『淫界人柱アラカ』という作品を知っているだろうか。
現代を舞台にした退魔士ホラーRPG。
対象年齢は18禁。
ざっくりとした説明になるが人に害をなす妖魔や悪霊と、それを祓う退魔士と呼ばれる対魔物の専門家が存在するダークな世界観と、暗い世界設定を存分に活かした重厚な物語が特徴的な同人ゲームである。
18禁ならではの実用的な作品______いわゆるヌキゲーという部類に属するため、単純にエロ目的でプレイすることも可能なのだが、実力派のクリエイターが集う制作陣によってシステム的にもストーリー的にも作り込まれた『アラカ』は、ゲームとしての完成度が非常に高い。
世界設定もよく練られており、考察的な面でも楽しめるのだから脱帽するほかない。
しかし、である。
アラカはヌキゲーである。
いや、本質はヌキゲーではないのかもしれないが、しかし『淫界人柱アラカ』はエロという方面において明らかに突出した性能を誇るゲームであるのは間違いがない。
それもその筈、時代の先を駆けるどころか最果てへ飛翔するレベルの性癖を持つことから、界隈において『邪神』なんて呼ばれているクリエイターが結集し、一つのゲーム製作にその才能を存分に発揮したのだ。
「活字で抜ける」ほどのハイレベルなシナリオをライター達が構成した上で、シナリオの描写に応え得る実力派のイラストレーター達が物語を鮮明に彩るのだからそりゃ凄いことになる。
まさに性癖のオーケストラ。
邪神ジャーズのアッセンブルなんて言われていたし、構成メンバー的に実際そんな感じだった。
ダークな世界観のエロゲであるため、なかなかにハードな内容。
ちなみに舞台である廃デパートでは、主人公を除いて登場した人間は軒並み悪霊や妖魔の餌食となり凄まじい責め苦を受けることになっている。エロシナリオは邪神ライター達が様々なシチュエーションを書き上げたために、恩情や手心は一切存在しない。
ユーザーからは「性癖の過重積載」「何食ったらこんなシナリオ思いつくんだ」「誰か助けて」「正直興奮するよな」といった悲鳴が聞こえたとか聞こえてないとか。
ともかく「淫界人柱アラカ」はエロゲとして最高峰の作品であり、凄まじくハードな凌辱ゲーであり。
______そして俺が迷い込んだ世界であるという事だ。
◆◆◆
「短い人生だったな.........」
肉植物の侵食が比較的少ない雑貨コーナーの床に腰を下ろし、死んだ目でどうしてこうなったのかを思い返す。
確か俺はベッドに入ってシコって寝た。で、目が覚めたら廃デパートの床に転がっていた。明らかに異常と分かる事態にパニックになってたら、女装したアラカの主人公に出会った。
以上、終了。
.........ダメだ。
意味不明で経緯不明で理由も不明、オマケに問題の解決手段も不明。
「アラカ」の世界なのは間違いないが、それもどこまでプラスに働くのかもわからないし、場所が廃デパートなのだから現在進行形で絶体絶命なまである。
魔物達の住処なのだ、
現世の理が通じない『異界』と呼ばれる領域。
常人は取り込まれたら最後、けして逃れることはできないと言われる最悪の場所と言われている。
誇張ではないだろう。
事実として、ゲームでこの場所を無事に脱出できた人間は主人公だけなのだから。
「あの、大丈夫ですか? 顔色悪いですけど」
心配そうな声に意識が引き戻される。
気か付けば、腰を下ろしている俺を、首を傾げるように少年が覗き込んでいた。
「あー、大丈夫大丈夫。それよりもほら、さっき見つけた数珠玉から何かわかった?」
まあまだ完全に手詰まりではない。
色々おかしなことになっているが、希望はあるのだから出来る事から進めていこう。
「いえ、今から視るところです。少し待ってくださいね」
そういうと少年は、先ほど拾った宝珠を懐から左手で取り出す。
右手に嵌めていた黒い手袋を口で咥えてするりと抜き取ると、宝珠を右手で軽く摘まみ上げる。
「んっ.........」
少年が電流が流れたかのように肩を震わせる。
見れば彼の視線が虚ろになり、右手と宝珠が何かに反応するように妖しい光を放っている。
______サイコメトリー
「淫界人柱アラカ」における主人公に与えられた特異な才能。
右手を通して触れた対象の『残留思念』や『情景』を読み取る力だ。異なる世界に接続するという意味では極上の能力とも言及されていたか。
普段は見えすぎてしまうがために使用を控えているらしいが、原作では主人公はこの異能を使用して、アラカの痕跡を辿りながら探索を進めることになる。
確かに情報を集めるという意味でこれほど便利な才能はないだろう。人間には理解の及ばない『異界』だとしても、アラカに縁のある持ち物であるのならば、その足取りを正確に追跡することができる。
だが______
「______ダメみたいです」
主人公の瞳に光が戻る。
どうやら無事解読を終えたらしいが、成果に反して表情は暗い。
「今回もハズレか」
「ええ、別の退魔士の持ち物だったみたいです。読み取れたのは宝珠の用途とその持ち主の.........」
少年が言葉を濁すが、その先をあえて追及はしない。
性質上、彼は触れたモノの記録を辿れるが、それが道具であるならば持ち主の記録を見ることができる。
ゲームでは言ってしまえばヌキゲー要素にあたる部分であり、サイコメトリーを駆使して様々なシチュを回収できるのだが。現実ともなれば「持ち主」の末路を知っているだけに同情しかできない。
持ち主の彼女はすでに手遅れ。
すでに『淫界』と呼ばれるこの異界の深部に取り込まれてしまっている。
彼女は、如月ヨミと呼ばれた少女は、今も淫界のどこかで苦しんでいるのだろう。
「やるせないね、どうも」
「.........すみません。ナガヒサさんに手伝ってもらっているのに、僕は何も成果を出せていない」
「いやいや君がいなかったら、とっくに俺は仏様だから。マジで感謝してるから」
むしろ死ねればマシで、ぶっちゃけ温情なまである世界だ。主人公君と出会わなかったらと思うと背筋が寒くなる。
しかもこんな危険な場所で初対面の人間を守ってくれるとか人格者どころじゃない。流石は主人公、飛び抜けた善性は伊達じゃないぜ。
状況が状況じゃなかったら拝み倒してる。
「ほとんど足手まといだし、探し物の手伝いくらいはするよ」
酒も飲める歳なのに情けない。
せめて原作知識無双ができればよかったのだが、原作との乖離が大きすぎてどうやらマトモに機能しそうにない。
「せめて貴方を脱出させられれば.........」
「あー、それね」
原作乖離その一、「廃デパートが異界化している」
何が原因なのか全くわからないが現世が異界に呑まれ始めている。肉植物がデパート内を侵食しているのはそのためだ。
ゲームでは探索を「主人公パート」と「アラカパート」の二種に分けられており、主人公は基本的に何の変哲もないデパートを探索することになる。つまり俺が主人公に出会っている以上、ここは現世にあるただの廃デパートであるべきなのだ。
しかし実際に広がるのは異界化してしまっている未知の領域。
異界化している影響なのか、建物内の構造がメチャクチャになってしまっているので、俺も主人公も現在地がマトモに把握できていない。異界が安定していないのか構造が常に変わっているようで出口も見つけられない状態だ。
故に俺も離脱ができない。
かと言って完全に異界化しているわけでもない様子なので、伊早瀬アラカと同じ空間にいるわけではないらしい。
伊早瀬アラカは異界の最深部に取り込まれているのだ。現状ではまだ「浅瀬」でとどまっているのだろう。
つまり、どうにもなんねぇ。
「___ナガヒサさん、敵です」
少年が低い声で警戒を促す。
「.........マジで?」
「超マジです」
視線の先には、道と呼べるか怪しいほどに捻じ曲がった通路、光はなくただ闇だけがひたすらに広がっている。
だが、塗りつぶしたような黒の中で何かが動いた。
一匹や二匹ではない。もっと多くのナニカが暗闇の中で蠢いている。
遅れてナニカもこちらに気付いたのだろう。ピタリと動きを止めてこちらを見ているのを気配で察する。
セーラー服の少年が懐からスマホを取り出してライトで闇を照らす。
それが合図だった。
漆黒から無数の赤い瞳が輝くと同時に、通路から溢れ出した異形の怪物が襲撃を開始した。
「どうする! 逃げるか!?」
原作乖離その2「妖魔・悪霊が出現する」
本来は異界同様、「アラカパート」にのみ出現するエネミーだ。ここまでも道中で何度か遭遇はしていたが、今回は異様に数が多い。
距離はまだある。逃げること自体は可能だ。
即座に逃走を提案するが、目の前の少年は動じた様子もなく妖魔の群れを見据えている。
「ちょ、主人公さん!?」
「.........大丈夫ですよ、ナガヒサさん」
一際足の速い妖魔が少年の目前に迫ってなお、焦りは見えない。
気が付けばスマホを片手に、彼は慣れた動作で手袋を口に咥えていた。
素女性用の細身の手袋を噛んで引っ張り、しっかりと
「______ぶん殴って除霊しますから」
刹那、妖魔が少年に到達すると同時に弾け飛んだ。
宙を舞い凄まじい勢いで群れに叩き返され、同族を巻き込んだところで殴られた腹部を起点に白い焔が爆発し、周囲の妖魔を纏めて焼き滅ぼす。
ソレは邪悪を清める聖なる炎。
実力ある退魔士が使用を可能とする『浄火』と呼ばれる高等技能である。
燃え上がり狂乱に包まれる妖魔たちを背景に、セーラー服の彼はどこか艶めかしい笑みを浮かべる。
「三分で終わらせますね」
「あ、ああ。後ろで見てるわ.........」
原作乖離その3「主人公が女装してる、あと戦える」
戦闘能力が皆無なはずの主人公がアラカの制服を着てる、あと一方的に妖魔を蹂躙するレベルで強い。おそらく数ある中で唯一メリットのある原作乖離なのだが、先ほどの主人公の笑みにどこか胸騒ぎが止まらない自分がいるのだった。