今日も今日とて、迷宮探索のお仕事。
バイト先の、たったひとりの戦闘要員として、雇い主である少年と歩く。向かう先は、より下層へと続く転移門。
この××県の迷宮都市も、第5層まで来ると日中でも暗い。しかし行き交う探索者や商売人たちはたくましく、明るく騒がしい。通路は人混みでいっぱい。
学校の制服姿のわたしと、体格からしてまだまだ少年とわかる“社長”は、この中では少し浮いていた。
「社長、はぐれないように、お手を」
「えっ? いや、子どもじゃないんですから――」
無視して、少年の手をとる。それでわざと、指を執拗にからめて、離さない繋ぎ方をして、自分より少し背の低い彼を、ぐっとこちらへ引き寄せた。
少年は顔を赤くして、視線を地面に彷徨わせた。
わたしは、そんな彼のうぶな様子を見て、心臓をとくんと収縮させる。
それで――、
普段は真一文字に結んでいる口の端が、ついおもわず吊り上がった。
やっぱり、ゲームの主人公っていったって、思春期真っ盛りのガキだ。ちょっと優しくして、媚びを売って、身体を押しつけてやれば、このわたしに――オレに、夢中になる。
「ん。あれは」
「え? ……ああ、ええと。教会の騎士様たちでしょうか。……あ、あの、アズさん。ちょっと、離して……」
転移門が近づき、人混みを抜けた、と思ったら、向こう側からさらに団体さんがやってくる。
少年の言う通り、あの時代錯誤な鎧姿は、星天教会の騎士団の人間だろう。神造物の回収任務の帰り、ってところかな。
ガチャガチャと規則正しい足音を鳴らし、毅然と歩いてくる集団。それらの人物の容姿をよく見てみる。
……!
あ、あれは!!
過去の記憶が刺激され、瞬時に答えを導き出す。
先頭にいるのは、おそらくプレイヤー人気上位のたしか期間限定キャラ、星煌騎士スカーレット! エ……同人誌で何回も見たッ!
その後ろに控えている笑顔の少女は、SNSで何回もイラストが流れてきた、白銀騎士アスーニャ! エロ……CG集を買ったことがある!
くっ、まずい!
あのオーラ、天然の美少女キャラだけが纏えるもの。うちの社長と接点を作らせるわけにはいかない。いずれ仲間になってしまう。ハーレムになってしまう。
それは、ダメだ。
「社長、危ない! 悪い虫が!」
「はい? ――もげぇッ!?」
乳ドン。
少年を路地裏に引き込み、壁際に追い詰め、顔を圧し潰した。
何事か声をあげようとしているようで、息で胸がくすぐったい。さらに全身を押し付けて黙らせる。
息をひそめ、騎士団が通り過ぎるのを待つ。
やがて、鎧の鳴らす重厚な足音は、ここから去っていった。
「ふっ。乗り切った」
爽やかに笑い、少年を解放する。
危なかった。あのようなネームドキャラと彼を引き合わせてしまえば、最終的にはきっと、仲間ユニットとして加入してくる。そうすれば、彼がオレに注ぐリソースは減ってしまう……愛の分散だ。
そうはさせん。主人公の力は、オレが独り占めするのだ。その方が楽しいから。
「さあ、行きましょう社長。今日もリソースを溜めて、我々は強くなるのです」
………。
返事がない。
見ると、少年は、乳圧で死んでいた。
▼
〔ルーファン〕
ひとりで迷宮に潜るのがあんなに大変だなんて……。
でも、アルバイト募集にやっと応募が来たぞ。
もっと戦力を増やして、会社を大きくしなきゃ!
――じいちゃんが亡くなって、もうひと月以上経つ。
僕はじいちゃんの遺言に従い、この会社を引き継いで、迷宮探索事業で生活していくことになった。
けれども、社員はなんと、社長の僕一人。剣も魔法も大したことのない小僧一人では、迷宮の浅層をうろうろするのが精いっぱいだった。おまけに経営のノウハウもない。
でも、今日から状況を変えられるかもしれない。人手がいれば。ちゃんとした人材がいれば。
紹介所から届いた書類を机上から探し、手に取る。
この小さな会社に、どんな人が来てくれるのだろうか。▽
「はいはいそういうあれね、はいはい」
スマートフォンの画面を連打、連打。
これからこのゲームがどういうパートに進むか、話の内容でなんとなくわかった。少しだけテンションが上がり、ついひとりごとが口から出た。
スマホの中に広がる、ありきたりな異世界。これの名前は『ダンジョンロード/Retry』という。
買い切りゲームではない。
ソシャゲだ。
数多あるスマホゲームの中でも、原作のマンガとかアニメが存在しない、一から世界観を作ったタイプのやつ。ちなみに、一作目はガラケーから遊べたやつで、もうサービス終了した。これは二作目らしい。
世の中での人気は……そこそこあるほう。家でテレビを見ていて、深夜アニメの時間帯にCMが流れるのを見たことがあるくらい。ゴールデンタイムでは流れない。
しかし、SNSやイラスト投稿サイトでは、よくこれのキャラクターのエッッ……いや、良い感じのイラストを、よく見かける。
『ダンロー』は、つい最近で3周年……いや4周年? くらい続いているらしい、割と軌道に乗っているタイトルである。
このように、ソシャゲがそこそこの人気を獲得し、サービスが長続きするには、客寄せのために何かしらの魅力が必要だ。
例えば……原作がそもそも人気。ストーリー部分が面白い。ゲーム部分が面白い。
それか、キャラクターが人気。
この『ダンジョンロード』は、たぶん、キャラクターが人気なタイプのソシャゲだ。というのも、ストーリーの内容とかゲームプレイ情報とかが、全然SNSで流れてこない。代わりに、美少女キャラのエロ……良いイラストが、頻繁に流れてくる。なので、キャラの名前と外見だけは、いくらか覚えてしまった。
そんな美少女たちを、財布の限界までガチャを回して引き当て、集め、なにかと戦わせ、育てる。
そういうタイプのゲームである。
たぶん。
さて、そんな作品を、友達にお前もやれよやれよとしつこく言われて、さっきインストールしてみたのだが。
この手のソシャゲのストーリー冒頭……チュートリアルパートほど退屈なものはない。そういうわけで、内容が頭に入ってくるよりも早く、メッセージを進めてしまう。
そしてようやく、あの時間がやってくる。
そう、スマホゲームで一番興奮する瞬間とは何か。
ストーリーの感動。バトルでの勝利。
いーや違うね。
ガチャだ。
キャラクターを加入できるガチャで、SSR確定演出が流れた瞬間である。
――社員を募集して、戦力を増やそう。
――七曜石を消費して、ウェポンガシャとスカウトガシャを回せます。
ようし。
チュートリアルのウエポンガチャでしょぼそうな武器を引き終えると、ガチャの画面を自由に動かせるようになった。さっそくスタートダッシュガチャを……
回す前に、いろいろと画面遷移を試してみる。
スタートダッシュ、ノーマル、無料……、期間限定キャラ。
「おおっ」
どうも4周年記念ということで、人気キャラクターのガチャをやっているらしい。
思わず声をあげたのは、そこにいたキャラへの興奮からだ。画面上でデカデカとアピールされているキャラクター、『アズール』は、そのイラストだけは何度も見たことがある。エロ……いや、かわいいので、プレイするなら是非欲しいと思っていたキャラだ。
デザインをじろじろと検めてみる。
長めの前髪で片目を隠し、表情や目つきは少し冷たい、あるいは真面目そうな感じ。たしか、たぶん、大人しめのクールキャラだったはずだ。髪の色はベージュ、あるいは亜麻色ってやつ。髪から見え隠れする瞳は、名前からとったのか、青系統の色。身長は高くも低くもない10代の少女。制服姿のイラストが出回っているので、たぶん女子高生。剣と銃を武器に戦う。
しかしそのふともも大樹のように太く、乳デカきこと山の如し。
あ、いや、今のは誇張で、実際は普通の美少女キャラの体型から逸脱はしていないのだが……絶妙にふとももが太くて、乳がなんかちょっと長い気がする。
いやちょっとじゃない。やっぱりデカい。デカすぎる。脚もふとい。少なくとも細いとは言えない。一言でいえばムチムチ。体重55キロ以上はありそう。絶対にある。
最近流行っている……気がするタイプのキャラデザである。そうしてアズールは、発表時にSNSのタイムラインを席巻し、いきなり外見大人気キャラとなった。担当イラストレーターは天才だと思う。
そうだ。どうせ遊ぶのならこのキャラが欲しかった。
そしていま、こいつのピックアップガチャをやっているってことは……、出るまでリセマラができるってことだ。
▼
『アズール・ブルーナイツです。これからよろしくお願いします、社長。
あ、すみません。定時ですね。帰ります。 ▽』
「やったー!!」
引けた。何時間かの戦いの末に。
ついでに、余った石でなんか『霊銃ドラグーン』みたいな名前のSSR武器も引けた。なんと銃タイプはアズールが装備可能らしい。完璧にリセマラ終了だ。
(リセマラ=リセットマラソン。目当てのキャラが引けるまで、ゲームを最初からやり直すのを繰り返すこと)
「いひひ……」
ダンジョンロードをやっている友達にメッセージを送る。ガチャ結果の画面スクショと、「このキャラ強い?」という、質問風自慢の文面を送信した。
ごろん、と寝床に転がる。
向こうもスマホをいじっていたのだろう、すぐに返事が来て、手元からピコンと音が鳴る。返ってきた文章は……、
「よかったね」
強いかどうかは教えてくれない。怒りがにじみ出ている。ガチャは友情を破壊する。
ごめんなさいの代わりに、明日飯おごるから遊ぼうや、という文を送っておいた。
それで、スマホを、ベッドの枕元に放り出す。
目が疲れた。夜も遅いし寝てしまうか。ガチャで満足したし、ちゃんと遊ぶのはまた次でいいや。
などと考えながら、部屋の灯りを消した。そうして再度横になる。……まあ、正直、このままログイン勢になるパターンである。
オレにとって、スマホのゲームっていうのは、まあ、そんなものだ。
▼
「……ん。んっ……」
目が覚める。ただし、いつものアラームの音はなかった。
ぼうっと天井を見る。寝坊か、早起きか。
……あれ。いつもの天井と、違うような。部屋も、明るいし。
身体を持ち上げる。
「んんん。けほっ」
重い。上半身が、おかしなほど重い。この肩に圧し掛かるようなダルさは、とんでもない風邪でもひいたのだろうか。喉の調子もおかしいし。
………。
だんだんと寝起きの毒が抜けて、頭が回ってくる。
なにもかもおかしい。起きる時に見るはずの景色が違う。ここは自分の部屋じゃない。明るい。においが違う。白いカーテンの仕切り、自分が被っている布団も真っ白……。
病院、だろうか。なんで?
思わず自分の身体を見下ろす。寝ている間に搬送されたのだろうか。ケガ。大病。どっちでも嫌だな。
「!? なんっ、これ……っ」
異常は、どちらでもなかった。
オレは、自分が見たことのない白いシャツを着ていた。そしてその胸元が、大きく盛り上がっている。
可愛らしいリボンで締められていた襟を、乱暴にひっぱる。どんな異物が服の中に侵入していたかというと……、カラフルでひらひらな布に包まれた、肌色の巨大な何かだった。
真っ白な掛け布団を蹴とばす。そこから出てきたのは、まるで女子学生のもののような短いスカートから伸びる、つるつるでずっしりとした脚。オレの脚にしては、妙に……何て言えばいいんだ。そう、なまめかしい。
寝ている間に女装させられたってのか?
いや、いや、それにしては、見慣れた自分の身体じゃないぞ。まるで、他人になってしまったかのような。
「ん……」
ボリュームが……いや、迫力があるふとももを、そっと触ってみると、まさにそこが触られた感触がある。
次は、胸についているものを、腕で持ち上げてみる。
「あっ」
感触がある。これは、体の一部だ。
なにこれ、夢? だ、だったら……
「……はっ、はっ」
この。胸についてるやつとか。あと、下の方に、あるかないかとか。
たしかめないと、いけないよな。
わなわなと震える腕で、思い切って、自分をぎゅうっと抱きしめてみる。胸についている塊を巻き込むようにして。
「んぅっ!」
なんか、ぴりっとした。へそのあたりがぞくぞくする。これ、ほんとに、オレにくっついてるのか。
じゃあ、じゃあ……。
視線を、自分の身体に這わせていく。肌色。山の間にくっきりと刻まれた底なし谷。シャツと肌の間にちらちら覗くフリルみたいなやつ。ひっぱったせいで乱れた白い襟と、淡いブルーのリボン。
から、下へ、下へ。
ん―――。
デカすぎて、うまく下が見えない。やわらかいものを片腕でなんとか押さえ付けて……無理か。
上半身をゆっくり後ろに倒してみる。ぐっと首を動かして、下を覗く。
見えた。いつもみたいに、だらしなくガニ股に放り出した二本の脚。でも、今は、どう見てもいつもの自分の脚じゃなくて。肉付きがよくて、むっちりしてて、すべすべで……、まるで女の子が、行儀悪く脚を開いているみたいで。
そう、女の子が。
「はーっ、はーっ……」
その脚の付け根。決定的な部分を確かめるために、短いスカートの裾に手をかける。
ゆっくり、ゆっくりと、自分を焦らすように持ち上げていき――、
「あっあの……あのっ! 何を……あっいや、僕は何も見てないですから、すみませんでしたっ」
「へっ?」
カーテンが閉まる。シャッ。
………。
見られた。
………。
誰?
カーテンには、さっきの人物の影が映っている。まだそこにいる。医者か看護師か、それとも。自分に用事があったのは間違いない。
と、とりあえず。
体裁を整えるべく、座り方を治して、胸のリボンを締め……なんかよくわからなくて、もうとにかく掛け布団を首まで被る。
それで、カーテンに目をやる。
今気が付いたが、前髪がいつも以上に邪魔だ。片目が隠れてしまっている。
手でかきわける。
「す、すみません。どうぞ。んん、けほっ」
さっきから声が、喉の響き方が変で、違和感がある。もしかして、やっぱり……。
カーテンの向こうから入ってきたのは、中学生か高校生ぐらいの少年だった。
「えっと、あの。具合はいかがですか」
思わず息を呑む。
アイドル芸能人みたいな、かわいらしい顔の美少年だ。女装させたらかなり似合いそうな具合の。こちらを心配するような表情で、しかし、視線はこちらと病室の床とをいったりきたりで、オレを直視しようとはしない。なにやら恥ずかしそうにも見える。
誰だ?
………。
あの子は……“社長”だ。わたしが今日から、アルバイトで入ったところの。
「う……」
変な感じがして、頭をおさえる。
いま、おかしなことを“思い出した”。たしかに、この少年を見るのは初めてのはずなのに、けれど初めてじゃない。
記憶が、おかしい。
「あっ。だ、大丈夫ですか、アズールさん。倒れたときに頭を打ったのかな。そうだ、病院の人を……」
「え? あ、あずーる……? お、オレは――」
「アズールさんは、うちで業務の研修中に倒れてしまったんです。覚えていませんか?」
「アズールって……」
それは、わたしの名前だ。アズール・ブルーナイツ。
いや、違うだろ。あれだよ、あれ。……寝る前に、ガチャで引いた、SSRの。あれの名前だ。
そうだったかな。
そうだよ。
わたしはそんなのしらない。
オレはそんな名前じゃない。
なんだこれ。
「か、かがみ。鏡……」
「鏡ですか? この部屋の、あっちに……あ、立てますか? 安静にしていた方がいいんじゃ」
ベッドから足を下ろし、地面に立ち上がる。頭は変だけど、別に体調は悪くない。
あ。
あれ? なんか、バランス、おかし――ていうか重っっ――、
「うわあっ! おぶっ!?」
「あ、ご、ごめん、きみ」
転んだ。
自分と同じくらいか、もっと小柄な少年を下敷きにして。
とっさに地面に手をついたので、圧し掛かるのは避けられるはずだったが……胸部の追加部分が、少年の顔を潰しに行っていた。やばい、殺したかな。というかバランスがおかしいのはこれのせいか。
……おかしい部分はまだある。さっき、距離が縮まった瞬間、こいつと目線の高さがあまり変わらなかった。こんな成長期あたりの子とオレが、同じくらいの体格なはずがない。
いや、いや、それより。すまん、今は、鏡。
カーテンの向こう側は、よくあるつくりの、複数の患者を寝かせる病室だった。
きょろきょろと見回し、入り口の方に、洗面台を見つける。今度は転ばないように、気をつけて歩く。……なんか、尻のあたりも重い。
鏡の前に辿り着く。
そこにいたのは……
「……!! マジか……、あ……かわぃ……でっっ……あっ声、かわい……」
ここに立つまでに、予想していたけど、本当に。
心臓が、どくん、どくんと動き始める。
胸が、熱くなっている気がした。
鏡に映っているのは、やはり、見慣れた自分ではなく――、
長いベージュ色の髪に隠れた目を大きく見開いて、阿呆みたいに口を開けて、自分のおっぱいを腕で持ち上げている、制服姿の女の子だったのだ。