白鷺と鴉   作:オクシモロン

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5話

優柔不断というか、物事をはっきり決めきれないというか。これが国民性というやつかと、適当なことを考えてしまう。

 

母さんは私とは違って、何でもスパっと判断できる人だった。本当に血が通ってるのか疑わしいぐらい真逆である。目元はキリっとしてたし、全体的に凛々しい雰囲気を纏った人という感じだ。なぜその遺伝子を私にくれなかったのか。

 

その日のご飯ですらうだうだ悩むような私に、稲妻に帰るかどうかなんて重要な決断をそんなすぐできるわけもなく。帰りたいのは本当だけど。

 

璃月の昼下がり。冒険者の仕事も運搬の依頼もないこの日、往生堂の前でダラダラと物思いにふけっていた。あ、ちょうちょ。かわよ。

 

「おやおや、昼間からボーっとしてるなんて珍しいこともあるもんだ」

 

声のする方へ顔を向けてみる。

 

「煙緋...」

 

仙獣と人間のハーフであり、ここ璃月で法律家をやっている。手にはいつものクッソ分厚い本を抱えていて、よくそんな重そうな本を持ち歩けるなと感心したりする。なぜその本はページが黒いんだろうか、本人のことも含め謎は多いらしい。

 

「私なんか悪いことしたっけ」

 

「名誉棄損で訴えてもいいんだぞ?出来ればお前を裁くことがない人生でありたいと思っているけれどね、千鶴?」

 

「稲妻ジョークじゃないですかヤダァ」

 

全体的に肌の露出が多い服装に目を逸らしてしまう。胸囲のガードは薄く脚は惜しげもなくさらけ出していて、端的に言って目のやり場に困る。見ちゃうから、そういうの。

 

「ていうか、そっちは何かの帰り?」

 

「厄介な民事がようやく片付いたんだ。まったく、いつまでたっても苦手だよ」

 

璃月の法律家の頂点に立つ彼女は、それ相応の依頼料は取られるらしいが腕は確からしい。璃月に来てから今まで煙緋の世話になったことはないけど、周りから話を聞く限りだと非常に優秀なのだとわかる。

 

「そうだ、気分転換の散歩に付き合ってくれないか?」

 

「あー...うん、わかった」

 

 

 

 

「どこまで行くの?」

 

「目的地などないさ。ただ気ままにぶらつくだけだからね」

 

「ふーん」

 

まぁ、気分転換なんて往々にしてそんなものかと考える。しかし、こうやって改めて璃月の町並みを見ていると、建築様式が稲妻とずいぶん違ってて面白かったりする。国が違えば文化も違うから当たり前っちゃそうなんだけども、扉ひとつ取っても色んな発見がある。

 

「お前も、ずいぶんと馴染んできたんじゃないか?」

 

不意にそんなことを口にする。

 

「そうかな」

 

「そうとも」

 

「まぁ、昨日今日こっちに来たわけじゃないし」

 

「それもそうだ」

 

他愛のない会話。でも、これぐらいが心地よい。

 

 

あてもなく歩くうちに、璃月港の西側にある広場に着く。ここからは群玉閣がよく見える。あれだけのものを浮かせる石があるなんて、世界広しと言えども璃月だけだろう。知らんけど。

 

「おやおや、あまり見ない組み合わせだねぇ」

 

「ピンばあや...」

 

そこにいたのは、璃月のおばあちゃんことピンばあや。見かける時は大体ここにいる気がする。

 

「私が誘ったんだ、散歩に付き合ってくれってね」

 

「こっちもちょうど良かったからいいけどね」

 

近くにあったベンチに促され、三人で腰かける。テーブルにはティーセットが用意されていて、流れるような動きでお茶を淹れてくれた。

 

「何について悩んでいるのか大方検討はついているけどね、急いで答えを出す必要はないよ」

 

「それは分かってるんですけどねぇ~」

 

石造りのテーブルに頬をくっつけるように頭を預ける。冷たくて気持ちがいい。

 

「神頼みなんて言葉のあるし、岩王帝君あたりに相談とか出来ないかなぁ」

 

「ずいぶんと贅沢な願望だ。私の依頼料なんて雀の涙程度に思えてしまうだろうさ」

 

「え、帝君ってお金取るの?」

 

「物の例えだよ」

 

まぁ、岩王帝君は死んでしまったらしいし、相談もクソもないんだけども。葬仙儀式の時私は璃月にいなかったけど、まさか自分が生きているうちに神が死ぬなんて思いもせず相当面を食らったものだ。

 

テイワットにはモラという通貨が流通しているけど、それを最初に作ったのはその名前の由来ともなったモラクスこと岩王帝君であったらしい。岩王帝君のお膝元である璃月の考古学者が、モラクスが最初に生み出したモラに関して熱い議論を交わしているのを通りすがりに聞いたことがある。

 

それはさておき、モラの生みの親なのだから何かしらお金を要求されても不思議じゃないな、と思ったりする。やはりお金はこの世の心理なのだ。

 

依然として冷たいテーブルに顔を押し付けていると、手紙を運んできたらしい蒼が私の頭に着陸する。この場合は着頭か。

 

「待ってたよ蒼ぃ~!ん-っま!ちゅっちゅ!」

 

二人の目も気にせず愛しの相棒に頬擦りする。どうだ、私は狂っているだろう。

 

「ほぉ、その子が蒼ちゃんかい」

 

ピンばあやは興味深そうに我が半身を眺めている。やはりこの可愛さは老若男女関係ないらしい、最高だぜ蒼ちゃん。

 

「実際見るのは初めてだけどねぇ...これはこれは」

 

「そんなに気になるなら抱いてみます?」

 

「それは嬉しい提案だけどね、そんなことよりやることがあるんじゃないのかい?」

 

そうだった、こうしちゃいられない。すぐにでも往生堂に帰って返事の手紙を書かなければ。そう言えば写真送るって約束してたし、どっかで写真でも撮ってもらおうかしら。...え、誰に???

 

非常に重大な問題に気づいてしまったが仕方がない。ピンばあやと煙緋に別れを告げ、我が家でもある往生堂へと歩を進める。

 

ようやく往生堂に着こうかといったその時、非常に見知った姿を見つけるのだった。

 

 

 

 

「あれ、鍾離先生?」

 

「ん?...あぁ、千鶴か。この時間に暇をしているとは珍しいな」

 

「いやまぁ、ちょうどなんもなくて」

 

「そうか」

 

...に、苦手だ。この多くは語らないみたいな感じ?私がこうして生活できているのは間違いなく鍾離先生のおかげなのだけど、なんだか尋常ならざるオーラを感じるというか。個人的には鍾離先生に聞いてダメなら人類には無理ってぐらい信を置いているけれど、やっぱり真面目な人にはあんまふざけた態度取れないというか。

 

ただお金の使い方が極めて下手らしいし、人は見かけによらないと思ったりする。こんだけ物知りで密度の高い人生送ってそうなのに、なぜにお金という一般的なものの扱いが下手なのだろうか。謎は深まるばかりである。

 

唐突に悪魔的な発想が頭に浮かぶ。

 

「そうだ鍾離先生、ちょっと写真撮ってもらっていいですか?」

 

鍾離先生、カメラマン化計画である。璃月で知らぬ者などいないであろう”あの”鍾離先生を、友人に写真を送りたいという超絶個人的な目的のために使うのだ。ふっ、これが人脈の為せる業よな。

 

「写真か?別に構わないが、どう撮るか決めているのか?」

 

「ど、どうって...なんか普通に?」

 

「確か写真機は持っていたな。三脚を持ってくるから少し待っていてくれ」

 

写真機を固定するための三脚を取りに往生堂へ戻っていった鍾離先生。どうしよう、手持ち無沙汰になってしまった。この微妙な待ち時間がどうしても落ち着かず、ウロチョロしたりもじもじしてしまう。スキマ時間の使い方が圧倒的に下手なのだ、私は。

 

「待たせたな、さっそく始めようか」

 

「アッハイ」

 

慣れた手つきで三脚に写真機を取り付けセッティングを完了する。とりあえず無難にポーズでも取ってみようかしら。

 

「でゅ、でへへ...」

 

このヘタレ、写真なんぞ撮り慣れていないので全体的にだらしなくなってしまうのである。淑女の威厳などとうの昔に塵となって消えている。

 

現像された写真を見てみると、なんということでしょう。そこには被写体としての自覚がない少女が一人、緊張のあまりガチガチになった姿が写っていた。

 

「なんじゃこりゃ、どう見ても不審者じゃん」

 

「...もう少し、見られるということを意識した方がいいかもしれないな」

 

「ふげぇ...」

 

別に人目を気にしない性格ではないのだ、現に稲妻に帰りづらいのはそれのせいなのだから。ただ、衣服等の身だしなみに関してはもしかしたらその通りなのかもしれない。

 

「ねぇねぇねぇねぇ、何やってるの?写真?私も撮る!」

 

そこに現れたるは往生堂第七十七代目堂主、胡桃であった。私の生殺与奪の権を握っていると言っても過言ではない人物である。

 

そんな彼女は今しがた現像されたばかりの写真を見てこう言った。

 

「不細工な写真だね~」

 

正論は時として人を殺めることを知った方がいいですよ、堂主殿。

 

私が失意の底を層岩巨淵のキノコンのごとくさまよっていると、写真機を三脚から外した胡桃がこっちに駆けよってきた。

 

「ほらほら千鶴お姉さん、座って座って」

 

「え?あぁ、うん」

 

胡桃に手を引かれて石造りのベンチに腰掛ける。いや、近いです堂主殿。梅の良い香りがいたします堂主殿ッ!

 

「見るのは私じゃなくてカメラだよ」

 

「分かってるよ...分かってるって...」

 

「じゃあ撮るからカメラ目線だよ?はい、チェッキー!」

 

「チェ、は?なんて?」

 

聞き慣れない単語に戸惑っている間に現像される写真。ニッコニコの堂主と素っ頓狂な顔をする私。なんだよチェッキーって、聞いたことないよ。

 

「ちゃんと笑ってくれないと困るよ~、千鶴お姉さん」

 

「ごめんて...」

 

その後は胡桃先生による写真撮影会が開催された。参加者は私だけ。

 

現像した中で一番写りのいいものを選んで満足したのか、突発的に始まった撮影会は終わりを迎えた。

 

「そういえば胡桃はなにやってたの?散歩?」

 

「んー?...あっ!仕事中だった!」

 

そんなことある?自由奔放も極まればとんでもないことになるらしい。大方除霊かなにかの依頼だったのだろう、偶然起きた現象をお化けの仕業だと思い込んで胡桃に除霊依頼をする人はけっこう多いのだ。彼女の半ば不真面目な態度はその証左である。

 

堂主殿が去ったあとに残されたのは、残った十数枚にもなる私と胡桃のツーショット。私はこれを綾華に送ることになるわけだけど、あっちからすれば顔も名前も知らん人との写真を送られるわけで。まぁ、大丈夫でしょ。多分。

 

どれを送ろうか、なんて考えながら写真を眺めていると、少し離れた場所で眺めていた鍾離先生が口を開く。

 

「そういえば、近頃稲妻で祭りが開催されるそうだ」

 

鍾離先生もそっち側かぁ~~!なんと璃月人は読心術の使い手がたくさんいるらしい。魔境か?みんな私の思考読みすぎだから。

 

「お前が何で悩み、葛藤しているのかは分かっているつもりだし、周囲にいる者たちもお前がなにを考えているのか容易に分かるほどそれが顕著だということだ」

 

それにな、と鍾離先生は続ける。

 

「往生堂で拾ったことに恩を感じていてそれに報いようと思っているのなら、それはこの数年で十二分に果たされている。往生堂(ここ)がお前の枷になることはないと断言しよう」

 

「確かに、お前が開拓した事業は璃月のみならずモンドの人々にも重宝されたのは事実だが、流石に需要と供給が釣り合っていないだろう。今後も続けるつもりだったとは思うが、お前だけで担うとなるといずれ破綻するのは目に見えている」

 

「......」

 

全部言い当てるじゃん。もはや神様レベルなのよ、それ。

 

鍾離先生は一息ついて、再び口を開く。

 

「俺たちに遠慮して璃月に留まる必要はないし、俺たちもお前を縛る要因になりたいわけではない。...稲妻に帰りそのまま暮らすのもいいし、息苦しいと感じたなら璃月に戻ってくればいい。往生堂は、もうお前の家なんだからな」

 

 

 

 

自室のベッドに潜り込み、枕を抱えて物思いにふける。

 

いい加減、うじうじするのは終わりにするべきなのかもしれない。私の帰りを待ってくれている友がいる、鍾離先生も帰ってきていいと言ってくれた。

 

便箋と写真の散らばった机に佇む蒼がこちらをじっと見つめている。なんだか私に言いたげな感じがするけど、正直なーんにもわからない。君は私になにを伝えたいんだろう。普段ならなんでもわかるのに。

 

自分で決めろってことか。

 

...。

 

「よしっ、決めた」

 

布団から勢いよく飛び出し机へと向かい筆を執る。書くことはもう決まった、あとは最後まで書き終えるだけ。

 

 

―――綾華への手紙は、これが最後だ。

 

 

○○○

 

 

『今日は穏やかで気持ちがいいわね。ここまで来られるぐらいには』

 

声のする方へ振り返ると、黒をさらに黒染めしたような長髪の女性が立っていた。桜とのコントラストが美しい。

 

『それはそれは、遠路はるばるご苦労じゃな』

 

『本当にね』

 

そこまで言うと、お互いにくすりと笑う。

 

『それで、お主は何の用があって来たのじゃ?ただの世間話とは思えぬが』

 

『別に大したことじゃないのよ。ただ、ちょっとお願いをしに来ただけ』

 

『...』

 

少し怪訝な顔をするが、つまらないことを言うような性格ではないと理解しているためそのまま聞くことにした。

 

『して、その”お願い”とはなんじゃ?』

 

『うちの子のことで、少しね』

 

『ほう、あの(わっぱ)か』

 

思い浮かべるのは、母と同じく美しい黒髪を持った少女のこと。

 

『そう遠くない未来、あの子はとても苦しい状況に追い込まれるわ。これは避けられないでしょうね』

 

『この社で縁起でもないことを言うでない』

 

『私はもう長くないの、遅くて数年ともたないわ。...聞いてもらえるかしら、狐さん(・・・)?』

 

僅かに目を見開く。こやつはどこまで...

 

『...何を見た』

 

『私にも分からないけど、ある種の先祖返りみたいなものかしらね。最近になって頻繁に夢を見るのよ。私たちでは文章でしか知り得ない数百年も前のこと。あなたやかつての将軍様、私の先祖のことも含めてね』

 

こちらを真っ直ぐ見つめる瞳に嘘はない。

 

『将来、あの子がどうしようもない危機に陥った時、一度でいいの。手を貸してあげて』

 

『お主はどうするつもりじゃ?』

 

『そうね。私の剣をあの子に託すわ。あなたたちと共に戦場を駆けた、先祖の誇りある剣を』

 

『...一度だけじゃ』

 

『うん、ありがとう。神子(・・)

 

その時の顔は、今でも鮮明に覚えている。全ての覚悟を決めたような、それでいて脆く儚いあの笑顔を。

 

その女性とは、それが最後であった。

 

 

 

 

なぜ、今なのか。境内を眺めながら思う。思い出すきっかけでもあっただろうか。

 

何かの前触れかもしれないが、しかし考えたところで栓無きこと。

 

まぁ、悪いことにはならないだろう。宮司は少し微笑んで、これからのことに思いを馳せる。




またしてもだいぶ期間があいてしまい、既にスメールが実装されてしまった。

本当はVer3.0行く前に書き終わるはずだったんですけどね、この小説。

これからもちまちま頑張ります。

誤字脱字等ありましたらご報告頂けると助かります(他力本願寺
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