「さて、君の執務室に来たのは理由がある。一人の天才が科学を推し進めるとはよく言うが、こと文章に関しては、どれほどの人間だろうと推敲を重ねなければいけないはずだ。宝石を宝石で加工するように、文章の添削は他者の意見が必要なのだ。特に今回の文章は老若男女幅広く見てもらう意味がある。最終的に不特定多数を対象にするなら、他者の忌憚のない意見は貴重だ。特に今回の対象は子供を中心に見ているからな」
「ええと、つまり……」
私は考える。目の前のソファに座る無愛想なフェリーンの意を汲む。
「要約すると、この前の謎解きゲームを作ったのが楽しかったから、今度は子供たちのために解きやすい謎解きを作りたいと」
「……要約しすぎだが、まあいいだろう」
急に長話をされたと思ったら、そんなことか。
事の発端は数日前に遡る。ロドス基地内を使ったゲームの脚本をケルシーが手伝ったのだが、それからやけに謎解き問題を作るのにはまっているようなのだ。フォリニックやワルファリンから聞いた話である。
一体彼女にどんな心境の変化があったのか……とは思ったが、特に疑問はない。
ケルシーは子供には優しいのだ。子供には。
「私が問題を見て、それが子供でも解けるかどうか判定してもらいたいんだな」
「そうだな。子供に聞くのが一番だが、大は小を兼ねると言うし君に任せる」
褒められたのか? まあポジティブに受け取っておこう。
「ではさっそく問題を見てもらう。三つあるため順番に見て言ってほしい」
左上が綴じられた紙を渡され、さっそく一枚目を見てみる。
Q 次の読み方を答えなさい
『子子子子子子子子子子子子』
あ、ダメだこりゃ。一問目からカオスすぎる。
まるで意味がわからなかった。子の文字が羅列しているだけで、これをどう解けとか説明が一切書かれてないのである。
「ケルシー」
「なんだ?」
「これが子供向けってマジ?」
「本当だ。何か問題があるか」
「大ありだよ。最初から難易度が高すぎる」
「子なんて字はすぐに習うだろう」
「子の読み方はわかるんだよ。ただ手がかりがあまりにもなさすぎるし、難易度が高すぎる。何度読んでも全くわからん。子がゲシュタルト崩壊しそう」
「発見したのは確かファウストで、元は図形の形が崩れる現象のことを指していたが、そのまま文字にも扱われ――」
「ゲシュタルト崩壊の説明はいい。とりあえず一問目は置いといて、他のを見て行くぞ」
二枚目の紙をめくる。
Q 24mの道の端から端まで3mおきに木を植える。さらに木と木の間に1mおきに花を植えたい。さらに花の色の種類はいくつかあり、木の間の花の色は一緒にしてはいけない。また、同じ色の組み合わせも一つもないものとする。
さて、合計の木の本数、花の本数、色の種類はそれぞれいくつか。
これ謎解きでも何でもないじゃん。植木算にめっちゃエッジ効かせたやつじゃん。
「謎解きじゃなく、算数の問題だと思うんですけど」
「花の本数までなら単なる植木算の応用だろうが、そこに花の色を合わせれば謎解きとなる」
その定義がもはや謎だよ。
「算数の問題としてはいいかもしれないが、やっぱり謎解きとするには違うな。謎解きはある程度の知識があれば誰でも解けるってお触れがあるから」
「植木算は誰でも解けるのではないか?」
あ、これは認識の違いだ。ケルシーのある程度の知識は、範囲が広すぎるのかもしれない。
「とにかくこれでは算数になってしまう。次に行こう」
何か言いそうな雰囲気だったため、すぐに次に行く。
Q 13枚の金貨がある。この中に1つだけ重さの異なる偽物の金貨が含まれている。
偽物の金貨が本物より軽いのか重いのかは分からない。天秤をちょうど3回使って――
そこまで読んで紙を裏返した。
「どうした?」
「13枚の金貨は確かに謎解きの一種であると思う。だが、コインそれぞれの軽重がわからないやつは一番子供に出したらダメなやつだ。これ系で最高難易度のやつだ」
「偽物が重いタイプの問題を解いたがあまりにも簡単だったからな。そこに色をつけた」
色を付けすぎだっての。
「まずは簡単なものから解かせてみるのはどうなんだ? そこから難易度を上げるとか」
「……それはまあ、そうか。妥当ではあるな」
これぞ宝石を宝石で加工する、すりあわせというやつだ。このまま放置してたらまずかったぞ。
「しかし13枚の金貨は元々ある問題だからな。それに数学よりだから、もうちょっと謎解きっぽいものが欲しいな」
そう言ってこれまでの紙を見る。一番謎解きに向いているのが……
『子子子子子子子子子子子子』
嘘だろ……高レベルで底辺の争いしているよ。
「さっきから考えてるが、これは全くわからないな」
「私は解いたが、いささか不親切であるのは否めない」
「え? 解いた? これはケルシーが作ったんじゃないのか」
「違う。元々ある問題だ。序破離という言葉があるように、最初は模倣してから独自に走るのが上達の近道だろう」
ほぼ全部既製品なのかよ。
「この問題は最初のなぞなぞと言われてるもので、それを作ったとされるのは極東の嵯峨天皇という人物だ」
「え? サガ?」
「君の思ってるオペレーターとは違うやつだ。作ろうとする分野の起源だからこそ、今回の企画にはぴったりだろうと取り上げた」
なぞなぞなんてかわいい響きの起源が、こんないかつい問題なのか。
「どういう経緯でこの問題を作ったかを話そう。嵯峨天皇の住まいに、ある日立て札が立てられた。『無悪善』と、一見なんと読めばいいかわからない言葉の羅列が書かれている。そこで学者の小野篁(おのの・たかむら)を呼びそれを読ませると『悪(サガ)なくてよからん』と見事に解読して見せた。しかしそれは嵯峨天皇を揶揄、あるいは呪うメッセージだった。それに腹を立てた嵯峨天皇が、これを読めるということはお前が立てた、製作者自身なのではないかと疑った。必死に弁明する学者に対し、天皇は問題を即席で作り、これを解けと指示したんだ。これが解けるなら、製作者ではないと信じてやるとな」
「そこで出されたのが、子がいっぱい並んだ問題文だと」
「そうだ。元の状態では、さすがに私も解くのは時間が掛かった。そこでヒントを少し付け加えた」
お、助かる。
ケルシーは目の前でペンを取り、何やら書き加える。書き終わり、また出された紙を見る。
『子子の子子子子/子子の子子子子』
全然ダメだ。さっぱりわからない。
「これで解けるだろう。答えは二つの文になる」
「いや、全然わからん。とっかかりがなさすぎる」
「ここまでヒントを出してわからないとは君の頭脳が聞いて呆れる。譲歩はしてるつもりだが、あまり簡単すぎても興が冷めるだろう」
「『の』はどこから出てきたんだ。元の問題文にそんなのなかったぞ」
「それは私にもわからない。ある程度導き出して答えを見たら私も驚いた」
ええ……何その利不尽。
真面目に考えてみよう。おそらく子の読み方に鍵があるように見える。ただ『の』が全くわからん。二つの文って、答えとしてはあいまいすぎるんだ。
……
…………
ケルシーにねちねち言われつつ、ようやく答えが導き出せた。十分くらいかかった。正直、あまり納得はしていないし、達成感もない。
だが、解いてみてわかったことがあった。
「この問題が難しい理由、子供にお勧めできない理由がある」
「それはなんだ?」
「答えが固有名詞じゃないからだ。これは意味ある文が答えだが、意味ある文はいくら何でも広義的すぎるんだ。私が見てきたなぞなぞ、謎解き問題はせいぜい、固有名詞と、理由は○○だから……のような答えが主だと思う。文そのものが答えなのはあまり見たことがないんだ」
「固有名詞だとわかりやすいというのは、なるほどな。数学で考えてみるとわかりやすい。証明問題よりは値が出る計算問題の方が、解きやすいだろうし作りやすい」
おお、私のアドバイスが実るのか。
「それについては見当してみよう」
「単純に難易度を分けて考えればいいんだ。ケルシーが簡単すぎるだろってくらいがちょうどいい場合もある。段階を踏んで次の難易度へ行くなら、誰も文句はないだろう」
ああ、ケルシーと真っ当に対話ができている。いつもは言いくるめられるのに、こと子供となるとすごい素直になる。これはいい傾向だ。
さて、既製品だけではさすがにあれなので、独自の謎解きも作っていきたい。だがまずはこの三つの問題をブラッシュアップしてからだろうか。
そんなことを思っていると、
「やあやあ執務室はここか! ドクター、この拙僧がお側に仕える以上、安心して仕事に勤しむとよい!」
何の因果関係か、サガが入ってきた。そういえば秘書担当になったんだっけ。
身体には似合わない大きな薙刀を持ち、僧衣に甲冑のほんの一部を合わせたような格好をしている。
「おや、ケルシー殿も一緒だったか。何をしているのでござるか?」
下駄をカランカランと鳴らし、まさに天真爛漫の表情で近づくサガに説明をする。ソファに座らせ、コーヒーではなく緑茶なるものを出す。
「ほうほう、俗に言うとんちを作りたいと」
「今考えていてな。ところで、これは解けるか?」
何の気なしにケルシーは紙を彼女の前にスライドをさせた。
『子子の子子子子/子子の子子子子』
「これを意味のある文に訳せとな? はて……」
湯飲みに口につけながら、待てをされた犬みたいにじっと見つめている。やはり無理かなと思ったが、数秒にらめっこした後、目をキラキラさせた。
「おお、わかったぞ。これはねこのこねこ。ししのここじしと読むのであるな」
なんと、すぐさま回答を導き出してしまった。
「サガ。もしかして天皇だった時期があった?」
「え?」
「アホな話をするな。サガ、答えの理由は?」
「子の読み方は三つ。単純な『こ』と弟子などの『し』、そして十二支の『ね』があるでござる。これらを組み合わせて読めば意味のある文章は作れると見た! まあ『じ』だけはちょっと読み方を変えたでござるが」
「大正解だ。炎国での騒動の一件はラヴァから聞いているが、君は相当に頭がキレると見た」
「いやいやそんなこと……何の知識もなかったら無理でござった。私が解けたのは似たような問題を知っているからでござる」
「そうなのか」
「おそらくこの問題もその類い、はるか昔の逸話から来ている問題でござろう。逸話など所詮尾ひれがついたもので、ヒントもなく少々煩わしい答えになるのは、脚色されているため自明の理。これをそのまま出すのは意地悪が過ぎるでござる」
「……」
あ、ケルシーがちょっとダメージ入ってる。
「拙僧がお世話になった寺に、とんちを作るのが好きな僧がおりましてな。地元の子供らに説法のごとく聞かせて人を集めていたのでござる。彼にどうやったらみんなが解けるような問題を作れるのかと問いますれば、作者の自己満足で作ってはいけないと申す。つまり、謎を作る際は人に合わせる心がないといけませぬ。寄り添う心がなければ、ただ難問を押しつけるだけの嫌な人間になるだけでござる」
「ぐ……」
ケルシーに会心の一撃!
「問題はあくまで解かせるためにあるもので、自分の知能を誇示するものではないとも申しておりましたな。知能の誇示は独りよがり、身勝手だとも」
「お……」
もうやめて! ケルシーのライフはゼロよ!
「サガ……」
「ん? なんでござるか」
「その僧の話、もっと詳しく聞かせてほしい。謎解き作りの参考にしたい」
「いいでござるよ。私もいくつかのとんちやなぞなぞは持っておりまする。それでよければ」
こうしてケルシーにとっては苦難の道のりが始まった。何の因果関係か、なぞなぞの起源の名前を冠したオペレーターとともに、みんなに解ける謎解きを作ることとなった。
頑張れケルシー。負けるなケルシー。いつかは子供たちにも、ひいては大人たちも楽しく解ける謎を作れるその日まで。
それまでこのシリーズは続くかもしれない。続かないかもしれない。
そしていつかはアークナイツのキャラ名や設定を使った謎解きを作ってみたい……これは作者の願望。
レ○トン教授、松○亮五が好きな作者の戯れ言。