Fate/Viridian of Vampire   作:一般フェアリー

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運命―second―【押絵あり】

「っくぁ~~~……。あ~一ヶ月ぶりの快眠だったわぁ…」

 

燦々と輝く朝の日差しに照らされながら、上体を起こして背を伸ばす。

 

久しく味わった気持ちの良い目覚めにユーウェインは寝起きながら気分が高揚としていた。

 

「さてと、今日は待ちに待った舞踏会当日ね。さぁムリアン、貴方という妖精の人柄の善し悪しを確かめさせてもらうわよ」

 

これから会いに行く町長の顔を思い浮かべる。彼女は自分に取って味方となりえるか否か、その最終的な判断を最重要目標として確認しなければならない。

 

「ところで今何時だ…ってまだ8時過ぎか。ま、慌てずにぼちぼち準備しよっと」

 

それからドレスのチェック等の下準備を済ませ、朝の挨拶をしにウッドワスのところへ足を運んだ。

 

「ウッドワス殿。ユーウェインです」

 

「入れ」

 

「はい、失礼します。…さて、おはようございますウッドワス殿。本日はいよいよ舞踏会当日の日ですわね」

 

少しの緊張と大きな期待を含んだ声で彼に対して述べる。

これまでの練習と昨日のドレスの件もあって、ユーウェインは今日という日を迎えるのをとても楽しみにしていた。

 

「ああ、これまでの貴様の特訓の成果が試されるわけだが、心配することはない。何しろこの私がこの1ヶ月間共に付き合ってやったのだ、貴様自身のポテンシャルも考慮すればまず大丈夫だろう」

 

楽しみにしていたのは彼女だけではない。

ウッドワスもまた、自身が一月に亘って育て上げた弟子が公の場でその才能を存分に光らせるのを常々と想像していた。

 

「ええ、女王派であれ何であれ私のダンスでまとめて魅了してやりましょう。して、出発はいつですか?」

 

「今から4時間後、即ち昼の12時に馬車の護衛を三翅ほど付けてここを出る。道中はソールズベリー方面を経由する故少々遠回りになるが、1時間と30分程度で到着するだろう。舞踏会の開催時間は夜の9時だからな、その間余裕を持って町の散策でもしておくといい」

 

「なるほど、わかりました。………って、え?」

 

彼の説明を受けて普通に納得するも、数瞬の間を置いてふとある疑問が彼女の頭に浮かんだ。

 

「む、どうした?」

 

「いえ、ちょっと気になったんですけど…どうしてソールズベリー方面へ遠回りするのですか?キャメロット方面を経由した方が地形的にも大分楽に行けるハズなのに、何故そちらを選ばないのです?」

 

ユーウェインが感じた疑問はウッドワスの指定したルートだった。

 

ソールズベリー方面を経由すると彼は言ったが、その場合だとただ道中が長くなるだけでなく最終的に中部平原と目的地を挟む小山を越えなければならないので、当然ながらその分道は険しくなるし馬車を引っ張る妖精馬の負担も大きい。

 

しかしキャメロット方面を通ればソールズベリー方面と比べてグロスターまでの距離は短い上、険しい山道もなく平坦な草原が続くだけなので妖精馬の負担も少なく、楽々と進められる。

 

その場合の懸念点を強いて挙げれば開けた場所である故にモース等の敵性体に見つかりやすいと言ったくらいだが、かつての終末を鎮めた牙の大英雄と新参者ながらその実力を加速度的に伸ばしている妖精騎士の前では何も出来ずに瞬殺されるので、仮に見つかっても実質問題は無い。

 

「それとも…何か理由がお有りなのですか?わざわざ遠回りしてでもキャメロット方面を避けたい、そんな理由が」

 

故にこれには何かしらの理由があると彼女は考えた。

彼にそういう遠回りの判断をさせる、やむを得ない事情があるのかもしれないと。

 

「…ふん、前々から思っていたがそういう疑問が浮かぶ辺り、貴様は時折恐ろしく頭が回るよな。良いだろう、それについて話してやる」

 

ウッドワスはやや神妙な顔つきになりつつも、彼女にその理由を説明し始めた。

 

「私がわざわざ遠回りしてまでキャメロットの方面を避ける理由は一つ。それはあの場所に『大穴』があるからだ」

 

「! それって―――…」

 

彼の言葉を聞いた瞬間、弾かれる様にその光景が脳裏に思い起こされる。

 

ユーウェインもこれまで何度も遠目で見てきたが、キャメロットの城壁背後には底が見えないほどの超が付くレベルの巨大な穴が存在している。

 

いつ、そして何が原因で出来たのか明らかになってはいないが、少なくとも妖精暦の遥か昔よりソレは大地にぽっかりと空洞を開けている事が現在残っている文献にて記されている。

 

「貴様もこれまで散々と見ただろう?地に大口を開け、不気味なまでの静寂さを醸し出している、あの底無しの闇を」

 

そう忌々しげに語り掛けるウッドワスに、つい先ほどまでの紳士的な雰囲気は感じられない。

 

それもその筈、彼が統治するオックスフォードは地理的な位置関係の問題で、キャメロットの方角を見れば必ず大穴が視界に入ってしまうのだ。

 

「貴様は知らなかっただろうが、この國の妖精たちはあの穴を本能的に忌避しているのだ。無論、認めたくはないがこの私もな」

 

即ち、彼からすれば主の召集命令等で出勤する際に嫌でも穴の付近を通過しなければならないので、出勤の度に『主に求められている』という大きな喜びと『また彼処を通らなくてはならないのか』という小さな嫌気を共に抱いているのだ。

 

「つまり、キャメロット方面を選ばないのはあの大穴に近づきたくないから…というわけなのですね?」

 

「そういう事だ、故に遠回りで行くと判断した。それに、仮に私が大穴に対して不快に感じなかったとしても護衛共が酷く嫌がるからな。無理強いして関係を悪化させるわけにも行かん」

 

自分主体でなく、部下との今後の付き合いも考えて彼はそう答える。

何れにしろキャメロット方面に向かって楽して移動するのはそうした事情故に無理そうだった。

 

「……そう言えばこれも前々から思っていたのだが、貴様は大穴を見ても何とも思わないのか?いや、そもそもキャメロット方面に行かない事に疑問を持つ時点で察せられるが…」

 

「んー…そうですね、得体が知れないなぁとは思いますけど本能的に忌避を感じたことは無いです」

 

「む、そうか…」

 

己が疑問に思ったことを彼女に問うも、向こうからの答えは淡白なものだった。

それを聞いた彼は“文字通り生まれた世界が違うから大穴に対して恐怖や鬱陶しさを感じずともおかしくはないか”と己を納得させた。

 

「まぁ良い、とにかくだ。これで私がソールズベリー方面に馬車を走らせる理由がわかったろう。」

 

「ええ、キャメロット方面を避けるのはそういう事でしたのね。お話しいただいてありがとうございます」

 

「礼はいい、私としてもグロスターへの道すがら打ち明けるつもりだったからな。…一応言うが他に気になる事は?」

 

こいつのことだ、もしかしたら他に何か違和感を見つけているかもしれない。彼はそう思って尋ねたが―――。

 

「他には…………うーん、特にこれと言ってございませんわね。従って私からは以上です」

 

少しだんまりとしたものの、彼女からの返答は残念ながら彼の期待していたものではなかった。

 

「…そうか。ならこの後は出発時間になるまでコレを読んでおけ。グロスターの観光資料だ」

 

まぁそんなに都合良く見つける筈も無いかと割り切りつつ、資料集を彼女に手渡す。

 

「貴様が過去にランスロットと一度あの町に立ち寄ったのは奴からの報告で聞いているが、それもどうせ少し触った程度であろう?故にだ、それを読んでグロスターについて軽く予習しておけ」

 

「わかりました。では早速自室に戻って色々と読んでみますね。失礼しました」

 

「うむ。じっくりと目を通しておくがいい」

 

そしてユーウェインはいつもの様に整った姿勢で御辞儀をし、静かにウッドワスの部屋を後にした。

 

「さて、私の方も昼までにこの書類の山を片付けておくか」

 

ウッドワスもまたそれまで止まっていた筆を再度進め始める。

どこまでも生真面目な領主の朝は早い。基本的に6時~7時の間に起床し、軽く朝食を食べたらそこからは夜11時まで業務作業に徹しているのだ。

 

(…それはそうとだ。ムリアンの招待状が他の権力者らに行き渡ったということは即ち、あの鬱陶しい『小娘』も手紙が届いていることを意味する。…頼むから今回だけは無視してくれよ……)

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

ウッドワスが書類作業に徹しながら祈りを捧げている一方、ユーウェインは資料集に淡々と目を通していた。

 

(ふーん。前に来た時はオークションの参加しかしなかったからそれ以外があまり記憶に残らなかったけど、こうして読んでみると本当に色んなジャンルの店があるのね)

 

服屋に家具屋、雑貨屋に食品店、ショッピングモールにブランド店、ペットショップにフードレストランと載っている店舗は実に多種多様。

 

ページをめくる度に次々と目に飛び込んでくる情報に、段々と歓楽的な気分が胸の内から溢れてくる。

 

(フフ、流石繁華街なだけはあるじゃないの。あ~そう考えるとホープたちと一緒だったあの時にもっと町中を歩き回って楽しんでおくべきだったわね)

 

もし自分がウッドワスではなくエインセルの下でホープたちと生活することになっていたら。そういう未来(もしも)も浮かんだが、すぐにそれはあり得ない夢幻として振り払う。

 

(既にこうしてウッドワス殿の下につくという道を辿っている以上、そういうのは所詮妄想の域を出ることはない。それにもしその道を辿っていれば、あの方の下で強くなった今の私は存在していない。そんなのははっきり言って御免被るわ)

 

仮にユーウェインがエインセルの側に付いていた場合、当然ながらウッドワスの指導を受ける機会は全くと言っていいほどに無く、あの謁見の時から今に至るまで殆ど実力に差が出ることはないだろう。

 

そしてそれは言い方を変えれば何れ来る大厄災どころか、ただの厄災からですら彼女たちを護りきれるだけの力には到底至れない結果を意味している。

 

掛け替えの無い彼女らを護る為にあの手この手を考え、行動に移すユーウェインからすればそんなのは例え可能性(もしも)であっても許容できるものではなかった。

 

(まぁ、とはいえ妄想は妄想。どこまで行っても現実にはならないし、すぐに頭から消え去っていくものよ。…ただ、それを言うなら―――)

 

窓越しに広がる黄昏色の空を見つめ、彼女は零れ落ちる様に呟く。

 

「こうして私が常識も法則も全然違う異世界に迷い込んで、色々と成り行きを経てちゃっかりと生活しているのは妄想でも何でもない、歴とした『現実』なのよね……」

 

当初と比べれば流石にある程度慣れてはいるが、それでもそれは普通に生活する上での話だ。

まだまだ自分の知らない、それこそ想像もつかない出来事にこれからも体験していくと思うと、まるで先の見えない“未知”という名の濃霧の直中に立ち尽くしている様な感覚があった。

 

(だけど、そんな妄想みたいな現実に鉢合わせなかったらホープたちとの出会いも無かったわけだし、その面では寧ろこの運命に感謝さえ覚えるわね)

 

そう、彼女に取ってあの出会いは本当に一つの奇跡そのものだった。

 

右も左も解らないところをモースに殺されそうになった時に颯爽と現れ、一緒に戦う形で助けてくれたあの子はユーウェイン(バーヴァン・シー)からすれば紛れもない“希望の星(ヒーロー)”と言える存在なのである。

 

(勿論、彼女だけでなくドーガもハロバロミアも私の大事な大事なお友達。あの村の妖精たちの中で私に対して悪意なく接してくれた上に、ホープのことも一仲間として心から認めてくれた数少ない善精だもの)

 

自己中心的な妖精たちが大半を占めていた中、彼らも最初は冷たかったり素っ気ない対応でホープに接していたが、紆余曲折あって自らの行いの自覚と反省をし、以降は道を共にする仲間として心と態度を改めた。

 

(コーンウォールやキャメロットの奴らといい、これまでずっとこの國の汚い妖精共の心を見通してきたけど…私が思うに、恐らくこの世界の妖精は『己を省みる』という精神的機能を持ち合わせていないのでしょう)

 

彼女は妖精騎士として活動してから今までに様々な町の妖精たちを目にしたが、誰も彼もが保身的かつ独善的で自らの過ちに対する反省もしなければ、罪を罪として認識する事さえせずにどこまでも見て見ぬふりをし続ける碌でなしばかりだった。

 

(そしてホープたちのような心優しく罪を省みれる妖精は、ウッドワス殿みたいに強い力が無ければ煙たがられて、排斥された末に名無しの森みたいなところに悉く追いやられて死んでいく)

 

他者の心の内を見透かせるだけの妖精眼を持った彼女は、この世界(ブリテン)の構造にとっくに気付いていた。

 

弱者が強者の糧になるのと同じ様に、利他的で道徳心のある者ほど利己的で背徳的な者に攻撃され、存在を許されずに慈悲なく殺されていく。

 

この國、この世界における妖精間の構造はそうなっているのだと彼女は悟ったのだ。

 

「…………本っ当、気持ち悪いわ」

 

無論その構造をどう見るかは人によって違うだろうが、少なくとも彼女に取っては不快感が振り切れて思わず口に出す程度には嫌悪を感じるものだった。

 

(…んん、いけないいけない。折角気分が高揚してたのに勝手に深く考えて勝手に不機嫌になってしまったわ。気を取り直して続きを読んでいきましょう)

 

いつの間にか大きく脱線していた思考を戻し、安物のワインを嗜みながら改めて本と向き合うユーウェイン。

 

(……そう考えるとモルガンが―――モルガン陛下が妖精たちを愛さず、この世界の私に当たる妖精騎士トリスタンが誰彼構わず虐殺しまくっているのも、今しがた私が感じた嫌悪と同じ思いをしているからかもね)

 

もしかすると彼女らは決して理解できない異常者という訳ではなく、誰しもが抱いて当たり前の感情を持っているからその様に振る舞っているだけで、しかし周りの環境が環境である故に度を越した無慈悲と悪逆に徹しざるを得ない『被害者』なのかもしれない。

 

(であるならば、トリスタン…もう一翅のバーヴァン・シーに対しても顔を合わせる機会があったら悪い評判(イメージ)に左右されずに、自分の目で見て心で感じて、彼女がどんな性格なのかを見極めよう)

 

如何に違う世界であろうと、評判が悪かろうと、それでも同じ自分(バーヴァン・シー)である以上は必ずどこかに共感できる―――即ち分かり合えるところがあるハズだ。

 

(いつその時が来るかはわからないけれど、まぁ妖精騎士として陛下に仕えている以上はどこかで必ず巡り合わせるでしょう。―――ああ、何なら今日の舞踏会で遭遇(エンカウント)しちゃったりしてね!)

 

冗談めいてそう思うユーウェインだが、悲しいかな。

 

彼女は日本生まれではない上にインターネットの普及する現代社会よりほんの少し前の時代からこの世界に来ているので、『口は災いの元』や『フラグ』と言った言葉を知らなかった。

 

故にその様な“下手に冗談を垂れると本当にその通りになりかねない”可能性と危険性を些か理解していなかったのであった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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その後、昼の時間を迎えたウッドワスは馬車と護衛の安全を確認。

ユーウェインを連れてオックスフォードより出発し、グロスターの門前にて一旦別れを告げる。

 

「それでは昨日話した通り私が同行するのはここまでだ。報告を楽しみにしているぞ」

 

「はい、ご期待にそぐわないよう精々頑張って参ります!」

 

彼と別れた後は、一先ず夜になるまで資料集を元にグロスターの町中を自由に観光気分で歩き回った。

 

「うわぁ、実際に見ると本当に凄いなこの町。資料集に載ってある通りあらゆる店舗にあらゆる品物が選り取り見取で揃えられてるし、こういうのを“ヤバい”って言うんだろうな…」

 

どこを見渡しても大小様々な店で囲まれており、中に入れば高級そうな物品に新鮮さを感じられる食品と、ジャンルを問わず品質のいい商品が此処彼処に販売されている。

 

(特にさっきから気になるのがあのヒール店。わかる、わかるわ。あそこにあるのは私でもピンと来るほどのブランド品ね…!)

 

彼女の視線の先にあるのはブランド物のみを扱っている高級ヒールショップだが、その汚れ一つ無い見目麗しいヒールの数々は彼女の興味を向けさせるには十分だった。

 

(どれどれ、値段は………うっわ、どれもこれも20万モルポンドは下らないじゃん。あそこに置かれてるのなんて100万超えてるじゃないの!)

 

最高品質かつ秀逸なデザインなだけあって何れも金持ちでないととても手が出せない額が提示されている。

 

買うにしても今の彼女の手持ちでは、精々一足が良いところだろう。

 

(ぐぬぬ…貯金してある分も計算に入れればまだ余裕で購入できるけど、少なくとも今手にしている額は30万しかないわ)

 

もっと多めに持ってきてさえいれば!そう軽く後悔しながらも取り敢えず中に入ることにした彼女は、今日の舞踏会に馳せ参じる上で相応しい品物が無いかをじっくりと吟味し始める。

 

(………お。これは…ほうほう、中々に良いセンスのデザインじゃない。決めたわ、これならきっとドレスと上手く噛み合って雰囲気が調和されるでしょう)

 

しばらく選別した末に自身の理想に近い靴を見つけ、早速レジにて購買を済ませて意気揚々と店を後にする。

 

(ふっふふ!25万も払ったのは凄く痛かったけど、これでお気に入りの靴は手に入ったし結果オーライよ!)

 

目を付けた逸品を手中に収めたことに嬉々として興奮を覚える。

それは彼女が生まれて初めて『気持ちのいい買い物』を心から楽しんだ瞬間だった。

 

(残りの5万は……ま、使わなくていっか。そもそも買い物ツアーをしに来たわけじゃないし、あとは景観でも楽しんでおこうかな)

 

それから彼女は町の景色を楽しみながら、地形を覚える為に路地裏に足を運んだりしながら夜になるのを待った。

 

途中、狭い通路でチンピラに絡まれたりもしたが、彼女が自身を妖精騎士だと主張して力の一端を見せると途端に蜘蛛の子を散らす様に逃げおおせた。

 

「…ん。もうそろそろ会場に向かうべきかしらね」

 

そんなこんなで夜の8時半辺りになったところで地図を頼りに会場に移動、受付にて本翅確認を済ませた後に控えの更衣室で持参していたドレスに着替え、昼に買ったヒールも履き終えた。

 

「さて、これで準備は万端。いつでも本番に対応できるわ。時間は…もう10分前か、少し急がなきゃ」

 

そして若干駆け足気味になりながらも何とか会場に間に合うユーウェインだが、彼女の周りには美麗な衣装を着た大勢の妖精たちがいた。

 

(うわぁ、流石各地から呼び寄せただけあってそれぞれ芸術的センスの高いドレスを着ているわね。この中からなるべくムリアンの目に止まるよう目立たないといけないのか…)

 

「―――あ、あの…ユーウェインさん、ですか?」

 

(――――――え?)

 

すると突然、この場において聞こえる筈のない懐かしい声が横から響いてきた。

 

恐る恐るユーウェインが声のした方を振り向くと――――――果たしてそこに立っていたのは、あの謁見以降一度も顔を合わせていなかった希望の星(ホープ)であった。

 

「ほ…ホープ!?な、何で貴方がっ!?」

 

「ああ、やっぱり!また、また会えましたね!嬉しいです…!」

 

彼女だとわかった途端、再び会えたことの歓喜に思わず抱きかかり若干涙ぐむホープだが、当のユーウェインはあまりの突然の再会を前に戸惑うばかりだ。

 

「やぁ、私からも言うけどまた会えましたね!ユーウェイン卿!」

 

そんな彼女に助け船を出す様に現れたのは、何を隠そうあの時にホープたちを連れていった張本人ならぬ張本精―――鏡の氏族長、エインセルだった。

 

「! 貴方はあの時の…ということはホープをここに連れてきたのも貴方なのですか?」

 

「ええ。私のところにも招待状が届いたのですが、ある日ふと貴方が舞踏会会場に赴いている未来が見えたので、ならばとホープちゃんも客人として連れていこうかなと思ってこうして連れてきたんですよ」

 

話を要約すると彼女はユーウェインが参加している未来を視た事を理由にホープを連れてきたらしい。

 

「…ドーガとハロバロミアはどうしたんです?」

 

「彼らはあれから変わらず私達のところで身柄を丁重に預かっています。本当なら彼らも参加させたかったのですが…ドーガさんは()()()故に、ハロバロミアさんは彼を残して行くわけにはいかないとの理由で共に残られました」

 

どうやら彼らも彼らで諸事情とやらが原因で参加できなかったらしい。

ユーウェインはその諸事情が何なのかが気になるので問いただそうとするも―――。

 

「諸事情?それって何の…」

 

『―――えーこんばんは、会場にいる皆様方。この度も私ムリアンが主催する舞踏会にお集まりいただき誠にありがとうございます』

 

その時、会場に澄んだ声が響き渡った。

ざわつく会場の面々を他所に声の主―――ムリアンは続けて言葉を紡ぐ。

 

『既に逸楽に耽られている方も居られるようですが、間もなく開催時間を迎えます。どうか此度の舞踏会も一時の夢を満喫されるおつもりで楽しまれていってくださいね!』

 

丁寧に語りかけるその口調から顧客に対するサービス精神に事欠かないと言った誠実さを細やかながら感じていると、不意に彼女がこんなことを言い出した。

 

『さて、それでは会場の皆様に対する挨拶も済ませたところで――――――そちらに居られますよね、妖精騎士ユーウェイン様?』

 

「…!?」

 

突然、ユーウェインを名指しで呼んだのだ。

 

集まる視線と騒ぎを気にすることなく彼女はそれに答える。

 

「…確かにここにいますけど、いきなり名指しするなんてどうされました?」

 

『いえ、別に他意は無いのですが貴方は舞踏会に参加するのは今回が初めてでしょう?』

 

彼女の問いにユーウェインは渋々頷く。

 

『ですので今回、“ある方”が貴方に舞踏会における作法を直接教えてあげたいと仰られているので、ここより上にある3階の鐘撞き堂のステージまでお越しください。ああ、お望みならエインセル様とホープ様にも来ていただいて構いませんよ。ではまた後ほど会いましょう』

 

そこまで言うとムリアンは音声放送を切断した。

ある方とは誰なのか、何故自分を選んだのかと訝しむユーウェインであったが、そこにエインセルが助言する。

 

「取り敢えず行ってみましょう。私としてもこんなことは初めてですし、そこはかとなく怪しさを感じます。貴方一翅で行かせるわけにはいきません」

 

「わ、私も意見は同じです。ユーウェインさんとエインセルに付いていた方が安全ですし、一緒に行きます」

 

エインセルとホープは共に付いて行く気の様だ。彼女らの意思を確認した後、ユーウェインも不審に思いながらも3階にある鐘撞き堂のステージとやらに向かった。

 

(…で、着いたはいいもののなぜか真っ暗じゃないのよ)

 

(どういうことでしょう…?や、やっぱり罠か何かとか?)

 

警戒するユーウェインに、不安になるホープ。

 

側にいるエインセルは、鏡の氏族の長としてのずば抜けた直感で二翅よりも早く状況を察知した。

 

(…ホープちゃん。どうやら――――――その通りみたいだよ…!)

 

その時、突如としてその場一帯にライトが一斉に照らされ始め、眼前に広がったのは――――――仮面を着けた沢山の妖精が嬉々とした様子で此方を見ていた。

 

「ほう、確かに聞いていた通りの瓜二つな容姿じゃないか!」

 

「1年前に女王陛下が新たに着名させたという第4の妖精騎士。噂は本当だったのね!」

 

「あんな裾が引っ掛かりそうなドレスを来たままでこれから大丈夫か?やっぱり今からでも投資先を変更しようかな…」

 

「鏡の氏族長もいるぞ。あと何か知らない妖精もいるけど、ありゃ小間使いか何かか?」

 

各々が感じたままにユーウェインたちに言葉を投げ掛けてくる中、会場内に再び先ほど聞いた声が響き渡った。

 

『皆様方。既にお気づきでしょうが、彼女こそが今から1年と4ヶ月程前にモルガン女王陛下から円卓の着名を授けられた新たなる妖精騎士―――ユーウェイン卿にございます』

 

ムリアンの紹介に徐々に会場内がざわつきつつも盛り上がっていく。

 

『彼女の詳細については事前にお配りした資料の通りですので省かせていただきます。それではユーウェイン様、急なことで困惑されているでしょうがそちらのステージに御上がりくださいませ』

 

ユーウェインにステージ上に立つよう勧めるムリアン。

ここに来てユーウェインもホープもようやく事の次第に気付いた。

“これは最初から彼女によって仕組まれていて、自分たちはそれにまんまと引っ掛かってしまったのだ”と。

 

「…エインセル殿。今からでも逃げきれることは?」

 

「いえ、残念だけどそれはできません。私達はとっくに彼女のもたらす妖精領域という空間に囚われてますからね。ここは…大人しく彼女の言うことに従った方が無難です」

 

頼みの綱である彼女からそう言われた以上、他にできる事はそれこそムリアンの言葉に従う以外何も無い。

 

(幸いにも向こうが注視しているは自分だけらしいし、エインセル殿の注意通りに取り敢えずは従っておこう)

 

そう判断したユーウェインは渋々ステージ上に足を踏み入れる。

 

だが彼女はまだ理解していなかった。この直後に自身を待ち構えている、それはそれは悪趣味な展開が繰り広げられるという事実を。

 

(…さて、言われた通りステージには上がった。問題はここから一体何をさせるつもりで―――)

 

「―――よう、テメェが妖精騎士ユーウェインか」

 

思考しているところを、不意に何者かの声で遮られる。

 

声の方を見ると、先ほどまでカーテンで閉められていた筈なのに、いつの間にか開けられている入場口と思われるところから人影が出てきた。

 

『―――さぁ会場の皆様方。大変お待たせ致しました!』

 

それと同時にムリアンが高らかに声を張り上げる。

 

『今宵繰り広げられるは2騎の“妖精騎士”たちによる、凄絶華麗な闘技試合!』

 

『一方は知っての通り妖精暦1987年より就任し、以降はかの排熱大公ウッドワスの下で鍛練を続けている、新進気鋭の第4の妖精騎士ユーウェイン卿!』

 

『そしてもう一方はもはや説明不要!数々の悪辣非道を成し、一度その名を口にすればブリテン中の誰もが震え上がる未来のブラッディクイーン!』

 

そして会場にいる全ての者の耳に、心に響かせんとするが如く彼女の名を告げる。

 

『モルガン女王陛下の唯一の愛娘!妖精騎士トリスタン卿、堂々と入場です!!』

 

「はっ、流石ムリアン。雰囲気作りに関してはお茶の子サイサイってね」

 

ムリアンの叩きつける様な解説に会場は一気に盛況を迎える。

 

その盛り上がりぶりに彼女は満足気に微笑むが、ユーウェインとしてはそんなの気にしている場合では無かった。

 

「…と、トリスタン?貴方が…?」

 

彼女からすればただでさえ予想外の連続で戸惑いを覚えているのに、そこへ本日最大級の爆弾を投下されたのだ。

半ば呆然とするのも無理からぬことであった。

 

「気安く私の名前を呼ぶんじゃねぇよ新参者が。ってかさっきからテメェ何か少しボヤついて見えんだけどどういうコト?」

 

そんなユーウェインの問い掛けにキツく突っぱねるも、それはそれとして彼女の姿が所々不明瞭に写ることに赤い姫君は疑問を示す。

 

「いや、そんなこと言われても…私にも貴方がボヤけて見えるし…」

 

不明瞭に見えるのはユーウェインも同じだった。

おおよその外見は容易に判るが、正確に姿を認識することが何故か出来ないのだ。

 

「おいおい、そっちもかよ。じゃこいつはテメェの力によるものじゃねぇってコトだな?なら、そこまで深く考える必要は無いわね。どうせこれから一方的なワンサイドゲームが行われるだろうし。あと敬語使えやクズ」

 

一歩二歩と、ある程度の距離まで獅子の騎士に迫った妖弦の騎士は、静かに、優雅に、そして邪悪に己が名と目的を口にする。

 

「自己紹介が遅れたわね。―――私はトリスタン、妖精騎士トリスタン。何があっても悪逆に振る舞い、他者を虐げることに至上の喜びを見出だす女王モルガン・ル・フェの愛娘。この度こうしてこの場に参った理由はただ一つ」

 

 

――――――テメェに妖精騎士としての序列と私に対する恐怖(トラウマ)を骨身に染みるまで刻みにやって来たぜ☆

 

 

 

「―――女王の、愛娘―――」

 

 

(これが…この世界の、(バーヴァン・シー)か…!!)

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

―――希望の星、ホープ。

 

 

―――湖光の騎士、ランスロット(メリュジーヌ)

 

 

―――冬の女王、モルガン・ル・フェ。

 

 

―――牙の長、ウッドワス。

 

 

―――日輪の騎士、ガウェイン(バーゲスト)

 

 

そして―――鮮血の騎士、トリスタン(バーヴァン・シー)

 

 

この日、汎人類史の吸血鬼は六度目の運命と遭遇する。

 

 

二つの異なる世界に生まれた同一存在。その最初の出会いは――――――一方が一方に敵意を剥き出しにして襲い掛かるという、実に最悪なものだった。

 

 

 

 

 

 

 




これにて第四節は終了です。

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