催眠アプリで純愛して何が悪い!   作:風見ひなた(TS団大首領)

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後日談「執事喫茶は文化の極みだから」(後編)

「ハカセのやつ、どこ行ったんだろうな? もう1時間経ったぞ」

 

「冷蔵庫のシュークリームなくなってたから、買い出しに行ったんだろうとは思うんだけど」

 

「それにしたってちょっと遅いよね」

 

「ど、どうしよう。もしかして事故にでも遭ったとか……? 私、やっぱり探しに行く!」

 

「まあまあ、落ち着いてください。1時間程度戻らないくらいで大げさッスよ」

 

 

 ドアの向こうから心配する声が聞こえてきて、僕は失策に気付きました。

 しまったな、お嬢様(・・・)を心配させてしまうとは執事としてあるまじき振る舞いでした。

 くらげちゃんにはSNSでメッセージを送っておくべきでしたね。

 

 僕は反省を胸に収めつつ、ドアをノックします。

 

 

「失礼いたします、お嬢様。大変お待たせいたしました」

 

「あ、ハカセ! 帰ってき……!?」

 

 

 ティーワゴンを押して応接室に入ると、僕は胸元に右手を置いて深く一礼します。

 

 

「お茶とお菓子をお持ちいたしました。アフタヌーンティーにいたしましょう」

 

「…………」

 

「本日はお嬢様主催のティーパーティにお集まりいただき、大変ありがとうございます。私も腕を振るって参りましたので、どうぞ心行くまでお楽しみください」

 

 

 そう言いながら、ソーサーに載せたティーカップと、菓子用の取り皿を皆様の前に配ります。

 

 ……おや、皆様何やらぽかんとした顔で言葉を失っておられるご様子。

 それほど僕を心配しておられたのでしょうか。

 それとも当家のもてなしに感心なされているのでしょうか? そうであれば執事として大変光栄なのですが。

 

 そんなことを思いながら銀のティーポットを持ち上げます。

 そして皆様のカップに注がせていただこうとした折、ありすお嬢様は目を白黒させながら震える手でこちらを指さされました。

 

 

「え……? 何、それ……?」

 

「何、とおっしゃられますと……」

 

 

 はて、ありすお嬢様はどこをさされておられるのでしょうか。

 どうにも僕に指が向けられているように思われるのですが、僕には何も変わった点などございません。自分のことですので断言できます。

 

 

「生まれてこの方16年、ありすお嬢様にお仕えするためだけに生きております。貴女の忠実な従者、葉加瀬(はかせ)博士(ひろし)でございます」

 

「何かぶっこんできた!?」

 

 

 ふうむ……。

 ありすお嬢様は何に戸惑っておられるのでしょうか。

 主人の思考を読み取って、言われる前に行動するのがスマートな執事。我が師、セバスチャン(65歳・定年退職)も常々そう申しておりました。

 いけませんね。これでは理想の執事とは呼べません。

 

 私は磨き上げられた銀のティーポットに映る自分の鏡像を見やります。

 整髪料をつけ、丹念にセットした一部の乱れもない髪型。

 背筋は針金を入れたようにしゃんと伸ばし、それでいて緊張しているように見られないように凛とした振る舞いを心掛け。

 シャツの襟元にはきちんとアイロンをあてています。

 ポットには映っていませんが、靴は室内用の革靴です。

 

 うん。世界一美しくも可憐なる当家の華、ありすお嬢様の執事として及第点の立ち居振る舞いであるはずです。

 つまりいつもの僕ですので、やはりお嬢様が指しているのは僕ではありますまい。

 

 となると……。

 僕はティーワゴンの上に置いた、3段重ねのケーキスタンドを見やります。

 なるほど、菓子を説明せよとおっしゃられるのですね。合点がいきましたよ。

 

 確かにお嬢様は何か菓子を調達してきなさいとおっしゃられていたはず。

 そんなこともわからないとは、またセバスチャン(65歳・茨城県出身)に叱られてしまいますね。

 

 

「失礼いたしました。本日のメニューを説明させていただきます」

 

 

 僕は一礼すると、ケーキスタンドの中身を上から述べていきます。

 

 

「一番上の段には季節の果実を添えたカップケーキ。今はイチゴやサクランボが旬でございますね。

 2段目にはスコーンとジャム。ティータイムには欠かすことができない一品。ありすお嬢様はこれが大好きでございますので、特別な品をご用意いたしました。

 3段目はキュウリのサンドイッチ。日本の皆様には珍しいものかもしれませんが、当家はイギリスに起源(ルーツ)を持つ家系でございますので、お客様をおもてなしする際にはこちらをご用意させていただいております」

 

 

 キュウリのサンドイッチは英国式アフタヌーンティーの定番です。

 かつてイギリスが大英帝国と呼ばれていた頃、キュウリは金持ちしか口に入れられない富の象徴でした。そこで貴族は自分たちの権勢を見せつけるため、アフタヌーンティーには必ず新鮮なキュウリのサンドイッチを用意したのです。

 幼い日にありすお嬢様自ら教えていただいた知識でございますので、今も僕の中にその教えはしっかりと息づいておりますよ。

 

 

「いや、俺たちが聞きたいのはそういうことではなく……いや、確かにそれも気になるけども」

 

「つ、ツッコミどころが多すぎて何から訊いていいものやらわからない……!!」

 

「こいつ、また魔法使いやがったぞ……! しかもこんなくだらないことに!!」

 

 

 にゃる君とさささ様は何やら頭を抱えて唸っておられます。どうしたのでしょうか。

 横になって休まれていただいた方がよろしいでしょうか?

 僕と同じく執事のにゃる君はともかく、さささ様が当家に来訪して具合が悪くなったとでも社交界に噂が広まれば、当家の名折れでございます。

 ありすお嬢様に悪い噂が立つなど、断じて許せるものではございません。ありすお嬢様を守り抜くこと、それは幼き日より変わることのない、僕の生きる目的なのですから。

 

 

「あっ、このスコーンやカップケーキ、駅前にあるパティスリーのだよね!?」

 

 

 おや、くらげちゃんが目ざとく気付きました。我が妹ながらさすがの食いしん坊。

 

 

「そうですよ。無論、焼き立てです」

 

「えっ? あそこのスコーンってTVでも紹介されて、午前中には売り切れちゃうじゃん!」

 

「そう言われれば確かに……お兄ちゃん、どこから手に入れてきたの?」

 

「もちろんあのお店で買ってきました。以前からありすお嬢様とくらげちゃんが店頭の写真を見ては、いつか食べてみたいとおっしゃられていたのを覚えておりましたので」

 

 

 くらげちゃんは(いぶか)しげに僕を見ています。

 

 

「……どうやって?」

 

「お金を払って買いましたよ。商品は売り切れていましたが、生地は明日の分の在庫がありましたからね。随分と渋られてしまいましたが、どうか私のお嬢様のティーパーティにご協力いただきたいと誠意を込めてお願いしたら特別に焼いていただけたのです」

 

「へえー! すごいね、よくそんなお願い聞いてくれたよね」

 

「どう見ても高校生のわがままなのになあ。パティシェコンテストで賞もとってるって話だったけど、意外と人情家なんだな」

 

 

 どうやら気を落ち着かれたのか、皆様が物珍しそうにケーキスタンドを見てきます。

 僕は優雅たるを心掛けながら、丁寧に皆様のお皿に取り分けていきました。

 

 

「さあ、どうぞ召し上がれ」

 

「いただきまーす! あっ、うっめえ!」

 

「ホントだ! やっぱ話題のお店は違うよねえ。しかも焼きたてホヤホヤだもん!」

 

 

 早速スコーンを口に運んだにゃる君とさささ様が感嘆の声を上げていらっしゃいます。くらげちゃんは……もがもがと頬張っていますね。

 兄としては微笑ましいですが、これは見過ごせません。

 

 

「くらげちゃん、貴女もいずれはメイドとしてお嬢様にお仕えする身。当家の従者としてふさわしい優雅さを身に着けるのです」

 

「就職先が内定してる!?」

 

「無論です。我が家は代々お嬢様にお仕えする従者の家系。私の妹である貴女もまた、ありすお嬢様にお仕えするのは当然のこと」

 

「そんな歴史、私知らない……!」

 

「こいつ一体自分にどんな魔法をかけたんだよ……」

 

 

 さて……ゲストの反応は上々。

 ですが、一番気になるのはやはりありすお嬢様の反応です。

 身だしなみを整え、ティータイムの準備を整えたこの1時間の奮闘もすべてお嬢様に喜んでいただきたいがため。

 お嬢様が満足なされないのであれば、何の意味もありません。

 

 そう思いながらじっとありすお嬢様を見つめると、愛すべき我が主人は頬を染めて小首を傾げられました。

 ……何やらぼうっと僕の顔を見ていらっしゃいますが、やはり満足なされていないのでしょうか?

 

 

「……ありすちゃん、見とれてないで感想感想」

 

「あ、うん! え、えっと……おいしいわ!」

 

語彙(ごい)力消えてるぅ……!」

 

 

 ずこーとにゃる君たちがコケていらっしゃいますが、それは無視してありすお嬢様のお顔を見つめ続けます。僕は貴女の声が聞きたい……!

 ありすお嬢様はあせあせとますます赤くなりながら、言葉を絞り出されます。

 

 

「こんな素敵なティータイムを開いてくれるなんてありがとう。スコーンもずっと食べたかったお店のだし、とってもおいしいわよ。それに、小さい頃に話したキュウリのサンドイッチのこと、まだ覚えててくれたんだね……」

 

「もちろんでございます。ありすお嬢様のおっしゃるお言葉を忘れたことなどございません。一言一句この胸に刻んで生きております」

 

「えへへ……! 私も、ハカセが言うことしっかり覚えてるよ」

 

 

 ありすお嬢様は春に花が綻ぶように微笑まれます。

 そして、ちょっと芝居かかった口調でおっしゃいました。

 

 

「ご苦労でした、ハカセ。期待以上の働き、褒めてあげますよ」

 

「もったいないお言葉……!!」

 

 

 そのお言葉が聞きたかったのです……!

 僕は思わずその場に跪くと、ありすお嬢様の右手を取ります。

 

 

「えっ? えっ?」

 

「これからもお嬢様に変わらぬ忠誠を誓います」

 

 

 僕はお嬢様の手の甲にそっと口付けました。

 ぼんっと音が出るくらい、ありすお嬢様のお顔が真っ赤に染まります。

 

 

「ぷしゅう……///」

 

「……ありすサンが一瞬で熱暴走してるーーー!?」

 

「撮った!? 今の撮った!?」

 

「撮った撮った! これ後でありすちゃんにも送ってあげよう!」

 

「キャーーーーーー!!!/// これ破壊力すごいよぉ!!」

 

「なんかその写真を見るたびにこうして真っ赤になりそうな気もするな……」

 

 

 おや、どうして皆様騒がられていらっしゃるのでしょうか。

 淑女の手の甲に忠誠を誓うことなど、執事として当たり前のことなのですが。

 僕が少女漫画で見た執事はみんな基本こうするもので……。

 

 ん? 少女漫画?

 僕は何を言ってるのでしょうか。僕の執事としての作法は我が師セバスチャン(65歳・実家に帰って和菓子屋を継いだ)から教わったもののはずなのですが。

 

 うっ、頭が……!!

 

 

 僕は頭痛を振り払うように小さく頭を振ると、皆様のカップに紅茶を注いで回ります。紅茶を注ぐコツは時間の制御がすべて。そのために執事は懐中時計を確認して、正確に時間を測るものです。僕は体内時計があるのでそんなものなくても秒単位で適切な時間を測れますが。

 やはり僕は執事こそ天職なのでは? ありすお嬢様の執事となるべく生まれついたに違いありません。

 

 

「おおー……なんか本格的!」

 

「ねえお兄ちゃん、お菓子はともかく、このポットやカップってどこから手に入れたの?」

 

「ああ、これは元から我が家にあったものですよ」

 

「え? これウチのなの? 見たことないんだけど」

 

「我が父が予想外に事業が儲かってこの屋敷を建てた際に、これから客人をもてなしてティータイムとか開くかもしれないからと調子に乗って買いました。一度使って即飽きたので物置に放り込まれていましたが」

 

「パパ……典型的な成金ムーブを……」

 

「不肖の父でございます」

 

 

 しかし僕が世界一尊敬する人物のひとりでもあります。

 ……ん? 事業?

 我が家は先祖代々お嬢様の家にお仕えしているはずでは……?

 

 くっ、さっきから謎の思考のノイズが頭をよぎるのはなんなのでしょうか。

 

 

「はー、スコーンもお茶も美味しいし、最高だね! これなら6000円払った甲斐あるよー」

 

「本当だな。っていうかみんなで折半してもいいんじゃね?」

 

「はっ! ……そ、そうね。こんなに素敵なひと時を過ごせたんだもの。もちろんハカセのおかげだけど、沙希(さき)ちゃんが言い出さなかったらこんな機会もなかったし」

 

「いやあそれほどでも!」

 

 

 正気を取り戻されたありすお嬢様を交えて、みんなで和やかにご歓談されているご様子。

 皆様に喜んでいただければ、骨を折った甲斐もあります。

 ありすお嬢様が嬉しそうで、本当によかった。

 

 にゃる君は僕の方を向いて、ケーキを指さされました。

 

 

「そうだ、お菓子の金も折半(せっぱん)しようぜ。ハカセだけに負担させるわけにはいかねーからな」

 

「いえ……それは、遠慮いたします」

 

 

 申し出をお断りすると、にゃる君は不思議そうに首を傾げられました。

 

 

「え? なんで?」

 

「これは当家からのもてなしでございますので。もてなしに対価は受け取れません。それに……」

 

「それに?」

 

「その……申し上げにくいですが、没落された御家では少々厳しい額なのではと」

 

「………………」

 

 

 しん、とその場が静まり返りました。

 皆様は一瞬互いに顔を見合わせ、真顔で口を開かれます。

 

 

「……いくら?」

 

「確か……」

 

 

 僕が口にした金額に、皆様は目を剥かれます。

 

 

「な、なんだその額!? カップケーキやスコーンの金額じゃねーだろ!!」

 

「あの店主にはかなり手を焼かされてしまいました。明日のお客さんが楽しみにしているから、品物が切れていては店の評判に瑕がつくからと何度も突っぱねられてしまいまして」

 

「お、おう」

 

「しかし『君が明日の店の売り上げ全額を補填(ほてん)してくれでもするのかい? それなら特別にやってあげるけどねぇ』とおっしゃられましたので、ありがたくその申し出に乗らせていただいたのです」

 

「…………」

 

「まさか多少色を付けただけで、あんなに簡単に引き受けていただけるとは思いませんでした。やはり本心から頼み込めば、誠意は通じるものなのですね」

 

「……………………」

 

「今回のことは私にとっても大変勉強になりました。そう、社会において誠意とは金額。多少の無理でもお金さえ積めば大体聞いてもらえるのだということを学んだのです」

 

「おい、リセットしろその学習機能! それは高校生の身分で覚えちゃいけない体験だ!! 忘れろ! 忘れろーーー!!」

 

 

 にゃる君が僕の胸元をつかんでぶんぶん振り回すのを、足を踏ん張って必死に耐えます。いきなりどうしたんですか。せっかくアイロンをかけたシャツにしわが寄ってしまうじゃないですか。

 

 

「や、やめてください! 僕は無駄な預金残高の使い道をようやく見つけたんです。そう、ありすお嬢様を喜ばせるための無茶ぶりを通すために使えばいいのだと……」

 

「そういえばこいつ無駄に金持ってた!」

 

 

 さささ様はありすお嬢様の手を取ると、真剣な顔で囁きます。

 

 

「いい? ありすちゃんがストッパーなんだからね? ハカセ君が身の丈しらずなお金の使い方しようとしたら全力で止めなきゃだめだよ。あの子本当に破産するまでありすちゃんのために貢ごうとするから」

 

「う、うん。わかってるわかってる」

 

 

 こくこくと頷くありすお嬢様は本当に可憐だ。

 僕のすべてをお嬢様に捧げたい。僕はそのためだけに生まれてきたんだ……!

 

 にゃる君に揺さぶられながら、必死にありすお嬢様へと手を伸ばします。

 

 

「お嬢様! ありすお嬢様! 僕のすべてを貴女に捧げます……!!」

 

「もう、しょうがないんだから……」

 

 

 ありすお嬢様はひとつため息を吐くと、僕の顔をそっとそのたおやかな掌で包まれました。

 

 

「ハカセ、そんなに必死にならなくても大丈夫だよ。今日はありがとう、とっても楽しかった。だけど、ハカセがどれだけ私を好きでいてくれてるのか、こんなに形にしてアピールしてくれなくてもちゃんと伝わってるんだよ」

 

「う……」

 

 

 間近でありすお嬢様と目が合い、僕は彼女の青く澄んだ瞳に吸い込まれました。

 力を抜いた僕に、ありすお嬢様は笑いかけます。

 

 

「それに、ハカセは大事なことを忘れちゃってるよ」

 

「大事なこと、ですか……?」

 

「うん。ハカセは自分のすべてを私に捧げるって言ってくれてるように、私だってすべてを貴方に捧げたいんだってこと」

 

「…………」

 

「執事のハカセが私を大事にしてくれるのも悪くはなかったけど、主従って関係じゃ私は満足できないの。貴方がすべてを私にくれるように、私のすべてを貴女が所有してほしい。私は貴方のもの、貴方は私のものでいてほしいの」

 

 

 そう言って、ありす(・・・)はつま先立ちになって、僕の額に口づけた。

 くすっと彼女が笑う。

 

 

「背筋をしゃんと伸ばしたアンタって、本当に身長高いわね。でも、いつもの猫背のアンタが私は好きよ。だっていつでもキスできるもの。だからそろそろ『元のハカセに戻って』」

 

 

 ありすの桜色の唇から、『魔法』が紡がれた。

 本家本元のそれは、僕の『模倣』をたやすく打ち破り……。

 

 

「うっ……!」

 

 

 瞬間、脳裏に蘇る執事としてのアホを晒した記憶――!!

 

 

「うぎゃああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 

 催眠が解けて人格が統合された僕は、自分のこれまでのバカまるだしの言動の数々を突きつけられてのけぞり悶えた。

 

 

「ハカセ!? ハカセーーーー!?」

 

「み、見るなあ! 執事服を着た僕を見ないでくれ! うわああああああ!!」

 

 

 そうか、人格が統合されるってことは自分が無自覚に晒した醜態を客観的に見せつけられるってことでもあるのか!? こ、こんなの……耐えきれない……!!

 

 僕はみんなの視線を避けるようにカサカサとテーブルの下に潜り込み、背中を丸めて震えた。

 こんなの生きておられんばい!! 合掌じゃあ!!

 

 

「殺してくれ……!!」

 

「お、おう。ハカセにも羞恥って感情はあったんだな……」

 

「ねえねえお兄ちゃん、さっきの跪いてキスした写真スマホに送ってあげようか? すっごくカッコよかったよ!!」

 

「ひぎいいいいいいいいいいいい!!!!」

 

「毒くらげちゃん、恐ろしい子……!!」

 

 

 テーブルの下に入ってスマホを見せようとしてくるくらげちゃんを必死に拒絶して、瞳を固く閉じる。

 そうしてぶるぶると震えていると、何やらとても柔らかくて温かい感触が僕の頭を包み込んできた。

 

 

「よしよし、もうハカセをいじめる子はいないからね」

 

「うっうっうっ……」

 

 

 ありすにいい子いい子と頭を撫でられ、僕は幼児のように涙をこぼした。

 いや、実際僕は去年のクリスマスまで人生で泣いた記憶なんて一切ないから、あくまでも形容にすぎないけれど。

 あの忘れられない特別な日以来、僕は初めてのことばかり経験している。

 

 

「ふふっ、執事服がしわくちゃだよ。髪もまたボサボサになっちゃったし。さっきまでカッコいい執事さんだったのに、魔法が解けちゃったね」

 

 

 ありすは苦笑しながら、それでもなんだかホッとしたように僕を見た。

 

 

「やっぱり執事喫茶に決まらなくてよかった。執事のハカセもカッコよくて好きだったけど……きっとカッコよすぎて、女の子にモテモテになっちゃうから」

 

「僕はありすがいればいいよ」

 

「私がヤキモチ焼いちゃうもん!」

 

 

 ありすは僕の手を抱いて笑う。

 そのかけがえのない笑顔は、さっき執事だったときよりもずっと……。

 

 

「僕もありすお嬢様の執事に生まれてこなくてよかった」

 

「……どうして?」

 

 

 そんなの、決まってるじゃないか。

 執事が主人への恋心を抱くことなんて、絶対ありえないことで。

 だからこうしてありすと対等に抱き合っていられることは、とっても幸せなことなんだ。

 僕はその幸福を噛みしめながら、自然に湧き上がってくる笑顔を彼女に向けた。

 

 

「ありすの笑顔を、ずっと近くに感じられるからだよ」




そして見守る3人は砂糖を吐いた……!

後日談・執事喫茶編になります。
最終日だけ投稿遅れて申し訳ない。
いつか後日談するよって言って半年が経過しましたが、久しぶりに書くとこの子たちは本当にかわいいです。にゃるささくらげが吹っ切れてはしゃぎ過ぎるので、逆に振り回されましたが。
またそのうち何か書きたいですね。
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