やけどね。でもね、いつでも帰ってこやあって。いつでも待っとるもんでって、ね。お願いしますね……ってあんたはなにやっとるの?」
「いやあかへんわ、すっかり忘れてまうとこやったわ。せっかく遠いところからみえたんやで
「ってもう、まったく、なぁにをやっとるんかしら、あの人は。すみませんね、ちょっとだけ待っとったげてください。ああ、そういえばね、その、前のね、オグリちゃんがタマちゃん連れてきてくれたときに、タマちゃんわたしに話してくれたんですよ。あの人はオグリちゃんに夢中で聞いとらへんかったけどね。タマちゃん、言ってくれたんやわ。オグリちゃんがあんなふうに走れるのも、故郷の人の応援があるからやって、そう
「うんうん、いや、ね、これもいつも壁にかけとるんやけどね。この前あの娘来てくれたときに書いてもらったんやわ、サイン。ほら、うちのは
「はあ、どっちがミーハーやて。うちの人は喋ればろくなこと言わへんであかんわ。これもねえ、この人ですよ。その、オグリちゃんがこの前来てくれたときにね、『ちょっと待っとって』って言ってこの人慌てて店出てってまって、それでどこ行ってまったんやろうかと思ったら、ナカシマさんとこ、ああ近所で文房具屋やっとる方なんやけど、そこまで行って色紙とペン買って戻ってきたんやわ。そのあいだオグリちゃん、ちゃあんと待っとってくれて」
「えへへ、そうやったっけ?」
「そうやてまったく。まあ、うちらなんかミーハーでいいんやて」
「まあとにかくこれがそれです。写真撮ってってくれたらいいわ。ふうむ、あの娘、字はあんまり達者な方やないね」
「はぁ、なに言っとるの、あんた。ほんとろくなこと言わへんでいかんわ、この人は」
「ああ反対向きやったねこれ、ごめんなさい。でもさ、ほら、ここにこうやって書いてあるのわかるやろ? ね? ほら、『
(「いつでも待っとるもんで」了)