Fate/Viridian of Vampire   作:一般フェアリー

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遅れて大変申し訳ないです。
一時期モチベが低下してました。
今回からまた執筆頑張ります。


運命―First―

ランスロットがキャメロットに向かってから数刻。

バーヴァン・シーたちはモルガンとの謁見に向けて作戦会議をしていた。

 

「……それじゃあここまでの話でいくつか挙がった注意点の内、これだけは必ず覚えておくべき四事項があったわよね。それを改めて各自で言っていきましょうか、ではまずはホープから」

 

「はい、まず一つ目は『女王陛下の機嫌を損ねない』ですね。これに関しては大前提なので言うまでもないですが、陛下は妖精眼を使う以上嘘をつかれるのが特に大嫌いなはずです。なので謁見の場にいる間は出来うる限り取り繕わず真摯に向き合う必要がありますね」

 

モルガンが妖精を、延いては人間含めたほとんどの他者を信用しない理由の一つが平気で心にも思っていない戯言…即ち嘘をついてくる事である。

 

知っての通りモルガンは妖精眼を持っているのだが彼女のそれはバーヴァン・シーより数段高い精度を誇っているので、普段からなるべく精度を下げていても気持ち悪い思考や感情の色が嫌でも耳に入り、視界に映り込むのだ。

 

故に彼女は心底嘘を嫌っており、嘘をつかれるや否や途端に不快感を露にする。

それだけに留まらず嘘をついた相手によってはそのまま作業感覚で殺すことすらあるので、モルガンの前で嘘はつかずありのままを答えねばならない。

 

と言うよりついた時点でほぼ詰む上、そもそもモルガンに限らず妖精眼を持つ妖精自体が嘘を嫌うのだが。

 

「よろしい。じゃあ次はドーガ、貴方よ」

 

「おう、二つ目は『礼節を弁えはすれど、おべっかは一切使ってはならない』だったな」

 

目上の者に対しては敬意と礼儀正しい態度を崩さないのは当然として、媚びを売る様な真似は余程の節穴でもない限り相手の印象を悪くしてしまう。

特に妖精眼持ちのモルガンから見たらそういう卑しい思考・態度は丸わかりなので、これも当たり前ながら注意するべきである。

 

「その通り。なら次は貴方よハロバロミア」

 

「うん。三つ目は『相手の威圧感に怖じ気づかず、何が目的なのか用件をはっきり主張し伝える』だったね」

 

これも既知の通りモルガンはこの広い大地を2000年近くもの間、武力と圧政で以て支配している恐るべき女王だ。

 

前述した妖精嫌いな面も考えると謁見の際に自分らに対して常に静か且つ重苦しい“圧”を掛けてくるのは容易に予想できるので、その圧に屈さず自分たちの目的を堂々と述べれるだけの『勇気』も必要である。

 

「ちゃんと把握してるわね。では最後の四つ目は私から言うけど――――『話し合いの末、モルガンがこちらに対しどのような決断を下そうと潔くこれを受け入れる』、よね」

 

話し合いの帳が降りれば、モルガンは要求を飲むか蹴るかの最終的な決断を下すだろう。

だがその決断が許容であれ拒絶であれ、女王としての言葉である以上は絶対なのでモルガン自身の許しが無い限り、どんなに不本意でも異を唱えずこれに従わなくてはならない。

 

尤も許可なく唱えればどうなるかは全員が察しているので、これに関しては態々意識するまでもなく心得ていた。

 

「よし、各自大丈夫ね。他にも『彼女が侍らせてるであろう臣下たちの機嫌も損ねないこと』や『正直に徹するあまり不平不満を溢したりしないこと』とかあるけど、取り敢えず今言った四つさえ頭に叩き込んでおけば少なくとも不快には思われないハズよ」

 

一先ずこれで準備は万端、後はこのあと来るだろうランスロットからの通達を待つだけだ。

 

その後、確認した事項通りに態度や言葉遣いの練習をしているとランスロットが帰還し、結果を告げてきた。

 

「陛下からの返答はこうだよ。『我に対する謁見を許す。道中の護衛はランスロットが、移動手段は此方から妖精馬を手配する』とのこと。つまり君の要求が何とか通ったってことさ、バーヴァン・シー」

 

どうやら向こうは此方の話し合いに応じてくれるようだ。

その答えに少し安堵するバーヴァン・シー。これで前提となる状況は出来上がった。

 

「報告ありがとうございます、ランスロット殿。これで許可が下りなかったら今の今まで謁見に向けた練習に費やした時間が無駄になってましたわ」

 

「ふふ、ホントにね」

 

にこやかに微笑みながら同意するランスロット。

その顔はオーロラが王子様と言うだけあって、気品溢れる華があった。

 

「それにしても、どうして女王陛下はご許可を下されたのでしょう?」

 

不可解に思ったホープがそう疑問を溢す。

彼女だけでなくドーガとハロバロミアも思っていたが、女王モルガンの妖精嫌いは部下に対してさえ愛着の一つも沸かない程度には筋金入りだ。

 

故に異界からの存在だろうと下級妖精の申し出など耳に入った側から蹴落としたって可笑しくはないし寧ろその方が自然と言える。

 

しかしランスロットの報告によると普通に許可を下しただけでなく移動手段まで態々手配してくれるらしい。

この待遇はなぜか。

 

「それは多分、陛下がバーヴァン・シーを自分の愛娘と重ねてるからじゃないかな?あの人、自分の愛娘…トリスタンには文字通り深い愛情を持っているからね。まぁ単純にトップとしての品格と対応の良さをアピールしたいだけの可能性もあるけど」

 

ランスロットの発言通り、もう一翅のバーヴァン・シーこと妖精騎士トリスタンだけはモルガンからの寵愛と信頼を向けられており、故にこそ愛娘と言われている。

 

ただその関係を理解しているのは極一部の人間とランスロットのような感受性が高く思慮深い側近だけで、後は軒並み“みんながそう言っているから”と周りに合わせているのみで真に理解はしていない。

 

「トリスタン…その妖精も前々から気になっていたけど私と瓜二つってことは、つまり真名も……?」

 

「うん。偽名(ギフト)のことを考えるとおいそれと口にはできないけど、君の考えている通りそういうことさ」

 

バーヴァン・シーの疑問にランスロットはそう答える。

既に確信を得ていたようなものだが、やはりトリスタンの正体はバーヴァン・シーで間違いないみたいだ。

しかもこれまでの発言から察するにバーヴァン・シーという妖精種の中でも自分という個体と同一、即ち本当の意味で『違う世界の自分自身』らしい。

 

(だけど…だとしたら何でこの世界の私は悪名を轟かせてる以前に、あのモルガンの愛娘なんて御大層な立場になってるわけ?何がどうなってそうなったの……??)

 

「―――さて、話すべきことは話したし僕はここらで離れるよ。さっき言った通り護衛も僕が任せられているわけだし、オーロラとコーラルにもこの事を報告しておかないとね」

 

そんなバーヴァン・シーの疑念を他所に、ランスロットはそう言って早々に部屋を出ようとした時。

 

「あ、そうそう。一つ渡しておく物があった」

 

そう言うなり彼女は小脇に抱えていた箱から一本のワインボトルを取り出した。

 

「ほら、朝にホープがワインをバーヴァン・シーに差し上げてほしいと言っていただろう?だからキャメロットを抜けるついでに上物のワインを買っておいたのさ」

 

そうして彼女は箱に入れ直すとバーヴァン・シーの前に置いた。

 

「本当は他の三翅の願いもちゃんと叶えてあげたかったけど、まさか陛下が明日に謁見を設けるとは思わなくてね。すまない、もっと早めに叶えるべきだった」

 

「い、いえ!ランスロットさんが謝ることは無いですよ!寧ろ私なんかのお願いを叶えてくれてありがとうございます!」

 

「私からも言わせてちょうだい。ワインの提供、感謝します」

 

「あはは、二人にそう言われると僕も心が救われるよ。…あと、一つ言わせてもらうけど」

 

「な、なんでしょう?」

 

ホープを真剣な目付きで捉えるとランスロットはこう言った。

 

「ホープ。君は自分を低く見積もっているみたいだけど、僕からすれば皮肉抜きで心優しい妖精だよ」

 

笑顔でそう告げた後、ランスロットは何事も無かった様に部屋を出ていった。

 

「あ、あわわ…ら、ランスロットさんに、優しいって言われちゃった……嬉しいなぁ…」

 

「ちょっと?気持ちはわかるけど何を顔赤らめてんのホープ?貴方は私のものよ。…にしてもすぐに出ていったわねあの方」

 

「流れるように告白するな君は。…まぁ、あの方も立場上忙しいだろうし我々と同様明日に備えて色々と準備しないといけないだろうからね」

 

「それはそれとして、許可が通ったってことはもう後戻りはできねぇってワケだよな。……最悪の流れに備えて今のうちに遺書の一つでも書いとくか?」

 

「いいえ、その必要は無いわ」

 

ドーガのその呟きに即座にバーヴァン・シーが答える。

 

「明日の謁見、確かに不安要素は多々あるし、仮に問題なく対応ができていたとしてもふとした気紛れで殺される可能性すらある。言うまでもないけど私だって恐怖と緊張でどうかなりそうだわ」

 

しかし、と付け加えて彼女は言葉を続ける。

 

「この恐怖と緊張に苛まれるのも承知で私は謁見を要求し、貴方たちも何だかんだで私と一緒にこうして準備に付き合ってくれている。謁見での要求を成功させる為、もっと言うなら生きる為に」

 

モルガンに自分たちの庇護を求めるなどと無茶な申し出をするのも全ては目の前にいる仲間たちを守る為に他ならない。

 

(ま、ついでを言えばこの世界のモルガンがどういう感じの人柄なのか確かめたいってこともあるけど)

 

「じゃあ、そういうことで時計の針がもう四周するまで練習したらもう寝ましょう!何しろ明日は一歩間違えたら死にかねない大仕事なんだからね。念の為の遺書が書きたいなら今の内よ!」

 

それを聞いたハロバロミアが特急で書き殴った後、各々明日に備えて時間の許す限り練習を繰り返し、その日を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―――翌日。いの一番に起きたバーヴァン・シーは三翅を起こして出発の身支度を手早く済ませる。

そして一行は後々迎えに来たランスロットの先導で手配された妖精馬車に乗り込み、目的の地―――――罪都キャメロットへ進行を開始した。

 

「ソールズベリーからキャメロットまでの距離はそこそこあるからね。妖精馬の馬力速度を考えるとモースなどの邪魔が入らない限り約2時間程度で着くと思うよ」

 

前に座っているランスロットが一行に説明する。

 

「なるほど、つまり謁見の結果次第ではその約2時間が実質私たち四翅の生涯最期の時間になるというわけですか」

 

「まぁ、そういうことになるね。だから今の内に思い出話でもしておくといいよ」

 

バーヴァン・シーの言葉にランスロットは肯定する。

それを聞いたハロバロミアは憂鬱の感情に襲われた。

 

「はぁぁああ~~~…今更言っても遅すぎるけど本当に何てこと言ってくれたんだいバーヴァン・シーくん?女王陛下が私たちの意見を飲んでくれると本気で信じてるのかい?」

 

オーロラの部下という位の高い立場に就いていた故にキャメロットでの会議の報告を聞く機会も多かった彼は、一般的な下級妖精より女王の理不尽さと冷酷無情さを知っていた。

 

「おいおい、ホントに今更だな。そりゃその気持ちはわかるが、昨日の内に遺書まで書いてたってんだから腹括れや」

 

「私からも言いますが、これが無謀に近い賭けだっていう事はバーヴァン・シーさんが一番わかっているハズです」

 

それにドーガが、続けてホープが説得する。

彼らに取ってはモルガンに殺されることよりバーヴァン・シーを失うことの方が怖ろしいので、例え彼女が何と言おうと共に謁見に行くつもりだった。

 

「…ハロバロミア。確かに貴方の言う通り、この要求がモルガン陛下に届く保証はどこにもない。寧ろ蹴られる可能性の方が遥かに高いでしょう。―――でも」

 

落ち着いて、宥める様にゆっくりとバーヴァン・シーは彼に話し掛けていく。

 

「私からすれば貴方が、貴方たちがこれから生きていく上で悪妖精などと言った気持ち悪いものに晒されて無惨に死んでいくかもしれないと考える方が余程怖くて仕方がないの」

 

実際、バーヴァン・シーに取ってもハロバロミアはあの夜、あの村を抜けた時点で“赤の他人”では無くなっていた。

 

「…ただ、それでもモルガン陛下が最終的に死ねと命令を下したらその時はその時。出来る事などたかが知れている私たちは潔く黙ってそれを受け入れるしかない」

 

そして、手を自らの胸に当てて言う。

 

「だからそうなった時は、私が『女王の怒りを買って皆を巻き込んだ大罪人』として一翅静かに地獄に堕ちてやるわ」

 

それは、彼女なりの強い覚悟の表れだった。

それだけ彼女の中での三翅は重く尊い存在として写っているのだ。

 

「けど…だからこそそうならない様にと貴方たちを信じて私は今回も全力で頑張ろうと思っているの。それこそ今までに無い程にね。だから――――どうか貴方も私を信じてくれないかしら?ハロバロミア」

 

はっきりと見据えて彼女はそう言った。彼に、ハロバロミアに対する信頼を交えながら。

 

「バーヴァン・シーくん……」

 

妖精眼を持ち得ていない彼にも、その信頼は確かなものとして感じ取れていた。

 

「…わかったよ。思えば私も君に一度命を助けられた仲だ、なら今度は私がその信頼に応えなければいけなかったね」

 

「ありがとう。貴方からのその言葉、裏切らない様に頑張るわ」

 

彼からの信用を得られた事に安心するバーヴァン・シー。

その証拠に先ほどから妖精眼で見えていた強い恐怖の念がそこそこと言った程度だが和らいでおり、此方に対する期待と信頼の感情が表れていた。

 

「ハロバロミアさん、怖いと思っているのは私たちも同じです。でもそれ以上にバーヴァン・シーさんと一緒なら安心できる、覚悟できるという気持ちも大きいんです」

 

「ああそうだぜ。そもそもオレたちゃあの村でいずれ死を迎えるハズだった落ちこぼれの弱者。だがこうしてバーヴァンシーによって救われた以上、例え死ぬかもしれねぇ状況だろうが一緒になって支えて信用してやるのが“仲間”ってもんだろ?」

 

「君たち…ああ、それはそうだな。改めて言うが私も彼女に救われた身だ。それで尚、仲間として信を置ききれないのは恩義に欠けていたね」

 

実際、彼らがバーヴァン・シーに出会う事が無く、そのまま正史と変わらぬ時間を歩めば最終的に凄惨で胸糞の悪い末路(バッドエンド)を迎えていた。

 

何かしらの要素が一つ絡むだけで大きく結末が、因果が変わる。

もしバーヴァン・シーが、本来彼らが辿る筈だったこの未来を観たとしたら「やはり運命というのは残酷極まりない」と思わず顔をしかめていたであろう。

 

「それとバーヴァン・シーさん」

 

「ん?何かしら?」

 

徐にホープがバーヴァン・シーに話しかけると、彼女はこう言った。

 

「先ほど一翅地獄に堕ちてやると言ってましたけど…仲間として恩人をそんな末路には絶対に辿らせません。もし堕ちるにしても、その時は私たちも一緒に堕ちます」

 

何を言うかと思えば、自分たちも堕ちる時はついていくと口にした。

無論これまでバーヴァン・シーが彼女らに、特にホープにしてきた事を考えればそこまでおかしくはない。

 

「おいおい、私たちってオレたちも堕ちる前提かよ。……まぁ、確かに“そうなった時”はオレもそうするが」

 

「勿論私もだ。正直に言うと怖いが…君たちと一緒なら何処だろうと付いていくよ」

 

ドーガとハロバロミアも概ね同じ意見だった。

 

「このように、ドーガさんもハロバロミアさんも主張は同じです。だから『失敗』した時にあなたが責任を全部抱え込む必要なんて無いんです。同胞として、仲間として、友達として――」

 

 

――――独りには、させませんから。

 

 

強くはっきりと、しかし確かな優しさを含んだ声色で彼女はそう言った。曇りなき瞳を此方に向けて。

 

「貴方たち………フッ、全く馬鹿ね。地獄に堕ちるってのはあくまで物の例え、そこまで本気になる必要なんか全く無いわよ」

 

「…ふふ。そう言う割には、そうして手で隠している顔の隙間から涙のようなものが出ていますけど?」

 

「…………気のせい。気のせいよ、ばか…」

 

図星を手痛く突かれた吸血鬼は、必死に誤魔化す他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……改めて思うけど本当に美しい信頼だ。正しく『絆』と呼ぶに相応しい眩しく尊い関係だね)

 

しばらく黙って会話を聞いていたランスロットは深い感慨を覚えた―――――が。

 

(だからこそどうか気をつけてほしい、“汎人類史の”バーヴァン・シー。この國でその関係を保ったまま楽しく生きていくのは恐ろしく難しいことを。―――陛下の庇護下に入れたとしても、絶対の安寧が約束されるわけではないことを)

 

彼女らの未来(これから)を、行く末(おわり)を案じる湖の蒼き騎士。

 

吸血鬼たちを乗せて駆け抜けていく馬車は、宛ら罪人を法廷へ送る護送車の如き物々しさであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

それから2時間後、モース等の障害に遭うことも無く彼女らを乗せた妖精馬車はこの國…否、この世界で最も堅牢且つ荘厳な城塞都市―――罪都キャメロットへ到着した。

 

「す、すごく綺麗な町並みですね…。これが女王陛下の町…」

 

「何処を見渡しても精巧かつ頑丈に作られた建築物ばかり。当たり前と言えば当たり前だがソールズベリーとは比にならない規模だ…!」

 

「オレも村へ追われる前に一度だけ遠目で見た記憶があるが…ははっ実感が沸かねぇや」

 

ホープたちが各々感心と感動を見せる中、バーヴァン・シーは町の内部に入ってある確信を得た。

 

町に近づくにつれて段々と感じ取れていたのだが、ここに満ちる大気中の魔力はコーンウォールのやソールズベリー等のそれより遥かに濃度と密度が高かった。

 

それ故に元々神秘が殆ど消失している故郷で過ごしていて、最近ようやく気にならない程度でこのブリテン島の大気濃度にも慣れてきたバーヴァン・シーに取ってはそれなりに堪えるもので、あまり気を緩めると軽度のマナ酔いを起こしそうで内心穏やかではなかった。

 

(全く、あともう少しでこの國の長と顔を会わせるってのにその前に酔ってちゃ話にならないわ。面会までの間に何とかして少しでも慣らさないとね)

 

―――それはそれとして。そうバーヴァン・シーは思い、改めて町の景色を見渡す。

 

「此処が、この世界のキャメロット…まるで美しい童話の世界そのものな雰囲気ね」

 

「フフ、驚くのはまだ早いよ。奥をご覧、彼処に悠々と聳え立っているのが我らが女王が君臨するキャメロット城さ」

 

ランスロットに言われるまま奥の方を見ると、其処には巨大な蒼く白い城が堂々と立っていた。

 

「今から彼処の城門まで馬車で向かうから、それまで町の景観を楽しんでおくといいよ」

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

そして四翅が城下町の景観を観て楽しんでる中、馬車は城壁内部を進み、遂に“その城”に辿り着く。

 

「さぁ、着いたよ。さっきも言ったけどこの城が冬の女王、モルガン陛下のマイハウス…キャメロット城さ」

 

「これが、キャメロット城…」

 

改めて間近で見ると本当に巨大だった。

 

自分が知るキャメロットも荘厳さに於いては決して負けていないが、こと物理的な規模と神秘の強さに関してはそれすら大きく凌ぐのではとバーヴァン・シーは一瞬、戦慄さえ覚えた。

 

「それじゃあここからは僕がまた案内するからついてきて。外観は見てもらった通りだけど、内観もソールズベリーの大聖堂並みかそれ以上に美しいから期待していてね」

 

そしてランスロットの案内で一行が正門を通る時―――

 

(―――――ん?)

 

通りかける一瞬、バーヴァン・シーの目にあるものが入り、思わず歩を止めてしまう。

 

(……何だ、これ?赤い塗料のようなモノで何かが塗り潰されているけれど………文、字?)

 

正門の壁に赤い何かで、これまた何かしらの文字が上から塗りたくられていた。

 

(…よく見ると故郷でも使われてた言語っぽいわね。辛うじて見えているところから文の内容を推測すると――――)

 

「バーヴァン・シーさぁーん!何してるんですかー!」

 

その時、向こうで壁に向かって立っているバーヴァン・シーをホープが心配して声を掛けてきた。

 

「! あーごめんなさいね!ちょっと壁の美しさに見とれてただけだからー!すぐにそっちに行くわよー!」

 

咄嗟に理由を作って駆け寄るバーヴァン・シー。

 

(…まぁ、別に気にするほどでも無いか。どうせ誰かの落書きだろうし。城門の景観が損なわれるのはイヤだけど)

 

結局取るに足らない下らぬ些事として頭から捨て置く事にしたバーヴァン・シー。

 

彼女は気づかなかったが、赤く塗り潰されたその文字は――――『罪なき者のみ通るがいい』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

ランスロット案内の下、キャメロット城内を歩いた一行はとうとう玉座の間へと通ずる門に立った。

 

「ここが玉座の間に通じる門。即ち、この先にこの町の運営を担っている上級妖精である30の大使と100の官司、各氏族の長、僕を含めた妖精騎士。そして…お待ちかねのモルガン陛下がいらっしゃるよ。礼儀作法の注意に関しては…まぁ、今更言うまでもないよね?」

 

「……えぇ、その為に昨日は特急で皆と一緒に散々話し合って練習したんですから。そうよね、貴方たち?」

 

彼女の言葉に全員が頷く。その顔には恐怖と不安、しかしそれ以上に強い信頼と覚悟の意志があった。

 

「異論は無いみたいね。――それでは検討を祈る、真に絆で結ばれている四翅の妖精たちよ」

 

そしてランスロットは徐に門を叩き、凛とした声を響かせる。

 

「――――陛下、ランスロットです。例の妖精たちを全員連れて参りました。入室許可を」

 

『――――御苦労。踏み入ることを許す。入るがいい』

 

「―――御意」

 

奥から響いてきた恐ろしい威圧的な声にも落ち着いた態度で言われるままにランスロットは門を開ける。

 

そして一行の目に飛び込んで来たのは―――大小様々、容姿様々な沢山の妖精が綺麗に整列していた。

 

更に前方の奥には馬の様な頭の妖精二翅と白と黒の毛並みを持ち、ただならぬ雰囲気を放つ狼の様な獣人が一翅、そして玉座と思われる巨大な椅子があり、誰も座っていなかった。

 

『平伏せよ。献上せよ。』

『礼拝せよ。従属せよ。』

『この場に集いし6の氏族長、30の大使、100の官司は頭を垂れよ。』

『疆界を拡げる王。妖精國を築きし王。』

『モルガン女王陛下の御前である。モルガン女王陛下の真言である。』

 

突然、馬頭の妖精が機械的な口調で告げると周りの妖精たちが一斉にその通りに頭を下げた。

 

『女王陛下。各6氏族長、30の大使・100の官司、並びに妖精騎士ガウェイン、妖精騎士ランスロット。今回の謁見の出席予定者全員の集合を確認しました』

 

『――いつもの前口上態々御苦労。では私も姿を晒すか』

 

その時、また先程の威圧的な声が響いたかと思えば、巨大な椅子の前に水色の丸い波紋が出現した。

 

何だあれは。そうバーヴァン・シーたちが思っていると―――――そこから『それ』は姿を現した。

 

「我らが女王陛下。どうやらこの者らがランスロットの言っていた妖精たちの様です」

 

白髪の獣人の男が自分たちを指して『それ』に言う。

 

「…なるほど。事前に視ていたが、こうして直に見ると本当にアレと遜色ない容姿だな。しかも内なる魂の色まで同じときた」

 

『それ』を見た瞬間――バーヴァン・シーは凍りついた。目を奪われた。威圧感からではない。余りある麗しさからである。

 

『それ』は地につかんばかりの白く長い髪を棚引かせ、反対に漆黒のドレスを身に纏っている。

手に持つは刺々しく物々しい杖、頭には『それ』が“王”であることを示す(かんむり)を被っている。

 

「つまるところランスロットの報告に嘘ではなかったという訳だ。まぁ、妖精眼で最初からわかっていたがな」

 

何より彼女が凝視したのは――月明かりに照らされた夜の湖を彷彿とさせる、暗く輝く蒼い瞳だった。

 

「ふん…では謁見の前にお互い軽く自己紹介でもするか」

 

そして『それ』は自らの名を告げる。

 

多くの罪人が集う城の主であり、2000年という永き時に渡って國を思うがままに支配してきた異聞帯の王。

 

彼女は―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が名はモルガン。我が妖精國、我が城へようこそ。違う世界の異物―――汎人類史のバーヴァン・シーよ」

 

 

名をモルガン・ル・フェ。今は無きかつての名はトネリコ、或いはヴィヴィアン。

 

 

妖精國ブリテンを愛し、しかしてそこに住まう妖精たちは決して愛さぬ冬の女王である。

 

 

 




これにて第二節は終了です。
次から三節目に入ります!

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