「いい天気だね、
天衝山から遁玉の丘へと続く道を、相棒の鴉とともに
元素コントロール特訓の一環で、足から水元素噴射すればめっちゃ速く移動できるんじゃね?というなんとも安易な思いつきから編み出された移動方法。
地面と足裏の間に水元素を停滞させ、後方へ噴射することで推進力を得ることに成功。特訓の序盤こそ勢いが強すぎて思いっきり地面に後頭部をぶつけたり、逆に弱すぎて少しも動かないなど四苦八苦していたが、経験を積み重ねていくうちに無意識化で制御できるようになっていった。
そんな千鶴は鍾離の計らいによって往生堂で厄介になっていたが、”働かざるもの食うべからず”という稲妻に伝わる古い言葉を思い出し自ら労働を志願したのだった。
当時、冒険者としての活動の他に璃月港での配達業を兼任していた千鶴はこう考えた。もっと早く仕事を終わらせることはできないか、と。そこで役に立ったのが、ちょうど習得を目指していた”鴉丸式陸上滑走法”である。
その滑走法は、それまで璃月港内までしかなかった活動範囲を一気にモンド全域にまで拡大させた。千鶴は仕事の幅と多くの人々との関りを、依頼主は冒険者故の魔物による事故率の低さと滑走法による速さを得られるという双方にメリットのある結果となった。
そして現在。天穹の谷から南天門、琥牢山の麓へと進んでいく。まるで生き物の尻尾のような不思議な見た目をしている伏龍の木の根元に、千鶴の到着を待つ人物がいた。
◇
「甘雨!」
水色の髪に赤黒い角、こっちが心配になるぐらい色々際どい服装をする彼女。璃月七星の秘書を務めていて、その凄まじい仕事ぶりは私もよく耳にしている。ちなみに、角が生えているのは仙人の血が半分入っているかららしい。
そう言えば煙緋にも白い角が生えていたし、璃月ではそこまで珍しい光景でもないらしい。稲妻には獣耳は生えてても角の生えた人はいなかったから、初見はけっこうビックリしたことを覚えている。
「おはようございます、千鶴さん」
「うん、おはよ。待った?けっこう急いで来たんだけど…」
「先ほど到着したばかりですので、お気になさらず」
「ならよかった」
定型文のような会話をしつつ、伏龍の木の巨大な根っこ付近に腰を下ろす。まず先に依頼を達成しなければならない。
「これ、頼まれた清心ね」
そう言って持ってきたカゴを渡す。心なしか甘雨の表情も緩んだように見える。
「前から気になってたんだけどさ、これ何に使うの?」
「食べるんですよ」
「え゛っ」
軽い気持ちで聞いてみたら予想の斜め上から答えが返ってきた。食べる?清心を?
「鍾離先生から苦いって聞いたんだけど…」
「それが清心の味ですから。とても美味しいんですよ、千鶴さんも食べてみますか?」
「えっ、あぁいや、私はいいよ。甘雨のために持ってきたんだから」
「そうですか…」
おぉん、その断った側が罪の意識に苛まれる表情はやめてくれ…。いやしかし、甘雨は仙人の血が流れているわけで、私たち人間とは多少違った味覚を持っているのかもしれない。偏見いくない。
心地よい風が吹き抜ける。天気は雲のほとんどない快晴。少しぼーっとするだけで眠気が襲ってくるほどの居心地だ。
ふと隣を見てみると、甘雨が見事なまでに舟を漕いでいた。一般人ではすぐに潰れてしまいそうな激務を、初代璃月七星の時からずっと続けてきているのだ。そりゃこうもなるだろう。
「ねぇ甘雨?寝るならもう少しちゃんとしたところで寝たら?」
「……っ!ね、寝てません!寝てませんよ!」
「それはさすがに苦しいでしょ…」
これだからワーカーホリックは。甘雨といいジンさんといい、適度に休んだ方が仕事の効率は上がるんだよ?
「もう、ここ使っていいから。少し寝なって」
自分も腿をポンポンと叩き催促する。無理やりにでも寝かせる強硬手段だ。
「いえ、悪いですし…。私は大丈夫なので」
「あのね、大丈夫ってのは大丈夫じゃない人が使う言葉なの。それに私も心配でしょうがないから、私のためだと思ってさ」
葛藤すること数分。甘雨が折れることで決着となった。
「…では、失礼します」
「うむ、くるしゅうない」
ふわふわした水色の髪が私の足に乗る。思ったより角が邪魔になることはなさそうでひと安心といったところだ。
すぐに規則的な寝息が聞こえてくる。この髪は手触りもいいのかと、彼女の頭を軽く撫でながら思う。やりすぎて起こしても悪いのでほどほどにしよう。
「蒼、ちょっと来て」
小声だったにもかかわらず、間髪入れずにやってきた。君は頭もよければ耳もいいのかい?
「木の上から周りを警戒しててもらっていい?この状態で不意打ちとかされたら反応遅れちゃうし」
了承してくれたのか、甘雨をチラ見してから伏龍の木の上へと飛んで行った。…くちばしで突っつかれたけど。ちょっとだけ痛い。
◇
体がビクッとなった拍子に目が覚める。いつの間にやら私も眠っていたらしい。太陽はすでに真上ほどまで昇っている。
「お腹空いたな…」
自覚した途端に空腹が激化し、おまけにお腹も元気よく音を鳴らす。甘雨はまだ熟睡中らしく、当初と変わらない体勢でそこにいた。
「蒼、戻ってきていいよ」
言うと同時に脇腹へ体当たりされる。木の上ではなく真横にいたようだ。適当な仕事をする子ではないからサボってたわけじゃないだろうし、そろそろ私が起きると見越していたということだ。伊達に長く一緒にいないな。一緒にいる時間が一番長いからか、私のことは何でもわかるらしい。
そんなことを考えているうちにも、蒼はゲシゲシと私のことを蹴飛ばしている。ごめんって、居眠りしたのは謝るから蹴らないで。その爪がいい具合に痛いんだってば!ねえ聞いてる?ちょっと!?マジで痛いってほんとに!
しかし、途中で一度も起こされなかったということは、敵襲は確認されなかったことの証明である。平和が一番、これ大事ね。
「甘雨、そろそろ起きてー」
「んぅ…」
むくりと起き上がり欠伸をひとつ。こんな些細な動作すら絵になってしまうのだから、顔面偏差値の高い美少女というのはとんでもないものである。そういえば煙緋も魈も、顔面があまりにも良すぎる。仙人ってのはみんな美男美女しかいないの?そんな種族あるの?うらやまけしからん。
適当な会話をしつつ彼女と別れ、腹ごしらえのために璃月への帰路につく。蒼のご機嫌取りのためにちょっと遊びながら帰ることにしよう。もともとそういう約束だったしね。許してくれるでしょ、なんだかんだ優しいし。
「んじゃ、競走しながら帰ろうか」
適当に拾った枝で土にスタートラインを引く。つまるところ、よーいドンのかけっこだ。まあ片方は飛ぶし片方は滑ってるから、誰一人として駆けてはないんだけども。
「この枝が地面に落ちたらスタートの合図ね?…それっ!」
真上に放り投げた枝がくるくると回りながら飛んでいく。スタートダッシュを決めるために水元素を足裏にスタンバイさせてその時を待つ。そしてカツンと音を立てて枝が落ち、それと同時に私と蒼は勢いよく飛び出すが…。
「えっ、速くない!?手加減ってもんを知らないんですか!?ここはイチャイチャしながら帰るのが相場でしょうが!!」
華麗にスタートダッシュを決めた私に対し、翼を広げて羽ばたくためのラグがあったはず。しかし次の瞬間には十数メートルは離されてしまった。稲妻に向かう蒼を実際に見たことは無かったから、ここまでスピードが出せるだなんて知らなかった。
「蒼~?私寂しいんだけど~?置いてかないでよぉ…」
トップスピードですら距離が縮まらないので既にゆっくり観光モードだ。アルベドに作ってもらったゴーグルは早くもお役御免である。ごめんねアルベド、今度絵のモデルになったげるから許して。
◇
往生堂の私室、その窓辺には一羽の鴉。なにやら澄ました顔でこちらを見ている。遅かったなって?お前が速すぎるんだよ!見るからに怒ってるじゃん、そろそろ機嫌直してってば。
しかし今はお昼時。こういう場合は美味しいご飯を食べればいいと世の理として決まっている。蒼は思ったより人間チックな鴉なので、毛づくろいや水浴びさせるよりはご飯と睡眠なのである。
「そうなると、どこでご飯食べるかだよねぇ。どこで食べたい?」
聞いてみても、くちばしをちょいちょいと動かすだけ。お前が決めろってことですねわかります。私は人間を顎で使う鴉を爆誕させてしまったらしい。
蒼を抱えて部屋を出る。現状は私の方が立場が低いため逆らえないので、私がお抱えさせていただいている次第です。
考えながら往生堂を出ると、辺りをキョロキョロするシャオユウさんとはちあった。
「あ、千鶴さん!やっと見つけた…」
「んぇ?」
なんだか私を探してたみたい。何か用事でもあるんだろうか。
「食材の運送をお願いしたいとの依頼がありまして、できれば急ぎがいいらしいので探していたんです」
なるほど。食材も時間が経つと腐ってしまったり鮮度が落ちたりするから、速く届けたいというのは非常に分かる。一生冷蔵、冷凍で保存できるわけじゃないからね。
「どこまで運べばいいんですか?」
「依頼主によると、モンドの鹿狩りまで届けてほしいそうです」
「モンドとは、これまた遠いですね」
「急で申し訳ありませんが、よろしくお願いしますね」
そう言って駆け足でシャオユウさんは戻っていった。まぁ、お昼ご飯は鹿狩りで決定したので手間が省けたし良しとする。
「蒼、今日は鹿狩りでお昼だね」
「カァ」と鳴く蒼。これは了承の意である。私にはわかる。わかるったらわかる。
目的地の決まった千鶴は、空腹を満たすためにモンドを目指して璃月を出発したのだった。
◇
さて、向かうはモンド城の鹿狩り。帰離原、望舒旅館、萩花洲、石門と抜けていき、アカツキワイナリーを過ぎたころ。今のうちに食べるご飯をある程度決めておかなければならない。お腹をすかせたままメニューを選ぶなど拷問に等しい。
「ん?あれは…」
璃月とモンドでは食文化が違うため、お店に並ぶ料理のラインナップも全く違ってくる。璃月は本当にご飯が美味しいのだけど、モンドのそれも侮ってはいけない。
「黒き眷属を従えし我が同胞よ…」
ん~、モンドに行くの自体久しぶりだし、鹿狩りにどんなご飯があったかなんて正直覚えてないんだよなぁ…。串焼きとかピザとか?考えるだけでもどんどんお腹がすいてくる。
「この邂逅は我らの
あ、清泉町が見えてきた。確かドゥラフさんが少しだけ獣肉や鳥肉を売ってくれていたはずだから、そこで買って済ませてもいいのでは?
物思いにふけっていると、突然目の前に紫色の鳥が姿を現した。
「お待ちください、千鶴殿」
「うわっ、ってオズ?」
私の前に現れたのは、モンドの冒険者であるフィッシュルが顕現させる大きな鳥だ。なぜ人の言葉を話せるのかは知らないけど、時たま理解不能な言葉をしゃべるフィッシュルの通訳もしてくれていて非常に助かっている。
「今日はフィッシュルと一緒じゃないんだ?珍しいね」
「後ろを振り返ってみてください。お嬢様も一緒ですよ」
「え?」
言われた通り振り返ると、息を切らして走ってくるフィッシュルが目に入った。オズはワープして来られるが、生身の人間であるフィッシュルではそうはいかない。少し泣きそうな顔をしているし、なんだか申し訳ないことをしてしまった。
「はぁ…はぁ…やっと追いついた…」
「えっと、ごめんね?フィッシュル。ちょっと考え事してて」
息を整え、いつもの奇妙なポーズを取るフィッシュル。どうやら調子は戻ったらしい。
「……話す内容忘れた…」
「……ねぇオズ?」
「私に聞かれましても」
私に無視されたショックのあまり、話す予定だった話題が頭から飛んでしまったみたい。いや、ほんとごめん。
「千鶴殿はどのような用事でモンドへ?」
「私は配達。モンド城まで食材を届けなきゃいけなくってさ」
「それはそれは」
「わぁ…蒼ちゃんモフモフ……」
オズと話している隙に、フィッシュルは蒼を撫でて癒されているようだ。こういう年相応の可愛さが垣間見えるギャップがフィッシュルをより引き立てていると言える。
「そうだ、食材早く届けないと。それじゃそろそろ行くね?」
「んん゛っ、そう…ではまた逢いましょう千鶴」
「うん。今度はゆっくり話そうね、フィッシュル。オズもまた今度」
そういって彼女たちと別れ、モンド城への道を急ぐ。目的地まであと少しだ。
新年あけましておめでとうございます(激遅)
亀更新とは言いましたが、まさかここまでとは。
こんな調子ではありますが、ゆったりとゴールまで書ければいいかなと思っておりますん。よろしくお願いします。
今年の抱負は申鶴を引くことです。対戦よろしくお願いします。