食堂には隊員たちが楽しんだのであろう昼飯の香りが漂っていた。しかし不思議なもので、ほぼ半日何も口にしていない宰孤の胃袋は、しかし全く固形物を欲していない。
適当な自販機でいろはすを購入し、席に着く。風間にはホットのブラックコーヒーを奢った。身長の割に、舌の趣味は年相応らしい。
少々外れた時間なので、今は人も少ない。好都合だ。
「で、話って何ですか?」
いろはすを一気に飲み干し、ぐしゃりと丸める。飲み口を齧って咥えながら、宰孤は問う。
「最近、お前に対する苦情が多すぎる」
「ほ~? 例えば?」
「『顔が恐い』『雰囲気がヤバい』『廊下を徘徊しないで』『一生開発室から出てくるな』『アレと遭遇したら死ぬみたいな呪いがありそう』……例を挙げるとこんな感じだな。特に女性隊員からが顕著だ」
「え、結構ボロカスじゃない?」
言って、ケラケラと笑う猟樹。
こう見えて彼は、小学時代は他校の女子からラブレターを貰うくらいにはモテていた。足が速ければ自動的に人気者になれる年代だったので十七歳の今誇れる略歴でも何でもないが、それにしたってよくも落ちぶれたものだ。
宿を持たない猟樹は、ボーダー本部に半居住状態である。よって彼は一日の大半を開発室か会議室で過ごしており、本部に根付く妖怪みたいな立ち位置になっている。
「どうして俺ってこんなに怖がられるんでしょうね。ついこの間も、廊下で鉢合わせた女性に挨拶しただけで逃げられちゃって」
「……」
どうして、という問いに簡潔に答えることは難しい。
しかし、猟樹が忌避される最も大きな要因は明白。彼が「ぶっちぎりの闇落ち野郎」であることが原因だ。猟樹宰孤という男は、ネイバーを殺すことでしか快感を見出せない狂人として広く認知されている。それが事実かどうかはともかくとして、これまでの悪行と相まって、純朴な青少年たちに恐怖を覚えさせるには十分すぎた。
更に要因があるとすれば、彼の風貌が挙げられるだろう。
「…………お前、日に日に目付きが悪くなっていくな」
四年前までは爛々と輝いていた猟樹の瞳。今ではドス黒い泥に包まれ、闇のようなオーラを放っている。まるで深淵を思わせるかのような双眸は、中を覗き込むだけで魂を吸い取られそうな程の瘴気を宿していた。
――もちろん、闇のオーラだとか瘴気だとか、実際にそんなモノはないのだが。
ともかく、そう錯覚させる程に鋭く、卑しく、禍々しい色の目を持っているということだ。
「健康的な生活を送っていないからそうなる。まずは不規則な生活を改めて、あとは背筋を正せ。それだけで印象は随分と変わる」
「うーん。でもね、俺のことが恐いって連中に、どうして俺が合わせなきゃならないんでしょうか。軟弱メンタルなそいつらが悪いとも思えてしまうんですよね」
一つ不満を漏らせば、連鎖的に続いていく。
「組織の平均年齢が低いとこうなるからダメなんですよ。友情だとか色だとかは邪魔でしかありません。いつしか手段が目的にすげ変わって、内側から腐っていく」
「すげ変わる……とは具体的にどういう意味だ」
「
「お、お前、どの口が……」
ボーダーで一番と言って良いほど近界を憎んでいる猟樹とは思えない台詞だ。
唖然とする風間に対し、彼は飄々と歌うように微笑む。
彼には野望がある。怨恨がある。後悔がある。落としきれない憎悪がある。それでも、仕事人としての顔は一流だった。
「俺はボーダーです。本心の如何に関わらず、常に第一目的は街の平和を守ることですよ」
「…………そこまで徹底して繕われると、逆に不気味だな」
「なんですか、そんな復讐に囚われたサイコパスを見るような視線を向けちゃって。実に悲しい。こーんなに必死に働いて皆のために頑張ってる俺に対して、罪悪感はないんですか、風間さん」
現在の猟樹の業務は、既存トリガーの改良や、本部の設備強化、隊員への技術的支援などが主になっている。例えば直近で行くと、彼はグラスホッパーの消費トリオンを削減し、弾道性を向上させることに成功させた。それを彼の功績と知らず、恩恵にあやかっている者は非常に多い。
それに、彼はエンジニアであると同時に敏腕オペレーターでもあるので、後進育成のプログラムを自作して提供したりも行っていた。それによって、オペレーター志望の隊員は以前の三割増しになったと言われている。
「俺はもっと労わられるべきだと思うのです。うんうん」
「まぁ、正直俺も少しそう思うが……」
風間としても感想は同じだったらしい。
近くで彼の働きを目の当たりにしているからこそ分かる、猟樹宰孤の希少性と能力値の高さ。
彼は厄介者だ。日陰者で、嫌われ者で、居るだけで空気を悪くし、他人の活力を削る病魔みたいな怪人物だ。
しかし、同時に優秀な組織の柱でもある。
十七歳という若さでありながら、現ボーダー設立時からの古参として組織の根幹を支え、他人には真似できない技術面でボーダーの力を底上げする。謂わば、痒い所に手が届く逸材である。
風間は思う。
彼は自分より他人に有害な存在だ。
しかし、間違いなく自分より優秀で――ボーダーに欠かせない影の要であると。
「上手くやれないものだな」
風間蒼也も猟樹宰孤と同じ立場である。
身内を亡くし、その経験を贄として強くなった。しかし決定的に違うのは、復讐心を持っているかどうかだ。猟樹は未だに死んだ妹の妄執に囚われ続けている。
それが彼の――猟樹宰孤の生来の優しさからくる未練であると、恐らくは風間だけが知っていた。
もっと理解者が増えれば、ここまで彼が
彼を堕としてしまったのは、敵でも恩讐でもなく、ボーダーの方なのだ。
「あれっ!? 宰さんじゃん!!」
弾む声が響く。
閑散とした食堂にはよく通る声だった。
近付いてきたのは犬のように明るい笑みを浮かべた、小柄な少年である。
緑川駿と視線を交わして、猟樹はにかりと歪に口角を上げる。
「おぉ、駿くん。おひさ。一週間ぶり?」
ひらひらと手を振り微笑めいた柔和な表情を作った猟樹は、普段とは似ても似つかぬ柔らかい雰囲気を発していた。
見る人が見れば、マジのガチにビックリするであろう。
「宰さんが食堂にいるなんて珍しいね! とうとう開発室も追い出されちゃった?」
「オイオイ、あそこから締め出されたらとうとう俺の居場所は指令室かトイレしかなくなっちゃうだろ」
「とことん本部に住み込むつもりか……」
猟樹はブレなかった。というか住居不定無職だった。
少年が猟樹の隣席にどしんと座り込むと、入れ替わるようにして風間が席を立つ。
「おや、風間さん何処へ?」
「師弟水入らずを邪魔するのも何だろう」
どうやら気を利かせてくれたらしい。
畏怖の象徴である猟樹に対し、普通に接してくれる人間というのは稀だ。緑川駿は物怖じしない性格で、対等に彼と会話を交わせる数少ない人物だ。
それに。
「駿くんがいつから俺の弟子になったんだよ。認めてないぞ。つーか俺、もう戦闘員じゃないし」
「あはは、指導にステ振り全ぶっぱしてるような人が何か言ってるよ」
「……」
――猟樹宰孤の妹が生きていたら、今頃は緑川駿と同じくらいの年だったことだろう。
彼が一部の年下にだけ慕われている理由は、案外そういった生来の性格から滲み出る兄としての気質が原因であったりするのかもしれない。
そんなことを言おうものなら、きっと猟樹は静かに激怒する。
それでも、紛い物の偽物であろうと、出来る限りこの光景は残してやりたい。
仲睦まじく話す二人を見て、風間はそんなことを考えていた。
◇◆◇
A級隊員、黒江双葉には悩みがあった。
ボーダーには、A級部隊に所属している隊員に限りトリガー改造の権利が与えられる。その特権を利用して、自分だけのトリガーを開発する隊員は少なくない。彼女もその一人だった。
オプショントリガー、韋駄天。仏教の神の名前から引用して付けた名前だ。しかし技術的にもまだ試作段階な上、自分の腕で完璧に使いこなしているともいえない状態。完全に名前負けである。
「韋駄天」
建物の壁を足場に、眼下の相手に向けて起動する。
試作とはいえ、威力は既に驚異的だ。予め設定しておいた軌道に則り、彼女の身体は自動で移動する。複雑な動きと加速の両立に焦点を当てているため、リアルタイムでの軌道選択は放棄されている。
直線に突撃したと思いきや、九十度反転し、別角度に向かった次の瞬間には、更に方向を転換する。歪な動きでありながらも等速で、初見で相手が反撃することはまず無理だろう。
今戦っている相手には、既にこの動きで一本取っている。
一度目も通用したのだから、二度目だって。
(――獲った)
「獲った――そう思ったでしょ」
弧月を振りかざした少女のトリオン体を、眩い光芒が貫いた。
その一手で伝達系が破壊され勝敗が決する。
確実に勝ちを直感していた黒江は、現実の結果を理解するのに数秒要してしまった。
「…………対応された……?」
――
決まった動きしかできない韋駄天は、一度動きを記憶されると容易く反撃を喰らう。致命的な弱点だが、まさか一度見せただけで見破られるとは思っていなかった。
敗れた黒江に対し、彼女の対戦相手――隊長である加古望が声を掛けた。
「まだ設定が甘いわね。一度見れば簡単に合わせられるわ」
「……流石は隊長ですね」
そう言ったのは、無意識に負け惜しみの意味も込めていたのかもしれない。
「いいえ、私でなくともそこそこの腕の隊員なら合わせてくるわよ? もっと変則的に動かなきゃ」
「ぅ。……やっぱ、そう、ですよね……」
設定の不完全さと、技術の不足を指摘され、黒江は苦々しく口ごもる。
全て自覚していることだ。彼女はA級隊員の中で最年少である。入隊当初から類稀なる才覚を発揮し、今でこそ第一線で活躍してはいるが、咄嗟の判断力やそもそもの経験力は熟練の隊員より劣っている。
自分より格下の相手ばかりと戦うのなら、今の状態でも十分な練度と言えるだろう。
しかし、向上心の高い黒江は、自分よりまだまだ上にいる精鋭たちにしか目が行かない。
「もっと実践で経験を積まないと……」
「ん~、それはそうなんだけど。でも、今の双葉なら上手い人に教えを乞う方が上達早いかもね」
「あたしは加古隊長に指南して頂けたら満足です」
「あらそう? 嬉しいこと言ってくれるじゃない」
加古は艶麗な微笑を浮かべた。可愛い後輩から頼られて悪い気はしないし、もっと面倒を見てやりたいという庇護欲のようなものが込み上げてくる。しかし、今の一戦を通じて加古は自分の助力の限界を知った。
つまりは、こと韋駄天に関して言えば、自分が黒江を指導する立場として不適格という事実に。
「双葉の『韋駄天』に必要なものは大きく分けて二つ。機能の改良と、使い方の向上よ。同時に取り組もうと思うなら、
「経験者? ……あたし以外に、韋駄天を使う隊員はいませんよ」
それはそうだ。このトリガーは加古隊が共に切磋琢磨して作り上げたものなのだから。仮にいたとしても、黒江以上に韋駄天の経験者を名乗れる者ではないだろう。
では、この隊長の告げた経験者とは誰のことなのか。
「数年前にいたのよ。韋駄天とよく似たオプショントリガーを使ってたB級隊員が、一人だけ」
「! 誰なんですか、その人?」
「そうね、教えてあげてもいいけど……」
少し考える素振りを挟んだ後、加古は意地悪そうな笑みを浮かべて、
「ダーメ。やっぱ教えてあげない。自分で探しなさい」
「え、どうして」
「過去数年の記録を見れば誰なのか分かるはずよ。ヒントは私より古参の誰か」
戦いの映像を見漁り目当ての人物を探そうとすれば、その過程で少女の審美眼も鍛えられるだろうと見越してことだった。
しかし、途方もない労力だ。現ボーダーが結成されたのは四年前で、加古望の入隊は三年前。つまり一年分の記録を物色する必要がある。更に旧ボーダーからの記録も残っていれば、それも対象に含まれるだろう。
「…………」
「あ、面倒臭いって顔してる」
「……いえ、そんなことは」
「ふふ、多分簡単に見つかると思うから安心していいわよ。彼、悪い意味で有名だから」
彼ということは男なのか。黒江はしっかりと相手の性別を記憶した。
必要なのは技術者と経験者の知恵。どちらかと言えば、相談するに足る技術者を見つける方が簡単だろう。有望なエンジニアのうち、新規トリガーの開発に長ける者なら誰でも良い。
訓練室を出た彼女は足早に開発室へと向かった。
出来れば会いたくないとある人物の存在を、心の隅に留めながら。
◇◆◇
「失礼します」
少し緊張しながら、小さく言って入室する。遅れて、事前に何処かへ許可を願う必要があったのではないかと不安になるが、もはや後の祭りである。黒江は意を決して近場の男性に近付いた。
傍目から見て、一番偉そうにしている中年の男性である。部下と思しき者たちに野次のような指示を飛ばしていた。
「あ、あの」
「何だ!? 今は忙し――っ!」
第一声で怒鳴られるが、年齢の割に気骨ある少女である黒江は怖気づくことなく話を続ける。
「A級加古隊の黒江双葉です。実は試作中のトリガーについて相談がありまして」
「おぉそうかそうか。よく来たな。何か飲み物でも出そう。オレンジジュースで良いかな?」
「? いえ、それは結構です」
……誰? と一瞬困惑する。
鬼のような形相をしていた男性だったが、黒江の話を聞いた途端に菩薩のような表情となった。不快なほどに厳しかった眼光も、娘を生暖かく見守る親バカめいた視線に代わっている。
「わしは開発室長の鬼怒田という。その年でA級とは頑張っとるようだねぇ。感心感心。君のような偉い娘さんを持ってるご両親が羨ましいわい」
「は、はぁ」
「双葉ちゃんと言うたかな? 試作トリガーの相談だったね。おじちゃんに聞かせてくれるかい」
気持ち悪いくらいの豹変ぶりで、周囲の職員たちも若干引いていた。黒江もちょっと引いていた。
しかし好感を持たれているっぽいのは好都合だ。それに、運よく「出来れば会いたくなかったあの人」もこの場にいない。さっさと済ませてしまおう。
「韋駄天、と言うんですけど――」
「――だから、俺は君の師匠じゃないって!」
「っ」
――忘れもしない、苦手な男性の声。
入室してきたのは、本部に巣くう妖怪にしてぶっちぎりの闇落ち野郎。猟樹宰孤。噂によれば、ネイバーを死ぬほど恨んでおり、逆にネイバーをさほど恨んでいない隊員を毛嫌いしているのだとか。
はっきり言って他人の噂など黒江にはどうでもいい。
彼女が猟樹を苦手としているのには、別の理由があった。
数日前の廊下での出来事だ。
訓練での出来事を振り返りながら歩いていた時、注意が散漫になっていた彼女は前方から来る人物に気付けなかった。その男は黒江を避けようともせず、至近距離にまで近づいて正面から彼女と衝突する。
『っ、えっ!?』
『…………何? 君今、俺にぶつかった?』
『あの、す、すみませ……』
『……』
お前を殺すぞと言わんばかりの眼差し。
山育ちで根性の据わっている黒江であっても、戦慄してしまう程の魔的な空気がそこにあった。
結果、彼女が取った行動は。
『あー、ゴメンな。俺も徹夜明けで疲れててさ。まぁ、両方悪いってことで』
『っ』
『え? ちょ』
戦略的撤退であった。
男は何か言っていたようだが、黒江の耳には入らない。悪魔の呪詛か何かに思えて、彼女の頭が理解することを拒んでいたからだ。
数分後、加古に「廊下で超怖い妖怪に出会いました!」と震えながら相談したところ、失笑する隊長の口からそれが猟樹宰孤であることを告げられた。
黒江が男性に怖気づいて逃げたのは、人生初のことだった。
――そんな訳で、彼女は一方的に猟樹を苦手に思っているのだ。
「駿くんは俺より強いだろ?」
「そう言う割には対戦してくんないよね、宰さんは」
「オペレーター用のトリガーでどう戦えと? 無茶言ってくれるなよ」
「
猟樹と一緒に入って来た少年が、黒江を見て言葉を呑んだ。
「よぅ。奇遇だな」
「駿……。その人と知り合いなの?」
「知り合いってーか、……弟子? 的な? 認めてもらえてないんだけどさ」
幼馴染の緑川駿と例の妖怪に以外な接点があったことに、黒江は無言のままに驚いた。
「猟樹宰孤、ただいま戻りました。鬼怒田さん」
「戻るも何も、ここはお前の部屋ではない! 厄介者めが!!」
「そう言いつつも、俺のいる前提で開発計画とか立てるくせに。鬼怒田さんのツンデレとか誰得だよ」
何だか開発室長と対等っぽく親しげに話しているが、少女の中で男に対する苦手意識は残り続けるままだ。出来れば早めに去って欲しいが。
「……ふん、丁度良い。オイ猟樹、暇ならこのお嬢さんの相手をしてやれ。相談があるらしい」
「相談ん……?」
最悪中の最悪の展開である。
猟樹は黒江をちらと見やる。ラブコメ漫画ならお約束で『あ! 君はあの時の!』な展開が待ち受けているのだろうが、彼は黒江と初対面であるかのように小さく一礼するだけだった。
猟樹は記憶すべきことを忘れないために、記憶しなくていいことは覚えないことにしているのだ。廊下ですれ違っただけの他人とか、その出来事じたいを漠然と覚えていても、相手の顔や声は絶対に記憶しない。
「何? 相談って」
冷ややかな目だった。
どれだけ表面を取り繕おうと、彼の根幹をなす地獄のような憎悪は何処へも逃げない。言い様のない、ねっとりと絡みつくような嫌悪感が声の上に滲んでいた。
「…………試作中のトリガーについて、エンジニアの方から助言が頂ければと思って……」
「試作? へぇ、熱心なんだな」
何故だか猟樹の視線が優しくなる。
「良かったよ。もしも『私たちの新しい隊服を可愛くデコって欲しい』なんて甘ったれた要求をしようものなら、俺は君の顔面を全力ビンタしたい願望を抑えるのに、かなりの精神力を労していただろうから」
「!?」
絶対零度の悪魔的な声音に、ぎょっと肩が強張る。
年齢や性別を盾にするのは好きじゃないが、仮にも黒江は年下の女子だ。多くの隊員からは親切に接してもらえる。年上の男性に全力ビンタとか想像だにしていなかった。
「オーイ猟樹ぃ~~? 殺されたいのか貴様ぁ! 女の子に何てことを言う!!」
「ちょ、痛いって鬼怒田さん! 肩! 肩!! 普通にミシミシ言ってるから!」
開発室長に肩を掴まれ、猟樹は苦しむような声を晴れやかな表情で上げた。
やはり不気味だ。どこか壊れている、というような印象がある。
「たぶん冗談だから安心しろよ。この人は他人を怖がらせることが好きなだけなんだ」
「そ、そうなんだ……」
たぶん。そう言われて一体何を安心しろと言うのか。
「優しい人だよ?」
「………………そうなんだ」
黒江は幼馴染の頭が虫に侵されているのではないかと、本気で心配した。
「鬼怒田さん、乱暴なのはいけませんよ。年下に更年期障害の疑いを向けられたくはないでしょう?」
「ぐぐ、余計なお世話だ! とにかく、彼女には優しく接しろよお前!? 絶対だぞ!!」
「はいはい。承知しましたよ」
拘束から抜けだした猟樹は、襟を直しながら再び双葉の前に立つ。
「じゃ、韋駄天についてだね。詳しく聞こうか、黒江双葉ちゃん」
「え……?」
――あれ、そこまで話したっけ?
心の内を言い当てられた気分になり、体温が急降下する。もしかしてそういうサイドエフェクトなのだろうかと疑るが、先に猟樹が彼女の疑問を潰すように言った。
「A級隊員のことは全員知ってる。顔も名前もポジションも、隠されてない限りは使用トリガーもね。俺はオペレーターでもあるから、いざって時のために情報収集は欠かせない」
「そうだったんですね」
黒江は考える。
つまり、この初対面の他人を見下ろすかのような瞳の温度は、猟樹が彼女のことを取るに足らない小娘として軽視している証拠ではないか。
実際にはただの彼女の思い過ごしなのだが、一度思い込んでしまった少女は自分の考えに疑問を持てない生き物だ。黒江は悔しさで歯噛みする。一度ならず、二度までも舐められてしまうなんて。
「え~、双葉だけずりぃ~。ここまで着いてきたんだから俺とも遊んでよ、師匠」
「いや駄目だから。帰れ、普通に。あと
「じゃあ何なのさ、俺たち。……友達?」
「関係性に名前を付けたがるとか、俺の彼女かよ」
猟樹に引きずられながら、緑川が追い出されてしまう。
闇落ち野郎と二人きりは不安なので同席して欲しいと思いながらも、オリジナルトリガーの秘密は他隊員には知られたくない。
と言っても、この猟樹宰孤が信用できるかどうか、という意味ではどちらにせよ不安は残る。
「立ち話もアレだし、奥に行こう」
「はい。よろしくお願いします」
その時だった。
「――うん、いい子だな。よろしくお願いできて偉いぞ」
少女を見る瞳が、ほんの少し。本当に風の揺らめきのように微かにだが。
まるで愛らしい妹でも見つめる兄か父親のように。
暖かく優しく朗らかになったのを、黒江は体感した。
ような、気がした。
「……」
猟樹は黒江の頭上に手を伸ばす。
握手にしては位置が高かったので、少女は何をしようとしているのか警戒する。
しかし、はっと何かに気付いたかのように眉を動かすと、猟樹はその手で自分の口元を抑えた。
「……?」
「…………はは、これだから
自嘲地味に何かぼやく。
それがどういう意味なのか、黒江には知る由もなかった。
ついつい年下と女の子には厳しく当たっちゃうんです。