Fate/Viridian of Vampire 作:一般フェアリー
「ん"っん~~…ホープおはようー…」
「ふわぁ~~…おはようございます、バーヴァン・シーさん…」
朝のひばりの中で二翅の妖精――バーヴァン・シーとホープが、一方は背筋を伸ばし方や欠伸をしながら互いに挨拶を交わす。
「…ふふっ」
ふと笑みを浮かべるホープ。それを見たバーヴァン・シーが問いかける。
「んぁ?どうしたの?」
「いえ、別に大したことじゃないんですけど…こんなに清々しい気分で朝を迎えれたのは初めてだなぁって…」
「…へぇ、それは良かったじゃないの」
悪意に晒され、常に心が曇っていたホープにとって気持ちのいい朝を迎えられるなどまずあり得なかったし考えもしなかった…というより想像すらすることが出来なかった。
だが今の彼女は晴れやかな心で朝を迎え、享受することが出来ている。夢にすら思わなかった瞬間を味わえている。
「これも全てあなたのおかげです。あなたが私の気持ちを本気で受け止めてくれた上で向き合い、認めてくれたからこそ私はこの瞬間を味わうことが出来ているのです」
「フッ、よしなさいよ。私は恩人に対して、そして
「ふふ、こういうことを言うのは私らしくないかもしれませんけど。何百年も凍っていた妖精の心をたった一日で解かしたんですよ?そんなに謙遜せずに誇ってもいいのに」
ホープ自身、このまま身も心も擦りきって誰に看取られることもなく死を迎えるか
だからこそ、そのどうしようもなかった絶望が目の前の赤い巻き毛の妖精によってまさかの出会ったその日の内に希望へと変えられたのだから、それはもう狐につままれた気分だった。
「誇ってもいい、か。どちらかと言うと私は心を解かした事より『自分が関わった事で恩人が笑顔を取り戻すことが出来た』って事の方が誇らしいんだけどね。それにさっきと似た様なこと言うけど、恩を恩で返すのは当然でしょう?」
そんな偉業を成したにも関わらずこの人は傲ることなく、恩返しをするのは当たり前だと言う。
あぁ、私を救ってくれた謙虚で優しいあなた。あなたと出会えたのは、今思えば―――――まさに『運命』だったのでしょう。
「ふふ…確かに、そうでしたね」
「でしょう?それじゃ…んんっ」
バーヴァン・シーが立ち上がり、再び背伸びをしたあとホープに手を差し伸べる。
「―――さっそく、生まれ変わった貴方を村の皆に見せつけてやろうじゃないの」
もう今までの貴方じゃないはずよ。
そう言って彼女は自分の手を取るよう優しく、ゆっくりと促す。
「―――はいっ!」
それに少女は力強く答え、差し出された
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
それから二人は村の中へと移動して行き交う妖精に挨拶をしたが、交わした妖精たち全員がバーヴァン・シーの連れの少女を見て違和感を覚えていた。
―――あ、あの子いったいどうしたの?なんか昨日よりきらきらしてるようにみえるけど…
―――なんだ?見た目はかわってないのにふんいきがちがってみえるぞ!
―――でもやくたたずにはかわりないだろ!すぐにいつものかんじにもどるぞ!
―――なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?
元来からの良くも悪くも純粋な性格ゆえの結果か。いつもと何かが違う“それ”を見て沸きあがった興味はすぐに拡散し、またもや昨日と同じ妖精集りの状況を作り出した。
「どうしました皆さんまた集まって…おや、バーヴァン・シーくんじゃないか!おは、よ―――!?」
これまた昨日の様にハロバロミアが人混みを掻き分け、こちらを視認したので挨拶をした瞬間―――その隣の妖精を見て動揺する。
「え、え?あ、貴方どうしました?明らかに昨日と、いやこれまでと纏っている雰囲気が違って見えるのですが…?」
昨日の夜まで、ほんの少し前まで、言葉を選ばないならみずぼらしいと言った感じだったのに。
今目の前にいるこの少女には、落ちこぼれと言えど嘗て
「…どうやらハロバロミアさんには他のみんなよりはっきりと違いがわかるみたいですね」
「ええ、そうらしいわね。フフッさてあの二人はどんな反応を見せてくれるのかしら?」
そう言ってバーヴァン・シーは例の二人のリアクションを期待する。無論ホープ自身もその気になってはいるが、気持ちの差ではバーヴァン・シーの方が大きかった。
そして、その期待していた二人の内の一人が姿を現す。まずはオンファムだった。
「ようバーヴァン・シー!今日も集られてるたぁお前さんも来たばかりで人気も……?」
早速違和感を感じたのだろう。予想通りホープに怪訝な視線を向けるオンファム。
「なん、だ…?お、お前なんか顔つき変わったか?なんだ、なんかが違うぞ!お前昨日の夜までいつものグズらしいボロ臭い空気だったハズだよな!?何があった!?」
自分が今まで情けない役立たずと哀れんでいた奴が急に印象が変わっていたことに狼狽え、思わずホープに対する普段の罵倒をバーヴァン・シーがいる前で言ってしまうオンファム。
だがバーヴァン・シーはその罵倒に対して特に怒りもしなければ不快に思うこともなかった。理由は二つ、妖精眼で邪気が視えていた事と、こうして狼狽える様子が大層と滑稽だったからである。
(ふん、といっても今のホープを一番見せてやりたいのは動揺しているあの妖精でも狼狽えているこいつでもなく…)
彼女がそう思っていると―――噂をすればなんとやら、本命の『彼』がやって来た。
「おいお前ら、なんなんだ今日も騒いで…ってバーヴァンシーじゃんか。昨日はよく眠……あ?」
「…おはようございます、ドーガさん」
「おはようドーガ。ええ!昨日はとても気持ち良く寝れたわ!」
一見皮肉に聞こえるが、ホープからの感謝を一身に浴びながらの就寝だったので彼女としては本当に気持ち良かった。
「お、おう。…にしてもお前…」
ホープを、元名無しを見つめるドーガ。感じ取っているであろうその変化にどんな反応を見せるか期待を寄せる二人であったが―――
「…いや、気のせいか。なんか違和感を感じた気がしたが、んなこたぁ無かったな」
――え"。
今度はバーヴァン・シーとホープが動揺した。確実に何かしらの変化を感じた筈なのに彼は気のせいかと言った。他のまとめ役二人は勿論、村の妖精たちですら“何かが違う”程度には勘づいていたのに彼だけここまで鈍感だったのかと想定外の反応に二人が困惑していると。
「――あ、いや待てよ」
ふいに彼が口を開く。それに気づいた二人が後に続く言葉を待っていると、こう言った。
「よく見たらお前、姿勢が変にオドオドしてなくて堂々としているな。あと、目がきらきらと輝いて活きている感じに思えるぞ」
今さっきの鈍感な発言が嘘に思えるほどのしっかりした分析を述べた。流石まとめ役をしているだけあって他者を見る目もそれなりにあったかとバーヴァン・シーは安堵する。
「えっと、私自身そこまで自覚はないんですがそんなに雰囲気が変わりましたか?」
「ああ、あとその口調。昨日まではたどたどしい感じだったってのにえらい流通になってやがるじゃないか。マジで昨日何かあったか?……あ、お前さては夜中にバーヴァンシーに何かされたな?オレはそうと見たぜ」
加えてこの勘の良さ。いや、この程度の事は普通なら少し頭を回して推測すれば自ずとわかるだろうが、妖精國の妖精は汎人類史の妖精と比べてわからない事・面倒くさい事・難しい事は直ぐに放棄する傾向が非常に高い。
中でも牙の氏族は『力こそ至上』『弱肉強食』『暴れる時は存分に暴れる』など根底の価値観も猛獣のそれに寄っているので、長である
そしてこの村の牙の氏族は行き場の無い落ちこぼれなのもあってドーガの連れ二人の様に好き勝手言う上に、自分から行動する時もその場で考えついたものが結構多いので全体的に頭が良くない。
しかしドーガはそんな牙の氏族でありながら、ホープを見て“何がどう変わったのか”を分析し“そうなった原因の推察”をした。
まとめ役の立場にあるとは言えこれはこの村からすれば異常な思考の柔軟さであり、同じまとめ役であるハロバロミアが変化こそ正確に気づけてもそれに動揺した故に『原因の推察』までは考えが及ばず、オンファムに至ってはただ狼狽えているだけという結果が彼の冷静さをより際立たせていた。
「ふーん、貴方なかなかどうして勘が鋭いじゃないの」
「お、その反応を見るにこいつがこうなったのはやっぱお前が原因なんだな?」
「ご名答よ。…それにしても見た目や口調の粗暴さもあって半ば山賊に見えるのに結構頭が回るのね?」
「へへへ、オレぁ仮にもこの村の
バーヴァン・シーの問い掛けにドーガは自慢気に答える。いや、実際自慢してるつもりで言っているのだろう。
「はいはい、わかっていたけど調子良いわねぇ」
「あの、バーヴァン・シーさん。三人とも集まりましたしそろそろ…」
ホープが話しかける。実は村の中へ移動したら『ある事』をしようと今朝から二人で事前に話を付けていた。
「ん、そうね。周りの妖精たちが集まったのも想定内だわ」
彼女の意図を察したバーヴァン・シーが態度を切り替えドーガから村の妖精たちに顔を向ける。そして聴衆に対する催しの司会者の如く高らかに叫んだ。
「はぁい皆さん!先ほどから集まって何をそんなにずっと気にしているかはわかります!この子の、名無しの少女の雰囲気に違和感を感じているのでしょう?実はそちらのドーガ殿が言った通り、この子がこうなったのは私が彼女に『ある事』をしたからです!」
なんだ、なんだとざわつき始める聴衆。司会者気分の彼女はそれを見た後、勿体ぶらずに少女の様子が変わった原因を言った。
「それは――彼女に“ホープ”という『名前をつけた事』でございまぁす!」
事前に話していたある事。それは名無しの少女にホープという名前を付けた事を村の皆に伝え、広める事だった。
この妖精國ブリテンにおいて名無しの妖精に価値は存在しない。故に差別を始めとした如何なる不当で悪辣な扱いをされようと文句の言えた立場でないし、したとしてもより反感を買って自らの寿命を縮める、或いはその場で殺されてしまうのが関の山。
ならば、名無しである事がそういう目に会う事に繋がるのであるならば。“名前を付けた”という事実を周囲に通達し、名無しの格印を根底から覆す形で差別を無くしてしまえばいいとバーヴァン・シーは考え、それをホープと話してこの状況を作り出そうと画策したのだ。
(ま、だからと言って村の妖精らがすぐに受け入れてくれる、なんてことは無いでしょう。現にオンファムは今は落ち着いてるけど、妖精眼を使うまでもなく不満が顔に表れているしねぇ)
ただ、そういう状況改善をしようとしても全ての者が認めるかと言われればそれは否だ。これは人間や妖精に限らず感情と集団意識の概念がある知性体なら何であろうと有り得る事態なので、それこそ機械でもなければ全ての意思が投合するなどと言う都合の良いことは絶対に起こり得ない。
…尤も、
話を戻すがバーヴァン・シーの予想通りオンファムら一部の妖精は今の発言に明らかに眉をしかめ、不満を露にしていた。
それだけじゃなく笑顔で話しかけてきた妖精も――――
「いいね!これまで名前が無くて可哀想と思っていたからようやくつけられたことが嬉しいよ!」
――ねぇ、なんでそんなよけいなことするの?
「ホープかぁ!うん、いい響きで素敵な名前だね!バーバンシーの名付けのセンスはピカイチだ!」
――そんなやつになまえなんてつけないでよ、だいいちなまえもなんかまぬけっぽいし。まあそれにはおにあいだけど。
「今までは色々とごめんな!これから反省するから仲良くしていこうぜ!」
――ふざけんな!ひびのうっぷんのはけぐちとしてはっさんしにくくなったじゃねぇか!
「今思えばわたしたちも名無しだからってむちゃなお願いばかりしていたわ。本当にごめんなさい!」
――あーあ、むだにがんばるすがたをいつでもみれるのおもしろかったんだけどなー
「――――――っっ…ありがとう、ございます…」
「――ハハハッ。皆さん気持ちはわかるけどあまり褒め称えないように!ほら、ホープが嬉しさの余り動揺してしまっているじゃないの!」
(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い全部聞こえてるんだよ獣にも劣る畜生どもがっっ!!!)
ああ、自分は今、ちゃんと笑顔という仮面を崩さずに振る舞えているだろうか。二人はとても不安になった。
特にバーヴァン・シーは妖精眼を持っているが故に激情を抑えるのが大変だった。背中を蛆に這い回られているかの様な不快感、聞いているだけで耳が腐りそうな上辺だけのおべっかに元々そこまでなかった村の住人に対する信頼が更に下がった。
「…フゥー……。と、いうわけで!今日からこの子の名前はホープちゃんですので!是非ともよろしくお願い致しますね!皆さんに言いたかったことは以上ですー!じゃ、すみませんが私たちはこれにて失礼致しますね!」
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「……で、一応名前があるという事実を広める事には成功したけど…村の妖精の反応を見てどうだった?」
「どうも、なにも…ドーガさんやハロバロミアさんみたいな一部を除いたらほぼ全員が、思ってもないような言葉を私にかけてきた、としか…」
「…そう。…そうよね」
あれから二人は逃げる様に村の外まで移動し、周りの木々に隠れて村の反応について話し合う事に。そしてホープに感想を聞いてみたものの、返ってきた返事は概ねバーヴァン・シーの予想通りだった。
「あ"ーったく本当に気持ち悪いわ!そりゃいきなり名無しが名無しとしての立場じゃなくなったなんて言われても全員が認めるワケないだろうなとは思ってたけれど、どうしてあそこまで他者を貶める様なことがほざけるのかしら?」
「…私はバーヴァン・シーさんのように妖精眼は持っていませんが、それでもみんなのほとんどが手のひらを返して嘘をついているのはわかりました」
不快感を覚えていたのはバーヴァン・シーだけでなく、ホープもまたこれまでの経験で自然と相手の表情や声色、振る舞いから嘘か真かをある程度見抜ける様になっていた故に『ああ、この言葉は本心なんかじゃない』と勘づいてしまい、気分を悪くしていた。
「なんとなく目が笑っていない感じでしたし、何より―――嘘をついていた妖精の中にはつい最近まで私を罵り、こきつかっていた者もいました」
「ハハッ何よそれ!その証言だけでも貴方に好き勝手していた妖精どもの程度が知れるわね!」
互いに不満を吐き散らし、嘘を付いた妖精たちへの不信を募らせる二人。するとそこへ何者かが近づいてくる音が。
「っ!止まりなさい、そこにいるのは誰?」
「お、おいおいそんなに凄むなって!オレだよ。ドーガだドーガ」
気配を察知したバーヴァン・シーが呼び止めると、意外なことにその人物はドーガだった。
「ドーガ…?私もホープも私たちがあの名前発表の後にどこに行くかは誰にも言わなかったハズだけれど?何でここにいるとわかったのかしら?」
「…
彼はあの後、他の住人に悟られない様に『名無しに名がつけられた記念に宴を開こう』と言いハロバロミアやオンファムと話し、“表向きは名無しだがメインとしてもてなすのはあくまでバーヴァン・シー”という形で納得してもらう事に成功。そして自分は狩りに行ってくると称して二人が辿った道筋を自慢の嗅覚で探りここまで来たというわけだった。
「ふーん…いつも連れてたあの二人は?」
「あいつらならそれぞれ別の場所へ木の実を取りに行かせてる。他の牙も狩りだったり宴の準備だったり役割は違うが同様だ。腐っても六氏族で最も強ぇからな、モースと出くわそうが逃げきれるだけの足はある」
当人はこう言ってるが先の妖精どもの嘘もあり、なーんか怪しい…と思わざるを得なかったので妖精眼を使っていたが嘘の気配は微塵も感じられなかった。どうやらホープも同様の観察結果が出たみたいなので、二人は一応は彼を信じる事にした。
(うーんただなぁ、それならそれで『ある懸念』が頭にチラつくけど…まぁ、その時はその時。ここでこいつと距離を縮めた方があの村でしばらく過ごす以上、実際に大きなメリットになるでしょうしね)
「…いいわ、一先ずは貴方を信じてあげる。ほら、こっちに座って話しに付き合いなさい」
「おう、ありがとな。…しょっと」
言われた通りに隣に座るドーガ。ふとホープの方に視線をやる。
「にしても本当に変わったなお前。正直今でも信じらんねぇっつか…ちゃんとした名前を得るってそんなにも空気を変わらせるんだな」
「はい…今朝の発表の通りバーヴァン・シーさんは私にホープという新しい名前を授けてくれました。すると体の内から不思議と自信が沸いてくる感覚を覚えたんです」
昨夜の出来事を話すホープ。それを聞いた彼は二人の関係に興味を示したのか、更に問いを重ねてきた。
「なあ、名無し…いや、ホープ。それとバーヴァンシー。お前らどうしてそんなに仲が良いんだ?名前をつけてくれたからってだけじゃちと理由が弱ぇし、多分それだけじゃねぇだろ?」
それを言われて少し悩むバーヴァン・シー。他の妖精よりは今のところ一番信用できる方ではあるが、とは言えこいつもホープにあれやこれやと文句を言っていた者の一人。そんな奴に自分とホープの経緯を教えた事で何かしらの悪い流れになってしまわないかと勘ぐっていると。
「良いんですバーヴァン・シーさん。ドーガさんは生真面目な部分もあるので、ここで話したことを誰かに言いふらしたりはしませんよ」
事実、彼は生真面目故の義理堅さもあったので約束を破った事が一度も無かった。
「それに…妖精眼を持つバーヴァン・シーさんが悪い妖精じゃないと言うのなら、私もドーガさんを信じたい。あなたが、私を信じてくれたように」
それはバーヴァン・シーと出会う前の彼女なら絶対に言うことも思うことも無かったであろう、誰かに対して心から信じてみたいという勇気が含まれた言葉だった。
「わかったわ。…聞いたわね?私はともかくこの子は、ホープは貴方を心から信じたいと言った。なら、貴方も今から話す事を私とホープが信用した者以外の誰にも話さないと誓いなさい」
そしたら私も貴方を信用して話してあげるわ。
そう言われたドーガは悩む様子も見せずに力強く頷いた。
「約束する。ここでオレが聞いた事は絶対に他所にゃ話さねぇ。だから…どうか聞かせてもらえねぇか?」
「―――いいでしょう。その言葉を以て私も貴方を信じ、この子との出会いを話してさしあげるわ」
そうしてバーヴァン・シーはホープと共に自分たちのこれまでの経緯を話した。モースに襲われたのが切っ掛けだった事、自身の積年の思いを全て受け止めてくれた上で認めてくれた事、名前をくれた事…。
「…そうか、そんな、ことが……」
それらを聞いたドーガは、村の妖精の中でも善悪の概念が強く染み付いている方なだけに胸が締め付けられる感覚に襲われた。
「……ホープ、だったな」
「…はい」
彼はもう一度ホープの方に顔を向け――――――瞼を閉じ、頭を下げた。
「すまねぇ。思えばオレは今まで、名無しだからってのを理由にお前の気持ちを考えることをしなかった。ただ命令ばっかりして、その上でお前もお前なりに頑張っていたのに、オレは文句しか言わねぇで…本当に、すまねぇ」
先に述べた様に彼は村に居る牙の氏族の中ではかなり思慮深い方である。故にこそ、名無しだった彼女に対するこれまでの自分の行いの愚かさを理解して悔やみだす。
“名無しの妖精に価値など無い”。それを免罪符にして彼女がどれだけ傷付こうとも構うこともなくひたすらにああだこうだと言いつけ、不満をぶつける。
それを自覚し、彼自身これまで一度も味わった事がなかったが故に知らなかった感情である『罪悪感』が沸いた時―――いつの間にか、静かに涙が流れていた。
「くっ…すまねぇ…すまねぇ……!」
気がつけば少し下げただけだったのが、地に伏せていた。尚も謝罪し許しを乞う彼に、ホープはゆっくりと近づき――――
「ドーガさん」
「……なんだ…」
「私は正直言うと、つい昨日の朝まで…バーヴァン・シーさんと出会う前までは村の全ての妖精が大嫌いでした」
「………」
「ドーガさんもそれまでは私に命令してくる癖に褒めもしなければ労いもしない嫌な人、そんな印象でした」
「けど、バーヴァン・シーさんから名前を頂いた昨日の夜。実はその直前に、その日の昼間にドーガさんが私に対して謝罪した事が嘘じゃなかったことを話してもらったのです。するとその途端に嬉しさが沸きました」
忘れもしない、昨日のあの気持ち。嫌いで仕方なかった筈なのに、嘘でないとわかるや否や溢れていた喜び。
「多分、私自身も気づいてないくらいあなたへの小さな信頼が心の奥にあったのでしょう。だからこそそれを聞いた時は嬉しかったし、涙がこみ上げてきた」
「ですからどうか顔を上げて、ドーガさん。私はもう、誰かを恨んだり妬んだりはしたくないし、そうして本気で謝っているあなたの心を――――見捨てたくないし、裏切りたくない」
「――――――」
彼女のその言葉は、周りの妖精や自分を心底嫌っていた者のそれとは思えないほどに眩しく、美しい慈悲に満ちていた。
「…いい、のかよ…?オレは、今まで散々お前を、コキつかってきた癖に、偉そうなことばかり言い続けて、きやがったんだぞ…?」
「はい…その過去も受け入れた上で、私はあなたを許します。仮に村のみんなが、ブリテン中の妖精や人間が許さなくても私は、私たちだけは。そうですよね、バーヴァン・シーさん」
「…ま、そこまで贖罪の意思で心が締め付けられてるんじゃ私も許してあげる他無いわ。寧ろ逆にこっちがちょっとだけ申し訳なくなってくるしねぇ」
「…っ!…う、うぅ……」
二人からの“許し”を得た途端、それまで募りに募っていた
そう、か…本当の意味で『許される』とは、こういうことなのか…
「く、ぅう…っ!ありがとう…ありがとう…!!」
「ええ、許します、許します。だからもう泣かないで。悲しみに暮れた涙なんかは、あなたに相応しくないから……」
泣きつく獣人に、優しく包容する翅のある少女。
朝のひばりに照らされる森の中でのその光景は、宛ら
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
―――――森の中で他愛のない会話を楽しむ三翅の妖精。
「なんだなんだ?ドーガがあの役立たずに頭を下げたと思ったらきゅうに仲良くなりはじめたぞ?」
「あれはきっとバーバンシーと仲良くなるために役立たずに頭をさげたんじゃないか?いわゆる“ださん”ってやつさ!」
―――――その近くに、自由奔放で純粋無垢な獣が二匹。
「なるほど!うーん…でもバーバンシーと遊ぶためといってもあんな役立たずにわざわざ頭を下げるってムカつかない?」
「うん、それはわかる!ボクだってあんな奴に頭下げるって嫌だもん!ついでに言うとあんなのに名前をつけたバーバンシーもかな!」
――――獣は、それはそれは楽しそうに話す。向こうに座っている三翅にバレないように、バレないように。
「――――ああ!そうだ、それなら今夜開かれる宴で毒でも飲ませて殺してしまおう!」
「それは名案だ!ついでにドーガもやっちゃおう!バーバンシーと遊ぶためだろうとあんな役立たずに頭を下げるなんてこの村の牙のリーダーとして相応しくない!」
「「よーし、そうと決まればさっそく村に戻って準備だっ!」」
――――かくして、闇は蠢きだす。自分たちの