Fate/Viridian of Vampire   作:一般フェアリー

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断章~2~
精霊と、女王と、竜と【上】


 

 

バーヴァンシーと同じくして予期せぬ事態で異聞帯ブリテンに漂流した、水の精霊であり竜の妖精たる汎人類史のメリュジーヌ。

 

 

 

彼女がこの世界に迷い込んで早くも六日間の時が過ぎ去っていた。

 

 

 

「ふぁ~、よく寝たぁ……。さて、今日も適当に魔獣や木の実狩りをしつつ探索に行こうかな」

 

軽く背伸びしたあと、彼女はその竜の翼を展開して木の上から静かに飛び降り、着地する。

 

このところ彼女の日課は食糧確保をしながら、この地域一帯の調査を進めるというものになっていた。

 

(これだけ神秘が周囲に溢れている以上、食事は本当は必要ないんだけど…私は人間の血も引き継いでるからね。どうしても食欲が沸いてしまうんだよなぁ)

 

彼女はその性質上、元居た世界でも取り敢えず水に体を浸していればその日の活動に必要なだけのエネルギーを十分に確保できた。

 

ただ人間との混血種である故に人間という一生物の特性も持ち合わせているので、空腹は無くとも食欲自体は人並みにはあるし味に対する好き嫌いもある。

 

何よりかつて過ごした人間との生活の中で食事という行為をすることの“充実的快感”を覚えているので、例え朝に目覚めた時点で全身にエネルギーが行き渡っていようと空腹を覚えなかろうと、『何かを食べたい』という原始的欲求が消えることはなかった。

 

「…よし、今日はあの辺りを探索しようかな」

 

そう決断した彼女の視線の先に写るは鬱蒼と茂っている、どことなく不気味さを漂わせている森林。

今回、彼女が探索する予定の場所はこの偽りのブリテン島における数ある危険地帯の一つである『湖水地方』だ。

 

(本当ならあそこには極力近づきたくはない。前々から遠目で見てたけど、時折見掛ける“おぞましい黒い影”はあそこから出ているみたいだからね…)

 

四日前―――彼女がまだ果ての海岸周辺を調査していた時にモースと初めて遭遇した。

その時の彼女の第一印象はバーヴァン・シーの場合と変わらず『絶対に近づいてはならない危険生命体』との評価であり、そこから接触をなるべく避ける為に“どこから来てるのか”を痕跡を探したりして二日ほど掛けて念入りに調べた結果、湖水地方の森林地帯から来ていることを突き止めた。

 

(あんなおぞましい生物、少なくとも私の知識じゃ該当どころか候補に上がりそうな存在すらいない。そんな未知の生命体があの森から来ているってことは、即ちそれらを発生させる何かがあるかもしれないということを意味する)

 

己の知識が全く役立たない既知の外にいる、得体の知れない存在。そんな存在がどうしてあの森から出ているのか?

彼女は危険を承知でこれからその原因を調べようとするつもりであった。

 

(ならばその原因を見つけて、かつ対処法も導き出してどうにかして消すことが出来れば、今後あんな生き物が出てくることは無くなるし見掛けることも無くなるでしょう)

 

彼女としてはモースは出来ればもうこれ以上視界に入れたくないのが本音であるので、原因を見つけ次第すぐにでも除去しようと考えていた。

 

「…それじゃあ勇気を振り絞って、いざ足を踏み入れようじゃないか」

 

覚悟、好奇心、探求心。それらを胸に渦巻かせながら竜の妖精は森へとその体を進ませた。

 

 

 

(こういうの、極東の言葉じゃ…そう―――『鬼が出るか蛇が出るか』、だったね)

 

 

 

「はは…ニホンの人間は本当に面白い言葉を考えるなぁ」

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

森に侵入し始めて約二時間。

 

メリュジーヌはその間モースや魔獣たちを退けつつ手掛かりとなる痕跡をくまなく探し、気付けば森の奥深くまで進んでいた。

 

(ふむ…奥に行くほど黒い影の痕跡が多くなってきている。発生源と思われる地点に近づきつつある証拠だね。ならこのままもう少し進んでみよう)

 

そのまま調査を続行していると、やがて崩れ果てた石柱が所々に散在する遺跡の様な開けた場所に辿り着いた。

 

「……ここは、遺跡?周りにヘドロの様な黒い泥溜まりがあるけど、ここが黒い影たちの発生源なのか?」

 

しかし彼女が注意を向けたのはそうした遺跡群ではなく、見ただけで穢れにまみれていると察せられる得体の知れない漆黒の汚水溜まり―――言い換えると沼地だった。

 

恐る恐る彼女がその辺に落ちていた小枝を用いて掬ってみると、汚水に触れた箇所は忽ちドロリと腐り落ちて沼の中へと還った。

 

(うえ…見た瞬間から直感で危険とわかったけど、これだけ侵蝕性と不浄性が高いならあの影がここいらから生まれるのも納得だね)

 

その光景にドン引きしつつも、メリュジーヌは冷静に枝を蝕んでいく汚水の毒が握っている自身の手に感染する前に手放す。

 

沼の直中へと放り込まれた枝はチャプリと低い音を発て、そこからゆっくりと腐り、蝕まれ、穢れた沼の底に沈んでいった。

 

そんな一連の様子を眺めた後に彼女は確信する。やはりここは予想通り絶対に近づいてはならない、危険極まる魔の地帯だったのだと。

 

(特に私みたいな綺麗な水場で生きる妖精にとって尚更ここは危険だ。現にこうしてこの場に立っているだけでも多少ながら気分が悪いし、このままここで調査を続けるのは難しそうかな…)

 

出来ればこの沼地から黒い影が出てくるか否かを直接観察して“ここが発生源だ”という確証を得たかったが、コンディションが悪くなっている中でそういう神経を使う作業は周囲に対する警戒を意図せず怠ってしまう可能性に繋がりやすい。

 

(背後から影に襲われて死ぬ、なんて笑い話にもならないからね。さっきからこの沼地の奥に感じる『妙に大きな神秘(ちから)』も気になるけど……ここらで切り上げるか)

 

途中で断念しなければならないことに口惜しさを感じつつも、命あっての物種だと割り切ってその気持ちを抑える。

 

「さて、それじゃ戻るか。こういう時は帰りが特に危ないからね。慎重かつ迅速に脱出しよう」

 

そこからは特に大事になることもなく行きと同様に迫り来るモース等の外敵を退けながら、侵入時のルートに予め付けておいた目印を頼りに問題なく脱出に成功。

 

抜け出たところで改めて森の方を振り返り、今日の成果を脳裏にまとめる。

 

(不完全燃焼ではあるけど、取り敢えずわかったのはこの森の奥には崩壊した遺跡群と思われる残骸に穢れに穢れた腐食性の沼地があること、そして更にその奥から感じた謎の力の存在。この三つだね)

 

特に気掛かりなのは沼地地帯に入った時点で微弱ながらも確かに感じていた、あの正体不明の大きな神秘の力。

 

沼地のそれと同様に穢れた気配がありながら、どこか荘厳さを漂わせていたようにも思えたその力こそ十中八九黒い影の発生源と見て間違いないだろうと彼女は推測を立てた。

 

(うん、こうしてまとめれば意外と発見できているね。…となると次はこの森も含めたこの地全体についての情報収集、即ち現地人探しと行きたいところだけど――――――)

 

 

 

「―――もし、そこの異形なるレディ。少しよろしくて?」

 

 

 

「―――!?」

 

 

 

思考に耽っていると突然、背後から整った音調の美声が耳に入ってきた。

 

驚いたメリュジーヌが恐る恐る振り向くと、そこには―――完璧かつ完成された美を持つ“宝石(ようせい)”が麗々と立っていた。

 

「! あら、その顔は……へぇ、驚かしてくれるじゃないの。こういうなんともない日にまさかこんな出来事に遭遇するとはね」

 

彼女はメリュジーヌの容姿を見て何故か意外そうに驚くも、直後に何かを理解した様子で余裕のある笑みを浮かべる。

 

「…驚いたのは寧ろ私の方なんだけどな。今の今まで常に警戒網を張っていたのに、悟られることなく声をかけてくるとはね。貴方、何者だい?」

 

「あら、悪いけれどまずはそちらが名乗ってくださらない?確かに話しかけたのは私だけど、誰なのかを聞いた以上はそちらが先に名乗るのが礼儀でしょう?」

 

目の前の妖精に何者かと問うも、逆に彼女から名乗るよう言われたメリュジーヌは渋々自己紹介をする。

 

「…失礼、確かにそれはそうだったね。私の名はメリュジーヌ。見ての通り人ではなく、竜の翼に蛇の半身を持った妖精さ」

 

「へぇ、名前まで…!いえ失礼、何でもないわ。自己紹介ありがとう。それじゃあ次は私の方から名乗りましょう」

 

その名を聞いた彼女はまたも意味深な反応をするが、すぐに気を取り直して自らの名を告げる。

 

「―――私の名はノクナレア。『王の氏族』という妖精たちの長であり、ここ北の大地全体を統治する偉大なる女王よ」

 

ノクナレア。首都エディンバラの領主であり、女王モルガンを打倒し自らが新たな妖精國の女王に君臨せんと目論んでいる、北の女王マヴの次代である。

 

「…王の、氏族?北の大地?を統べる“女王”だって?」

 

堂々と名乗りを告げたノクナレアの一方、メリュジーヌは彼女の自己紹介の内容に若干困惑していた。

何しろ今しがた彼女が当たり前の様に言ったことの全てが自身に取っては未知の情報なのだ、故にそういった反応も無理からぬことであった。

 

「ふぅん、その顔を見るにやっぱりこの地の事情は殆ど何もわかってないみたいね。いいでしょう、それなら私からとっておきの話があるわ!」

 

メリュジーヌのその反応も予想していたらしく、ノクナレアは彼女にとっておきの話とやらを持ちかける。

 

「とっておきの話?何だいそれは?」

 

「ええ。その前に2つ確認したいのだけど、貴方どこからこの地に来たのかしら?それと行く宛はある?」

 

メリュジーヌの問いに答える前にノクナレアは逆に彼女に確認と称して質問を投げかける。

若干怪訝に思いつつもメリュジーヌは一応真面目に返答した。

 

「どこからって…いつもの様にブリテンの海を遊泳していたらいつの間にか知らない場所、つまりこの海岸辺りにいたとしか言いようがないかな。あと行く宛は特にこれと言ってないよ、今はこの地のことをなるべく把握する為に自分の手で色々と動き回ってるからね」

 

「ふんふん……なるほど。それじゃあ今から話すことは貴方に取っても多いにメリットがあるかしらね!」

 

取り敢えずありのままに述べると彼女は納得した様子を見せ、メリュジーヌにもメリットがあると付け加えた上で話し始めた。

 

「へぇ、どういうメリットだい?」

 

「この地を把握する為ってそれは要は情報収集してるわけでしょう?なら今から私と共にエディンバラという町に来なさい。そこにある私の居城の一部屋を適当に見繕って拠点として提供してあげるわ」

 

彼女が示したメリットとは即ち情報収集をするに当たってなるべく不自由なく過ごす為の活動拠点の提供だった。

 

(ふーん、拠点の提供ねぇ)

 

メリュジーヌは現在過ごしている環境が環境故に他生物から襲われない様に常に警戒しなければならない日々を送っている。

 

今は木の上を仮キャンプとしているが何れにしろ警戒による緊張状態を解いてゆったりと寝られたことは一度も無いし、現状が続けば恐らくこの先も完全なリラックスは出来ないだろう。

 

そういう事情を考えればノクナレアの話は確かにメリットと言うに相応しい魅力的な提案ではあった。

 

「…うん、メリットについてはよく理解できた。―――だけど当然この提案を受けるに当たっての条件がある筈だろう?無償で拠点提供なんて冗談でも信じられないよ」

 

だがそれで易々と話に乗せられるほどメリュジーヌは単純ではない。

 

取引や交渉といった対話は大小の差はあれ、いつの時代も常に差し引きあって成立しているものである。

故にこそ一方的に利益しかない美味い話ほど信憑性は皆無に等しく、そこには必ず何かしらの裏が設けられているということを彼女は理解していた。

 

「あら、察しがいいじゃないの。ええそうよ、如何に女王たる私とて素性がよく解っていない者をお気に入りの城にタダで住まわせるほど愚かではないわ。貴方の言う通り確かに条件はあるわよ」

 

メリュジーヌの勘の良さに少し感心を覚えるノクナレア。

 

彼女からすればメリュジーヌは棚から牡丹餅と言うべき想定外の掘り出し物だ。此方側に上手く誘い込むつもりはあれど騙す気はさらさら無い故、後々条件についてもある程度順序立てた上でちゃんと話すつもりでいた。

 

しかしこうまで察しが良いなら手間が省けるというもの。このままの流れで早々に条件を告げても問題ないだろう。

 

「で、その条件だけど―――『拠点を提供する代わりに私の補佐になってほしい』、というものよ」

 

彼女が躊躇いなくあっさりと口にしたその条件は、自身の補佐となって共に働いてほしいという内容であった。

 

「はぁ…貴方の補佐に、ねぇ。どういうことか説明してくれる?」

 

「ええ、言われる間でもなく。先ほどから言っているけど私は女王の立場にある者だから、毎日が町の管理等の激務に忙殺されているの。それこそ並の妖精なら比喩抜きで過労死してしまうほどにね」

 

彼女とて北の大地に限って言えばモルガンと同じ女王である。

町の治安や外交関係の良好維持と言った政治業務だけに限らず、今日の様に周辺地域の偵察という名目で自らの足で動き回らねばいけないことも多々あるのだ。

 

「勿論臣下たちも動かして色々と手伝ってもらってはいるけれど、それでもこういう周辺地帯の偵察任務とかはそれなりの危険が伴うし、過去にモースや野生生物の襲撃に遭って犠牲者が出たことも一度や二度じゃないわ」

 

これまでの年月でノクナレアと共に躍動する中で散って逝った勇士は決して少なくない。

彼女が言った事例以外にも悪妖精化した同胞の鎮圧任務で彼らの反撃にあって何名かが死ぬケースも希にあったりするので、ある程度実力のある妖精でも彼女に付き従うことは相応の覚悟をしなければならないのだ。

 

「ふーん、思ったより結構過酷な労働環境みたいだね。…ところで一つ気になったんだけど、モースって何?」

 

「ん、やっぱりアレがそういう名前だってことも知らなかったみたいね。ほら、貴方もここに迷い込んでから一度は見たんじゃないの?あの気持ち悪い真っ黒な影をね」

 

「―――! それって…」

 

ノクナレアの返答に思い当たる節が瞬時に過る。

 

ここでメリュジーヌも初めて例の黒い影の名前がモースだと言うことを知った。

 

「モース、それがあの影の名前なのか。アレは貴方や貴方の部下たちに取っても危険な存在なのかい?」

 

「まぁ、そうね。私自身にとってはそこまで脅威ではないけど、モースから繰り出される汚染力の高い劇毒をマトモに耐えられるのは牙の氏族以外に存在しないの。従って私の守護する町の妖精じゃ例え臣下であっても決して油断ならない脅威として認識しているわ」

 

ノクナレア自身は彼女の言う様に王の氏族の権能によりモース毒をも無効化できるが彼女以外の者となるとそうは行かず、例え毒が効かずとも攻撃の威力まで無効に出来るわけではない。

顔を思い切り殴られれば血は吐くし、呪弾が直撃すればそのまま吹っ飛ばされたりもするし、死ぬ時は当然死ぬ。

 

「ここ90年近くの間は犠牲者こそ5名程度しか出てないけど、それでも負傷者自体は結構な頻度で続出してしまっているわ。決して兵の訓練は日々欠かさず行っているけれど、それでも…ね」

 

如何に女王とてノクナレアはモルガンと違ってあくまで一領主であり、その域を出ることはない。

何しろ彼女の北の大地に対してモルガンは文字通りブリテン全土を支配領域に治めており、そもそもの物理的な規模に差がありすぎている。

故に兵士のレベルも彼の女王が所有する一翅一翅が一騎当千のソレに比べれば、精々が一般的な牙の氏族と同等と言った程度のモノでしかなかった。

 

「へぇー、なるほど。どうやらモースは思った以上に貴方たちの目の上のたんこぶになってるらしいね」

 

あの影が想像よりノクナレアたちに取って厄介な存在になっていることを知るメリュジーヌ。

ただそれはそれとして、彼女にはそんな長々とした労働背景の説明よりももっと確認しておくべき肝心なことがあった。

 

「……で、それと私を補佐に迎え入れたいことはどう関係してくるのかな?前置きはわかったから、そろそろその関連性を明確に言葉で示してくれると嬉しいな」

 

そう、彼女が今知りたいのは『ノクナレアが自分を補佐として引き入れたがる根本的な理由』なのだ。

 

それを聞くまでは提案を飲むか否かを考えることは出来ないし、そもそもするつもりも彼女には全くない。

 

「ええ、ちゃんとそれについても話すわ。で、貴方は今しがたこの森から抜け出てきたでしょう?」

 

「うん、そうだね。探索という名目でしばらく侵入してたけど、度々モースや魔獣たちに襲われて大変だったよ。まぁ全部自力で倒したんだけど」

 

メリュジーヌがそう説明すると、彼女は素で驚いた様子を見せる。

 

「うそ、“一部だけ”とか“会敵を避けられる時は避けた”とかじゃなくて“全部を自力で退けた”ですって?…ふーん、なら益々貴方を引き込みたくなってきたわ!」

 

返事が予想以上だったのだろう。それを聞いた彼女は自身を迎え入れたいという願望を目に見えてわかるほどに強めた。

 

そして、そんなノクナレアの様子を見たメリュジーヌは彼女のあることに感づき始める。

 

「あー…というかさ。ここまでの流れで貴方の私を引き入れたい意図が大体わかった気がするんだけど、言っちゃってもいいかな?」

 

そう、あることとは即ち彼女が自身を補佐にしようとする理由に他ならない。

察しのいい竜の妖精は、ノクナレア自身が口にするより早く彼女の真意に気づいたのだ。

 

「へぇ?いいわよ、言ってみてちょうだい」

 

「うん、要するにアレでしょ。“自分の軍にモースを余裕で倒せる様な実力者が殆どいないから、そのモースが蔓延る森から五体満足で抜け出てきた私を是非スカウトしたい!”……ってことよね?」

 

快く発言を許したノクナレアに対してあっさりと口にしたその内容を要約すると、『貴方のその強さを見込んでどうか私の戦力になってほしい』というものであった。

 

「うぐっ…“殆どいない”なんて随分と遠慮なく言うわね。まぁでも、私が貴方を引き入れたい理由は大体それで合ってるわ」

 

「あ、やっぱりそうなんだ」

 

事実とはいえ思っていたより直球な言い方をされて少しだけ端麗な顔を歪めてしまうノクナレアだが、事実は事実なのでメリュジーヌの発言を概ね認める。

 

「とはいえ、とはいえよ。さっきも言ったけど、貴方がこの提案を受け入れてくれさえすれば好きな時にいつでもリラックスできる安定した衣食住生活を女王の名にかけて約束します。決して不当な扱いは致しません」

 

女王としての丁寧な口調に改め、メリットを強調し一方的な搾取はしないと宣言するノクナレア。

 

「故にこそ改めてもう一度お願いをします。どうか、私の補佐になっていただけないかしら?」

 

彼女は自信と期待を込めた表情でメリュジーヌに嘆願する。

彼女を見つめるその金色の瞳には、望みを断られる不安や恐怖といった陰りは一切無かった。

 

(ふぅん…どうしよっかな…)

 

メリットを考慮して聞き入れるか、リスクの伴う条件を懸念して拒否するか、しばしの間メリュジーヌは熟考する。

 

そして、そのままノクナレアが返答を待つこと約二分ほど経ったところで徐に彼女が口を開き、答えを告げる。

 

 

 

「―――うん、わかった。嘘は付いてないみたいだし貴方のその条件、快く飲んであげるよ」

 

 

 

果たして告げられたその答えは、彼女の提案を了承し受け入れる旨を示すものであった。

 

「…!本当に?後から気が変わって“やっぱり無理です断りまーす”ってなっても簡単には戻れないわよ?」

 

「ははっそういう()()()()()()気紛れはしないさ。この答えに二言は無いと自信を持って断言するよ」

 

やけにあっさりとした承諾に思わず確認を取るノクナレアだが、当の本人は気軽でありつつもしかし力強さを含んだ口調で二言は無いと言い切った。

 

「……ああ。今日は本当にとても素晴らしい日だわ。話を受け入れてくれてありがとう、メリュジーヌ」

 

それを聞いたノクナレアは確かな感動を実感し、メリュジーヌに手を差し出す。

 

 

 

「―――改めて自己紹介を。私はノクナレア、首都エディンバラの領主にして王の氏族の長たる妖精。今より上司かつ盟友として貴方を迎え入れましょう」

 

 

「―――私はメリュジーヌ。気づいたらいつの間にかこの地に迷い込んでた、ただのしがない妖精さ。これからよろしくね、ノクナレア」

 

 

 

差し出されたその手を掴み、互いに握手を交わす。

 

今ここに、北の女王と汎人類史の水の竜精による双方に取って対等な契約が結ばれた。

 

「…それはそうとこの場合ってさ、貴方自身が今言った様に私の上司になる訳だから、これからは女王であることも配慮してノクナレア“様”とでも言うべきかな?」

 

「ええ、そうね。ただしこれも今言ったけど上司であると同時に“盟友”でもあるので、業務外のプライベートにおいては呼び捨てなり好きに呼んでもらって構わないわ」

 

彼女の発言から察するに、どうやら敬称で呼ぶ必要があるのは仕事の時だけで結構らしい。

 

あまり堅苦しい関係になるのは望んでいないメリュジーヌにしてみればこの対応はかなり評価できるので、内心でそれなりに安堵する。

 

「あと、こちらからも一つ尋ねていい?貴方はどうしてこれを承諾してくれたの?」

 

自然と互いに手を離したところでノクナレアが疑問を呈す。

 

承諾してくれたこと自体はとても嬉しいのだが、それにしては妙にあっさりすぎると彼女は感じた。

故にその詳細な動機を聞き出そうと疑問をぶつけたのだが、そんなぶつけられた方の回答はこれまた驚かされるものだった。

 

「ん、承諾した理由かい?それは単純に妖精眼を用いた結果、邪念が無いことを明確に見抜いていたからだよ」

 

「っ!妖精眼、ですって…?」

 

妖精眼。この世界においてモルガンを始めとした極一部の者しか持ち得ていない、『世界を切り替える視界』の権能。

 

なのに目の前の妖精はさも当たり前の様にその権能を使ったと言った。

しかも女王たる自身でさえ感情がうっすらと判る程度しか見えないというのに、発言から察するに彼女はどうやらはっきりと認識できるらしい。

 

「まぁ、そうは言ってもあくまで感情の色が判るって程度で実際に考えてることまで正確に読み取れるわけじゃないけどね。ただ感情が見えるってだけでも相手の意図を把握しやすいから、実質“他者の心を見透せられる”よ」

 

つまるところメリュジーヌがノクナレアの提案を割と簡単に受け入れたのも、当人の言葉通り本当に彼女から“自身を騙そう”とか“利用してやる”といった邪念が一切感じられなかったからこその判断だったのだ。

 

「…なるほど。『そちら』の貴方はその権能を、妖精眼を持っているのね」

 

ここに来てノクナレアは改めて彼女の能力を評価する。

 

モースがそこら中を彷徨いている魔の森を行き来可能な実力、会話の流れを汲み取れる理解力の高さ、更に相手の感情を正確に読み取れる妖精眼が使えるときた。

 

「え…“妖精眼を持っているのね”って、それは一体どういうことだい?」

 

彼女なら、もしかすると―――いや、間違いなく。

 

間違いなくこの大地全てを支配する冬の女王を玉座から引き摺り降ろすに当たって心強い導き手(せんりょく)になるだろうと、電流が走るが如く彼女はそう直感した。

 

「ん…ここで長々と立話に興ずるのもアレだし、それについては私の町に着いてから話すわ。ついでにこの地のことも、貴方がなぜここに漂流したのかも諸々に説明してあげる。―――それじゃ、行きましょうか」

 

疑問を示すメリュジーヌにそう答え、自らが統治する庭の方角へと歩を進める。

 

 

 

「へぇ、それは非常に楽しみだな。じゃあ図々しく聞こえるかもだけど道中の案内はよろしく頼んだよ、女王サマ~」

 

「いや本当に図々しいわね。会って間もないとはいえ女王相手にその態度ってどうなの?」

 

「え~だって私達、もう赤の他人ではなく『盟友』でしょ?私、無駄に堅苦しい上下関係は嫌いだからさ。立場に関わらずフランクな間柄を築きたいんだ」

 

「む、それを聞くと一概に反論しにくいわね…。寧ろその考えも一理あると少しだけ納得してしまうわ」

 

「ふふ、そうだろう?少しと言わず大いに納得してくれたまえ」

 

 

 

―――二翅の間で、いつの間にか自然と会話が弾み出す。

 

ほんのついさっきまで縁も所縁も無かった赤の他人が、一つの対話を切っ掛けに対等かつ気軽に言葉を掛け合う。

 

その光景は、もしもこの場に第三者がいれば気の知れた友人のそれそのものに見えただろう。

 

 

 

「…ふふふ」

 

「? どうしたんだい」

 

「いえ、思えば私が女王と知って尚こんな気さくに接してくる者は妖精・人間含めて誰もいなかったから、少し新鮮に感じてね」

 

「ああ、そういうことか。でも、その新鮮な気持ちも案外悪くないでしょう?」

 

「―――ええ、そうね」

 

 

 

 

 

黄昏の空の下、悲愛の離別が原因で人間を嫌っている二翅の妖精が微笑み合う。

 

 

 

片方はこの地で最初の“友人”を手にいれ、片方は人生で最初の“対等な友達”を手にする。

 

 

 

吸血鬼と希望の星がそうであった様に、水の竜精と北の女王が関わりを持つこともまた、正史ではあり得なかった空想(もしも)童話(ものがたり)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

―――それから時を戻して一年と四ヶ月後の現在。

 

あれからノクナレアにこの國の事情を色々と説明され現状をある程度知ったメリュジーヌは、単独で調査活動することもあれば補佐として彼女と共に仕事に従事するという毎日を過ごしている。

 

そして現在、言わずもがなノクナレアにも事前に舞踏会の招待状が来ていたので、彼女に同行する形でメリュジーヌも会場に赴いていた。

 

「ノクナレア。この舞踏会が終わったらさ、帰ったあとで私が作ったチョコレート菓子を食べてみないかい?とっておきの自信作なんだ♪」

 

「あら、それは楽しみじゃないの。知ってるでしょうけど私はチョコの味に関してはかなり口煩いわ。そんな私の舌を果たして唸らせられるか見物ね」

 

他愛のない話で人並みに盛り上がる二翅。

 

メリュジーヌは最初、その異形の肉体故に一部の奇異なモノを見る視線が刺さることに若干の抵抗を覚えたものの、ノクナレアの手厚いフォローにより次第に気にならなくなり彼女とのダンスに浸っていくことに。

 

そういう経緯もあり、彼女たちは舞踏会という場の中でとても優雅な時間を堪能していた。

 

「あ、そういえばさノクナレア。さっき気になる妖精たちを見かけ」

 

 

 

「―――君が“汎人類史のメリュジーヌ”かい?」

 

 

 

 

しかしそんな時、不意に誰かから声を掛けられる。

 

声のした方へ振り向くと、その人物はメリュジーヌの顔を確認し凛とした笑みを浮かべた。

 

「ああ、その顔。やっぱり君で間違いないみたいだね、この1年ずっと接触する機会を狙ってた甲斐があったよ」

 

凛とした雰囲気に清涼なる美声で話し始めるその人物―――否、その妖精はノクナレアに取っては見慣れた顔だが、メリュジーヌからすれば驚愕を隠しきれない容姿をしていたのだ。

 

(…これまで本や写真とかで存在(かお)は既に知っている。この舞踏会に関しても各地から権力者が集まるという関係上、馳せ参じる可能性も高いとは予想していた。けれど、こんな―――)

 

「ふふっ、その表情。まさかここまで顔も声も瓜二つとは予想してなかったかい?奇遇だね、こう見えて僕もそう思っているよ」

 

自身の発するそれと全く遜色のない声色で“自分も驚いている”と言う彼女の顔は、薄紫色の髪と琥珀色の瞳を除けば鏡合わせの域で何から何まで自身と変わらぬ(かたち)をしている。

 

「……驚くのは結構だけどまずは自己紹介したら?見ての通りこの子、平静そうに見えるけど言葉を失っているわよ」

 

「おっと、それはそうだね。では軽く名乗らせてもらうよ」

 

己の写し鏡が如きその存在は、ノクナレアの注意を受けて己と同じ声でその名を告げる。

 

 

 

 

「僕はランスロット。女王モルガン直属の配下である妖精騎士の一角にして、キミと“かなり近い属性”の『右腕』さ。汎人類史のメリュジーヌ?」

 

 

 

 

二つの異なる世界の竜の妖精。その出会いは、汎人類史の方からすれば想定だにしないほどあまりに突然すぎる遭遇(エンカウント)であった。

 

 

 

 

 

 

 

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