ついでにカドックも目覚めてます。
「――アハハハハッ!!」
彷徨海はノウム・カルデアに甲高い男(?)の声が響く。
ひとつの世界を救うために六つの世界を滅ぼしてきたカルデアでは久しく聞くことのなかった、生きた人間の笑い声だった。
「笑いすぎでしょ、ペペロンチーノさん」
「こんなの聞いたら無理よ、立夏ちゃん!!」
そのままパリのファッションショーにも出れそうな奇抜な髪色と服装の長身瘦躯――偽名スカンジナビア・ペペロンチーノ。
顔を歪め、腹を抱えて笑う姿すらどこか華がある魔術師は、むくれる同僚――敵であったことも、共闘したこともあった――藤丸立夏を見て、さらにけたたましく笑った。
「チェイテ・ピラミッド・姫路城ってなによ!! 歴史も時代もなにもかも違うじゃない!! なんでそれが縦に積んであるのよ!!」
「わたしも記憶がないのでなんとも。まあ、宝具でピラミッド落としたり、姫路城召喚したりするサーヴァントはいますし……」
「立夏ちゃんも普通に受け入れてるし!! おかしいったらないわ。カドックもそう思わない?」
「僕に振るな」
「ヤダいけず!! アハハハハハッ!!」
全身で拒絶オーラを出す三人目のマスターを尻目にペペロンチーノは数分笑い続け、ついに目じりに涙まで浮かんだあたりでようやく笑声を治めた。
「ほんと驚いた。貴女が世界を救ったことは理解していたけど、これは予想外」
「でしょうね。わたしもびっくりです」
「ウフフ。そうだけど、そうじゃないの」
目じりの涙を拭ったペペロンチーノはまっすぐに人類最後のマスターだった少女を見つめた。
過去三度のハロウィンの記憶だけを喪失し、困惑する彼女は極めて平凡だ。
どこにでもいる、誰でもない普通の人間。
世界を救った魔術師には見えない、年下の女の子。
「私には貴女がキリシュタリアに勝利する場面を想像できなかったけど、そういう経験をしてきたっていうのなら話は変わってくるわ」
「……たしかに。お堅いキリシュタリアがそんなの見せられたらきっと驚くだろうな」
「そうかしら。案外、笑いながら城壁登っていくかもしれないわよ」
彼、ああ見えて意外とひょうきんな所もあったんだから、と付け加えるとカドックは眉をしかめた。
カドックにとって、キリシュタリアは超えられない目標でもあり、コンプレックスでもあったのだろう。
未来を約束された時計塔のエリートとマスター適性があるだけの平凡な魔術師。
お互いがそれだけではないということを知る機会を自分たちは取りこぼし、そして、その機会は二度と訪れない。
「私たちAチーム……元Aチームは、お互いのことをもっと知った方がよかったんでしょうね」
きっと、とペペロンチーノは想像する。
――
数多の魔神柱を極天の流星雨でもって迎え撃った最終局面。
もしもその場に立っていたのがキリシュタリアであったとしても、きっと九つの門を超え、ソロモンに到達しただろう。
ソロモンを打倒することも。
たったひとりで、他のAチームの誰がおらずとも。
自分たちが蘇生されたことがその証明だ。
異星の神との契約で、彼は七度世界を救ってみせたのだから。
――だけど、きっと取りこぼしたものがあった。
過去に捨て去り、廃棄した悪性に抗するなにかをAチームは持ち合わせていない。
魔術師は魔術師である限り、善性とは別の価値観で生きてしまうものなのだ。
あるいは、デイビッドあたりは切り札があるかもしれないが、しかしそれは彼自身に由来するものだ。
復讐者だの別の宇宙のサーヴァントだのが召喚に応じたのはきっと、このどこにでもいる平凡なマスターだったからだ。
「ウフフ、これは思ってたより責任重大ね」
ペペロンチーノはペロリと唇を舐めた。
これから藤丸立夏が失ったハロウィンの記憶を取り戻しにレイシフトを行う。自分とカドックはそのフォローという立ち位置だ。
マスターとしての経験、あるいは特異点を解決した数は圧倒的に彼女の方が上だが、魔術師として――ペペロンチーノ自身は魔術師というより魔術使いだが――助けになれるだろうと思っていた。
だが、ことはそう簡単にはいかないらしい。
もしもチェイテピラミッド姫路城の上に自由の女神が突き刺さっていたとしても、自分は先輩として彼女を助けないといけないのだ。
笑い転げている間に敵に殺されました、なんてことになれば洒落にもならない。
これは難題だった。
久しく感じたことのなかった、諦観を覆す感情を持て余してしまうほどに。
「じゃあ、そろそろ準備しましょうか。ほら、カドックも」
「嫌だ。僕はそんな胡乱な場所には行かないぞ」
「そう言わずにお願い。立夏ちゃんが都合よくハロウィンの記憶だけ忘れるなんてあり得ないわ」
「聞いている限り、忘れたい記憶だとは思いますが……」
「んまあ!それはそうね。でも、きっとこれは作為的なものよ。誰かが立夏ちゃんにハロウィンの記憶を忘れてもらいたかった。そうすることで得をする誰かがいるということ。そういう相手に備えるのが私たちの役目でしょう」
「……僕の魔術は対獣に特化している。そんな呪いだかなんだかわからないものに効果はない」
「貴方がいるだけで意味があるのよ」
ペペロンチーノがそう言うと、カドックは顔をしかめるばかりだが、異論はないようだった。
人類最後のマスターであることと、残り三人のマスターであることは違う。
もしかしたらこの選択はカルデアの善き人々に苦渋の決断を迫ることになるかもしれない。
この中の誰かを切り捨てる瞬間が来るかもしれない。
願わくば、最初に切り捨てられるのが自分であればいいと、ペペロンチーノは思う。
かつて切り捨てた、故郷の人々のように。
「さあさあ着替えるわよカドック。レイシフトは一年ぶりだったかしら。ウフフ、今度は足元に爆弾が設置されてないか確かめないといけないわね」
「やめろ!! 引きずるな!! 強引すぎる!!」
「貴方はちょっと瘦せすぎね、カドック」
片手でカドックを引きずりながらペペロンチーノは光に向かって歩いていく。
己でも見通せない未来へ向かって。
それは、なんて――
――なんて、素敵な未来だろう。
「ああ……ちゃんと出口に辿り着いた」
束の間、夢を見ていたようだった。
漏尽通、己の宿命を悟る魔術によって、あり得たかもしれない未来を垣間見ていた。
だが、運命は変わらない。
出口に辿り着くことはない。
ここが自分の終着点だ。
「……そうだ。立夏ちゃんにちゃんと伝えてなかった」
自分はもう転生することはないけれど。
ここが自分の終わりだけれど。
もしも、もしも、なにかの気まぐれで彼女と再会することがあったときのために。
「妙漣寺鴉郎、それが私の本当の名前」
過去と共に捨てた名前。
どこにも残っていない己のルーツ。
それゆえの、信頼の証。
もしも彼女がその名を覚えていれば、そのとき出会った自分がどんな状態であれ、きっと彼女の力になれるだろう。
そうするのだと魂に刻む。
そんな機会はもう訪れない、お前にできることはもうないのだと、他ならぬ己の魔術が伝えているけれど。
その諦観はキリシュタリアによって一度覆されたのだ。二度目がないとは言い切れない。
万が一、億が一の機会が訪れて不手際を晒してしまったら皆に合わす顔がない。
「ほんと、死ぬ間際にアレコレ考えるなんて、我がことながら仕方ない……ああ、そうか」
ふと、思い至る。
一度きりの特急券を使ってまで会いに来てくれた仲間のことを。
「ありがとう、デイビッド」
天井が崩れる。
崩落は止まない。
光はもはや見えなかった。
「私が一番キレイな時に、会いに来てくれたのね」