Fate/Viridian of Vampire 作:一般フェアリー
「…収まったかしら?」
「…はい」
あれから一頻り泣いた後、目元が赤くなった少女をバーヴァン・シーがモースの攻撃で折れた倒木に座らせて宥めていた。言うまでもないが汚染箇所は周りの神秘の力を使い既に浄化済みである。
因みに少女の泣き声に誘われたのか、魔獣が何匹か寄ってきたもののモースに比べれば大したことはないのでバーヴァン・シーの手で割とあっさり撃退された。
「さて、さっき貴方に言いつけた例の約束だけど…しっかりと結べる?ちゃんと自分を大切にできる?」
「…はい。あなたは、ついさっき会ったばかりの見ず知らずの私に対して心から感謝してくれた。私のこれまでを、思いを、静かに聞いてくれた上で優しく諭して、受け入れてくれた。なら、私がそれに応えないわけにはいかない――ううん、応えたいです」
バーヴァン・シーからすれば少女は命の恩人。しかし少女からしてみれば彼女はそれ以上であり、自分の醜い心の負の思いを晴らしてくれた――言うなれば『救世主』に近い認識だった。
自分という存在を認めてくれた彼女の思いやりに対して全力で応えたい、一緒についていきたい。
――故にこそ少女の答えは、既に決まりきっていた。
「約束します。もう自分を下げず、嫌いにならず、素直になって大切にすることを。そして…あなたと共にいたいです」
「フフッ、決まりね。いいでしょう、貴方のその力強い宣言を認め、今より私の側にいることを許します―――ということで、ちょうどいい機会だし自己紹介をするわ」
「私はバーヴァン・シー、ただのしがない妖精よ。これからよろしくね!」
「…!――はい!私の方こそ、名前を教えてあげられないのが悔しいですが、よろしくお願いします!バーヴァン・シーさん!」
心身共に内から
そう思い、にこやかな笑みを浮かべた少女の顔には――最早一片の曇りも無い晴々しさがあった。
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「ふーん…貴方みたいに記憶が無くなった影響で元の役割も名前も失った妖精は『価値なきモノ』として蔑まれる、と?」
「はい。そして私たちが今向かっている村もそういう名前を忘れた、或いは別の理由で行き場を失くした妖精たちが集まってくる場所…通称“おしまいの村”コーンウォールです」
約束の件が済んだあと、バーヴァン・シーは当初の目的であった情報収集を開始。まずは少女に何処から来たのかと質問し、それに少女が答える形で二人は少女が現在住んでいる村――コーンウォールへと移動していた。
「その村は土地の位置関係で恐ろしい女王陛下も近づけない小さな集落で、周囲には『名無しの森』から流れてくる薄い霧が立ち込めています」
「なるほど…。ところで今の説明で二つ質問が出来たけど、まず『名無しの森』というのは何かしら?」
「名無しの森はこの大陸で一番と言っていいくらいの危険地帯で、その地は常に深い霧に包まれています。既に影響を受けてからある程度慣れているならともかく、まだ経験していない者が入ると時間経過で徐々に自分に関する記憶が欠け落ちていき、最終的には綺麗さっぱりと
「それは…ということは貴方の名前と役割の喪失はつまり…」
「はい…私がこうなったのはその名無しの森に入った事がきっかけなんです」
名無しの森を危険足らしめる要素は少女が説明した様に何と言っても『自己の喪失性』である。これは今から約170年前にコーンウォールの元々の領主が妖精騎士という妖精國屈指の精鋭に抹殺され、その時の呪いが忘却の霧として現れた事が発端だった。人間・妖精関係なく作用し、特に“名前”が己の役割―――即ち存在意義に関わってくる妖精にとってはモースの呪い並みに危険な性質と言える。
実際そうして記憶を失った一部の妖精たちの成れの果てと思われるモースが少数の群れで徘徊していたりするので、その点もその森の危険度に拍車を掛けている。
「そうだったの…ん?あれ、でもさっきの貴方の説明だと村周辺にもそこから流れてくる霧が薄いとはいえ漂っているのよね?ということは私も危なくないかしら?」
「それに関してはあまり長居をしなければ大丈夫です。村周辺の霧はさっきも言った様にだいぶ薄いので作用しにくく、せいぜいが時折ド忘れを起こしたり覚えが曖昧になったりという程度ですね」
「ふーん、まあ村在住の貴方がそういうのであればそれなりに大丈夫でしょうけど…」
村に入ったらまず自分の名前を書き記すための筆と紙を手に入れてもしもに備えておきましょう、とバーヴァン・シーは念を入れて考えた。
「じゃあ二つ目の質問だけど、『女王陛下』とは何なの?」
何てことはない、ただ流れで言っただけの質問。
――――しかしこの質問が切っ掛けで、自分が置かれている状況の異常さを思い知る事になるとは彼女は思ってもいなかった。
「…?えっと、バーヴァン・シーさんは女王陛下を知らないんですか??」
それを聞いた少女が、困惑した表情で逆にバーヴァン・シーに問う。
「ええ、恥ずかしながら。実は私、こことは違う遠い遠い別の大陸から来たの。だから言ってしまえばここの土地勘も常識も何も知らなくてね」
これに彼女は“ここじゃない別大陸から来た”と返す。
嘘は言っていない。実際この時の彼女のこの地に対する認識は“
だがその返答に少女は信じられないといった様子で、これまた信じられない発言をする。
「遠いところ…?このブリテンの地以外のところから?」
「そうそう、このブリテンの外から――――――は…?」
その言葉にバーヴァン・シーは耳を疑った。
“ブリテン”――――“ブリテン”だと?今この少女は、自分にとって得体の知れないこの土地を自分の元いた故郷である“ブリテン”だと口にしたのか?
「んっとー…ごめんなさい、よく聞こえなかったからもう一回この地の名前を言ってくれる?」
「え…いや、ですから“ブリテンの地”と…」
「…………」
言った。はっきりと発音した。今この子は当たり前の様に―――否、当たり前同然の感覚でこの地をブリテンと呼称した。
(え、え、どういう事?私の知る限りあの怪物…道すがら聞いたけどモースと言ったわね。あんなのブリテンの何処にも存在しない。最初に見たあの光の壁もそう。でもこの子曰くここはブリテンらしい。なぜ?)
…そういえば先ほど聞いたコーンウォールの村。よくよく考えればコーンウォールというのは島の中心から南西端にある海沿いの州であってこんな深い森の中にある小規模の村なんかじゃなかったハズだ。
(何か、何かがおかしい。なぜ、どうして私の知ってるブリテンには無いものがあるのに、この子はここをブリテンと言う? それだけじゃなくその“ブリテン”といい“コーンウォール”といい『なぜか共通している単語』が存在している?)
そこまで考えた時、ふと先ほど自分がした『二つ目の質問』を思い返し――――彼女の心に悪感が走った。
「……ねぇ、話を少し戻しましょうか。先ほど私が問いかけた女王陛下…それって誰の事?」
まさか、と彼女は思った。だからこそ他の疑問よりも真っ先に確認をするべきと判断した。
ブリテン。共通する単語。女王。“恐ろしい”と形容されている。そして女王と言われているということは即ち『王位についている』ことを意味していると思われる。
これらの情報を繋ぎ合わせて予想される人物などバーヴァン・シーの知る限りでは最早一人しか該当しなかった。
(いや、まさか、あり得るはずがない!けど…それならこの子の言ってる事に辻褄が合う。合ってしまう…!)
それは自分と同じく、しかし自分以上に男を誘い手玉に取ることに長け、数々の人間を堕として弄んだ淫婦。
彼の白き魔竜ヴォーティガーンと同じくブリテン島の悪しき魔力をその身に秘めており、自らが手にする筈だった王位を横から奪い取ったアーサー王を恨み、妬み、嫌い、あらゆる手段を用いて円卓を崩壊に導いた毒婦。
ブリテンの物語、アーサー王伝説を語る上で外すことの出来ない悪役。
「は、はい…あの、一応ここ『妖精國』ブリテンにおいてはみんなが恐れる冬の女王として常識になっていますので、これから覚えておいてくださいね。その人は――
――――名前をモルガン。このブリテン全土を支配する女王陛下です」
モルガン・ル・フェ。最凶の卑王ヴォーティガーンと双璧を成す最恐の魔女である。
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「着きました。ここがおしまいの村――――コーンウォールです」
「……ここが…」
凹凸の目立つ丘陵の地形で所々に家が立っている。その中で行き交っているのは筋骨隆々の狼の様な獣人、ずんぐりとして立派な髭の生えた背の小さい老人、尖った耳の如何にも理知的な雰囲気を放っている金髪の男、その他神秘を有している人ならざる住人たち。
少女の説明の通り様々な妖精が此処彼処にいる――なるほど、ここがコーンウォールか。
(…まあ、それはそれとして…)
もるがん、もるがん、モルガン。頭の中で未だに反芻されるその忌み名にバーヴァン・シーは驚愕を通り越して頭痛さえ覚えていた。
(モルガン…あのモルガンだと!?いやいや意味がわからないわ!アーサー王は!?どうしたの!?何であの魔女が王位についているの!?え…えぇえ!!?)
あまりにも激しすぎる常識の相違差と異常性。自分で情報収集しておいてアレだが理解が追いつかず、その困惑ゆえに彼女は無意識に下唇を甘噛みしていた。
(なんで、本当になんでそうなった!?アレが、あんなのが女王に座位してるですって!?冗談じゃないわよっ!!)
ここに来てバーヴァン・シーは自分がどれだけおかしいところへ迷い込んでしまったかを改めて自覚しはじめる。彼女も自由な妖精である以上、噂話を聞くのは割と好きなので彼の魔女の悪評っぷりはよく知っていた。
そして、ここはそんな悪評ばかりの魔女があろうことか女王として『妖精國』とか言う国の名で支配しているらしいではないか。
(あーあー落ち着け。頭痛いけど取り敢えず落ち着け私。とにかくモルガンの事はまた後で考えるとして今はこの村で情報収集よ。現状ではまだ不確定な要素が多すぎるしね)
一先ずはコーンウォールで情報収集に徹すると判断。若干混乱している今の彼女に取って、ここは複雑に積み重なったピースを繋ぎ合わせられるかもしれない貴重な情報の宝庫だった。
「…えっと、バーヴァン・シーさん?大丈夫でしょうか?さっきから険しい顔でいますけど…」
「…えぇ、心配かけてごめんなさいね。これまで貴方から聞いた情報をちょっと纏めていただけよ。――さ、行きましょうか」
「! ――はい、案内致しますね」
そして少女の案内の下、村の入り口付近まで移動して――少女が叫んだ。
「あ、あの、みなさんすいません!新しい仲間の方をつ、連れてきました!ば、バーヴァン・シーさんです!」
その声にざわつきだす妖精たち。始め少女に視線が集まり、その直後に彼女へと向けられる。善悪の概念が身に付いてない子どもが初めて不思議なモノを見る様な、そんな目だった。
――なんだ、なんだ、あの妖精は?
――すこしすそのあたりがよごれているけど、とてもキレイなドレスだ!
――かみもちょっとあれているけど、こんなところだしどこかでたおれていたのかも?それにしたってキレイなあかいまきげだね!
――バーバンシーってなまえ?なんだろう、どこかできいたきがするけど…おもいだせないからべつにいいや!
各々が自分に対する初見の印象を言ってくる。そして人集りならぬ妖精集りはすぐに村中の規模になった。すると人混みの中から一人の妖精が出てきた。
「やあやあ初めまして!そこの子の声で聞こえたけどバーヴァン・シーくんといったかい?私はハロバロミア!誰もが羨む風の氏族の妖精さ!」
ハロバロミアと名乗った男は、よく見るとこの村を眺めていた時に目に写った理知的な雰囲気を持つ妖精だった。
「ほう、仲間と今度の土木計画について話してたらそいつのうるさい声が響いて来やがったから、何事かと思いきや…こらあまた随分な別嬪さんじゃねぇか!」
今度は背の低い老人が現れた。灰色のもじゃ髭といい、如何にもドワーフといった風貌だ。
「おっと自己紹介が遅れたな!オレはオンファム、この村の建築担当の土の氏族のまとめ役をしておる。よろしくな!」
一見、気さくで優しそうな初老の妖精と言った感じだが、隣に立っている少女のこれまでの経緯を考えると一概に気を許すわけにはいかないなとバーヴァン・シーは思った。
「おいおい、狩りを終えて村に戻ってみりゃなんだこんな集りに集って…あ?なんだお前?」
もう一翅出てきた。先ほど見渡している時には見かけなかった、少し暗めのベージュ色の体毛で緑色の瞳を持つ狼の獣人だった。後に続く形で獣人が二人出てきた。十中八九彼の部下か連れの者だろう。
「おやドーガ。紹介します、彼女はバーヴァン・シー。そこの子が連れてきたこの村の新しい仲間ですよ」
「なに?名無しのそいつが?…ふーん、おいお前」
ドーガと呼ばれた獣人がバーヴァン・シーに歩み寄ってくる。それに対し少し不安に駆られる少女、顔にこそ出さないが静かに警戒するバーヴァン・シー。そして―――
「よう!初めましてだな!オレの名はドーガ、この村の牙の氏族のリーダー格だ!バーヴァンシーと言ったか?これからよろしくなっ!ははは!!」
ものすごくフレンドリーに自己紹介をされた。その友好的な対応に少女は安堵し、方や意外にも敵意・害意ともにゼロだったことに少し呆気に取られたバーヴァン・シーだったが、すぐに切り替えて自己紹介の挨拶をした。
「ふむ、では新しい仲間が増えた記念に今日の宴はいつもより豪勢なものにしましょう!ささ、皆さん今夜に向けて今の内に準備を始めますよ!」
ハロバロミアがそう言うと妖精たちが各々作業に移りはじめる。どうやら村全体に指示を出すまとめ役は彼が務めているらしい。
するとドーガが思い出したように少女に向けてこう言った。
「おい、ところでお前。村を出る前にオレは数人で狩りに出かけるから木の実を取ってこいって言ったよな。指定したモンはちゃんと取ってきたか?」
「――――あ…そ、それは…」
「…見た感じ何も取ってきてなさそうだが。…はぁ~…あのなぁ、どうしてこんなことも出来ないんだよお前はさ。そんなに難しいもんでもなかったハズだろ?」
「そうだぞ、この役立たずめ!」「オレたちが頑張っているのに怠けるな!」
「…す、すすいません…すいません…」
少女が弁明する間もなくドーガが不満をぶつける。気がつけばどさくさ紛れに連れの二人も野次を飛ばしていた。
「全く…後ろの奴らも言ってるが、そんなんだからお前は『役立たず』だと言わ――――」
「ごめんなさい、ちょっとよろしくて?」
ドーガが少女を責めているとき、間に入り込んできた者が一人。バーヴァン・シーだった。
「あぁバーヴァンシー。すまねぇが見ての通り今はこいつと話をしてるんだ」
「ええ、目の前にいるわけだしそれはわかるわ。ただ、こうして割り込んだのはこの子の弁明をさせてほしいなと思ったからよ」
「なに?弁明だと?」
「そうとも。実はこの子と出会う直前、魔獣に襲われて戦っていたのだけれど一人じゃ無理だと悟って追われる羽目になっていたの。それで誰か手伝ってくれる都合の良い奴はいないかな~と思って探しているとこの子に出会ってね」
勿論、こんな話はその場で考えついたでっち上げである。
「そしてこの子に『貴方の持っているその実が好物の魔獣がこっちに来ている。一緒に戦って倒し、木の実を守ろう!』と言ってなんとか討伐したのだけれど、結局木の実は潰れるわ服は汚れるわ周りの木も倒れるわでそれはもう散々でしたの!」
わざとらしく、そして胡散臭く話を広げる。少女は言うまでもなく嘘だとわかっていたのであっけらかんとしていたが、ドーガは当事者でない上に割と生真面目な性格なので黙って聞いていた。
「ですので――どうかこの子をそんなに責めないでやってくれないかしら?今話した通り悪いのはこの子を巻き込んで利用した私。従ってこの子が責められる謂われなんて無いわよね?それに、ほら」
そう言って彼女はドーガにある物を差し出す。ドーガが確認するとそれは少女に指定した種類の木の実だった。
「このように。一つだけだけど木の実だってちゃんとあるわけだし、どうかこれを私からのお詫びとして受け取ってくれないかしら?」
正に完璧な…というには程遠いが、それでもドーガたちを上手いこと言いくるめるには十分な話術であった。
「…わかったよ。お前の言う通りこいつでこの件はもう終いにしてやる」
「え?ドーガ、いいのか?」「こんな会ったばかりの奴の話を信じるのか?」
「いいんだよ。こんなにも具体的に話してるんだ、なら事実なんだろうよ。それに一応、こうして詫びの品っつー形で誠意も見せてきたしな」
普段から好き勝手言う牙たちのリーダーとしてまとめ役をしているとだけあって彼は物分かりが非常に良く、引き際を弁えていた。
「行くぞ。…ああそれと名無し」
「は、はい…なな、なんでしょうか?」
「――今回はオレが悪かった。次からはなるべく確認する」
「……!!」
しかも謝罪までした。普段から腫れ物の様な感覚で扱っているであろう相手に対してもだ。
もしかしたら根はそこまで悪いというわけではないのかも、とバーヴァン・シーは思った。先ほどから“視ていた”が邪気を感じられないのもそれを後押しした。
「あ、あの、助けてくれて、ありがとうございます、バーヴァン・シーさん!」
「気にしなくていいわよ。命の恩人を助けるのは当たり前でしょう?」
「お、恩人…。い、いえ何でもないです!」
微笑みながらナチュラルに恩人と言ってくる彼女に少女は思わず顔を赤らめる。そんな少女を見て彼女は『隠せているつもりになってるのも可愛いなぁ』と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「と、ところでバーヴァン・シーさんはどうして木の実を持っていて、それがドーガさんが指定していたのと同じだったんですか?」
「ん、そうね。簡単に説明すると木の実は魔力で構築して、指定の種類がわかったのは『妖精眼』を使っていたからよ」
「よ、妖精眼…!?バーヴァン・シーさんは妖精眼を使えるんですか!?」
『妖精眼』――文字通り妖精のみが持っている独自のスキルであり、相手の心の内を見ることができ、
因みにバーヴァン・シーの場合その伝承から特に男性に対して高い効果を発揮するので、先ほどのドーガの連れ二人は彼女の視点だと近寄ることも躊躇するほどの穢わらしい色と本性が丸わかりだった。つまりバーヴァン・シーみたいに、これが使える妖精は言わば『究極の嘘発見器、或いはプライバシー侵害装置』となりえるである。
「私“は”妖精眼が使えるのかって…それはまるで私以外のここにいる妖精たちは貴方含めて皆使えないという風にも聞こえるんだげど?」
「はい…実はそうなんです。それどころかこのブリテンに息づくほぼ全ての妖精が使えません」
この村、否この世界のブリテンに住まう妖精の特徴として、汎人類史の妖精なら強弱あれど殆どが備えている妖精眼を悉く持ち得ていないのだ。歴史上で何らかの異変が起きたからなのか、或いは代を重ねる中で『必要なし』と本能が判断したのか――――明確な理由はわかっていない。
「例外は女王陛下や妖精騎士、各氏族の長といった極一部の上級妖精たちのみで、私たち下級妖精には私の知る限りでは例外はありません」
「へぇ~…そうなのね」
(妖精騎士だの各氏族の長だのこれまた色々と知らない単語が出てきたけど一旦それは置いておこうかしら。正直モルガンが王になっている事のインパクトが強すぎてあんまり他の事が頭に入ってこないからねぇ……)
そう考えた後、取り敢えず名前を忘れない為に適当な紙と筆を手に入れるべく行動し、書いた紙を事前に物々交換で手に入れた革袋の中に入れるバーヴァン・シーであった。
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それから夜を迎え、特にこれといった問題も起きずに無事に宴は終了した。後片付けを手伝う中で妖精たちが笑顔で声を掛けてくる。
「やあバーヴァン・シーくん!歓迎祝いの宴は楽しんでもらえたかな?もし気に入ってもらえたならまた明日にでも言ってくれたまえ!我々としても宴は大好きだからね!」
「ようバーヴァン・シー!ははっ後片付けにも精を出すたぁ、お前さん相当宴が気に入ってんな?ま、オレたちとしても宴は好きだけどな!じゃ、オレは先に寝るぜ!また明日な!そこのグズもバーヴァン・シーに迷惑かけねぇようにしろよ!」
「よっバーヴァンシー!今日の宴のお前を見て思ってたんだが、食いもんはともかく飲みもんは偉い上品さが感じられる飲みっぷりだったな!実はどっかの上級妖精だったりすんのかねぇ?ん、違うって?へへ、そいつぁ勘違いしてすまねぇな!――じゃ、明日も楽しくやろうぜ!……お前もな」
そして彼女が名無しの少女と後片付けに勤しんでいる中、妖精たちの愉快な歌声が響き渡っていた。
――バーヴァン・シー!バーヴァン・シー!新しい仲間のバーヴァン・シー!
――とってもキレイなみどりのドレス!まっかなまきげのながいかみ!
――どこかでみた気がしなくもないけど、ここの仲間であるからにはそんなことは関係ない!
――バーヴァン・シー!一日で村の皆の人気者になったキレイな妖精!ぜひまた明日も楽しんでね!
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「…………気味が悪いなぁ」
後片付けを終えた時、バーヴァン・シーはそう呟く。
それは一見、見ず知らずの自分を心から受け入れて盛大な歓迎会として宴を開いただけでなく、自分が望むなら明日も宴を開いて良いとまで言ってくれる、そんな寛大な思いやりに溢れた善良な村といった印象に写るだろう。
ただ、少し気になるのが――あまりに自分という他人に対して優し“すぎる”のだ。
そう、言うなれば――予め頭の中に入れられていた台詞と立ち振舞いをしてくる木偶人形を相手にしている様な、そんな不気味さがあった。
無論、妖精眼は村に足を踏み入れた瞬間から今に至るまで発動していた。
しかしこれがまた気味の悪いことに、宴までの時間はともかく、宴の間は
まるで、自分たちの奥底に潜む
「よし…これで終わりましたね」
「…ええ、そうね。ご苦労様」
故にこそ、彼女はこの村の善意の大半を信じることが出来ない。
ドーガ…あと可能性としてはハロバロミアも信用できる例外に入るだろうが、オンファムやドーガの連れ二人といった妖精は信用に値しない。ぶっちゃけて言ってしまうと彼女から見たオンファムは連れ二人の様な露骨なドス黒さこそ無かったが、ドーガやハロバロミアには感じ取れなかった『邪気』があった。
勿論その三人だけに限らず、村の半数以上が妖精眼による反応こそ薄いものの明確な邪気があった上に、一部は連れ二人の様なわかりやすい汚濁が浮き出ていた。
――何より、自分の目の前にいる一翅の妖精が受けてきたであろう悪意の歴史。その事実が、この村の善意が所詮仮初めのモノに過ぎないと強く、強く念を押していた。
「…さて、そろそろ私たちも寝ましょうか」
「はい。…そういえばバーヴァン・シーさん」
「何かしら?」
「その…今日の宴、何かご不満がありました?飲み物を口にする時以外はずっと笑顔を浮かべてなかったので…」
「…そうねぇ、一旦寝床に行ってから話しましょうか。ところで貴方の家はどこかしら?」
「すいません…私の家は、『価値の無い妖精』の家は建てられていないんです。私の寝床は、村の外れです」
「…ははっ本当に?…何よ、それ…」
ーーーーーー【村の外れ・少女の寝床】ーーーーーー
「…てことよ」
「っ…それは…さぞ辛かったでしょうね…」
事の顛末を聞かされ、彼女が味わったであろう不快感を想像して少女は顔をしかめる。
「あぁ、でも、昼間ドーガさんが私に対して謝罪をしたこと…あれは、少なくとも上辺だけの偽りじゃなかったんだ…良かった…」
その事実に思わず涙腺が緩む少女。普段から酷使され続けていただろうにそうして嬉しく思っているのは、恐らく心のどこかで彼を信じていたからなのかもしれない。
「あ。そういえば話は変わるけど、貴方の名前って名無しの森に入った際に忘れてしまったのよね?」
「はい、といってもあくまできっかけに過ぎませんけどね。妖精が自分の名前を失うのは何も森に入った場合だけじゃなく、孤独や焦燥、恨みや諦観などの鬱屈した感情を長年溜め込んでいると、いつの間にか自分がどんな名前で何を目的としていたかを忘れてしまっていることもあるのです」
負の思いを抱き続ける。妖精にとってそれは本来避けねばならない、あってはならない事態であり、『個の在り方を失う』または『悪い様に変質させる』という意味ではこのブリテン異聞帯のみならず汎人類史の妖精たちにとっても危険である。
「…妖精にとって名前とは役割を示し、ひいては存在意義に関わる。言い換えると命そのもの。そしてこの大陸、妖精國ブリテンだったかしら?ここでは名前を失った妖精は価値を見い出される事もなくただ蔑まれ、虐げられる」
――――ハッ、吐き気を催すほどくだらないわね。
「バーヴァン・シーさん…?」
「くだらない。名前を失ったのならまた新しい名前を、役割を授けたらいいのにそれもせず延々と悪意をぶつける。まるで獣、いやそれ以下の唾棄したくなる習性ね」
彼女は怒っていた。そしてそれ以上に嫌悪していた。
「それは、そうかもしれませんけど…」
彼女にとって妖精とは自由に振る舞い、楽しみ、しかしだからこそそれを続けられる様に同胞を、他者を支える為にあるべき存在だと定義している。
「いいえ、“かもしれない”じゃなくて“そう”なのよ」
だがここでは支えられるのは『
――あぁ、こういうところはまるで人間だな。
彼女はそう思い、そういう差別が一種の常識として蔓延っているこの
故に彼女は――目の前の少女に自分の中の“妖精らしさ”を見せる。
「つまりね。名前の無い、傷だらけの少女。貴方に――私が名前をつけていいかしら?」
「――え。えぇ!?」
それは、端から見ればある種の告白に近いものに感じられるだろう。
「勿論本気よ。ほら、たった今言ってたでしょう?名前を失くしたならまた新しい名前をつければいい、と」
「そ、そそんな!わ私のためなんかに名前をつけてくれるなんて…!」
「“なんか”じゃないわ。既に貴方は私にとって命の恩人。ならその恩人である貴方に私が今できる最高のお礼をしたいの。それとも――私が名前をつける、なんて言うのは烏滸がましかったかしら?」
「い、いえ。嬉しいんです、嬉しいんですけど…本当にいいんですか…?」
「はは、良くなかったらそもそも貴方とこうして一緒になんていやしてないわよ」
「そう、ですか…」
そして少女は少し深呼吸したあと、意を決して言った。
「わかりました。あなたのその『お礼』をありがたくもらいます。私に…名前をください」
瞳に、声に、迷いや不安は無かった。
「うん、感謝するわ。ではこれから貴方に授ける名前は、私の命を助けてくれた…つまり私の未来を繋いでくれた“希望の光”という意味を込めて――」
「――――『ホープ』。これが、この名前が、貴方に贈る私からの最高のお礼よ」
「…ホープ…ホープ、ホープ。―――ホープ!…あぁ、ありがとう、ありがとう、ありがとう……!」
自らに付けられたその名前を、どこか懐かしく思いながら反芻する。
それもそのはず、少女が過去を思い出すことは最早無いが、奇しくもその名は正しく嘗ての己が真名だったのだから。
少女――――ホープは、名を付けてくれた吸血鬼に包容し、本日何度目かの涙を流しながらも心よりの感謝を示す。
「全く泣くんじゃないわよ。…というのは流石に無粋か。それじゃあ、貴方が泣き疲れて寝るまで起きといてやるわね」
「うん…うん…ありがとう、ありがとう…」
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―――白く、白く輝く月の下。
―――二翅の妖精は一時の眠りに落ちる。
―――明日に、輝く希望があると信じて。