「淫界人柱アラカ」に含まれる要素として、『退魔士モノ』が挙げられる。
人を害する魔と、魔を祓う異能集団といった関係性は、現代ダークファンタジー系作品において珍しいものではない。「敵対的な魔物」という明確な脅威に対して、人間側が対抗するという構図は、物語を展開するうえで合理的かつ理解しやすいものであり、『退魔士モノ』はあらゆる創作において扱われることの多い優秀な題材だ。
そして退魔士モノと切っても切れないのが「戦闘シーン」である。
緊張感のある描写からお色気まで、物語として幅広い展開を持たせられるために戦いの要素を採用する作品は多い。
「アラカ」においても「戦闘シーン」は採用されており、物語に重厚さを与えると共に、敗北の屈辱をフレーバーとしたR18描写をより濃密に仕上げている。
ゲームの仕様、そして物語の展開上、戦いを避けることは不可能であるため、「人淫界人柱アラカ」には魔物と戦闘を行なうためのキャラクターが存在する。
______伊早瀬アラカである。
ゲーム内では主人公を守るために妖魔を祓う退魔士として描かれ、作品上のヒロインに位置する少女だ。
作中ではうっかりでサンドバッグを破壊する攻撃力、人を遥かに超える巨大エネミーに対抗可能であることが描写されている。女性に対して悪辣かつ強力な特攻性能を発揮する『淫界』でなければ、彼女は廃デパートを容易く攻略していたに違いない。
一方でアラカを助けに来た主人公は非力な存在として描かれている。
サイコメトリー能力を除けば一般人であり、退魔の心得もアラカから聞きかじった程度の素人ぶり。異界に取り込まれたアラカを助けに廃デパートに乗り込んだのはいいが、主人公一人では何もできずに人生が終わっていたのは間違いない。
まあ主人公は探索に特化したキャラクターであり、強さは本来必要のない位置付けなのだ。
力がなく、危険であると理解していて、それでも少年は一人の少女を助けに来た。
それはとても美しく、尊い事で、何一つ異論を挟む余地などない。
アラカの本質は「愛と勇気の物語」であり、少年の強さは力ではなくその心にあるのだから。
「そう、勇気こそが最大の武器.........だった筈なんだけどなぁ」
「「「______■■■■■■!!!」」」
人ならざる存在の悲鳴が聞こえる。
打撃の音とは思えないほどの異音が大気を震わせる。
ぶち撒けられた肉片と鮮血、輝く白焔の光が廃デパートを赤と白に染め上げる、悪夢のようなコントラストの中で、主人公は舞い踊るように妖魔を攻撃する。
「アハハハハハ!」
弱かったはずの少年の面影はどこにもない。
拳を振るえば妖魔が弾けて臓物を撒き散らすし、指を鳴らせば白焔が妖魔を焼き尽くす。目の前に広がるのは筆舌に尽くしがたいほどの蹂躙劇場である。
ふと、戦いを続ける少年と目があった。
血と破壊に酔った、艶めかしい瞳が俺を捉える。
______ゾクリと、皮膚が粟立つ。
端麗な容姿故か、それとはまた別の要因か。
目の前の少年はどこか危うい美しさを感じさせた。
どうしよう、主人公がちょっと怖い。
明らかに原作ではあり得ないレベルのパワーアップしている。
マジで探索者ポジションどこ行ったとか思わないでもないが、しかしそれなりの時間を過ごして、主人公の原作乖離の正体がだんだん解ってきた。
戦場を駆ける少年の手元を注視する。
「やっぱアレが原因だよな.........」
右手に嵌められている手袋、が妖しく輝いているのを確認する。
小さめで細身に作られており女性用、手のひらに梵字のような文字が刻まれている不思議なデザインの手袋だ。宝珠を調べる前につけていた、主人公が普段右手を封印するためのものではない。
おそらくは、伊早瀬アラカが所持していた呪具だろう。
ゲームをクリアするために必要な六つのキーアイテムの一つ。
退魔士の少女が使用していた、妖魔を殴り殺すための戦闘用グローブを少年は自身の武器として運用している。
だが、退魔士の道具を持ったからと言って強くなれるわけではない。素人が銃を持ったからといって、撃った弾が上手く的に当てられないのと同じ理屈だ。
長い修練と経験を積み上げて初めて、人は武器の性能を引き出すことができる。
では、なぜ一般人に過ぎなかった彼が、妖魔の群れを壊滅させるほどの能力を発揮しているのか?
答えは単純だ。
「______サイコメトリー能力、か」
触れたものの『残留思念』『情景』を読み取る異能。それは言い換えれば『記録』と『本質』を視抜く力に他ならない。あらゆるものを問答無用で容易かつ強制的に暴き立てる能力をもってして、彼は道具に刻まれた
長い修練も経験も、積み上げる必要はない。
歴戦の退魔士としての立ち回りも、霊力の運用における真髄も、必要な
少年は、ただ記憶を読み取るだけでいい。
作中でも退魔士としての才覚があることを示唆されていたのだ。素質は十分、伊早瀬アラカの戦闘経験が加われば、少なくとも有象無象の妖魔程度では相手にもならないのだろう。
加えて、アラカの制服による女装。
モノを、別のモノとして「そうあれかし」と扱うことによって力を与える『見立て』と呼ばれる呪詛。作中でも強力に作用する呪いを用い、
これが不自然な強さの正体。
出会ってから、彼が交戦を行なったのは片手で数えられる程度だが、今回の妖魔の群れとの戦闘を見て確信した。
この世界の主人公は、伊早瀬アラカという歴戦の退魔士に限りなく近い実力を獲得している。
非常に心強い。
とは言え、
俺が主人公と遭遇するまでの過程のどこかで、彼はこの反則に辿り着いたのだ。恐らくはこの異界化したデパートで生存するために。
では、主人公の成長した原因が異界化にあると仮定するならば______そもそもデパートが異界化した原因とは何なのだろうか。
異界が現実を侵食するほどの、異常とは何なのだろうか。
考えても応えは出ない。だが、漠然とした不安と焦燥感が自分の心を掻き乱していた。
「______お待たせしました」
トン、と主人公が目の前に着地すると同時に、思考に沈んでいた意識が引き戻される。
見れば、大量にいた妖魔たちは全滅していた。
まだ弱々しく動くものもいたが、じきに「浄火」の炎によって焼き尽くされて消えるだろう。
「まったく頼りがいがあり過ぎて困るぜ、キミ」
「ふふ」
機嫌が良さそうに少年が肩を揺らす。
妖魔の群れを殴殺した結果、返り血で凄まじいことになっているが、主人公が特に負傷した様子はない。少年が無事だったからか、それとも単純に自分がまだ生きているからか、どちらともつかない安堵の溜息を漏らす。
だが
「あ、れ______?」
唐突に、主人公が倒れ込んだ。
「は? ............オイオイオイオイ!!」
一瞬フリーズ、遅れて状況を理解して少年に駆け寄る。
華奢な肩に手を回し、抱えるようにして身体を支え、素人ながらに彼の状態を調べる。
戦闘直後と打って変わって呼吸が浅い、顔色が悪く、焦点が定まっていない、もしかしたら意識もないかもしれない。
気付かなかっただけで妖魔から傷を受けていたのかもしれないと思い、制服を捲り上げてみるが、それらしいものは見当たらない。
「う、ぁ_____」
「だ、大丈夫か!? 気分が悪いのか!? どっか痛いところはあるか!? もしかしてお腹減ったか!?」
廃デパートではロクな治療も出来ないだろうが、情報が無ければ対応も出来ない。意識が戻ったのかうめき声を上げた主人公に、パニック気味に質問を投げかける。
だが、返って来たのは予想外の言葉だった。
「______あなた、誰?」
少年の言葉に固まる。
穏やかに話す少年とは真逆の、氷を思わせる張りつめた声色。
意識が安定していないというより、全く別の人間に切り替わったような印象。あとは嫌な話だが、そもそも俺の存在を忘れてしまっている。
自分の持つ情報を繋ぎ合わせて、何が起こったのかを理解した。
少しだけ冷静さを取り戻す。
睨むように視線を飛ばす主人公に対して、ゆっくりと口を開く。
「俺だよ、アズマ ナガヒサだ」
「知らないわよ、そんな人」
怪訝そうな表情。
「そんなはずはないだろ、この廃デパートで一緒にウロウロしてたんだから」
「廃、デパート.........? そっか、私.........仕事で異界に______」
「______行ったっきりのアラカちゃんを捜しに来たんだろ? んで、まだ見つかっていない」
自身の記憶を辿るように吐きだす言葉を断ち切る。
同時に妖しく輝きを放っている______少年の右手に嵌められた手袋を慎重に抜きとる。
それで終わりだった。
主人公の瞳から警戒が抜ける。
冷たい氷から、穏やかな表情へと戻っていく。
「そう、ですね。.........アラカは、まだ見つかってないんだ」
ゆっくりと少年が立ち上がる。
青白かった顔色に朱が戻っている。
どうやら体調は回復したようだが、自分に何が起こったのかを理解した少年の表情は暗い。
______サイコメトリーによる
先の出来事でようやく気が付いた。
少し考えればわかる事だ。
そもそもが他人の経験。
行なっているのは、けして一致することない情報を、強引に自身に上書きする荒業である。
主人公の右手が全てを視抜く規格外な代物であろうとも、経験を押し込まれるのはただの人間だ。不自然には歪みが生じ、歪みは致命的な破綻を招く。
その結果が先ほどの意識の混濁。
右手で情報を読み取るほどに自他との境界が曖昧になり、他者の記憶で自我が保てなくなる。
アラカのアイテムだけではない、ここに至るまでにどれほどの犠牲者の過去を読み取ったのかはわからないが、しかしその量は決して少ないものではないだろう。
兆候はあった。
好戦的な言動、安定しない情緒、なにより
少年も、おそらくはソレを理解している。
解決の糸口は見えず、しかし自身のタイムリミットは着実に近づいている。おそらく主人公の心は焦りに満ちているに違いない。
けど、まあ、しかしだ。
「とりあえず、別の場所で状況整理がてら休もうぜ。戦いで疲れただろ」
先ほどの戦闘は、お世辞にも静かなものではなかった。
騒ぎを聞きつけた妖魔が襲ってくるかもしれないし、この場からなるべく早く離れたい。
異論はないのか少年が頷く。
「なら急ぐか」
「わかりまし______わっ!?」
主人公を抱え上げて足早に歩き出す。
「じ、自分で歩けますから!!」
「あのね、アレは歩けるって言わないんだぜ。ふらふらしてるっていうんだ。まー移動くらいは任せてくれよ」
「.........でも、重いでしょう」
「______いや、そんなことないね」
本当に、重くない。
細い肩だ。肉付きも良くないし、身長も高校生では低い部類だろう。
霊力なんて馬鹿げた概念が無ければ見た目通りの非力な人間なのだ、目の前の少年は。
では、そんな少年に守られなければ生きられない自分は何なのだろうか。
「.........まったく酷い性根だよ、本当に」
解りきった問いだった。
さほど悩むことなく頭に浮かんだ答えに自嘲しながら、俺は通路の闇に向かって一歩踏みだした。