暗闇の中を清らかな白焔が走る。
溢れ出る闇の眷属が炎を呑み込み、また一方で焼き滅ぼされていく。
世界を染める光と闇、白と黒のコントラスト。
邪悪と清浄がせめぎ合う白昼夢のような光景の中で、たった一人の少年が妖魔を祓っている。
ステップ、スライド、ターン。
流麗な動作と浄火の指鳴り、破魔の打撃を交えて繰り返される。
思わず見惚れそうになるほどに美しい戦舞。尽きることなく押し寄せる妖魔を滅ぼしながら、されど止まることなく少年は通路を進んでいく。
「ハァ、ふぅ.........ふっぐ!!」
その後ろ姿を必死になって追いかける。
信じらんねぇ。
主人公が妖魔の大群を殲滅しながら進む速度が、俺の全速力と同等以上ってどういうことなの。霊力パワーがすごいのか、コピー元のアラカの性能がすごいのかはわからないが、とにかくこれ以上距離が開かないように走り続ける。
白焔で出来上がった道のお陰で妖魔は襲ってこれない。ていうか全滅している。
白焔も物理的な現象の炎とは違うらしく、熱くもなければ息苦しくもない。
順調だ。今のところは全く問題ない。
「あとは問題の『核』を見つけさえすれば............!」
原作において「淫界の核」はそこまで強くない。
淫界という巨大な異空間を形成することにリソースを割いている辺りが原因だろう。現在のアラカインストール主人公であれば問題なく破壊できる。
故にあとは時間との勝負だ。
主人公の自我が壊れるか、淫界の核が壊れるか。
主人公が限界を迎える前に淫界の核を見つけ出せれば、こちら側の勝利は確定する。
「「「______ォ オ オ!!」」」
あちら側もそれは理解しているのだろう。
進むごとに表れる妖魔の攻撃の激しさが増している。
仲間を踏み潰しながら押し寄せる光景はもはや雪崩だ。恐ろしいほどの妖魔のリソースを主人公に費やしているのが目に見えてわかる。
捨て駒として投入された妖魔たちが主人公を足止めしている間に、遥か先の通路でドクンドクンと肉植物が脈動し膨張し始める。
「ッ! 通路が!?」
肉植物によって通路が塞がれていく。
狙いは足止め、そして内部構造の変化だろう。
一度道を見失えば絶望的だ。露骨に時間稼ぎをしていることから察するに、恐らく淫界にはこちらの狙いがバレている。核を追いかけ続ける余裕は、もう主人公に残されていない。
白焔を妖魔の壁で遮りながら、ギチリと道が閉ざされる。
残ったのは行きどまりの通路、先のない道。
腹の底から這いあがってくる、諦めとも絶望ともとれない得体の知れない感情に支配されそうになる。
だが
「______」
閉められた通路に向かって主人公が走る速度を上げる。
砲撃めいた拳打で妖魔を潰し、白焔で妖魔を焼き払い、僅かに生まれた隙間に______
『■■■■■■!!』
聞いたことのない呪詛めいた
次いでパキリと硬質なものが砕ける音。
最後に______極光が爆ぜた。
「ぐぉ!?」
全てを塗り潰さんばかりの閃光と衝撃に目と耳を隠す。よどんだ空気が掻き乱され、凄まじい爆風に飛ばされそうになるのを必死にこらえる。
一瞬だけ飛んだ意識を引き戻して立ち上がった時には、道を塞いでいた肉植物や妖魔は跡形もなくなり、残っているのは崩れかけの廃デパートの通路だけだった。
爆心地を中心に、魔物関係のモノはすべて消し飛ばされていた。
数秒だけ立ち止まった少年が、こちらの安否を確認する。
「行きましょう」
「あ、ああ」
頷いて走り出した主人公の後を追う。
どうやら先ほどの爆発で一帯の妖魔を浄化しつくしたらしく敵が現れる気配がない。
ソレを察したのか主人公が速度を落としたので、俺も駆け足でそれに合わせる。
少しだけ余裕ができたので、主人公の意識のケアも兼ねて先ほどの新技について質問する。
「............ミサイル打ち込む退魔術とかあるんですか???」
「違いますよ」
そう言って少年が取り出して見せたのは、直径2センチほどの宝石だった。
どこか清浄な気配を漂わせる大粒の輝石は、丸くカッティングして磨き上げられ、紐を通せるように中心に穴が開けられている。
「あっ」
「昔、この場所に訪れた退魔士の遺品です。本来は数珠に込められた膨大な霊力による、強力な結界の持続的な展開ができるんですが______今回は壊して霊力を解放させました」
「それであの爆弾みたいな威力か.........」
「退魔に性能を振り切ってるので、人間には効果はないので安心してください。でも目と耳は塞いだ方が良いですね」
「それは先に言って欲しかった」
宝珠は淫界人柱アラカにおけるサイドストーリーで語られる退魔士の持ち物だ。
退魔士の名前を如月ヨミ。
強力な退魔士なのだが、アラカと同じく淫界に敗北してしまっている。
作中内では数少ないネームドキャラなのだが、主人公が廃デパートに乗り込む数十年単位で前から淫界に囚われているような描写がある上に、特に個別ルートが存在しない等のあまりの救いのなさから、『如月ヨミ救済ルート』の存在しない記憶を語るユーザーがいるとかいないとか。
淫界攻略後にも脱出したなどの描写がない辺りから、完全に淫界の一部になってしまっていると思われる気の毒な人物でもある。
............少し思考がズレたが、とにかく如月ヨミは強力な数珠型の呪具を所持していたキャラであり、その呪具の一部がこの数珠玉なのだ。
「んで、あと三回は使えるわけか」
「貴重な呪具を使い潰すのはあまり好ましいやり方ではないですけれど、低級な妖魔の群れなら一粒使い潰せば容易く祓えますね」
妖魔だけでなく通路の肉植物が消し飛んでいるあたり、どうやら光の届く範囲の妖魔を浄化できるらしい。道を進むにつれて再び肉植物が蔓延りだしているが、光の奔った通路はすごく走りやすくなっている。
封鎖された通路を突破し、三回だけだが強力な切り札も得ている。
状況は悪くない。
「______この道の先から、『核』の気配がします。発見次第破壊するつもりですが、おそらく淫界側も相応の力で対抗してくるので注意してください」
闇に隠れた通路の遠方を見据えて、主人公が目を細める。
俺自身も進むほどにゾクゾクとした悪寒が強くなるのを感じている。近づく決戦の予感にごくりと唾を飲み下す。
「ああ、なにか俺にできる事はあるか?」
「手の届く範囲で妖魔から隠れていて欲しいですね。あと僕が戦闘している間に『核』を見つけてください............と言いたいところですが、核の姿形がわからない以上それは現実的じゃないですね」
それ、たぶんわかるんだよなぁ。
たしか肉塊だったはずだ。小動物の肉と骨でできたみたいな気持ち悪い感じのやつ。それが社か祠か、それっぽい雰囲気の建造物に入っていた。
本来はデパートの最上階にあったはずだが______おそらく異変のせいで位置が移動したのだろう、という事までは想像できる。
まあ教えないが。
今話した情報は『原作での知識』だ。主人公はおろか、退魔士の伊早瀬アラカですら知りえない情報だ。冷静に考えて退魔士でもない奴が、急に「淫界最大の急所を知ってます!!」と言っても信用されないだろうし。
そもそも異変による原作乖離でどこまで当てになるかもわからない以上、心の中に留めておくぐらいがベストだろう。
とはいえ年下の少年が頑張ってるのに何もしないのは、心苦しいのは変わらないわけで。
なんとなしに苦肉の策を提案する。
「............囮役とか、どうよ? 俺が逃げながら妖魔の気を引いて、焼き払う的なやつ」
「馬鹿ですか。浄火は人体に無害ですけど、妖魔から逃げ損ねたら死にますよ。ていうか素人は前に出ないでください」
「ですよね。ごめんなさい」
なんか言い方キツくない? と思いながらも正論なので謝ってショボーンとしていると、少年がふっと表情を緩める。
「貴方には無事に帰って欲しいんです。大丈夫ですよ______僕、強いですから」
「それ、負けフラグですよ」
「もうっ、茶化さないでください!」
曲がりくねった通路の先に暗闇の終りが見えた。
たぶん、これが最後の戦いになるだろう。ならなければ、主人公に限界がきてお終いだ。
より淫界の深部に近づき、再び肉植物が張り巡らされた通路を駆け抜ける。
「全部終わったらパーティ―でもしませんか。ゲームとかお話とかしながら貴方の事、僕にもっと教えてください」
「ああ、そりゃもちろん」
「ていうか俺、元の世界に帰れんのかな............」とか思いながら、俺達は暗い暗い道の先、開けた空間へと飛び出した。
◆◆◆
通路を抜けた先は異形の場だった。
廃デパートの名残を残した奥行きのある広い空間、おそらくはホールだった場所。
目立つのはホールから繋がるいくつかの出入り口と
ナニカの体液の流れる溝口、爛熟した赤い実を垂らす肉樹、皮膜のようなもので覆われた壁、赤黒い肉一色で彩られた文字通りの異空間。
淫界における深部に位置する領域。
人を取り込み世界の供物として造り変える、悍ましくも艶めかしい最悪の場所。
だが、あれほど道を阻んできた妖魔たちの姿はない。
空間に充満する悍ましい気配から、この場のどこかに『核』があるのは間違いない。
思い出すのは道中での戦闘だ。アレは明らかに異常な戦力を投入していた。単純に妖魔の品が切れたのだろうか。
そう思った瞬間。
自分たちの向かいにある通路から、凄まじい速度で黒影が飛び出した。
疾駆の後を引く残光、暗闇で輝く紅い眼光、そして肌で感じる明確な敵意が脅威となって、俺の喉元を食い破ろうと______
「______出ましたね。奥の手」
影の攻撃が、少年によって阻まれる。
グローブを用いた砲撃めいた打撃。轟音が響き、殴り飛ばされた影が
脅威が離れたのを見て、ぶあっと汗が出る。
あぶねぇ、守られてなかったら死んでいた。
明らかに他の妖魔と格が違うのだろう、主人公も現れた脅威から目をそらさない。
「............何も見えなかった」
「気を付けてください。おそらく淫界でも最上位の個体の妖魔です」
超強化主人公が一撃で屠れなかった妖魔は初めてだ。
だが睨み合っている妖魔の姿を見て、その強さに納得する。
臓物が如き赤黒い体毛、人を遥かに超える体躯の魔獣。
泡に濁った唾液を垂らし、狂気で牙をむき出しにした、人と狼が混ざったような悍ましい貌。
本来は伊早瀬アラカを阻む最初の壁。
強力な
魔狼の名を夜陰明神。
淫界に呑まれ弱体化していたとはいえ、純粋な速度において
「■■■■■■■!!」
「............ッ!!」
邪悪が咆哮する。
大気のみならず、魂すら震わせんとする狂気の雄叫び。
だが怯むことなくギチリと手袋を嵌め、少年が右手を妖しく輝かせる。
もう時間がない。
故に勝負は一瞬。
魔狼が身を屈ませ、四肢に力を溜めるその刹那。
敵が動き出すよりも早く、少年が白焔を纏いながら接近した。
「は、ぁ............ァア!!」
「________!?」
数メートルあった距離を踏み潰し、同時に放った拳打で魔狼を奥へ押し込んだ。
体重で遥かに勝っている筈の相手に力負けしている事実に魔狼が驚愕する。
そこが致命的だった。少年が妖魔の動揺を逃さずに頭部を鷲掴み、力任せに地面に引き倒し、打撃と白焔で更なる追撃を加え続ける。
「■■■■■■■!?」
_______
原作においてもっとも優秀だった技だ。
回避も反撃も許さない以上、一度捉えれば容赦のない攻撃を一方的に与え続ける。ある種、伊早瀬アラカの最終奥義すら超える強力な戦術は、現実においても凶悪さを発揮していた。
「これは、なんとかなるか............?」
スピードで逃げ回られたら厄介だった相手を捕まえ、抑え込めている。あとは主人公の火力で潰しきればそれで終わりだ。
拘束追撃の弱点は複数の敵に対して無力な点だが、他の低級妖魔の姿がないため問題はない。万が一、いたとしても主人公であれば片手間で撃破できるだろう。
だが、胸騒ぎがする。何か大事な点を見落としている感覚。
気のせいだと割り切ろうとする感情を押さえつけ、周囲を見渡しながら不自然の正体を探る。
何かおかしい点があるはずだ、思考を回せ。
______ギチリ
夜陰明神はアラカが戦う最初のボスだ。
なぜ拘束追撃が通った? アラカを知っているのならば対策なんていくらでも取れたはずだ。なぜアラカの持つ戦術を把握していない? これが不自然の正体か?
______ギリギリギリギリギリ
いや違う、知らなくても不自然ではない。そもそもアラカが夜陰明神との戦闘まで辿り着いていなければ、戦術を知ることはないのだから。
つまりはそうだ、
_____ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ
淫界の心臓である『核』を守るために強力な手駒を配置する。誰だって考える当然の発想だ。
だが、ならばおかしい。
「淫界人柱アラカ」において敵は深部に行くほど強力になる。そして夜陰明神は最初の壁、最初のボスだ。つまり、本来であればさらに強力なボスがこの場にいるべきなのだ。
ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ________
『核』を守る局面で在りながら、
いない筈がない、だが姿は見えない、ならば答えは限られる。
できる限りの大声で、何としても伝えるために、距離の離れた少年に向けて気付いた事を叫ぶ。
「気を付けろォ!! この何処かにまだヤバイ妖魔が_________」
________バツン
結論として、少年に向けて「強力な妖魔がどこかに隠れている」というメッセージは伝わった。
俺が最後に見た光景は、呆然とした少年の表情と______巨人の汚い足の裏だった。