禁欲生活……いや、レベルの上限解放待ち生活が始まって、どれだけ経っただろうか。
イライラも極まってきて、もう何度ルーファンの部屋に夜行こうとしたことか。我慢したけど。
解放するための神秘的アイテムは徐々に集まってきているものの、あともう一息足りない、というところらしい。この“あと少し”が長い。
レベルさえ上がれば、この夏休み期間で、迷宮の攻略をさらに効率よく進められるはずなのに。こうしている間に夏休み終わっちゃう。
などと考えながら、ルーファンの椅子に後ろからもたれかかって、たまに首筋に息をふきかけたりして仕事の邪魔をしていた、そんなときだった。
「こんにちはー」
「あれっ。来客……はーい!」
部屋の外から声。呼び鈴も鳴らさずに、誰かが会社の中に入ってきたようだ。
ルーファンがぱたぱたと席を立っていく、その後ろをついていく。今日は依頼者が来るというアポイントメントはなかったはずだが。
従業員のいない形だけの受付カウンターでは、ひとりの女性が待っていた。レディーススーツをきっちり着こなした彼女は、我々の姿を認めると、にこりと印象のいい笑みをつくった。
あっわかった。保険会社の営業だな?
「私、こういう者です」
「あっこれはどうも、ご丁寧に」
女性は目の前の少年がちゃんとした従業員、あるいは代表と見抜いたのか、きれいな動作で名刺を渡していた。
受け取ったルーファンは、そのまま名刺をじっと見ている。オレは相手の顔色をうかがいながら、ルーファンに小声で注意した。
「……社長。自分の名刺、この前つくったでしょ。相手の方に渡してください」
「え? あっ」
ルーファンは失礼します、といってその場から走り去った。名刺はどこかにしまいっぱなしのようだ。手元にないならないで、何も今あわてて取りに行くことはないと思うけど。
とりあえずこの人を応接室に案内しておこう。
「よろしくお願いします」
「頂戴します」
女性は営業スマイルを保ったまま、こちらにも名刺を差し出してきた。学校制服姿の小娘にもよこしてくるとは。頑張ってビジネスマナーを思い出して、なるべく礼儀正しく受け取った。
なれない敬語を並び立てる。相手が新規加入しそうな美少女だったら適当に対応するけど、目の間にいるのはちゃんとスーツ着た人なので。
「申し訳ございません、私、学生の身でして。名刺の持ち合わせは――ん?」
「いえいえ、お気になさらず。あなた方のことは調査済みですから」
受け取った名刺の上で存在を主張するフォントに、なんとなく目がひきつけられる。
星神庁防衛計画部広報課
ヴァル山 霧江
「ええ……」
変な苗字。
▽
応接室で始まったヴァル山さんの話は、要は“スカウト”であり、やっていることはやはり営業であった。
「ルーファン様。アズール様。この度はおふたりに、“アインヘリアル”への参加をご検討していただきたく、こちらへ参りました」
「アインヘリアル?」
聞いたことのある単語だな。たしか……、
迷宮に現れる、空洞の鎧の姿をした魔物。あれの名前が、アインヘリアル・ドールとかいった。我ながら素晴らしい記憶力。アズールの脳のおかげだね。
「アインヘリアルとは、神々に徴用される戦士たちの呼称です。地球外生命体——通称“イオナル”との戦争において、重要な戦力となる人間の兵。それが彼らです」
ヴァル山さんが机上に資料を並べ、説明を始める。説明パート。
知っての通り、この地球という星は、異星の生命体からの侵略行為にさらされている。
古代より神々が対処にあたっていたが、そのうち彼らは、庇護対象であった人間たちの手を借りることにした。
神々は、戦士として優れた人間を育てるため、試練としての“迷宮”を創った。やがて目論見通り、迷宮からもたらされるギフトと、乗り越えてきた試練により、突出した力を持つ人間たちが現れる。神々は、彼らをこの戦争に駆り出した。
結果の、現状として。この世界は、侵略者との戦争状態を保ちつつも、多くの人々は平和な日常を送っている。
これがアインヘリアル、ひいてはこの“迷宮のある地球”の成り立ちである。
アインヘリアルは、その力を必要とされたとき、神々によって戦地に召喚される。
敵の拠点をさぐる作戦。制圧する作戦。全面戦争。そういった場面に、適切な人員があてがわれる。
原則、この召喚に逆らうことはできない。もしもイオナルが活発化している場合、私生活は犠牲になってしまうだろう。
以上。
まあこの世界特有の徴兵制度? みたいな?
ソシャゲの世界観に下ろすと……もしかして、“レイドバトル”とかだろうか。戦争の一兵士として、ほかの人間たちとともに、敵と戦う。
中身日本人のオレとしては冗談じゃないな~、あんな宇宙人どもと戦争しろだなんてさ。断れるものなら断りたい。
一応、向こうは勧誘という形態をとっているので、強制参加を言い渡しにきたのではないはずだ。だったら……。
「僕たちが、あのアインヘリアルに……身に余る光栄です。ね、アズールさん」
「は、はい」
うちの上司が全然断る雰囲気じゃない。やばい。
アズールの記憶によると、今の話は小学校で習うようなレベルのことで、戦士として選定されることはたいへんな名誉であるらしい。だからルーファンも興奮しているんだろう。
ヴァル山さんと目が合う。内心渋っているのを見抜かれたのか、彼女は事務的な口調を崩し、公務員らしからぬ営業トークを始めた。
「もちろん、戦争の駒である以上、過酷な役目となりますが……そこには当然、この星の最上位存在からの誉れと、具体的な報酬が与えられます。例えば、評価されるべき戦果を挙げたのなら、プライベートでは一生働かずにゴロゴロしてていいほどの給与が、あなたの口座に振り込まれるでしょう」
ごくり……。
一生働かずにゴロゴロ。したい。
「——さらに、キャンペーン中の今ならさまざまな特典が受けられますよぉ。信仰税の免除、神々謹製の返礼品、大迷宮間転移門の利用権、第11迷宮スターグラウンドパークの永久優待パス……あと、戦場で活躍すれば、新聞とかテレビにも出られるかもですねぇ。御社のいい広告になるのでは?」
「——死の危険は常に付きまといますが、仮に任務中に命を落とした場合、アインヘリアルは神々の魔力によって蘇生されます。貴重な戦力ですからね。気軽にご参加いただけるかと」
「——もし不安であれば、“体験プラン”などはいかがでしょう。こちら召喚に応じるのは1回のみとなっておりまして、作戦終了後、本契約をご検討いただくという形になります」
▽
参加の際はご連絡ください、という言葉をのこし、ヴァル山さんは帰られた。
いつもの自分たちだけのオフィスで、ルーファンと話し合う。いわばこれは大口の仕事のようなもので、検討が必要だ。
とはいえ、さっきの営業トークで、オレの気持ちは傾きつつあった。逆にルーファンは、真剣な顔で今後のことを考えている。
「アズールさん、さっきの……アインヘリアルになると特典が付きますよ、っていう話なんですけど」
「ええ……わかっています」
ヴァル山さんの話は、メリットばかり印象に残るのがうさんくさいものではあったが、実にうまくこちらの心を揺らしてきた。中でも特に、加入を考慮するに足る魅力的なものは……、
「スターグラウンドパークの優待パス……ですね!」
第11迷宮スターグラウンドパーク。大迷宮のひとつであり、娯楽好きの神が創ったとされる。一度入ったら楽しすぎて二度と出られない、などと噂されており、都市としてもこの
そんな遊園地。
アズールの記憶がめっちゃ行きたかったと叫んでいる。しかもそんなところへ、気になる異性と二人で一緒に行こうものなら……どんなイベントギャラリーが埋まるだろうか……心の距離が縮まることだろうか……ふへへ。遊ぶのを楽しみながら、年上彼女として、ルーファンをさらに虜にできるはず……。
「あっいえ、そっちじゃなくて……神々の品物がもらえる、と言っていたじゃないですか。もしかしたらそれで、アズールさんの“上限解放”に必要な物が揃えられるかも、と思って」
「………」
……お前は! 興味がないのか! テーマパーク制服デートに!!
許されるのは学生という一瞬の期間だけ! それ以上の歳のやつらがやってるのはただのコスプレ! 全国民が憧れるシチュエーションなんだぞ。しかも年上の女子高生がついてくるんだぞ!! バカ野郎が!
などとは口に出せず、押し黙る。ルーファンに、そっちじゃなくて……と言われたのが恥ずかしく、少し顔が熱い。
くっ……いかん。オレ自身は東京ナントカーランドみたいなのにそう興味はなかったはずだが、アズールに影響されすぎているみたいだ。この身体、意外と乙女キャラらしい。わたしの遊園地への憧れと、オレの「制服デートってなんかエロいよね」という気持ちが混じっているみたいだ。
「それに……新聞にも載れる、って」
「……ああ、なるほど」
ああ、そうか。そういえば、ルーファンくんのお父さん……新聞に載るくらい活躍しろよ、とか言ってたんだっけ。
あれは冗談だったのかもしれないが、この子にとっては印象に残る言葉だったはずだ。
「では、社長」
「はい」
お互い、うなずき合う。返答は決まった。
「「……“体験プラン”で」」
言葉が重なった。気が合いますね。
▽
そしてそれは、トイレで用を足しているときに起きた。
便座に腰を下ろしたオレの目の前に突然、『勇士召喚要請』という魔力の文字が浮かび上がったのだ。思わず「えっ、えっ」とショーツを下ろしたまま慌てた。
でもよく見ると、下のほうに小さく72時間後というカウントダウンが出ていたので、ほっとしながらショーツを履いた。
浮かび上がった魔力の文字は、今回の任務の内容を空中に記していた。
簡潔にまとめると、『イオナルの拠点を落とす作戦を行う。その間、司令官の護衛隊に加われ』――とのこと。つまりは、後方の仕事だろうか。どちらかというと安全そう。
でも軍隊に所属して戦うのって、やったことないからわかんないんだよな。マニュアルはもらったけど、訓練はないし。迷宮探索の仕事しかやったことないオレたちは、求められたように立ち回れるだろうか。
ルーファンとともに、少なくとも戦場で死なないための準備をしつつ、オレたちはそのときが来るのを待った。
そして、その日。その時がきた。
オフィスに集合し、待機する。
どちらからともなく、席を立って、お互い一か所に集まった。いつの間にか、カウントダウンの文字が、自分たちの近くに浮いていた。
あと5分。
「あ……そうだ。社長」
「は、はい」
緊張した面持ち。自分も似たような表情になっていると思う。
「よっと」
わたしは、ルーファンくんと向かい合って、彼と両手をつないだ。
「!! あ、あの」
「よく考えたら、転移するとき、離れ離れにされる可能性もありますし……そうなったら困りますよね。だから」
「そ、そうですね」
納得したようで、向こうもこちらの手を握ってきた。かわいいやつめ。
しばらく、ルーファンの顔を無言で見つめながら両手をにぎにぎして反応を楽しんでいると、我々の足元に、いかにも魔法っぽい発光する図形が現れた。魔法陣。
光が視界を、そして全身をつつんでいく。この感覚は、なるほど、転移門を使用するときに似ている。間違いなくワープの魔法だ。
離れないように、ぎゅっと両手に力を入れる。向こうからも力が返ってきて、いい気分になった。
そして――、
「……え? あの……何やってんの?」
「えっ? あっいやっ、これはっ……!」
気が付くと、見知らぬ人物が、オレたちの目の前にいた。
いや、オレたちが、この人物の前にやってきたのだろう。小さなオフィスにいた自分たちは、今、暗い夜空の下の、広い草原にいた。
そんな、草以外なんにもないところで。なんともいえない表情でこちらを見ていたのは、長身の青年だった。
こちらの手を振りほどこうとするルーファンに、執拗に指を絡ませて離れないようにしつつ、青年の風貌を見る。
――まるで炎のような、見事な赤色の髪と目が特徴的。あとは、顔が精悍タイプのイケメン。服装は……、迷宮の探索者たちと似たような恰好。異世界ファンタジー風。
「君らオレの護衛であってるよな? えーと……マイルズと、シャオロン?」
「違います」
「えっ」
青年は懐からプリント用紙を取り出し、それをじっと見た。
「じゃあ、ルーファンとアズール?」
「はい」
「はいっ。……あ、あの、アズールさん、そろそろ離して……」
「なるほど、姉弟……いいや! 恋人と見た! あってるだろ!」
「へぇっ!? い、いえ、あの……」
「おいおい少年、恥ずかしいからって否定すんなって!」
「そうだそうだ」
「アズさん!?」
青年は快活に笑い、プリントを丸めてポイ捨てした。あっポイ捨てよくない、と思う前に、空中で火花のような光が瞬き、白い紙はチリとなって風に消えた。
「オレはトール! オーディンの息子! あとお前らの上司! 今日は護衛役よろしく、二人とも!」