Fate/Viridian of Vampire   作:一般フェアリー

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第三節《妖精として、騎士として》
魔女の息子


多くの罪ある者(ようせい)が集う夢の跡、キャメロット。

 

 

 

その玉座の間にてバーヴァン・シーたちの前に出でたのは、2000年近くもの間ブリテンを我が物とし続けている女王であった。

 

 

 

「貴方が…女王モルガン。モルガン・ル・フェ…!」

 

「いかにも。我こそは妖精國ブリテンを統べし絶対の王。故にこの場に集う妖精、城、町、島のあらゆるものが我が所有物である―――――無論、そこの端くれ三翅も含めてな」

 

そう言ってバーヴァン・シーの後ろにいるホープらを指差すモルガン。

 

「尤も今は貴様の所有物になっているようだがな、バーヴァン・シー」

 

「……何も知らぬ身であったとはいえモルガン陛下の所有物を掠め取るような真似をしてしまい、申し訳ありません」

 

「よい、元より其奴らは私に対する存在税も払えぬ落ちこぼれ共だ。別に取られたところで怒りも何もない。故に許す」

 

『落ちこぼれ』。仲間をそう評されたことに一瞬怒りが募ったが、すぐに自分を落ち着かせる。

仮にも偉大な女王の前で平静を崩せばそれだけで死を与えられかねないので感情を表に出してはいけない。

 

…尤も、心の内を見透かせるモルガンに取ってはその一瞬の怒りも、なぜ怒ったのかもしっかり感じ取っているのだが。

 

「それより貴様からの謁見の要求、事情は既にランスロットから聞き及んでいる。貴様の“例の要望”について今から私と話し合うわけだが…その要望を改めて貴様の口でこの場で述べよ」

 

「はい。私がランスロット殿を通してモルガン陛下にこうして謁見の場を開くよう申し付けたのは、『陛下の庇護下に入らせていただきたい』と思った次第にございます」

 

バーヴァン・シーがそう告げた途端、周りの妖精たちがざわめきだす。

 

(なんだなんだ、どんな理由なのかと思えば『庇護下に入りたい』だと?)

 

(女王の前でよくもまぁそんな保身的なことがどうどうと言えるな、あのイカレ女に似た顔のヤツ)

 

(どうせ豪華なお城で楽して暮らしたい、なんてあさましいこんたんなんだろうな。死んだんじゃねアイツ?)

 

そんな軽蔑と偏見が入り雑じった心の声が聞こえるが、バーヴァン・シーに取ってそんなのは最初からまともに聞き入れるつもりは無い。

 

この場において重要なのはそのような雑音ではなく、モルガンからの言葉に他ならない。

 

そもそも部屋に入った時点でモルガンと氏族長、妖精騎士と書記官たち以外の大使と官司全員から強い邪気を感じたので、その時点でバーヴァン・シーの彼らに対する“見方”は決まっていた。

 

「ふっ、言葉だけ見れば実に低俗な願望だな。報告さえ聞いてなければそれこそ馬鹿馬鹿しいとみて首を撥ね飛ばしていたぞ。ランスロットに感謝するんだな」

 

「ええ、ランスロット殿がいなければそもそもこの謁見自体が叶いませんでした。故にランスロット殿、この場を借りて改めて感謝致します」

 

ランスロットに深々と御辞儀をする。

もしあの時に彼女と出会わずコーラルの下で働くことになっていれば、決してこの状況にはならなかっただろう。

 

「…礼はいいよ。僕はあくまで君という()()のお願いを叶えてやっただけなんだから。ほら、キミは陛下と話してるだろう?なら今はそっちを優先するべきだ」

 

「…!はい、わかっていますとも」

 

『友達』。そうナチュラルに自分を評してくれたことにバーヴァン・シーは内心嬉しさが込み上がるも、顔には出さずに一言だけ返して再びモルガンと向き合う。

 

「…ふん、話を戻すが貴様が私の庇護を受けたいのは単に自らの保身に非ず…だったな?」

 

「はい、私が陛下の庇護の要望を聞き届けてもらいたいのはここにいる三翅を護りたいからに他なりません。私自身の保身などその二の次です」

 

手をホープたちに向け、あくまでも優先順位は彼女らだという主張を示す。

 

「なぜ其奴らを護りたい?如何なる経緯が、理由があってその考えに至った?」

 

「私はこの世界に迷い込んで間もない時、名無しの森でモースに、コーンウォールの村で悪妖精化した連中に襲われました。その中で命を助けてくれたのが彼女たちだったのです」

 

そこからバーヴァン・シーはこれまでの経緯を説明し始める。

モルガンは氏族長たちと共にそれを粛々と聞き、彼女が話し終えると再び口を開く。

 

「…ふむ、なるほど。要するに命を助け助けられの成り行きを経て共に生きていく内に強い情が芽生え、それ故に何とか死なせまいと頭を働かせた結果、こうして私に護ってもらう考えに至ったと」

 

「はい。私は今日に至るまでここがどういう世界なのか、何が危険なのかを知りました」

 

先に話した悪妖精にモース、多種多様で狂暴な魔獣や幻獣、それに氏族間や領民と領主、或いは領主間での戦争(いざこざ)

何よりモルガンから何かの切っ掛けでヘイトをもらうことだけは絶対に避けねばならない。

 

「…こんなことは本翅たちの目の前で言いたくはなかったですが、私と彼女たちはあの森から必死で逃げおおせた弱者です。ですのでそういった災難から支え合い、互いを守り続けるのは正直とても難しいと言わざるを得ません」

 

実に歯痒いが、どんなに強固な絆で結ばれていても結局互いが互いを守りきれるだけの力が無ければほとんどは悲劇に終わるのが世の常。

 

まして様々な脅威が跋扈するこの世界のブリテンでは尚更であり、口ではとても難しいとは言ったが実際は無理に等しいだろうとバーヴァン・シーは自分たちの力の弱さを渋々認めていた。

 

「故にこそ、この世界のブリテンで最も偉大で強大なモルガン陛下の庇護を授かることで、彼女たちの安全と安息を揺るぎないものにしたいと思ったのです」

 

だからこそモルガンという最強の“力”に護ってもらうのだ。

そうすればあらゆる脅威から彼女たちという光を失わずに済むハズだ。

自分の力足らずが原因で死なせてしまう、なんて情けないことにはならないハズだ。

 

「以上の理由を以て、そしてこの場をお借りして再度申し上げます、モルガン陛下。どうか、どうか私のこの願いを聞き届けては下さらないでしょうか?」

 

「……ふむ………」

 

整った態度と言葉遣いで自分へと懇願するバーヴァン・シー。

それを見てモルガンはほんの少し間を置いて思考を張り巡らせると―――――子どもが悪巧みを思いついたような不穏な笑顔を浮かべた。

 

「なるほどな。貴様の言い分は十分に理解した。恐らく私に殺されるかもしれない可能性も承知の上で申し付けたのだろう。しかも妖精眼で視たところ、貴様だけではなく其奴らも全員が同じ覚悟らしいな」

 

「はい、ここにいる皆が同じ気持ちで立ってくれています。嘘偽りなく、真剣にです」

 

それを聞いたモルガンはわざとらしさが感じられる動きで顔を片手で伏せる。

 

「あぁ、なんと尊き関係だ。それだけ大切に思っているのなら危険を厭わず女王たるこのモルガンに謁見の要求を臆することなく突きつけるのも頷けるよ」

 

――――しかし。

 

そう付け加えるとモルガンは目を細め、『あること』をバーヴァン・シーに問い詰める。

 

「それはそれとしてだ。――――見返りは、なんだ?」

 

「…! ……見返り、ですか」

 

そう、彼女がバーヴァン・シーに問うたのは自身に護ってもらうことに対する相応の“見返り”であった。

 

「なに、当然の話だろう?まさかこの私がちゃんとした理由さえ言えば無償でその通りにやってくれる都合の良い『カモ』だとでも思ったか?だとしたらそれは私という王を舐めすぎだ、吸血鬼よ」

 

実際は此方を都合良く見ている、などといった感情はバーヴァン・シーからも仲間からも最初に相対した時点で微塵も感じられなかった。

が、それが判るのは自分だけなので配下が要らぬ茶々や罵声を言わぬよう女王として彼女を圧する。

 

「…申し訳、ありません」

 

対するバーヴァン・シーの方も全く考えてないわけではなかった。

自分の方から一方的に要求しておいてこちらからは何も支払わないのはよろしくない、というのは謁見の要望をランスロットに告白した時点で頭によぎっており、昨日の仲間との話し合いでも話題の一つとして出しはした。

 

だが申請をランスロットに頼んでからまさか一日で要求が通り、しかも後日始めることになるとは完全に予想外だったのでまともに用意する時間が無かった。

 

ましてや相手はこの国の頂点に立つ存在。

そんなあまりにも短い時間の中でかの女王を納得させられるような代物を拵えるなどとても無理だった。

 

とはいえ何も用意してないです、などと馬鹿正直に答えても失礼極まるのもまた事実。

 

「ですが、見返りなら―――あります」

 

「ほう、ちゃんと用意してあるのだな。どれ言ってみるがいい」

 

故に彼女は“あるもの”を女王に差し出すなけなしの『対価』に決めていた。

 

 

 

「はい、それは……『私自身』、です」

 

「ほう…?」

 

 

 

バーヴァン・シーがモルガンに差し出した“あるもの”とは、ずばり『自分そのもの』であった。

 

「つかぬことを尋ねますが……貴方には愛娘の立場にある方がおられるですのよね?」

 

「…そうだな。そして彼奴は貴様と同一の容姿、同一の魂を持っているが……あぁ、つまりそう言う事か?」

 

この世界において冷酷な女王が唯一娘として愛する、残酷で傲慢であるらしいもう一翅の(バーヴァン・シー)

 

「ええ。お察しの通り、私を貴方の下に置くことで貴方の愛娘殿の『影武者』として役に立つハズです」

 

ならば、見た目も声も、魂の色まで同じらしい私が影武者としてこの身をモルガンの下に差し出せば、万が一の為の『保険』として利用できるに違いない。

 

「モルガン陛下。貴方はこの國、世界において何者も敵わない文字通りの絶対的な存在なのでしょう。しかし、貴方はそうでも愛娘殿はそうはいかないのでは?否、いかないでしょう?」

 

「…………」

 

バーヴァン・シーの問いに口を閉じるモルガン。

 

彼女の言う通り、娘は妖精騎士としての反転のギフトが無ければ自分から他の下級妖精どもに成す術なく“使われ”に逝ってしまうほどに愚かでか弱い。

 

何ならギフトがあっても妖精騎士の中では他二騎と比べて最弱であり、それこそ『厄災』などに巻き込まれようものならひとたまりも無い。

 

「勿論、愛娘という大切な存在である以上は無防備に行動させているわけではなく、色々と備えを仕込んでいるのでしょう。しかしその立場上、暗殺や謀殺を企てられる可能性だって十分にあるハズです。現にそのようなことをしてきてもおかしくない政敵の一翅二翅、心当たりがあるのではありませんか?」

 

「…確かに貴様の言うように、あるのかと言われれば、ある」

 

政敵という点で言えば北のノクナレアがまさにそれであるが、彼女はそのような卑劣な手は使わない。

あくまで自分こそが正当な王位後継者としての信念の下、正面からの武力衝突でもって打破せんとするのでモルガンに取っては寧ろ一周回って安心さえできる相手だ。

 

よって謀を企てそうな者と言えば――――そう、例えば。

 

今は自分に従っているものの、その時の気分一つでどんなことも躊躇なく実行する、虹色に輝く翅を持つ“醜き風”。

 

…或いは、ガラクタ集めに関しては筋金入りのがめつさを誇る“口上手な土”か。

 

「そうでしょう。なら、そういう頭の回る連中の手によっていつか愛娘殿が手を掛けられてしまうこともあるかもしれません。故にこそ、それを防ぐ為にも私を代用品として使うのが得策です」

 

女王の娘という立場を抜きにしても、彼女自身これまで散々好き勝手に振る舞ってきた以上、多くの者から怒りと恨みを買われている。

もし何かの事故でギフトが剥がれ、力も失おうものなら即その場で袋叩きにあって撲殺されてもおかしくはない。

 

そんな彼女の考えを感じ取りながらも、バーヴァン・シー淡々と話を進める。

 

「改めてまとめますが…『私たちは貴方の庇護下に入るという願いを聞き届けてもらい、貴方はその見返りとして私という愛する娘の影武者を得る』――――――これでどうでしょうか?」

 

取引の内容をわかりやすく提示し、再度モルガンからの答えを待つ。

対するモルガンからの返答は――――――。

 

 

 

「―――いいだろう。貴様という見返りで以てその願い、聞き届けてやるぞ」

 

(―――へ…!?)

 

 

なんとあっさり承諾した。てっきり何かしらの穴を突いて蹴られるかと懸念していただけにバーヴァン・シーは呆気に取られる。

 

「なに、そこまで驚くことはない。理由は主に二つある」

 

言いながら人指し指を立てるモルガン。

 

「まず一つ。貴様の言う通り我が娘は弱く、我が庇護なくしては“絶対に”生きられない。故に備えの一つとして影武者の必要性を前々から考えていたから」

 

続けて中指を立て、二つ目の理由を述べる。

 

「もう一つ。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()で見返りを貴様にしようと私も考えていたからだ」

 

(な――――!?)

 

バーヴァン・シーの驚愕も無理はない。見返りを用意できるできない以前に、この女王はどちらにしろ自分をその手に収める気でいたのだから。

 

「…最初から、そのつもりだったのですか」

 

「ああ。貴様の方からそう言ってきたのは好都合だったからな。故に快く承諾した。……それに、だ」

 

徐に彼女はバーヴァン・シーに指を差す。

 

「これはな、貴様の仲間たちだけでなく貴様自身にとっても都合の良い話なのだぞ?」

 

「え…?」

 

どういうことか、と顔に書いているバーヴァン・シーにモルガンは端的に説明する。

 

「ほら、影武者たるものただの代用品に非ず本物と遜色ないほどの力も持ち得ていなければ身代わりとして務まらぬだろう?それ故、貴様を影武者にした暁には相応の力を与えてやろうと思ってな。―――つまりだ」

 

 

 

「貴様に円卓の祝福(ギフト)を授け、新たな“妖精騎士”として就任させてやろうと思っているのだ」

 

 

 

「!! わ、私を…妖精騎士に…!?」

 

モルガンがその言葉を告げた途端、再びざわつきだす妖精たち。

 

特に白髪の獣人―――牙の氏族長・ウッドワスはそれを聞いて静観を保たずにはいられなかった。

 

「へ、陛下!?お言葉ですが何を言われているのです!?」

 

「はて、この汎人類史のバーヴァン・シーを新たな妖精騎士に就任する、と言っただけだが?理由は貴様も一連の話で聞いた筈だろう?」

 

「それは、そうではありますが!妖精騎士とは本来私ほとではないにしろ貴方様を、女王モルガン・ル・フェを守護する盾であり、行く手を阻むあらゆる障害を薙ぎ倒す剣なのです!如何に相応の理由があるとはいえ、そんな我ら女王軍の武の象徴たる存在にあのような下級妖精を当てはめるなど――――」

 

 

「ウッドワス」

 

 

矢継ぎ早にまくし立てるウッドワスに対し、仕方なく圧して黙らせるモルガン。

 

「貴様の心配も、懸念も、不安も全て理解できる。私とて相応しいと認めたもの以外に妖精騎士の格を賜うなど決してしない」

 

しかし、とモルガンは続ける。

 

「これは絶対の女王たる私が決めたこと。即ち私はこのバーヴァン・シーを認めており、従って妖精騎士になるのは必定である。…これでも何か言いたいことは?」

 

「……いえ、失礼しました。出過ぎた真似を御許しください。…ですが、陛下はそれでよろしいのですね?」

 

「あぁ、構わぬ。仮にこの者が妖精騎士として不相応であれば、その時はあっさりと切り捨てるのみだからな」

 

そう諭して彼を落ち着かせた後、モルガンは改めてバーヴァン・シーに向き直る。

 

「さて…話が逸れたな、バーヴァン・シー。早速だが私の前へと来い」

 

「は、はい…」

 

言われるがままにモルガンへ歩を進める。

そのまま目の前まで寄ると、モルガンが不意に手に持っている大ぶりの杖をバーヴァン・シーの額へ翳した。

 

「ではこれより貴様に円卓の祝福(ギフト)を授ける。喜ぶがいい、貴様はただ庇護を受けるだけでなく、大切な者を護れる強大な力が手に入るのだからな。先に言った貴様にとっても都合が良い話、というのは即ちこういうことだ」

 

「…はい、光栄に思います。モルガン陛下」

 

「…ふん、では始めるぞ」

 

そして、モルガンのその言葉を皮切りに杖に魔力が集束し、不気味な青色に輝きはじめる。

 

その鈍い光は彼女が詠唱の速度を上げると共に段々と強さを増していく。

 

やがて玉座の間全域に青い粒子が漂いはじめた辺りで、彼女は締めの詠唱を高々と叫んだ。

 

 

『冬の女王、モルガン・ル・フェの名の下に決行する!』

 

 

『彼の妖精に異界の円卓の祝福を、騎士の権能を授けん!』

 

 

『授かりし者は異界の人類史より来たれり吸血の妖精!授けし騎士の祝福()は獅子の騎士たる魔女の息子!』

 

 

『―――いざ、我が権能で以て着名せん!!』

 

 

その時、杖とバーヴァン・シーを中心にその場が青き光に包まれる。

 

そして光が収まると―――そこには先ほどまでと変わらぬ見た目のバーヴァン・シーがいた。

 

「…………」

 

自分の手を、足を、体を確認するように見回した後、彼女はこう思った。

 

(…見た目は何も変わってない。けど何、これ―――体中から物凄い神秘(ちから)を感じられる……!!)

 

一瞬、生まれ変わったのかと錯覚すらした。

それほどまでに今の自分の肉体からはつい先ほどまでのソレとは段違いの高純度の魔力が、神秘が染み渡っていた。

 

それもその筈、たった今彼女に授けられたのはここより遠い異邦の地―――汎人類史で名を馳せる円卓の騎士が一角であり、淫猥なる魔女…モルガン・ル・フェの子の一人。

 

かつて龍と闘っていた獅子を助力し、以降は共に闘いを繰り返していく内に『獅子の騎士』と呼ばれた男。

 

一羽一羽が人間一人と同等の強さを誇るカラスの軍勢を率いてアーサー王の軍勢に大打撃を与えた戦果を持ち、祖父の一族から三百本もの剣を受け継いだ魔女の息子。

 

 

 

「これで祝福(ギフト)の着名は終わった。貴様は今日よりこう名乗るがいい――――――“ユーウェイン”。妖精騎士ユーウェイン、とな」

 

 

 

名をユーウェイン。円卓の騎士が一角にして、モルガンを母に、アーサー王を叔父に持つ獅子の騎士である。

 

 

 

「…ユーウェイン。それが、私の妖精騎士としての名前……」

 

元居た世界…モルガン曰く『汎人類史』と呼ばれているそうだが、その頃に当時のアーサー王伝説を記した書物を暇潰しで読んでた中でその名を目にした記憶がある。

 

「そうだ。ほれ、其奴らにも改めて名乗るといい。いつまでも真名で呼ばれると祝福(ギフト)の力が剥がれて弱まってしまうのはランスロットから聞いておろう?」

 

そうだった。確かに自分からも名乗っておかねば折角の力を発揮できなくなってしまうなんて本末転倒な結果になってしまう。

 

そう思いホープたちに駆け寄るバーヴァン・シー改めユーウェイン。

 

「あー…貴方たち。というわけで、まさかの妖精騎士に就任してしまったわけだけど…これからは『バーヴァン・シー』ではなく『ユーウェイン』、と呼んでほしいわ」

 

「お、おう…ただちょっと怒涛の展開すぎてついていけねぇんだが?」

 

「右に同じく。バーヴァ…んんっ、ユーウェイン?くんだっけ?置いてけぼりな私たちの気持ちがわかるかい?」

 

「…正直言うと今までの名前の方で呼びたいですけど、なるようになってしまった以上はそう呼ぶしかないみたいですね。―――改めてよろしくです、ユーウェインさん」

 

バーヴァン・シーはユーウェインとしての挨拶をするも仲間たちの反応は案の定というか、差違はあれどホープ以外は困惑で統一されていた。

 

「まぁ、そうなるわよね。私自身未だに戸惑ってるし。…それはそれとして」

 

モルガンと向き合うバーヴァン・シー。

 

「モルガン陛下の望み通り、こうして私は妖精騎士となりました。これで取引通り彼女らを庇護することを約束していただけますね?」

 

「ああ、女王に二言は無い。貴様の望み通り、其奴らを我が庇護の下に入れよう」

 

その言葉を聞き入れたバーヴァン・シーは――――――妖精騎士ユーウェインは膝をつき、頭を垂れる。

 

「ありがとうございます。貴方が彼女らを庇護してくださる限り、私は貴方の騎士として、愛娘殿の影武者として誠心誠意頑張ることをここに誓います」

 

自分なりの忠誠の意を彼女に示す。モルガンもそれを見て気分を良くしたのか、うっすらと口角を上げた。

 

「良い心懸けだ。それでは妖精騎士ユーウェインよ。早速だが、主として貴様に最初の命令を下す」

 

早くも命令の通告を受ける。一体どんな内容なのか?

 

「はい、何なりと」

 

 

 

 

 

「うむ。ではまず――――――そこにいる貴様の仲間を全員殺せ」

 

 

 

 

「――――――――――…は?」

 

 

 

 

 

 

―――聞き間違いだろうか?今この方は…何と言った?

 

「――あ、の」

 

「ん、どうした?」

 

「いま、なんと…?」

 

「ふむ、聞こえなかったか?ならもう一度言うが、『そこの貴様の仲間を全員殺せ』と言ったんだ」

 

「――――――――」

 

…なんだ。なんなんだ。なにをいってるんだ。なにを、いってるんだ、このかたは?

 

「――――っ…なんで、そんな…約束が、違うじゃないですか…っ!!」

 

「約束が違う?おかしなことを言うのだな。確かに庇護するとは言ったが、『まともに生かし続ける』とは一言も言ってないぞ?」

 

「な……あっ…!」

 

絶句した。そんな言葉の揚げ足取りも同然の返答をしてきた魔女に、ユーウェインは言葉を失った。

 

ホープたちもそのあまりに異常な発言に収まりつつあった恐怖がそれまで以上にぶり返し、思わず冷や汗を垂らした。

 

「……陛下。失礼を承知で言うけど流石にそれは悪趣味が過ぎるよ。そんな命令、本気で彼女に遂行できると思ってるの?」

 

思うところがあったのか、前に『味方にはなれない』と言っておきながらも助け船を出すランスロット。

 

「黙るがいいランスロット。貴様が口を挟む余地はない。――いいかユーウェインよ」

 

だがそんなランスロットを一蹴したあと、モルガンはユーウェインに語り掛ける。

 

 

 

「貴様は誰の影武者になるんだ?そう、我が娘バーヴァン・シーもとい妖精騎士トリスタンだろう?先ほどは付け加えるのを忘れていたが、影武者をやるからには力だけでなく性格や趣味趣向も本物に限りなく似せなければならない。そしてトリスタンは誰もが恐れる残酷で我が儘で強欲な悪逆そのものと言える性格なのだ。だからこそ貴様もその悪逆なトリスタンと変わらぬほどの外道極まる最悪の“絶対悪”にならなければならぬ。それこそ仲間だろうと私の命令一つで平気で皆殺しにできる程度にはな。故にこそもう一度命じる――――殺せ。貴様の仲間を、全員。出来うる限りで苦しませながら、だ」

 

 

 

「――――、――――っ――」

 

 

 

…極東の言葉に“後悔先に立たず”というのがある。

これは起きてしまったことを悔やんでもどうしようもないので事前に備えを敷くという意味らしい。

 

だからこそそれに倣って用意できるものは全て用意し、打てるカードは全部使い切った。

それで事は順調に進み、何とか晴れて目的を達成できたハズだった。

 

だけどダメだった。これなら大丈夫だろうと、最初から前提を誤っていた。

 

舐めていた、甘くみていた。自分たちの常識の視点でしか観ていなかった。

 

この女王を―――モルガン・ル・フェという最恐の魔女を。

 

 

「っ…!っっ~~~…!!!」

 

 

できない、できるわけがない。だがしなかったらどうなる?この魔女はどう出る?

 

見せしめとして私の目の前で仲間を一翅ずつ殺す?

私が命令をする気になるまで何度でも私を殺す?

或いは次代が尽きるまでみんな――――

 

「バーヴァン・シー、さん…!!」

 

その時、後ろで声を聞いた。

振り返るとホープが恐怖に怯えながらも此方を必死で心配していた。

ドーガも、ハロバロミアも同じで……ランスロットも、視線に憂いの感情が出ていた。

 

「…貴方、たち……」

 

ゆっくりと、鉛をつけられてるかの如く重苦しい足取りで彼女らの下へ歩み出す。

 

そして――――仲間たちの、ホープの目の前で止まる。

 

「………………」

 

「…バーヴァン・シーさん。私たちは、信じています。あんな命令に、従いなんてしないことを。私たちは、知っています。あなたが、誰よりも仲間のことを大切に思う。そんな、妖精だって」

 

恐怖で途切れながらも、まっすぐな信頼の言葉をユーウェインに、バーヴァン・シーに向けるホープ。

 

「私もだ、バーヴァン・シーくん。女王陛下のご命令だからといって、私たちを傷つけるような真似はしない、できないハズだ」

 

「オレもだ、バーヴァンシー。お前は決して仲間を裏切るようなヤツじゃねぇ。あの村でお前と同じ釜の飯を食ったオレが保証するぜ」

 

ドーガからも、ハロバロミアからも、信頼の言葉を掛けられる。

 

それらを受けたバーヴァン・シーは確信した。

 

(――――あぁ、命令された時点でわかっていたけど。やっぱりこの子たちを傷つける、ましてや殺すなんてとてもできっこないや)

 

「皆、ごめんなさい。今の今まで揺らいでた私が大馬鹿者だったわ」

 

その言葉に三翅とも笑顔を浮かべる。ランスロットの方も顔にこそ出てないが、安堵の感情が視えていた。

 

「……モルガン陛下」

 

再びモルガンと顔を合わせる。

 

「何だ。殺せないのか?」

 

「―――ええ、私には無理です。できるわけがありません」 

 

意を決した表情だった。仲間からの信頼で覚悟を決め固めたとはいえ、常に威圧感を放っているモルガンの命令を真正面からバッサリ断るのは勇気がいる行動だった。

 

「妖精騎士という立場を、力をこの私から賜っておきながら私の命令を拒否すると言うのか?」

 

声のトーンこそ落ち着いているが、身に纏っている威圧感は更に大きくなっていく。

 

「…申し訳ございません。ですがその命令だけは、どうしても聞き入れられません。その結果、貴方に殺されるとしても」

 

それでも臆することなくハッキリと自らの意思を伝えるバーヴァン・シー。

 

 

「……なるほど………」

 

 

それを聞いたモルガンはしばし顔を上に向け、再びバーヴァン・シーたちの方へ向き直ると――――。

 

 

 

 

 

 

 

「――――そうか。では言葉通りそこな端くれ共を庇って無様に死ぬがいい」

 

 

 

「……っ!!!」

 

 

 

冷ややかな声でそう言うと、杖に魔力を込めて無慈悲に放った。

 

 

 

 

 

 

 


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