迷宮潜りの仕事をやっていて、一番心ときめくのが、この瞬間。
こうして、神様由来の何かを発掘できたときだ。
『かなり強い神秘を感じるなー』
「これは……値打ちもの、かもしれませんね。社長」
「はい! あそこはまだ他社の手が行き届いてないみたいだから……」
ただいま、グランメイズのオフィス。探索を終え、持ち帰った物資の確認作業中。
ルーファンの手にあるものは、ただならぬ雰囲気をまとった一枚の円盤だった。我々の見立てでは、おそらく『鏡』ではないかと思われる。むろん、ただの日用品としてのそれではない。
魔石の鉱床を探す日常業務の中、何かを探知したスケヴニングさんの言葉に従って階層をウロウロしているうち、隠し部屋にたどり着いた。そこでこれ見よがしに飾られていたのが、この鏡である。これはもう、一級から特級の神器に違いない。いくらでさばけるか楽しみで仕方がない。
それにしても、鏡の形をした神器かあ。どんな特殊な力を秘めているんだろうか。
そういったことの鑑定は、民間の専門企業か、星天教会の機関がやってくれるけれど、本当なら今すぐ知りたいところだ。たとえばもし、迷宮探索に有用なものであれば、売らずにうちで利用していくこともできる。迷宮から発掘した物資の処遇は、発掘者に優先権があるように、ちゃんとこの星の法律で決められている。
ルーファンは、作業机に鏡を置いて、梱包のための資材を取りに行った。
机上のそれを、触れずに目で検めてみる。サイズやつくりは、いわゆる卓上鏡に近い。まあいかにもゲームに出てくる古代のアイテムらしく、複雑な文様が彫られた額縁が、鏡面を囲んでいる。
そして。見ているうちに、自分のビジュアルが今日もバッチリ決まっているか気になって、日々の癖で、そのまま鏡を正面から覗き込んだ。
そこには、もちろん、美少女のアズールが映っている。覗いてしまった後で、不用意な行動だったと気づく。おおよかった、ラーの鏡とかじゃなくて……。
そろそろルーファンが戻ってくる。髪の一部が少し跳ねてしまっているのを見つけ、手で撫でつけた。
「……え?」
声が出た。オレは、何かに気が付いた。何に? 少し遅れて、頭が追い付いてくる。
鏡に映っている
それが、今いる作業部屋と、違う。……別の場所の景色だ。
薄暗くて、背の高い棚があって、モノがたくさん置いてある。どこかで見たような気はするが、絶対に、今いるここではない。
鏡に映るものが違う。なんというか、遊園地のアトラクションとかでありそうな現象。でも、少し、背筋が寒くなって。
オレは、後ろを振り向いた。
▽
「え?」
目を開く。
ふとんをどかして、寝ていた体を起こす。
周りを見る。もう見慣れている場所。アズールが市街に借りている部屋の、ベッドの上に、オレはいた。
「……え?」
体が重くて、頭がうまく働かない。アズールになってから、朝はいつもこうだ。どうやら自分は、この部屋で、いつものように眠っていたらしい。
ふらつきながら立ち上がる。女の子らしい一室を出て、洗面所に向かった。
着ていたパジャマを腕まくりして、顔を洗う。冷たい。
そうして、目の前の鏡を見た。
……おかしい。これはおかしい。さっきまで、グランメイズの作業室にいたはずだ。こんな寝巻じゃなくて運動着で。そもそも、今はまだ夏休み期間。オレはグランメイズで泊まり込み生活をしていて、この部屋で寝泊まりすることは、ほとんどしていないはず。
おかしいぞ。夢を見ているのか? それとも、これまでのことが夢だった?
「ん」
遠くから、携帯端末の音が聞こえてきた。……たしか、着信音ではなく、アラームに設定している曲だ。
部屋に戻って、端末の画面を見た。
「『学校』……そうか、登校日」
忘れないようにお知らせを設定していたスケジュール。夏休み中に数回ある登校日が、今日だったようだ。
……とりあえず、登校してみよう。今の自分の状態に、大きな違和感を覚えるけれど、まずは外に出ないと何もわからない。
▽
午前中は、とくに変わった出来事はなく、普段通りの授業風景だった。
だけど、時間が経つに連れて頭がはっきりしてきて、ひとつ思い出したことがある。オレはたしか、
……絶対、あれが何かした。
瞬間移動? 時間移動? あるいは、記憶を飛ばす? 自分のこの記憶が正しいと仮定すると、そういった効力をあの鏡に喰らったのだ、と考えられる。神秘の鏡を覗き込む、だなんて、我ながら軽率な行動をしたものだ。
とりあえず、午後はグランメイズに出勤しよう。ルーファンくんに、自分の状況を報告して、何が起きたのかを確認したい。スケブさんも力になってくれるはずだ。
ただ、携帯端末には、向こうからの連絡は何もない。もし自分がオフィスから突然消えたなら、確認のひとつもとるはずだが。
少し緊張してきた。今起きていることが、なにか、致命的な悪い出来事ではないことを祈りたい。
帰りのSHRが終わった。学生鞄を手に取って席を立つ。
からからと教室の引き戸を開けて、冷房の効いていない外の空気に顔をしかめる。地上に比べてひんやりしている迷宮都市が恋しい。
鞄を肩にかけ、引き戸の近くにいた、知らない女生徒のそばを通り抜けた。
「……ちょ、おいおい。ねえってば。……アズ! 何無視してんの、機嫌悪い?」
「………」
「アズったら!」
「あっ、うぇ?」
手を誰かにつかまれる。
振り向く。さっきすれ違った、別のクラスの女生徒が、自分をまっすぐに見て、名前を呼んでいた。
……長いピンク髪で、おっとり系の顔に怪訝そうな表情を浮かべている。あと、胸がでかい。こちらと同じくらいある。
ピンク色の髪などこの学校では珍しくなく、女生徒は大体みんなアズールよりかわいくないので、これまで他人の事など気にも留めていなかった。けれどいま、目の前にいる少女を見て、「モブキャラじゃない」、と感じている自分がいた。
あ、いや。
ていうか。
「……誰?」
「はぁ~!?」
まるで二次元キャラクターのような大げさなリアクションをして、少女は呆れ顔を作った。
いや、ほんとにだれ。アズ、と呼ぶからにはアズールの友達のはずだが、記憶にない。アズールの学校での友人については、中身がすり替わったことでボロが出ないように、ちゃんと記憶を読んで把握しているはずだが。
「あなたの友達の、羽川ハナですが。働きすぎて熱でも出した?」
「羽川ハナ……?」
「お……おいおい、なにその、知らない人を見る目は。演技が本気すぎやしないかい、きみぃ」
向こうは冗談で片付けようとしているが、こっちは本気で初対面だ。名前も顔も覚えがない。学校ですれ違うくらいはしているかもしれないが。
どうしたらいいものかわからず、言葉に詰まっていると。身長が同じくらいの少女は、不安そうな顔でこちらを覗き込んで、小さな声を出した。
「……ねぇ。本当に覚えてないの? それとも、わたし、何かしちゃった? ……アズ」
なんか。
オレに劣るとはいえ、美少女にそんな顔をされると、その。
「う、ううん。冗談」
「! な、なんだよー。どんな冗談ですか、もー。センスねーよー」
一転、ぱっと顔を明るくして絡んできた。感情のわかりやすい犬みたいな女の子だ。
……うーん。冗談ということにしてしまった。どうしよう。ていうか、何者なんだ、この子。
「それじゃ、今日もバイト行こー、アズ」
そのまま腕を引っ張られる。廊下を、学校の出入り口に向かって歩きながら、名前だけわかった少女に疑問をぶつける。
「え? バイト……なんの」
「あ、わかった。寝ぼけてるな? 夏休みで体内時計が狂った? アズールは寝起き弱いもんねー。この前あっち泊まったとき、朝ダメなところ見ちゃった」
「あっちって……」
「第八迷宮のグランメイズでしょー。今日も社長クンと稼ぎに行こうぜぇ、兄弟」
「!?」
!?
!!??
!!!???
「……あの。羽川さん」
「はっ? 羽川、さん?」
「は、羽川」
「羽川ぁ……?」
「……ハナ?」
「はいはいー」
「えっと。社長クン、って」
「ルーファンくんがどうかした? それも忘れたかあ?」
………。
そんな。
そう、小声が漏れた。
「忘れるわけないよね。その……へへへ。どっちがルーファンくんとくっついても恨みっこなし、って約束、したばっかりだし」
「あ?」
「うおおっ。ちょ、いきなり立ち止まるやつがあります、か……あ、アズ?」
なんだそれ。
初耳。
『どっちがルーファンくんとくっついても、恨みっこなし。』つまりこの少女は……、
わたし/オレだけに注がれるべき
「なんか、あの。やっぱり、機嫌悪いすか……?」
うん。なるほど。何もわからない。何もわからないが……。
この子、さては敵だな。
よし。しばらく様子を見て、それから追い出そう。
▽
などと、謎の少女を警戒していたのだが。いつものように職場へ出勤してみると、さらにおかしなことが待っていた。
「あら、今日のメンバーはあなたたちですのね。私の足を引っ張らないよう、気を付けてくださいまし」
まず。応接室で優雅にお茶していたのは、見たことのある人物だった。以前、仕事で一緒に迷宮へ潜った、白銀騎士のアスーニャだ。また依頼の持ち込みにやってきたのだろう。
ただ……、言動に違和感がある。
この女、ルーファンに時折媚を売りつつ、オレの顔を見るたびに鼻息を荒くしていたので、頭のおかしい厄介な人として記憶していた。前の世界のSNSでの人気ぶりと、実際に会ったアスーニャのイメージが一致せず、しっくりこなかったのだが。
今は、
おかしくはない、のが、違和感だった。
「あの。私の顔に何かついていますか?」
「……あ。い、いえ」
「いつも通り、そちらの代表には話をつけていますから、はやく準備なさいな」
「そうそう。アズ、行こうよ。ほんじゃ、あとでねアスーニャちゃん」
「誰がちゃんですか、私は白銀騎士ですよ」
羽川ハナに背中を押され、応接室を通り過ぎる。二人は既に顔見知り、いや、ある程度親しげに会話する仲のようだ。これもおかしい……。
そのまま押されるのに身を任せていると、すぐにオフィスについた。見慣れたドアを前に、躊躇する。
おかしいのはこの羽川ハナだけかと思っていたが。もしかすると、それだけではなく。
もし、もしあの子まで違っていたら、わたしは。
「………」
「なにしてんすか。自動ドアじゃないんだから」
「あっ」
がちゃ、と。羽川ハナが。わたしたちだけの、グランメイズのドアを、開けた。
「あ! こんにちは、アズールさん」
その声を聴いて、ほっとする自分がいた。いつもの、こちらを呼ぶ人懐っこい声。
間違いない、ルーファンのものだ。
「ハナさんも。今日もよろしくお願いしますね」
「うん。へへっ、お姉さんに任せとけ~」
ずきん。
それと同じ声で、ルーファンは、誰とも知れない少女を、親しげに呼んだ。
和気あいあいと向かい合うふたりは、気心知れた仲にしか見えない。それとひとつ、すぐに気が付くことがあった。少女のほうは、友人だというオレと話しているときとは、明確に違う表情をしていた。取り繕っているようだが、わたしにはわかった。
まぁ言ってしまえば。素直に、下賤な表現をすると。
メスの顔だ。
なんなんだ、こいつ。
どうしてこうなっている。みんな、記憶でもいじられているのか。それとも自分がおかしいのか。
なんでだ。どうしてルーファンは、そんなふうに、そいつとしゃべるんだ。わたしは知らない。いなかっただろ、こんなやつ。
「……ん?」
じっと、少年の姿を見ていると。あることに気が付いた。
まさかでしょ、というような、ささいなおかしさなので、スルーしようかと思った。思いながら、見ていた。
「……………」
「? アズールさん? どうかしましたか」
「え、あっ。あの、いえ。な、なんでもないです」
「そうですか」
………。
ルーファンの…………、
ルーファンの………………………“目”が、無いっ!!
▽
ルーファンの目がない。
目がない、というのは、目がない、という意味だ。
最初は、「今日なんか妙に前髪が長いな」、と思った。そのあと、まなざしを探ろうとじっと見ていると。
彼の両目は。絶対に見える角度のはずなのに、不自然な影や前髪がかかって、どんな目つきをしているのか、まったくわからないことに気が付いた。
鼻と口はある。だが、目だけが見えない。どうやっても見えないのだ。……今目の前にいる彼の姿を、人に伝えるためには、なんと言い表せばいいのだろう。
たとえるなら……。
「……!」
『エロゲーの主人公』や、『エロ同人の竿役』の顔のようだ………!!
今のルーファンには、彼の個性が詰まっているはずの、あのキラキラした眼が、ない!
ぞっとして、背筋を冷たいものが駆け上がる。のどがごくりと動く。いつの間にか出ていた汗で、髪が張り付く。
ルーファンの偽物? 彼に……いや。オレに、何が起きている?
「そろそろ時間です。仕事に行きましょう、ふたりとも。着替えてきてください」
「………」
「はーい。……あれ、アズ? ほら行こ」
「お、クエストいくのぉ? いっぱい汗かいてくるといいよ、オゥフフ」
「!? 誰だ」
ルーファンの立ち位置より、さらに奥。初めて聞く声。……男の声。オフィスの端の席に、誰かがいた。
「やだなぁアズールちゃん、俺だよー、アズールちゃんの夫の」
動き出した大きな影に、思わず銃を向ける。
そこにいたのは。
――ふくよかな体系をした、上半身裸でパンツ一丁の、ルーファンのように両目がない、中年男性だった。
「……あ……え……?」
「おおう、やっぱ実物はかわいいねぇ。つか胸でっか。ふともも太っ。ハナちゃんも」
「こんにちはー、おじさま」
手が震えて、銃口がぶれる。
な、なん……だ、こいつは? キャラデザが……美少女ソシャゲに、いていい造形じゃないぞ……。
「だ、だれ、ですか」
「誰って、アズールさん。サイ・ミンオジさんじゃないですか。昨日入社してから、今日までずっとグランメイズの事務を手伝ってくれている、僕たちの大切な仲間でしょう」
催眠おじさんいるーーーーー!!!???