好きになってくれた相手と付き合うか。
難しい。
とても、難しい。
もういっそ、押し倒しでもしなきゃどうにもならないんじゃないだろうか。
私は二人きりで花火大会にいくつもりだったのに、まさか「他に誰がくんの?」って来るなんて。いや可愛いけどさ、バカで可愛いと思うけどさ。限度ってもんはあるでしょうよ、バカ大喜。
そもそも私が女子だとわかってないんじゃないかな。減るもんじゃないし、肌の一つも見せてやったら多少は変わるかもしれない。
でもなあ、そういう事して一気にガツガツ来られても嫌だし。と言うか怖いし。
大喜の牡な一面なんて、まだ見たくない。大人になってからだよね、そういうのは。
別にそういう生々しい事がしたいわけでもなくて、普通におデートとかそういうので良い。
そうなると押し倒すってわけにもいかないか、どうしよう。
生産性の無い、堂々巡りの悩みが頭の中を飛び回る。ああ、面倒だな。人を好きになるって、幸せだけど面倒だ。
「蝶野さん、好きです」
土曜日恒例、勉強会のあと。まあ殆ど寝てたけど。寝惚けた頭のまま帰ろうとした、その時だった。
伊藤くんが顔を真っ赤にして、私にそう言って来たのだ。
蝶野さん、まあここにいる蝶野さんって多分私一人だ。そこそこ珍しい苗字だし。
好きです、それは。つまり。伊藤くんが私にわざわざ言うということは、つまり。
まだ七割くらい眠っていた意識が、一気に沸騰する。
いや、いやいや。いやいやいやいや。どゆこと。
「えーと伊藤くん、リピートプリーズ、オケ?」
「あ、うん。蝶野さん、好きです」
もう一度言い直して貰っても、内容は同じ。聞き違いではないらしい。
――え。えええ。えー。伊藤くんは私が、好きらしい。
混乱したまま動けない私の前で、伊藤くんも同じく動かない。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
「あー……のさ、一旦持ち帰って良いかな」
「ぇあ、……うん。また来週、ここで会うしね。返事はその時とかで良いからさ」
ギクシャクとした動きで伊藤くんはそう言って、私に背を向けた。
帰路に着くであろう彼の背中を見送りつつ、私はやっぱり動けない。
いや。本当に、どうしよう。
大喜が好き、それは私の本心だ。でも私は知っている、大喜は千夏先輩が好きなんだと。
私はそもそもスタートラインにさえ立てていない、完全に蚊帳の外だ。
どんなに願っても祈っても、大喜が私を好きになる日は来ない。私たちは、ずっと「友達」だ。「親友」にはなれても、「恋人」にはなれない。そんなの、分かりすぎるほど分かっている。
でも伊藤くんは、私を好きになってくれた。軽々しい気持ちではなく、真剣な顔でそう言ってくれた。
私は、その気持ちを受け入れるべきなんだろう。それはそれで幸せだろうし。
伊藤くんは良いやつだし、顔も悪くない。頭も良いし、いわゆる優良物件だ。
告白された縁から、恋を始めるのも変ではないだろう。
私を好きになってくれる人は、この先何人いるか分からない。その中の一人にこうして巡り会えたのは、天の配剤というものかもしれない。
私は、――。
月日は瞬く間に過ぎて、翌週の土曜日。
ウトウトする暇も無いほど、心臓が高鳴って仕方がない。勉強が手に付かない、という意味では大して変わらないけど。
伊藤くんもそうなのか、ソワソワしているのが見てとれる。
そして、一応勉強会が終わって。私たちは、二人きりになっていた。返事を待つ伊藤くんと、決意した私。
今日かならず、とは言われていない。でも、ここで言おう。
「伊藤くん、あのさ」
胸の奥がザワめき、視界が僅かに歪む。
心のバランスが、崩れていく。
生まれて初めての、事だから。
「私、……好きな人が、いるんだ」
大喜はバカで鈍くてバカで、どうしようもないバカだ。
私を女子とさえ思っていない、千夏先輩しか見ていない一途なバカだ。
でも、それでも。
「相手にもされてないけど、さ。それでも私、アイツが好きなの。だから、――ごめん」
不格好で、不器用で、不躾で。まったく酷い女だと思う、我ながら。
伊藤くんは、少しだけ瞳を潤ませて。こっちこそごめん、と小さく謝って。……立ち去っていった。
バカだな、私も。自分を好いてくれた人を傷付けて、自分を見もしない人を一方的に好きでいて。
報われないと分かっていても、退く事が出来ない。ああ、大バカだ。本当に大バカだ。
大バカついでに、もうひとつバカをやらかそうか。
このまま猪股家へ殴り込んで、大喜に告白してやろうかな。いっそそれくらい派手にいけば、勝っても負けても本望だ。
さて、やってやろう。立て不死身の身体、不屈の闘志。無敵の蝶野雛は、いつだって燃えているから。