Fate/Viridian of Vampire 作:一般フェアリー
水の精霊【押絵あり】
鬱蒼と生い茂る木々。見渡す限りの川と池溜まり。
静かに波打つ海に、延々と降り続けている雪。
そして――――そう遠くない所に聳え立ち、しかし砕けた様に無惨に折れている途方もなく巨大な白き大樹。
此所は妖精國ブリテンの北端に位置する果ての海岸。
その隣には湖水地方があり、湖には鏡の氏族が『骨々さま』と呼び親しんでいる
他にもモルガンに対する王座奪還を虎視眈々と狙っている北の女王ノクナレアが統治する町であるエディンバラ、砕き折れた白き大樹…この異聞帯に於いて世界樹と呼ばれている空想樹の目の前にはかつて雨の氏族が住んでいた廃都オークニーが存在している。
そしてこの果ての海岸は現在の女王歴以前の時代…妖精歴4000年に4氏族の手によって滅ぼされた雨の氏族が楽園の妖精に向けた『謝罪の涙』が雪という形で現れ、今なお降り続けている。
その影響で常に周囲の環境温度が低くなっているので非常に寒い。
加えて所によっては湖水地方から流れた一部のモースたちが単独、または複数で徘徊している時もあるので普段はエディンバラの住民たちでも迂闊に近寄る事はまず無い。
―――が。そんな危険地帯である此所に今日、ある一匹の生命体が迷い込んだ。
「――――っぷはぁ!いやぁーやっぱり海底洞窟の中を遊泳するのは楽しいなぁ♪」
その生き物は、勢いよく水面から頭を出して上機嫌に感想を述べていた。
「まぁこの娯楽が味わえるのもこの肉体あってのものだし、そういう意味ではあの時に愚かにも根拠の無い悪評にまんまと踊らされて覗き見してくれた馬鹿男に砂粒程度の感謝を―――――…!?」
その時、ようやく周りの異常にそれは気づく。
「…………は??え、なにこれ、どこ…ココ??」
一面雲に覆われた灰色の空模様。しんしんと降っている雪。何処までも広がっている海。その先に見える光の壁。身に覚えのない見知らぬ土地。
そして―――目の前に聳えている、バッサリと折れている超がつくほど巨大な白い大樹に見える何か。
――なんだ、ここは。夢でも、見ているのか?
そう思ったそれは一度水中に身を落とし、自分が先程抜け出た洞窟の穴を探した。
恐らく遊泳に夢中になるあまりいつの間にか見知らぬ土地へと迷い込んでしまっただけで、今し方通った穴を再び潜れば
そう解釈し、通ってきた穴を見つけるが勿論そのように都合良く済む筈もなく。
「……!!?え、あ…!?な、何で!?何で道が続いてないの!!?」
案の定ある筈の道は塞がっており、そこにあるのはただの窪みであった。
それを目の当たりにした生き物はしばし放心した後、諦めた様に再度浮上し取り敢えず陸地に上がってみることにした。
「…いや。本当になんなの、ここ……ついでに凄く寒い…」
諦観し無気力になりながらも言葉を絞り出す。
生い茂る木々に点在している池溜まりに周囲から感じる強い神秘。遠目で見れば幻獣なんかも数匹ほど彷徨いているのが見える。
その光景にほんの一瞬、神秘が溢れていたかつてのブリテンを思い起こしたが―――すぐにそれはありえないと首を横に振る。
(当時のブリテンは私が知る限りでは世界で最後の神秘に満ちた秘境。そしてそのブリテンから神秘が軒並み消え失せた後は幻獣は緩やかに絶滅し、神秘も今となっては極一部の人間たちが魔術として扱っている程度に収まっている筈。なのに、ここは……)
地形、気候、現住生物、神秘の濃度。
この土地を形成しているあらゆる要素が自分の既知の外にあることに決して小さくない不安を覚えるが―――同時に好奇心も沸き上がった。
(土地規模で充満している神秘に当たり前のようにいる幻獣たち。……あぁ、これも自由奔放で良い意味でも悪い意味でも純粋な妖精としての性なのか、この得体の知れない未知なる土地を隅々まで探索してみたいという意欲が沸いてきて仕方ないなぁ)
特に空気中から感じるこの高濃度の神秘。
この濃さはともすると当時のブリテンのそれすら凌ぐんじゃないか、なぜこれ程の神秘が衰えもせずこの土地に満ちているのか、この土地には何があるのか。
尚更にそれの―――その妖精の興味関心に拍車を掛けた。
「…よし、善は急げだ。なぜかはわからないけどあの穴が無くなっている以上どの道帰ることはできないし、ここは敢えて己の好奇心のままに行こうじゃないか。戻れないことにいつまでも諦観してても仕方ないしね」
そして紺色の翼を畳み、自らの異形の下半身を器用に動かしながら前へと進む。
「とはいえ不安と恐怖が強いのもまた事実。故に慎重に判断して動かないとね。……にしても相変わらずこの体、下がこの有り様だから水中と空中は難なく動けても地上に関してだけは動きにくいんだよなぁ。まぁ、鈍足ってわけでもないけど」
ウェーブのかかった美しい水色の髪を揺らし、薄紅色の瞳を期待と不安に輝かせながらその妖精はこの地を探索し始める。
その妖精はフランスの伝承に於ける水の精霊であり、泉の妖精たる母とオルバニーの王たる父との間に生まれし混血種。
実の母に他人に変身を見られれば二度と人の姿に戻れなくなる呪いを掛けられ、後に信憑性が無いたちの悪い噂に動かされた夫に見られてしまった哀れな竜。
「………そういえば。あの子らは、我が子らはどうしてるんだろう。人間と縁を切ってからもう随分と時が経つけど、ちゃんと後継ぎを残せているのかな?あの世で元気に過ごせてるのかな…?」
彼女の名はメリュジーヌ。竜の翼に蛇の半身を持つ、人に関わり、人を愛したその末に人に裏切られた悲恋の妖精。
バーヴァン・シーに続いてこのブリテン異聞帯に漂流物として流れ着いた、汎人類史の水の精霊であり竜の妖精である。
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「――――そうか。では言葉通りそこな端くれ共を庇って無様に死ぬがいい」
「……っ!!!」
時を戻してキャメロットの玉座の間。
そこには――――ホープらの前に立つバーヴァン・シー目掛けて魔力を放たんとする冷酷無慈悲な魔女の姿があった。