Fate/Viridian of Vampire   作:一般フェアリー

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真夜中の狂宴、そして旅立ち

「おいお前ら、戻ったぞ!」

 

村に野太い声が響き渡る。声の主はドーガだ。

その声を聞いた妖精たちが反応する。

 

「ドーガだ!」「お帰りなさい!」「他の氏族はもう宴の準備に取りかかってるぞ!」

 

「わかってる。ちょうどこいつらも連れてきたしな」

 

ドーガがそう言うと、彼の背後から二つの人影が出てきた。バーヴァン・シーとホープだ。

 

「あ、バーバンシーとホープもいる!」「二人もお帰り!」「誰もが認める村の人気者!」

 

 

「やぁやぁご機嫌麗しゅう皆の衆!今夜も宴を開くと聞き及んだから急いで戻って参ったわ!」

 

「そ、それもドーガさんから聞いたところ私のための宴らしいので!その、あれです、とても嬉しいです!」

 

流通に喋るバーヴァン・シーに対しホープはややしどろもどろな口調だったが、これは単にそういう愉快さを出す様な掛け声を言った事が無いので慣れてないだけである。

…バーヴァン・シーから『村に戻ったらドーガの台詞を合図に私が帰還の挨拶を高らかに叫んで妖精たちに言うから貴方もそれに合わせなさい』とぶっつけ本番の無茶振りを任せられたというのもあるが……。

 

「ところでドーガ、森に行った時はひとりだったのになんでバーヴァン・シーたちもいるの?」

 

妖精の一人が彼に疑問を呈す。

 

「ああそいつはな、オレが手頃な獲物はいねぇかと思って探してたらこいつらが数匹の魔獣どもに襲われてやがったんだ。んで仕方ねぇから助けてやったんだが、結果的にこうして大量になってなぁ」

 

そう答えると彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()をその場に降ろし、開け口を絞めていた縄をほどいた。

すると中から見えたのはたった今彼が言った様に結構な量が詰められている魔獣の肉だった。

 

「おおっ!確かに大量だ!」「これなら今夜の宴には困らないぞぅ!」「今日もたいそう盛り上がるに違いないな!」

 

「へへへっ!そうだろそうだろ!だが元を辿りゃ今言ったようにバーヴァンシーとホープが襲われてたのが原因だったんだ。結果的にこうして宴の肉を調達できたから良かったが、お前ら今後はしっかり気をつけろよなー!」

 

「あーん大変申し訳ありませんでしたわぁドーガ殿!今度からちゃんと気をつけますわね~!」

 

「わ、私も頑張ってき、気をつけますぅ~!」

 

このわざとらしいテンションで既にお分かりだろうが、三人の振る舞いは演技である。

ただし、まるっきりの嘘ではなく袋の肉がそうであるように、事実をねじ曲げて発言しているに過ぎない。

 

あの謝罪の後、村で宴を開く事を思い出した彼女らは取り敢えず肉でも調達しようと判断し魔獣狩りに動いていた。

 

つまり二人が襲われていたところを助けたとドーガは言ったが実際は『二人が襲われていた』ではなく『三人で襲っていた』のであり、ホープが囮として魔獣の注意を撹乱させている間にドーガとバーヴァン・シーで軒並み討伐したというのが事の真相だ。

 

無論それをありのままに伝えたらドーガが『バーヴァン・シーはともかくホープと、名無しと仲良しこよししている』と一部の名無し差別派の妖精たちから認識されかねない。

故にこうして適当に改竄し上手いこと誤魔化す必要があった。

 

「よーし、そんじゃ他の牙が戻ってくる間にオレたちも準備に取りかかるぞ!言うまでもねぇが手間掛けさせた分お前ら二人もしっかり働けよぉ~?」

 

「はーいっ!責任持って骨身を惜しまず動きまーす!」

「が、頑張りまーすっ!」

 

こうして他の妖精共々宴の準備に取り掛かる三人であった。

…これから“気持ち悪い目”に会う事も露知らずに――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

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それから準備をしている間に夜を迎え、名無しの妖精がホープという名を手に入れた記念…というテイで宴会が始まった。

 

「さぁ皆さん!既に我らまとめ役から聞き及んでいるとは思いますが今夜の宴はそちらの元名無しの妖精、もといホープくんが名前を得たことを祝う為に開かれました!」

 

司会のハロバロミアが今回の宴は誰がメインなのかについて話す。

 

「無論、ホープという名をその子に授けてくれたバーヴァン・シーくんも祝うべきです。もし今までの対応を思い出してホープくんに接するのが気まずい、という者がいるなら是非彼女を祝ってあげてくださいね!」

 

「さすがハロバロミアだ!言いにくかったことも言ってくれた!」

「バーヴァンシーは優しいなぁ!人気者になるのも当然だなぁ!」

「荒くれ者のドーガと仲良くなってたくらいだ!ここに来る前はきっと上級妖精からも好かれてたに違いないぞ!」

 

「ハッハハ。別にそんな大したことはないってぇ~」

 

(うーん、昨日と同じように誰一人として私のことを悪く思っていないわね。相変わらず気味が悪いなぁ…)

 

煽ててくる妖精たちを適当に対応しながらバーヴァン・シーはそう不快に思う。

名前を付けたのが自分だと広まっているわけだが、村のほぼ全員がホープを名無しとして差別していた中で、一部の妖精たちはそれ自体を一つの“楽しみ(あそび)”として行っていたという可能性も十分に考えられる。いや、実際にそうだったのだろう。

 

ならば当然そういった一派の連中が楽しみをやりにくくさせた張本人である自分を快く思う理由(わけ)が無い筈で、絶対に自分に対する心の不満が生じている筈なのだ。

 

にも関わらず昨日と同じく宴の場にいる全員がしていた自分を良く思っている。

その状況にバーヴァン・シーはどうせ殆どが真っ赤な嘘なんだろうなと思いつつ、皮肉げにほくそ微笑む。

 

(全くどいつもこいつも本心を隠すのが上手いこと。もしかして私が妖精眼を持っているかもしれないと無意識に警戒してるのかしら?……まあ、『言葉』や『思い』は偽れても『色』や『本性』は筒抜けだけどね)

 

実際、彼女が考えた様に一部の妖精たちは昨夜の時点で苛立ちや落胆など様々な暗い色に加え、自らの為なら他者を害す事も厭わないであろう醜く濁った本性が見え見えだった。

加えて――――

 

(バーヴァン・シーはともかく何でこいつまで祝わなきゃいけないんだよ…)

(あほくさいからさっさと出ていってくんないかな)

(正直こんな役立たずに割いてる時間があったらバーヴァン・シーと話してた方がいいよなぁ~)

(こんなぐずを祝えとかハロバロミアもキツイこと言うなよ…)

 

このように、彼女の隣にいるホープに対しては当然と言えば当然ではあるが相変わらずだった。

いくら妖精は移ろいやすい性質があるとはいえ、流石にその日の内に対応や印象を変えてくれるほど単純ではない。寧ろ心変わりしない者はどれだけ日を重ねようと変わりはしないだろう。

 

(ま、そんなのは考えるまでもなく予想できていたけどね。…情報収集、という点でもドーガを味方につけた以上は彼から粗方聞き出せばいいし、もうこの村に居座る理由が無くなってきたわね……)

 

強いて他にあると言えばハロバロミアもこちらに引き込むくらいだろうか。

そうバーヴァン・シーは思ったがハロバロミアはこの村全体のまとめ役、つまり村の妖精全員を仲間として扱う立場上こちらに肩入れするかどうかの疑問が彼女の中で生じていた。

 

(とはいえ同じまとめ役で…牙の士族だっけ?それを始めとして多くを仲間として見ているドーガとこうして仲良くなれたわけだし、可能性としては期待できるかも―――)

 

「バーバンシー!バーバンシー!ちょっといいかな?」

 

そうしてハロバロミアと友好関係を築くか否かに思考を巡らせていると突然横から響いてきた声によってそれを中断させられた。

声のした方を見るとその主はドーガの連れ二人の内の片割れだった。

 

(バーヴァン・シーさん…この人は…)

(…ええ、どうやら私に用があるみたいね)

 

ホープの心配を受けて“既にわかっている”といった様子で警戒し、笑顔を作りバーヴァン・シーは向こうに応じる。

 

「………これはこれは、いつもドーガ殿と一緒にいる牙の妖精じゃないの。私に何のご用で?」

 

「いやなに、もちろんバーバンシーを祝うためさ!今日はホー…プだっけ?とにかくそいつの前にまずはバーバンシーからもてなそうと思ったのさ!というわけでほら、酒を注いであげるからコップを出して出して!」

 

親しい感じを出して彼は話しかける。取り敢えずおとなしく言う通りにコップを差し出すバーヴァン・シー。

 

「ハハハそれはありがと~。けどどうして私からなの?」

 

「ほら、昼間に村で見たけどドーガと一緒に仲良くなってただろう?それでいつもドーガと行動している仲間として、お礼も兼ねて君から接待しようかなとそこにいる奴と一緒に考えてね!」

 

そう言って彼が指を指した方を見ると、もう一人の連れがいかにも楽しんでくれと言わんばかりに手を振っていた。

 

「ふーん…つまり貴方たちは私に感謝の意を示しているが故にこうして真っ先に相手してくれている、と」

 

注がれたコップを手元に戻して見つめる。

昨日飲んだそれと変わらぬ、実に芳香な匂いが鼻をつく。

 

「そうだよ!だからバーバンシーも、これをボクたちからの“かんしゃのびしゅ”としてぜひ味わっていってね!」

 

「なるほどなるほど。それではお言葉に甘えて早速…と、いきたいところだけれどその前に一つよろしいかしら?」

 

「うん?なんだい?」

 

 

その言うと、バーヴァン・シーはコップを握る力を少し強めて――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の酒なんか飲めるか邪精め」

 

 

――――思いっきり口元目掛けてぶちまけた。

 

 

「!? バーヴァン・シーさんっ!?」

 

「ぶっ!?が、げほっ…?!」

 

 

友の突然の行動に驚くホープ。それを他所に彼は吹っ掛けられた際に思わずそこそこの量を飲んでしまい、必死にその場で吐き出そうとする。だが―――。

 

 

「あ"、が、げぇえっっ……!!?」

 

 

それよりも早く体に異常が現れ始める。内側から蝕まれているかの様な――否、実際に蝕まれている感覚に堪らず苦悶の表情を浮かべる。

 

 

「…その様子を見るからにどうやら即効性の、それもかなり強力なものだったみたいわね」

 

「お、おい!何やってんだバーヴァン……シー…?」

 

周囲がざわつく中で異変を察知したドーガが声を荒げてバーヴァン・シーに迫ろうとするが、彼も自らの連れの異常に気づく。

 

「は…?おい、なんだよ、これ?」

 

「ドーガ、それにホープも見ればわかるはずよ。こいつのこの容態、つい先日この村に来たばかりの私よりずっとこの地に馴染み深いであろう貴方たちなら特にね」

 

「は、はい…この症状は、『毒』です…。それも、少量でも放っておけば30分程度で死に至る、神秘がこめられた猛毒ですっ…!!」

 

唖然としているドーガの代わりにホープが答える。

 

妖精というのは総じて鉄と毒に滅法弱く、汎人類史は勿論、このブリテン異聞帯でもその性質は変わらない。

特に毒を飲ませるというのはあまり流血沙汰にならず手軽に処理できるので、人間もそうだが妖精を殺すという上では一種の暗黙の了解になっている。

 

まして純粋な殺意を以て作られた神秘の込もった劇毒など飲んでしまったが最期、まず助かることも成す術もなく確実に死ぬ。

だと言うのに、バーヴァン・シーの目の前で悶えている彼はそれをさも当然の様に遂行しようとした。結果は見ての通りだが。

 

「ぁ…お、まえ……なんで、ぼボクが…どくをそそ、いでる…と、わわかって…」

 

「別に大したことはないわよ。私が他者のそれまでの行動や表情、発言からそいつの感情がなんとなく読み取れる特技を備えていたからこうして対処できただけのこと」

 

妖精眼を使えるから、などと断言してしまえば連れ二人のみならずホープ否定派の妖精たちまでまとめて敵に回しかねないので、あくまで“ちょっとした読心術”と軽く偽ることで誤魔化した。

 

彼女が妖精眼を使えることを知っているのはホープだけであり、ドーガでも今はまだ事実は告げていなかった。

当人が絶対に言わないとしても何かの拍子…例えば仲の良い友人と話してる時などにうっかり喋ってしまう可能性を懸念していたからだ。

 

「つまりね?ホープを毛嫌いしているハズのお前が、そのホープに名付けした私にあんな友好的な態度で近づいてくるわけがないし、その時点でお前に対する警戒は最高潮だったってコト」

 

「な……ぁ…じゃ、さいしょ、から…しんよう、してなか、った…の、か……っ!!」

 

「被害者ぶったような面でそんな言うまでもないこと吐かないでくれる?ドーガには申し訳ないけど、私は一目見た時からお前に対してあまり良い印象を抱いてなかったわ」

 

「っ……」

 

彼女のその言葉に、ドーガはこれまで二人と行動を共にしていた仲間として反論したかったが、今朝の自分の懺悔を思い出し何も言えなくなる。

ここで彼らに味方し下手に突っかかればその懺悔を自ら無意味なものにしてしまう。

第一この状況からして毒を飲ませようとしていたのは本当なのだと嫌でも理解できた、できてしまった。

 

「…おい……お前…」

 

「! ドーガ…」

 

だからこそ彼は―――彼女ではなく自分と共にしていた仲間の方に足を動かした。

 

「ぁ…あぁ…どー、が……」

 

「…なぁ、なにやってんだお前ら。そりゃオレらはこれまでずっとホープを名無しとして虐めて口汚く罵ってきたし、従ってそれをいきなりできなくさせたバーヴァンシーが気に入らねぇのも仕方ねぇんだろうよ」

 

彼は、二人の気持ちもなるべく汲もうとした上で話しかける。

 

「だけどさ、宴の最中に毒飲ませて殺ろうってのはどういう了見なんだよ…?」

 

彼は未だ信じられないという様子で、それでも彼らに言い聞かせる様に、徐々に声を荒げていく。

 

「そりゃねぇだろ…!宴ってのは!みんなが楽しむもんであって!誰かの命を手前(てめぇ)の事情一つで奪っていいもんなんかじゃねぇだろうがっ!!」

 

彼は、ドーガは怒った。そして、自らの連れがどういう行動を起こすか予測できなかった自分の不甲斐なさを激しく責めた。

例え最初からバーヴァン・シーに嫌われて、随分と前からホープに失望されていたとしても、それでもドーガにとってはこの地、この森、この村で生きる大切な仲間だったのだ。だからこそこんな凶行に及ばせてしまった事が悔しかった。

 

「なぁ、なんでだ?なんでこんなことしたんだ?バーヴァンシーが、この村の仲間がそんなに気にくわなかったのかよ!?」

 

故にこそリーダーとしてのせめてもの責任でこんな凶行に及んだ理由を問う。

例え“名無しなんかに名前をつけたバーヴァンシーに腹がたった”と、そんな感じで大方わかってしまうとしても。

彼らの口から直接聞く必要が、義務があった。

 

「な…なん…で、って…」

 

「そん…なの…ばー、ばん、しーと……ななし、だけじゃ、なくて――――」

 

 

「――――おまえもだよ、ドーガ」

 

 

刹那、奥に座っていたもう一人の連れがそう言い放ち、不意を突かれたドーガの首もとにその獣の剛腕を振り下ろすが――――

 

「させるかぁっ!!」

 

それよりも僅かに早くバーヴァン・シーの蹴りが炸裂する。

一切の手加減が込められていない本気のそれは、見事脇腹を捉え大きく蹴り飛ばした。

 

「がぁあ、くそ…!?」

 

思わぬ反撃を食らい痛みに喘ぐ牙の獣人。

騒ぎがより一層大きくなる中、それを見て動揺するドーガに彼女は渇を入れる。

 

「ちょっと、しっかりしなさい!今のでわかったはずよ、こいつらは少なくとも貴方も殺す気だったって事が!!」

 

「! あ、ああ…。そうか、そう、だったんだな…」

 

下に目線を向けるドーガ。そこには泡を吹き始め、今まさに命の灯火が消えかからんとした自らの連れがいた。

 

「くそ、くそ、くそ…!」

 

どこまでも自分の都合で動き、その為ならば親しい筈の身内さえ殺しにかかる狂気の性。

その精神異常に心当たりのあるドーガは、最早このまま死なせる事しかできないと悟ってしまい、尚の事悔しさを膨れ上がらせた。

 

「こ、これは…いや、もしかしなくてもそうだよね…」

 

一方でホープもまた“これ”が何なのかを察してしまい、自然と表情が重くなる。

 

「ちょ、ちょっと!?用が終わって戻って来てみればなにがあったんですか!?」

 

と、ここでついさっき晩飯の用意を終えたハロバロミアが場に戻って来た。

さぞ楽しくやってるんだろうなと思いつつ宴に戻れば、ドーガの連れ二人が一人は泡を吹き二人は脇腹を押さえながらも息を切らせて立っているという、どう見ても不味そうな雰囲気になっているではないか。

 

「はぁ、はぁ…ん?ハロバロミア?」

 

奥で息を切らせていた牙が彼に気づく。

 

「なんだ、この騒ぎを起こしたのはキミかい?全く、この村で争いは禁止だと何度言えばわかるんだ!」

 

ハロバロミアも彼の存在を確認した後、注意をする為に歩いていく。

 

「…?なんどいえばっていってるけど、気に入らないやつがいたらころすのがあたりまえでしょ?」

 

「はぁ?何を言ってるんだキミは!あまり悪い冗談を言っていると流石に私も強く注意せざるを得ないぞ!」

 

「あ、おいハロバロミア!駄目だ、今のあいつは危険だから戻れ!!」

 

相手のふざけた返答に少々立腹しながらも威圧せずに優しく近寄るハロバロミア。

それをドーガが必死に呼びとめるが、事情を詳しく知らない彼はその制止を本気にしてくれない。

 

「はっはっは、大丈夫ですよドーガ。共にこの村を生きる仲間ですし、少し頭を冷やせば落ちついてくれるでしょう。まさかとは思いますが“悪妖精化”なんて」

 

 

 

「―――おまえ、さっきからえらそうにしていて気に入らない、じゃまだからそこどいて」

 

「え?」

 

そう冷淡に吐き捨てると、彼はハロバロミアに躊躇なくその凶腕を伸ばし―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごっ――――…!!?」

 

「ぎぇあぁああっっ!!!?」

 

腹を()()()()()と同時にバーヴァン・シーの鋭利に伸びた赤爪によって()()()()()()()()()

 

「チィッ!」

 

(くそっ間に合わなかったかっ!!)

 

飛散する血の中、舌打ちするバーヴァン・シー。同時にハロバロミアを抱えすぐさまホープらの元に退避する。

その悲惨な有り様を目の当たりにしたホープが声をかけようとするが――

 

「あ、あ、ハロバロ―――」

 

「ひ、ひヒヒヒひひははっ!!ほら、ほら、見ただろう、村のみんな!」

 

その時、切り落とされて片腕になった獣人が狂笑をあげた。

ギラついた目に剥き出しにした牙、止めどなく出血している断面を抑えようともせずに残った腕でこちらを指している。

その様は、つい昨日までの面影などどこにもなかった。

 

だが、バーヴァン・シーらにそんな醜態ならぬ狂態に動揺する暇などなかった。

 

「村にきたばかりのクセにその役立たずに名前なんかつけたえらそうな無法者!ちょっと毒をもられそうになったからって同じ村のなかまであるボクたちをべんめいもさせずにカンタンに傷つける!」

 

彼は、自分たちが仕出かそうとした業の深さを棚に上げて周囲の妖精たちに言い散らす。

 

「名無しを虐めるのはそれなりに楽しかったのに!名無しを騙すのは愉快だったのに!名無しを貶めるのは心地良かったのに!それを全部あいつが、バーバンシーが名前なんてつけたせいで満足するまでやれなくなった!」

 

――みんな、こんなやつらをどうおもう!?じぶんたちのつごうしかかんがえないやつらをどうおもう!?

 

獣人の、悪意の叫びが木霊する。それをバーヴァン・シーは止めることができなかった。

重傷人(ハロバロミア)を抱えているというのもあるが、下手に黙らせようと動けば『口封じの為に痛めつけた』などと悪い誤解をされかねないからだ。

 

 

……尤も、そんな憂いなど気にする必要も既になかったのだが。

 

 

「………ひどいとおもう」

 

 

「うん。たしかにひどいしわるいし、気にいらない」

 

 

「やっぱり役立たずの名無しにかたいれする時点でロクデナシだったんだ!」

 

 

先に説明したが、妖精たちはとても移ろいやすい生き物である。

ブリテン異聞帯の妖精たちの場合は悪い印象から良い印象に変わることは基本的に無いが、良い印象が悪い印象に早変わりすることは恐ろしいまでになりやすい。元々悪い印象を抱いている場合は尚更である。

 

そしてそれは、当然ながらこの村の妖精たちも例外ではなかった。

彼の叫びが、悪意が、元より否定的な考えだった連中のみならず、それ以外の者たちにも伝播していく。

 

 

「でていけ。この村からでていけ」

 

 

「おなじ村の仲間をきずつけ、そのうち一人はこうして殺しすらしたおまえたちはもう村の一員なんかじゃない!」

 

 

「全くテメェらを信じたオレたちがバカだったぜ。こんな他人を利用することしかしねぇような奴らに絆されやがったドーガの野郎も同罪だ。同じまとめ役として恥ずかしいぜクソったれが」

 

 

「そうだそうだ!ドーガも前々から怪しいとは思ってたんだ!やっぱりボクらを利用する気だったんだな!」

 

 

 

でていけ。でていけ。でていけ。でていけ。でていけ。でていけ。でていけ。でていけ。でていけ。でていけ。

――――きえろ。

 

 

 

「っ………!!」

 

バーヴァン・シーはゾッとした。たった一人の悪意と狂気がここまで変貌させるのかと。

変貌した中にはついさっきまで邪気が見えなかった者すらいた。

それが今は他の連中共々真っ黒だ。元々邪気があった連中に至っては黒すぎて彼女の視点では最早元の輪郭すらわからなくなっていた。

 

「お、おい…こりゃヤベぇぞ……?」

 

「…え、ええそう、です、ねまった、く…」

 

状況の不味さに焦るドーガ。そのドーガの警告をまともに受け取らずにまんまとこの状況を作る切っ掛けになってしまったことを自嘲するハロバロミア。

実際このままだと醜く膨れ上がる“民意”によって、彼らがいつ殺しに掛かってきてもおかしくなかった。

 

「黙ってなさいハロバロミア、喋ると体に響くから。ええそうねドーガ、一刻も早くこの場から立ち去るべきだけど…」

 

バーヴァン・シーは考える。こちらには重傷人が一人、しかし村の連中の中には当然ながら連れ二人以外の牙の士族がそれなりにいるし、こちらが動けば向こうも追ってくるだろう。

これらをどうすれば凌げるか、目まぐるしく必死に思考を回していると。

 

(あの、バーヴァン・シーさん!)

 

(! どうしたのホープ?)

 

ホープが小声で話しかけてきた。どうやら何か思いついた様だ。

 

(もう察していると思いますが村のみんなはいつ襲ってきてもおかしくないので説明する暇もありません。ですのでまずは私についてきてくれませんか?)

 

(…わかったわ!聞いたわねドーガ!?)

 

(ああ、状況が状況だ。オレもホープを言葉に従うぜ。…牙たちにゃ悪かったがな)

 

(ありがとうございます。それじゃ合図を出しますのでその瞬間私について走ってください!)

 

(了解!)(おう!)

 

そしてじりじりと村の妖精たちがにじり寄る中、ホープはタイミングを見計らい………

 

 

「――――今ですっ!!こっちへっ!!」

 

 

その掛け声を皮切りに、一斉にその場から逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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――ブリテン・中原への丘―――

 

「はぁっ、はぁっ、はっ…ここまで来れば、大丈夫です」

 

「ふぅ、ふぅ、ほ、ほんとに?…まぁ、確かに追ってきていた妖精の気配はさっきから無くなってるけど……」

 

「お、お前よくこんな道を覚えてたな?オレでも随分前から記憶に無かったってのに…」

 

追っ手の気配が消えた辺りで一旦足を止める一行。

彼女らが現在いる所は村からブリテンの広大な中原に続く丘道の内の最後の3つ目を越えた辺りだ。

ここでは名無しの霧の影響範囲外なのでそれまで忘れていたものが明瞭になってくる。

 

…ただ、ホープやドーガはもうずっと前から森にいる上に、ホープに至っては新しい名前を授かっているので今更過去を思い出すことは無い。

因みにバーヴァン・シーは偶々影響の弱い範囲にずっといた為、ほとんど記憶に支障は起きなかった。

 

「…さて、じゃあ上手く撒けたところで私はこの人の治療に専念するわ」

 

バーヴァン・シーはそう言うと彼を――ハロバロミアをゆっくりと丁寧に地面に降ろし、今もドクドクと血が流れている腹部に手をかざし、自身の魔力と空気中の神秘を最大限に動員させる。

 

「わ、私も手伝います!バーヴァン・シーさん一人に負担は掛けさせられません!」

 

ホープも奮起になって神秘を集中させる。彼女も村の一員として最低限とはいえ受け入れてくれたハロバロミアに恩返ししたいと思っていた。

 

「ええ、ありがたいわ。…先ほど追い詰められていた時の機転といい、また貴方に助けられたわね」

 

「お気になさらず。つい昨日まで絶望していた私が言うのもアレですが、仲間を助けるのは当たり前ですから」

 

「フフ…確かにその通りね」

 

若干今更ではあるが、ホープもまたバーヴァン・シーに救われ、名前を付けられた影響で大きく精神面で成長していた。

 

「それじゃドーガ、見ての通り私たちはしばらく動けないから、その間の見張りを頼んだわ!」

 

「ああ、任せとけ!」

 

そしてハロバロミアの治療が終わる間、ドーガは彼女らを信じ、バーヴァンシーとホープは彼を信じてそれぞれの役割りに取り組んだ。

 

 

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「―――っ―――っ…ぁ…ここは…?」

 

あれから約30分、ようやく完治した後にハロバロミアがゆっくりと意識を取り戻した。

 

「っっ!!ハロバロミアさんっ!!」

 

 

「うおっ…!?ほ、ホープくん!?」

 

目覚めた途端、青い髪の見知った顔が飛び込んでくる。

それにハロバロミアは驚くも、よく見ると少女が涙を流していることに気づく。

 

「あ、あぁ…良かった…死ななくて、生きていてくれて、本当に良かった…!」

 

そこには自分の生存を心から喜ぶ嬉しさが溢れていた。

その時、自分の中でも温かいものが生じる。

だがそれは『どうせ自分も皆も将来的に終わるんだから今を精一杯楽しもう!』という諦めのそれとは違う、もっと別の温もりだった。

 

「ハロバロミア」

 

「よう、起きたみてぇだな」

 

目の前の彼女とは違う声が聞こえる。見やるとバーヴァン・シーとドーガだった。

 

「バーヴァン・シーくん…ドーガ…」

 

「先刻ぶりね。一応、傷自体の完治には成功したけど血が圧倒的に足りていないから貴方が目を覚ますまでに魔力で果実を生成しておいたわ。ほら、穴空けておいたから飲みなさい。因みに即効性よ」

 

「それと今オレらがいる場所は中原へと続く道の3つ目の丘、つまりここを少し歩きゃあだだっ広ぇ大自然とご対面ってわけだぜ」

 

「そ、そうか。ありがとう、そしてすまないね…」

 

渡された果実をゆっくりと飲み下していく。するとみるみる内に、ぼーっとしていた頭が、意識が段々と明瞭になっていく。

 

「はぁー…取り敢えず、という程度には生き返ったよ。改めてありがとうバーヴァン・シーくん」

 

「礼ならそこのホープに言いなさい。彼女がこの道を覚えてくれなかったら今頃あの村で全滅していたかもしれなかったんだし」

 

そう言われて眼前の彼女へと視線を下ろす。

少しボサついた髪に左の目元の傷跡が目立つ。何より元は美しかっただろうに、今は所々欠けていて色褪せている大きな翅。

その身に纏う雰囲気こそ今朝見たそれと変わらないが、見た目はこれまでと寸分違わず傷だらけのままだった。

 

(…ああ、私は、この子がこんなになるまで長い間、見てみぬフリをしていたのか)

 

『自分たちは将来など約束されてない、終わった存在。だから何があろうと気にせず楽しもう。』

そんな現実逃避に等しい考えに囚われた結果、目の前の小さな恩人がこれほどまでに痛ましい姿になろうと気にもせず、ただの村の一員としてしか見ていなかった。

 

 

…ああ、何が“誰もが羨む風の氏族”だ。

自分は諦めによる現実逃避を理由に、一人の優しい少女がどれだけ傷付こうが痛めつけられようが救いの手の一つも差し伸べなかった薄情者、いや無情者ではないか。

 

それどころか今思えば、少女の誰に対しても無償でお願いを聞き入れ、感謝する時はちゃんと『ありがとう』と言えるその美しい在り方に嫉妬すらしていたのかもしれない。

 

それこそ、嘗て正論を言われた事を理由に自分を追放した“あの御方”のように。

 

「ホープ、くん…すまない。私はキミが今まで散々な目に会い続け、その度に嘆き苦しんでいただろうに…キミをちゃんと見て、その上で助ける事を一度もしなかった」

 

「…ハロバロミア、さん…」

 

「は、はは…村の頼れるまとめ役、なんてとんでもない。私は…私は…とんだ、盲目で哀れな、落ちこぼれだっ…!」

 

彼もまた、ドーガと同じ様に罪悪感に心を締め付けられ、静かに謝罪の涙を流しながら自責の言葉を紡ぐ。

 

しかし、当然ながらこれを許さないほど今のホープの器は小さくない。

 

「…あぁ。ハロバロミアさん、どうか涙を拭いて」

 

「…ホープくん…?」

 

「確かに…あなたはこれまで私のことをまともに見ることはなく、相手にする時も適当に済ませるのがほとんどでした。昨日の朝までの私なら絶対に許せなかったでしょう」

 

「ですが…ドーガさんにも言いましたが、私はバーヴァン・シーさんと出会い、交流したことで考えを改められたんです。他人を信じるのもまだ捨てたものではないし、自分も誰かを信じてみたいって」

 

ホープはハロバロミアと目線を合わせ、彼の心に響く様に精一杯に今の自分の思いを伝える。

 

「だから、私はハロバロミアさん…あなたを許します。あなたを信じたいから、バーヴァン・シーさんやドーガさんたちと一緒に居たいから、許します」

 

「―――ですからどうか、それ以上自分を責めないで」

 

そうして自らの肩に手をかけ、犯した『罪』を許すと言ってくれている少女は。

最早彼にとって自分どころか仕えていた主すら霞むほどに、ただただ美しかった。

 

そして彼も、ハロバロミアもまた―――真に『許される』ことがどういう意味かをようやく知る事ができた。

 

「……すまない…!すまなかった…!」

 

「はい、許します。私だけじゃなくバーヴァン・シーさんもドーガさんも許します」

 

「私もその言葉に同意するわ。貴方には出会った時からホープやドーガと同じく邪気を感じなかったからね」

 

「まあ、オレに関しては許す許さないが言える立場じゃねぇけどな。…それはそれとして良かったな、ハロバロミア」

 

「あぁ…あぁ…そうだね、ドーガ…!」

 

 

 

――――その夜、四翅は互いに寄り添い合い、静かに眠りを共にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

 

――森から出た先の丘に立つ、四翅の妖精。

 

 

 

「そう言えば、結局あのあと村の妖精たちはどうしたのかしら?」

 

「多分、そのまま悪妖精化して穏健な妖精たちを殺し尽くしてしまったかと思われます…」

 

「大方そうだろうな。一度悪妖精化しちまったらもう始末するしか他に手が無ぇ。ったく胸くそ悪ぃな。」

 

「ええ、悪妖精化した時の恐ろしさはモースのそれと遜色ありませんからね。…あぁそう言えばバーヴァン・シーくんは悪妖精化を知らなかったね?少し説明してあげましょうか?」

 

「いや……結構よ。今の貴方たちの発言で少なくともロクでもないモノだと理解したわ」

 

 

 

―――四翅の眼前に広がるは、黄昏色の空に生命溢れる緑の大地。

 

 

 

「…皆それぞれ複雑な思いを抱いてるでしょうけど、悪妖精や村の事は今はおいておきましょう。今私たちに降りかかっている問題はこれからどうするという事よ」

 

「…そうですね、ここからだと一番近いのは私がかつて住んでいた…はず、のソールズベリーです。まずはそこに向かって今のブリテンがどうなっているのかを調べてみるのはどうでしょう?」

 

「いや、それはいい選択とは言えませんねホープくん。あそこは翅が傷付いた妖精には当たりがキツイです。行くのは得策ではありません」

 

「うーん、だけどよ。こっから他の街に行くっつんなら相当時間かかるぜ?まあオレは体力がウリみてぇなもんだしそれでも構わんが…」

 

「そうね…では、私が神秘で周りのホープに対する認識を偽装させるわ。これなら魔力が切れない限り問題無いわよね?」

 

 

 

――四翅はそれぞれ元名無し、牙、風、そして違う世界からの漂流物。

 

 

 

「え?バーヴァン・シーさんはそんなこともできるんですか?」

 

「ええ。実は私ね、相手を騙すことが得意なの。だからその手の認識改変は割と簡単に出来るわよ。そうね、要領としては魔術に近いかしら?」

 

「へぇーすげぇな!そいつは初耳だぜ!」

 

「私も初めて聞きました。あくまで要領が近いだけとはいえ魔術はこの国で女王陛下のみが扱える代物ですから、驚きを隠せませんね」

 

「へぇ、モルガンにしか扱えないんだ。まぁそれも道すがら聞くとして……次なる行き先はそのソールズベリーでいいかしら?」

 

「ええ、貴方のその認識改変が上手く出来るなら問題は無いでしょう。これで次に我々がどこに行くべきかの指針は決まりましたね」

 

「了解。ならこのまま向かいましょうか」

 

「よっしゃ、それじゃさっさと行こうぜ!良かったな、ホープ!」

 

「は、はい!私もとても嬉しいですっ!!」

 

 

 

――結論がまとまった四翅は自由の街、ソールズベリーにへと足を動かす。

 

 

 

「――よし!それならここは妖精らしく自由に愉快に出発の掛け声を上げようじゃないの!」

 

「おっ!そいつはいいな!楽しく叫ぼうぜ!」

 

「私としてもそういうノリは嫌いじゃないです。寧ろこういう大変な時だからこそ元気良くやるべきですしね!」

 

「はい!いつまでも落ち込んではいられませんし、前向きにいきましょう!」

 

 

 

――そうして四翅はこの世界に届けと言わんばかりに、盛大に、楽しく、無邪気な笑顔で叫ぶ。

 

 

 

「それじゃあ、さっそくソールズベリーとやらにぃー!しゅっぱぁーつ!!」

 

 

 

 

「「「しゅっぱぁーつ!!!」」」

 

 

 

 

――かくして四翅はおしまいの村より旅立つ。本来の流れでは絶対に有り得なかった光景がそこにはあった。

 

 

 

――彼女らの巡礼の旅は、まだ始まったばかりである。

 

 

 

 




長々と続きましたがこれにて第一節は終わりです。
次回から第二節が始まります。
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