Fate/Viridian of Vampire 作:一般フェアリー
ルーアンの家からひっそりとお暇したあの夜の後、翌日に休暇期間を終えたユーウェインは本格的なトレーニングと妖精騎士としての職務を再開。
以降は特に大事が起こる事もなく一月が経過し、再びウッドワスか3日間ほどの休暇期間を賜った。
「…よし。本日の最低ノルマは達成したし、今日もあそこのお世話になろうかな」
そう言うと彼女はウッドワスのレストランへと向かい、そこでいつもの様にベルを鳴らして“彼女”を呼びつける。
「はーい!ご注文は如何なさ…あ、今日も来たのね」
「ええ。そういう訳で今日も“いつもの奴”を頼まれてちょうだい」
「はい、承りました。すぐに用意しますので今しばらくお待ちくださいね」
手慣れた対応でやり取りを終えると彼女は厨房の方へと駆け寄り、迅速に注文内容を伝える。
彼女――――――ルーアンがここに入ってからユーウェインは積極的に店へ赴き始め、今やほぼ毎日顔を出してくる常連と化す様になる。
初めはまだ幾らか不慣れな部分もあったが元々グロスターでの同じ職に就いていた経験もあり、今ではその時を懐かしめるくらいには普通のウェイターとして振る舞える様に至った。
「お待たせ致しました。チェリーパイにウェールズ産のブドウを使用した赤ワインにございます」
「ん、どうもありがとう。いやあやっぱり体を動かした後の食事はこれよね~」
しばらくして戻ってきたルーアンが注文の品を机に置く。
甘いものが好きなユーウェインに取って、ワインを嗜みながら頂くチェリーパイは格別だ。
「…いつも思うのだけど、それってそんなに美味しいの?」
「はむ、ん…ええ、そりゃ勿論。でなけりゃこんなに毎度毎度頼まないわよ。…っとそうだ。ねぇ、今日は仕事の後は暇かしら?」
品のある所作でパイを口に入れながら、唐突にユーウェインはルーアンに仕事の退勤時間を聞き出す。
「ええ、今日は5時までだし暇っちゃ暇だけど、どうかしたの?」
「いえね、それなら後でココにきてほしいのよ」
そう言って懐から町の地図を取り出したユーウェインが指し示した位置は、自身が時折通っている図書館であった。
「図書館…?別にいいけど、何か話したい事でもあるワケ?」
「ええ、ちょっとね」
何やら話がある様だが、図書館に誘い込んで話したい事とは何なのか?
今一つ解せないが、何にせよ図書館に行けば解る事だろうし、取り敢えずここは彼女の誘いに乗ってみよう。
「―――おい、いつまでそこで突っ立ってる!常連相手だからって長話すんな!」
「いっ!?も、申し訳ありませんすぐに動きます!―――という事で悪いけどまた後で…!」
「いや、こっちこそ長く留まらせて悪かったわ。じゃ後程ね」
と、そこまで思考を回したところで奥から飛んできた怒号がルーアンに襲い掛かる。
若干慌てながらも冷静に客達の対応し始める彼女を見送った後、ユーウェインはさっさと食事と会計を済ませて待ち合わせ場所の図書館へ移動する。
先に中へ入り、出入り口付近の席に座って時間を潰しているとルーアンが入ってくるのが見えた。
ほどなくして向こうもこちらの存在に気づくと音を発てない様に駆け寄り、向かい合わせに席に着く。
「待たせたわね。で、話したい事ってのは?」
「いえね、別にそんなに大した事じゃないんだけど………本を書こうと思っているの」
「本?」
ユーウェインの口から出たその話とは、オリジナルの本を執筆したいとの事であった。
聞くところによると彼女はこれまで様々な分野の本を読んできたが、自分が本を書いた事はただの一度も無いらしい。そしてそれを自覚した途端に自分も読者の目を引く様な本を書いてみたいという創作意欲が沸々と沸き出てきた模様。
そこで一月毎に与えられるこの休暇期間を利用して、自身の外の世界とこの
「それにほら、
「まぁ、それは確かにそうかもしれないわね。現に私もアンタの話はずっと聞いてられるくらいには面白くて興味深いと思っているし」
思えば初めてユーウェインから外の世界の話を聞いたあの夜は実に心地良い気分だった。
ただ実を言うと途中から記憶が飛んでいるので恐らく酒に酔って寝落ちしたのだろうが、それでも根強く印象と記憶に残る程度には彼女の話は聞いていて飽きなかった。
「…それで、その本を書いて出したいという話がどう私に関わってくるんです?わざわざ呼びつけてまで話したって事はそう言う意味でしょう?」
「ま、流石に察するわよね。ではこのまま打ち明けさせてもらうけど、私が貴方にこの話をした理由はただ一つ」
彼女はルーアンの顔色を伺いながら、静かにその目的を口に出す。
「ズバリ――――――ルーアン、貴方には私の執筆活動の手伝いをしてもらいたいのよ」
「……はぁ。執筆活動の手伝い、ですか」
薄々ながら予想は付いていたが、何故自分にそれを頼むのか?ルーアンの頭に疑問が浮かぶ。
彼女は生まれてこの方本を書いた事は勿論、読んだ事さえ殆ど無い。
田舎に居た頃は寝る前や暇な時に少し手をつけていた程度であり、グロスターでも仕事が忙しい事に加えて読書以外に時間を潰せる娯楽が幾らでもあったので、そもそも本を読むという行為に耽る事自体が無かったのだ。
故に本の制作の手伝いを頼まれたところでやれる事などほぼ何もなく、はっきり言って自分にそれをお願いするのは見当違いだとルーアンは思った。
「疑問に思う顔をしてるわね。まぁ確かにいきなりこんな事言われてもすぐにハイとは頷けないよね。でも当然ながらこれには訳があるの」
無論ユーウェインはその反応を読んでおり、彼女の協力を促すべくその理由を説明する。
「私が貴方を誘う理由は二つあって、一つは貴方以外の私と親しい関係の者たち全員が本の制作に携われる様な環境に身を置いていない事」
ユーウェインと親しみのある関係者―――即ちウッドワスやランスロット、ホープらの事だが彼彼女たちは各々の立場や事情故に、とてもじゃないが執筆活動の手伝いをお願いできたものではないのだ。
例えばウッドワスは町の領主及び一氏族の長としての政治・統治活動に常日頃から追われており、ランスロットは妖精騎士の業務とオーロラの守護に努めている他、午前中は基本的に寝ているかダラけているのであまり当てにならない。
ホープたちは鏡の氏族に保護してもらっている身なのでその気になればユーウェインに協力できる余裕はある…のだが場所が場所なので地理的に物凄く遠く、態々足を運ぶというのもそれだけで時間が掛かってしまうので数日間程度の休暇期間においては悪手でしかない。
よってウェイターの仕事以外は基本的に暇であり、尚且つ場所的にも目の前と言っていいほど近い位置に家を構えているルーアンがお願いするのに一番都合が良かったのである。
「ふぅん…確かにその話なら条件が合っているのは私なんでしょうけど、他にももう1つあるのよね?」
「ええ、という事で二つ目の理由なのだけれど…これは私個人の感情というか拘りというか、そう言う類いになるわ」
「へぇ、つまりどういう意味かしら?」
二つ目の理由とやらが果たして何なのか、ルーアンは次の言葉を促す。
そしてユーウェインが口にしたその理由は、思いの外単純であり、しかし今までの話の流れを振り返れば容易に予想できたモノでもあった。
「ええ、つまりね。初めての本―――処女作は貴方と共同で創りたい、と思っているの」
「……!」
実のところ、ユーウェインが本を執筆したいという意欲に目覚めた時期はルーアンと出会うよりずっと前であり、舞踏会の件でモルガンから謹慎処分を食らう直前――即ちグロスターに二度目の訪問をしていた時である。
しかし先に説明した様に身の回りにいる者たちは揃って共同作業に気軽にかまけられるほど単純な立場ではなく、ユーウェイン自身も妖精騎士の職務やウッドワスとのトレーニングなどで本を創る余裕が無いので、一ヶ月毎の休暇期間を利用して夜中に彼是と試行錯誤しながら書くだけだった。
「そんな中、一ヶ月前にグロスターで貴方と出会い友達と言える関係になった。それから今に至るまでに私の初めての作品を貴方と一緒に作りたい!と思ったからこうして頼み込んでいるってコト」
「…私と一緒に作りたいから……」
既に何度か同じ事を耳にしてきているが、こう改めて『自分は彼女に取っても友達と認められている』という事実を自覚させられると酷く感慨深いモノを感じる。
「でも…本当に、私でいいの?これまでもちょくちょくアンタの話を聞いてきたけど、察するにアンタに取っての一番はホープって子なんでしょう?知り合ってまだ一月の私よりその子を選んだ方がアンタの処女作に相応しいんじゃないの?」
とはいえ自分と彼女はほんのつい最近お互いを認知しあった程度に変わりなく、ホープという者たちに比べればあまりに仲が浅い。にも関わらず何故自分を選んでくれるのか?
そんな風に怪訝に思うルーアンに対し、もう一押し必要と見たユーウェインは問いに返す形で更に説得を仕掛ける。
「確かに私に取っての一番はホープ、これはハッキリと言い切るわ。けれどさっき説明した様にホープたちは場所的に都合が悪いから頼もうにも頼めないの。それにね、今だからこそこう言えるけどこれは貴方にしか頼みたくないの」
「それは…どうして?」
「貴方が私の話を楽しそうに聞いてくれたから、そしてもっと聞きたいと興味を示してくれたから。ならそれを言葉だけでなく本という形あるモノにした方が、私が目の前に居なくても好きな時に見れるでしょう?」
ユーウェインとしてもルーアンが自身の話を気に入ってくれているのはとても喜ばしい事である。
しかし彼女は妖精騎士。如何にルーアンが気に入ろうと、その為に何時でも話す事は出来ない。
だからこそ口頭だけでなく、実際に本にして手元に置けば自身と会えない時でも好きなだけ閲覧して楽しめる様にしてしまえばいい。そう単純ながらも合理的な考えをユーウェインは彼女の心に響く様に語り掛ける。
「貴方は私と私の話に強い好感を持ち、私も貴方を大事な友達として認めている。なればこそ、これから紡ぐ最初の本は私たち二翅で創り上げるのが相応しい―――私はそう思っているわ」
例え本の書き方の知識や経験が無くとも構わない。共に本を創る事そのものに意味があるのであって、それらは創る最中で少しずつ学んでいけばいい。
「…とまぁ二つ目の理由は以上になるけど、どうかしら。勿論無理強いなんかしないし、好きに返答してくれて構わないわ」
「…………」
“私の初めての作品を貴方と一緒に作りたい”―――先ほどユーウェインから言われた言葉を思い出す。
ルーアンから見た彼女は初めて出来た友達だが、一方で彼女から見た自身は実際はどう思われているのかはわからず、それ故に出会ってからのここ一ヶ月間ずっと心の底では拭いきれない不安に駈られていた。
(でも―――何だろう。根拠はわからないけど嘘じゃないってはっきり理解できる)
だが今の話で彼女が言った事、そして彼女の態度と顔には何故か嘘や方便などではない心からの本音だと直感で悟った。
無論それまでの付き合いでもユーウェインが嘘を付いた事は無かったが、この時は例えるならそう―――まるで
であるならば、こちらが友達としてその本心に応えられる事は一つ。
ルーアンはそれ以上考えはせずに返答を言葉にする。
「わかった、アンタの提案を聞き入れるわ。一緒に本を創ってやろうじゃないの」
「いいね、感謝するわ。それじゃしばらくの間よろしく頼むわね」
そう言って徐に差し伸べたユーウェインの手を、静かに反対の手でルーアンは握る。
かくして話は承諾の形で終わり、本の創作にあたって全くの初心者である二翅による共同作業が今に始まった。
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それから三日間、ユーウェインはルーアンの家にて住み込みで執筆活動を続けていた。
「……んー、ここの表現はちょっと違和感があるくない?」
「あ、やっぱり?いやぁ自分でも書いてて何かおかしいなとは思ってたのよ。あ、それとこの部分も見てもらいたいんだけど………」
この様に間違っていたり不適切に思われる部分をルーアンに指摘してもらいながら正しているのだが、如何せん初めてな事もあって思うように進まず、まだ5枚程度しか原稿が出来上がっていない始末である。
「はぁー、大方わかっちゃいたけど難しいわね。小説って形式がそれに拍車を掛けてる気がしてならないわ」
「じゃあ何でわざわざこの形で書こうと思ったのよ…。他にもやりようはあったんじゃない?」
ルーアンの突っ込み通り、題材が
「いや、難しかろうが他のやり方があろうが関係ない。私は今のまま完成まで続けるわ」
しかしユーウェインは小説として書く事を止める、変えるつもりは全く無かった。
「何で小説として書くのか。それは単に私が『小説』という本のジャンルが好きだからってのと、私が居た外の世界における妖精たちはそうした小説や伝承・民話の中で存在を語られているからなの」
妖精が霊長の頂点に立っているこの世界の住民には想像し難いだろうが、汎人類史の妖精は現在はその殆どが人類の支配する地表から姿を消し、星の内海と呼ばれる空間領域に身を移している。
それ故に今や妖精の実在を知っているのは魔術師等の一部の人間たちのみであり、一般世間からすればユーウェインの言った様に伝承や童話と言った文献の中での空想的存在というイメージでしかないのだ。
「無論私も…正確には私の種族もその世界では吸血妖精として語られているんだけど、要するにそういう“文献にして記録を残す”という行為に倣って私の話も劇場型の小説にしようと思ったってコト」
更に言えばこの世界の時代背景はテレビなどの近代的な電子機器は全くない、ほぼ完全な中世そのものだ。
その中でそうした劇場型の小説を出せば、それこそユーウェインの目論見通り自然と多くの目に留まり、そして知られてゆくだろう。
「なるほどねぇ…あ、それなら絵本という手段も良かったんじゃない?視覚的な表現が分かりやすくなるだろうし。まぁちょっと子供向けってイメージがあるけど…」
「いや、絵本だと文に加えて文字通り絵も描かなきゃいけないからコストが掛かるでしょ?それに絵での表現なら挿絵として入れれば問題無いし、従って現状を変える必要は無いわ」
「挿絵を入れれば問題無いって…言っとくけど私は絵なんて無理よ?」
「ああ大丈夫、それも私が描けば済む事だから問題無いわよ。で、話を戻すけどここの表現ってさ………」
その後も原稿用紙と睨み合いを続け、悪戦苦闘しながらも何とか15枚程度のところまで漕ぎ着けた二翅は一旦休憩を取る事にした。
「うぅ~~ん……何回でも言うけどさ、難しくない?三日も掛かってたった15ページとか想定外なんだけど…??」
「まぁ初めてなんだし当たり前っちゃ当たり前でしょ。寧ろ今日だけで10ページも進んだのは頑張れた方と思うわよ?はい、これアンタの分ね」
思っていたより中々進まない事に愚痴を垂れるユーウェインをフォローしながら手作りの夜食を置く。
「文字数やら表現の描写を浅くしたりとか色々と妥協した結果、だけどね。…改めて思うけど小説書いてる人の凄さがよくわかるわ」
そもそもの話、小説というのは本来ならば一人で書くものであって、彼女らの様に自身以外の他者と話し合いながら創るなどというのは基本的にしない。
最終的に書き上げたものを実際に出版するにあたって編集者と少し相談するだけで、文の構成等は全て自分自身の頭で紡ぐのが当たり前なのである。
「はむっ……けどアンタだって文脈とかの良し悪しを私と話し合ってるだけで物語の内容とか構想は全部自分で書いてるじゃん。絵も随分と巧かったし」
「ま、確かにそれはそうではあるけどね。あと絵の評価ありがとう」
出来を褒められて笑みを浮かべる。外の世界では趣味の一環で描く事も多かったので、それを繰り返す内に画力が自然と上達していったのだ。
「あ、そうだ。話は変わるけど久方ぶりにまたアンタの話を聞きたいわ。例えばどんな生活を送ってたのかとか!」
「あむっ……つまり生活事情って事よね?なら少しショッキングな要素も含めるけど、いいかしら?」
「え…いや、まぁそれでも構わないわ」
「ん、わかったわ。じゃあまずは…………」
それからユーウェインは語り部の気分でルーアンに閑談し続け、やがて就寝時間を迎えるとベッドに身を預ける。
「じゃおやすみー」
「お休みなさい。明日もよろしく頼むわね」
「あい」
翌日。ルーアンが仕事の日なので夕方までユーウェインのみで作業する事になったが、直前の三日間でそこそこの慣れが生じていた分、思いの外作業が捗りユーウェインはそこで自身の成長を自覚する。
更にその翌日。この日はルーアンは休みだったので一緒に作業に取り入ったのだが、ユーウェインの文の構成力がかなり上達した事で会話する頻度が制作初日と比べてかなり少なくなり、結果として黙々と作業し原稿用紙の厚みを増やしていく彼女を眺める時間の方が多かった。
そしてその日の夜、彼女らは居間にてお互いの今後の予定などを確認し合い、その後はユーウェインがウッドワスの所へ帰宅する時間まで適当に雑談に耽っていた。
「…で、魔女が鍋に入ったタイミングを見計らったグレーテルはかんぬきを掛けて、そのまま焼き殺す形で何とか魔女との決着が着いたの」
「うへぇ、相手も子供を散々食ってきた化け物とはいえ結構エグい葬り方をするわね…。それでヘンゼルはどうなったの?」
「勿論彼女はその後グレーテルに助けられ、その場から立ち去るついでに魔女が溜め込んでいた財宝を一緒に持ち帰ったの。そしてその財宝を元手に父と兄妹は裕福になり、幸せに暮らしましたとさ…というオチよ」
「ホッ、良かった…ちゃんと助かったのね。物語的にも明るい結末になってくれて安心したわ」
今し方ユーウェインが話したヘンゼルとグレーテルの顛末を聞き、少なくとも胸糞悪い閉幕ではなかった事にルーアンは安堵する。
その一方で物語のある部分を思い出し、ほんの少し悲しい気持ちにもなった。
「だけど…それまで魔女に食われてきた
もっと言えば食われた子たちの家族はともすれば犠牲者当人よりもやるせなく、口惜しい気持ちに沈んでいるだろう。
無論、物語のその後でグレーテル兄妹と父によって『貴方たちの子を殺した魔女はもういない』と口伝されて慰められたかもしれないが、物語には描かれていない以上は取るに足らない想像の域を出ない。
「……そう、貴方の言う通り
「…?どういうこと?」
「つまりね、端的に言うと彼彼女らは“脇役”にすらなれなかったってコト。子も家族も等しく、ね」
物語というモノは主人公だけでは成立しない。その主人公を際立たせる為の脇役が必ず必要であり、この場合における脇役とは即ちグレーテル兄妹の父母である。
では魔女の贄となった子供たちとその家族はどうか?物語においてどの様な役割を持つのか?
結論から言えば彼らは“ただの背景”だ。劇中における敵役の魔女を恐ろしい怪物として読者に印象付ける為のバックボーンとして用意されただけの、刹那の内に人知れず物語から退場していく――――――そんな脇役でさえない
子供たちの時点でそれなのだから、そもそも言及さえされてない家族たちは背景でも何でもない、物語の裏で人知れず涙を啜っている
そしてユーウェイン―――バーヴァン・シーは、そんな物語に出ておきながら登場人物の枠に入るとは言えない扱いに対して、あまり良くない印象を抱いていた。
「物語の人物というのはそれがどんな者であれ物語の魅力を作り、活かすのに何かしらの意味がある。それが背景であったとしても。しかしこの場合はどうか?特に何かするでもされるでもなく、まるで即興で考えた設定に取って付けたかの様な感じで物語から即退場させられている」
「……………」
「
ユーウェインはこの世に生まれて初めて本というモノに触れ、何冊も読み続ける中で『登場人物を尊重する』という価値観が形成された。
主人公であれ脇役であれ背景であれ、物語に登場する以上は必ず何か一つでも確かな意味を持ち、それが全うされる事で初めて
それだけではなく物語としても価値や深みが増す故に、登場人物及び物語そのものにもリスペクトの気持ちが沸いてくる。
故にこそ魔女に食われた子供たちの様な役割らしい役割もなく、即座にフェードアウトしていく人物がいる物語に対しては“一部の人物を半ば物扱いしている”とユーウェインは否定的に思ってしまうのである。
「仮に私がそういう一瞬の内に消えていく人物だとしたら恐ろしくて発狂してしまうでしょうね。だって物語の舞台から降りるって事は解釈次第じゃその世界から消えてしまうとも取れるじゃない?」
しかも役割も意味も特にこれと言って無かった場合は尚更狂いかねない。
仮にほんの一時でもちゃんとした
「以上の事から、私は少なくともそう言う雑に出されて雑に降ろされる役は心底ごめんだけど……さて貴方はコレについてどう考えるかしら?」
「……そうね、私は…」
自分がもし物語の登場人物で、しかしながら一瞬、そうでなくても短い出番で終わってしまう役だとしたらどう思うか―――しばし考えたルーアンは、やがてその答えを告げる。
「……正直に言えば、私もそういう役は嫌よ。というより誰だって一瞬で降ろされるのは好きではないでしょうね」
だけど、と付け加えてその続きを言葉にする。
「なってしまったらなってしまったで、もうそういう運命だったんだって。私ならそう割り切りますかね」
そう言う彼女の顔は笑ってはいるものの、どこか残念そうな、悲しそうな雰囲気だった。
「一瞬で終わるとしても、役としての使命さえマトモに与えられずに消えるとしても、何か一つでも存在した意味を遺せていれば私はそれでいいわ」
「……その意味でさえ、マトモに遺せていなかったとしても?」
「ええ、マトモに遺せなくてもどんな形であれ誰か一人でもその意味が伝わっていれば十分よ」
ルーアンは思った。魔女に食われた子供たちはバックボーン以上の役割を持たない背景そのものだとユーウェインは言ったが、果たして本当にそうだろうか。
仮に『犠牲になった子供たち』という背景が存在していければどうなっていたか?
魔女が『森にいる人喰いを繰り返してきた恐ろしい怪物』として読者の頭により強く残る事も無ければ、グレーテルに都合よく神の声による助言が掛けられずに最初の、或いはまた一人といった感じで食われていたかもしれない。
解釈の次第によって無限に広がる可能性があるからこそ、一瞬だろうと物語に登場した時点で意味あるものと捉える事だって出来るんじゃないか。
彼女が自分なりに考えて辿り着いている価値観は、少なくとも今のところはこうだった。
「…こう言っちゃあなんだけど、それは最早こじつけに近いんじゃないかしら?」
「あら、それを言うならアンタの言う『雑に出されて雑に降ろされる役は嫌』って考えだってこじつけに近いんじゃない?」
「むっ……」
彼女に鋭く突っ込まれたユーウェインは思わず押し黙る。
確かにそれはそうなのだが、それはそれとして自身の価値観を否定された気がして少し釈然としなかった。
が、下手に反論しても自分の格を下げるだけなのでここは素直に非を認める。
「…まぁ確かに言われてみればそうよね。偉そうに上からモノ言って悪かったわ」
「いや、私もちょっと意地悪な返ししてごめんなさいね。…てあら、もう時間みたいよ」
言われて時計の方を見やると、もう予定時間の5分前だった。
「ん、結構切りが良いタイミングね。じゃあ私はここらでお暇させてもらうわ。泊めてくれてありがとう」
「いやぁ、友達からのお願いを飲んだだけだし礼を言う必要はないわよ。いつでも来てくれて構わないわ」
「フフ、ならまた一月後に来らせてもらうわね」
そして玄関までルーアンに見送ってもらい、ユーウェインはウッドワスの下へ帰宅した。
(本の完成、楽しみだけど…出来たら一番に私に見せてよね。ユーウェイン卿)
徐々に小さくなっていくユーウェインの背中を見送りながら、密かにそう思うルーアンであった。
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地の下に、ヘドロの様に蠢く何かがいる。
蠢く何かは黒い影。この國、この世界を蝕む悪性そのもの。
影は一つ、また一つと蛆の如く数を増やす。否、影たちの性質を鑑みれば蛆と比喩する事さえ蛆に対して礼を欠く愚行だろう。
影たちには決まったところに向かう・狙うなどと言った意思や知能は無い。何故なら影たちは常に衝動に駆られており、蝕もうとしているのはこの大地そのものなのだから。
しかし。この影たちは本来なら
理由は単純。この國に紛れ込んだ“余計な異物”の気配を疎ましく感じた
即ちイレギュラーな切っ掛けがイレギュラーな現象を引き起こす事に繋がってしまったのである。
…とは言うものの、それがいる町にはかつて己が分身を殲滅せしめた忌々しい牙の王が鎮座している。故に一方向でなく、北の町にも向かわせる事で
そして今も数を増やし続ける影たちは、阻むものさえ無ければ竜の意思のままに進み行き塗り潰すだろう。妖精も、人も、獣も、町も、國も、島も、その全てを等しく。
『■■■■■…■■■■■■……■■■■…■■■………』
黒くおぞましい波が地上に顕現するまで、あと――――――。