温泉でのゴールドシチーのお話。
変わったもの、変えられなかったもの。今までのアタシの前には両方あった。じゃあさ……ただのトレーナーってのは変えられんの?

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悪くないかな

 前に一度来たことのある旅館。あの時はアタシが荒れてる時に当てた旅行券で一緒に来たんだった。

 今回は違う。私はまだまだ変えられないかも知れないことに挑みに来たんだ。

 

「あのさ

 アンタをただのトレーナーじゃなくするにはどうすればいいのかな」

 

 まだまだ続くはずのなが〜い旅の途中。大半の大人から見たらひよっことか子供って思われる年数しか生きてない私だけど、学んだことがある。

 この世の中には変えられる事と変えられない事の二つがあるってこと。

 例えば私が逆立ちしたって変えられないのはモデルのアタシ。

 朝の日差しとアラームに勝てない寝起きの悪いアタシ。

 素直に感謝しようとしても照れ臭くなって逃げちゃうアタシ。

 まだまだ沢山あるけれど、変えられないことは結構、色々ある。

 変えたいと思う事も沢山。

 変えたいって思うものは運命とかそういうのである程度決まってたりして、簡単には変えられないものばかりだったりして……

 それでも変えられた事もあった。

 ゴールドシチーには泥も似合うって認めさせられたとか。

 モデルのシチーじゃなくてレースのシチーとしても見てもらえたとか。

 トレーナーを信用できる様になって、任せられるようになった事とか。

 沢山走って、悩んで、叫んで、怒って、当たり散らして、そしてまた悩んで、トレーナーにぶつけて……喚き散らしてまた走って。そうしてここまで走ってきた。

 そんな今の自分を結構気に入ってる。

 あの日最初はこのままでいいと思ってた。ずっとアタシのトレーナーでいてくれる保証なんてないのに、それが当たり前なんだと疑う気も起きないぐらい信用してたんだって気づいた。

 だからそのままアンタはアタシにとって『ただのトレーナー』でいいと思ってたんだ。ただアタシの走りを見て、指導して……色目とか心酔じゃなくて走りを見てくれて、たまーにすごく綺麗だ!って伝えてくれる。そんな関係でいいと思ってた。

「ただのトレーナーじゃ満足できなくなっちゃったかも……って言ったらどうする?」

 これはアタシに変えられる事なのだろうか。

 答えは目の前のトレーナーしか知らない。

 

「少し歩くか」

 

   ⭐︎⭐︎⭐︎

 二人で走る四度目の秋、移り行く季節を走り抜けた二人組が夜を歩いている。月明かりに照らされて風になびくブロンドが綺麗に光る。その金髪が誰のものかわかるほど美しく輝いていた。

「シチーが好意的に見てくれてるのは知ってる」

 何のことないただの一言、砕けた会話のワンシーンの様に男は話し始めた。

「でも俺にとってシチーは担当バでずっと走りを見ていたいだけ……ただのトレーナーでいい、十分だ」

「嫌じゃない嬉しい……でも不安になる」

 歩みが遅くなったシチーに合わせる様に男は歩幅を半歩縮めた。男が取ったその距離は近すぎず遠すぎない適度な心の距離のようだ。

「そういう優しいところ……好きだけど他の人にも当然の様に出来ちゃうでしょ?桐生院さんとか、たづなさんとか……記者の人にだって」

「だってシチー、俺が周りに冷たい態度取ってたら怒って俺を蹴り飛ばしにくるだろ」

「あったりまえ!アタシのトレーナーなんだったらそれぐらいこなして当然!」

「その当然をこなしてるわけだが」

「っっ。ムカつく」

 トレーナーとの間にできた距離をウマ娘の瞬発力で駆ける。本気での跳躍、一歩、二歩。三歩目にはいつもの歩幅に戻してトレーナーの真横に止まった。

「シチー?」

「そういう分かってるって風にされるのいつもならムカつくし、ムカついてるけど」

「で?」

「アンタなら仕方ないなって許せてるアタシもいるのがムカつく」

「今のはお前が自爆しただけだろ!理不尽すぎる!!」

 次の瞬間、トレーナーの右足目掛けてゴールドシチーのすらりと伸びた足が飛んできた。

 わかってんだよ。と言わんばかりに先に動きだして逃げ始めた男一人。

「浴衣でそんな動きすると見えちゃうぞモデルさん」

「見たら倍蹴る。そんでもって頭叩いて記憶を飛ばすっ!」

 いうや否や、先程見せた瞬発力を発揮して男を追いかける輝くブロンド。浴衣での追いかけっこが始まった。

 

 ーーー数分後、膝に手を当てて息を荒げている男と、勝ち誇った余裕の表情でトレーナーの袖を掴んだゴールドシチーがいた。

「参った、参った……」

 はぁ……、はぁ……。も荒くなった息を整えようと深く空気を吸い込みながら

「そもそも…、現役の、ウマ娘に。走りで、、勝とうって、のが無理…あんだろ」

「逃げたのはアンタでしょ。あーでも意外と手こずったな」

 ようやく整った呼吸に歳をとったなと感じながらゆっくりと膝から手を離し、大きく息を吐き出しながら腰を伸ばして頭を上げた。

 隣ではブロンドのウマ娘が胸元をパタパタと扇いでいた。

「あっつくなってきた……温泉浸かった直後にやることじゃないわ」

「暑いのは分かったが、着崩すのはやめろ。人の目を気にしろ、それと自分が有名だってことを思い出せ」

「大人ってめんどくさい」

「悪かったな」

「それにこんなに暗かったら誰にも見えないし……見えるのはアンタぐらいだよ?」

「そんなの見て捕まりたくはねぇな。早めに着直してくれ」

「もう少し涼んでから」

 歩き始めたシチーに袖を引きづられなんとも言えない二人組が完成していた。なんというか……これ捕まったりしないよな。

「はぁ…。もう逃げないから離せ」

「あーーーー、聞こえなーい」

「ったく。好きにしろ」

「最初に言ったでしょアタシ結構わがままなの」

「知ってる」

「わがままで気難しくて面倒だけど……信頼と期待を裏切らない、それがアタシ」

「俺の担当めんどくさ」

 やれやれ。そんな風に頭を振りながらブロンドの女と同じ歩幅で横を歩く。歩き始めた時よりも近くなったその隣を。

 

 こうして腕を引かれてどのくらい歩いたか……上がった息も溜まった熱も無くなり少し夜風が冷たく感じるくらい。前を歩くシチーの歩調も変わらずそれでも何故か耳だけは垂れていっていた。

 腕を軽く叩いてくる尻尾と時折こちらをチラチラ覗く瞳。早く最初の答えを聞かせろと暗にあっているのだろうが、もうそれは最初に言ってあるわけで……

「そろそろ冷えてきたわ」

 袖を離されたと思えば尻尾に巻き取られ、その間に彼女は着崩れた浴衣を正していく。そんな所作すらも綺麗に整って見えるのだから困ったものだ。

「器用だな」

「まぁこれでもモデルですから…ねって。浴衣ぐらいは慣れたものよ」

「そっちじゃなくて尻尾の方」

 半眼。ジト目というモノを向けられた。そんな顔でも綺麗に見えるから本当に整った顔で、シチーが俺に言った『アタシのビジュアルかなり好きっしょ?』の言葉を思い出す。

「ウマ娘なら誰でもできるっしょ」

「そんなもんか」

「そんなもんだよ」

 シチーがため息混じりに夜空を見上げ、月が見えたであろうところで歩みを止める。

「で?アンタは何のためにここまで来たの?」

「べつに」

「適当すぎるっしょ」

 呆れたと書いた顔と鋭く細められた三白眼がこちらに向いて首を傾げる。

「まぁでもやっぱりシチーのトレーナーはやめねぇな」

「アンタは今のままがいいって事?」

「満足してるっていえばそうだ。この後もシチーが走り続けるサポートをしながら、他の奴の面倒見たり、アオハル杯でチームを組んでそこのリーダーを任せたり……まだ気が早いがドリームトロフィーに挑んでシチーに優勝させて……今度はツーショットの写真撮ってもらって記事書いてもらうとか。面白そうだろ」

「……それ本気で言ってんの?ウケる」

 堪え切れない程だったのかお腹を押さえて膝を叩いている、爆笑じゃん。

 あのシチーが……爆笑?!今までユキノビジンと話していた夏合宿でしか見たことがない。あのシチーが?!面白い事なんて何もないはずだが。今後の目標を語っただけのはずわからん。

「わからんって顔してる」

「してたか?」

「仕方ないから、教えてあげる」

 ピョンと軽く飛んで半歩ほど目の前に。そのまま瞳があった。少し下、いつものシチーの位置から聞き慣れた声。

「アンタ……ビジュアルだけじゃなくて本当アタシのこと好きなんだね」

「おい、待て。どうしてそうなる?」

「だってさっきアンタが言ったの殆ど私がいる前提の話してたでしょ」

「そう……だったか?」

 直前にも見た呆れ顔……から悪戯を思いついた悪い顔になった。あまり好きではないが教えてもらわないとわからない。仕方ないな。

「アタシとアオハル杯に挑むこと。

アタシとドリームトロフィー取りに行くこと。

アタシと一緒に取材されること、ツーショ付きで。

ほら全部アタシと一緒にやることばっかじゃん」

「……まぁそうだな。シチーと走るのは楽しいしそうなるのも当然か」

「認めるんだ?」

「じゃなかったら三年の契約伸ばしたりしねぇよ。でもシチーが求めてるのはそうじゃないだろ」

「そーね。わかってるっしょ?」

「だから好意には気づいてる。けどそんな俺に何を求めてんだよ。変えたいってどう変えたいんだ」

 うーんそうだなぁ、悩む素振りで右に左にウロウロと。パッと思いついたかのように俺を覗きこんで口を開く。

「アタシだけのトレーナー……とか?」

「無理だろ……他の奴の指導も来年から決まってる。その事はお前にも話してあったはずだが?」

 わかってるよそんな事。呟きながら大きく息を吐いたゴールドシチーは小さく見えた。いつも凛々しく綺麗にかっこよく、そんな彼女の姿はどこにもなかった。

 

 ☆☆☆

「なんか最近痛いんだよ。胸がさ……

 チクチクじゃなくてじんわり痛いの。今まで感じたことのない痛みで、治し方もわかんなくて不安で。なんで痛むんだろうって。

 アンタが居ると痛む気がする。アンタが私以外と楽しそうにしてるのがムカつく。でも笑ってて欲しいとも思う。

 あ〜あ。どうしたらいいんだろうね。きっとこのままモヤモヤしたままだとアタシ……また不甲斐ない走りしちゃう。

 教えてよトレーナー。アンタはずっとアタシを見てきて、一番私の近いところにいたでしょ。アンタなら元のアタシに戻る方法を知ってるはず」

 

 彼女が口にした悩みは誰もが一度は通ったことがある様な甘かったり苦かったりするもので、思春期の子達には日常を左右する大きな問題だった。

 

「なんていうか……大人になったな。まだまだ手が掛かると思ってたのに子供の成長っていうのは本当に早い」

「そんな言葉で茶化さないで」

 

 茶化したつもりはなかったが、じっとこちらを見つめてくる瞳。真っ直ぐに射抜くその視線に背筋がピンと伸びた。ここははっきりと答えなきゃいけないところだ。相手が子供とか関係なく俺が大人だからとかも考えず、想いに真っ直ぐに。

 

「何度も言うがシチーの好意は知ってる。マネジさんにも釘刺されてるし、何より分かりやすいし」

 だからだろう、急いで大人になる必要はないと。君は君らしく、ゴールドシチーらしくしていれば良い。

「その痛みは大人になっていくもの、大人に成っていってんの。シチーがうざがってる大人って奴らもお前らと変わらない。少し早く生まれて少し早く痛みを知って……喜んだり悲しんだりをちょっとばかし多く経験しただけ。あんまり変わらない。

 変わったとすればそうだな痛みや激情に慣れていく事。達観って奴で、あぁこんなものか……って素直に現実を受け止めちまう」

「は?よくわかんないんだけど?」

「このバカ」

「はぁぁ?アンタの話長すぎ!」

 話しすぎた事を誤魔化す為に大きなため息一つ。大きく吸って肺に満ちた冷たい空気を少しずつ吐き出して言葉を流す。

「つまりその痛み大切にしておかなきゃいけないもので、これからシチーが輝く為に必要な要素。今お前は成長してんの。それを無理に押し込めなくていい、存分に痛がって走れ」

 

 優しく彼女を辺りを照らす月明かりと風になびくブロンドを持った美しい少女に覚悟を問う。

 

「痛くても痛くても……走りをやめたいと思わないだろ?」

「うん」

「モデル辞めたいわけでもないだろう?」

「うん」

「じゃあ今はこのままだ。俺たちはただのトレーナーとウマ娘で走り続ける」

「ずるい」 

 ゴールドシチーは震えた声でボソリと呟いた。

「大人は好き勝手言ってその気にさせる甘い言葉をぶらさげて……そういうのずるい」

「そのうちお前もそうなる」

「大人になりたくないわ」

「急ぐ必要はない。いつかその痛みに慣れる頃にはお前は立派な大人になってる。急がなくていい、ゆっくりでいい。

 それに痛まない方法を教えてなんていうけど、シチーは誰かに決められるの嫌いだろ」

 うーん、そう唸りながら赤くなったり俯いたりの百面相。どの表示網も見てれてしまうほど綺麗なのだから美人っていうのは困ったもんだ。

「……それはそうなんだけど。アンタに決められるならまぁ悪くはないかなって」

「はぁ……ゾッコンかよ、若いね〜〜」

「子供だからって茶化すな!!アタシは今日!本気でっ!『トレーナーをやめる気はない。でもシチーがレースを引退したらどうなるかな』

「は?そりゃあアンタが私のファンになるんでしょ。アンタの言う通りならただのファン」

「こんなに長く一緒にいてただのファンは難しいだろ」

「そんな事無いんじゃない?」

「ファンも悪くはないけど、そうだな……引退式を派手にやって、学園を笑顔で卒業して、それでもまだ胸が痛んでたら、やるよ俺のトレーナーじゃない時間」

「は?」

「代わりにモデルでもないゴールドシチーは貰っていこうかな。朝に弱かったり、料理が得意じゃない、たまの休みには寝巻きで過ごすゴールドシチーの隣を」

「……アンタなんかに上げたくないんだけど?そもそも世界探してもなかなかいないトップモデルのプライベートに見合ってねぇっての」

 赤くなって照れた顔を隠しただろうその背は必死に虚勢を張るあたり……めんどくさくって手のかかる愛バ、ゴールドシチーって感じだ。

「かわいいねぇお前は」

 よしよしと優しく髪を撫でる為に伸ばした手は

「ざけんな!」

 あっけなく叩き落とされた。ちょっと痛い。

「でも……まぁ悪くはない。そんなアタシはうん。悪くない。貰ってあげてもいいよ、でもその時までアンタを好きだったらだけど!!」

「へいへい。めんどくせ」

「って言うかアンタそんなに好きなんだったら自分から言うぐらいの甲斐性見せたらどうなの?年下の女の子に告られて仕方なくもらってやるってかっこ悪すぎ」

「は?恋愛のこと知らなすぎんだよお前は。一段飛ばしどころかスタートと同時にゴールインだぞお前」

「え?まじ?」

「そうそうそんなんじゃ大人はまだまだ遠いなぁ」

 

 トレーナーに茶化されながら明日に未来。きっと二人で歩けるはずのその先……優しい声で起こされて寝ぼけ眼を擦りながら「おはよう」って。そんな朝は好きになれる。

 ただのトレーナーは簡単に変えられなかったけれども。

 走りを無くしたあとでも空っぽのお人形。それでもアンタのトレーナーの隣に入れるのは……そこで笑えてるアタシは

「      」

そう思えた。


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