ぶっちぎりの闇落ち野郎   作:どろどろ

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猟樹隊結成①

 

 遠征艇の原動力、エンジンに対するガソリンの役割は基本的にトリオンが果たしている。

 トリオン補給の際には備蓄分も使用されるが、基本的には自然に回復できる人間由来のトリオン──すなわち、乗員のトリオンが消費されることが主である。

 

 乗員のトリオン料が全員平均と仮定した場合、従来通りのルートで遠征から安全に帰還できるだろう下限人数は13人だった。

 

 そう、13人。

 それは上限数が5人までの部隊であれば、ほぼ3部隊が収まる枠だ。

 しかしその点、今回の遠征メンバーは異色の構成だった。

 

 たった一人のオペレーターを隊長とし、その他12名の戦闘員を結集することで一つの部隊として機能させるという、過去に例を見ない試み。

 臨時特別遠征隊──『猟樹隊』の結成である。

 

「猟樹隊、ねぇ……」

 

 その知らせとメンバーの募集要項が記載された紙を机に放ると、小南桐絵は呆れたような息を吐いた。

 

「アイツの名前なんて出しちゃ、希望者なんてそんなに集まらないでしょーに」

 

 猟樹はボーダー内で唯一と言ってもいいほど、派閥や支部の枠を超えて全く同じ印象を持たれている奇人である。小南からすればその周知された内容は脚色だらけで、全くの勘違いである訳なのだが、真実がどうであれ彼が忌避されている事実は確かに存在する。

 華々しく猟樹隊、なんて銘打つよりも、素直に特別遠征部隊とかの名称で募集を掛けた方が応募者の絶対数は増えていただろうに。

 

「あいつの考えそうなことだ」

「だね~」

 

 小南の対面席で木崎レイジがぼやくと、同意するように迅が頷く。

 今は三人で一つの机を囲んでいるような構図だ。普段ならここにもう二人ほど加わっているのだが、現在その片方はバイトで、もう片方が高校の課題で席を外していた。

 そこは玉狛支部。ネイバー友好派というボーダー内では異端とされる派閥だった。

 

「どういう意味よ?」

「『俺の名前を見た程度で怖気づく奴は最初から要らない』……そんな魂胆が透けて見えるだろう。仕事に関しては結構厳しい男だからな。まぁ、一概にそれが間違っているとも言えないが」

「あ~……」

 

 なるほど。それは確かに小南の知る猟樹宰孤の性格に合致する。

 

「加えて、見ろ。この募集条件」

 

 木崎は配布資料の最下部を指差した。そこにはたった二行で、たった二つの応募資格だけが記されている。

 

「『防衛任務における敵の単独討伐数が30を超えている者』『応募に際して、適正判断のための面接を受けることに了承する者』──これが条件の全てなら、ランクの規定がないということになる」

「試験とかも面接以外はやらないっぽいね」

「えっ、じゃあA級以外も遠征に出られるってこと!?」

 

 従来であれば、遠征部隊に選ばれるのは原則A級以上であることが厳しく線引きされていた。

 隊員には緊急脱出機能があるとはいえ、遠征では実際に命を落とす危険性もある。学生の多いボーダーでは、ある意味民間人より隊員の安全を優先しなければならないのだ。

 そのため、遠征部隊には密な連携が要求されるのだが、そのメンバーにA級以外を含めること、そして即席部隊で遠征に臨むこと。そのどちらも前例のないことだった。

 

「──受かれば、の話だし。どうせ来る気のない君には関係ないだろ?」

 

 ふと、聞きなれないようで聞きなれてしまった声が響く。

 ばっと首を90度回転させて隣を見ると、そこには話題の渦中にあった少年が眠気防止ガムを噛みながら脚を組んでいた。

 

「なっ!? り、猟樹!?」

「どーも、猟樹宰孤です。お邪魔しますというかお邪魔してました」

「思ったより遅かったじゃないか。ぼんち揚食う?」

 

 驚く小南を他所に、迅は来訪者にぼんち揚を差し出しどこか満足げに遇していた。

 猟奇は目の前に突き出されたお菓子をさらりと小南の前へとスライドさせ、拒絶の意思を示す。

 その目に浮かぶ『お前ら馬と同じ餌なんて食えるか』と言わんばかりの色には、当然のように誰も気が付かない。わざわざ見なくてもそれを知れる未来予知野郎を除いては。

 

「あんた、いつから!? てゆーかどこから入って来たのよ!?」

「今さっきだ。入ってきたのは、ほら、あそこの窓から」

 

 猟樹が指したのは、河川に面する筈の西側の窓である。

 さらりとスパイダーマンじみた身体能力を仄めかされ、小南は普通にドン引いた。

 

「相変わらず妖怪みたいな奴ね……」

「はは、小南を驚かそうと思って。どう? 驚いたか?」

「驚くに決まってるでしょ! この変人! アホ猟奇!!」

 

 小南に掴みかかられ、猟樹は苦笑しながらそれを躱す。

 彼はちらりと視線を流して集まっている面子を見ると、二階の部屋の方に注意を向けた。

 

「……栞は何処に?」

「し、栞ぃ?」

 

 栞とは勿論、二階の自室で学校の課題に勤しんでいる、宇佐美栞のことなのであろう。

 別に彼がここに居ない宇佐美の所在を気にするのは自然なことだが、異性を下の名前で呼ぶことには違和感を覚える。小南の記憶が確かなら、このダークサイドボッチに女性関係など皆無だった筈だが。

 

「宇佐美なら学校の課題をやってるよ。呼んで来ようか?」

「いえ、それなら結構。()()()()()()()()ください」

「……そうか。分かった」

 

 怪しげな間を挟む迅を見て、何やら苦い顔で舌打ちをする猟樹だった。

 

「それで何の用だ?」

「用がなきゃ来ちゃダメなんですか? 木崎さんは俺のこと嫌い?」

「いや、そんなことはないが……お前が、ただ暇潰しのためだけに玉狛に来るなんてことはないだろう」

「そこまで寂しい人間じゃないですよ。たまには一緒に鍋でもしたいな~って思っただけなのに」

「冗談はよせ。俺たちがお前に嫌われていることくらいは分かっている」

「えっ!? ちょ、どういう意味よ!!」

 

 木崎の発言に動転し、立ち上がる少女。

 最初に湧きあがった感情は悲哀、そして落胆、最後に燃えるような憤怒だった。小南は瞬く間に七転八倒する感情に従って、猟樹の胸倉を掴み上げた。

 

「あ、あたしたちのこと嫌いなの!? 何で!?」

「嫌ってない嫌ってない」

「よく考えれば最近、あんたが玉狛(うち)に来る頻度が減っているような……!」

「や、昔から一定だと思うけど」

 

 そう、気持ちが悪いほどにその頻度は一定だ。

 数年前から猟樹は、17日に一度という周期で玉狛に訪れる。まるで偵察でもしに来るかのように。

 

 ネイバーを憎む闇落ち野郎にしてガチガチの城戸派である彼が、対極の立場にある玉狛に出入りする姿は、一時期あらぬ憶測と共に噂されたものだ。

 しかし、その実態は実に穏便なもので、喧嘩沙汰はおろか口論になったことすらない。たまに小南にダル絡みされてガチピキりすることはあるようだが。

 

「まぁでも、用があったっていうのはその通りです。迅さんと()()()()()()()。だから直前まで、『逆に玉狛には居ないだろう』と思っていたので、ここに来ました」

「? 何言ってんの?」

 

 いないと思っていたなら普通は来ないものじゃないだろうか。

 頭を悩ます小南に答えは返ってこない。

 

「……おれに話、ねぇ。何かな?」

「聞きたいことが一つ。──どうして反対しなかったんですか? 貴方なら、俺が隊を率いて遠征に行ったらどんなことをしでかすか予知できた筈だ」

「えっと、悪い。何言ってんのか分からない」

「やっぱ迅もそう思う!? そうよね!!」

 

 生粋のポンコツである小南と違い、迅にはこうして猟樹が直談判にくる未来が一抹の可能性として見えていた。そして、そこのことを確信しているのであろう猟樹は、すっとぼける迅を厳しく睥睨する。

 

「……楽観視、してる訳ですか」

「まさか。おれは常に真剣だよ」

「では俺が割と本気で、自分の頭の中の設計図を敢行しようとしていることは承知の筈ですよね?」

「それはどうだろう? 俺のサイドエフェクトは未来を視るだけで、他人の考えを読む訳ではないから」

「…………」

 

 猟樹は顎に手をやり、考える素振りを見せる。

 

「なるほど。やっぱりだ」

 

 その一言。

 たったの一言で、迅は諦めたように嘆息した。

 

()()()()()()()()()()()()()()

「はて」

「俺を近界にまで遠ざけておきたい事案って何でしょう」

「何のことやら」

「ハハ、貴方のすることだ。予想は出来る」

 

 歪に微笑む少年。

 小南は隣からその横顔しか見えないが、この数年で初めて見せた表情であることは何となく理解する。それはつまり、初めて玉狛に晒した本当の感情ということだ。

 

「──()()()が誰であれ、生まれが此方なら手は出しません。ただし、正しくネイバーなら俺の処置に例外はない。貴方が何を企てようと、俺が思う未来は変えさせない。絶対に」

「……」

「誰であれ、どんな姿であれ、どんな名であれ、──()()()()()()()だ」

「……」

 

 迅から反論はなかった。

 

「言いたいことはそれだけです」

「いや~耳に痛いね」

「は? 訳分かんない。ねぇ、何の話だったわけ?」

「……小南、お前は知らなくていい」

 

 二人の会話から双方の真意を汲み取ったのだろう木崎レイジが、食い気味に少年を問い詰める小南を諫めた。とはいえ、彼も完璧に二人の考えが読み解けたわけではないのだろう。僅かに困惑の表情が残っている。

 

「──宰孤くん?」

「っ」

 

 ビクリ。

 その女の声に猟樹は身体を強張らせた。

 

「……栞」

 

 宇佐美栞が吹き抜けの階段から降りてくると、猟樹が席を立った。

 

「え、何、来てたの。私も呼んでよ」

「……いやでも、迅さんが君のこと手が離せないくらい忙しいと言っていたから」

「言ったっけ、おれ?」

「言ってましたよ」

 

 ──そういう風には、言っていなかったような……。

 

 小南は木崎と目を合わせる。無言で彼も首肯した。

 

「前々から思っていたが……宇佐美とお前、何かあるのか?」

 

 二人の間にある嫌な間を受けて、木崎レイジが切り込む。流石はボーダー最強の木崎隊隊長である。小南ですら踏み入ってはいけないことを直感で察していただけに、それは無謀とすら言える勇敢さだったのかもしれない。

 

「それ言うと、妙な空気になるかと」

「……まさかっ! 元恋び──」

「──違うよ、小南」

 

 否定したのは宇佐美だった。

 

「違うんだよ」

「……えっと、じゃあ、喧嘩でもしてるの?」

「そうでもなくて……その」

 

 宇佐美は窺うように猟樹へと目配せし、沈黙の末に彼が頷いたのを見て再度口を開いた。

 

「宰孤くんとは元同級生ってだけ」

「っ」

「……」

「なぁんだ、つまんないの」

 

 恐らく気が付かなかったのは小南だけだ。

 猟樹宰孤は現在17歳であり、高校には通っていない。しかし義務教育である中学校には当然、通っていた。当時の知り合いが流した話によると、学内で最も優秀な生徒として知られていたとのことだ。

 そして──第一次大規模侵攻が行われ、彼の妹が死んだのが今から四年前。

 猟樹が中学一年生だった頃の話である。

 

 元同級生。

 

 では、()()()

 

「言ったでしょ、妙な空気になると」

「……すまない」

「?」

「ま、バカには分かってないみたいで、良かったですが」

「ちょっと! 今完全にあたしのこと見ながら言ったわね!?」

 

 その後、他愛ない近況を数分だけ話し、猟樹は玉狛を後にした。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 猟樹が本部を出入りする時は基本的に裏口を使う。風間からの強い諫言もあり、極力人目につかないようにするためだ。

 しかし、猟樹宰孤の名前はつい先日大々的に広まったばかりである。

 彼は今回の遠征部隊のリーダーだ。

 今後、更にその名が知られていくことは間違いない。今更姿を隠すのもバカバカしくなり、彼は最寄りのコンビニでカロリーメイトを買い込むと、堂々と正面入り口から本部へと入った。

 

 その瞬間、集まる視線。視線。視線の数々。

 

 大半は負の感情が込められていたが、積極的な鋭さはない。どちらかというと、軽蔑ではなく腫物に怯えるような物忌みの精神が見え隠れしている。

 

 ──たった一人の隊員にここまで過剰反応しているようでは、本当の戦場で使える奴なんて何人いることか……。

 

 舌打ちをしながら人混みを貫き歩く猟樹。彼に遠慮なんて概念はなかった。

 そんな衆人環視の中。

 とある少女が猟樹の袖を引く。

 

「せ、先輩。猟樹先輩」

 

 知っている声だった。

 

「おや、双葉ちゃん……と、加古さん?」

「こんにちは、猟樹くん」

「どうも」

 

 つい先週、喧嘩別れのようになってしまった少女と、その隊の隊長である加古望である。

 猟樹としては微塵も気にならない些末な出来事だったのだが、黒江双葉は今更になって重く受け止めたのだろう。新鮮で沈痛な表情の中、黒江は慎重に唇を動かした。

 

「こ、この間は……申し訳ありませんでした!」

 

 まさか出会い頭に謝罪されるとは思わず、猟樹は言葉を失ってしまう。

 

「先輩の過去のログを拝見させていただきました。それで、何も知らない自分が、どれだけ無礼なことを言ってしまったのか、ようやく気付けました……」

「私も聞いたわ。ゴメンね。うちの双葉が随分ときつく当たっちゃったみたいで」

「別に気にしてませんが、謝罪というなら受け取りましょう。誠意は疑いませんよ」

 

 言って、猟樹は黒江に顔を上げるように促す。しかし、少女は頑なに姿勢を崩さない。

 

「『幻歩』──先輩がかつて使っていた、完全オリジナルトリガー。その内容は、予め設定しておいたモーションの幻影を任意で出現させるというものです。戦闘の最中にモーションを取捨選択するという点で、あたしの『韋駄天』とよく似ていました。……隊長があたしに先輩を推した理由も、今なら分かります」

「あ~、そんなのも使ってたね……」

 

 今は懐かしきB級シューター時代。現A級の嵐山准やB級13位の柿崎国治らと共に一気にランク戦を駆け抜けたのは、彼にとっても輝かしい思い出だ。

 当時、彼はアタッカーとして既にマスターレベルに達しており、シューターとしても個人ポイントで5000以上を稼いでいた。もう少しでオールラウンダーを名乗れたのだがその前にオペレーターに転身してしまったため、最後の記録はシューターとして終わっている。

 

 ちなみに、猟樹がエンジニアとしても活動を始めたのは、彼が隊の動きを一から百まで指示する害悪オペレーターと化したからなのだが、それはまた別のお話である。

 

「改めて、あたしに戦い方を指南してもらえないでしょうか……!」

「え、無理」

「……!?!?」

 

 真摯に頼めば断られないと思っていたのだろう。実際、猟樹は貪欲に強くなろうとする者を有能な駒として重宝する。しかし、頼まれれば誰彼構わず鍛えてやれるわけではない。

 

「そこを、どうにか、お願いできませんか……」

 

 悔しそうに下唇を噛む黒江に、追撃とばかりに猟樹は言った。 

 

「太刀川さんから言われたろ? 俺に鍛えてもらえることが、どれだけ恵まれてるかって。まぁ、つまりそういうことだよ。あの時は気が向いたから付き合ってあげようと思っただけ。今はマジで忙しいし。だから嫌だし無理なんだ。二重にね」

「……」

「あちゃ~、ま、そうよね~」

 

 何となく分かっていたのだろう。加古が励ますように黒江の背を撫でる。

 

「じゃ、猟樹くん。こうしない?」

「はい?」

「もしも私たちが『猟樹隊』選抜試験に受かったら、君は改めて黒江に韋駄天の使い方を教えなければいけない。私たちにも良い経験の機会だし、戦力を望む君にも悪い提案じゃないはず。二重にね。どうかしら?」

「…………」

 

 ──なるほど、提案そのものは理に適っているのかもしれない。

 

 遠征部隊は少数精鋭だ。今回はチーム単位で選ばれないため、応募者は単騎で強力な隊員であればあるほどいい。そこに、A級の加古望や黒江双葉が参加を希望するのは猟樹としても望む所だ。

 A級、という肩書だけを見ればの話だが。

 

「まぁ、構いませんよ。それなら」

 

 溜息交じりに応える。

 猟樹は内心、加古のアホさ加減に呆れていた。

 

 そもそも猟樹隊選抜に、試験らしい試験など存在しないし。

 

 加えて彼は、遠征部隊に加古(アホ)黒江(ガキ)を選ぶつもりなど毛頭なかった。

 まだ公表はされていないが、人員選定の最終的な権限は猟樹に一任されている。彼女たちが選ばれる可能性は、既にほぼゼロなのだ。

 

「よしっ! じゃ決まりね! 行きましょう、双葉」

「はい! 猟樹先輩も、どうぞよろしくお願いします!」

「まだ教えると決まったわけじゃないけどなぁ……」

 

 二人と別れ、今度こそ猟樹は開発室へと足を向ける。

 話しているうちに、周囲からの注目は強くなっていった。これで遠征を希望する隊員が増えれば彼としても万々歳である。あながち、今のは無駄な会話でもなかったのかもしれない。

 

「待て」

 

 ふと、背後から肩を掴まれた。

 黒江と加古から逃れた途端にこれだ。今日は色んな輩に絡まれる日なのかもしれない。

 振り向く。

 鋭く熱い目をしていた。

 

「君は……」

 

 城戸派の中で、猟樹と近い地位に位置する少年──三輪秀次がそこに立っていた。

 

「……三輪くん。確か、君は今日非番なんじゃなかったっけ……?」

「そうだが、どうして知っている」

「そりゃ、万一にそなえて一応全員のシフトは把握してるし」

「ほう。相変わらず凄まじいな。流石だ」

 

 こうして面と向かって、本心から猟樹を褒めてくれるのはきっと三輪くらいなものだろう。

 

「少し話さないか?」

 

 

 ◇◆◇

 

 

 開発室で談合するわけにもいかず、猟樹は三輪隊の作戦室に案内された。

 先客はいない。野郎だけで二人きりの空間に、猟樹は何故か身の危険を感じてしまう。心なしか、普段から熱い三輪からの眼差しがねっとりと甘く蕩けるようなものに変わった気がした。

 

「茶でも出そうか」

「お構いなく」

 

 社交辞令とばかりに遠慮してみるが、どうやら拒否権などなかったようだ。何処から知ったのか、猟樹の好物であるハーブティーが出される。

 

「お前の口に合うと良いんだが」

 

 試しに一口すすると、色味も香りも味も完璧に彼のストライクゾーンド真ん中だった。実に旨い。そして気持ちが悪かった。

 とはいえ、三輪は普通に気を許せる友人である。

 ネイバー憎しの志を本心から共有しており、猟樹としても彼には一定の信を置いている。

 

「話というのは、今回の遠征のことだ」

「ほほう?」

「驚いたぞ、オペレーターとしてお前がリーダーとは」

「前々から計画はされていたらしいけどな。主に本部長の反対が強かったんだが、今回は折れたそうで」

「あぁ、俺もその場にいた」 

「へぇ、初耳だな」 

 

 しかし、予想できなかったことではない。城戸司令はよく三輪を番犬のように従えている。いくら能力もあり忠実だとしても、行動が予測できない猟樹よりは側近として遥かに信用できるのだろう。

 その客観的評価を、酷く正しいものとして彼は納得していた。

 

「通常、一つの隊の人数上限は5人とされる。それ以上の部隊となると、オペレーターの能力が追い付かないからだ。ボーダーに優秀なオペレーターは多くいるが、4人の戦闘員を抱えているというだけで、混戦では情報処理が追いつけない者も多くいるという」

「仕方ないだろ。いくらマルチタスクに秀でてても、並列思考には限度がある。全員が全員、聖徳太子の生まれ変わりって訳でもない」

「そうだな。ところで、聖徳太子は同時に7人までの話を聞けたというのが通説としては強い。さてお前は、12人もの隊員の情報を聞き分けられるのか?」

 

 挑発ともとれる質問を、猟樹は鼻で笑い飛ばした。

 

「アホか。笑い話にもならん」

「……フ、すまない。愚問だった」

 

 常人に出来ないから何だと言うのだ。猟樹宰孤が戦術指揮者としてボーダー内最強であるという評価は、既に司令直属の派閥内で凝り固まっている。

 それでも、まだ指揮官として忍田本部長の方が優秀である、といった声が根強い。しかしそれも、猟樹がオペレーターを担当した隊の勝率が実力に関わらず八割を超えるという逸話を知れば、容易に否定できるというものだ。もちろん、表立った対立を避けるために、そんなこと大きな声で吹聴できないが。

 

「お前は今回、どこまでやるつもりだ」

「……」

「安心しろ。俺が他言すると思うのか。本音で語ってくれ」

「……そうだなぁ」

 

 三輪のことを疑ってなどいない。

 結局の所、猟樹は玉狛であれだけ大見得を切っておいて、過激すぎる程に過激すぎることをするつもりはないのである。だが、三輪の表情を見る限り彼は猟樹隊の大暴れを期待しているようだ。ネイバー撲滅を目論む同士として、猟樹はその気持ちに共感しないこともないが。

 

 ──さて、三輪の希望に沿う形で、どれだけ過激な言葉を選べるか。

 

「遠征の主目的は本来、向こう側に連れ去られた者の捜索だ。新しいトリガーの獲得は、あくまで二次的な目的に過ぎない。いわばおまけみたいなものだ」

「……そうだな」

「だけど俺は()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 嘘は一つも言っていなかった。

 

「冷たいようだが、俺は行方不明者を死んだものとして考えてる。もしも見つけたとしても、きっと俺は積極的に救助活動をしようとはしないだろう」

「……見捨てる、とは言い切れないのか、そこは。お前なら一匹でも多くの敵を屠ることに全力を尽くすものと思っていたが……」

「私怨だけで目先の判断を下すのは愚か者のすることだ。もしも連れ去られた者を奪還することに成功すれば、今後の遠征予算が増えることは目に見えてる。ただし、あくまでたまたま見つかればの話だ。俺の主目的は別にある」

 

 猟樹は本部の意向に従うつもりなどなかった。彼は独自の理念で動いており、そして、それを上層部で唯一城戸正宗だけが把握している。

 彼の目的なんて、四年前から一つに決まっている。

 

「司令には既に伝えてある。三輪くんにも、教えとこう。

 ──俺は本気で『近界(ネイバーフッド)』を完全に滅ぼすつもりだ」

「っ!!」

 

 三輪の目に光が灯った。

 

「短期的には不可能だろう。だから向こうの情勢を把握し、利用する。今はその準備段階だ。俺たち由来の波なんてたかが知れてるからな。俺はボーダーに期待している。しかし、過信はしていない」

「……俺たちではまだ力不足ということか」

「当たり前だ。守る戦力はあっても、攻め入る戦力は出来上がっていない。心構えからしてまずそうだ」

「ではお前は具体的に向こうで何をする?」

「一言で言えば()()()()()。未踏の地の状況による。だが、もしも俺の望む環境が完全に完成しているなら──恐らく、俺は帰ってこないだろう」

「…………」

「まぁ、第一段階からそんな都合の良い展開はないと思うけどな」

 

 実際、猟樹が想定しているのは各国の敵対状況を広く把握し、どさくさに紛れて新規トリガーを簒奪する程度のことだ。

 旧ボーダー時代には、ボーダーが同盟国の戦争に加入したという話も聞いている。

 現実的に、戦争という状況はあり得るし、誘発し得る事象という訳だ。

 しかし、短期的に攻勢に出るのはリスキーとしか考えられない。近界における戦争事情なら容易く想像できる。真正面からの戦争では、追い詰められたものが(ブラック)トリガーになり、勝敗を傾かせるという事態が発生しかねない。

 向こうの世界には行ったことはないが、猟樹は既にそこまで見えていた。

 

 やはり最善手は、あくまで大きな争いを横から突き、更に大きな争いを誘発すること。

 作るべき状況が最初から完成しているとすれば、猟樹はきっと自分から望んで向こう側に残り、内部から近界を腐らせていくことだろう。

 

「……噂がある。お前が遠征の最中、隊員を意図的に黒トリガー化させようとしていると」

「何だそりゃ。それだけは絶対にあり得ない。そもそも俺は黒トリガーなんて嫌いだ」

「というと?」

「アレは死人の安らぎを踏みにじる最悪の兵器だ。自分の家族が死後も武器として活用されてるとしたら、考えただけでぞっとする。死人は眠らせなきゃダメだ。それに、戦略を食いつぶす戦術って概念も好きになれない。もしも誰か黒トリガーになるとしたら、それは俺のことだろうな」

「それほどの覚悟か」

「あぁ」

 

 ──猟樹宰孤が『ぶっちぎりの闇落ち野郎』と言われる所以に、こんなものがある。

 

 彼は、自分の仲間にも命を賭けさせる。

 実際に彼が求めていたのは、そういった我武者羅な姿勢というだけな話だが、少なくともそんな噂が立つ時点で断言できることが一つ。

 彼自身、猟樹宰孤自身は、間違いなく命を張って戦っているということだ。

 

「お前を尊敬している」

「どうも」

「お前の力になりたい」

「そうか」

「俺は希望するぞ。お前に付いていく。『猟樹隊』に加えてくれ」

「…………」

 

 猟樹は一瞬だけ悩んだ。

 迅悠一が彼を露払いしたのは十中八九、近界からの来訪者を迎え入れるためだ。玉狛にとって都合の良い土壌を用意するのはあまり気分が良くない。

 

 猟樹の野望を実現するために、長期的にはボーダーの中核を城戸派で染め上げる必要がある。

 

 彼が居ない間、玉狛へのカウンターカードとして有力なのが三輪である。この少年ならきっと、迅の企てに反発してくれるだろう。

 しかし──彼一人で同時に頓挫させることが不可能だとも感じる。

 

 ──それなら、いっそ手元に置いておく方が良いか。

 

「君を歓迎しよう、三輪くん」

「っ! あ、ああ! 全力を尽くす!」

 

 二人は力強い握手を交わした。

 三輪の内定は決定である。

 遠征部隊・猟樹隊の枠は、あと11名──。

 

 




主人公が黒トリガー化って現実的にめっちゃある可能性だと思う。



あ、ちなみに残りのメンバーはさくっと決めていきます。一人に一話使うのは多分今回だけ。
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