アルバイト先、第八迷宮都市第5層にある『グランメイズ』。現在、社長兼従業員1人、アルバイト1人と、企業というより個人経営の自営業である。
業務の内容は……、
迷宮内の物資回収。それらの取引先への売却。神々が人間のために建造したという
また、この迷宮からは、人間の手では造ることができない“武具”が発見されることもある。その理由は――、まあ、今は置いといて。この武具も、しかるべきところに卸せばお金になる。
ほかにも、個人からの依頼を受けることもある。たとえば、特定階層のみで採取できる、地上にはない物資の取引。迷宮内で行方不明になった探索者の捜索……等。
さて、これらの業務をこなすには、探索・採掘業のノウハウだけではなく、“腕っぷし”が必要である。ここでいう腕っぷしというのは、ぶっそうな武器を振り回したり、攻撃魔法をぶっぱなしたりできる、という意味合い。
なぜなら――、思えばここは、美少女を集めて戦わせるゲームの世界。そう、迷宮の内部には、人間が戦うべき“魔物”がいるのだ。
社長こと、ルーファンくんの説明を自分なりにまとめると、こんなところかな。
彼は事務仕事・営業の仕事ならばなんとかこなせるが、この腕っぷしという部分がどうにもダメらしい。
つまり……後ろで指示出しをして、自分は戦えないタイプのソシャゲ主人公である。
……でも、ダンジョンロードの初期加入ユニットは主人公本人だった気がするんだけど。実は鍛えたらめちゃくちゃ強くなったりしない?
まあいい。
とにかく、今の彼は戦闘員としてはダメダメ。
祖父が残したお店は倒産の危機。藁にも縋る思いで求人募集を出したルーファンくん。
そこに彗星のごとく現れた期間限定SSRユニット、いやさウルトラスーパーレジェンドレア美少女が、このアズール・ブルーナイツである!
ルーファンくんはよくぞこれを引き当てたもの。活躍してやるのもやぶさかではない。魔物たちをちぎっては投げちぎっては投げしてやろうじゃないか。
などと。
アズールの記憶から、対魔物戦闘の技術を読み取ったオレは、むちむちの肉体から湧いてくる全能感に突き動かされるのであった。
「と、説明のほうは以上ですね。これから迷宮の第6層で、研修の続きをします。アズールさんには、魔物と戦ってもらうことになると思うので……戦闘の準備をしていただけますか。必要な装備は、こちらで用意してあります」
いよいよ実地に出るそうだ。
社長の呼びかけを聞いて、アズールであるオレは、自分の持ってきた荷物を思い出す。
「武装は自前のものがあります」
「あ、ほんとうですか。……地上の学生さんって、魔物と戦ったりするんですか? もしかして、そんなことも学校で教えてもらえるんです?」
「まあ、体育の時間とかに」
「えーっ、すごいなあ、学校。僕も行ってみたいな……あっ、すみません」
なんだ、もしかしてこの子、学校に行ったことないのか。
ふーん。
じゃあ制服姿の女子のエ……かわいさを知らないのか。かわいそうに。
だったら誰かが教えてあげないとなあ。学生服を着た、かわいくてきれいでかわいいお姉さんとかが。
それからしばらくして。
案内してもらった更衣室で、戦闘に使用するものをカバンから引っ張り出し。
着る予定だった運動のための服には……袖を通さず。制服姿のまま、更衣室を出た。
「あれ……もういいんですか?」
「はい」
腰に提げたウエポンホルスターのベルトと、靴を運動靴に変えた以外は、オレの姿に大きな変化はない。
しかしできればローファーのままのほうが、可愛くてよかったな。
なんてことを思うと、アズールの記憶が、見た目はローファー型の戦闘用シューズが存在することを教えてきた。へえ、そんなもん開発する変態がこの世界にはいるのか……。
あとで探してみよ。
さて、軽装の自分と違って、社長くんは……まあまあ重そうなバックパックを背負っている。いかにも探索者、冒険家、という感じ。
ダンジョンをうろうろしたり資源を回収したりするのに必要な道具があの中に入っているのだろうが、これでは荷物持ちをさせていることになる。バトル役はこちらが買うとはいえ、少し申し訳ない気持ちだ。
せめてあとでねぎらってあげよう。
「じゃあ、これ。もう持ってるかもしれませんが、いくつあってもいいものなので」
社長は荷物をガサゴソと探り、そこから、手のひらサイズの四角い物体……機械? を出してきた。
何に例えようかな。
折り畳んだニンテンドーDS Lite。
「これは?」
「業務用のバリアジェネレーターです。浅層の魔物相手なら、十分な性能がありますが……電力式なので、充電切れのサインが出たらすぐに言ってくださいね。予備はいっぱい準備してあるので」
ああ、はいはい、知っている。学校で習った。アズールが。
バリア
スイッチを入れて身に着けているだけで、そこから発生する不可視のエネルギーフィールドが、様々な害から装着者の全身を守る。
まあ、ゲーム的に言えば、防御力……ではなく、HPみたいなものかな。これの残量がなくなったら、その次の一撃で死ぬか病院行きなわけだし。
必須なだけあってアズールも所持していたようで、たしかに、ベルトにも既にひとつ提げてある。ただしこちらは魔力バッテリー式らしい。電力との違いは、エネルギーが切れたら、自前の体内魔力で充填できるところ。
以上、アズールの脳みそから吸い取った、バリアジェネレーターの情報。
社長の出してきたそれに、右手を出す。
少しだけ重い。しかし社長の言う通り、これはいくつあってもいいと思うので、ありがたく受け取った。
「ところで、アズールさんはどうやって魔物と戦うんですか? 刃物とか持ってないみたいですけど……あ、もしかして、魔法使いですかっ?」
そんな話題に移行する。
社長はどうも、少年心がまだまだアツい時期のようで、人のバトルスタイルに関心があるらしい。若干声のトーンや眼のキラキラ感が上がっている。
オレはホルスターから、武装を取り出して見せた。
ゲーム的に言うなら、これがアズールの初期装備……そのカテゴリは、片手銃と、片手剣だ。
「これはU-knight社製の
「えっ、これ剣なんですか?」
「はい。……ほら」
「おおおっ! すごいなぁ、昔の映画みたいだ」
片手でも保持できるくらいの重量の筒から、ビョッと光の刃が生えてきたのをみて、ルーファンくんは興奮していた。
田舎県の迷宮都市の下層で暮らしていると、世間知らずになるのかな。昨日アズールになったばかりのオレより反応いいじゃん。
「これは? 昔の映画に出てくる実弾銃とは違うんですよね? なんかかっこいいなぁ」
「ええと。魔力を弾丸にして撃つので、威力の調節とかできるみたいですね」
そう、これも魔動式。剣も魔力。バリアも魔力だった。
アズールは、自分の体内魔力の量によほど自信があったらしい。こんなふうに武装を全部、自前の魔力駆動にしていたら、それを切らしたらもうなんにもできなくなるだろう。リスクのあるチョイスである。電動式を使ったり、予備バッテリーのたぐいを持ち歩くのも大切だ。
それとも、電気代節約したかったとか。
………。
どうもそれもあるっぽい。苦学生だなあ。
「……ところで、社長の得物は?」
「あ、僕ですか。えっと、これは」
少年が腰に帯びているのは、アズールのものとは全く違い、もうめっちゃオーソドックスな、ファンタジー世界お馴染みの“剣”である。
彼が、しゃりん、と鞘からそれを抜く。うん、剣だな。はがねのつるぎだ。
「実体剣ですか。年代物ですね……外国産? 星天教会の退魔武器?」
「へへへ、やっぱり古いですよね。どこどこ産とかは、わからないんですけど……これ、父さんの残していったものなんです。持っていると、なんだか、守ってくれる気がして……」
やさしいような、しんみりとしたような表情と声で、ルーファンくんは自分の剣をじっと見つめた。
おっと。なにやらストーリーがあるようだな。
どうしよう。事情聞いてみる? やめとくか?
やめとこ。たぶん、迷宮探索の仕事に出ていったきり行方不明、ってところだろ。
「父は迷宮探索の仕事に出ていったきり、戻ってこなくて……あ、すみません。ともかく、昔ながらの剣も、けっこう風情がありますよ。へへへ」
あってた~~。
見たところ母ちゃんもいないみたいだし、祖父も亡くしたし、この歳で家族がみんないなくなっちゃってるのか。よくこんな、態度のいい子に育ったものだ。
でもそれじゃあ、愛情に飢えてるかもしれないな。
「社長」
「はい?」
「お仕事、頑張りましょうね」
少しだけ屈んで目線を合わせて、頭を撫でてやる。
鏡の前で練習した、アズールの笑顔もやっておく。あと、少し首を傾けて、ぱちっとウインクもやった。
「あ……、ええと、あはは! よ、よろしくお願いします」
ルーファンは少し恥ずかしそうに顔を赤くして、撫でられたところを手で押さえて、一歩後ずさった。
ふっ。
頭を撫でる……微笑む……ウインク……どれも元の自分がやったらマジ逮捕されてもいいくらいキモイが、SSR女子高生が男子中学生にやるぶんには、金を貰ってもいいレベルの推奨行為である。
ニコポもナデポも、お姉さん→年下男子なら成功する。しないはずがない。
「フフ……次は飯ポだな」
「あの、アズールさん?」
「なんですか」
「ええっと……そうだ、武器のことなんですが。ちょっと来てください、倉庫に高級な銃がしまってあって。良かったら、アズールさんに使ってみてほしいです」
ん。また話がかわった。そろそろ探索に出る場面かと思ったのだが。
移動しながら話を聞く。
ルーファンくんが祖父から引き継いだ資産の中に、なんと、“神造兵装”がひとつ眠っていたという。
彼には扱いきれず、売却や教会への寄付を考えていたときに、やってきたアズールは銃使いだった……ということらしい。運命的だな。
神造兵装といえば、迷宮から発掘するか、神々から賜ることでしか入手できない、人が造り出すことはできない特別な逸品だ。性能もそれなりのものだろう。
ルーファンくんが興奮気味なのもわかるかもしれない。従業員の戦力アップは、彼にとって大事なことだろうし。
『グランメイズ』の、オフィスとは別部屋、備品室へやってきた。
備品室っていうのはどこのやつも同じ景観らしい。室内に並べられたラックにいろいろと置いてある。何がどんな基準で仕舞われてあるのかは、仕舞った人間にしかわからない……そんな部屋。
「えーと、たしか、武器類だから……」
あちこちに視線を投げながら、後ろをついていく。
異世界迷宮探索屋さんの倉庫兼備品室、ともなると、オレはもちろん、アズールも見たことのないものがたくさんある。この好奇心は、オレとこの身体、どっちから来ているものなんだろうか。時間があればじっくり、社長に、あれがなに?とかこれはなに?とか、おっぱい押し付けながら聞いてみたいな。
「あった! ここの一番上ですね。あの桐の箱です。……ええっと、脚立、脚立……」
アズールも手が届きそうにない高さに、彼の言う箱は見える。
そしてオレが届かない以上、成長期遅めのルーファン少年も、踏み台か何かないとあれを持ち出せないわけだ。
うん。
よし、いいこと考えたぞ。
「肩車でもしましょうか、社長」
「え? い、いやいや、なんですかそれ。アハハ……そんなに子供に見えるかな」
「お嫌ですか。なら、踏み台になりましょうか。ハイどうぞ」
ちょうど目的のブツがある棚の根元で、両膝両手をつく。お馬さんのポーズ。肩から胸のほうに、だるんと重みがかかった。
「ちょっ……ええっ、なにしてるんですか! お、女の人を足蹴になんてできませんよっ」
頭より上から拒否する声が降ってきたので、首だけ動かしてそちらを見上げる。ちょうど、犬とかが飼い主の様子をうかがうときの姿勢だ。
前髪の間から少年を覗いて、口を開く。体勢が体勢なので、静かなかすれ声が出た。
「じゃあ、社長が下になってください」
「あ、それなら問題ないですね! ……えっ」
ということで。
目の前で踏み台になった少年の背中に、ソックスに包まれた右足を、そっと乗せる。ぐっと体重をかけてみると、「むっ」と耐える声が下からする。
なんか、ぞくぞくが走った。足裏から、お腹の方にかけて。
「社長……。上、見たら、駄目ですよ」
「は、はい」
別にみてもいいけど。むしろ見せたい。
棚に手をかけ、バランスに気を配りながら、ついには左足を地面から浮かせる。そうしてわたしは、自分より身長も小さい男の子の背中を足蹴にして、その上に、乗ってしまった。
明らかに役割ミス。……わざと、だ。この状況に、わたしの心臓は、とくとくと小走りをし始めた。
「……あの。重く、ないですか。わたし……体重が、ごじゅ……ちキロ、あって……」
「いぃい゛えぇ、全然ん゛ん」
「……うぅ」
顔が熱くなってくる。わたしの体重は重ければ重いほどエロいと思うので、暴露してしまおうとしたのだが。でも、それを言うのだけはダメなので。ふたつの自分が衝突して、声が小さくなった。
……さて。
目的のものに手を伸ばしてみる。うん、届いた。
「あ、とれました。……あっ、あー、そんなー」
「ん? えっ、うわあっ!?」
わたしは不運にも脚を滑らせ、少年の背中に尻もちをつきそうになった。
どんがらがっしゃん。
……普通にちょっと痛え。
そしてどうなったかというと。
わたしとこの子は、世にも芸術的な衝突運動をしてしまったらしく。気が付くと何故か、上下が逆転し、彼がこちらを地面に押し倒すかたちになってしまっていたのであった。不思議すぎる。
「……あの、社長」
「え……あああッ!!」
しかも、片手が、わたしの身体で一番やわらかいところに、深く沈んでいた。
「ん」
その手がぴくりと動いて、そのせいで、わたしも、ぴくっとうごいた。
「ご、ごめんなさ……! あの……っ、うあっ、いで!」
社長はすばやく飛び退……こうとして、床のコードか何かに足を引っかけ、尻もちをついた。
彼の頭の位置はいま、非常にちょうどよい高さと角度にある。いたた、と漏らしながらこちらを見たルーファンの視線は、やがて、起き上がろうとするわたしの、脚の、付け根のほうに吸い込まれた。
「………」
わたしは、恥ずかしそうにする顔を装って、スカートの裾を押さえつけ、前を隠すしぐさをした。
それをみて。なにかこう、限界に来てしまったのか、社長は地面に膝をついたまま、若干涙を浮かべながら謝ってきた。
………。
ピタゴラスイッチくらい綺麗に決まったな……。故意に踏み外してみただけなのに。
パンツ見られ乳もまれ。もちろん、こういうことが起きるのを期待していたのだが、ここまでやれるとは思わないじゃん。こっちが罪悪感わいてきちゃったな。
主人公へのラッキースケベイベントは、狙えば能動的に引き起こせるわけか。
となればこれはもうラッキースケベではなく、確定スケベとでもいえるだろうか。確スケ。スケ確。
「アズールさん、ごめんなさい! 僕、ひどいことをしてしまって……」
「ああ、いえ。気にしないで、ほしいです」
立ち上がり、服のほこりを払う。
オレは小さく笑って、ルーファンに手を差し伸べた。
おそるおそる伸びてきたあちらの手を掴み、引っ張ってあげる。
「……でも……」
落としてしまった桐の箱を見つけたので、しゃがんで拾い抱えた。
ちら、と。前髪の間から、彼に向かって視線をぶつけた。
「わたし……男の人に、さわられたのも、みられたのも……初めて、ですから」
それだけ言って、さっさと備品室を後にした。
………。
……ひひ。
面白いな、ヒロインごっこ。
いまどんな気持ちだろうか。さっき、申し訳なさとか情欲が混じった感じにも見える、いい顔してたけど。
ルーファンくん、第一印象もよくて、実際いい奴みたいだけど……、
どうせなら、性癖をおかしくしてやりたい。
考えるだけで、想像するだけで、きゅうってなる――あの男の子が、わたしのこと、大好きになっちゃうところ。
……うん。
楽しいアルバイトになりそうだな。