美少女ソシャゲ人気キャラ憑依   作:もぬ

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エロ同人世界(後編)

 やばい、と本能的な危機を感じ取ったのだが。一応人間に分類される相手を迷宮の外で撃つわけにもいかず、かといってあの状況にうまくあわせることもできず。

 思わず、オフィスから逃げ出してきてしまった。

 足を止める。はあ、はあ、と息切れで肩が上下する。これくらいのダッシュで疲れるなんて、本調子じゃない。

 呼吸が落ち着くまでしばらく待って、周りを見る。がむしゃらに走ったつもりだったが、ルーチンワークがしみついていたのだろう。いつも利用している、下層への転移門のあたりにいた。幸い、すぐそこに探索者の利用できる休憩スペースがあるので、そちらへのそのそと歩いていった。

 転移門の光を見つめながら、休憩所のイスに腰掛け、少し頭の中を整理してみる。

 

 朝ベッドで目が覚めてから、この瞬間まで。おかしいと感じたことを、おおまかに挙げてみよう。

 ひとつ。羽川ハナというキャラが、自分の日常に追加されている。

 ひとつ。羽川ハナだけでなく、催眠おじさんもいる。だが一緒にするのはあの少女に悪い気もする……。

 次。白銀騎士アスーニャの性格が違う、気がする。

 最後。ルーファンの目がない。

 というか、今になって気が付いたのだが。そこら中にいる男性たちも、両目が見えない。

 転移門を出入りする探索者たち。思い返せば、学校の生徒、移動に使った電車の利用客たちも。なぜだか男性のみ、みんな目のあたりが不自然な影で隠れている。

 ……電車を利用すると、絶対誰かにスケベな目つきでじろじろと見られるのが、自分は彼らとは違う美少女なんだという優越感があって、結構好きだったのに。ルーファンの、本人は隠そうとしているがどこを見ているかまるわかりの視線を浴びるのが、ひそかに好きだったのに。

 

 以上。

 いまわかっていることから、自分に何が起きているのかを推測してみる。オタク知識から、今の状況に該当しそうなストーリーを考えてみると……、

 『自分以外のすべてが、何かによって変えられた。』 あるいは、『自分は、“違う世界”に移動してしまった。』 といったところだろうか。

 なんとなく、後者のほうがしっくりくる気がする。仮採用しよう。

 ……いやでも、その場合、“別のアズール”がいなきゃおかしいんじゃないか。ここが元居たところとよく似た違う世界なら、この世界のアズールもどこかにいて、出会ってしまう可能性がある。しかしそれは今のところ起きていない。

 ……『自分は、別の世界のアズールと入れ替わった。または乗り移った。』 正しいのはこれか?

 この世界を、仮にエロ同人世界と呼称しよう。エロ同人世界のアズールに、オレは乗り移ってしまった。このままでは催眠おじさんに催眠かけられたり、目のない男たちに取り囲まれたり、エロモンスターに敗北してしまう……なんてことが、起きるかもしれない。

 冗談じゃないぞ。元の世界に戻さないと。戻らないと。

 そもそもこうなった原因はなんだった? 覚えている。あの、鏡だ。

 椅子から立ち上がる。あの鏡を見つければ、この異常は解決できる。とりあえずそう考えるしかない。

 鏡のある場所の候補は……グランメイズの作業室。あのおじさんのいるところに、戻らなければならない。

 いやだなあ。

 

「あ。おーい、アズールー、先に転移門(ゲート)まで出ていくなんて、せっかちだね」

「……!」

 

 どうやってあのミンオジさんの目をかいくぐったものか考えあぐねていると、声をかけられた。

 見れば、武装を済ませた羽川ハナを先頭に、アスーニャと、ルーファンがやってきていた。しまった、仕事に来たのか……。

 

「じゃ、迷宮に潜ろう。ルーファンくん、今日はどこを回るの?」

「地下第110階層ですね」

「おお。行ったことない深さだね。むしゃぶるい。ぶるぶる」

 

 ん? まだ全然浅いところじゃないか。どうやらエロ同人世界は、“こちら”より攻略が遅いらしい。

 

「いざというときは、助力をお願いします。アスーニャさん」

「仕方ないですね。私も暇じゃありませんのよ? あなたの頼みだから、その……ごにょごにょ」

「え? なんですか」

「なんでもありませんわ」

 

 こいつもメスの顔だ。両目のないルーファンなんかのどこがいいというんだ。催眠にでもかかってるんじゃないか。

 

「さ、出発出発ぅ」

「あ、ちょっ」

 

 自称友人の羽川ハナに引っ張られる。

 ……仕方ない。目的は決まったが、まだ明確な行動計画を立てられていない。幸い、懸念の催眠おじさんはここにはいないし、こいつらに合わせながら、この後のことを考えよう……。

 

 

 110層。オレの記憶では、ずいぶん前に通過済みの階層だ。ここの魔物くらいならもう相手にならない。

 それは白銀騎士であるアスーニャも同じようで、この程度の階層では積極的に戦闘を手伝うことはない、という話になっているようだ。

 

「編成がわたしたち二人だけなんて久しぶりだなぁ。へへ、ちょっと緊張する」

「すみません、ほかの皆さんは、今日は都合がつかなくて」

「ううん。二人っていっても、ほかの人とならともかく、アズールとわたしのコンビだもん。社長は大船に乗ったつもりでいていいよ~、わはは」

「そうですね。頼りにしています!」

 

 どうも、エロ同人世界のアズールと羽川ハナは、ずいぶんと仲良しらしい。同じパーティーに編成すると、連携が発生する組み合わせ……にでもなっているのかもしれない。

 信頼を寄せてくれているところ悪いが、オレはこの子と息の合ったコンビネーションなんてできはしない。手に持っている魔導杖を見るに、たぶん戦闘スタイルは魔法使い(スキルユーザー)なんだろうが、それくらいしかわからない。

 まぁ、戦闘になったら、どうせ110階層の魔物だ。ひとりで素早く倒してしまえばいいだろう。

 

「……魔物ですね。お手並み拝見いたしますわ」

「ふたりとも、準備を。はぁあっ!」

 

 通路の向こう側から、魔物。動く鎧がひとつ、でかいトカゲが一匹、でかいコウモリが一匹。どれも倒したことがある。

 ルーファンからの従者強化がかかる。

 ……? なにか、身体に違和感がある。……オレの知っているルーファンは、迷宮の中では非戦闘中でも常にこの強化を発動していたから、その違いだろうか。

 まあいい。銃と光剣を起動し、呼吸を戦闘時のものに整える。

 視界の端、すぐそばにいた羽川ハナが、杖を構えて一歩前に出たのが見えた。

 

「ようし。まず私が防ぐから、アズは隙を見て……」

「必要ない」

「え?」

 

 いつものように、ひとりで、スタートダッシュを切った。

 

「!! これ……」

 

 実に間抜けなことに。そうしてようやく、違和感の正体がわかった。

 自分の走行速度が、いつもより圧倒的に遅い。放った魔弾が、たかだか100層レベルのやつらに、致命傷を与えられていない。弾かれてしまっている。

 舌打ちが出る。

 この身体は、この世界のアズールは、オレより『強化レベル』が低いんだ。ルーファンの従者が、ひとりじゃないから……!

 

「しっ!」

 

 いつもなら銃の一発で消し飛ばせるコウモリを、弾3発と、光剣の一撃でもって、ようやく殺した。

 同時に、鎧の懐に飛び込む。振り下ろされた刃をかわし、こちらも斬りつける。……一撃で破壊できない。鎧を蹴り飛ばす。想定の3分の1しか距離があかない。

 いかに自分が、ルーファンの魔法に頼ってきたのかがわかる。全力で挑まないと。

 トカゲ……トカゲはどこにいった。

 

「っあ!?」

 

 足首を、何かにとられた。

 トカゲの長い舌だ。反射で対処する前に、それは体の上を這いあがってきて、手首を締め付けられ、武器を取り落としてしまった。

 

「あ……が……かっ、あ……」

 

 首を締め付けられている。それを自覚したころにはもう、感覚が遠くなっていて、何もできなくなっていた。いくらでも対処法はあったのに。今の身体は、能力も装備も、違っていて。そのせいで。

 言い訳を頭に浮かべながら、もがこうとする。少しの油断で死ぬ。わかっていたことだが、何もこんな、ところで。

 

「アズール!!!」

 

 声がして、自分は地面にしりもちをついた。

 ひゅーひゅーと必死で空気を欲しがる音が、自分から鳴っていた。……拘束は解けていて、長い舌は、バラバラになってその辺に落ちていた。何かに、切り裂かれたか、潰されたか。

 そうだ、武器。拾わないと。

 視線が、落とした銃に行く。それを、鉄の足が踏みつけていた。視線を上げていく。鎧が、剣を振り上げていた。

 ――誰かが、覆いかぶさるようにして、わたしを抱きしめてきた。

 

光壁(シールド)!!」

 

 そいつは人の耳のそばで大声を張り上げた。同時に、光の膜が、自分たちと魔物とを隔てる。がんがんと激しい攻撃の音。ぎゅっと抱く力を強くしてくる女の子の息遣い。うるさい。

 

「……破裂(バースト)っ!」

 

 攻撃をそのまま返すように、光のバリアは弾けた。

 ……あとは、少し離れたところで戦闘音。

 ほどなくして、戦いは終わったようだった。その間、ずっと、羽川ハナは、こちらを庇い続けていた。

 

 

 眉を吊り上げた、とても優しくはない表情で、治癒(ヒール)をたっぷりかけられたあと。

 立ち上がろうとするオレを制し、羽川ハナはしゃがんで、こちらに目線を合わせてきた。

 

「ばか!」

 

 ビンタされた。

 ドラマかアニメでしかないやつ。実際にやられると、頬の熱さとは裏腹に、すっと気分が萎える。

 

「何やってるの! 死ぬところだったんだぞっ!」

 

 まったくそのとおりだ。自分が悪いし、しょうもない負けをかますところだったし、もう落ち込むしかない。

 あげく、誰だこのデカ乳、グランメイズから追い出そう、とか考えていた少女に助けられてしまった。キリっとした顔で「必要ない」とか言って。自尊心ボロボロですよね。

 

「どうしてこんなこと……ううん。ごめん、わかってる。……社長! ちょっとあっちいってて!」

 

 何を考えたのか、羽川ハナは、心配そうにこっちを見つめている(目がないのになんかわかる)ルーファンを遠ざけた。

 向こうに行ったのを確認して、こちらを振り返る。すると、怒り顔から一転、彼女は眉尻を下げて、小さな声を出した。

 

「……たしかに、その。アズもルーファンくんのこと好きだって知って、わたしも、すごくショックだった。だから、そういう態度になるの、すごくわかるよ」

「え……」

 

 話の流れが、なんか変だ。

 ……ひとりで敵に突っ込んだのが、恋愛がらみの仲たがいのせいだと思われてる?

 

「でもっ。その前に。……友達、だよ。わたしたち。ライバルだけどっ。一緒に頑張っていくって約束した。危ないときは、ちゃんとっ……! 一緒じゃなきゃ、いやだ……! アズ……っ」

「………」

「同じ人を好きになったら、仲良くしたらダメなのかな? アズ……そんなのいやだよ……どうしたらいいか、わかんないよう……」

 

 泣きながらぎゅってされた。

 ………あー。

 わかったことが、ひとつ。

 わたしは、そっと腕を回して、彼女を抱き返す。

 

「! アズ……」

 

 長乳と長乳が正面からしっかり抱き合おうとすると、なんか息苦しい。むにゅっとしてるのはいいけど。

 

 

「皆さんは先に帰っていてください。少し買い物してから、戻りますので」

「え? わたしも一緒に行くよー」

「いいから」

 

 探索を終えて。

 エロ同人世界とはいえ、仲のいい女の子たちの友情に傷を入れるのは心苦しい。関係修復のため、サプライズおわびお菓子でも買っていくことにする。

 オレが元の世界に戻れたとして、もしかしたらその後も、このアズールと羽川ハナの交流は、続くのかもしれないし。

 

 第八迷宮都市(アンダーアビス)で見つけてある、とっておきのスイーツの店。この世界でも営業していてよかった。

 購入したブツを手に下げ、どうしてか、さっきより少しだけいい気分で、グランメイズへの道を歩いていく。

 別の世界のアズールの人間関係にも気を遣えるなんて、我ながらなんと素晴らしい人間性だろうか。それとまあ、“鏡”を見つければすぐにお別れだが、助けてもらったお礼もしたいし。

 目のないルーファンや普通のアスーニャも、危ないときに助けてくれた。いいやつであることは確からしい。お礼を済ませて、気持ちよくこの世界を脱出しよう。

 グランメイズに着いた。

 通用口を開けて、中へ。応接室の前を通ったけれど、アスーニャ含め誰もいない。

 みんながいるだろう、オフィスへのドアへやってきた。遠慮なく、その扉を開けた。

 

「はっ?」

 

 甘いスイーツ入りの箱が、床に落ちた。

 

「おっ、アズールちゃん遅いよー。もう結婚式はじめるところだよ」

「おじさまぁ、アズなんかじゃなくてわたしと結婚してぇ♡」

「私はあなたの騎士として忠誠を捧げます……♡」

 

 ばたん。

 同人誌の後半くらいの光景が目の前に広がっていたので、ドアを閉めた。

 まだ焼き付いているので、中の様子を振り返ってみよう。

 パンツしかはいていないサイ・ミンオジさんに、羽川ハナが陶酔しきった表情でまとわりついていた。足元にはアスーニャが土下座していて、ルーファンはたしか、部屋の端っこのほうでぼうっとしていた。

 うん……。

 もうお礼とかいっか。逃げよっと。

 

「あれれ、どこ行くんだい」

「……! なっ……あが!」

 

 ドアの隙間から声。そして開くと同時に、腕が伸びてきて、首根っこをつかまれる。

 そのまま強い力で引っ張られ、部屋の奥まで投げ飛ばされた。痛みをこらえて相手を見ると、冷たい表情のアスーニャと羽川ハナが、ミンオジのそばに控えてこちらをじっと見ていた。

 怪力でこちらを投げ飛ばしたのは、アスーニャのほうだ。すっかり下僕になっているらしい。あっさり操られるとは白銀騎士が聞いてあきれる。……いや、それほどおじさんの催眠能力がすごいのかもしれない。最強の女戦士でも神のごとき力を持つ女ラスボスでも、エロ催眠の前では無力だからな。

 どうする。すぐそこの窓から逃げて、鏡を探しに行く……すぐに追ってくるだろうし、無理そうだ。あのふたりを出し抜いて、おじさんをぶっ倒す……できるか?

 立ち上がり、敵に銃を向ける。

 

「ん? かかりが浅いな。効きにくい子もいるんだねぇ。無駄だと思うけど」

 

 おじさんは、手に持っていた携帯端末をいじり、その画面をこちらに向けてきた。

 !! 催眠アプリを使うタイプか! だったら……!

 すかさず撃った。あれさえ破壊すれば、勝ちの目もあるはず!

 

「だめだよアズ。どんなときも一緒に……って、約束したでしょ? 一緒に堕ちようよぉ」

 

 弾丸は、光の膜に防がれていた。

 軽装の騎士が、すばやく距離を詰めてくる。格闘戦は数秒も続かず、武器をすべて弾き飛ばされた。

 

「ぎゃっ!?」

 

 足に鋭い痛み。自分の意志でなく、がくんと膝をつく。……光の矢に、両足が貫かれていた。

 大きな腹を揺らし、ミンオジが近づいてくる。

 

「ちょいちょい、やりすぎだよ~。アズールちゃんは正妻にするんだからさ、後で治してあげてな」

「はい、おじさま」

「オラッ! 催眠」

 

 頭をつかまれ、無理やり目を開かされて。画面を、見てしまった。

 

「あ、う……」

 

 あたまがくわんくわんと揺らされて、吐き気がする。

 脳みそがオーバーヒートしそうなくらい回転しているけれど、背筋のあたりはふるえるくらい冷えていて、その温度差みたいなもので気分が悪くなる。

 想像していたものと違って、気持ちいい、とかはない。不快だった。

 

「さ、正妻1号はアズールちゃんだよ。いっぱい幸せになろうねえ」

「……だ、誰が……」

「ん? 抵抗強いなあ。でも無駄無駄、この世界の人間は誰も逆らえないようになってるからね」

 

 この世界の、人間は逆らえない。

 この世界の人間は……。

 

「………」

 

 思わず笑ってしまいそうになり、顔を伏せた。

 だったら、これは。このくらくらは、ただの気のせいだ……!

 オレは、この世界の人間じゃ、ないんだから。

 

「……おじ、さま。わたし、足が痛くて。立てなくて。治して、ください」

「お? おーおー、もちろんだよ、ほらハナちゃん」

 

 迷宮でしてもらったのより、強力な治癒(ヒール)がかかる。しもべの能力を引き上げる力でもあるのだろうか。すぐに、立ち上がれるようになった。

 

「さ、アズールちゃん」

 

 手を差し伸べられる。

 この位置関係なら、なんとかなる。オレは、勝ちを確信した笑いをこらえきれないまま、顔を上げた。

 

加速(アクセル)

 

 自分以外のもののスピードが極端に落ちる。よかった、このアズールも加速(アクセル)の魔法を刻んでいた。持続時間はほんの一瞬だろうけれど。

 何も警戒していないおじさんと、すでにこちらへの攻撃を行おうとしているふたり。

 

「………」

 

 羽川ハナ。

 敵を見る目で、オレを見ている。

 たった一日の付き合いだ。なにも思うところなどないはずだが……、その顔を見て、少しだけ、なんか、ずきんとした。

 

 オレは、おじさんの端末を奪い取り、めちゃくちゃ恨みを込めて、地面に叩きつけた。

 そしてまだ持続時間が余っていたので、ドンドコ踏みつけまくった。

 催眠エロ。NTR。いち消費者としては好きだよ。

 けどな。自分がかけられるのは、ぜ~~~ったい嫌。寝取られるのも嫌。自分が優位なシチュエーションじゃないと嫌。

 そして。オレがわたしでいる限りは、ルーファン以外に、この身体を許す気はない。

 

「あ? ……あ? ああああ!!??」

 

 粉々の端末。操り糸が切れたように気を失い、倒れる二人。

 おじさんは、しばらく地面にうずくまって、端末のかけらを集めたりとあがいていたが。やがて、そのふくよかな体が、まばゆい光を放ち始めた。

 ぴしぴしとひびが入るような音とともに、おじさんの身体にも、亀裂が入っていき……、

 

「“実は催眠かかってませんでしたオチ”は……クソ……」

 

 という言葉を遺し、消滅した。

 何この消え方? 迷宮のボスモンスターと同じ扱い?

 

 

「……? ここは」

 

 眠りから目が覚める。

 たしか、催眠おじさんをやっつけたあと、疲れて眠ってしまった……ような、記憶はある。

 体を起こして、周りを見る。ここは……グランメイズの、ゲストルーム。オレが泊まるのに使っていた部屋だ。

 心臓が強く動き出す。もしかして、元の世界に戻ってきた……!?

 

「アズールさん」

「!? しゃ、社長。いたんですね」

「オフィスで倒れてしまったので、ここに寝てもらったんですよ」

「ありがとうございます」

 

 死角にいたらしいルーファンは、ベッドの淵に腰掛けた。どうやら看病してくれていたらしい。

 ……ああ。安心する。

 その存在感と体温を近くに感じて、勝手にほっとしていると。ベッドに放り出していた手を、何かのぬくもりが包んだ。

 ルーファンが。片手をこちらの手の上にのせて、こっちに体を向けていた。まるで、ベッドの上に乗り出そうとしているように。

 

「社長……?」

「アズールさん。今回の事、ありがとうございました。グランメイズを守ってくれて」

「い、いえ」

「お礼がしたいんです。だから……」

「きゃっ!」

 

 とん、と体を押されて、ベッドに倒される。なんだ、と状況を整理する間もなく、気が付くと、ルーファンは、こちらをベッドに押し倒す姿勢になっていた。

 え?? えっ???

 

「アズールさん、レベルアップが好きなんですよね。……今日は、いっぱい気持ちよくしてあげますね」

「!!! ひ……っ」

 

 そういって、こちらを見下ろす少年には……、

 両目が、なかった。

 

「う……うわああああっ!!!」

「ほげあ」

 

 決死の覚悟で思い切り跳ね除け、ベッドから逃げる。

 あまりの怖さに足がもつれて、しばらくは夢の中みたいにうまく走れなかった。でも、どうやら現実の光景らしく、慣れてくるとちゃんと走れるようになった。でも、夢じゃないことが証明されてしまって、また恐ろしくなった。

 ――違う、違う、違うっ! 解釈違い!

 ルーファンは、あんなにガツガツしてない! こっちに責められてどぎまぎする童貞っぽさがいいのに! 女慣れなんかしてるはずがないのに! 

 あんなの、わたし(オレ)のルーファンじゃない!

 こんなところ、もう1秒でもいたくはない……! 帰るんだ!

 

 

 オフィス中を駆け回った。その間、両目のないルーファンに襲われることは、なかった。

 けれど、“鏡”は見つからなかった、1階も2階も行ったし、本命の作業室も探したのに。

 しばらく考えるうち、最悪の想像にたどり着く。まさか、この世界では、“鏡”をまだ発掘していない? あるいは、よそに売り払ってしまった。

 だとしたら、すぐには……。

 

「……いや」

 

 落ち着いて。

 “きっかけ”を思い出してみる。世界がこうなった、あるいはこの世界に迷い込んだ、そのきっかけ。

 作業室で、覗き込んだ神秘の鏡。

 その中には……、アズールの姿と、“別の背景”が映っていた。作業室ではない、どこかの景色が。

 それは、たしか。

 ……薄暗くて、背の高い棚があって、モノがたくさん置いてある。どこかで見たような気はするが、絶対に、今いるここではない――そんな場所。

 

「グランメイズの『備品室』……!」

 

 数えるほどだけ入ったことがあるその部屋。発掘した神器や、普段使いしない備品などをしまっている、ルーファンがカギを管理しているその部屋。

 まだこの中は探していない。あの鏡がもし、別の世界とつながっているモノだとしたら、きっと。

 

 備品室の鍵を破壊し、中へ押し入る。落ち着いて、棚に並んだ品物を検めていって……、

 見つけた。

 卓上鏡に近いサイズ。いかにもゲームに出てくる古代のアイテムらしく、複雑な文様が彫られた額縁。そして、倉庫みたいな場所に放置されていながら、まったく汚れていない神秘的な鏡面。

 オレは、鏡を覗き込んだ。

 

「……! たのむ、あの世界に戻してくれ! ……戻して、ください……。なんでもするから……」

 

 人目もないので、なっさけない声でモノにすがる。自分はもう、あそこじゃなきゃ嫌なんだ。

 あそこが、帰る場所なんだ。だから……。

 

 ――わたしも、自分の居場所に帰りたい。

 

「え?」

 

 鏡の中から。誰かに話しかけられた気がして、顔を上げた。

 

 

「………」

 

 何度目かの、同じ展開。

 目を開けると、天井があって。体を起こすと、ちょっとだるい。

 部屋――、アズールのマンションの部屋。そこに、自分はいた。

 

 ふらつきながら立ち上がる。女の子らしい一室を出て、洗面所へ。

 着ていたパジャマを腕まくりして、顔を洗う。冷たい。

 遠くから、携帯端末の音が聞こえてきた。……たしか、着信音ではなく、アラームに設定している曲だ。

 部屋に戻って、端末の画面を見た。

 

「『登校日』……の、2日目」

 

 どくん、どくんと緊張する胸を、なんとか落ち着かせるようにしながら。学校へ行く準備をした。

 

 

 午前だけの授業は退屈で、しかしすぐに終わった。

 端末には、誰からの連絡もない。自分からする勇気もなかった。

 帰りのSHRが終わった。学生鞄を手に取って席を立つ。

 からからと教室の引き戸を開けて、冷房の効いていない外の空気に顔をしかめる。地上に比べてひんやりしている迷宮都市が恋しい。

 鞄を肩にかけ、引き戸の近くにいた、女生徒のそばを通り抜けた。

 

「………!」

 

 その少女を見る。端末をいじりながら、このクラスの誰かを待っている様子だった。

 ピンク色の髪で、おっとり系の顔。胸がでかい。

 

「……お!」

 

 少女は顔を上げて、こっちのほうを見て、うれしそうな顔をした。

 

「……ハ――、」

「おーっす、ハナ~」

「遅いってーの、まったく」

「ごめんごめん、てかウチのせいじゃなくね?」

 

 少女は、わたしと同じクラスの誰かと会話して、そのままどこかへ行った。

 

「………」

 

 いつの間にか持ち上げていたらしい右手を下げる。あいさつでもするつもりだったのだろうか、この身体は。……知らない相手に。

 ………さて。

 帰ろう、自分のいたい場所に。

 

 

 気が付いたことが一つあるんだけども。

 今日の日付は、あの騒動の翌日となっている。となると。もし、もしもだよ?

 “エロ同人世界のアズール”がやはり存在していて、あの鏡でオレと入れ替わって、この世界で一日過ごしていたのだとしたら……。

 こっちのルーファンと、ふたりきりの状況を楽しんでいたのだとしたら……、

 だとしたら!

 

「おつかれさまです社長!!!!!」

「わっ、あ、アズールさん。こんにちは、学校は終わったんですか?」

 

 ルーファンの……

 両目が……

 ある!!!!!

 

「っ~~~~!」

「え? うおええええ!? ちょ、なん、アズさん、はなっ、はなれ……」

 

 思わず少年に抱き着く。この反応……! オレのルーファンだ! 戻ってきた。戻ってきたんだ……。

 !! そうだ。戻ってきたからこそ、確認しておかなければならないことがある。

 オレは少年を乳の間から解放し、真剣なまなざしで問うた。

 

「あ、あの。ルーファンくん。……昨日のわたし、きみに、何か……その……。い、いかがわしいこととか、しませんでしたか」

「えええ!? い、いかがわしいこと……!?」

 

 このリアクションは!? や、やはり……。

 わたしのルーファンに何かしやがったんだなッ! エロ同人世界のアズール!!

 

「あの、教えてください。大事なことなんです。ちょっと、昨日のわたしは、わたしじゃないわたしだったというか……なんというか……」

「き、昨日のアズさんは……ごにょごにょ……」

「ん?」

「その……ほら……なんというか……」

「なんて?」

「なんか……く、くっついてきたり! 耳元で小さくささやいたり、暑そうにしながらこっち見てきたり……!!」

 

 な、何!? なんてはしたない女だ! 淫婦めが!

 

「おおむねいつも通りでしたっ!」

 

 あ、はい

 

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