「――ふぅん、なるほどね」
一連の説明を受けて、猟樹は韋駄天の不完全点に目を付ける。
単に移動速度を上げるだけならグラスホッパーを使えばいい。位置を変えるだけならテレポーターを使えばいい。しかし、韋駄天は移動の手段ではなく攻撃の手段として機能している。
グラスホッパーやテレポーターが有用に使われやすいのは、その機能範囲の広さが要因だ。単体での攻撃や、味方との連携、逃亡にも転用できる。その点、攻撃手段の用途しか持たない韋駄天は使い勝手が悪いと言わざるをえない。
ならば、少しでも攻撃の幅を広げるのが上策。
不完全点は明白だった。
「設定できる動きが一パターンだけってのは心許ないな」
攻撃以外の使い道を増やすことが出来ないのなら、攻撃方法を増やす方に舵を切る。猟樹が導いたのは合理的な方針だった。
そして、幸か不幸か、その一役を買うのに適任なのも猟樹宰孤である。
「分かった。技術面の改良は俺に任せてくれ。適宜相談しながら、手を加えていこう」
技術の問題は隊員だけではどうにもならない。エンジニアが腰を上げるしかない。
それを理解してか、黒江は特に遠慮もせず即座に首肯した。
「ありがとうございます。お任せします。それともう一つ。闇落ち野郎さ……猟樹先輩にお聞きしたいことがあるんですが」
危うく『闇落ち野郎さん』と言いかける黒江だったが、ギリギリアウトである。もう最後の『ん』以外は言い切ってしまっていた。
しかし、年下の少女に悪態をつかれるのは慣れたものだ。言われた猟樹の方は特に気にする素振りもなく、続く少女の言葉に耳を傾けていた。
「猟樹先輩って、ボーダーではかなりの古株でしたよね?」
「あぁ、そうだね」
「実はうちの隊長から、以前にも『韋駄天』とよく似たトリガーを使う隊員がいたと聞いたんですが、それが誰だかご存じだったりしませんか?」
「え? あー、んー……」
腕を組んで天井を仰ぐ。
事前に設定してある動きを使用する韋駄天。それに類似するトリガーの存在を、猟樹は一つしかしらない。しかし、黒江の隊長である加古が可愛い後輩を彼に任せるだろうか。
猟樹が言うのも何だが、彼は客観的に見て信用ならない野郎だ。
しかし、解せない部分を抱えつつも、結局は彼――というか“自分”以外に思い当たる人物はいなかった。
「俺のことじゃないかな、それ」
「り、猟樹先輩が?」
「多分だけどね」
「でも、エンジニアなんじゃ……?」
「兼オペレーターね。あんま知られてないんだけどさ、こっちに転身する前の俺って、普通にB級隊員やってたから」
「……」
沈黙。
目当ての相手がすぐそこにいると言うのに、少女は何も言い出せなかった。口を開閉させて何やら言葉にならない文言をボソボソと発している。
経験者に教わるのは上達の最善手。それは加古隊長に聞いたことで納得もしている。
しかし、闇落ち野郎である彼に頼むというのはちょっと……ぶっちゃけ超頼みづらいことであった。
その意を先回りして、猟樹はふと息をついた。
「それじゃついでだ。使い方の方も指導してあげよう」
「え」
「後輩の君に拒否権はない。行くよ」
猟樹が席を立つ。
彼の背を見ながら、黒江は安堵と落胆を同時に抱えた。
指南してもらえてありがたいという感情と、それを心の隅で疎ましく思う感情。
「指導、って……でもこの人、私より……」
――私より、ずっと弱い。
戦いから身を引いたということは、それだけ彼が戦いに向いていなかったという意味だ。最年少でA級にまで上り詰めた黒江は、驕りでも何でもなく事実として自分が彼より優れていることを直感していた。
そんな憐れな勘違いを、猟樹は失笑する。
「何か言った?」
「っ! い、いえ!」
「なら良いけど。あまり先輩には口答えするなよ~?」
「……っ」
普段通りの闇落ち野郎の顔を見せられて、もはや反論など出来るはずもなかった。
◇◆◇
やって来たのは仮想訓練施設だった。
猟樹はオペレーターの権限を行使して、とあるブースの中に模擬専用の市街地を開いた。
「さて、改善点を見つけるためにも、まず君の腕を見せてもらおうか」
「……先輩が戦われるんですか?」
相手になるはずもない、という念を込めた眼差し。もちろん黒江としては無自覚のものだろうし、猟樹もそれをわざわざ叱責をしたりもしない。
実際の所、猟樹には相手の粗探しが出来る審美眼があるので、対戦相手が誰であっても問題はない。彼は自分が黒江の対戦相手になればいいと思っていたが、彼女が助言を納得して受け入れるためには、不足を自覚する演出が必要だ。
「そうだなぁ……」
キョロキョロと周囲を見渡す。
他のブースから出てきた隊員たちと目が合う。
猟樹の眼差しに肩を揺らすと、その隊員たちは一目算に逃げて行った。
「仕方ない。誰か呼ぼう。双葉ちゃんは弧月使いだったよね?」
「そうです」
「なら、それに合わせた相手が良いか」
猟樹はエンジニア用制服の中から、画面の割れたスマホを取り出した。四年前の第一次侵攻があった時に壊れたものだ。彼はそれを自分で修理して使い回していた。
「……人選は贅沢に越したことはないよな」
後輩の顔をちらと見て、何か決めたように呟く。
その後、猟樹はどこかに電話を掛けた。相手は数コールとして待たず出る。
「――あ、太刀川さん? 俺です。ちょっとお手を借りたいんですが……」
「!」
「何? 今は忙しい? いやいや、知らないよそっちの事情なんて。今すぐ訓練室まで来てください。もしも来なかったら、本部長名義で太刀川隊の作戦室にデリヘル呼ぶんで。…………え、望むところだって? へぇ、太刀川さんにアラフォーぽっちゃりババァの趣味があったとは意外だなぁ」
「……?」
デリヘル? アラフォー? どういう意味なんだろう。
きょとんとする黒江を他所に、電話相手から望んだ返事を受け取ることに成功した猟樹は、邪悪にほくそ笑んだ。
「はい、はい。待ってます。急いでくださいね」
数分後、猟樹に呼ばれた相手が姿を現す。
飄然とした風貌の青年だった。長身で、猟樹よりも少し高いくらいだ。黒江はアタッカーの中で最も有名な一人でもあるその青年の登場に目を見開く。
電話口で猟樹が太刀川さん、と言った所からもしかしてと思っていたが。
「いやー、おまえくらいだわ。あんなエグイ脅迫してくるの」
「面白かったでしょう?」
「最高だ。殴っていいか?」
全アタッカーの中でランク一位の男――太刀川慶は猟樹の肩を掴んだ。
それをまるでゴミでもあしらうかのように振り払った猟樹は、黒江の肩を押して一歩前に出す。
「今からこの子を鍛えます。戦ってあげてください」
「! く、黒江双葉です」
少女は深々とお辞儀をした。
「ほぅほぅ。このNo.1アタッカー太刀川慶が練習台とは恐れ入ったね」
「後進育成は肝要です。最適任者が貴方でした」
「だからって極端すぎなんだよ。ったく、オーラスの一番良いところで呼びやがって。犯罪だぞこの野郎」
「安心してください。ちゃんと面白いものが見れますから」
「……へぇ?」
太刀川の目が細く窄む。
猟樹宰孤をして面白いと言わしめる何か。それはA級トップチームの隊長である彼にとっても、いや、猟樹と同期の彼であるからこそ惹かれるものがあった。
「ガチると流石にハンデありすぎなので、太刀川さんは弧月以外のトリガー禁止で。双葉ちゃんは全解禁でいきましょう」
「オーケー。十先でいいか?」
「いえ、五点先取で。どうせ何度か繰り返してもらいますし」
戦いの条件を粗方伝えると、猟樹は今度は黒江の耳元に顔を寄せた。
「双葉ちゃん、君にも課題を出すぞ」
「はい」
「決め手の制限だ。トドメを刺すときは『韋駄天』を使うように。分かった?」
「分かりました」
「よろしい」
言われるまでもなく、黒江は最初からそのつもりだった。
加古隊長には一回見せただけで反撃を喰らったが、あれは普段の連携から逆算した読みである可能性が高い。ランク戦で韋駄天をひけらかしたことはないため、正真正銘、本物の実力者に初見でどの程度対応されるのか知る良い機会だった。
「それにしても、おまえは幸運だな」
ブースに入る途中、太刀川が黒江に声を掛ける。
「はい。太刀川先輩にお手合わせして頂けるなんて」
「え? 違う違う、そっちじゃなくて」
「?」
「――
◇◆◇
弧月以外のトリガーを禁止している太刀川に対して、黒江は全手段を総動員して接近する。
本体であれば、弧月使いの武器のうち最も警戒すべきなのは弧月専用トリガーである『旋空』だ。トリオンを消費することにより刀身を変化させ、間合いを伸ばすことが出来る。
つまり。
「旋空弧月」
黒江は自分だけ、相手の間合いの外側から斬り込むことが可能になるわけだ。
「っと――危ね」
が、それを難無く防がれる。流石にアタッカー単体最強の男の壁は薄くない。
遠方からの斬撃を処理した太刀川は、すぐさま間を置かず黒江に肉薄した。オプション用トリガーを縛っている太刀川からすれば、技の腕で勝負するしかなく、そのためにはまず相手を自分の間合いに収める必要がある。
さて、では――ここでの両者の違いとは、一体なんだろうか。
その答えは簡単。
(双葉ちゃんには『戦略』という手段がある。だが太刀川さんは『戦術』でゴリ押すしかない)
完成された戦略は常に、完成された戦術の上を行く。猟樹の持論であり、彼がオペ兼エンジニアに転身した理由の一つでもある。
だから当然、戦い方次第では黒江も勝てなくはない。
それを導ける思考力が、あの十三歳に備わっているかを確かめるために、用意した舞台だ。
「ん~? 逃げてばっかじゃ勝てないぞぉ!」
「く――ッ」
後退しながら黒江は歯噛みする。
旋空一刀分の位置的余裕があった少女だが、先ほど防がれた一発のせいでそれを失ってしまった。現在はほぼ等距離感覚で両者は接近と後退を続けており、もう一度旋空を放てば一気に太刀川の間合いとなるだろう。
猟樹の視点から見て、双方の機動力に大差はないように思えた。勝敗が動くとすれば、黒江から再度仕掛けた時である。
そしてその瞬間は来る。
意を決して黒江が前方に出た。
(打つ気か?)
「ようやくやる気になったな」
「――」
両者の距離が縮まっていく。
太刀川が弧月を構えた。
その時。
(俺ならここで使うが――)
「――韋駄天!」
奇しくも観戦中の猟樹が意識したのと同じタイミング。
(ふむ、センスは良し)
一撃必殺のつもりで、閃光と化した黒江が跳躍した。その速度は優にグラスホッパーのそれを凌いでいる。太刀川からすれば、接近に伴って大きくなっていった的が突如消失したかのように見えない。
黒江が放つのは、脇下からの払い上げ。
一瞬遅れて太刀川が反応する。
「!!」
完全に死角からの攻撃だったが、直前の黒江の動きを僅かに捉えていたのと直感と相まって、寸前の所で回避の姿勢に入った。
しかし、その時には太刀川のトリオン体に深々と少女の弧月が差し込まれていた。何とか致命傷は避けるものの、甚大な傷を負ってしまう。
「っ!? 嘘!」
深手とはいえ、即座に落ちる程のトリオン消費には至らない。
まさか初見で殺しきれないとは思ってもみなかった黒江は、韋駄天のモーションを終了して初めて驚きを露わにした。
「オイオイ、何だ今の」
太刀川は微笑む。
「猟樹の言っていた『面白いもの』ってやつか?」
「そんな……どうやって……」
「次、こっちの番な」
一閃。
少女の胴体が上下二つに分かれる。
『戦闘体活動限界
「まず一本」
「……っ」
――ここまで、上だなんて……!
その後、黒江は決死の猛追で一点取り返すものの、立て続けに四点をもぎ取られて太刀川に完敗した。
◇◆◇
「おつかれさま」
戦闘終了後、猟樹から労いの言葉を掛けられるも、黒江の表情は明るくない。
彼女の触感としては、まるで相手にならなかったというのが正直な所だ。それでも自分より技術的に格上の太刀川をセンスだけで破っているのだから、才能は相当なものだが。
「太刀川さん、どうでした?」
「まぁまぁだな。最初は驚かされたが、それだけだ」
「二戦目は敗れていたみたいですが」
「そりゃあんなトリガー使われるんじゃ警戒もするだろ。それで後手に回った。だが、ネタが割れたその後は難しくもなかったぞ」
「――だ、そうだ」
A級一位の高みは想像以上だった。
それが黒江の感想である。
だが、我が物顔で見下ろしてくるこの男は、何が凄くてこんなに偉そうにしているのか。
「……力不足でした。出直します」
胸の内から込み上げてくる熱いものが漏れ出さない内に、その場から逃げようとする。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
負けたことが。通じなかったことが。その場面を、何も凄くないこんな人に見られたことが。
「ちょ、何で逃げようとしてんだよ。まだ終わってないぞ」
「……自分の課題は見えました。あとはあたし一人で頑張るので、先輩の助言は必要ありません」
「は? 拗ねてるのか?」
「拗ねるって、どうして? あたしはそんな子供じゃありません」
どう見ても不貞腐れている。表情に出すまいと必死に感情を殺している辺りが、もう思春期真っ盛りの女子の抵抗にしか見えない。
何故だか懐かしい気分になった猟樹は、不思議とそれを叱責する気になれなかった。
「本当に課題は見えたってなら、言ってみろ」
「――ッ、ええ」
虚栄は吐いていない。
そう思わせる強い言葉だった。
しかし、少女が自力で気付いたとしても無理はない。ある意味、猟樹が出した課題とは、黒江に韋駄天の正しい使い方を自発的に気付かせるものだったのだから。
「韋駄天を使ってトドメを刺せ。そんな先輩の鬱陶しい課題のおかげで、ようやく分かりました」
「鬱陶しいって……」
「あたしは、
「うん。まぁその通りだ」
自分の専売特許を活かすために、今までの黒江は韋駄天を使う方向にばかり意識を向けていた。
だからこそ、今回のようにあからさまに相手に待たれている状況では、克明に浮かび上がってくる。
韋駄天は
その結果の、惨敗。
「現に、太刀川さんが君の韋駄天に警戒していた『二戦目』は、上手く勝負が進んでいた」
「……」
「連敗が続いたのは『三戦目』以降から。つまり、太刀川さんに『韋駄天は同軌道上にしか動けない』という弱点を見抜かれてからだ」
「……分かってます」
「良し。なら次はさっきの課題を抜きにもう一戦してもらう」
「…………あまり舐めないでもらえますか?」
強い反発に、猟樹も一瞬黙る。
「もう結果は見えてます。自分に足りない技も分かりました。あまり、あたしの師匠面をしないでください」
才能に恵まれる黒江には、強い自尊心があった。
同時に、尊敬する隊長や先輩たちと築き上げてきた、今までの自分のスキルにも。それを外野から批評されるのは気分が悪い。
少女は数秒ばかり悩む。
言おうか言うまいか。
考えた末、自分の感情に従って発言した。
「――猟樹先輩は凄腕のエンジニアであり、オペレーターなのかもしれません。ですが、実力不足で戦場から退いた人に指図されるのは我慢できません」
「ほう。俺に命令されるのは嫌か」
「当たり前です。あたしより弱い人から、戦い方を教わるなんてあり得ません」
「いや、そりゃ違うだろ」
そこで異を唱えたのは太刀川だった。
「その理屈でいきゃ、プロスポーツチームの監督は選手の誰よりも強いプレイヤーでなくちゃいけなくなる。だがそんなことは不可能だ。欠点を指摘する能力は、本人の実力とは無関係にするべきだ」
「……それは、そう、かもしれませんが……」
「言っておくがな、お前の二年以上先輩は絶対に猟樹にそんなことを言わない。いや、言えない」
――それだけ、B級時代に残した猟樹の戦績は大きいものなのだ。
現ボーダー設立時メンバーと旧ボーダー創設メンバーは、数えられる程度の数字しかいない。だが現ボーダーの中間勢力はほとんどが二、三年目の者たちばかりだ。
そういった多数派に限って、猟樹宰孤のことをよく知らない。
彼の人柄はともかく、実績は調べようと思えば調べられるものだというのに。
誰も知ろうとしないのだ。
いや、ぶっちぎりの闇落ち野郎であることは疑いようのない事実なのだろう。それは同期として太刀川も痛感する所である。
それでも、戦線から退いた負け犬だなんて揶揄される凡夫では決してない。
「猟樹が隊員を辞めたのは、戦いに適正が無かったからじゃない。
「やめてあげてください。正論リンチ」
太刀川を諫めたのは猟樹である。
「? でも、好きだろお前。正論」
「関係ありません。やめてください」
「意外に甘いんだな。まさかお前こいつのこと……あっ」
「何ですか?」
「…………あー……。まー、……そりゃそっか……」
何やら納得した風の太刀川である。
あぁ、恐らくはその通りだ。
自分の心の傾向を掌握している猟樹は、忌々しそうに自分の頭を抱えた。女々しいものである。死人の面影を赤の他人に重ねるだなんて。
「双葉ちゃんが不要だって言うなら、俺から言うことはもうない。忙しいしね。俺も本格的に後輩を育てる時間はないんだ」
「では構いませんね。あたしはこれで」
立ち去る少女の背中を、猟樹は追わない。
訓練室には野郎が二人だけ残った。
どうしてか虚しい気持ちになった猟樹は、自分より年上の同期の男に問う。
「――笑いますか? 俺のこと。惨めな兄貴だって」
「まさか」
迷う余地もない。
闇落ち野郎の目と真正面から対峙し、肝を冷やしつつも太刀川は答えた。
「笑ったらお前、俺のことマジに殺しにくるじゃん?」
しかし、それでも猟樹は嗤う。
何処かの負け犬を。惨めな兄貴を。
もしくは、そんな奴に着いてこれない軟弱な仲間たちを。
「よくご存じのようで」
決して、虚勢ではなかった。
◇◆◇
その時、ボーダー本部会議室には緊迫した空気が立ち込めていた。
上層部の重鎮が集結し、司令席の隣にはA級隊員三輪秀次の姿もある。本部中核を為す幹部たちは神妙な表情を浮かべ、今回の議題に関して唸り声を零していた。
「『彼』は未だに、誰よりも
重たい口を開いたのは、本部長である忍田真史だった。
「確かに優秀だ。しかし青い。まだその段階ではないように思えるが……」
「時期尚早じゃろう! あの男の実践登用など! しばらくは開発室で小間使いにしとけば良い!」
「それは鬼怒田さんの私情では?」
頻繁に議論の中心に上がる『彼』。
類稀なる能力を有していながら、その人格面を憂慮して大胆に使うことが憚られる人物だ。結局、未だにボーダーに就職させるという話も後ろ倒しになっている。
「お前はどう思う? 三輪」
そこで、中央席に鎮座する城戸司令が、すぐ傍で立ち尽くす三輪に声を掛ける。
彼と同い年であるこの少年からであれば、憶測を抜きにした現実的な評価を聞けるかもしれない。
「彼は尊敬に値する人物です。どのような場合でも、最良の成果を残す逸材だと確信しています」
「……そうか」
どうも現実的な評価とは思えない。感情フィルターで歪んでいるような気がする。
「――その首尾を判断するために、おれが呼ばれた訳ですか」
会議室の視線が発言者の青年に集まる。
男の名は迅悠一。
ボーダーが抱えるS級隊員の片割れであり、間違いなく最高戦力の一つに数えられる人物である。
「答えろ、迅悠一。既に何度も見たのだろう? アレを――猟樹宰孤を遠征に連れて行った場合、どのような結果となる?」
「残念ながら、お答えできませんね」
「……何?」
怪訝な顔で睨む司令を前に、迅はあくまで余裕綽々といった表情を崩さない。
「それは質問に答えることがお前の不利益に繋がる、という意味か?」
「いえ、そうではなく。おれは玉狛支部の人間なので、城戸司令に直接の命令権はありません。おれは林藤支部長以外に対し、黙秘権を行使することが出来ます」
「……」
「えぇい! 何だまどろっこしい! 結局は同じことだろうが!」
「林藤支部長、君から彼に聞きたまえ」
そう言われて、会議室で唯一煙草をふかしていた林藤匠は、渋々な様子で迅に問う。
「もったいぶらず教えろ。猟樹は使えるのか?」
「使えるか使えないかは断言できませんが、結果は悪くないと思いますよ。数十の『
「「「!?」」」
「……ほう」
一気に雰囲気が変わる。
引き締めるように迅は続ける。
「ただし、同盟国が失われたり、死人が出る場合もあります」
「お前の予知に負の側面は付き物だ。問題はそれがどの程度の可能性か、という点にある」
城戸司令からの直接の質問。
黒トリガーと言われて黙っていられなかったのだろう。
その雰囲気に押されてか、今度は迅も素直に答える。
「隊員の中に死人が出る確率は五%。同盟国を失う確率はそれ以下って所かな。よくも悪くも冒険しちゃうことになるので」
「好結果の可能性は?」
「九割くらいですね」
「……」
城戸正宗は沈黙した。
最終判断をする立場の者として、間違った結論の責任は司令に課せられる。ローリスクハイリターンであることは理解できても、リスクの面を無視することは出来ない。
「五%で死者が出る、か……」
「どうします? 司令」
「――……決まりだな。ここが転換点だ」
誰もが判断に苦しむ中、ただ一人、最高司令官は最速で決を下す。
「此度の遠征部隊――総勢十三名の隊員による『猟樹隊』の結成をここに決定する」
現時点で迅悠一に見えている未来一覧。
高確率で実現する未来
100% 数か月後、空閑遊真がやってくる
90% 猟樹宰孤が空閑の存在を認知する
99% 第二次侵攻終了時点で猟樹宰孤が死んでいる
猟樹隊が遠征に向かった場合の未来可能性。
35~50% 穏便に探索して帰ってくる
20~35% 略奪行為をやらかす
10~20% 虐殺行為をやらかす
5%くらい ブラックトリガー獲得
3%くらい 何人か隊員が死ぬ
1%くらい 誰かがブラックトリガーになる
1%くらい 猟樹宰孤が置いてけぼりにされる(やったぜ)
1%くらい 近界に連れ去られた者の行方が分かる
何らかの方法で猟樹が遠征に同行しない(猟樹がこちら側に残る)場合。
100% 猟樹宰孤の手によって空閑が殺害される
空閑が死んだ状態で第二次侵攻が起こった場合。
100% 三雲修が死に、雨取千佳が攫われる
99% 猟樹宰孤が命を落とす(やったぜ)
80% ボーダーと三門市に甚大な被害が発生する。
空閑が生きている状態で第二次侵攻が起こった場合。
99% 猟樹宰孤が命を落とす(やったぜ)
30% 隊員の間に数名の負傷者・行方不明者を出す→原作通り
15% 雨取千佳が攫われる
10% 無損害
低確率で実現する未来
1%未満 猟樹宰孤と玉狛のみんなが鍋を囲む(やったぜ)