ある時は国政を担う王女からの無理難題に胃を痛め。
ある時はふざけたメイドの不敬極まる攻撃に頭皮を痛め。
ある時は戦う事しか頭にない蛮族に全身を痛めつけられ。
秘書でさえも仕えるべき主をおちょくり倒すとあらば、ストレスで眠りが浅くなるのも無理はない。
そんな苦労人な彼と、安眠のために購入して結局役に立たなかった本のお話。
そして恐らく最後の投稿です。
普段はツイッターで二次創作と呼ぶのもおこがましいネタツイートばかりしているただのファンなので、解釈違いや言動トレースの不備には目をつぶっていただけるとありがたい。
──クリンブルーム邸。
「リヒターさん、この本なんだけど」
その日、珍しく難しい顔をしたフウタがリヒターの執務室へと訪れていた。
対する部屋の主──リヒター・L・クリンブルームはいつも以上にやつれた幽鬼のような表情で何も置かれていない書類机の上で筆を滑らせている。
徹夜明け。率直に言って限界である。
仕事が片付いたにもかかわらず何度もインクを塗りたくられ真っ黒になった机からは、辛うじて「ささみ」という文字だけが読み取れる。
「なんだ。……フウタか」
リヒターが視線を向けてきたことを確認し、フウタは一冊の本をリヒターに見せる。
「『すぐにかかる! 催眠術』ってリヒターさん、そんなもの誰にかけるつもりなんだ」
「ああ、その本か……」
フウタが持っていたのは催眠術の本。3日ほど前に、このところストレスで不眠症気味であったリヒターが藁にも縋る想いで買ったものである。
「まさかとは思うけどリヒターさん、仕事の量を減らすためにライラック様に催眠術をかけようとか思ってないよな? もしそうならいくらリヒターさんでも」
「お前の目には僕が自殺志願者にでも見えているのか」
確かによく眠るために買った本だが、生憎まだ永眠するつもりはない。
「最近、眠れない日々が続いていてな。その本は自分にかけて眠るために買ったんだ。ただ……」
「ただ?」
ここに来るまでに軽く目を通したフウタである。本はしっかりとした内容の物で、正しく使えば効果を得られそうなものなのだが。
「…………自分にかけられる催眠術は載ってなかったんだ」
沈黙。
徹夜明けの疲労も相まって虚ろな目でそう呟くリヒターの覇気のない姿にフウタも天を仰ぎ目を覆う。
「あれ?」
だが、ここでフウタは気付く。
──ここはクリンブルーム邸。気安い関係を築いているから普段は意識していないが、王都でも有数の大貴族の邸宅である。
ならば、リヒターに催眠術をかけてくれる部下の1人や2人、簡単に見つけられるのではないか?
「なあ、リヒターさん。誰か、屋敷で働いてる人にかけてもらうわけにはいかなかったのか? ほら、ミオンさんとか」
そう言った瞬間、かっと目を見開いたリヒターから地獄の底から響くような声が聞こえてくる。
「フウタ。あのミオンが、僕に催眠術をかけたら、どうなると思う?」
「ごめんリヒターさん。俺が悪かった」
少し考えれば分かることだ。すぐに謝るフウタだが、リヒターの目は未だ見開かれたまま。
これ以上リヒターが傷付く前に話題を変えてあげないと大変なことになるような気がする。
「──朝、目が覚めたらハムモットの隣で寝ていた。一昨日の僕だ」
「」
訂正。
既に大変な事になっていた。
もはや秘書として踏み越えてはいけない領域を一足飛びに越えてしまったかのような悪逆非道の行いに戦慄するばかりだが、とうとう痙攣を始めたリヒターのためにも早く矛先を逸らしてやった方がいい。
「じゃ、じゃああれだ。プリムに──」
「本気で言ってるのか? 僕の行動をアレに預けたらどうなるか、いくらお前でも分かるだろう」
失敗。
そもそも催眠術から話題を逸らせていない上に、最悪の人選である。こいつわざとやってるのか。
「……ボロ雑巾になるな」
「正解だ、フウタ。それが昨日の僕だ。」
「おお……」
リヒターをよく見れば、顔がやつれているだけでなく全体的にボロボロだ。
仕事の都合など一切斟酌せずに一日中ぼっこぼこのぼこにされていた事は想像に難くない。
「そうして、日中できなかった昨日一日分の仕事を徹夜で終わらせた所にとぼけたヒモ野郎の襲撃を受けたのが今の僕だ」
「ほんとごめんなさい! いや、もう休めよリヒターさん……」
「休めるか!! ようやく限界を迎えて寝落ちしそうだったのにお前のせいで目が冴えて仕方ない!!!!!」
リヒターの怒りももっともだと、詰られるままでいたフウタだが。
──ふと、気付く。
「なあ、リヒターさん。俺が催眠術をかければいいんじゃないか?」
「……何?」
だって、そうだ。フウタがリヒターに望むことは何もない。
強いて言えばもう少しコローナに優しくしてほしいと思っているが、それは今すぐ必要なことじゃない。
今は、この不憫な友人に少しでも安らかな休息を取ってほしいというのが素直な願いである。
リヒターもその事に思い至ったのか、騒ぐのをやめて虚ろな表情に戻っている。
「……そうだな。──いや、待て。今日これからの分の仕事もあるんだ。意識を休めた状態で仕事ができるような催眠を頼めるか?」
「ああ、任せてくれ」
トランス状態で虚ろな眼のまま今日の書類仕事を始めたリヒターの邪魔をしないよう、そっと扉を閉めて部屋を後にする。
意識がなくとも結局仕事から逃れられていないリヒターの姿を見れば、静かに閉まる扉の音さえも心なしか、部屋の主への激励に聴こえてくるかのようだ。
「リヒターさん、ちゃんと休めるといいな」
その表情は、友を想う優しげな表情で。
「さて、それじゃあリヒターさんの代わりに、プリムの相手でもしてやろうかな」
この王都に来て、たくさんの大切なものを手に入れたチャンピオンの笑顔に、かつてのような諦めの色はもう、なかった。
ところで、元来フウタは家主の許可なく友人の家を漁るような真似をしない程度の分別は持っている男である。
──では、何故フウタは『すぐにかかる! 催眠術』なる本を持ってリヒターの執務室を訪ねたのだろうか?
『めいどー!!!』
『……』
『おーい、もっぴー、無視か―? しつけがなってないぞー?』
『……』
『むっ。お前がその気ならメイドにも考えがありますよっ!』
────ああ。
さだめ。
おしまい。
何となくネタが浮かんできたので、それっぽく書いてみたらどうなるのかを試してみました。
労力と時間が凄いですね……
これをずっと続けて世に送り出すのだから本職の小説家は凄いとしか言えません。
これは凄いぞ!
だから原作書籍と漫画を買っていない人は是非とも買ってくれ!
財務卿との約束だ!!!